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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第九章 適合者

第一話 在るがままに

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心調絃風穴(タンブル・オゴフ)を抜けた先の草原で、
最強の魔公将プラグマゥと闘い、
それを撃破したアルフォンス。

実力ではプラグマゥに届かず、
死の淵が見えていたその時、
アルフォンスの内に眠る存在がプラグマゥを追い詰めた。

勇者ハンネスとの契約を終わらせる約束。
そのためにプラグマゥを殺し、
再び転生させる。

その思いのみで、
内なる存在を抑え、
光の神ラミリアの加護『光在れ』を放った。

それはアマーリエの予言と奇しくも一致していた。

 ぱちっ、パチパチ……バキッ……

 新しく足した薪が、大きく爆ぜて崩れると、火の粉がふわりと立ち昇った。いつもは楽しくそれを眺めるのに、今はその音に責められているようにすら感じて、ただ、ジッとそれを眺めていた。

「アルくん……。大丈夫ですか……?」

 ソフィアの声にふと我に返り、思いの丈が顔に出ていたかと、思わず苦笑した。

 セオドアを、アースラを、賢剛王プラグマゥを殺した。それは彼らとの約束だったから、仕方がないにしても、やはり喪失感と罪悪感がぐるぐると腹の底で渦巻いている。

 いや、それだけじゃあない。俺の実力では、プラグマゥを倒す事が出来なかった。俺の中に潜む、あの黒く巨大な存在が、プラグマゥを殺したようなもんだ……。俺の実力なんかじゃあない。戦意を喪失していたプラグマゥに、約束を通すという俺の意地で、ラミリアの加護『光在れ』を放っただけだ。
 里で修行をして、自分は負けないと、何処かで過信していたのかも知れないな。

「ねえ、アル? あの真っ暗になったのは、一体なんだったの……?」

 スタルジャが聞き辛そうに、顔をやや伏せながらそう尋ねた。

「あれは多分……俺自身・・・だ」
「「「─── ⁉︎」」」

 そう、あの黒い存在は、俺の中にあるもうひとつの心。あの時、頭の中を吹き荒れる、暴風のような殺意の中に、確かに俺はあの存在の意識と繋がっていた。

「俺は五歳から前の記憶がない。幼かったから覚えてないだけだと思ってた。あれは、記憶が無くなる前の俺自身、アルファードの意識なんだ……きっと」
「え? じゃ、じゃあ、お父様が見せてくれたあの頃の記憶は、全然残ってないの?」

 うなずくと、スタルジャはなんとも言えない表情で『そっか……』と呟いた。

「父さんも母さんも、俺は憶えてなんかなかったんだよ。でも、あの時の記憶の光景で、心の底から、何かが込み上げてくるのを感じたし、実際に両親と会って温かな気持ちにもなった。紛れも無く自分の両親だって思えた。 俺に残ってる記憶は、ソフィと契約をする直前からしか無い」
「…………やっぱりそうでしたか」

 ソフィアの顔色が悪い。また何か責任を感じてしまっているのだろう。ほんと、この辺を『ほほほ、私との契約を誇りに思いなさい人間』くらいの図太さがあれば、彼女も楽なんだろうけど。
 まあ、それだけ大事にしてくれてるって事か。

「よく分からないけど、ソフィと契約する前から記憶があるって事は、契約が原因ってわけじゃないんだろ?」
「ごめんなさい、わかりません。ただ、契約といっても、あの時はすでに私たちの運命は、強く引き合っていました。魔界の適合者としての運命は、とても強いものです。そして、人界の適合者としての運命も強い。そこに、何かしらの変化が、あったのかも知れません」
「つまり、魔王としての俺の中に、勇者としての人格が生まれて、別れたって可能性もあるって事か」

 俺は鬼族の里で、妖術を使おうとして判明した、俺の中に眠る黒い存在の話をみんなに聞かせた。妖術は己の中に作り出した、神格としてのもう一つの存在に働きかける術。本来なら、その神格化した意識を育んでいない俺には、なんの反応もないはずだった。

「アルファードが出て来たのは、ハンネスの名前をプラグマゥが口にした時だ。殺意、怒り、怨み。そんな感情が激しく渦巻いていて、どんな存在なのかまでは、分からなかったが……」
「私が初めて会った時のアルくんは、どちらかと言えば寡黙で、どこか希薄な男の子でした」
「─── ⁉︎」

 ソフィアの口から、俺の知らない俺の話が飛び出した。

「場所はサァルヘイム山脈南側のふもと、カルサリアという、小さな街近くの森です。アルくんはその森にある、古代魔人族の遺跡、そこに剣聖イングヴェイと隠れ住んでいました」

 この話は初めて聞く 。もしかして、俺が実家で自分の運命を知ったから、越権行為にならなくなった部分なのだろうか。

「私はその近くに転生したのですが、ちょっとしくじりましてね。人の姿をしていなかったのです。しかも運悪く、その時事件を起こしていた謎の一団と特徴が似てたせいで、人々から追われていました」
「謎の一団……?」
「以前、クソ上司……ラミリア様が言ってたでしょう? 『あの時の私では対処し切れない相手』ってやつですよ。おそらくアレは、アルくんを探していた。『色無き者』なんて、その周辺では恐れられていましたけど」

 ラミリアが俺に何らかの仕掛けをしたのは、俺が生まれる前から動いてたって言う『ずっと隠れてる』って奴の手下から、俺を守るためだと言った。

「その『色無き者』って何だったんだ?」
「その名の通り、白に近い灰色一色で、ただ異様に強い。身につけてる装備とか、髪型なんかからすると、時代もバラバラでしたね。恐らく過去の武人の複製だったのではないかと。一体誰の差し金かは、分かりませんでしたが、アルくんを探していたのは確かです」
「…………」
「剣聖ですら苦戦していましたから、あの当時の私では、歯が立たないのは明白でした。私はあの時、アルくんに助けてもらったんです」

 そう言えば始めて越権行為について教えてくれた時、俺との出会いを彼女は言い掛けてたっけな。何があったかは『私だけの宝物です』みたいな事を言って、教えてくれなかったけど。

「俺がその『色無き者』を倒したのか」
「はい。あの時に私は、あなたが魔王の後継者だと分かったくらいに、絶大な力を秘めていました。ただ、相当に負担が大きかったようで、その後は気を失ってしまいました。思えばあの後から、アルくんは少し饒舌になってたような気がしますね」
「絶大な力……か」

 プラグマゥは『人の闘い方を止めさせる』と言っていたが、本来の俺はもしかして遥かに強かったのだろうか? 義父さんですら苦戦する相手を、たった五歳の俺が倒したと言うのだから、とんでもない話だ。

「何だか自信なくすよなぁ。十年鍛え上げた力は、プラグマゥには届かなくて、五歳以前の俺の方が強かったかも知れないとかさ」
「ん、オニイチャは今も強いよ?」
「でも、プラグマゥには勝てなかった。先代魔王には遠く及ばないって事だろ? 勇者は更に強いって事になる」
「んー、オニイチャは強いの。ただ、プラグマゥのたたかいかたに、つきあったから、力をだせなかった、だけ」
「ティフォちゃんの言う通りですね。アルくんの力は、今だって絶大ですよ? ただ出そうとしていないだけで」

 そうなのかなぁ。確かに最初は、あいつを勇者の契約から解放してやる事ばかり考えて、闘い方が単調だったのは否めないが。それに力を出し切ったら、無駄に被害がデカ過ぎて、責任取れそうにない。

「アルくんは、相手の力を出しきらせようと、闘いに付き合っちゃう所ありますもんね」
「そうそう。アルだったら、何もさせずにいきなり消し飛ばしたり出来るのに、しないよね? なんで?」

 だってそれじゃあ、魔物じゃないさ。スタルジャも、黒スタが出るようになってから、随分と血生臭い事を言うようになったな。いや、もしかしたらエルフって、そう言うもんなのかな。
 ん? 人の闘い方、魔物の闘い方って……。

「人間族は寿命が短く弱いものです。しかし、多数で生き、その叡智を積み重ね合う事でここまで強大な種族になったんですよ。他者との闘いは生きる死ぬではなくて、自分たちの想いの正しさを、主張する事に偏りがちです。純粋に殺す事のみで闘う事は稀ですね」

 確かにそうかも知れない。ただ単に殺したくて動くのは、尊ばれない。

「一方、魔族は寿命も長く、強い。魔王から魔力を分けられ、己も魔力を他者から奪い、その高まりによって生きる。だからこそ、純粋に闘いの中で『殺す』事を、シンプルかつ必要な事として捉えられるんじゃないでしょうか?」
「……確かに。それは大きな種族差かも知れないな。まさか、プラグマゥはその事を俺に……⁉︎」
「分かりません。でも、ハンネスと戦うとなれば、おそらく魔族としての死生観が必要になるんじゃないでしょうか」

 俺はラプセルでダグ爺やアーシェ婆達と、命懸けの修練を積んで来た。でも、それは殺す殺さないの境地での話じゃない、あくまで自分が強くなる為の闘いだった。何もさせずに出し抜くよりも、ダグ爺達の力を見て学ぶ事の方が、より俺を強くさせていたからだ。まあ、それで何度も死んだわけたが。

「闘いへの死生観を、見直す時が来てるのかもなぁ」

 そう呟いて頭を掻いていると、ソフィアがふふふと笑っている。

「やっと、アルくんらしい顔に戻ってくれましたね」
「え、あ。慰めてくれていたのか……」
「だって、あなたはあの最強の魔公将相手に、人の限界を超えて、立派に約束を果たしたんですよ?
プラグマゥの戦力を削いだのは、もうひとりのアルくんの力かも知れませんが、それだってあなたの力であることに変わりはありません。胸を張って下さい。あなたは未だ契約が完成していないにも関わらず、賢剛王に課せられた、ハンネスとの契約を白紙に戻したんです」

 ちょっと肩の荷が降りた気がした。ただ、アルファード・ディリアス・クヌルギアス。これが本当の俺ならば、今ここでこうして物思う俺は何なのか。ひとつ疑問が生まれば、また新たな疑問が追随して湧いてくるものだと、自分の心の在りように無常を感じてならない。

 ※ 

 ソフィア達のお陰で、少し人心地を取り戻したものの、やっぱり眠れないもんだ。眠りに入ろうとすれば、自分のこれからの事に頭が働き過ぎて、目が冴えてしまう。こんな時は却って寝る事を忘れ、少し歩くくらいが丁度いい。

 【光在れ】で発生した熱のせいか、さっきまで軽く雨が降っていたけど、今はもう止んで雲間から月が再び顔を出している。月の位置は大分傾いたけど、草原は灯りが要らないくらいには、月明かりで照らされている。
 しばらく歩いて、俺はそこに辿り着いた。

 未だ、地面からは熱気と、ガラス質になるまで熱せられた大地の、パキパキという小さな音がしている。ここで俺はプラグマゥに、ラミリアから授かった加護を放って、彼を蒸発させた。

「……こんなもん、ホイホイ人に授けんなよなぁ」

 黒光りする焼成された地面が、見渡す限りの円形に、ぽっかりと広がっていた。強烈な光の熱量は、小さな太陽並みのエネルギーを放射して、一瞬のうちに辺りをこんな風にしてしまった。他にも彼を葬る術はあったけど、無意識に手加減をしてしまったら失礼だと思って、制御不能なラミリアの奇跡を選んだその結果だ。

 しっかし、以前の加護『てかる』だけでも、相当に凶悪な殺傷力を持ってたけど、光の神って何と闘ってんだコレ。人間同士の戦場なんかで使ったら、オーバーキルなんてレベルじゃねえ。それとも、俺に迫るこれからの運命には、これ程の力を必要とする出来事が起こるとでも言うのだろうか?

─── いつも心に愛を持ちなさい
自分の望む通りに、相手が存在する事ではなく
相手が貴方の前にいる、そのものの奇跡を喜ぶ

─── 在るがまま
その輝きに目を向けられた時、運命は真の道を貴方に指し示す……

 ラミリアが残した、予言めいた言葉が、頭の中を流れる。
 『在るがまま』。人を愛する事は、単に好き好きしてりゃあいいってもんじゃない事くらいは分かる。相手の在るがままを喜ぶのは、好き勝手にさせてりゃあいいって事じゃないのも分かる。きっと、その人がその人らしく在る事を、後押しするくらいが丁度いいのかな?
 そしてきっと、その境地に達するには、まずは自分の『在るがまま』を受け入れて行くしかないんだとも思える。

「これだけの力を持って、他者を『殺す』気概を持って、俺は俺で居られるのか?」

 自分の両親に会って自分の事を知れば、勝手に運命が動き出すのだと、何処かそう思っていた。ソフィア、ティフォ、スタルジャ、エリン、ユニ。五人の事を守るためにも、そして勇者ハンネスから世界を守るためにも、俺には力が必要だ。それにはきっと、まだまだ俺は、俺の事を知って受け入れて行かなきゃいけないんだろう。そして、殺すべき相手に持つ愛とは、一体何だと言うのか。

 サク……ッ、サクッ、サク……ッ

 ふと、後ろからガラス質に焼けた地面を踏む、小さな足音が近づくのが聞こえた。踏み締める度に赤熱していた俺の足跡が、点々と続いている。その足跡を辿るように歩く、少女の姿があった。

「……アル様」
「どうしたエリン。眠れないのか?」

 そう言うと、彼女は小さく『ん』とだけ喉を鳴らして、俺の隣に寄り添うように立った。時折風が運んで来る薄い煙に、耳と鼻をピクっとさせて、焼き締められた大地の中央を見つめている。ネコ科の赤豹族は鼻が良いから、ここに立つのも辛いだろうに、彼女は俺の腕を取っている。

「焦げ臭いの、辛くないか?」
「ううん、大丈夫。アル様が出て行くのが分かって、追って来た」
「あー、心配掛けちゃったか、ごめんな。落ち着きはしたけど、色々考え事だよ。心配ない」

 そう返すと、エリンは俺の腕を掴む手に力を入れ、耳を伏せてうつむいてしまった。

「ははは、大丈夫だって。色々起こり過ぎたから、整理してただけだ。むしろ、俺の弱い所見て幻滅したかな……?」
「違う! あたしは口下手だから、上手く言えないけど、言わなきゃいけないって思って……伝えなきゃって」

 そう言って月を背に見上げる彼女の瞳が、潤んで微かに揺れている。

「アル様は強い 。この二年間、タイロンとユニと、魔術印を広めながら修行して、あたしは強くなったと思ってた。でも、ソフィもティフォ様もスタも、そしてアル様は雲の上のような人だと、イヤと言うほど今も実感してる」
「…………」
「メルキアでローゼンを見た時は、初めて『怖い』とまで思った。上には上が居すぎて、自分が頼りなくも思った」

 プロトタイプだしなぁ、あれは俺も怖かったし、永久に勝てないんじゃないかと思うよ。

「でも、それでいい。あたしはまだ、途中だから。今は弱くて何も出来なくても、生きて進んで、いつかきっと誰かを守れる時が来るって信じることにしたから。どれだけ周りが強いかって分かっただけでも、成長してるって事だもの」
「エリン……」
「それはアル様だって、同じだと思うわ。幼い頃のあなたがどうだったか、本当のあなたの戦い方がどんなものかは分からない。でも、あなたはどう進んでも、だ」

 ついさっきまで、考えていた事に触れられて、胸が高鳴る。『在るがまま』に、俺が俺を紡いでいく事も、彼女はそのままに俺だと言ってくれた。

「プラグマゥがアル様に望んだ闘い方は、今のアル様の考え方よりも、強いものだったかも知れない。でも、そこまでして命を懸けてでもって、プラグマゥにそう望ませたことが、あなたの強さだとあたしは思う」

 エリンは俺の手を取り、真っ直ぐに眼を見つめてくる。クリッとした意思の強い彼女の眼は、何の憂いも無く、月の光を受けて輝いていた。

「強さは、力だけじゃない。その疑問を背負って行くことが、強さだと思う。あたしは、そんなあなたに、そうして歩もうとするアルフォンス・ゴールマインに、心から惚れてるの……」
「エリン……」

 ああ、ラミリアの言う事は、本当だったんだな。『在るがまま』を受け入れてくれる人がいるってのは、こんなにも迷いを晴らしてくれるのか。

「ありがとう。エリンのお陰で、またひとつ、肩が軽くなった。俺は俺の思うように、自分と向き合って行くよ。だから、どうかこれからも側にいて、一緒に歩いていて欲しい」
「アル様……」

 思わず抱き寄せると、俺の胸で戸惑っていた彼女の腕が背中に回され、グッと強く抱き締め返してくる。

「エリンは本当に強くなったよ。今だってこうして心を支えてもらってる」
「……! う、えへへ、そ、そう……?」
「ああ。魔術印だって、無詠唱と変わらない速度だし、もう俺より印の書込み速いんじゃないか?」
「おぅふ、そそ、そうかにゃ……♪」
「夢の世界でも凄く頑張ってるし、きっとエリンはもっともっと強くなる。俺も頑張らなくちゃ」
「あふぅ、ほめ、ほめていい。ほめ、ほめられれるのら、す、すき♡」

 なんか人語が崩れつつあるし、耳をぴったり後ろに倒して、くりくりと頭を俺の胸に押し付けていた。頭を撫でると、その手に頭とか頰だとか、グイグイ押し付けて来る。時々思うけど、エリンって赤豹族なのに、犬っぽい所があるよな。
 でも、普段寡黙だし、ユニを立てようとお姉ちゃんしてる。こんな時くらい、思いっ切り彼女を労ってあげたい。

「エリンは凄い。えらいし、頑張ってる。頼りにしてるよ」
「〜ッ! 〜ッッッ‼︎」

 顔の右側、左側、交互に擦り付けながら、尻尾をがっちり俺の太腿に巻きつけてる。う、なんか凄い甘い匂いがして来た……。これ、フェロモンってやつか⁉︎

「ご、こほーび。アル様、ごほーびが欲し……んッ⁉︎」

 皆まで言わせちゃいけないと、咄嗟とっさに思った瞬間に、俺は唇で彼女の唇を塞いだ。戸惑うように触れる舌先が、二度、三度、俺の舌に触れた途端に、堰を切ったように押し込められた。首に彼女の腕が回されて、荒々しい吐息と、擦り付けるようによじらせる、彼女の肢体がしっとりと熱い。

「ぷはっ─── ちゅっ、ん♡ んんッ♡」

 一度離れかけた唇を、エリンは上気させた顔で上目遣いに見つめ、再び唇を重ねる。い、いかん、キスってこんなに溶け合うもんだったっけ⁉︎それに、押し付けられるエリンの体が、柔らかくて温かくて、頭がボーっとして来た。あかん、俺の『在るがまま』がムクムクっと……。

「─── ふうっ、はぁ、はぁ……」
「…………(ドキッドキッドキッ)」

 心臓が痛いくらいに、激しく打って呼吸まで震えている。エリンの頰が、唇が艶かしく紅潮して、潤んだ瞳を伏し目がちにしてうつむく。
「んー……二年分のアル様成分、まだまだ足りないにゃあ……♡」
「─── ご、ごくり……ッ!」

 思わず唾を飲み込む俺を、エリンは八重歯をチラリと覗かせて、悪戯っぽく微笑んだ。エリンの二年分は、それはもう凄かったとしか……。お陰様で、俺の中にあった将来の不安のようなものは、どこぞへと押し流されてしまった。眠気もぶっ飛んでしまったけど。
 その後はふたりで手を繋いで、しばらく辺りを散歩しながら、もう少しだけ話をする事にした。

 『ネイの祝福』その満月が、未だ冷めぬラミリアの加護の熱に揺らめく。それが何だか、微笑んで見守られているようで、くすぐったいような恥ずかしいような気にさせられていた。

 ※ ※ ※

 一夜明けて、再び俺たちは草原に刻み込まれた、黒い焼跡の中心部に立っていた。

「ん、この辺り? この黒い染みが、プラグマゥあと?」
「い、言い方がちょっと、不謹慎かなぁティフォ……」
「ん、こっちに、なんかちっこいのが落ちてる。この黒プラグマゥは、何プラグマゥ?」
「特定しなくていいよ! なんか私の方が気不味くなるから、やめてよティフォ」

 スタルジャの悲痛な抗議に、ティフォは『ふーん、こーいうのが不謹慎プラグマゥなのか』と呟いた。多分、全然分かってねえなコイツ。

 翌日、俺たちはプラグマゥと闘った辺りで祈りを捧げてから、ロジオン達のいる港に向けて出発する事にした。彼は一瞬で蒸発してしまったから、正確にはどこがその場所なのかも分からないし、実際にはこの世から消えたわけじゃない。今頃、魔界の泉で産声を上げているのだろうか?

「勇者ハンネスがどれだけの存在なのか、父さんの記憶映像から、三百年経った今は分からない。でも、プラグマゥのお陰で、また色々と覚悟が出来たよ」
「そうですね。古代の巨城エイシェント・パレスの深層に現れた、あのカバちゃんみたいな魔物とかが、クヌルギア産のものだと言うのなら、相当に力をつけてる可能性が高いです。今回の魔界行きは、あくまでハンネスの確認と、転移魔術の座標獲得くらいに思っておきましょう」
「ああ。アルファードが目覚めたら強いが、どうすれば起きるのかも分からないし、ハンネスはそれ以上って事もあり得るしな。そうだとしたら、今はどうしようもない」

 そう答えると、ソフィアとスタルジャがニコニコとしてうなずいている。

「ど、どうしたのふたり共、なんでそんな嬉しそうなんだ?」
「だって、全然表情がちがうよ? なんかいい事あったの?」
「え! あ、いや、まあ。俺が俺の在るがまま、行けばいいかなって……」

 チラッとエリンの方を見ると、顔を真っ赤にしながら、にへっと頰を緩ませる。それを見たら、俺まで耳が真っ赤になってしまった。

「うーん、お姉ちゃんから、のにおいがするの」
「「「ぬ、抜け駆け……ッ⁉︎」」」
「ちょっと待って……。ユニ、あんただってリッケル王国、靴屋の買物の後、ツヤツヤだったわよね?」
「は、はうぅッ⁉︎ お、お姉ちゃ……なぜそれを⁉︎」

 ソフィアとティフォ、スタルジャの三人が顔真っ赤のユニへと視線を向ける。

「ソフィはケファンの森、方星宮の夜─── 」
「ぅギク……ッ⁉︎」
「ティフォ様はアルカメリア、凱旋の夜─── 」
「むふン♡」
「お天道様は見逃しても、あたしの鼻は誤魔化せないッ!」

 ビシッと決めポーズを披露した後、そのエリン本人と、ユニ、ソフィアとティフォの四人が、ムフフと身をよじって照れ出す。

「ちょ、ちょっと待って! わ、私は⁉︎」
「……す、スタは酔っ払った時に、一番アル様に絡んでるじゃない?」
「あ、アルぅ〜⁉︎」
「い、いや、違うんだ……!」

 この流れ、何でか俺が一番気不味い! 今の台詞だって、甲斐性無しのソレじゃねーかッ⁉︎

「ウフフ〜! まあ、皆さん順調に育まれてるって事で、いいじゃないですか〜♪」
「ソフィ、それなんのフォローにもなってないよ⁉︎」

 いや、単純にそういう雰囲気になる機会が無かったってだけで、彼女とはダンス練習したりしてるし。充分ドキドキしてるんだが。スタルジャは『うー』と唸って、俺の後ろから服の裾を掴んでうつむいてしまった。

「と、かく! 今後の最終目的をはっきりとさせておこう! まず、勇者ハンネスを絶対に止めなきゃならない。聖剣ケイエゥルクスは剣聖イングヴェイの手によって隠されたまま。前オルネアの化身リディが復活するまで、ハンネスは魔界からは出られない。リディ復活の前に、魔界でハンネスを撃破、魔界のバランスを取り戻す。そして、姉さんやランバルド、テレーズをその上で結界から助け出す」

 そう、ハンネスが今もそのつもりでいるのかどうかも不明だが、どの道、俺が魔王になるなりしなければ魔界のバランスが崩れかね無い。場合によっては姉さんに残された、残り半分の『クヌルギアの鍵』を受け取って、更に強くならなくちゃいけないかも知れないが。

「だが、プラグマゥで分かった通り、ハンネスが想定以上に強い事も考えられる。だから今回の魔界行きは、状況の確認が最優先事項だ。いけそうなら行くが、そうでない場合は、転移魔術の座標を得るだけでもいい。次につなげるのが目標だ」
「「「はーい!」」」

 昨日、エリンに勇気付けてもらえた通り、俺は俺の、今出来る事をやって行くだけだ。そして、その中でこの五人に支えて貰わなきゃ、俺は何も出来ないし、俺がみんなを守らなければならない。無茶はせず、出来る事を、思うままに……だな。

 出発してしばらく、服の裾を掴んで静々とついてくるスタルジャの手を取り、手を繋いで歩き出す。と、とりあえず、スタルジャの気持ちも、大事にしないとなぁ……。

作者のつぶやき

『光在れ』が一般人に普通に普及されていなくて良かったです。
あおり運転をして来た車に『光在れ』。
退社した後の会社に『光在れ』。
自動車税の通知が届いて『光在れ』。
もう地球が穴だらけ。

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