Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十二章 再起
第四話 涙
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ローゼンからの提案で、
アルフォンスは再びシノンカ遺跡にある、
ラミリア宮殿へと訪れた。
ラミリアとの契約更新を終え、
より強力な守りを得たアルフォンスは、
ソフィアが囚われている精神世界へと入って。
迫りくるリディの影たちを、
アルファードを彷彿とさせる殺気を持って仕留めつつ、
リディによって心を支配されたソフィアを救い出した。
ソフィアは無事に意識を取り戻し、
神気を急速に回復させてゆく。
だが、その後、アルフォンスは、
世界各地で謎の大量殺戮を開始する。
今朝方から吹いた南東の風が舞い上げた砂塵は、タッセルのとある地方の空に黄土色の覆いを被せ、午後の日射しを弱めながら、太陽に二重の光の輪を描き出していた。
グチャ……ッ
乾き切った砂が血を吸い上げ、沼のようにぬかるんだ地面に、ブーツのくるぶし辺りまで沈み込ませて男は数歩よろめいた。
「ひ、ひぃぃッ! こ、ここ、殺さないで……」
崩れた家屋の土壁の裏に潜んでいた兵士は、この地域の民族特有の褐色肌に彫りの深い顔、タッセル人である。彼は誇り高く勇敢であるというタッセル人の誇りを捨て、その濃褐色の瞳を震わせて懇願する。
五体投地するように伏せ、頭の上に震える手で合わせた掌は、この地の神に祈る時の姿そのものであった。その脇に転がった、朝日と三日月を模した紋章の施された円形の盾は、乾いた音を立ててその場に回転した後、鮮血に濡れた。
頰に紅い飛沫を浴び、それよりも鮮やかな紅い瞳の目を細めて、男は今しがた刈り取り終えた大地を見渡す。黄土色の乾いた大地に転がる夥しい数の屍は、未だ流れるその流血で、大地をじわじわとドス黒く染めてゆく。
「……すまない」
タッセル南部の国軍駐屯地を血の色に染め上げ、砂埃の舞う風に黒髪を揺らした男は、そうポツリと呟く。
人界の適合者にして、魔王の後継者アルフォンス・ゴールマイン。
彼がこの二週間の間に繰り返した殺戮は、既に小国の人口程にまで達しようとしていた。そこに残されるのは、血の跡と破壊の面影のみ。死体の無いその事件に、未だ犯人すら特定出来ない世間では、様々な憶測と共に恐怖が波及しつつあった ─── 。
※ ※ ※
「お待たせソフィ」
私に気がつくと、ソフィは喫茶店の席を立って、少しやつれた顔でニコリと笑った。
「そっちはもう済んだんですねスタちゃん」
「うん。ドワーフさん達も張り切ってたし、話はトントン進んだよ。そっちは?」
「シリル近辺の各種族とは話がつきました。皆さん帝国と教団には思う所があるようで、こちらもトントンです♪ それにしても……」
そう言って不安そうに振り返る店内では、やっぱり皆んな『血塗れ失踪事件』の噂で持ち切り。死体がひとつも無いから、殺人事件とも言い切れないし、余りにも起こる範囲が広過ぎて情報が乱れてるみたい。定まらない情報と、血しか残ってないせいか、どう対処すれば良いのかどの地域も二の足を踏んでる。
狙われているのが、帰国途中の帝国軍兵士と、帝国との繋がりの強い国の軍隊ばかりなのがまた、噂を大きくさせてるみたい。その他にもいくつかの街とか集落が襲われたけど、閉鎖的で隔離されてた所が多くて、余り恨みが寄せられてる感じは広がってない。
ただただ、怖がってる。
「大丈夫だよソフィ。アルを信じよう?」
「そうですね。終わったら全てを話してくれる約束ですからね……」
そう言いながら、やっぱりソフィの顔は心配そうだ。そりゃあそうだよね。アルが何をしているのか、誰も聞いてないし、聞いたらいけない約束だから。
─── 『皆んなに、お願いがある』
ソフィが『神の呪い』に打ち勝って戻って来てすぐ、アルは私たちに頭を下げた。
─── 『しばらく、俺のやる事を詮索しないで欲しい。心配を掛けるかも知れないが、今のうちにやらなきゃならない事が出来た』
そう言われて、それがなぜなのか尋ねても、彼は『頼む』としか言わなかった。私たちはアルを信頼してるから、それは良いとしても、その後に言われた事が私たちを揺さぶった。
─── 『しばらくはひとりで考えて、ひとりで動く事になる。……俺はそれが済むまで、人とはあまり関わりたくないんだ。……俺にとって大事な君達は特に』
アルはその後、南部ギルドの支部長クラスの人たちと、周辺国の偉い人たちに掛け合って、拠点をダルン南東部の街ツェツァルサガトに移した。アケルから撤退する帝国の監視と、帝国派の周辺国の監視のために、アケルとダルン、シリル、バグナスの四カ国から人を集めて『臨時同盟』を結んだ。
アルを中心に、今、色んな国々が先に備えて繋がり始めてる。
私たちもそこで色々とお手伝いをしてるけど、大抵は今日みたいに、色んな国々への説明だったり使者みたいな事をしてる。その指示をくれているのはアルなんだけど、彼から直接じゃない。
彼は夜、部屋に閉じこもって、ずっと指示書とか提案書、なんかの図面とか、薬の作り方まで書いてはギルドのお友達っていうリック君に渡してる。私たちはそこから振られる仕事を受けているだけ。
そして、アルがそれ以外にやっているのは……。
「そろそろ帰りましょうかスタちゃん。私たちの……拠点に」
「……うん。帰ったらこれ、一緒に食べよう? シリルの美味しい焼き菓子だって♪」
ソフィは袋の中を見て喜んでくれたけど、やっぱり何処か寂しそうだ。
アル、今あなたは、一体何をやってるの……?
※ ※ ※
─── ダルン南東部ツェツァルサガト
シリルとの『栄光の道』整備事業が始まってから、ここダルングスグル共和国内では、街単位での移動が起こってる。ここツェツァルサガトの街もそんな中のひとつで、元々そんなに大きくは無かったけど、街の人や機能は西部の貿易路近くに最近移転したらしい。
建物もインフラも残ったこの街は今、僕らギルドと周辺四カ国で人を出し合って『臨時同盟』として様々な動きを始めてる。
主……アル君はやっぱりすごい。アケルの終戦からたった二週間で、この拠点を確保して、これだけの人を集めてしまうなんて。
「……あ、ただいま。お疲れ様リック君」
「お帰りなさいスタルジャさん、ソフィア様も。どうでしたシリルの各種族の反応は?」
「バッチリだよ! 何かあったら言ってね〜って、皆んな乗り気♪」
アル君はシリルでもすごい事を成し遂げたって聞いたけど、僕ら末端の冒険者はあまりよく知らなかった。聞いてビックリだよ、ホント。
まさか三百年以上続いてた帝国からの支配から解放して、シリルを対抗戦力にまで引き上げたとか。このダルンの貿易路事業もこの拠点の話にも、シリルの妖精王が中心になって動いてるし、その後ろにはいつも彼の名前があった。もうこれ、冒険者の域を遥かに超えてるよね!
「ホント、主……アル君はすごいなぁ。そろそろストレートに主人様って呼びたいよ……」
「フフフ、ダメですよリック君。リック君はアルくんにとって、本当に大事なお友達なんですから。アルくんが悲しんじゃいますよ?」
ソフィア様は相変わらず女神様だ。いや、前は誰も寄せ付けない雰囲気があったけど、今はこうして優しく微笑んでくれたりして、その美貌に拍車がかかっているともっぱらの評判。一緒にいるスタルジャさんも、とんでもなく可愛いって、かなりのファンがいたりする。
後、ローゼンさんって、今この拠点で夜限定の『ローゼン道場』開いてる先生も美人。ユニって赤豹族の女の子もドキッとするくらい可愛い。婚約者どんだけ増やしてたんだよアル君は……。
ティフォちゃん、そして、今この拠点にいるユニちゃんのお姉さんって人は、アケル戦争の裏で、あの勇者ハンネスと戦って亡くなってしまったと聞いた。僕らがギルマスに、命がけで助けられたあの後で……。
アル君、そのせいなのか、今は誰ともほとんど口を聞かずに、ずっと働きまくってる。 『いつ寝てんの⁉︎』ってくらいに。僕だってギルマスがあの後に亡くなったなんて、未だに実感すら湧かないくらいショックだから、ティフォちゃんとユニちゃんのお姉さんの事を思えば仕方がないのかも知れないけど。アル君が倒れやしないかと心配だ。
「ユニの様子、どうだった?」
「あ、うん。ミリィが今日も何度か部屋に行ったみたいだけどね。やっぱりまだ出てこようとはしてないみたい」
「…………そっか。ありがと。ごめんね、リック君たちも忙しいのにお願いしちゃって」
「いや全然。ユニさん、アケルで英雄だしね。むしろ光栄だよ。レベルは全然違うけど、僕も大切な人を失う辛さは、分かってるつもりだから」
うん、ミリィとはすれ違いだったけど、僕がどれだけ打ちひしがれたことか。
ふたりはしばらく話した後、僕とミリィにってシリルのお土産をくれた。そろそろ夜になる。
アル君も帰ってくる時間だけど、正直最近の彼は少し怖い。
でも、寂しそうな背中を見ると、僕は支えずにはいられなくなる ─── 。
※
スタとソフィ、リック君の会話が聞こえてた。こんな時、赤豹族の自分の耳の良さが嫌になる事があるの……。心配をかけちゃってすごく胸が苦しいけど、でも……今はひとりで考えたいことがある。
─── 『勇ましく生まれる者はない、その顔を思い出しなさい』
ラミリア様は確かにそう言った。私は心が見透かされていた気がして怖くなったけど、自分が悩んでいたことが、てんで間違ってたんじゃないって少しだけ安心したの。あれはどう考えても、お姉ちゃんのことを考え続ける私へのヒント。
私はお姉ちゃんの死を、ただ悲しんでいるんじゃない。
あれから二週間が経って、やっぱり喪失感はどうしようもないくらい大きいけど、ただ悲しむだけなのはお姉ちゃんに失礼だから。お姉ちゃんはティフォを守ろうとして、勇者の恐ろしい斬撃に立ち向かった。一緒に盾になったベヒちゃんも、お姉ちゃんも『戦士』なの。
─── 闘いに散った戦士を悲しむな、その勇気をしかと覚えよ
私たち赤豹族に伝わる教え。私もそうだと思ってる。だからずっと考えていたの。どうすれば『お姉ちゃんの意思』を、ちゃんと継いでいけるのか。
私は天才だとお姉ちゃんは言ってくれた。お姉ちゃんが言うのだから、きっと本当なの。だから、お姉ちゃんの意思を継ぐには、私に足りなくてお姉ちゃんにあったものを見つけること。ずっとそればかりを考えてる。
お姉ちゃんは勇敢な人だった。いつもはちょっと物静かだったけど、いざという時は真っ先に前に出る、思っていることをちゃんと言葉にできる勇気があった……。
ゴト……。ゴッ、ゴッ、ゴッ……
その時、建物内にアル様の足音が聞こえた。廊下を歩くアル様の足音は、やっぱり何処か悲しげで、疲れてる感じ。そしてなにより、すごく強い血の臭い。
何をしているのか、誰も知らないみたいだし、アル様からは人を遠ざけようと思ってる時の匂いがする。その中には不安を抱えてる匂いもしているの。
足音は私の部屋の前で止まって、またすぐに部屋へと向かっていった。アル様はいつも、帰るとすぐにシャワーを浴びる。清浄の魔術を、帰って来る前に掛けてるみたいだけど、必ずそうしてる。長々と浴びてるのは多分……気持ちをリセットしたいんだと思うの。
そうしてやっと、血の臭いは少し薄まる。顔を見なくても大体分かる。アル様の顔は今、辛いのを隠しながら、でも前に進もうともがく、傷ついた戦士になってるはずなの。
─── 勇ましく生まれる者はない、その顔を思い出しなさい
もしかしたら……今、アル様もお姉ちゃんと同じような……?
「あ……っ!」
その時、ラミリア様の言葉が、頭の中で音を立ててカチッとハマったような気がした。
「そうか……お姉ちゃんも最初から『勇気』なんて持ってなかったん……だ」
私の前で何かに立ち向かうお姉ちゃんは、すごいとばかり思ってたし、自分はそう出来ない性格なんだって思ってた。でも、それは違ったの。
人さらいに遭った時、立ち向かったお姉ちゃん。逃げ出そうとして、私の手を引いてくれたお姉ちゃん。初めて会ったアル様に話しかける時。闘技場に初めて参加した時。
思えば口数も表情も少ないお姉ちゃんは、表に出てなかっただけで、本当は……怖かったんじゃないのかな?
今まで何故か思い出せなかった、その時々のお姉ちゃんの顔がたくさん浮かんだ。そのどれもが、どこかに緊張があった。それが分かった瞬間、お姉ちゃんの顔に見つけた緊張と、私の感じていた『恐怖』は同じものだったんだと分かった。
「私は……怖かったんじゃ……ないんだ!『どうすれば良いか』って、不安だっただけ……。
お姉ちゃんは動いてから考えて、私は考えてから動いてた……⁉︎」
頭の中のこんがらがって、解きようがないと思ってたことが、急に理解できた気がする。これは解く必要なんてなかった、その先の繋がってる所を見つければ良かっただけ。
そうと分かれば、後は私のやることは、もう決まってるの……‼︎
※ ※ ※
コンコン……
「アル君、入るよ?」
部屋に入ると彼は積み上げた書類の中で、すごい勢いで何かを書いていた。『持って行ってくれ』って書き終えた書状とか書類の入った箱を見ると、またとんでもない数が積み上がっている。宛先を見ると、各国のそうそうたる人達の名前が書かれてた。
「アル君……大丈夫? ちゃんと寝てる?」
思わず声を掛けてしまった。『相当な事がない限り声を掛けるな』って言われてたんだけど、やっぱり心配だった。アル君はピクリと手を止めて、顔を少しだけこっちに向けてくれたけど、目の端が見える程度で止めた。
あ……やっぱ邪魔しちゃったかな……⁉︎
「ああ。大丈夫だよリック、ありがとう。ひとつだけ……いいかな?」
「え、なにナニ⁉︎」
「俺の呼び方……『アル君』ての、今はちょっと止めてくれないか……?」
「あっ、ご、ごめ……。な、馴れ馴れしいよねやっぱ」
かつては『友達』って言ってくれたけど、今や彼はS級冒険者で、ここでは重鎮だもんね! 慌てて謝ると、彼は体をこっちに向けて、逆に頭を下げた。
「そういう事じゃ……ない。その呼び方がさ、ソフィアと同じだから。今はちょっと……彼女達とは一線を引いてて……。思い出して、揺れちゃうからさ。今どうしても大事な時期なんだ。『アル』って呼んでくれよ、同じ冒険者友達だろ?」
ここに来て、初めて彼の笑顔を見た気がする。万が一の安全を考えて、鎧戸の締め切られた暗い部屋に、魔石灯の明かりを受けた彼の瞳が、寂しげに紅く照らし出されていた。
それがなんだかすごく切なくて、悲しくなる。
彼の傷や背負ったものの重さ、そんな中でも本当に周りのことを考えてるんだって、その表情で分かってしまった。それなら僕は、友として彼を支えよう!
「分かったよ……ァ……了 ノレ」
ま、また緊張しちゃった‼︎ 声が半端なく裏返って、顔真っ赤にしてたら、彼は『ぶふッ』と吹き出した。
「ホント変わんねえなぁリック。初めて名前呼び合った時と同じだよそれ、ハハハ」
「ぶふっ、おふっ! な、慣れるのに時間はかかると思うけど、ぜ、善処するよ!」
そう答えると、彼は手を差し出して握手を求めた。断る理由があるわけもなく、僕はすぐさまその手を取る。
「ごめんな、もう少しなんだ、後もう少しで……。それまでの間だから、頼む」
さっきまでの寂しそうな目は、もう強い意志のこもった強い眼差しに変わってた。僕はそれがなんだかすごく嬉しくて、彼の書き終えた書類を抱えると、スキップ気味に部屋を出る。
そうして、僕とミリィがいつもいる受付兼事務所に戻ると、ちょうど地下室からレオノラさんと、ギルド本部の秘書官エッラさんが上がって来たところだった。
「……レオノラ。あなた未だに熱くなると、無駄に魔力を乗せるクセがおありなのね。あれでは繊細な術式構築が、後半で破綻しますわよ?」
「あら、ありがたいご指摘感謝するわエッラ。そんな貴女には余計なお世話でしょうが、貴女もヒートすると水属性にこだわる傾向があるわ。属性と魔術相の見極め、柔軟な相手に翻弄されるわよ」
ふたりは早口でそんな事を言い合った後、なんだか見たことの無いハンドジェスチャー込み込みで、最後にハイタッチを決めると、互いの顔を指で差してキメ顔をしてる。宮廷魔術師達にでも流行ってたんだろうか? いやに年季が入った動きな気がする。
ふたりとも気合い入り過ぎててちょっと怖い。レオノラさんはあのアケルの闘い以来、血の滲むような修練を続けている。そうしてこの拠点の名物になりつつある『夜のローゼン道場』に入門し、ローゼン先生の特訓を受けていた。
元宮廷魔術師時代からの同僚だというエッラさんも、所用で訪れた時に見学したのだけど……。彼女まで触発され、入門してしまった。僕もちょくちょくローゼン道場に通っているけど、あの先生はちょっとと言うか、ド級のドSだと思う。
いや、鞭で叩かれるとか、言葉でなじられるとかじゃあなくて『理論上出来る事を諦める姿勢』を見せると、室温が下がるくらいに冷たい態度で見下しにかかる。
ただ教え方と理論立てた説明は超一級、いや、闘いの神様でも前にしてるんじゃないかってレベルだ。
僕的にはソフィア様の教え方の方が、色々な意味でありがたい。懇切丁寧、褒めて伸ばすソフィア様の方針は、自己評価が上がりまくる。本部ギルドの有名冒険者からも、問い合わせが来てるくらい評判だった。
─── 皆んな、前に進み出してる
この拠点では、技術交換とか戦術意見交換会を運営して来たけど、今世界的に皆んなの進む意欲が高まっているように思えた。何か時代が変わる時って、ちょっとした事をきっかけに大きく動き出すって聞いたことがある。
でも、もしかして知らず知らずの内に、人々の意識が動き出した結果、そのちょっとしたきっかけで大きな流れになってるだけじゃないのかなとも思うようになった。
※ ※ ※
コンコン……
夜も更け、皆が寝静まった頃。アルフォンスの部屋のドアを、控えめにノックする音が響いた。
「…………アル様、ちょっとお話が……あるの」
「……ああ、どうした?」
振り返ったアルフォンスの疲れた顔に、ユニは少しバツの悪い気持ちになる。思わず胸の前でモジモジし掛けた指を、戒めるようにバッと下げ、アルフォンスの目を真っ直ぐに見つめた。
「私……は」
そこまでいい掛けて、震えていた自分の声に気が付き、両手で頰をぱちんと叩く。その姿にアルフォンスは姿勢を正すように、体を真っ直ぐに彼女へと向けた。
「アル様! 私は怖がって正解しか選ばない自分を、臆病なんだって思ってたの。
ずっと……お姉ちゃんと私は、違うんだって思ってた」
「…………」
「なかなか前に出ようとしない私を、いつもお姉ちゃんが先に出て、私はそれを追いかけるばかりだと思ってた。私には勇気がない、お姉ちゃんのいなくなった今……。私はお姉ちゃんのように勇気を持つには、どうすればいいかって……悩んでた」
「…………」
「でも、それは違う! お姉ちゃんだって、本当はいつも怖かったはずなの! そうやってたくさん挑戦して、たくさん失敗して、前に出る価値をそうやって憶えてたの。私は臆病なんじゃない、お姉ちゃんとは、挑み方が違っただけ」
ユニの手はもうモジモジしようとはしていなかった。腰の少し前で拳を握り、自分の中にある空気を振り絞って、声を出そうとしている。
「私はお姉ちゃんみたいになれないって、勝手にそう思ってた……。そうやって違いばかり見ていれば、自分が『失敗を恐れていた』とは思わなくてすむから。私が間違っていたのは『勇気』と『正解し続ける事』とを、混同してたって事なの」
「ユニ……」
「私はお姉ちゃんの事を、立派な戦士だったと思ってる。だからただ悲しむのはイヤ、それはお姉ちゃんの最期を、望んだものを受け継ぐことにならないから……。私はお姉ちゃんにはなれない、でもお姉ちゃんの想いを背負って行くことは出来る……!」
ユニは深く頭を下げた。
「アル様……。私、ローゼンの所へ、鬼族達の国のローゼン本体に、鍛え直してもらいに行く! 皆んなの近くに居たら、またいつもの自分のやり方に戻っちゃいそうだから。その場その場で飛び込んで行く考え方をしないと、勇者たちの……あの目まぐるしい闘いに、私は勝てないッ‼︎」
アルフォンスは目を閉じ、静かに返す。
「……それがユニの思う最善なんだな?」
その問いかけに一瞬顔を青ざめさせたユニは、それでも拳を握って深く頷く。
アルフォンスは立ち上がり、ユニの方へと歩んだ ─── 。
「まず最初に言わせてくれ。何が出来るか分からない、だから出来る事をしたい。そう動き出すユニは、もうとっくに一緒に闘う戦士なんだよ。だからもう『アル様』はやめてくれ。俺は君を戦友だと思うし、尊敬している」
─── 『ユニ、あんたは本当に天才ね☆ いつか前に“戦友”だって言ったけど、本音を言えば、あたしはユニを尊敬してるわ』
ユニには、アルフォンスの言葉に、エリンの声が被さった気がしていた。何かが心の奥底で動き出す。
「ローゼンなら信用出来る。ユニの強さを今よりももっと引き出してくれるだろう。それに、下手な所に離れるよりも、彼女の近くなら世界で一番危険で、世界で一番安全な所だしな」
アルフォンスはユニの肩に手を置いて微笑んだ。
「行っておいでユニ。俺は君を応援したい」
あの日以来初めて、ユニの頰を大粒の涙が溢れ出した。
それは止め処なく、やがて子供のように腹の底から悲しみを訴える嗚咽となる ─── 。
……今、ようやく彼女の中で、姉との別れの整理がついたのだろう。アルフォンスの腕の中で、彼女は堰を切ったように泣いた。