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第九章 適合者
第三話 世界を満たす光
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フィヨル港に到着したアルフォンスたち。
先行していたロジオンと魔導人形姉妹と再会を果たす。
ささやかな歓迎会の中、
必要に迫られ、
アルフォンスは自分の受けている加護をロジオンに明かす。
驚きと興奮で声が大きくなるロジオン。
しかし、アルフォンスに課せられた難解な運命に共感し、
ギルドでのバックアップを約束した。
到着した日とは、打って変わって、鉛色の空が続く。人魔海峡に渦巻く荒波は、その灰色の空を映して、くすんだ深緑色の海原を描き出している。北東から吹き付ける冷たい風に、時折小さな氷の粒が混じり、コートにパラパラと当たる音がしていた。
今日は特にやる事がなく、何となく散歩に出たら、スタルジャもついてきた。今はふたりで街を眺めて歩きつつ、端の防壁近くまで来た所だ。敷地は大きくはなくとも、三種族合同で造られたと言うこの街は、何かしら目新しい。そんなフィヨル港の防壁には、点々と等間隔に並ぶ小窓があり、そこから魔界方面を見つめる数人の姿があった。
「おおっ、貴方はもしや、話題のルーキー会長では⁉︎」
「る、るーきーかいちょー⁉︎」
何をしているのかと近づくと、防壁に居た職員らしき内のひとりが、興奮の面持ちで話し掛けて来た。
「ここの研究員の間で、もっぱらそう呼ばれてますよ! のっけからA級スタート、迷宮の暴走を食い止め、魔族を各地で撃破。アケルとシリルの救国の英雄にしてS級冒険者! 『ルーキー』って騒がれるより先に、どんどん名前を上げてくもんですから、あだ名が定まってないくらいでした!」
「そ、そう……。ん? 会長ってのはまさか……」
「アケル獣人族のアルフォンス商会会長からですね。なんかとんでもない魔道具を売り出した人物が現れたって、そっちはそっちで別人として話題になってたんです。 まさか同一人物だったとは」
どうやら俺は、別々の人物として噂され、最近合体したらしい。もうね、どう呼ばれてるかとか、何でもいいけど『ルーキー会長』って、それだけで言葉が破綻してる感が凄いな。他の職員も集まり、色々と根掘り葉掘り聞かれ、ちょっと戸惑ってしまった。
初対面の人間に囲まれて、スタルジャはやや固まり気味だ。やっぱりまだ、人間には少し警戒心があるみたいだ。
「ここで何をしてたんだ? みんなで魔界の観察してるのか?」
「人魔海峡を流れる、魔界からのマナと魔力の観測ですよ。ここを観測する事で、人界の魔物の活性化とかが、ある程度予測出来るんです」
そう言って見せられた物は、素焼きのような材質の薄い板で、細かいマスが彫られている。ひとマスひとマスに、針で引っ掻いて書かれた数字が、びっしりと並んでいた。観測したものを書き込む、表なのだろう。海からの湿った風と、天候の変化が激しいこの土地では、紙にインクよりもこうした板に刻む方が具合がいいらしい。彼らは『魔素観測員』と呼ばれる職で、人魔海峡のエネルギーを観測しては、こうして毎日記録をつけていると言う。
元々、このフィヨル港は、魔界の動向を観測しつつ、人魔海峡の生態系の調査が目的の基地のようなもの。と言うのは建前で、アルザス地方の拠点として、言わば縄張りの為に選ばれた、人界最西の土地だったのだそうだ。
「今から二百年以上前に、ひとりの天才肌の職員がいましてね。元々この観測は、魔力やマナを見る能力に長けていた彼が始めた、ただの暇つぶしだったらしいんです」
でも、その記録が溜まってくる内に、人界の魔物被害報告と、人魔海峡のエネルギーの高まりとに共通点を見つけたそうだ。魔界から溢れるエネルギーが、多く流れ込んでくる年は、魔物の活性化や迷宮の暴走が起こりやすいと言う。うん、マドーラとフローラの言っていた、古代の巨城暴走の証言と、しっかり一致している。
世界各国のギルド支部は、ここの予測を元に、魔物や迷宮の監視を強めたりしているそうだ。単なる縄張りだった僻地の基地から、今や重要な予測施設として、各国の政府も出資しているらしい。
「へえ、なんかすごい話だね〜! 人間って、思いもよらない事から、思いもよらない事、よく思いつくよね!」
「記録にしてたのが良かったんだろうな。目に見えにくい、エネルギーを数値化するのも凄い発想だ。始めた人も凄いけど、その精度を上げて来た研究者達も凄いよなぁ」
「そうだよね、積み重ねるものがあやふやだと、ちゃんとしたこと考えにくいもんね。ねえ、精度を上げたので一番大きかったのって何かあったりするの?」
スタルジャは流石エルフだけあって、学問のにおいがするものに関心が高い。見知らぬ人間への警戒心も、その興味にすっかり吹き飛んでしまったようだ。顔色を明るくさせて、感心の声を上げる彼女に気を良くしたのか、彼らは持っていたゴーグルを勧めて来た。
「これは?」
「ふふふ、それを着けて、観測場に立ってみて下さい。面白いものが見られますよ!」
言われるまま、防壁の小窓の前に立ち、ゴーグルを掛けてみる。
「「─── ッ⁉︎」」
その瞬間、思わずスタルジャとふたり、言葉を失ってしまった。ゴーグルにはめられている半透明の板は、茶色がかった黒い素材で出来ていて、視界はかなり暗いセピア色の世界になる。その暗い世界に、蛍の光に似た粒が、満点の星空のように無数に浮かび上がっていた。
海流に漂う光、風と共に舞う光、海鳥の飛ぶ様子も光の粒子で再現されている。更に驚いたのは、荒々しく暗い海の水に関係なく、海中を行き来する生物の姿まで見える事だ。沖の方にはマナの湧き出るユゥルジョウフだろうか、海底から噴きあげる火山のような光の奔流まで、しっかりと確認出来た。
褐色の闇を背景に、黄緑色の光の粒だけで表現された、神秘的な世界。それは海も空も関係なく、マナや魔力の流れが絶え間無く流れ、そこに様々な生命が漂う光景だった。
「……お、おお……っ!」
間抜けな声を漏らしている自分に、ようやく気がついたが、恥ずかしいとかそれどころじゃない。海水の中を泳ぐ、魚や大型の生物のシルエットが、光の粒子を散らして行き交う。水が見えないだけに、泳ぐ姿は空を自由に舞うようにも見えて、何とも幻想的だ。
その小さな光が吹き荒れる中、巨大な白い影が、ゆったりと大きく羽ばたくように沖を泳ぐ。クジラの仲間だろうか。周囲を細かい光の粒子が、薄い霧を曵くように、追従している。こうして見ると、魚の群れは己の意思で動いている生物と言うより、海中を舞うエネルギーそのものにも見えてくる。
思わずゴーグルをつけたまま、スタルジャの方を見ると、彼女からも膨大な光の粒が舞い上がっていた。そして、その胸元には、一際多くの光を生み出している、小さな人型のシルエットが見て取れた。これはスタルジャの中にいる、ミィルの姿だな。表情までは分からないが、不思議とそこで寝ているのだと言う事だけは、一定の静かなリズムで脈動する様子からうかがえた。
「す、すごい……! こんな世界の中で、魔力の観測してたんだね!」
「ははは、最初は皆さん感動して下さいますけどね。毎日の業務となると、中々に苦行ですよ? 仕事上がりでゴーグル外しても、しばらくは酔ったようになったりしますしね」
「そうそう。肉眼でもなんかの小さい粒とかみると、気がついたら計測しようとしてたり。ずっと屋外だから、ゴーグル焼けしてアナグマみたいな日焼けしたりねぇ。新人さんなんか、慣れるまで夢でうなされたりもしますもん」
「た、大変なんだね……」
職業病ってやつか。あー、確かにこの視界に長い事いたら、感覚がおかしくなってしまうかも知れない。それくらい、特殊な風景だもんな。妖精とか精霊はマナに敏感な存在だけど、もしかして彼らにも、こういう風に世界が見えているのだろうか? そう思うと中々に感慨深い。
スタルジャが興奮しきりで、色々と質問するのを、職員達は嬉しそうに受けている。何だかんだ、この仕事が好きなんだろうなぁ、基本みんな早口で語っているし。
「時折、大きな光の塊が、海底で鈍く明滅するのが見えますか? それらはマナを元に生きる、大型海龍の姿なんですよ。一日のほとんどは、マナの集まる場所で、ぼんやりと寝て過ごしているみたいです」
「うわー、うん。それ、いっぱいいるよ! それに、大っきな魔物みたいな影も、そこら中にいる! って、えぇ……。私たち、この子達の上を船で行くんでしょ? 危なくないの⁉︎」
「ああ、海龍船なら問題ありませんよ。大抵の魔物なら、むしろ逃げていってくれますし、海龍同士はかなり穏やかです。ご心配いりません」
興奮気味にあれやこれや質問するスタルジャと、職員達とを見比べてみると、彼女の持つ光の総量はまるで別物だ。それでも彼女は、大き過ぎる魔力を悟られないよう、俺と同じく魔力を隠しているはずだ。
光の粒の量と大きさ、その光量で魔力とかエネルギーの高さが分かるようになっている。よく見ると、職員達の光と比べて、スタルジャの光は密度が高く、範囲も大きいが粒は小さい。魔力の隠蔽も、これで分かるって事か。魔力は俺にも見ることが出来るが、マナをこうして可視化するのは初めてだ。今までマナは感じるものだったけど、これがあったら、迷宮とか魔物とか探すのも簡単だろうなぁ。
「ね、これすごいねアル……わわっ⁉︎」
「ん、どうしたスタルジャ?」
「ア、アルが真っ白な柱みたいになってて、何も見えない!」
あ、俺そう見えるん?
隠蔽はしっかりしてるはずなんだけどな。
「え……? うわっ、これは確かに桁が違う! 今ってもしかして、魔力抑える道具とか使ってます?」
「ん? ああ、隠蔽魔術みたいなのは働いてるけど……」
「絶対それ、今解かないでくださいよ⁉︎ ゴーグルが破損して、最悪失明するかもしれませんからね!」
「─── !」
自分の体を見ても、魔力の光は確認出来なかった。自前の魔力の光が、視界の邪魔をしないよう、カットされるらしい。余りにも高性能で、ちょっと、いや、かなり欲しくなってしまう。
「このゴーグルはマスラ南海の海域に生息する、アルビオステガって言うウミガメの眼、その瞬膜で出来てるんです」
「瞬膜って、爬虫類とかの眼についてる、透明なまぶたみたいなやつか?」
「ええ。アルビオステガは深海に暮らすせいか、眼はかなり退化しているんですけど、特殊な瞬膜を通して魔力を検知しています。海流を掴んだり、餌を探すのに使っているんだとか」
そう言われて、ゴーグルを手に取ってよく見ると、確かに何だか皮っぽいな。触ると少したわむくらいには、柔らかさを保っているようだ。
「その瞬膜に、独自の加工と術式を施すと、魔力とマナの可視化が出来るようになるんです。ただ、ある一定以上の魔力反応を見ようとすると、急激に凝縮・硬化して、破裂する事があるそうです」
「それで失明の危険性か。隠蔽しといて良かったよ。危うく大事故だった」
「まあ、それこそ相当な高位な存在でも見ない限りは、大丈夫だとは言いますけどね。しかし、隠蔽してこれとは、この仕事も長いですけど、初めてですよこんな魔力の持主は」
ちょっとこのゴーグルを欲しくなったけど、この敷地外では、使えないようになってるらしい。材料のウミガメも、超希少種でそうそう真似も出来ないそうだ。確かにこんな便利なのが流出すると、何に使われるか分かったもんじゃないもんな。軍事利用、暗殺、犯罪、色々だ。
これは新しい術式のアイデアになるかも知れない。思わぬ所で、貴重な体験が出来たと、スタルジャとふたりホクホクな気持ちになれた。彼らにちょっとしたお礼をして、その場を去る事にした。
※ ※ ※
「アルフォンス、お前何かやったか? ここの職員達が、急にお前の事を崇拝し始めたみたいだが……」
「た、大した事じゃない……よ? ほら、観測員って吹きっさらしで一日中だろ? 寒い中、大事な仕事してるんだし、ちょっと足元の床に魔術印を……ちょちょいと、な」
古い教会の礼拝堂、それを改修して造られた会議室に、私たち六人とギルドの職員たちが大きなテーブルを囲んで座ってる。ロジオンの訝しげな声に、アルがちょっと挙動不審。はぁ~、時々見せる、ああいう子供っぽい顔も、好きなんだよなぁ私。とか思ってたら、私たち婚約者連合だけじゃなくて、ギルドの女性職員の何人かもうっとりしてる。
ほんと、アルが致命的に鈍い男の子で助かった。そのせいで悶々ともしちゃうけど……。
「あれがちょちょいと、ね。……なわけあるか! 観測員どころか、魔術研究員まで、地面に這いつくばって唸ってたぞ⁉︎」
アルの言う『ちょちょいと』は本当。ただ、そのレベルが突き抜けてるせいで、騒動になっちゃったみたい。だから彼は、普段は必要じゃなければ、魔術で何かを残して行こうとはしない。多分、ゴーグルの世界を見せてもらった後で、テンションが上がってたんだと思う。
彼は魔素観測員たちが張り付く、防壁の小窓の足元に、防寒の魔術印を刻んであげてた。風属性魔術をベースに、火属性魔術のニュアンスを入れて、すっごく複雑な術式を床石に彫り込んだ。私が見てもさっぱり分からない、難解な術式だったけど、彼は数秒頭を傾けて考えただけで思い描いてしまった。
─── 風が吹くと、ほんのり温かい風に変わって、その場に留まる
言葉にすれば簡単だけど、やれと言われたら、多分この世で出来るのは彼くらいじゃないかなぁ。魔力も何も使わずに、暖を取れる合成魔術が、ずっといつまでも発動するって。魔道具が発明される瞬間を見ちゃった。
「あれ、特許取ってあるのか?」
「特許? いやいや、ただの思いつきだから、そんなのないよ」
「アルフォンス、そういう所はしっかりしとけ。あれは寒冷地とか、北部の貧困層の命を救う、立派な発明だ。特許は金のためじゃねえ、偽物だの詐欺だの、事故だのを防ぐための技術保護のためだ。後で魔術研究者を何人か充ててやる、ちゃんと技術的に書面に残して、特許出願させておけ」
「わ、分かった。ありがとうロジオン」
アルが戸惑いながらお礼を言うと、ロジオンはニッコリと笑って、すぐに人を走らせた。
「お前と居ると、とことん物事の加減ってやつが、分からなくなるな」
「んー、そんなので驚いてたら、心臓いくつあっても足りないの……」
「ハハッ、確かにな! あ、後なアルフォンス。あれの特許取れたら、ギルド主体で取り扱うからな。特許使用料は、口座に勝手に振り込んでおくから、覚悟しておけ」
ユニの言葉の通り、私はアルに出逢ってから、たくさんの『絶望』がひっくり返される瞬間を見て来た。うん、心臓なんていくつあっても足りないよ。今も彼の横顔を見て、すごく胸がドキドキしてるし……。
「と、まあ、その話はこれくらいで。ここに集まってもらったのは、他でもない。いよいよ、海龍船も到着、人魔海峡を渡る手段が全てそろった」
「「「─── !」」」
アルの顔が変わる。そう、私たちが呼ばれたのは、魔界の旅について説明があるっていう名目だった。
「オレとウィリアム会長とで、魔界に最後に入ったのは、もう二十年近くも前になる。だから現状は大きく変わっている可能性もあるから、今から話すのはあくまで想定の上での予定だ」
二十年前は、魔王が偽物だなんて思いもしてなかったから、お忍びで生態系調査をして来ただけみたい。魔界側にも人界側にもお忍びでって、凄く動きにくそうだなぁ。
「魔界に仮魔王のハンネスが居る以上、いきなり魔王城付近に向かうのは危険だ。魔王城のある、王都ハルファレウスを避け、まずは岩礁地帯の奥、フォカロムの街付近に上陸する」
「フォカロム……?」
ロジオンはボードに地図を広げて、大きな大陸の南西の半島を指した。これが魔大陸の地図なんだ!
「この半島の先がフォカロムだ。この辺りならハンネスに悟られる事も無く、協力を得られる種族の伝手と連絡が取れる。ここで魔界の七公のひとり、翼皇ロフォカロムに接触を図る」
ロジオンは、魔界で暮らした事があるって、アルから聞いた。アルのお爺ちゃんのお陰で、地方の有力者ともお友達になったんだっけ。詳しくは『ロジオンの名誉の為に』って、教えてもらえなかったけど、お爺ちゃんが小噺聞かせたからだって。
「フォカロムは魔界で、五本の指に入る港湾都市だ。行ったら驚くぞ? そこらの人界の王都とは、歴史も文化もケタ違いだからな。勇者一行に居たテレーズの出身地、水と商業の街ミルザシティは『世界の宝石箱』なんて呼ばれてるが……。あんなもん、フォカロムに比べたら、せいぜい化粧箱だな」
この旅に出るまで、魔族は魔物に毛が生えたような、野蛮な存在だと思ってた。でも、本当は穏やかで、文明度も知識も人界が不安になるくらい上の人たちだと知った。自分たちの立場が危うくなるから、人界の王たちは魔界と隔絶したって話も聞いたけど。
一体どんな所なんだろう? 実は凄く綺麗だったりするのかな?
人間たちの街は、大きくて綺麗な所が多いけど、歴史の長いヴァンパイアの街は、びっくりするくらい美しかった。そんな所、アルと歩いてみたいなぁ。そんなことを考えていたら、アルと目が合ってしまった。
彼が微笑んでくれたのに、私は耳まで熱くなって、思わず目をそらしちゃった……。
うー、エリンの進展暴露から、どーしてもドキドキしちゃう。ソフィもティフォちゃんも、エリンもユニも、アルとちゃっかり進んでたなんて……! 私は彼と居るだけで、胸がいっぱいになっちゃうのに。
それだけでも幸せだけど、やっぱり他の子がって思うと、焦っちゃうなぁ……。何とかしないとって、最近頑張ってるけど、どーすればそういう雰囲気になるのか分からなくて緊張する。
「魔界の同行と現状を探るために、フォカロムにしばらく滞在する事になるだろう。まあ、ここでは色々と楽しむといい、それも重要な魔界調査のひとつだしな!」
「「「おお〜っ!」」」
あ、考え事してたら、みんなの歓声に入りそびれちゃった。その後も色々と説明があったのに、頭の中は魔界の街フォカロムで、アルとあーしたいこーしたいってそんなことばかり。うう、私って、エロエルフ?
「と、まあ飽くまでこれは、現段階での予定でしかない。後は魔界の現状と、ハンネスがどんな状態にいるかで、臨機応変に進めて行くしかないだろう。いつでも退路は確保して行くくらいの気持ちで、情報収集が第一だ。他に何か、聞きたい事でもあるか?」
あうっ、なんか話が終わりそう! どうしよう、全然頭に入らなかったよぅ。
「ロジオンが居てくれた事で、これだけ魔界が分かっているんだ。感謝しかないよ。どうかよろしく頼む」
「へへ、任せておけって。出発は一週間後だ、諸々の準備と手配は、各部署に通達する」
拍手が上がった。椅子から立ち上がって、隣の人と握手する人たちまでいる。みんな魔界に関わることに、こんなにも情熱があったんだなぁ。そんな中で自分だけが浮ついてるって、ちょっと落ち込んでしまう。
「ん、新天地。海のみえるまち。リゾラバ。オニイチャ、ティフォとデート。なにもしないから、だいじょぶ、だから」
「何も狙ってない奴が、いきなり『何もしないから』は言わねえだろ……。でも、色々歩いてみたいよな。フォロカムの街かぁ、ただでさえ初めての街ってワクワクするのに、魔界だしなぁ~」
あ、良かった。私、ダメじゃなかった─── !
でも、いつもみたいにモジモジしててもダメ、ここは勇気出していこう!
「あ、あのさアル? フォロカムの街に着いたらさ。わ、私とも、で、でで、でーとして(ボソボソ……ゴニョゴニョ)」
言っちゃった! そして、盛大に喉詰まらせちゃったーッ‼︎ 絶対聴こえて無いよね……。加えてアルもかなりニブイもんね。うう、『何か言った?』みたいに聞き返されて、どうせ私テンパって『いいの』とか言っちゃうんだ! うぅっ、私のバカッ、様式美……ッ!
顔が熱い。大事なお話の最中に、デートのことばかり考えてた自分が、はしたなくて泣きそう。もういっそのこと【冬の女帝】でも召喚して、永久に氷の中にでもいようかな。と、そんな私に彼はニコッと微笑んで頷いた。
「ああ、いいよ」
「………………ッ⁉︎ 〜ッッッ‼︎」
卑怯だよ。ここでそんな表情するとか、絶対私、舞い上がるに決まってるじゃん!
※
で、気がついたら、防壁の近くまで走って来てしまった
頰に細かい雪の粒が当たって心地いい。顔、真っ赤なんだろうなって、頰に手を当てた時、近くにいた魔素観測員の人に話し掛けられた。
「ど、どうしました? 良かったらコレどうぞ」
「へ? 鼻紙?」
鼻水出ちゃってたのかな⁉︎ そう思って、思わず鼻に手を当てたら、鼻血が出てた。世界の一大事に、デートOKされて鼻血出すとか、私やっぱりエロエルフなのかな……⁉︎ 興奮で出た鼻血には、回復魔術が効きにくいって、私はこの時初めて知った。
でも、えへへ。アルとデートの約束しちゃったもんね……! 段々と雪の粒が大きくなる中、鼻血塗れで『うへへ』って笑う私は、相当に気持ち悪かったと思う。
「あ、鼻紙ありがほう。助かりまひた」
「ははは、いや、お気になさらず。貴女の旦那様には、素晴らしい物を頂きましたから!」
そういう彼の足元には、アルの作った魔術印がぼんやりと光って、ちゃんと働いていた。
……って、ちょっと待って! 今この人、アルのことを『貴女の旦那様』って言ったよね⁉︎
「でゅふ、おうふッ! だ、旦那様とか……!」
「ああ、鼻栓が飛んだじゃないですか! ああ、血が……ッ!」
もう一枚鼻紙をもらって、ようやく落ち着いた。今は彼とのデートに、胸がずっと温かくて、幸せな気持ちになってる。
(はぁ〜、そろそろ帰ろうっと♪)
宿舎に戻れば彼が居る。そう思うと、緊張もするけど、今はどうしようもなく嬉しい気分だった。約束がひとつ出来て、少し自信が出てきたみたい。
「─── ッ⁉︎ な、なんだこの反応は……ッ」
「ご、ゴーグルを外せッ! 破裂するぞッ!」
突然、魔素観測員の人たちが、慌しく怒鳴り声を上げた。
パァンッ! パパパァン……ッ‼︎
外し遅れた人たちの顔で、ゴーグルが大きな音を立てて破裂した。顔を押さえて倒れたのは四人。悲鳴を上げて、その場でのたうち回ってる。すぐに清浄の魔術で、突き刺さった破片を取って、回復魔術をかけたけど混乱状態になってしまっていた。
「……こ、こっちに来るッ! 退避ッ! 本部まで緊急退避ッ!」
「あ、貴女も逃げて下さいッ! あ、あれはとんでもないバケモンだ!」
ゴーグルをつけてなかった私には分からないけど、彼らは余程恐ろしい反応を見たのだろう。彼らには逃げるように言って、私は精霊を呼び出した。
辺りには、冬の風よりはるかに冷たい、異様な魔力が迫ってくる気配が漂っていた。