Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十話 魔界
第四話 七魔侯ロフォカロム
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魔大陸に上陸したアルフォンス達。
生まれ故郷である魔界は、
多種多様な種族が暮らし、
おおらかな人々に溢れていた。
ロジオンはフォカロムの領主『七魔候ロフォカロム』への渡りをつけ、
また旅のルートに居る有力者への連絡を始めた。
婚約して早々に分かれることとなったローゼンも、
その寂しさからオオコウモリに意識を乗せて付いてきていた。
─── ロフォカロム魔侯爵領
ロフォカロム七魔侯爵領は、魔大陸西南端一帯に広がる、魔界でも二番目に領地の大きな有力都市だという。その名の通り、何の捻りもなく、七魔侯爵ロフォカロムが治めている領地。
魔大陸は広大だ。人界の三分の一程の面積を持ち、変化に富んだ地形には、それぞれの有力者が都市を築いている。
大陸を大きく七つに分けて、領土それぞれを七魔侯爵が治め、その中をさらに細かく貴族達が各地を担当しているそうだ。その七つの領土以外にも、有力士族の治める領土がいくつかあるが、そちらは『○○領』と呼ばれて区別されている。それらの領主は侯爵とは呼ばれず、種族名に王を付けた『○○王』と呼称する。
魔界で侯爵と言えば七魔侯爵の事だ。魔界の歴史は古く、発祥は創世神話の域にあり、信頼の置ける文献などは少ない。そのせいか、まことしやかな伝説が多く、お伽話のようになってしまっていた。
その中のひとつには、こんな話もあるそうだ。
『七魔侯爵は、魔王より遥か先に生まれ、かつては魔大陸を統治していた』
魔王は膨大なエネルギーを得るせいか、寿命は相当に長いが、不老不死と言うわけではない。だが、七魔侯爵自体は不老不死だと言う。
有史以前から、彼ら七人は魔界を統治してきた存在なのだそうだ。厳密に言えば、魔王は魔族と呼ばれる魔大陸の固有種族の一族だが、七魔侯爵は種族と言うよりも霊的に高位な七つの存在らしい。プラグマゥ達、魔公将のような、特殊な存在と思えば良かろうか。
「……それで、なんで魔王の方がえらいの? そんな長生きしてるなら、七魔侯爵の方がすごそうなの」
「不老不死とは言ってもなぁ、七魔侯爵ってのは霊みたいなもんで、代々取り憑いて爵位継承してんだ。その時に選ばれた人物で、能力の大小にも関わるらしくてな。まあ、不安定なんだろ」
「へえ、なんだか守護神みたいな存在なんですねぇ〜」
守護神は取り憑いてるわけじゃないけど、加護と運命を与えて、彼らなりの目的を目指している。確かにそう言われれば、そうかも知れない。
「守護神っちゃあ、そうかもしれんな。七魔侯爵ってのは、それぞれ魔界の災害に関わる、自然の脅威をコントロールしてるらしい。今日これから会う、ロフォカロム閣下ってのは『ヘーゲナの炎』って加護を持つ、火災、噴火、日照り、熱波なんかの熱に関わる災害を抑えてる魔公爵だ」
『ヘーゲナ』は炎系の詠唱で、よく出てくる精霊界の地名だ。紅蓮の炎が燃え盛る、灼熱の世界には、炎の眷属の精霊達が住むと伝えられている。
「しかし遅いな。侯爵家からは『迎えの足をよこす』って言ってたんだが。魔界はこの辺がルーズで困りものだ」
寿命が長くて競争も無く、のんびり屋ともなれば、時間に対する感覚もテキトーになりそうだ。実際、魔界でいう『後でね』は、数ヶ月、数年単位なんてのもザラだと、案内役のヒルデリンガも言ってた。
約束の時間はすでに二時間以上過ぎている。宿屋のロビーで待ち惚けしていた俺らも、流石にダラけ始めていた。
プガッ、プガッ、プガッ、プガ〜ッ
と、その時、外から大太鼓を叩いたような音量の、奇妙な音が鳴り響いた。同じくロビーにいた他の人々は、何ら気にしていないようだけど、爆音ってレベルの騒音だ。
「 もしかして、これか……?」
ロジオンが小首を傾げて、宿屋の玄関を開けると、宿の前にロバの隊列が待っていた。人の姿は無く、先頭の一頭がこちらを向いて、プガプガッと鳴いている。ロバの数は俺達の人数とも合っていた。
─── 『ロジオン 足』
先頭のロバの首には、そう書き殴られた板が、ぞんざいにぶら下げられている。このテキトーさ、ムグラ族の特急車両に似た、安心感とは程遠い、屈託のなさ過ぎるアットホーム感だ。
「ロジオン、ロフォカロム侯爵の屋敷はあそこのデカいやつだよな?
ま、街も歩きたいし……俺、歩いて行─── 」
『プガッ! プガップガッ』
「ん、ロバ夫がおこってる。『閣下のご厚意をシカトすンのか』だって」
「 えっ! 怒ってんの⁉︎」
ロバ達が一斉に振り向いて、俺に向かって『ニッ』と歯を剥いて見せた。仕事に対するプライドがあるらしい。首からぶら下げた小さな鐘が、乾いた音でカランカランと哀愁を誘う感じで、無下に出来そうにない。
「わ、分かったよ。乗るよ」
『プガッ』
そういうわけで、俺達はロバの背に跨り、高台の侯爵家へと向かう事になった。なんだか市場に売られに行くような、心細さがあったものの、乗り心地は悪くはない。街行く人々も、特に笑うわけでもなく、人界からの珍しい客として声を掛けたりして来た。
昨日、上陸した時は、大きな騒ぎとなったが、今日は落ち着いているようだ。時折握手を求められたり、露店から『安くすっから、帰りに寄ってけ』みたいに、みんなフレンドリー。見慣れて来たせいか、街の活気というか、人々の活力がよく目に入る。
「アルくんが王子様って知ったら、みんなどんな顔するでしょうね♪ 覚えがなくても 『ただいま』なんですもんね」
ロバとの呼吸に慣れてきたソフィアが、近くに寄って来て、そう囁いた。
「爺さんが王だったとか、未だに実感湧かないけどな。こう幸せそうな風景見ると、上手く言えないけど、感じ入るものがあるよ」
そう、俺にとっては『ただいま』なんだよな。
『おかえり』と、言ってもらえる日が、来るのだろうか ───?
※ ※ ※
屋敷に到着すると、番兵に案内され、入口の前で立派な身形の使用人に取り次がれた。シノンカ遺跡の神殿を思わせる、質素ながら荘厳なエントランスの佇まいだけでも、歴史と力を感じさせる。
「「ロジオン様、皆様方、お待ちしておりました」」
重厚な扉の両脇に、使用人の女性がふたり、お揃いの制服で迎えてくれた。スカートを摘み、洗練された所作でカーテシーを取る彼女達は、主人の位の高さを物語っている。それだけでも目を惹くが、俺はそこではなく、彼女達の容姿に驚かされていた。
─── 艶やかな黒髪に、紅い瞳、そして紫水晶の角
魔族だ。魔公爵パルスルも、生粋の魔族の特徴があったが、こうして一般人としての魔族を見るのは初めての事だ。彼女達も俺の視線に気がついて、チラリとこちらを見たが、すぐにロジオンに向き直った。まあ、向こうからすれば、黒髪に紅い瞳の俺は珍しくもないのだろう。今は俺も角は隠しているし。
扉が開かれ、玄関ホールに入ると、その光景にまた驚かされた。
「「「ようこそ、おいで下さいました」」」
よく磨かれた石床に、紅い絨毯が敷かれた広大なホールに、使用人達が二列に別れて一斉に礼をする。その全てが魔族で、身長から髪型まで、全て統一されていた。一流ってもんなんかじゃない、神懸かった統率に、鳥肌が立ってしまう。
え、こんな凄い人達なのに、『ロジオン 足』とか書き殴ったロバ寄越したの?
「こ、ここまでそろってると、目が変になりそうなの……」
ユニの戸惑う呟きが聴こえて、深く同意してしまった。見ればエリンも珍しく動揺している。ソフィアとティフォはいつも通りだが、ここにスタルジャが居たら、同じく動揺してたんだろうなぁと思う。
使用人達は一礼をして以降、顔を上げても目は伏せ、姿勢良く立ったまま微動だにしない。奥からは年配の執事らしき人物が現れ、俺達を屋敷の奥へと案内してくれた。
「お久しゅうございます、ロジオン様」
「ああ、皆んな元気でやってたか?」
「それはもう、おかげさまでございます。ただ、ロフォカロム閣下は、ロジオン様が去られてより、それはもう暇を持て余してあそばせられておりました」
案内をしてくれているのは、ベイリオスという。この屋敷の使用人を、取り仕切る立場にある人物だった。ロジオンとは聖魔大戦前の、ロジオン魔界ひとり旅の頃からの知り合いらしい。物腰穏やかで、時折俺達にも会話を振って、退屈させないようにしてくれている。
もう結構歩いているのだが、まだ公爵の居る部屋に着かない。
「本来でしたら、遠くからお越しになられた皆様を、屋敷の奥まで歩かせるような真似は失礼にあたるのですが……。わが主人が誰にも邪魔されずに、ゆっくりと話したいと申しておりまして。どうかご容赦くださいませ」
うーん、これが人界の伝承のような魔界だったら、絶対罠にはめられる所だけどな。たぶん、ここにいる使用人達が本気出したら、わざわざ罠を用意する必要もないだろう。
まず、このベイリオスって爺さん、相当に魔力を隠してる。
それ以外にも、この屋敷にいる魔族の使用人は、相当に腕の立つ者が集められているようだ。魔族は魔人族に外見が似ているが、中身は別物だと聞いている。人間よりも精霊に近いエルフの方が、神聖が高く強いように、魔神により近い魔族の方が霊的に高く強い。
「 さあ、こちらにございます。皆様のお越しを、閣下もさぞかしお喜びになられるでしょう」
そう言ってベイリオスが、目の前の一際重厚な金属製の扉を開けた。薄暗い広間に、点々と並ぶ背の低い石柱、その上にそれぞれ炎が浮いている。炎の揺らめきがいくつも重なり合って、橙色の光が広がるその奥に、ひとりの男が座していた。
「 ─── 久しいな、ロジオン」
透き通る声が高い天井に響き、炎の煌めきと相まって、まるで火山の洞窟に居るような錯覚を受けた。魔族語の魔術印をあしらった、見事な刺繍の入った白いローブをまとった、赤熱した鉄のような紅い髪の男。
無精髭を生やした、精悍な顔立ちで、人間で言えば三十代前半といったところだろうか。そして頭の上には、暗い紫水晶の巻角、こちらを見つめる赫灼と輝く紅い瞳。
─── 七魔侯爵『翼帝』ロフォカロム
「お久しぶりです、ロフォカロム閣下」
「うむ、息災であったか」
「ええ、おかげさまで。二十年前の折には、閣下の御温情賜り、人界の同胞たちの危機も払えました」
「…………うむ、苦しゅうない」
ロフォカロムは片手を上げ、出入口に控えるベイリオスに、何やら合図を送る。
パチ……ッ
途端に天井と壁の一部に、開口部が現れ、薄暗い部屋に日が射し込んで照らし出す。そこらに浮いていた炎の灯りも消え、大広間は嘘のように、清々しい空間へと変わった。
「 んだよロフォカロム。もう重鎮ごっこはお終いか?」
「ぎゃははは! 無理無理、無理だっつーの! だっておれ、むつかしい言葉『久しいな』『息災か』『苦しゅうない』くらいしか持ってねえw」
「ったく、何万年も生きてんだから、もう少し喋れるだろ! 頑張る姿勢を持てよ、頑張る姿勢を」
「あはっ、ムリムリ! ぎゃははは!」
あ、これダメな奴のパターンか。ベイリオスの方をうかがうと、やんちゃな孫を見るような、あったか〜い感じで微笑んでロフォカロムを眺めている。
うん、止める環境も見込めない、ダメな感じだこれ。そりゃあ『ロジオン 足』って書き殴るよ。
「でもさ、でもさ! 見ねえうちに、ずいぶん大っきくなったよな、ロジオン」
「これっぽっちも背ぇ伸びてねえよ!」
「なぁんだよ、伸びてねえの? どうせアレだろ? なんだっけ、えっと、ギル……ギル……」
「ギルドか?」
「そっ、それ! むつかしい話ばっかして、家にこもってんだろ? 腕とか真っ白じゃん? 運動しねえとすくすく育たねえっての」
「これは白い毛皮だ! 自前の肌じゃねえ!」
『ひぃーはぁー』みたいな甲高い声で、ロフォカロムが笑い転げてる。時々『やったね!』って感じで、人差し指でロジオンを差すのが、とても暑苦しい。ロジオンが小さく『こいつ、いつもこうなんだ』と疲れた顔で囁いたのが印象的だ。
「はぁー、ウケる♪ やっぱ好きだわロジオン。で、そのかわい子ちゃんたちは?」
「ああ、そうそう。こいつらはな……」
その時、ロフォカロムの視線が、俺に止まった。突如、それまでが嘘のように、強烈な圧力を放って、彼の中に爆発的な魔力の高まりが起こった。魔力の渦に髪を舞わせ、鋭い視線で俺の目の奥を、真っ直ぐに捕らえている。
「上手く隠したつもりか?」
「 ─── ッ⁉︎」
ロフォカロムがニイッと口元を歪めた瞬間、槍で射抜くかの如き、えぐり込むような殺気が突き抜ける。
ドク……ンッ
全身を貫くような鼓動がひとつ、俺の魔力が、突如内側から噴き上げる。隠蔽していた角が、強制的に暴かれて、何かに共鳴を始めた。
ロフォカロムは真っ直ぐに俺を見据えたまま、ゆっくりと椅子から立ち上がり、巨大な羽を広げる。『翼帝』の肩書に違わぬ、鷲のような雄々しい翼に、視界が埋められた。
その直後に、俺とロフォカロムの周りを、炎の壁が包み込んだ。
ブツ……ンッ
白昼夢から、無理矢理引き戻されるような、頭の奥の弾けるような意識の切り替わり。気がつけばそこは、広大な荒野のど真ん中で、俺と翼帝がふたり向かい合って立っていた。
「何のつもりだ」
そう問えば、翼帝は鋭い視線で俺を射抜いたまま、口元だけを大きく歪めて嗤った。
「こんな美味えもん、今逃したらよォ、次は何万年先になるか分かりゃしねえ……ククク」
「……ひとつ聞いておく。お前は勇者ハンネスと関わりがあるのか?」
「アァッ⁉︎ あンだって、勇者の名が出てくンだよ! 何のカン違いか知らねえが、これはおれの意志だ」
嘘をついてはいないようだ。彼の顔には、面白い程に分かりやすく、ひとつの事しか書かれていない。
─── おれと闘え!
生粋の戦闘狂なのだろうか? だが、おそらく彼との闘いは、周りに甚大な被害を巻き起こすだろう。それだけの覇気、それだけの魔力だ。俺もそれなりの覚悟が必要だろう。
しかし、見渡す限りの荒野に、遮蔽物や民家、人の姿は見えない。視線を戻すと、ロフォカロムは周囲に炎をまとい、両手を広げた。
「へへっ、周りが気になんのか? おれらが本気出したらよォ、街なんざ跡形も残らねえだろうなぁ。安心しろ。ここはおれたちだけの世界、本気出していいんだぜェ?」
魔公将パルスルの使った、暗闇の世界みたいなものか。本気、俺が本気を出してもいい世界。
『『パパァー☆ 本気だすー?』』
「必要……ならな」
左の籠手から、魔導人形姉妹の感情が、うずうずと伝わって来る。
『『出しちゃっていーよー♪』』
『マドーラとぉ』
『フローラでェ』
『『カンペキに制御したげるね☆』』
緊張感を軽く吹き飛ばす呑気な声に、ロフォカロムは愕然とした顔で、そのやり取りを見ていた。
「な、なんだそりゃ。おれの世界に、なんだってそいつらがついて来てんだよ……!」
俺だけを招待したつもりだったらしい。でも、マドーラとフローラは、今は独立した人格というより、俺の幽星体の一部だ。
「こいつらは、俺の大事な左腕だ」
『『〜〜〜ッ♡』』
あ、語選を誤ったか? 左腕が熱を持った途端に、体の奥底から魔力と闘気が、渦巻くように膨らんだ。魔導人形姉妹が、俺の本気をどうしてもサポートしたいらしい。さりげなく狂戦士化しようとしてくるのは、丁重にお断りしておいた。
「この闘いは遺恨か、それとも……」
「ハッ、おれたち七魔侯爵のことをよく知らねえみてえだな。『魔王さま』と闘える機会なんざ、万に一つもねえんだよ。おれたちゃあ大地に、魔王さまは人に、それぞれ加護を与える存在だからな。ぶつかれば、当然両方が荒れっちまう。だが、魔王継承前となりゃあ話は別だ」
「……つまり、俺とただ力比べがしたいって事か?」
「いいや。そんなもんじゃねえ、やるからには本気の本気で、潰し合わねえとな! 安心しろよ、ここで死んでもノーカンだ。戻りりゃ無かった事になる。流石に真なる魔王じゃあ、デカ過ぎて無理だが、今のアンタならこうして連れ込めンだ。あんたの爺さまン時は、即位前に付き合ってくれたぜ? 王子さまよ」
こいつ、俺の正体を完全に見破ってる。どうせやり合わないと、ここから解放する気も無いんだろう。爺さんも魔王になる前に、こいつとやり合ったのか。それなら……。
「 ─── 【着葬】」
俺だって、本気を出す闘いくらい出来るようにならないと、アルファードに笑われる。全身を漆黒の甲冑が包み込むと、それを見届けたロフォカロムは、口笛を吹いた。
「たまんねえなぁ、オイ♪ さあ、やろうぜ王子さまァッ‼︎」
ロフォカロムの体から、猛烈な炎が上がり、構えを取る。
呼びもしない内に、目の前に現れた夜切を掴み、俺はゆっくりと鞘から抜き放った。
※
「 ─── 【斬る】‼︎」
荒野の上空で、アルフォンスの斬撃が、翼帝の体の芯を捕らえた。だが、寸前で翼帝の体が火の粉となって散り、広範囲に爆炎が舞うと、離れた場所で再び人の形を成す。その遥か足下に広がる荒野には、幅が街ひとつ分はあろうかという、巨大なクレバスが地平線の向こうまで刻み込まれていた。
「ヤッベェなぁオイ! 魔王になる前からコレかよッ!」
翼帝は、その人智を遥かに超えた、アルフォンスの奇跡の斬撃に思わず愕然としていた。しかし、それはすぐに恍惚の表情へと変わり、手から細く鋭い炎の柱を生み出す。
「剣術がお得意ってんなら、おれもそうすっかね♪」
直後、青白い波動に包まれた夜切が、翼帝の炎の刃を受け止め、空中での鍔迫り合いへともつれ込んだ。ただそれだけの事が、嬉しくてしょうがないといった顔で、翼帝は更に力を込めて刃を押す。
「へへっ、おれの『炎剣』まで止めるんだから、クヌルギアス家って、ホントたまんねぇよなァ。並の剣士なら、剣と鎧すり抜けて、焼き切ってたってのになぁ‼︎」
「霊体でも斬れなきゃ、生きていけない土地に育ったんでね」
「 へえ。ただのボンボンじゃねえってか。益々イイねぇ……ッ!」
アルフォンスは、咄嗟に鍔迫り合いの力を利用して、後方に飛び退る。一瞬遅れてその眼前を、無数の熱線が白い光を発しながら、突き抜けて上空を焦がす。
「まいったぜ、こいつぁマイッタ!」
「どこがだよ、ニッコニコじゃねえか」
「『霊体でも斬れなきゃ』ねぇ。つまり、もうおれの炎の性質を、そう見抜いたってわけだ。いや、こりゃあマイッタぜホントに」
翼帝は離れたアルフォンスに追撃をせず、炎剣を肩に担いで、無精髭の生えたあごをジョリジョリと掻いた。
「だから。なにが『マイッタ』ってんだよ、全然まだ本気出してないよな?」
「ああ、ごっこ遊びなんかしてるのは、バカバカしい。ああ、マイッタ。マジで行かねえと、もったいなさ過ぎだぜ、これはよ‼︎」
「別に俺だって、ごっこ遊びに付き合ってる気もねえよ? グダグダ言ってねえで、やるならとっととケリつけようか」
その言葉に、翼帝は子供のような、満面の笑みを浮かべた。
「……【爆ぜよ】」
翼帝の左手がすぅっと空をなぞった瞬間、アルフォンスの眼前に、強烈な光の点が現れた。世界を閃光が白一色に塗り潰し、遅れて発生した赤い衝撃波が、地平線の果てへと吹き抜ける。一瞬の内に、足元の荒野は大地が煮え立ち、燃え盛る溶岩の海と化していた。
破壊の規模は超上級……いや、最上位の神聖級と称しても過言ではない。人間の扱う炎の魔術であれば、数百人〜数千人単位の、完全なる集団詠唱を必要とする戦略的大規模魔術に近い爆発だった。それをロフォカロムは、わずかな仕草ひとつで、引き起こしていたのだ。
だが、彼は燃え盛る世界の一部に向き直り、更に握り締めた拳から光の粒子を漏らす。
「……【ヘーゲナの炎海よ風を起こせ】」
再び閃光が走り、大地に燃え盛る焔を吹き飛ばすと、薄緑色の巨大な火柱が天に突き抜けた。猛烈な光と熱波が、白い空気の幕を形成した衝撃波と共に押し寄せる。数秒後、世界は再び燃え上がり、炎の洪水に空まで包まれた。
その終末の如き情景に、翼帝は目を見開いて、歓喜の嗤笑を轟かせる。
「─── 【掌握】」
火焔に覆われた世界の、唸る焔の爆音の中、凛と言霊が突き抜ける。直後、炎は宙空の一点に吸い寄せられ、熱すらもそこに奪われていく。やがてそれは、人頭大ほどの光の塊となり、握りつぶされるようにして消えた。
翼帝はその光景に、ただ見惚れる。
漆黒の鎧をまとい、青白い悪霊の群と霊気をマントのようにたなびかせる、邪神の如き姿。荊の冠を戴いた髑髏の兜には、ぼんやりと光る眼窩と、長大な紫水晶の角が透き通って伸びていた。
「…………魔王」
翼帝が思わずそう呟いた瞬間、漆黒の髑髏は、全身を瞬時に赤熱させた。
キ……キン……キンッ…………
全身鎧に使われた極厚の特殊魔鋼が、その熱に膨張して、甲高い音を立てている。それは闇夜に響く、悪霊達の嘲笑にも聞こえた。
「炎がお得意なら、俺もそうしてみるとしようか」
闇を集めたようなそれが言い終わるや否や、翼帝の肩が淡い光を発して、その肉を弾けさせた。そこから蛇が這い出すかのように、黒炎が噴き出しては体に巻きついて、炎の勢いを増して行く。翼帝は黒炎に焼かれる苦痛に、顔を歪めながらも、両手に炎の刃を生み出して襲い掛かる。
「 ─── 【属性反転】」
その一言で翼帝の両手首から先が、音も無く消え去り、二振りの炎剣が空中で氷粒と弾けた。
「これだから属性に偏りのある奴は、与し易い」
「な……ッ! なんだ……こりゃあ……⁉︎」
思わず後退ったその膝を、漆黒の鉄履が蹴り砕くも、折れた脚は炎に包まれて瞬時に再生された。
「人間は脆弱だ。だからこそ、こういう姑息な魔術も進歩する。心配するな、本気を出さなきゃ、満足しないんだろ? ちっとは頭、冷えたか」
髑髏の兜を外し、アルフォンスは翼帝の目を真っ直ぐに見つめる。吹き荒れる魔力の風に、艶やかな黒髪が揺れ、その下の紅い瞳が妖艶に煌めいた。
「時間がねえんだよ、俺には助けてやらなきゃならない女がいるんだ。グダグダやってる暇はねえ。次で本気出せ、お前の見たがっていた俺の本気、見せてやるから」
アルフォンスはそう言って、翼帝の両腕に掛けた【属性反転】の術式を解呪した。そして、数歩下がると再び兜を被り、手を突き出して『かかって来い』と指を揺らす。
(見てぇ、すげえ見てぇなあ。ぜってえ殺られっけど、こんなに熱くなるのは、いつ以来だ? 逃したくねえ、こいつの、この魔王候補者の本気が見てぇ‼︎)
翼帝は気がついていた。先ほど己の肩を焼いた、アルフォンスの魔術は、炎属性魔術の初歩【火炎弾】でしか無かった事に。
それだけではない。炎属性の魔侯爵である自分を焼いたというのに、アルフォンスはそれでも手心を加えていたのだと。
「さあ、お互い全力でぶっ放そうか。どれ、回復してやろう」
目の前の髑髏の存在に、魔公爵ロフォカロムは、己の記憶の内で初めて『恐怖』という感情を覚えた。
※
はぁーイ♪ フローラですヨ!
パパの左腕のお手伝い(寄生)出来テ、ジュージツな毎日、そんな今日このごろでス☆
私たちを捨ててっタ、前のパパ、元気ィ? 草葉の陰かラ、ちゃんと見てルー?
今日、フローラはネ、魔ナントカのナントカとかいうのト、現パパとノ、デスマッチのお手伝いしただヨ♪
結論から言うとネ、私たち失敗したヨ☆
パパの本気ヤッバイ。マドーラが迷宮で、前パパのコスプレ中ニ、焼かれた規模を想定してたらこのザマ♪
ちょっと回路焼けたのかナー? てへ、テンション戻らないノ、絶賛修理中♡
パパの本気ヤバイ、この星がやばいレベル。あれがネー、別世界に隔離されてる闘いじゃなかったラ、人類イッてたかもネー☆
私たちもネ、パパが防御結界張ってくれなかったラ、姉妹仲良くおっ死んでたヨー☆
エ? 闘いの結果は、どうだったかっテ?
まア、ほぼ一撃だよね☆
あんまシ、覚えてないんですけド♪
そーゆーわけで、まだ前パパのとこには、行きそうにないって事だけは伝えとくネ☆
─── 『フローラ日報』より
※
ふと、ソフィアはロフォカロムがアルフォンスを見つめた瞬間に、違和感を覚えた。
(今、このロウソク馬鹿、何かアルくんに……?)
そして、ふたりの時間が、止まったかのようにも感じていた。
『めんどくさい、私が殺っちまいますか☆』そう思った瞬間、ふたりの周りを薄い炎の膜が覆ったのを彼女は感じた。
ブン……ッ …………ドガァッ‼︎
突如、翼帝の体が後ろにはね飛び、白い壁面に叩きつけられた。辺りには焦げたような臭いが、ふわりと漂っている。
「あの、アルくん? 今、もしかして、どっかに拉致されてませんでした?」
隣に立つアルフォンスの姿をみると、いつの間にか彼は全身鎧を着込んでいて尚且つ、赤熱して熱気を放っていた。ソフィアの声に気がついたアルフォンスは、兜を外して微笑むと、壁にめり込んだ翼帝に向き直る。
「 ああ。ごっこ遊びを、少し」
『はあ』とソフィアは小首を傾げ、手の平をかざすと、アルフォンスの赤熱した鎧を一瞬で冷ます。
部屋には鎧が冷めて収縮する、甲高い音だけが響いていた ───