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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第六章 メルキアのヴァンパイア

第二話 初恋夜会

 酒舗の中は別世界だった。朱色の床に、葡萄ぶどうの枝を模したパターンの壁紙、家具は彩色の施されていないものは無く、外の灰色の世界と大きなギャップがある。店内には薪ストーブが焚かれていて暖かく、色に溢れた空間に、時が動き出したような心地さえした。
 ソフィアとスタルジャの『わぁ〜』と言う、小さな歓声が聞こえて、ほっと安心する自分がいた。

「いらっしゃい。見ない顔だね? 好きな所に座んなよ」

 ブラウンの長い髪を後ろでまとめた、髭面のマスターが愛想よく笑って案内してくれた。それがまた、抑揚のある明るい声だったがために、外の世界とのギャップを感じる。早い時間で客も少なく、マスターと二〜三言も話している内に、すぐ打ち解けた。意外だったのは、他の客も店の中では、陽気にしている事だった。

  不気味にすら感じた、静か過ぎる街の様子は、いったいなんだったんだろう? そんな疑問も、普通の酒場と何ら変わらない店内で、酒を口につけた頃には薄れていってしまった。

「はぁ〜、あったかいねー♪」
「ん、タージャのは、なにのお酒?」

 三人娘は温めた果実酒を紅茶で割り、クローブやシナモンの入ったものを飲んでいる。ティフォとスタルジャは、お互い違う味で頼み、きゃっきゃしている。足元ではベヒーモスがホットミルク、テーブルの上ではミィルが肉料理を楽しんでいた。
 ソフィアも同じテーブルについてはいるが、口数少は少なく、しっぽりと蒸留酒のロックを味わっている。ただ、時折グラスを傾けながら、こちらをチラリと見ては、はわわと目元を紅く染める。

 大分リラックスしてきた所で、マスターに街の話をいくつか聞いてみる。他の客達も旅人が珍しいのか、会話に入って来て、気がつけば自然と情報が集まりだしていた。そんな中、俺は広場で爺さんから聞いた『真祖のにえ』発言について聞いてみると、マスターは一瞬不思議そうな顔をした。

「ええ? 私達が『』ですか? ああ、まあそう言えばそうでしょうね、血は供出きょうしゅつしてますから」
「供出って……血を吸われに行くのか?」

 ヴァンパイアの前に並んで、血を吸われるのを待ってる絵面が浮かんで、思わず聞いてしまった。

─── ぷっ、わははははははッ!

 マスターはおろか、近くにいた他の客全員が笑い出した。あ、なんだろう、凄い田舎者扱いされちゃった気分だ。いや、田舎も田舎、秘境育ちではあるけどね?

「やっぱり、今もそういうイメージなんですねぇ、他の土地では」

 この国での人間とヴァンパイアの関係は、主従関係とかではないらしい。日照時間の少ないこの土地では、農業が難しく、魔力や魔術は不可欠なのだそうだ。天候不良な上、国土が小さくて可住地も少ないため、人だけの力では暮らしを立てるのが難しかった。

 ヴァンパイアは人々に力と知恵を貸し、生活を保証する代わりに、血の供出を求めている。血を供出するのは、時折ヴァンパイアの放った蟲に、寝ている間に傷も痛みも無く吸血され、集められるのだそうだ。主従関係と言うより、お互いに利のある関係と言えば良いのだろうか、ある種の共生が成立している。

「真祖様の居住区が高台の上にあるのも、敵襲への警戒のためなんですよ。まあ、吸血衝動が起きちゃった時に、簡単に人に手が出せないって意味も、あるみたいですけどね」
「吸血衝動か。ヴァンパイアは飛べるだろ? 高台で隔てても、その気になれば簡単に来れるじゃないか」
「そりゃあ、その気になればいくらでも来れるでしょうけどね。吸血衝動って言っても、腹が減ってたり、酒飲んで気が大きくなった時にムラッと来るくらいらしいんですよ。だから、ちょっと距離があればすぐ冷めるんだとか」

 ああ、ちょっと小腹空いた時に、用意が面倒臭いと諦めちゃう感じか。何にせよ、悪い関係じゃなさそうで何よりだ。外で人々が静かだったのも、余計にヴァンパイアの吸血衝動をくすぐらないためで、屋内ではよく喋るらしい。家や服の色が、外では大人しかったのも、同じく刺激しないためだそうだ。
 とは言っても、ヴァンパイアは聴力と視力も高いので意味が無い、彼らもそれを分かっていてながら風習化してしまった。

 そこに畏れや恐怖があると言うより、共生するヴァンパイアと、上手くやっていくための知恵のようなものだと思える。俺も『ヴァンパイア伝説』に先入観を植え付けられていたのか、静か過ぎる街の様子に、勝手に仄暗いものを想像してたみたいだ。

「へえ〜。じゃあ、ヴァンパイアと人が仲良く暮らしてるって事か」
「「「……………………」」」

 途端にマスターと客全員が、腕組みして無言になってしまった。

「えぇ……。そんな共生関係なのに、仲悪いの?」
「い、いや、仲悪いってワケじゃ……。ほら、何て言うのかな、能力差あり過ぎる共生関係ってね。養蜂家とミツバチの関係みたいなね」

 養蜂家はミツバチを大事に扱う。安全な巣箱と環境、時に外敵を追い払うが、貰うものは必要な分をちゃんと頂く。しかし、ミツバチの群れ単位で大事にはしても、一匹一匹に人間と心通う密な関係を求めるだろうか? あー、見下しもしないけど、対等でもない、なぁんか越えられない壁があるって所か。

「しかし、何でまたアンタら、こんな国に来たんだ。見た感じは冒険者みてぇだが?」

 地味に沈み掛けてた雰囲気を破り、客の一人が俺達の姿をしげしげと見ながら、興味深げに聞いて来た。

「おお、よく分かるな、俺達はバグナスの冒険者だ。ここには真祖のとある人物に、届け物があって来たんだ」
「へぇ〜! バグナスとはまたずいぶんと遠くから来たもんだ。えっれぇ別嬪べっぴんさんばっか連れてるが、どうにも関係が見えねぇから、冒険者かと思ってよぉ。その、なんだ、エルフは始めて見たが、本当に耳が長いんだな」
「あ……は、はい……ごめんなさい」

 人間見知りが強いスタルジャは、うつむいて何故か謝った。シリルで大分慣れたかと思ったが、やはりまだ人間へのわだかまりは、多少残っているらしい。

「ああ、いや! その、すまねぇ! 悪い意味で言ったんじゃあねぇんだ。失礼な物言いだったな。お人形さんみてぇに綺麗だと思ったんだよ」
「へ? あ、き、気にしないで!」

 耳の先まで真っ赤にして、俺の後ろに隠れると、小さく『えへへ』と照れていた。一周回ってあざといくらいの見事な照れだ。

「くそっ、可愛……いや、な、なら良いんだけどよ。あ、そうだ、真祖様んとこ行くってんなら、通行証持ってんだよな?」
「……通行証?」
「やっぱり知らなかったか、この国の事をよく知らねぇみてぇだもんな。この先、中央に向かうとな『黒札民』の居住区になるんだ、そこからは普通の人間には入れねぇんだよ」

 この先、高台の上の真祖の領域へは、強力な結界を通らなければならないらしい。その結界を通るのに、真祖の一族から力を与えられた、何らかの鍵が必要になるそうだ。んで、黒札民と言うのが、高台の足下に住んでいるのだが、所謂いわゆる落ちこぼれヴァンパイアの集まりでかなり治安が悪い区画だとか。

 しかし、シモンのイケメンめ。そんな通行証の話なんて、全然聞いて無いぞ。

「んー、どうしたもんかな。まあ、取り敢えず近くまで行って、直接聞いてみるよ」
「用事のある相手によるだろうな。賄賂で何とかなる真祖様もいるんだ。行きたいのはどこの家なんだ?」
「ツェペアトロフ家の、プリシラってお嬢さんに用事があるんだ。誰か知ってたりするか?」
「「「………………ッ⁉︎」」」

 一斉に客達が反応した。

 驚愕、畏怖、憐れみ、同情、聞かなかったフリ。およそ好意的でない表情が、まざまざと見て取れる。

「えっ、何? 有名人なの? もしかして、悪い意味で?」
「う、い、いやいや、悪くは無い。悪くは無いぞぉッ! なんせこのレジェレヴィアで二番目にデカイ家の御令嬢だぜ? 才色兼備ってぇのか、魔術研究ではこの国随一の超美人よ!」
「へえ、メルキアのヴァンパイアは、研究者一族だって聞いてたが、そんなに凄いのか」
「ま、まあ、会えば分かるさ! 会えればだけどな……」

 『マールダーの宝石』とまでうたわれた、シモンの妹だもんな、美人であっても不思議じゃない。シモンも研究者肌だったけど、やっぱり妹もそうなんだなぁ。皆んなの反応がどうにも気になるが、本当にシモンの妹なんだと、感心してしまった。

 コト……ッ

 鼻がつーんとしたような、微妙な表情のマスターが、テーブルに酒瓶を置いた。まるでガラス細工の人形のような、透き通った瓶の中に、琥珀色の液体が揺れている。

「『ケルブォグ』この国伝統の果実の蒸留酒です。せっかくこの国までバグナスからいらしたんです、良い思い出のひとつくらいないと、悪い噂が立ってしまうってもんです。これは私の奢りです、どうぞ」

 何とも餞別せんべつって感じで、余計に不安が煽られるが、シモンの妹プリシラについてはそれ以上聞けなかった。その代わりに、マスターがくれた酒はこの地の高級酒だそうで、飲み方まで丁寧に教えてもらった。どうやら強烈に酒精が強く、香り高い火酒で、食後や就寝前に、少しだけチビリとやるものらしい。

 ソフィアは知っているらしく、目を輝かせていた。少しはこれで彼女の気分も治ると良いのだが。酒は夜の宿で楽しむとしよう。

 ※ ※ ※

─── その日の深夜

 レジェレヴィアの郊外にある森の中で、私はティフォちゃんとスタちゃんに招かれ、女の子だけの夜会に参加しています。アルくんはすでにご就寝、私も寝ようかと寝台に向かった矢先、ティフォちゃんの触手に捕まり、声出す間も無くここへ。あまりの力に、未だに軽く手足が痺れていますが、ふふ、お転婆さんですね。
 さて、今夜はどんな楽しい女子会にな───

「さて、ソフィ。最近のこしぬけっぷりは、なにごとぞ?」
「え⁉︎ あうぅ……」
「……うわぁ、ど直球だなぁ」

 そりゃあ、バレバレですよね、私のアルくんに対する戸惑い、ヘタレ、のぼせ。でも、何でしょう。ティフォちゃんから、少しだけ怒気のようなものが感じられるのですが……。

「じ、自分でも分からないんですよう。何かアルくんの前に立つと、何を話せばいいのか、どう振る舞えば良いのか真っ白になってしまって」
「オニイチャの子を成す、そのじじつに、構えが、みだれた」
「…………うっ」
「し、仕方がないよね! 私だって生まれて初めてそう言う話聞いた時、戸惑ったもん。私にそんな相手が現れるのかなとか、そんな自分になれるのかなとか、自分がちゃんとママになれるのか、とかさぁ?」
「ああ、スタちゃんなんて優しい子……。そして、貴女もこんな風に戸惑った時期があったのですね」
「んー、戸惑いはあったけど、ソフィ程じゃない……かな? 流石に逃亡まではね」

 ああ、スタちゃん、上げて落とす方式ですね? 儚い共同戦線でした。私はポンコツ戦士だと、今烙印を押されちゃいましたよ?

「ん、タージャ。ナイスしんらつ」
「え⁉︎ 私そんなつもりじゃないよ⁉︎」

 天然だったのですね、ナチュラルボーンでディスりましたね。見事過ぎます。開始数秒で私の胃が持ち上がってますよ、貴女のボディブローで。

「ん、問題はそこ。なぜにソフィは、そんなにオニイチャにヘタレるよーになった? オニイチャは、何もかわって、ないよ?」
「そうなんです……よね。そうなんですけど、どうしてなんでしょう?」
「オニイチャと結ばれるの、イヤになった?」
「─── それは有り得ませんッ‼︎‼︎」

 思わず声を荒げてしまった。多分それは、一番私が困惑している部分だったから。

「彼ほど優しい人は居ません! 彼ほど私なんかの事まで、考えてくれる人は居ません! 彼ほど安心をくれる人は居ません!  初めて手を取っていただいた、あの瞬間からずっと、いえ、あの時よりも求める気持ちは燃えてます!」

「ん、おちつけ小娘。今はたてまえを聞いてる時間じゃ、ない。よわい犬は、ふあんな時こそ、よくほえる。今はそんな、お仕着せのポエム、犬もくわぬのだ、このメスブタがァッ!」
「め、メス……ブタ」

 神気を乗せたティフォちゃんのがなりに、思わず金縛りにあっていました。真っ赤に燃えるような、彼女の瞳が真正面から、私の中を覗き込んでいる。彼女の前で、不実は焼き尽くされてしまう。

 不実? 私が事実にない事を言葉にしていた……? 『建前を聞いてる時間じゃない』彼女は確かにそう言った。確かに、さっきの私の言葉は、己の不安を搔き消す為の言葉だったかも知れません。

「ちゃんとはなせ、小娘。でゆーな、をはなせ。オニイチャを前にした時の、今のきもちを、ちゃんとことばに」
「今の……きもち。私は……怖……い……。ハッ! 私は怖かったのですか!」

 言葉にする事への戸惑いが、ストンと消えて行った─── 。

「……多分、多分。私はさっきスタちゃんの言ってくれた『そんな自分になれるのか』ばかり考えてしまっていました……ね」
「ん、それはオニイチャを、見てない。オニイチャの中にいる自分を、りそーてきな自分にしよーとしてる、だけ」

 理想化。確かにそうです。彼にどう思われたいか、彼の前での振る舞いがどうすれば理想的か、そんな事にとらわれて彼がどんな顔をしていたか見ていませんでした。

「でも……どうして私は突然そんな風に……」
「ん、オボコもたいがいにしとけ? 思ってたかんけーが変わる、それが怖いだけ。恋のやまい、はつこい酔い、はしか」
「うぐぅ……っ!」

 知識にはありました。人が恋をする時に罹患する、心の熱病。

「恋はじょーねつ、それもいい。でも、必要なのは、相手が在るかんしゃと、相手があるべき姿でいられるよーにささえるきもち。 小娘、それがだッ!」

 ずこーんと、何かが突き抜ける気がしました。目の前のジト目の少女が、後光さす女神に見えて仕方ありませんでした。いえ、彼女は女神なのですけれども。心なしか彼女の背中でワサワサしてる触手も、私をガッチリ簀巻すまきにしてるこの触手すら、尊く見えてきました。

「恋は己の理想に焦がれる病。そう言う事でしょうか……?」
「ん、一緒にいるのに、ふたりじゃない。りそーにはおわりがない。だから自分のやり方にあたまいっぱい、足りないからドキドキ。そんなの、ただの要素。満たされたらおわる渇望」
「─── っ⁉︎」

 調律の神でありながら、私は何をしていたのでしょう? そして今、彼女の怒りの意味が分かりました。

「アルくんの事を想っているようで、自分の理想を追い、ないがしろにしていた。だからティフォちゃん、怒っているのですね」
「ん、それはオニイチャを幸せにしない。それにソフィも、幸せにならない」

 ぎっちりと私に巻きつけていた触手が、にゅるんと外され、ティフォちゃんが悲しそうに見つめていました。紅い瞳が切なげにゆらゆらと揺れて、それが泣いているようにも、強い思いで訴えかけているようにも見えて胸がちくりと痛む。

「ソフィは嫁仲間で、らいばる。オニイチャにも、ソフィにも、幸せになってほしい」
「ティフォ……ちゃん!」

 思わず抱きしめていました。凄く強くて、敵わないほどに賢いこの少女を、アルくんが妹として大事にして来た気持ちが分かってしまった。

「はい。もう馬鹿なことはしません。いっしょに幸せになりましょうね」
「ん、ソフィもタージャも、いっしょ」

 まだ虫の声もない、静かな夜の森の中、三人で抱き合って泣いたりクスクス笑ったり。何故か一番泣いていたのは、スタちゃんでした。

 この三人なら、きっとこうして支え合って行ける。現世で初めて、私は生きている本当の実感を得られた気がして、彼女たちの温もりに力をもらいました。……家族って、こういうものなのかも知れませんね。
 これがもし、私の血を分けた子供だったのなら、きっと今よりももっと、この世に自分が在る実感を得られるのでしょう。

 大切な人が在る幸せ。自分がここに在る幸せ。未来に訪れるこの幸せの中心にあるのは、やっぱり彼なのでしょうね。そう思った時、早く彼の笑顔が見たくて、胸が温かくなっている自分に気がつきました。

「もっと好きになるのって、相手だけではいけないのですね。ティフォちゃんとスタちゃんがいてくれて、本当に良かった。この幸せが間違いのないものだと、教えてもらえた気がします。いてくれて、ありがとう」

 もっと彼の事を。彼が在るべき姿でいられるように、私が在るべき姿でいられるように。

 ※ ※ ※

 到着から一夜明け、俺達は街の中央部に程近い、真祖達の領域までやって来た。人もヴァンパイアも、簡単には越える事が出来ない結界が、確かにそこに張り巡らされている。余程に強力でなければ、魔物など触れるだけでも、ダメージを負うであろう強固な結界だった。

 結界の向こうの領域には、目隠しをするように建物の壁がこちらを向いていて、区画の様子はうかがい知れない。入口だと言われたここだけ、建物と建物の隙間が、小さな路地となっている。その先は他の建物があって、奥の様子はやはり見えないようにされていた。

「門番とか、いないんだな」
「ここにはいないねー♪ でもすっごい視線は感じるから、遠くから見張られてはいるみたいだよマスター」

 いよいよヴァンパイアに会えるかも知れないと、ミィルの機嫌がすこぶる良い。キャアキャアいう感じで、俺の周りを飛び回っては、肩とか頭に触れてくる。羽の羽ばたきが激しくて、ぶーんって聞こえているくらいだ。

 スタルジャは少し緊張の面持ち、ティフォはジト目、ソフィアは何故か至近距離で俺を。ソフィアはずっと朝からこんな調子だが、なんだろう? 昨日マスターにもらった酒に何か入っていたのだろうか。
 目が合うと頰を染めるが、メンチ切って来るのは止めようとしないし、むしろこっちが戸惑って目をそらしてしまう。

「通行証ねぇ。そう言えば、宝剣預かってたんだっけ?」

 シモンからは、妹さんへの手紙と一緒に『きっと役に立つから』って、宝石の散りばめられた短刀を渡されていた。何となく取り出して、柄の握りを確かめていると、今までになかった変化を感じる。

「これ……脈打ってる。この公都に来てから、反応してたって事かな?
じゃあ、これがあれば結界も─── 」
「オッラアアアアァァァッ‼︎」
「ああっ、様式美!」

 紅い彗星が芸術の域に達した、華麗なる踏込みから、シリルの妖精大砲も真っ青な正拳突きをブッ放す瞬間だった。

 ズドゴォォ……ン‼︎‼︎

 結界のエネルギーか、ティフォの拳のエネルギーか、激しい閃光に遅れて衝撃波に頰が揺れた。直後、目の前の壁にビシィっと、太い亀裂が何本か走り、欠けた壁材がパラパラと落ちる音がする。

 結界には綺麗に穴が開いていた。よく見れば、ゆっくりと結界の穴が閉じているようだ、自己修復機能がついているらしい。唖然とする俺達を他所に、ティフォはずんずんと中に歩いて行く。ホントにこの子、心臓に悪いよなぁ。

「あのなティフォ、こういう事はだな、事前に……」
「ん、くじょーなら、きかないよ?」

 こいつ、なんて純真な眼で握り潰しやがるのか! いや、まあどうせ聞かないだろうしな。取り敢えず彼女の頭をわしわしと撫で回すが、本人は目を細めて鼻息が荒くなるだけだ。褒めてねぇよ?

「こんだけの衝撃で、誰一人ヴァンパイアが出てこないってのも、何だか不気味だな」

 狭い路地を前に、背後には人間達が集まってガヤガヤし始めたが、ヴァンパイア側は静かなものだ。そう呟いてる間にも、ティフォが路地を歩いていってしまうので、俺も自然と足を踏み入れていた。路地は何度も折れ曲りながら、長く続いていて、黒札民の暮らす区域の様子は未だ確認出来ない。

─── ギャハハハハハハ……

 中央に向かって、何本目かの通りを過ぎた頃、複数の笑い声が聞こえて来た。この先にいる、とミィルがニコリと笑ってくっついて来たが、何だろうこの嫌な予感。

「ちょ、ちょっと気になる笑い方だね〜」

 スタルジャが不安そうに、力無い笑顔でそう言った。彼女は最初から、ヴァンパイアに関して不安を持っていたが、ビビってるのとは違う。今聞こえて来た笑い声には、嘲り、見下し、悪ふざけ、そんな音が多分にして込められていたのだから。同時に悪意に傾いた魔力が、空気に混じってむわりと漂っているのも感じられた。

「……変に事を構えたくない。何かあっても真っ直ぐに通り抜けて、さっさと上に向かおう」
「「「はーい……」」」

 力無いソフィア達の返事に、仄暗い気持ちになりながら、最後の通路を抜ける。その先は大きく開けた広場だった。

 シュッ…… ズゴッ!

 通路から顔を出した瞬間、何かが頰をかすめて、背後の壁に突き刺さった。大型の狩猟ナイフが、ビーンと振動して音を立てている。それを見るや否や、もの凄い勢いでミィルが俺の肩から飛び去り、スタルジャの中へ逃げ込んだ。
 ただ、このナイフは、俺達が狙われたわけじゃないというのは、目の前の光景を見てすぐに分かった。

 壁際に何人かが立たされ、それに向かって数人がナイフを投げていた。壁際に立つ者の中には、小さな子供や老人も含まれている。彼らは手足を広げ、頭や肩に林檎を乗せ、虚ろな目で立っていた。投げている側は若い男が多く、皆ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、刃物を手の中で遊ばせている。

 シュッ……ドガッ!

 その時、ひとりの投げたナイフが、若い女性の額に突き立った。頭蓋にめり込む鈍い音と、大振りの刃物の重量に吹き飛んで、後頭部を背後の壁に打ち付ける音が響く。

「くそッ、手元が狂っちまったじゃねぇか! おい、今のはアイツらが急に出て来たのが悪ィだろ? ノーカウントだよな?」
「馬鹿言うんじゃねえ。この賭けに邪魔も糞もねぇんだよ、お綺麗なお遊戯なら、公爵様のパーティーででもやるんだな。おら、寄越せよ」

 男達の笑い声が上がる中、ナイフを投げた男は悪態をつきながら、赤黒い液体の入った小瓶を仕切り役らしき大男に渡していた。これがただの弱者への暴力であるのなら、ひと暴れしてやる所だったが、俺達は酷く困惑していた。

 男達だけでなく、壁際に立つ者達はおろか、今しがたナイフが突き刺さった女までもがわらっていたのだから。

 女はナイフを抜き取り、傷口から黒い体液を流して衣服を汚すが、染み込んだ体液はすぐに傷ごと黒い霧となって消えてしまった。女は大男から小瓶を受け取ると、中の紅い液体を数滴舌に垂らし、恍惚の表情を浮かべる。うん、あの中身は間違いなく人間の血だね!

「おいッ! テメェらのせいだぞ、なけなしの俺のメシ、どう落とし前つけてくれんだ」

 ナイフを投げていた男が、黒く縮れた前髪の隙間から、どろりと濁った眼で睨みつけて来た。と、すぐに鼻をすんすんと鳴らし、広角を吊り上げて嗤った。鋭い牙に唇がめくれ、獣じみた口元の下卑た笑いに、生理的な怖気おぞけを覚える。

「マジかよ……人だ。人じゃねぇか!」

 舌舐めずりひとつして、男は歓喜の声を上げ、こちらへと近づいて来た。それにつられて刃物を持った男達はもちろん、壁際に立っていた子供や老人まで、にやけ顔で迫り来る。一様に顔が青白く、古臭い貴族のような華美な装いをしているが、全く色味や温かさを感じが無い。高貴さは微塵も無く、悪い夢を見ているような、非現実感ばかりが漂う連中だった。

「おお……女、それも極上の生娘が三匹も……。衛兵もつけずに迷い込むとは……」
「ああ、イヤだよぉ。そこの坊やも穢れを知らない、食べ頃の果実じゃないさ。あの二の腕……張りのある首筋……」
「わあぁ……エルフのおねぇちゃんがいるよぉ、血色のいいほっぺただねぇ。お耳がピンってしてるねぇ……さわりたいなぁ……」

 肌がジリジリする程の食欲と渇望、そして、容易たやすい者をあざけあなどる傲慢な視線。ここはまさにヴァンパイアの巣窟なのだと、全身の細胞が理解して、警鐘を鳴らしているようだった。
 そして紛れも無く、俺達は降って湧いた蠱惑的な美食でしかないようだ。

「おぉ……お嬢ちゃん、可愛いねぇ。おぢさんのお家でケーキを食べようねぇ……」

 いつの間にか真横に立っていた、時代錯誤な貴族然とした小太りの男が、口髭を舌で湿らせてティフォの腕を掴もうとする。俺は咄嗟にその男の手首を掴み、ティフォを背後に引っ張って隠した。

「おい、気安く触るんじゃねぇ」

 ピキっと音を立て、小太りの男の手首の骨が悲鳴をあげた。しかし、本人は瞳を歓喜にびくびくと痙攣させ、俺の後ろのティフォを眼で追っている。

「ずいぶんと威勢がいいだ。真祖様に対して、口の利き方が分かんねぇみてえだなぁ」

 大男が俺の肩を掴んで立っていた。ゆっくりと歩いていたはずの彼らは、いつの間か至近距離で俺達を取り囲んでいる。

「小生意気なガキだ。どれ、手足をもぎ取って、目の前で小娘達を楽しみ尽くすとするか?」

「ああ……久し振りの上物だ。最期の鳴声、涙の一滴まですすり上げたいじゃないか。おおぅ、滾ってくるぜ……!」

 大男の手に力が込められる。本気を出せば、簡単に人間の骨など握り潰せるであろう事は、その指先からの圧力ですぐに分かった。瞬時に全員斬り捨てるか? ズダ袋の中から、夜切がカタカタと鞘を鳴らしているのが伝わってくる。

「下手な気は起こすなよ? こっちは万年空腹で気が立ってるんだ。
なぁに大人しくしてりゃあ、そんなに苦しませないで終わらせてや─── 」

 大男が言い終わるより先に、何かがその腹へと突き出され、下半身を残して吹き飛んで行った。黒いヘドロのような体液が飛び散り、黒い霧が辺りに舞い上がる。その一撃を放った人物から、膨大な魔力が唐突に湧き立ち、周囲の空気を圧倒した。

「─── 貧弱なコウモリどもが、気安くアタシの近くに立つんじゃねぇ」

 大男を瞬殺した前蹴り、その露わになった太ももが、俺の前でスゥっと戻された。緑がかった銀髪に、褐色の艶やかな肌、長く先の尖った耳……んん? 誰これ? それに気を取られている内に、小太りの男が隙をついてティフォに迫るも、近くにいた褐色のエルフが、振り向きざまの裏拳で頭を吹き飛ばす。

「まだ蚊の涌く季節じゃねぇだろ? じゃあ、残らず消し去ってやるよ、このさんがよぉ」

 はっ⁉︎ え? は⁉︎ これスタルジャなの? え? 何がどして?

 薄い艶やかな色の唇を、ニイっと吊り上げて笑みを浮かべ、褐色の頰が持ち上がる。その凶悪な魔力と殺気に、黒札民のヴァンパイア達の目が変わった。牙を剥き出し、蛇のような威嚇の声を立て、全員が距離を置いて獣のように身を低くして構える。

「……フッ、精々楽しませろよ? つまらなかったら、灰になって終わりなんて、簡単に済むと思うんじゃねーぞコラァッ‼︎」

 怒鳴り声にビリリと空気が揺れ、その衝撃に触発されたヴァンパイア達が一斉に飛び掛かる。その瞬間、凶悪な魔術と、邪な精霊達の暴風が広場を埋め尽くした。

─── どうしよう、スタルジャがグレた

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