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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十一章 聖教戦争

第八話 勇者を継ぐ者

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アルザス帝国は動き出した。
遠く離れた密林国アケルに、
特殊な魔術『門』を使用して軍を直接送り込む。

北部州は主要な複数都市を一瞬で占領され、
更に南に位置するタッセル王国もこれに同調して侵攻を開始する。

しかし、獣人たちの圧倒的な魔術印の前に、
タッセル王国軍四万人は何もできないまま散らされた。

そして、『門』を独自に調査していたアルフォンスは、
子マドーラ達の協力で、
アケル北部州ベリニズ市街に『門』発生の予兆をキャッチする。

門が開かれるその時、
アルフォンスは光属性初級魔術を放ち、
門の向こうの帝国軍アルテミア駐屯地ごと殲滅する。

その殺戮にアルファードの気配が強まり、
アルフォンスは沸き立つ殺意をそのままに、
北部州首都の奪還に向かう。

…………こちら赤豹組、こっちは終わったわ。ティフォ、そっちはどう?……

…………ん、こちらティフォ、三十六万さい。こっちもおわった。あ、ちょっとまって。ズビシュッ! ん、おわった…………

…………の、脳内に直接グロい音がっ‼︎ あと、べつに年齢は言わなくていいのよティフォ。お疲れさま。スタの方も終わったみたいね?…………

…………は〜い、こちらスタルジャだよ。こっちは二件目が今終わるとこ。終わり次第次に行くね〜…………

…………ん、さすがタージャ、まじさつりく天使…………

…………お姉ちゃん! こうしちゃいられないの! 早く次いこ、アル様のために死体をいっぱい積むの!…………

…………み、みんな油断はしないでね?…………

…………ん、さすがタージャ、まじ殺しのライセンス…………

…………ティフォ、ちょっと自分が怖くなって来たからソレやめよ? そ、そう言えばさ、ソフィはどうなんだろ、無事かなぁ…………

…………あ〜、この念話にのって来ないとなると、当たり引いたかも知れないわね…………


 四人の婚約者連合の念話に、言葉にならぬ明らかな焦りの呻きが、ムムムと地鳴りの如く響いる。

 アルフォンスが子マドーラの警戒網で、対帝国軍に動き出したように、ソフィア、ティフォ、スタルジャ、エリン、ユニもまたアケルの各都市で帝国軍の出現初期に叩いていた。

 ※ ※ ※

─── アルザス帝国南東部、帝国軍アルテミア駐屯地

 白銀の甲冑を身に纏った、六千八百の兵の隊列の隣で、口髭のアルザス軍人が叫ぶ。

「良く聞け貴様らッ‼︎ 貴様らの未来は、アケルの未開人どもの首を敷き詰めた、ぬかるみの先にあるのだッ! 斬り殺せ、突き殺せ、殴り殺し、焼き尽くせ! 殺せ、殺せ、殺せ! 貴様らの明日は、その対価であるッ‼︎」
「「「ウオオオオォォォッ」」」

 彫りの深い顔、浅い顔、白い肌、黒い肌、青い瞳に赤茶の瞳……。人種も体格もバラバラな兵達は、興奮に目を見開く。軍人はその様子を見てほくそ笑み、スッと片手を掲げた。

「  術式、エネルギー変換、全て準備完了ッ! いつでも号令をどうぞッ!」

 数人の術衣を着た一団が、地に突き立てた魔術杖を前に、何やら口元を動かし続けているその近くで、若い軍人が答えた。
 口髭の軍人はその広角の片方をわずかに持ち上げ、息を吸い込む。

「………術式展開ッ‼︎」

 兵達が隊列を組むその足下から、黒い霧が噴き出して、じわじわと辺りを包み込む。黒。いや、厳密に言えば赤茶けた色を帯びたその霧に、兵達は動揺を見せる。

 濃密な鉄サビの臭気、そして目眩めまいを引き起こす術者達の唱和の速度が、重なり合いながら加速して行く。いくらかの兵がその異様な情景に怯え、逃げ出そうと試みるも、術の始まったその体は一切の自由を許さないようだ。
 恐怖と混乱が伝染して行く中、薄暗くなった視界の先に巨大な門が現れ、その扉の隙間から光の筋がこぼれ出す。

「見ろッ! あの扉の先の明かりを! あれこそが貴様らに約束された自由を叶える、狩場の光だッ‼︎」

 その言葉に、怯えていた兵士達はすがるように、開いてゆく扉の隙間に目を凝らす。口髭の軍人は更に畳み掛け、彼らの心理に強い指向性を植え付けていた。

 開いて行く扉の向こうに、薄ぼんやりと見える異国の街の景色は、このドス黒い暗闇から眺めれば解放の世界にも見える。彼らに再び起こったざわめきは、恐怖や不安では無く、歓喜と興奮の色に成り代わっていた。

「全軍前進ッ‼︎ その手で自由の道を作りあげ……」

 口髭の軍人が言い掛けた時、前方の兵達からどよめきが上がった。何事かと眉をひそめた軍人が、先頭に向かい歩く最中、渡された双眼鏡で扉の向こうを確認する。

「な、なんだアレは。魔物、いや、上位悪魔か……?」

 口髭を蠢かせ、小さく呟いたその視線の先、開かれたゲートの向こうで、それはただ立っていた。そのたったひとつの人影に、軍人の喉は声を絞り出す事すら忘れさせた。

─── 漆黒の全身鎧に身を包み、いばらの冠をいただいた髑髏どくろの兜

 悪夢と悪意を人の形に成したような、その姿のあちこちから白い霊気を漂わせ、死霊の淡い光の群れをマントのようにたなびかせていた。

「ッ! くッ、は……ッ!! 何をしておるッ‼︎ 殺せ、殺せ、鉄履で踏み締めろ!
相手はひとり、先ずは手始めにあの醜悪な者を打ち殺 ─── 」

 ようやく搾り出したその声は、再び喉の奥に押し戻された。

 漆黒の死神が、片手を突き出した。

 ただそれだけの動きが、見る者の感覚から全てを忘却させてしまった。最前の者達が立ち尽くすのを、様子の分からぬ後続は、指令もないまま歩みを進めて前方を押し出す。その揉み合いが始まった頃、扉の向こうに鮮烈な光が溢れた。

「し、死神が、光属性魔術だ……と⁉︎」

 神より与えられるべき属性という、己の常識が崩れ、思わずこぼした軍人のその言葉が……
 ─── その場に集められたアルザス兵六千八百の、辞世の言葉の代理となった

 膨大な数に枝分かれした細い光線が、凄絶な光の一枚絵を網膜に焼き付けた瞬間、隊列の後方に連なっていた駐屯地の建物群は、砂の城のように崩れ去った。

 軍人の手から滑り落ちた双眼鏡が地面に叩きつけられ、そのレンズが割れる音を切っ掛けに、辺りは折り重なって倒れる軍勢の音が地を揺るがした。その誰もが寸分違わずに眉間に大きな穴を開け、脳脊髄液と血の混ざった体液を、地面にぶちまける。

 光線からそれた所にいた、数人の軍関係者が立ち尽くす中、扉と共に六千八百の屍が消えて行った。

 光の進む速度は、人の目で追えるはずもなく、全ては一瞬の事。ゲートの術式にかかっていなかった者達には、網膜を焼いた強烈な光と、人体を焼き貫いた臭いだけが残されている。

 その日、帝国軍アルテミア駐屯地は、その機能を完全に停止させられた 。

 ※ ※ ※

─── アケル中央部州エルトニア市街地

 人口数千人のこの小さな街は、北部州と南部州の流通経路近くに位置し、その立地の利便性から商品先物取引所が置かれた国内の商人が集まるアケル経済の中心地であった。魔道具の販売を皮切りに、肥沃な大地で育つ作物や、鉄鉱石。
 そして最近シリルで新素材として注目されているゴムの樹液などの輸出は、ここ二年でアケルの貿易収支を大きくプラスにし続けている。

 アルフォンス商会の躍進に、勢いづいた獣人達の商会設立ラッシュが起こっていて、ここには今や獣人の商人でごった返していた。

 この街にも今、戦禍は訪れようとしていた。
 ゲートが置いて行った帝国軍と、その異変に早くも集まった獣人達とのにらみ合いがすでに始まっている。殺気立つ獣人族に対して、無表情のまま真っ直ぐ前を見据え、微動だにしない帝国兵達。その雰囲気の差に、一部獣人達は何かに気がついたのか、ざわめいていた。

「な、なあ……。俺、この間のペリステムの日よぉ、近くのグラドロンで帝国兵とやり合ったんだが……」
「おお、アンタもか。あん時は楽勝だったな。アンタも気がついたのか……?」
「匂いが違う。こいつら全員アルザス人だけの軍隊だ。グラドロン辺りのやつらは、人種バラバラだったのに」
「それに鎧と武器の材質も、まるっきり違うよなぁ。随分と金臭さの少ない、あんまし嗅いだ事のねえ金属だぜありゃ」

 異様に整った隊列と姿勢。明らかに今までと違う、高品質な装備品。何より違うのは、彼らの纏う。確実な任務遂行の為に、人格を捨て切ったかのような、戦慄すら感じられる程の冷徹な眼。

 今までゲートから出て来た帝国軍が獣の群れとすれば、彼らはスズメ蜂と表現するのが近いだろうか。

「お、オイッ! 上だ上ッ、空を見ろッ‼︎」
「「「 ─── ッ⁉︎」」」

 その声に上空を見上げた獣人達は息を飲んだ。遥か上空から白く輝く何かが、天を舞う白龍の如く、長い隊列を組んで高速で飛んでいた。気づいてからわずか数秒、思わず構える獣人達を余所に、帝国軍の両翼前方へと、それらは矢のような速度で降り立つ

 白に近い甲冑で揃えられた、四百は超えるであろう騎士風の者達。青い装飾が模様のように施された白い軽鎧に、首まで覆った詰襟の白いチュニック。バイザーのついた白兜は、顔を覆っておらず。

「きょ、 極光星騎士団……ッ⁉︎」

 誰かのつぶやく声、それを中心に、獣人達の集団から肉体強化の魔力が伝播するように広がった。帝国兵の殺伐とした静寂と対照的に、極光聖騎士団は感情を隠す事なく、背教者をさげすみ、いら立ち、睨みつけていた。

 『穢らわしい獣人ども』そんな声が、極光星騎士団の隊列から、誰とも無く発せられる。最後に遅れて、ゆっくりともうひとりが天から舞い降り、帝国軍と極光星騎士団の前方中央に立つ。その無骨な中年の聖騎士は、騎士団をまとめるに相応しく落ち着き払い、そしてひとり頭抜けた覇気を漂わせていた。

「我らがラミリア様の天啓は下された! 神の御意志に背き、天より与えられるべき魔術をもてあそぶ魔道具の密造。あろう事か、それら忌むべき呪いの道具は、私服を肥やすために他国へ密売している!」

 スラスラと紡がれるその声は、勇壮かつ重厚で、聞く者の体の芯に響く。

「密林国アケルの諸君! 我々はエル・ラト教の剣、ルミエラ市国の盾。極光星騎士団第三師団であるッ‼︎」
「第三師団団旗掲揚ッ!」

 聖騎士のひとりが高らかに叫ぶと、百合の両脇にふた振りの小剣を模した、白い旗が地面に突き立てられた。その旗の下には、意匠化されたアルザス文字でこう書かれている。

─── 我らに法廷は要らず、我らが剣こそが正義

 極光聖騎士団の登場で、ガラリと変えられた空気に、獣人達にやや戸惑いが見られている。人心を掌握し、導き、そして演出も交えつつ、神の意志の代行者と信じさせる。

 宗教とはその多くが虚構である。地上の誰もが見た事のない神を語り、人々の中に虚構を植え付け、人々を縛り付けて飼い殺す。エル・ラト教の虎の子、極光星騎士団ともなれば、その手腕には一種のカリスマ性すら宿る。

「我ら教団だけでは無い。見ての通り、帝国はこうして神の御業、神の奇跡を授けられ、アルザスの地から帝国の意志を届けんとしている。そして、帝国と教団とに御心を御恵み下さるのは、光の神ラミリア様だけでは無い」

 一段と低くゆっくりとした声でそう言って、先頭の騎士は天を指差す。それに呼応するように、雲間にキラリと光りが発せられると、騎士団の右翼左翼の中央に、天から光の柱が射し込んだ。

 その光の柱が照らす地面に、白いシルエットが浮かび上がる。

 白い光が一段と強く輝くと、そこにはひとりの青年の立ち姿が現れていた。純白の鎧には、所々に白金の装飾が施され、盾には光の十字にダリアの花弁が放射線状に配置された紋章。その紋章は『聖オルフェダリア紋』と呼ばれる、世界で最も有名とされるもの。

 『勇者ハンネス・オルフェダリア』の紋章である。

 若々しい顔の目元を白い仮面で隠してはいるが、自信に満ちた口元と仮面の奥に覗く青い瞳。そして風に揺れる、クセのあるブロンドの髪は、宗教絵画に描かれる天使を彷彿とさせる、無邪気で神聖な輝きを思わせた。

「ほ、本当に復活してたってのか……ッ⁉︎ て、帝国に勇者ハンネスが降臨したって噂は、本当だったのかよ……ッ⁉︎」

 獣人達の間に、明らかに大きな動揺が流れる。ここ最近、巷ではその噂が囁かれていた。

 『アルザスに勇者が現れ、調律の神オルネアの意思と共に、世界の調整者として聖剣を掲げた』と。その噂を証明するかのように、仮面の青年が美しく輝く剣を抜き、天に掲げる。

「彼の説明をするまでも無かろう。邪を祓い、魔を討ち、世界に安寧をもたらす唯一無二の存在。調律の神オルネア様の意思は示された!勇者ハンネスが三百年の時を超え、再び我々に希望を与えんと、降臨したのだッ‼︎」

 先頭の騎士が一際大きな声で叫び、脇に一歩逸れると、若きオルネアの聖騎士ハンネス・オルフェダリアは天に掲げた剣を、獣人達に向け直す。

「我こそはハンネス・オルフェダリア!
三百年の刻を超え、我は今、再び聖けn……」

 そう言い掛けた時。帝国側と獣人達との間に、光りが現れ、先程の勇者と同じく白いシルエットが現れた。獣人達は新手の出現に構え、アルザスの企てを疑ったが、同時に何故か帝国側にも動揺が走っている。

 この場の誰もが予期していない、であった。アルザス側とアケル側の間に、異様な空気が流れる中、未だ輝きの途中にあるそれは、凛とした声を響かせる。

「フフ♪ どうやら私がを引いてしまったようですね〜☆ 今確かに『勇者』とか聞こえましたよ?」

 段々とシルエットの光りが強まり、その最高潮を超えた時、そこには僧服姿の女性が、白金の髪をなびかせて立っていた。その姿を目にした獣人達は、歓喜の声を上げ、このアケルと獣人族全体を救った英雄のひとりの出現に沸き立つ。

 一方、騎士団の面々は、彼女の姿を見るや否や、各々の武器を抜き放って殺気と緊張に張り詰めている。

「き、貴様ッ! S級冒険者『微笑のミンチ聖女』こと、ソフィアだなッ⁉︎ 貴様には『ルーキー』『アルフォンス商会会長』こと、同じくS級冒険者アルフォンス・ゴールマインと共に抹殺命令が下されておるッ!」
「へえ。が私をどう思っていようと、全く興味ありませんね」
「か、カルト……ッ⁉︎」
「アルくんに近づく羽虫があれば、ちりになるまで私が刻むだけです」

 ソフィアはまだ、武器である仕込み杖に、手すら掛けてもいない。しかし、広場に噴き上げる凄絶な殺気と、魂ごと押し潰しかねない程の神気が、帝国兵の表情にすら恐怖を溢れさせていた

 ソフィアの正面に立っていた先頭の騎士は、震える膝を隠し切れずに、腰にいた聖剣を荒々しく抜いて誤魔化す。その様子にも、彼女は眉ひとつ動かさず、ワラジ虫でも見るような目でただ見下している。

「なぁんだ、勇者がいると聞いて、当たりを引いたと思ったのに」
「ゆ、勇者なら私の後ろだ! お前など調律神オルネアの意志の前には、ただの薄汚い放蕩者に過ぎんッ‼︎」
「だぁから。どこに居るってんですか、その勇者とやらは」
「見ろっ、私の後ろに、この聖なる鎧の……。あれれぇ? い、居ないですぞッ⁉︎」

 先頭の騎士が、思わず地の口調で狼狽うろたえる後ろで、アルザス陣営の全員が、慌てふためいてキョロキョロしている。

「え、ええいッ! 慌てるでない! ゆ、勇者ハンネスはアレだ……。て、天啓が降りて、違う現場を救いに行ったのですぞ! そうに決まってる! それしか無いッ‼︎ タカが女冒険者ひとりと、獣人どもの駆除など、我々だけで充分ですぞぉッ!」

 ポキッ……パキ、ポキリ……ッ!

 広場に響いた小さな音に、アルザス陣営のみならず、獣人達までもが沈黙させられた。ソフィアは指の関節を鳴らしながら、無防備な子羊の魂を見つけた、地獄の妖鬼のような笑みを浮かべている。

「だぁからどうだっていいってんですよ。このペンペン草どもが。時間の無駄なんですよ、ホントばからしい。とっとと消してさしあげましょうね。この地上から」

 ようやくソフィアが杖に手を掛けた所で、先頭の騎士と、帝国軍の将官の怒号が響き渡った。

「「全軍突撃ッ‼︎ この女を一刻も早く殺せぇぇッ‼︎」」

 大地を揺るがすアルザス陣営の気合の怒声、空をも揺るがすアケル陣営の怒号。
 それらに掻き消され、彼女の声はアルザスの戦士達には届かない ─── 。

「あなた達の死の先に、輪廻があるなどと、生易しい希望は持たない方がいいですよ?」

 ※ 

─── ソフィアがアケルの都市エルトニアで、また異名を増やしに掛かっている現在から数時間前の、アルザス帝国の某所

「ヒッ! プラチナブロンドの僧服!」
「カール団長、落ち着いて下さい。ここは教団関係施設なんですから、その髪色の僧服女性はいくらでも居りますぞ?」
「ひいっ! あっちのは杖持ってる⁉︎ し、仕込み杖じゃないよねッ⁉︎」
「よりにもよって、その精神的外傷トラウマは、教団の剣たる者として致命的に過ぎますぞ」

 かつてローオーズ領ホーリンズにて、アルフォンス抹殺命令を受け、大敗を喫した第三師団団長のカールは、極光星騎士としての進退問題に直面していた。アルフォンスに一太刀浴びせられないどころか、アルフォンスとセオドアの取っ組み合いに巻き込まれ、何も出来ない内にリタイア。

 そこに立ち塞がったソフィアの、芸術的と言う他のない正拳突きを食らって、廊下の端まで吹き飛んで意識を手放してしまった。

 目が覚めた時には、アルフォンス達の姿は無く、外に待機させていた部下のほとんどを、スタルジャの精霊術で再起不能にされた後だったのだ。しかも本国に帰れば、泣きが入るまで怒られ続け、何故か当時の枢機卿オウレンが投獄されるというオチまで付いたのだから仕方がない。

 あれ以来、カールは白金の長い髪と僧服に、並々ならぬ恐怖を抱くようになってしまった。

 副団長のビエスコは、カールに対する変わらぬ忠誠心で支えてはいるものの、回復の見えない状況に白旗寸前であった。しかし、それも今日で終わるかも知れない。

 ホーリンズの敗退から半年、事実上謹慎状態にあったカールへの、進退の沙汰が下されようとしていたのだ。

 カールは元々が高位貴族の末息子である。身体能力が高く、剣の天稟にも恵まれ、信心深かった事も加わり、最年少で極光星騎士団の団長職に上り詰めた。騎士団に憧れる、若き騎士見習い達からすればキラ星の如く輝ける存在であり、彼を賞賛する声は後をたたなかったのだ。

 つまり、怒られ慣れてないのである。何とかビエスコがなだめすかして、引きずりながら訪れた部屋には、教団と帝国の高官が待ち構えていた。

「久しいなカール君。心のお加減はいかがかな?」
「ご、ご無沙汰しております大司祭様。体の具合は、す、すこぶるぶるぶる……」
「体ではなく、心の方なのだがね……。まあ良い、君には今の立場が苦痛なものとなる後遺症が残っておると聞く。よって、団長職の任を解く事となった」
「「…………っ‼︎」」

 カールとビエスコの顔が苦し気に歪む。高官達は口元を歪めてそれを見下ろしていた。

「お、お言葉ながら、カール団長は……」
「慌てるものではない、ビエスコ君。我々は世界の天秤なのだよ。彼を不要な人材だとは考えてはいない。むしろ伝説ともなれる、新たな地位を用意したのだ」
「「で、伝説……?」」

 顔を見合わせて困惑するふたりではあるが、苦渋の色はすでに消えていた。

「カール君が最も適任だと、教皇聖下も皇帝陛下も御判断なされた。君、演じやりたまえ」
「「…………??」」

 ポカンとするふたりに、高官達は笑いをこらえながら、部屋の脇に置かれていた布の覆いを取り去る。

「勇者ハンネスの使ったとされる装備品を、ここに用意した。残念ながら聖剣と鎧はレプリカではあるが、材質も製法も超一流の職人達によるものだ。盾は本物だから、これだけは傷つけぬ・・・・ように」
「あ、あの大司祭様? それらをどうしろと仰られるのですか……(盾を傷つけるなってどうすりゃいいんだ?)」

 大司祭はやや不機嫌そうにため息をつき、後ろ手に組んで遠くを見ている。

「君も優秀な割に、ずいぶんと鈍いものだな。今、世界は疲弊しておる。そして、帝国と教団に親しみはしても、恭順の心を失くし迷走しておるのだ。新たな目標、希望が必要な時期なのだよ。
君がこれを身につけ、勇者ハンネスとして振舞えば、世界は再び沸き上がる事だろう」
「はぁっ⁉︎ い、いやいや、ムリですよ! 僕なんかが、勇者ハンネスになるだなんて!」
「では仕方がない。君と君の一族郎等には、北の蛮族の地へと行ってもらおう。
開拓民として労働奉仕の任に就いて ─── 」
「やります! 僕、憧れてましたから勇者やります! 今すぐやります! ぜひやらせて下さい! だから蛮族の地だけは……ボソボソ」

 大司祭はにこやかにカールに視線を戻すと、両手を大きく開いた。

「フッ、流石は私達の見出した男だ。実に優秀だと評価しておるのだよ我々はね。髪色、瞳の色、背格好、そして剣と光属性魔術を扱えるのは君くらいなものでね」

 緊張に唇が乾いたのか、前歯と唇を擦り合わせるように上下させ、カールは心細そうにつぶやいた。

「やります。やりますけど……。ぼ、僕は演技とかそう言うのは、か、からきしで……」
「いや、特に演技などは必要ない。基本的には君の補佐役が喋っておれば良いのだよ。しかし、完全に無言と言うのは難しいか。どれ、試しに勇者の名乗りをやってみたまえ」
「……は⁉︎ い、いやいや、ムリですよ! いきなり勇者の名乗りだなんて!」
「北の地への直行馬車は無かったね。ならば我々が用意しよう、開拓セットはその時に詰め込んだら良いかな?」
「 ─── 我こそはハンネス・オルフェダリア!
三百年の刻を超え、我は今、再び聖剣を天に掲げる……ッ‼︎」

 部屋には大司祭と高官達、そしてビエスコの拍手が上がった。

「いやいや、大したものではないかね! 思わず勇者伝を枕元に寝ていた頃の興奮が、胸に蘇ってしまったよカールく……いや、勇者ハンネス」
「あ、ああ、ありがとう……ございましゅ……」
「じゃ、そう言う事で。指令は追って報告させるから。それでだね。ビエスコ君の今後だが、彼だけでは色々と大変だろうと思ってね。君に勇者の補佐役をしてもらう」

 ニコニコ顔でカールの勇者っぷりを賞賛していたビエスコが硬直する。

「いやいやいや、ムリですぞ⁉︎ 自分は根っからの騎士でして、演技などとても……。まして伝説の補佐など……ッ!」
「君は体格がいいからなぁ、開拓セットは特別大振りな物が必要か。少し時間は掛かるがね。
馬車はその時に用意す───」
「この不肖ビエスコ、幼少の頃より勇者伝に人生を教わって来た者のひとり!
やりましょう! 今すぐやりましょう! ぜひやりましょう、やらせて下さいッ‼︎」
「うんうん。流石は副団長として、第三師団を支えて来た男だな君は。実に頼もしい!では、そう言う事で。当面、第三師団はこちらで預かるが、君達の手駒として四百名程は渡しておく。近々必要になろう、明日までにリストアップして起きたまえ」

 そう言うと、大司祭はその場を去ろうと背中を向けた。

「あ、明日までにですか⁉︎」
「うん? 我々のマターにバッファは無いのだよ。我々にリスケしろと言うのかね? 何もゼロベースからフィックスしろと言っているわけでは無いのだ。テキトーに名簿順からででもプライオリティ確保してスキーム整えればよろしい」

 その余りにも意識の高い目な物言いに、ふたりが敵うわけも無かった。

 ※ 

─── 再び現在のエルバニア、ソフィアVSアルザス勢

 これまで出現して来た帝国兵とは異なり、全てアルザス人で統一された精強な軍勢は、明らかに戦闘力も戦術も桁外れて高い。その兵としての練度やスペックもさる事ながら、対魔術加工のされた強化ミスリル製の防具や、魔術付与された武器など装備も違う。

 そして魔力による身体能力強化をされたアルザス勢に、流石の獣人達も今までのような圧倒的な戦況を作り出せずにいた。

 だが、今はこちらには女神がいる。

 人智を超えた知覚力と、思考演算の速さから、いつしかソフィア本人の戦いから、獣人達の指揮へとシフトしていた。人の成す事に己が介入するよりも、そこに居る人々が勝ち取る未来を望んでしまう。

 彼女はやはり、天界の存在なのである。

 その感覚は、アルフォンスが各地で己の利益や効率よりも、その地の未来を見据えた行動を取って来た真意と一致していた。

「ふぅむ。ガストンさんから聞いていた話よりは、獣人さん達も苦戦しているようですね。あれ? あそこにいるのは……」

 至近距離から激突となった両軍は、戦略的な戦場の戦闘ではなく、混戦の乱闘の様相を呈している。その中にひとり、異彩を放つ存在がいる事にソフィアは気がついた。

 一振りで数人から数十人の魂そのものを斬り伏せる、別格の存在。黒い異国の民族衣装は、どこか鬼族の巫女を思わせる意匠で、その美しい所作と共にソフィアの心を釘付けにしていた 。

「って、夜切ちゃんじゃないですか」
『む……っ⁉︎ ソフィ殿、我が見えるのか?』

 夜切は驚いた顔をしてソフィアの目を見つつも、その手は数多の死を量産し続けている。

「見えるも何も、最近たまに出て来てますよね♪ 鴉姉妹ちゃんたちとか、セルフィエスちゃんとかも見えてましたよ〜☆」
『流石は神……か。主様には見えて居らぬようだ……』
「ここにいるってことは、今はアルくんは鴉姉妹か魔槍のフォスミレブロちゃん辺りで闘っているんですかね〜♪ ああそうそう、多分アルくんにも、夜切ちゃんたちが見えてるはずですよ?」
『な、なぁにぃッ⁉︎ 何だって見えてないフリなどするのだ我が主は⁉︎』

 ソフィアは『あ、いっけね。言っちゃった☆』とばかりにテヘペロし、やや早口でまくし立てた。

「あんまり美人さんたちが周り押し寄せたら、アルくん困っちゃいそうですもんね。くすくす。パルモルに着いた辺りからでしたか、流石に他の皆さんには見えていないみたいですけど」

 女王ペルモリア領で、アルフォンス達がドワーフギルドの宴会を楽しんでいた時から、時折半透明の夜切達が近くに現れていた。見えていないフリをしているアルフォンスに、何となく空気を読んで、ソフィアは合わせていただけである。

『クッ! 後で会ったら、思いっ切り主様に迫ってやる‼︎ そのまま“でぇと”まで、また漕ぎ着けてやるんじゃならな……ブツブツ』
「フフフ♪ アルくんったら、七魔帝との絆ゲットで、一段と魔王に近づいたのかも知れませんね〜☆ 夜切ちゃん達とか程の、とてつもない力を持つ存在を具現化させるなんて、流石です♡」

 夜切は主人を褒められて嬉しかったのか、ソフィアに可憐な笑顔を見せると、更に攻撃の速度を上げて、敵陣を押し込んで行った。斬られた者達は外傷ひとつないまま、突如事切れて地面に倒れ、辺りに転がっている。刃そのもので斬っているのではなく、強力な呪力で魂そのものを破壊しているようだ。

 そんな夜切の背中を見ながら、ソフィアもニコニコと笑い、片手に巨大な『斬り刻む奇跡』を具現化しようと、神気を練り上げていた。

「この分なら、アルくんがアルファードくんと再会できるのも、もう目の前かも知れませんね。フフっ♪ もしかして今は、結構ワイルドな感じになっちゃってるんでしょうか☆」

 魔王は周囲の者に力を与える存在。夜切達の具現化は、アルフォンスの力が高まっている証拠だとソフィアは喜んでいた。

 内なる存在との対話。
 だがまだこの時、それが大きな悲劇を生む事になろうとは、誰も知らなかった

作者のつぶやき

カールくんの苦難が続きます。
実際、息苦しい教団上層部との仕事を考えたら、北方蛮族の地開拓の方がのびのびできるんじゃ……?

朝は日の出前から開墾して、夕暮れと共に家に帰る。
疲れた体に染みる薄いお茶を、ありがてぇありがてぇと感謝しつつ飲み、誰が読むとも知らない日報にその日を記す。
寂しさを紛らわすために拾った老犬を撫でながら、明日の開拓を考えつつ眠りにつき、畑の種が目を出したと喜ぶ。

あれ? 悪くないんじゃないか?
少なくとも僕の生活より健康的じゃないですか……(震)

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