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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十一章

第一話 予兆

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アマーリエの足跡を辿り、
その予言通りアルフォンスは、
スタルジャを精神世界から解放した。

ロジオンの先導の下、
魔界の情報収集は続く。

 タッセル王国。
 タッセルはハリード自治区とバグナス地方領の間に位置する国。北はアケルとも繋がる、『栄光の道』の最終地点である。アルフォンス達が、辺境、ハリード自治区と続いて、ソフィアのギルドのあるバグナスへのルートで通った、貿易と砂漠の国。

 かつて、夜祭りでソフィアと初めてデートらしき事をした、アルフォンスにとって思い出の地でもある。

 その市街地から大きく外れた位置に、ひっそりと唐突に立つ、剛健な造りの建物がある。周囲を高い壁に囲まれ、外からは中の様子をうかがい知る事は出来ない。

─── エヴィルナ刑務所

 政治犯を中心とした、国家に関わる犯罪者を収監する施設である。今、その施設の中で、実に奇妙な出来事が起きようとしていた。

 ※ 

「……なぁんか、嫌な夜だな」

 見張りの交代に来た看守に、中年の交代要員は、薄ら寒そうに呟いた。

「明日明後日にはおっ死ぬって奴の、見張りでしょう? 嫌な夜もクソもありませんよ。いつだって嫌ですよ『地蜂番』なんて」

 『地蜂番』とは、このエヴィルナ刑務所の職員達の間で使われる用語。地蜂の一種は、巣に連れ込んだ餌の昆虫に毒針を刺して、仮死状態にして卵を産み付ける。

 『結局は殺すのに、死なないように強制する』

 この事から、彼らは処刑執行が近づいた死刑囚が、自殺をしないように夜通し見張る任務をそう呼んだ。

「そういうんじゃねぇよ。慣れるもんじゃあねぇが、長い事やってんだ、この仕事には不満はねえ。なんかよぉ、空気が重くねぇか?それにな、何だか鉄サビ臭えってのか、血みてぇな臭いが混じってんだ」
「ええ? いや、全然気がつきませんでしたけど。鼻の中、サビでも出てんじゃないですか?」
「うるせえ! 俺の鼻は鉄で出来てねえ! なぁんかよ、嫌な予感すんだよ」

 ヘラヘラと冗談を言う若い看守に、中年の看守はふざけて返しながらも、目は笑っていなかった。

「こういう日はよ、なぁんか起きんだよ」
「あ、先輩のカン、よく当たりますよね。この前もそんな事言ってて、明け方に急死されましたからね。まあ、あいつは移送されて来た時には、具合悪そうでしたけど」
「まあ、な。この仕事も長えから、そういう人死にとか暴動とか、脱獄未遂とか、なぁんとなくカンが働くってのかねぇ。特に人死に関しちゃあ、当たるんだよ」

 ふたりは顔色悪く、鉄格子の向こうの夜空を見上げる。どんよりと黒い雲の覆った空は、なんともふたりの気持ちを、薄ら寒くさせていた。

「まあ、空気が重いって言うのは分かります。血の臭いってのは分かりませんけど」
「へっ、お前さんは万年鼻詰まりじゃねぇか! おれも初めてなんだよ、こんな空気は」

 そう言いながらも、中年の看守は手を差し出して、鍵束を受け取ると、帽子を被り直した。お互いの制服と装備を指差し確認して、ふたりは敬礼して別れる。
 中年の看守が向かう先は、最上階にある重罪犯用の一室の見張りであった。その部屋の前まで行くと、これからしばらくの相棒となる同僚が、敬礼して申し送りをする。

 いつもと同じ顔、いつもと同じ動作、だが何かがいつもとは違う。そう、中年看守は首をすくめたくなるような気持ちだった。

「十三号、今日も相変わらずです」
「みたいだな、もうブッ壊れちまってるってのに、処刑した所で後悔も恐怖もねえんじゃねえか?」
「辺境伯の令嬢をさらって、別荘の地下室で嬲り殺しにしようとしたんですよね? しかもその姉も盗賊団使って、自殺に見せかけようとしたとか。自業自得ですよ」
「それどころか、地下室には拷問道具がたんまり、目の前の湖にゃあ、小せえ子供達の骨が大量にほっぽられてたってよ。まあ、なんだ。S級冒険者の『千切り聖女のソフィア』ってぇ、おっかねえのに心ぶっ壊されたってんだからな、元公爵さんも形無しだわな」

 部屋の奥には、流木の如く痩せ細った、髭と髪を伸ばしっぱなしの男が、口から涎を垂らして宙を眺めている。その手には、卵の形をした紙の塊が、大事そうに抱えられていた。

─── ハンス・アーウィン

 タッセル領ナルディラ、通称『辺境』の元領主である。三年前、ラプセルの里から、アルフォンス達が初めて到達した人里で巻き込まれた『ナダリア辺境伯令嬢誘拐事件』の犯人。

 今や檻の中で、名前ではなく番号で呼ばれ、死刑執行が決まってからは目下『十三号』と、新たな番号が彼の名前となっている。『十三号』とは、処刑間近の死刑囚に与えられる、符丁のような番号であった。

 見ての通り、あの廊下で少女を追い掛けていた、でっぷりとした姿はカケラもない。彼の心は未だに回復の兆しはなく、日がな一日こうして膝を抱えながら『自ら産んだ魔物の卵』だと言い張る物を抱えている。
 逮捕されて間もない頃、ある朝急に持っているはずのない卵を抱え、そう騒いでいたという。

 ティフォが、多少魔術で強化していたとは言え、ただの生卵が長く形を保っていられるわけもなく、こうして丸めた紙をその代わりとして与えられた。これが彼の現在唯一の私物なのだ。
 令嬢モニカに扮したティフォの、凄惨なお仕置きを受けた結果である。今でも一日の内に何度かは、突然奇声を発して、殺害される妄想や、魔物の卵を直腸内に産み付けられたという妄想で騒いでいた。

 あの時、アルフォンスが冒険者登録するのに有利にするため、ソフィアの活躍としたせいか、この刑務所ではソフィアの評判はであるという。

 本来なら受刑者の前で、看守のプライバシーに関する事を口にするのは規則違反。しかし、この元公爵は明後日に、処刑されるのを待つばかり。そして、妄想発作の独り言以外、誰とも会話をした事も無ければ、こちらの言葉を理解している様子もない。

「しっかし、やっぱり嫌な感じがすんだよなぁ、今夜はどうしたってよぉ」
「あれ、もしかしていつもの『カン』ですか? いやだなぁ、毎回当たりますもんね、今度は誰だろう。報告書とか面倒なんですよ、死なれると」

「カンもそうっちゃあ、そうなんだが。……うぅ、お前さんは感じないのか、この嫌な血みてえな臭い」

 そう言うと、相棒は鼻をスンスンと鳴らして、中年看守の顔を振り返った。

「えっ⁉︎ いや、なんかそう言われたら、本当にそんな臭いして来ました」
「ああ、さっきからズンズンと濃くなってやがるんだ気持ち悪りぃ。耳鳴りまでして来やがった……なんだよコリャ。
こんな感じは初め ─── 」

『可愛いお顔だねぇ……もっと見えるように、怯えてくれないかぃ……?』

 思わずふたりの看守は椅子から飛び上がり掛けた。檻の向こうを見れば、そこには相変わらず、丸まって座る、十三号の姿があるだけである。ブツブツと、何かを呟いてはいるが、今程にくっきりと覇気のある声を聞いたのは初めての事だった。

「い、いい、今、ちゃんと喋りませんでした⁉︎」
「あ、ああ。確かに奴の声だった。あんなにハッキリ喋るのは、発作で騒いでる大声くらいなもんだったよな?」

 そう言って中年看守が耳をポリポリと掻いた時だった ───

『お耳も可愛いねぇ……あんまり乱暴に掻いたら……紅くなっちゃうねぇ……』
「「 ─── ッ⁉︎」」

 再びふたりは、火がついたような勢いでそちらを見るも、やはり十三号は宙を見つめてブツブツと口を動かしているだけだ。

「い、今の、耳元で聞こえなかったか?」
「へっ? いや、そっちから聞こえましたよ⁉︎」
「耳がどうこう……って、おれ、い、今……耳掻いてたんだ……」

 ふたりの座っている位置は、十三号の独居房の正面、廊下を挟んだ壁沿いの椅子である。 耳元で聞こえるはずは無い。自分の行動を指摘されたように感じて、中年看守は何とも不気味な気持ちになっていた。思わず相棒の方を振り返り、突発的に話し掛ける。

「ちょ、ちょっとおれ、今日は気分が」
「 ─── あっ」

 相棒が正面を向いたまま、声をあげた。その視線は檻の中の十三号というよりも、廊下の少し上、中年看守の少し上辺りを凝視している。目を見開いて、顔面蒼白の強張った表情で。

「 ─── ッ⁉︎」

 中年看守が、その相棒の視線を追った瞬間、彼は時が止まったように感じる程の、心臓の鼓動を感じた ───

『 可愛いお顔だねぇ……もっと見えるように、怯えてくれないかぃ……?』

 髪と髭をだらし無く垂らした、青白い顔が自分の頭の真上に浮いていた。いや、浮いているのでは無い、独房の奥半分を埋め尽くした黒い何かの塊から、ひょろ長く伸びた黒い首をもたげて、鉄柵の隙間から顔だけをこちらに近づけていたのだ。

 十三号は至近距離でニヤニヤと笑ってこちらを見ている。その白髪だらけの口髭を、黒い舌がベロリと舐めて、唾液で濡らす。
 硬直が解けた瞬間に、中年看守は警棒に手を伸ばしながら、椅子を吹き飛ばして飛び退いた。

 その動きに、十三号の口がクチャリと音を立てて開き、ズラリと並んだ歯と、その奥に覗く真っ黒な口中を見せる。
 その直後の光景が、中年看守の最後に見た、この世の光景となった。

 ※ ※ ※

「はぁっ⁉︎ ハンス・アーウィンって、辺境国の元変態公爵だろ? それが脱獄したってのかよ⁉︎」
「旦那ァ、その新聞読むんなら、買ってからにして下さいよぉ」
「おお、悪い悪い♪」

 客が金を支払うと、新聞屋は途端に営業スマイルで、その記事の内容と噂話を聞かせた。

「あの世界屈指の『孤城』エヴィルナ刑務所ですぜ? そこを看守十五人も殺して脱走。しかも、近くの村だの街だので、殺して回りながらまだ捕まらず。ですからねぇ」
「うわっ、もう六十人も殺してるって、熊か魔物かってな話じゃねえか‼︎」
「ふふふ、その『魔物』っての、あながち間違いじゃないかも知れませんよ? なんたって今、軍でも自警団でもなくて、あの極光星騎士団があたってるってんですからねぇ〜」

 その会話に、近くを通りかかった往来の人々が、こぞって新聞を求め始めた。

「ちょ、ちょっと待て親父! それもヤベェけどなんだいこりゃあ! こんなもんアケルと帝国が戦争になるかも知んねえじゃねえかッ⁉︎」
「ああ、それも号外級ですなぁ。なんたって、我国タッセルにある、帝国領事館の要人を、アケルの獣人族どもが暗殺したってんですから」
「な、なんで⁉︎ アケルなんざ、最近魔道具で羽振りいいじゃねぇか! それにシリルと組んで、ダラングスグルの『栄光の道』の整備事業やってんだろ? なんだって、わざわざ最近血生臭い帝国にケンカふっかけてんだ⁉︎」
「さあ? 犯人の獣人達は、その場でまとめて処刑されてますからね。信じるも信じないもあなた次第ですがねぇ」

 その声に、更に客が殺到して、店主は福々とした笑顔で応じている。
 タッセルのアルザス帝国領事館に押し入ったのは、五名の獣人族だった。何処からともなく忍び込み、領事館大使と職員数名を殺害。警備兵と戦闘になり、五名はその場で息を引き取っている。

 彼らが残した言葉は『反帝国主義、反教団主義、アルザスに死を』だったという。

 公表では彼らはアケル獣人達の信ずる精霊信仰『ガグナ信仰』の信者で、未だ帝国から宗教として認められず、度々エル・ラト教といさかいを起こしていた事に対する恨みがあったのだとされていた。

 辺境の元公爵の脱走、殺人事件は普段であれば、街の噂のトップを飾るニュースであろう。だが、タッセルの人々はもちろん、このマールダーのあらゆる国で注目されたのは、獣人族による帝国要人暗殺事件であった。
 アケルは人間側からすれば元々、亜人排斥のせいもあって、世界から隔離された未開の野蛮な地域との認識が強い。領土は大きいが居住可能面積は狭く、大きな産業も無かったために、経済は小国並みであった。

 しかし、最近はアルフォンス商会の魔道具輸出の影響で、様々な品目の貿易収支を急上昇させている。少しずつではあるが、アケルへの関心が、世界的に集まりつつある状況であった。

 帝国が軍拡を進め、二百年の沈黙を破った。

 その帝国にテロ行為を起こした、途上国アケル。そしてその舞台となったのは、かつての強国タッセル国内。近年、タッセルの縮小に合わせ、帝国がその触手を伸ばしている事に気がついているのは、国際情勢に聡い者くらいなものである。

 アルザス帝国は、名実共に超大国である。しかし、現在はその力も衰え始め、他国への影響がじわじわと落ちて来ている。更にアケルとの距離が大きく、遠征をするには余りにも距離があり、現実的な侵攻とは言えない。

 タッセルは即座にアケルへ抗議、しかしアケルはそれを否定の上、犯人とされる五名の獣人族の遺体の返還を求めた。しかし、タッセル側がそれを拒否したため、両国は入国規制、関税や輸出規制などで経済的な報復に転じる。

 被害者である帝国は、未だ沈黙を守っていた。その不気味さが、余計に人々の注目を集める事件となる。これから激動の時代に入るとは、まだ誰も気がついてはいない。

 いつの世も、世界は一握りの野望から始まり……
 そして誰もが想像だにしない方向へと流れ出す ───

 ※ ※ ※

「はわぁ、か、かわいいです……」
「な? 動けなくなるよな」

 カフェでフォカロム名物の、ベリーの香りの効いたミルクティと、『スルファ』と呼ばれるピスタチオ豆と香辛料、バターの効いた焼菓子を楽しんでいる。隣に座るソフィアの膝に、一匹の猫が乗り、焼菓子の匂いをふんふん嗅いだ後、そのまま丸くなって寝始めてしまった。

 ここは以前、スタルジャとデートした時に来た場所で、後日スタルジャから聞き出したソフィアからせがまれた。

『私、猫さんが途方もなく好きなんです。でも、猫さんは私を木か何かと思っているみたいで……』

 そう言えば以前、ソロの冒険者時代に、寒い冬の添寝の友に猫を抱くが、すぐに出ていかれたと寂しい話をしていた。『泥棒ネコ』とか、俺に話しかけただけの女の子を罵っていたりしたから、てっきり猫がそんなに好きじゃないと思っていたが違うらしい。

 『ものすごく人懐っこい猫ばかりのカフェがある』とスタルジャから聞いて、そんな夢のような場所があるはずないと、よしんばあったとして、自分は相手にされないとナイナイしようとしたそうだ。だが、もしかしたらとソワソワが収まらず、とうとう俺に『連れて行け』と泣きついて来た次第だ。

「すっごいゴロンゴロン言ってます。本当に喉を鳴らすんですね、都市伝説かと思ってました」
「ははは、俺も里から降りて、初めて本当の猫見た時は驚いたよ。こんなに小さくて、ゴロゴロ言う声まで小さくて可愛いんだなぁってさ」
「あら、ラプセルには猫が居なかったんですか。 うん? その言い方だと、大きいのはいたみたいな……」

 そう、猫科の魔物とか魔獣がいたけど、大抵は馬よりデカくて、魔術とか呪術とかボンボン使う知能の高いのばっか、んで凶悪な奴しかいねぇの。

 ある日、やっと小さめ(ロバくらい)で、人懐っこいのが現れたから、しばらく隠して飼う事にした。まあ、頭は猫(豹)なんだけど、身体は半裸の人間(男)でね、黒い羽(鷲)が生えてたのはちょっと違うかなって思ってはいたんだ。

 撫でるとゴロゴロ言うんだけど、岩転がしてるみたいな重低音で落ち着かなかったし、首とか撫でてもガサガサするだけだったしな。

 それがバレた時、セラ婆からそれとなく注意されてさよならしたのは悲しかったなぁ。まあ、後で分かったのは、そいつ猫じゃなくてスィトリって悪魔だったらしくてね。なんか『性と愛』のスペシャリストで、仲良くなると、何処からか全裸の異性を連れて来るって話だったから、危なかったのかなって。

「あははははっ! それはヤバイですよ、それは、あはははは♪」
「笑いごとじゃねぇって。だいたい、セラ婆がそれに気づいたのも、その悪魔が入浴中のセラ婆の所に、交渉に行ったからだったんだよ……。なんか、俺悪くないのに、しばらく気不味かったんだぜ?」

 そんなだったから、最初にペコの村で飼われてた猫を触らせてもらった時は、俺の中の概念が音を立てて崩れた。
 その補足がまたツボに入ったらしく、ソフィアは涙流す程笑って、膝の上の猫は迷惑そうにしつつも、意地で寝てる感じだった。

「ちょっと、それを聞いて改めて行きたくなりました。アルくんの育ったラプセルの里に♪」
「どこにそんな要素あったかは知らないけど、そう言ってくれると嬉しいよ」

 なんか俺も自然と笑っていたけど、胸はドキドキ高鳴っていた。そう言えば、ソフィアと再会して少しの頃、里の皆んなに紹介したいって、プロポーズまがいな事を言っちゃってカチコチになってたっけな。あの時もソフィアは凄く嬉しそうに微笑んでくれていた。

 今もドキドキはしてるけど、あの時みたいに、何喋っていいか分からなくなる感じじゃないのは何故だろう……。

「あ、そうか」
「ん? どうしたんですかアルくん」
「前は緊張しちゃう事、よくあったんだけどさ。今は一緒にいる事が当たり前で、普通に色々話せる時間が楽しくてさ」
「はい♪」
「その内、義父さんや里の皆んなと過ごした時間より長くなってだよ? こうやって、ずっと仲良く居られるようにするのが当たり前って、そんな時間を積んでいくのが『家族になる』って事なんだなって」
「 ─── っっ‼︎」

 ソフィアが顔を真っ赤にしながら、口元を両手で覆った。

「え? 俺、なんか変な事言っちゃった……?」
「あ、アルくん……。そ、それって……///」
「あ。ち、ちち、違うかんね⁉︎ あ、いや、違くはないんだけど、ちがっ」

 今度は俺の顔が真っ赤になるのが、自分でも分かった。

 つい嬉しくなって、口を滑らせた。これじゃあ、マジモンのプロポーズみたいな……。

 ぎゅっ

 ソフィアが肩を寄せて、小さく『はい』と囁いた。俺の手を強く握っている。彼女の体温が伝わって、その返事に言い様のない安心感が込み上げる。

「ちゃんとしたのは、色々片付いたら……その時にするから」

 コクンと彼女の頭が揺れるのを、その膝の猫が薄目を開けて見上げると、また気持ち良さそうに丸まった。
 俺の体温も伝わって暖かいのか、猫は喉をずっとゴロゴロと鳴らしていた。

 ※ ※ ※

「 ─── 『泉』? 魔公将達の居る?」

 年が明けた。順調に魔界の旅を続けていたある日、ロジオンは次の魔公爵の領地に行く前に、『泉』と呼ばれるもうひとつの聖地を提案した。

「ちょっと前に、元魔王城の使用人のひとりと再会してな。ここからそう遠くない場所に、魔公将の眠る『泉』があると聞いた。今のお前では、会えないかも知れないが、何か助けになるかも知れんと教えてくれたんだ」

 ロジオンは旅をしながら、確実に旧知の伝手を使い、情報収集と俺の存在を広めているらしい。もちろん、下手な人物に拡がらないよう、相手も選び抜き、魔術契約で箝口令も敷いている。

 実際、ここまでの間にも、有利に事が運んでいたし、思わぬ所で裏からの支援を受ける事もあった。魔王への想い、それを支えてくれる存在が、目に見えない所で拡がっているのは、胸が熱くなる。

「そうか、俺もお世話になった事があるのかもな。ありがたい事ばかりだよ……」
「フフ、里心ついたか? なぁに、事が済んだら、お前は街を歩くのにも難儀するようになる。今の内に魔界を楽しんでおけ」

 見た目はまだ子供なのに、こう言う言い回しが一々シブいから困る。トレードマークの白い中折れ帽も、ちゃんと成長した体に合わせて新調したせいか、更に渋味が増している。

「ロジオンさん。アルくんが『会えないかも知れない』と言うのは、具体的にはどう言うことなんですか?」
「ああ。どうやら本当の『泉』に行くには、『クヌルギアの鍵』が必要らしい……」

 俺にはその半分しかない。姉さんに無事会えれば、鍵は完成出来るだろうけど、今は勇者ハンネスの置いた『魔王オリアル』の影が魔王城にいるらしい。今の俺では、プラグマゥやパルスル達と再会出来るかどうか分からない。鍵が半分になった事など、今までの歴史上無かったのだから仕方がない。

「今、彼らと契約する必要は無い。ただ、お前は【転位魔術】が使える。何かの時の為に、座標を得ておく方が良かろう」

 その提案を断る理由は無い。俺達は魔公将の『泉』を目指す事にした。

 ※ ※ ※

 聖地と呼ばれる割には、なんて事の無い場所で、意外と近くに人が生活してる所があったりする。特に結界も仕掛けも、何か気配を感じる事も無ければ、他より目立ってエネルギーがって事も無い。

 普通の山じゃん? もしかしてガセネタだったんじゃ無いかと、不安に思いつつも、ロジオンが迷う事なく歩いているその背中を見ると、とても口に出来ない。

「うーん、ふつーの山なの。森にも変わった気配がないの。マナが薄くて、街と変わんないの」

 自由だなユニ。思ってても言い難い事をサラッと言いよる。だが、ロジオンはそれには言葉を返さず、少し首だけ振り返らせて、『ついて来い』のジェスチャーだけを返した。やっぱり大人だなロジオンは。ただ、妙に汗かいてたのと、目が泳いでいるように見えたのは、多分俺の見間違えだろう。

 やっぱ、イヤな予感しかしねえ! そんなやり取りから、既に一時間は歩いただろうか? 山道に飽きたティフォが、意味無く魔物を挑発して、スタルジャとエリンに怒られ出した頃、大きな岩壁を真円にくり抜いた洞窟が顔を出した。

「うわッ! 良かったホントにあっ……。情報ではこの先、もう目の前だついて来い」

 そうだよね、不安だよね。新しい場所とか不安なのは、大人も子供も変わんないよね……。そんな事を思いつつ、やや弾み気味な歩調になるロジオンを追いかけてみれば、サクッと穴を過ぎ去った。

「「「 ─── ッ⁉︎」」」

 今まで普通の山だったはずだ。農夫らしき人とすれ違いに会釈だって交わしたし、魔物だって大したものなんか居なかった。

 山頂でもない、中腹の中途半端な位置に突如として現れた、広大な岩の広場。真っ平らに整えられたその岩は、巨大な一枚岩か、それとも岩盤なのか、つなぎ目ひとつなく磨き上げられた床。その灰色の大地の中央に開いた、半球体状に抉られた、巨大な人工の窪み。

 一度そこに落ちたら、足で上がるのは不可能と思える程、歪みひとつなく磨き上げられている。自分達が今通って来た真円のトンネルは、その街ひとつ分はあろうかという、広大な窪みを城壁のように周囲をぐるっと囲んでいた。

「こ、これが……『泉』⁉︎」
「分からん。だが、指示の通りにここにたどり着いた。ここが、指示通りなら『泉』だ」

 ロジオンも瞠目どうもくしたまま、抑揚の無い声でそう返した。唖然とするのは当然、それ程に唐突で、見事な人工的造形。

 バチィ……ッ‼︎

 突如、俺達の目の前の空間で、青白い光が走った。どうやらティフォが触手を伸ばして、窪地の手前で弾き返されたらしい。

「だ、大丈夫かティフォッ⁉︎」
「ん、全然へーき。触手のさきが、しょーめつした程度」

 龍種の鱗もブチ破る、ティフォの触手が消滅するって、どんだけの威力だよ⁉︎ なるほど、この周辺で人も魔物も急に見かけなくなったわけだ。

「ん、とんでもねー結界。そこらの神さまでも、ムリ。このあたりのエネルギー、ぜんぶ使って、極薄の斥力場、つくってる」
「ティフォ様がそう言うなら、相当ね……。じゃあもしかして、他の場所と大差ないマナしか感じなかったのは、その結界のためかしら?」
「山は大体どこも強いエネルギーを持ってるの。だから、ちょっとおかしいって思ってたの」

 ああ、あの時のユニの『街と変わんないの』発言は、別にロジオンを煽ってたわけじゃなくて、本当に疑問に思ってたのか。これだけ人工的に切り開かれていたら、山のマナも薄くなって当然だろう。

 見ればロジオンもウンウンうなずいてる。あれ? ロジオンって呪いのせいで、魔力とかマナに鈍感だったんじゃ無かったっけ? 大人って……とか、そんなどうでもいい事を思っていた時、ソフィアが小さく『あ』と呟いた。

─── その瞬間、胸元の紋様が熱を持ち出した

 激しい耳鳴り、首周りを焼く熱感、この感覚は二度目だ。前回は、勇者ハンネスが現れる直前、この感じがして、胸元に小さく縮んでいた紋様が戻って、俺の魔王候補者としての気配を消された。だが、今回は気配の隠蔽ではなく、逆に体の底から、何か力が湧いてくるようだった。

「ラミリア様の助力ですか……」

 なんだか嫌そうな声で、ソフィアがため息交じりに言った時、胸の奥で強い鼓動を感じた。目の前がグラっと揺らいで、思わず後退りした瞬間、その声が聞こえて来た。

『『『 我が……王よ』』』

 いくつも重なっていたけど、俺には聞き取れた。プラグマゥ、パルスル……そしてエスキュラ、後うろ覚えだけど多分オルタナス。

─── 魔公将達の声が、確かに今、窪地の底から響き渡った

作者のつぶやき

ハンス・アーウィン元侯爵、久しぶりの登場です。
変態から廃人に進化していた彼が、怪物にメガ進化を遂げ、看守をゲットだぜ!

本当に卵が孵って、親になってたら面白かったんですが、違う物語になってしまうので止めておきます。

【続きは下の『次へ』】

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