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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

序章 アルフォンスの懺悔

第二話 理想郷ラプセル

夜空をジッと見上げた事はあるかな?
 あまりにキレイな星空は、その美しさ以上に、不安を感じさせる事がある。
 そう言うのない?

─── 世界を閉じ込める鳥カゴ

 そこにとらわれたような、孤独感といえば近いのかな。世界がまるで誰かに造られたジオラマのように、世界の小ささを思い知らされる。
 そんなさびしい気持ちを得る事はないかなぁ?

 ※ ※ ※ 

 荒れ果てた山の上、そこに広がる古臭い石畳の広がる大地の上で、篝火かがりびの炎の光がボッ、ボッと揺らぐ。
 風ひとつない夜、その冷えた静かな空気に、木と木を叩き合わせるカン高い音が、リズミカルに歌うように響き渡った。
 風化した石柱に囲まれた、祭壇のようにも闘技場のようにも見える、円形の空間。

 そこに長い棒を構えた、二つの影が対峙していた

 ひとりは一般的な成人男性よりも、頭二つ分も背の高い身長、鍛えに鍛え上げられた、いわゆるマッチョな肉体の黒髪の男。

 対するは、その相手の二倍はあろうかと言う巨体に、水牛のような黒く艶やかな角を持つ、歳経た龍人族の男。

 二人はお互いに背丈の七分程の長さの棒を構え、時に水のようにさらりと鋭く、舞うように攻め合っては、また岩のようにお互いのすきを探り合って静まり返っていた。
 それをかたわらで見据える、ひとりの青年がいる。

 銀糸のようなはかなくも美しい髪を鼻先に流し、海の底のような蒼い目は、憂いを帯びて篝火かがりびの揺らめきを映している。
 まるで人形のような美しさをまとうその青年は、まさに物語から出て来た主人公であるかのように、ひとり浮世離れした存在であった。

 闘いの舞台に、深い静寂が訪れる。

 静かに、しかし急激に張り詰めた人と龍人。ふたりの圧力が、篝火の音まで消し去る。
 そうして、にらみ合う両者の意識が交錯こうさくする中、ふたりの呼吸音だけがかすかに続く。

 その時、勝敗の天秤が動いた。

 龍人がわずかにピクリと揺れた時、男は前のめりに沈み込んで、闇に消えた。
 篝火の揺れ、その踊る影に溶け込むように、刹那せつなの光の変化を利用し、瞬矢の如く突き進む。

 しかし、龍人はニヤリと笑い、小さな人間の男が突き進むのを腕を広げて迎える。

 それは反撃のためのわずかな動作、龍人は男の殺気から全てを読んで動いていた。
 影から牙を剥く、男の殺気。
 しかし、それを読んでいた龍人の、いかづちの如き突きが、男の鳩尾みぞおちへと真っ直ぐに放たれる。

─── カァンッ!

 男は攻撃を弾いて避けつつ体をひねりながら、急激に進行方向を変えて回り込む。
 だが龍人は、確実に己の脇腹へと迫る、男の殺気をも読み取っている。
 しかし、龍人の視線は脇腹へと迫るそのビジョンではなく、真逆の何もない空間をにらみ抜いた。

「温いわッ!」

 男の放った脇腹への殺気は
 わずかに揺れた男の殺気から、龍人はそれを見抜き、真後ろの闇へと強烈な振り抜きで迎撃する。
 そのビジョンと現実が重なる瞬間、龍人の口元が、勝利の確信に吊り上がった。

 一撃が確実に男の影を打ち据える!

 ……しかし、男の影は霞の如く消え、龍人の一撃が空を裂いた。

「…………なッ⁉︎」

 目を見開くも、龍人は瞬時に気配を察知し、猛烈な速度で頭上へと棒を振り切った。
 確かに上から感じた殺気、しかし……それも空を切る。

「 ─── った」

 龍人の背後から男の声が静かに響く。
 男はすでに龍人の背に、一撃必殺の突きを構えた状態で、背後に佇んでいた。
 最初の直線的な突撃は、回り込みを隠す殺気のフェイント。
 それを迎撃させ、男は更に殺気を放ち、頭上から襲い掛かると龍人に読ませ、さらに後ろを取った。

 殺気を利用した三段構えの戦術。

 龍人の見開かれた目、その瞳孔がキュッと縦に絞られ、龍の威光が走る。
 口角を邪悪に吊り上げ、龍人は高らかにわらった。

「……見事なり」

 世界に音が戻った。
 その言葉を聞き、構えを解いた男へと、銀髪の青年が駆け寄る。

「やったな!」

 青年がそう言って笑うと、今まで殺気に満ちていた周囲に、花が咲いた様な軽やかな空気が流れ込む。
 強い運命を持つ者は、その存在だけで周囲の人々を明るくするものだ。

 笑顔にどこかあどけなさの残る銀髪の青年に、そんな英雄譚えいゆうたんに歌われるような何かを、たった今強大な者から勝ちをもぎ取った黒髪の男は、たしかにそう感じていた。

 ※ ※ ※

─── てね

 このくそイケメンな銀髪の青年こそが、俺のお友達のシモンくんだ!
 誰しも自分が人生の主人公だと、一度は信じるものだけど、主人公は俺じゃない。
 そう思わせるくらいのだ。理不尽だ。
 ちなみに彼は俺と同じ、十六歳くらいに見えるけど、御歳のヴァンパイアだ。
 もうね、種族の違いでどうしてこんなにも違うのかって、創った神さまに問いただしたい。
 長剣とか持たせたら勇者そのものだろうと思うけど、本人は薬師の見習い。
 この里ラプセルに暮らす、精霊術師にして魔術師、薬学の先生セラ婆のお弟子さんだ。

 研究のために、普段は外出すら嫌がる、生粋のインドア派のかがみよ。
 剣なんか振ったら、筋肉痛が三日後に来るって、切ない事を言う子だったりする。

 で、龍人と闘ってた筋肉ダルマが俺ね。

 ……ちなみに勢いで『筋肉ダルマ』とか自分で言っちゃったけど、これ魔術の師匠アーシェ婆に言われてすっごく凹んだ過去がある。
 ただの自虐だから、人から言われたら、俺たぶんそいつを殴ると思うんだ。

 三人称で語ってみると、なんか物語っぽくてカッコいいかなとか思ってみたんだけど、頭おかしくなりそうだからそろそろ普通に話すね?

 ※ ※ ※

「アルフォンスよ、もうわしはお前に勝てる気がせんよ! 殺気のフェイントだけでもかなりなものだが、まさか二段構え、いや、三段構えとはしてやられたわい!」
「……痛えよ、ダグ爺」

 龍人族のダグ爺が、ニッコニコ顔で俺を抱き寄せ、全力で頭を撫でて来る。
 いつまでも子供扱いして来るのは、老人の悪い癖だろう。

「うむ、文句など何ひとつ無し、棒術・杖術の免許皆伝を言い渡す! 儂からは剣、戦斧せんふつち、槍、弓、あと何じゃったか……?
……これで『イングヴェイ』との約束通り、儂らの持てるは、お前に教えてやれたかのう……」
「みんなの持てる全て……かは分からないけど、一応全員から武器も魔術も一般教養も、それぞれ免許皆伝はもらった事になるなぁ」

 『イングヴェイ』とは俺の養父の事で、俺が七歳の時に死んだ。
 養父って言うのはハッキリと父親ではないと告げられたとかではなく、人間族の俺の父親がエルフ族だというのはおかしいし、顔は全く似ていなかったしね。

 なぁんとなく幼心に変だとは思ってはいたけど、ついぞ聞き逃したまま、ダグ爺たちにもそれを尋ねた事はない。

 俺にとっての父親とは、俺を育て、この里の皆に俺を預けてくれた『イングヴェイ・ゴールマイン』以外にないと思っているのだから。
 義父とうさんが亡くなったのは、俺たち親子がこの里に辿り着いてから、二年目の事だった。
 義父とうさんの遺言は、正しくは『コイツにを与えてやって欲しい』だったんだけど、ひたすらに真っ直ぐなこの里の住人達はやっぱり真っ直ぐだったね。

─── 儂らの与えよう

 とか解釈したらしくてね、葬儀が終わって数日後から、この里の老人達全員全力で俺の訓練を始めたんだよ。
 ダグ爺は俺の後見人って事もあるし、やや脳筋寄りな人だからキツかったわ。

 ……攻撃系魔術・呪術の師であるアーシェ婆に比べたら、全然だけど。

 いやあ、最初は何度か脱走を試みたけど、ど田舎過ぎてね。
 自然の猛威って言うのかな、魔獣・魔物のオンパレード。
 子供の力じゃ里の特訓の方がガチで殺されないだけマシだったよね。食べられたりしないし。

 最初はね、何度か心折れ掛けた……て言うか、壊れたんだけど、その辺もいい先生がいたし、里唯一の子供だったから何だかんだ大事にしてもらえてたなあ。
 だってさ、里にはそれまで名前がなかったのに『自分の故郷を愛せるように』って、俺のために考えてくれたんだよ?

 

 遠い昔に精霊族が夢見た、理想郷の名前らしい。
 あ、ここまでで気がついたかな? 里にはね、人少ねえ上に若い人ゼロ。
 一番若いのでシモンくんだけど、初めて会った時にはとうに九十過ぎてたよ。
 ヴァンパアだから、見た目はその頃から変わらず十代だったけどね。

「アルフォンスよ、明日にはいよいよ『成人の儀』じゃな……」

 ダグ爺はまだ俺を抱きしめて、頭を撫で続けている。
 絵的にはシュールだと思うが仕方がない、ダグ爺は師匠であり、この里のみんなが俺の親みたいなもんだ。

「ああ、ここまで育ててくれてありがとう。ダグ爺」

 頭の上でダグ爺の喉がグッと小さく鳴った。
 抱きしめたままでいるのは、泣き顔を見せたくないからかも知れない。

「…………」
「……アル、あんなに小さかったのにね。今じゃもう僕より大人っぽいんだから、ホントまいっちゃうよね……」

 もらい泣きしたのか、心なしかシモンの声も震えてる気がする。

「いや、シモンは相変わらずカッコよくてうらやましいよ俺」
「ばッ……よ、よせよ」
「いやいや、ホントだって」
「はは……こぉいつぅ」
「何を野郎二人でイチャコラしとるんじゃ。……しかし男ばっかりじゃな。若い女子成分がラプセルにはどうにも欠けておる……」

「「「……はぁ〜」」」

 三人の溜息が夜空に消えて行く。

「……あ、それ絶対にアーシェ婆の前で言うなよ? また生きたままボイルされっぞ」
「だ、誰がそんな無謀な事をするか!」
「まあ、実際の所、僕はもう女の子はいいや……」
「それは余裕か? モテ男の余裕なのかシモンくん。事と次第によっちゃあねたそねむよ⁉︎」

 そう、限界集落ラプセルには女の子成分が皆無だ。
 いや、女性はいるにはいるが、魔術と呪術の師アーシェ婆と、精霊術師で薬師のセラ婆のみ。
 おしとやかなセラ婆にも、黄色い声は期待出来ないし、凶暴なアーシェ婆は最早女の子って概念から遠く外れている。
 正に恋の限界集落……。
 と、シモンが思い出したように口を開いた。

「いや、若い女の子ならいるじゃない」
「え? ど、どこ?」
「アルの『』」
「いや、あれはメスかどうか……その前に雌雄あるのかどうか……それ以前に若いのかどうかすら……」

─── ゴト……ッ!

「ガハハハ! 噂をすればじゃな! アルフォンスよ、が迎えに来たぞ」

 足元の石畳の一つが持ち上がり、隙間から黒い触手がウネウネと這い出して、やがてズルリと丸い本体が姿を現した。

……ウネウネ……ウネウネウネウネ……

「……ああ、そうだよ。もう終わったから帰るよ。え? 怪我はしてないから心配すんなって」

……ウネ……ウネウネ……

「そう言ってくれると嬉しいよ。ありがとうな」

 丸い本体の上に無数の触手。真っ黒なイソギンチャクみたいなコイツとは長い付き合いだ。
 里での修行に心が壊れた俺が、まだ幼い頃に拾った、正体不明の魔物か何かだ。
 その時の記憶は曖昧だが、魔物だと思って迫る里の老人達を前に、俺はコイツを抱きしめて『来ちゃダメ』とか『ぼくの妹だ!』と言い張っていたそうだ。

 後に冷静になって、何でそんな事を口走ったのか全く分からなくなったが、妙に懐いていたのでそのまま名前も付けずに『妹』と呼んでいる。

「相変わらず、なんでアルがこの子と話せるのかサッパリ分からないな……」

 シモンが苦笑しながら言うと、妹はそちらに向けて触手をざわめかせる。

……ウネウネウネウネ……ウネウネ……

「え? なに? 『愛の強さゆえ』だって? ば、馬鹿なこと言うなよ……」

……ウネウネウネウネウネウネ……

「『好きって言え』? だからお前は何を言ってるんだ⁉︎」

 ビシッと触手が俺の腕に巻きついて、抗議の締め上げを開始する。
 そんな痴話喧嘩(?)を前に、ダグ爺が薄ら寒そうに肩をすくめた。

「本当に喋っておるのかそれは。もしかして……アルフォンスは、まだ人寂しさに壊れたままなのかもしれんのう……」
「うるせぇッ!」

 いや、声が聞こえる訳じゃなくて、触手の動きで段々と分かるようになって、気がついたら流暢りゅうちょうに話せるようになってただけだからね?
 人間、何事も極めるとアレだよね。
 ……まあ、同世代の女の子と話したいって、助平根性が起爆剤だったのかも知れないけど。

 とにかく、この時までは女の子とおしゃべりしたいとか、普通にきゃいきゃい思ってたんだよ。
 思春期の男の子なんだからしょうがないよね。

─── でもさ

 翌日の『成人の儀』、あの日から色々と変わってしまったんだ
 淡い思春期の想いだとか、密かに抱いていた『都で聖騎士になる夢』とか、気楽に考えてたんだね。

 ……まさかこんな事になるなんて思わなかったよ。

 思えば初恋の成就したあの日から、全ては動き出していたのかもしれない。

『【アルフォンス・ゴールマインの懺悔】より』

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