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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第七章 キュルキセル地方

第一話 キュルキセル地方

─── アルザス帝国

 マールダー最強の軍事国家であり、世界最大の領土を誇る長大国。中央諸国以北の広大な大地を、古より治めて来た、北方民族の流れを継承した最古の国でもある。過去二百年続く中央諸国の平和な関係は、アルザス帝国の安定があってこそとうたわれる程に、その世界への影響力は計り知れない。

 これ程までに肥大化した理由として、大陸北西に海峡を挟んで存在する『魔界』を、太古の昔から牽制する役割を果たして来たからだと言う説もある。世界から武力、物資、文化がなだれ込んだ、いわば世界の盾として集権して来た軍事大国であった。

 その領内に存在する、独立した都市国家ルミエラ市国。マールダー屈指の、もうひとつの強大な組織エル・ラト教団の本拠地。教団は今や世界中に置かれ、教育、医療、農業など幅広く活動している世界最大の宗教団体である。かつて勇者ハンネスと同行した聖女シルヴィア・ラウロールは、当時の教皇マクシムス二世の孫娘であった事から、勇者伝説と共に広く親しまれるようになった。
 エル・ラト公国は、完全に帝国からは独立した存在だが、勇者伝説と相まって、帝国とは根強い繋がりがある事は明らかである。故に一般的には帝国とエル・ラト教団は、同義として扱われる事も多い。

 現在、教皇ヴィゴールを頂点に、オウレン統括枢機卿すうききょうの下、五人の司教枢機卿が置かれ、盤石なものとなっている。

 ※ 

 これはアルフォンス達が鬼族の里を出る二週間程前のことである。今、そのオウレン枢機卿の元に、デューイ司教とアルマス司教が招集されていた。

「その報告はまことなのかね、デューイ司教。幾ら何でもグレッグ司教とセバスティアン第二師団長が、同時に行方知れずとは」
「畏れながら猊下げいか、まことにございます。シリル出国時の定期連絡はグレッグ司教より直接、シャリアーンよりメルキア公国にて接触したとの報告の後、定期連絡が途切れたと」
「今がどんな時であるか、分かっておるのかね、デューイ司教」
「はっ! それは……もちろん……」

 老齢のオウレン枢機卿は、節くれだった震える指で唇をなぞり、長い白髪眉毛の下からキッと睨みつけた。睨まれた割腹の良い骨太のデューイ司教は、その骨と皮ばかりの小さな老人に震え上がった。その腰巻と揶揄されがちな、おかっぱ頭の小太りなアルマス司教は、この中では最も体格に恵まれながら一番小さく身を縮めている。

「帝国の威光も平穏の世に弱まり、我が教団の成長も近年落ちておる。今こそ帝国との連携を高める時、そして、などと夢見がちな『教団派』を一気におとしめるべき時。我々『帝国派』は価値を高めねばならん。そうだな?」
「そ、その通りに……」
「タッセルとバグナスでは魔族の侵入を許し、そこのアルマス司教は統括長の任を解かれたばかりか、教団派のトニオ司教に取って代わられた。グレッグ司教は飼い犬と共に行方を眩まし、貴方はアケルの魔族騒ぎに何も出来なかった」
「耳の痛い限りに御座いますが、トニオ司教へはすでにアルマス司教が『花』を贈っておりますれば……。ヴァレリー司教に関しては、その側近の二名配置転換をさせ、足止めを……。アケルの動向は今しばらくお待ちを!」
「戯けッ‼︎ 教団派のヴァレリーは中央諸国で順調に評判を上げて来ておるのだ! それを足止め程度で満足しておるだと⁉︎あのような若輩者に後れを取って何とするかッ‼︎ ゼハァーッ ゼハァーッ うぐぅ……」
「─── ! アルマス司教、薬湯をッ‼︎」

 慌てふためく司教ふたりの足音が続き、オウレン枢機卿に薬湯が献上されると、部屋にはゼロゼロと気道を鳴らす危うげな呼吸音が響いた。
 やがて、そのオウレン枢機卿の呼吸が治まりかけた時、部屋に魔術の反応光が現れ、デューイ司教の前に一本の書簡が乾いた音を立てて落ちた。奪い取るようにして目を通したデューイ司教の顔色が変わるのを、オウレン枢機卿は見逃すはずもなかった。

「何……だ? 伝書には……何と……ある」
「い、いけません猊下、これは……今しばらく静養を」

 ドンッ‼︎

 テーブルに叩きつけられたオウレン枢機卿の拳の音に、ふたりの司教の体ががびくりと縮み上がる。

「この私が……何だ……と、聞いておる……」
「は、はいッ、シャリアーンの先遣隊が、ローゼン平原にて、アルフォンス・ゴールマインと接触。一個小隊にて抹殺命令を遂行するも、全滅した……と」
「「…………⁉︎」」

 オウレン枢機卿の見開いた目を向けられ、同じく愕然としていたアルマス司教は、やや遅れて目を伏せた。

「そ、それと、こちらはグレッグ司教の消息ですが、どうやらセバスティアンとはぐれ、それを追ってレジェレヴィアを北上。鬼族の領域に向かったのではないかと」
「…………」
「そ、そそ、それはまことですかデューイ司教、グレッグ司教の足取りが、つ、つかめましたか! なな、何よりの朗報ですな猊下!」
「…………」

 慌てて機嫌を取ろうとしたアルマス司教であったが、オウレン枢機卿は薬湯に濡れた薄い唇を、何度もなぞっては眉間にしわを寄せている。部屋には重苦しい空気が流れ、デューイ司教とアルマス司教は、居心地悪くうつむいていた。
「流石はS級冒険者といった所だが、それにしてもシャリアーンの小隊を下すか。これは少々、甘く見ていたかも知れん」
「「…………」」

 アルフォンスの抹殺命令は、教団内においては、オウレン枢機卿の独断であった。彼とふたりの司教、そして行方不明のグレッグ司教を筆頭とした帝国派は、帝国と教団を揺るがしかねない動きを、度々起こしていたアルフォンスを煙たく思っていた。

 オウレン枢機卿を始め、帝国派幹部の多くは、帝国貴族との繋がりが強く、司教以上に許された特権で領地も手にしている。それらの地位も帝国との癒着があってこそではあったが、その見返りに彼らは帝国の意向に強く左右されている。

 アルフォンスの名は、レイシィステップでの魔族討伐から次いで、アケルでの魔族討伐、獣人族の魔道具開発と帝国上層部には十分に目立ち過ぎていた。アルフォンスの抹殺命令は、オウレン枢機卿の懇意にする一部帝国上層部からの『英雄は要らぬ』との意向でもあった。

「し、失敗したのは先遣隊、言わば腕を見た訳でありましょうデューイ司教? ほ、本隊で掛かれば如何なS級冒険者とて……」
「残念ながらアルマス司教。シャリアーンは暗殺を専門とした一族なのです。その彼らが自らを気付かれる事を押してでも、全滅するまで戦ったとあらば。今現在用意している規模では、かなり不味い相手だと判断したと言う事でしょう」
「それだけでは無い。あのソゥバ狂のうつけ者、経典馬鹿の小娘の行方は捨て置いても、だ。小娘の聖剣さえ戻れば良い。だが、なぜ、グレッグ司教からの連絡が途絶える?
─── 或いはもうすでに……」

 オウレン枢機卿はそこまで呟くと、椅子から立ち上がり、唇を撫でていた指先をデューイ司教へ向けた。

「シャリアーン首長に伝えよ。方法は問わぬ、メルキア公国を抜けた先で、確実に件の冒険者を始末せよ。と、金に糸目はつけぬとも、な」
「ハッ! そのようにッ‼︎」

 そう言い残し、部屋を退出したオウレン枢機卿の、ゼロゼロと響く呼吸が廊下に消える。部屋に残されたふたりの司教は、こぼれ出る笑みに頰を歪ませ、顔を見合わせた。

 ※ ※ ※

「お姉ちゃん行くよッ!
─── 【防御上昇アルフィスク
─── 【防御上昇アルフィスク
─── 【防御上昇アルフィスク】……」

 開いた指を手首ごと動かし、ユニの五本の指先に、肉体強化の補助魔術印が五つ同時に描かれる。直後、エリンの体から蒸気が上がり、肌と赤茶の毛が褐色に染め上げられた。

 ガギッ! ガガガガガ……ッ

 エリンの挑発に乗せられた武装集団、その包囲から一斉に放たれた槍の猛攻が、鋼の如き強固な肌に弾かれる。それらの穂先は欠け、曲がり、柄の折れる鈍い音が不協和音を奏でた。男達の呻きにも似た驚嘆の声の中、エリンの口許が吊り上がり、ちろりと舌が顔を出す。

「残念。狩られるのは、お前達の方だったんだよッ‼︎」

 わざと敵の目を集中させるために、敢えて隙を見せ続けていたエリンの姿が、彼らの視界からふつりと消えた。直後、不揃いな武装をした男達の体が、宙でバラバラに混ざり合う。

「ユニ、後ろ」

 鋭く伸びた爪にこびり付いた、血と脂混じりの皮膚片を振り落としながら、背後の妹を振り返る事もなく呟く。その一言を終えるのも待たずに、エリンの背後で重苦しい水音に似た、人体の散らばる音が立った。

「白兵戦で獣人族に挑むとか、クスリとも笑えないの」

 自分達が誘い出されていたと、その時ようやく理解した残党は、号令を待つ事もなく逃走を開始する。薄暗い森へと逃げ込んだその先で、鈍い破裂音が断続的に響き、逃亡者の足音はひとつ残らず止んでしまった。

「こっちはアル様の言ってた連中じゃなかったみたいなの。お姉ちゃん、戻ろう?」
「ああ、この程度だったら、あっちももう終わってるだろうけどね」

 ふたりの周りに無数に浮かんだ、風の刃の魔術印が、薄緑色の余韻を残して消えて行く。

 ※ 

 いやぁ参った。来るだろうと思ってはいても、こんなにわらわらと湧いてくるとは思わなかった。

「─── 【斬る】」

 森の至る所から響く斬撃音、そして同時に感じる刃先の滑る苛立たしい手応え。ジャリッとした鱗状の金属に致命打をずらされるも、骨を砕き、肉の弾ける感覚は伝わって来る。だが、こいつらはこの程度の痛みでは、引きもしない。

 メルキア公国の国境を越えてすぐ、目的地へと続くキュルキセル地方の大森林で、俺達は襲撃を掛けられた。ご丁寧にも、野盗紛いの傭兵に織り交ぜて、それらに扮装したシャリアーンとか言う暗殺部隊が動いてる。
 傭兵程度なら話は早いし、シャリアーンだけなら動きも分かりやすい。ただ、こうも混ぜこぜじゃあ、次の手が読み難くなる。

 何より腹立つのは、何故かソフィアの意識をそらす奇跡が通用しないって事だ。流石は暗殺に特化した一族か、任務遂行のために、異様に強い暗示が掛けられているらしい。

「なるほどな、傭兵の投入は単なる苦し紛れかと思ったが、撹乱に盾に、使い所があるって事か」

 リズムに乗れない戦闘が、波状攻撃の如く続き、いい加減うんざりして来た。

 ヒュカカカカカ……ッ

 飛び退いた直後、樹に突き刺さった吹矢から、シュウシュウと煙が上がる。毒から切り替えて、今度はこの腐食性の高い劇薬ときた。ガセ爺ご謹製の鎧なら、もし傷ついても自己修復するが、この数を相手には流石にキツイ。相手もそれを見越してだろう、かわした瞬間の隙を突きに来ると思いきや……。

「うおらぁぁっ! 死ねやァァ‼︎」

 さっきから前に出て来るのは、こんな忍ぶ精神のカケラもない、不慣れな木っ端どもだ。

 コキャ……ッ!

 吹矢の嵐がある以上、ひと時も足を止めたくはない。突っ込んで来た男の刃をすり抜け、小さく鋭く掌底であごを捻り込むに打ち下ろし、頸椎を破壊。同時に練り上げた魔術の術式を打ち込む。首から下の命令系統を失った男は、糸の切れた操り人形のように倒れた。
 こいつも間も無く、絶命するであろう感触を、漆黒のグローブを通してしっかりと手応えが残っている。辺りにはもう、無数の死霊達が新たな仲間を求め、点在する死体に群がり始めていた。

 その間も樹々の間から、泣けて来る程に正確な吹矢の波状攻撃が、少しでも俺の鎧にほころびを作ろうと降り注ぐ。

 いくら無詠唱が出来るったって、広域殲滅魔術のイメージを描く余裕はない。今出来るのは、決まり切ったひとつの魔術イメージだけを練り込んで、敵に接触した瞬間に殺しながら、その肉体に術式を残して行くのみ。

 普通、傭兵崩れだの、金目当てに集められた手合いなら、直ぐに諦めて敗走するだろう。でもこいつらは違う。シャリアーンと同じ暗示か、それとも何か薬剤でも仕込まれたのか? 
 素人同然の動きの割に、嫌に思い切りが良いし、痛覚がやけに鈍い。何より瞳孔が開きっぱなしだ。

─── ああ、もうッ‼︎ 面倒くさいなぁッ‼︎

 少し離れた所で、スタルジャの叫び声と、膨大な魔力が膨れ上がる圧力が押し寄せた。もう、この年末の雑貨屋みたいな、忙しない殺し合いの中、三度目くらいだろうか?瞬時に上下の唇がくっつく程の冷気が辺りを席捲する。

 またしたか。憤怒、殺意、狂気、こんな災害じみた負の力、それ以外にあるものか。婚約者として心配でならないが、今はその暴虐の思念がこれ以上ない支えになってる。お陰で暗殺者達の意識がそちらに逸れた。

「─── 【蘇生アネィブ】ッ‼︎」

 黒スタルジャが召喚した『冬の女帝イ・シュレム』に、全てが氷漬けにされる前に。その殺意よりも冷ややかな空気に、シャリアーンどもが気を取られてる今、これまでばらまいて来た死体へ、蘇生の術式を発動させた。

 グルルルルル……

 薄暗い森の中で眼を光らせ、唸り声と共に口から白い冷気を漏らし、死体が蘇る。グール。地域と伝承によっては、屍食鬼とも、悪魔そのものともされる。

 いつもだったら直ぐに属性反転で、聖戦士化してやる所だけど、今はこのまま放って置く。流石に操られている傭兵崩れどもも、死んだ仲間達が魔物化して立ち上がるのには、戸惑っているようだ。

「食い散らかせ、グールども!」

 グール達の指先から、血のように紅く鋭い爪が、メキメキと音を立てて伸びる。森の奥から矢が放たれたが、それらに掠るもなく、グール達は樹々に隠れる生者を求めて飛び込んで行った。
 上級魔物並みの身体能力に、高威力の闇魔術、痛覚も無ければ生命活動を必要としない肉体。グールが常時発する狂気は、見る者の恐怖心を限界まで引きずり出す。耐性の弱い者は、それだけで魂が抜かれてしまう。

 うん、俺のバグったままの魔術も、たまには役立つんだな。まさかの手勢の魔物化に、シャリアーン達も撤退を余儀なくされたようだ。森中から上がる悲鳴と、枝葉が揺れ踏み割られる音が、混乱の大きさを物語っている。

 因みにグールに殺された者は、まず間違いなくグール化するオマケ付きだ。かつてとある国を一夜にして滅亡させた、アンデッド災害の要因だね。術式を打ち込む事なく死んだ者達にも、蘇生の魔術を掛け、森の中をグール達の邪悪な魔力で満たしていく。

 シュボボボッ!

 上空から無数の触手が降り注ぎ、未だ潜むシャリアーンの残党を、蜂の巣にしていった。ティフォには広域殲滅兼、皆んなのフォローを頼んである。触手に貫かれたシャリアーンを、紙切れのように放り投げて、ティフォがスーっと降りて来た。

「オニイチャ、近くのはだいたいかたづいたよ? でも、この先に網はられてる」
「おつかれ。数はどんなもんだ?」
「ん、いっぱい。今のより多い。それが北側に三ヶ所」
「……うへぇ」
「「アル様〜!」」

 姉妹の方も無事だったみたいだな、アケルで別れた時から、更に別物の次元に達しているから当然と言えば当然か。

「おかえり、ケガはないか?」
「全然平気よ。それよりスタ、またになったの? 途中物凄い魔力感じたけど」
「こっちまで冷たい風が吹いてたの」
「ミィルがコントロールしてくれてるみたいだからな。呑まれる事はないだろうけど、こう頻繁だと心配になるなぁ」

 そんな事を話していたら、スタルジャが向こうから歩いて来た。もうダークエルフ化は解けたらしい、木漏れ日を受けて、髪が若草色に輝いている。こうして見ると、やっぱりエルフには森が似合うなぁ。その肩には、黒髪から禍々しい魔力を揺らめかせるミィルの姿があった。

「そっちもお疲れ、ふたりともかなり魔力使ったろ、体は大丈夫か?」
「うん、全然平気。途中からはあの人達の魔力吸い上げてたみたいだから」
「いっやぁー♪ 普段のスタの闘いもいーけどねー! 黒スタはえげつなくていーわー☆」

 魔力吸収の魔術を広範囲に広げて、ほとんどの奴は魔力切れで、意識を飛ばしてたらしい。耐えた奴らは足を凍らされて、仲間がひとりひとり凍死させられるのを見せつけられていたそうだ。

「それにさー、段々黒スタ慣れしてきたからかなぁ、使う先から魔力あがってんだよねー♪」
「大丈夫かな、馴染み過ぎて戻れないとかないよね……?」
「あーだいじょぶだいじょぶ♪ アタシがつながってる限り、いつでもスタちゃん引っぺがせるし♪ もー、じゃんじゃん黒くなっちゃってよー☆」
「黒くって……」

 うーん、その魔力を浴びてるからかねぇ、肌はツヤツヤだけど、ミィルの禍々しさが一段と上がってるような。

「ソフィは? ティフォ上から見てたんだろ?」
「ん? ソフィなら、もうちょっと奥のほーで、あばれてたよ? 森がちょっぴり小さくなった」
「森が」

 ソフィアは俺の実家が近づくに連れて、考え事をしてるのが増えた気がする。その代わりに、追っ手に対しての攻撃は、かなり力が入ってるようだ。また何か思い悩んでるのかな……俺の運命の事で。気にしなくていいんだけどなぁ。

「みなさーん♪ こっちに新しい道作りましたよー☆」

 いや、機嫌は良いみたいだな、むしろひと暴れしてスッキリしたようだ。って、道作ったって、アケルの大樹海の時みたいに斬ったのか⁉︎

「このまま北上しても、まだまだ湧いて来そうですからね、西側に迂回してローオーズ領経由で行きませんか?」
「流石だな、ソフィも相手の動きに気付いてたのか。ローオーズ領ね、確か帝国領に面してるのに、独立を守り続けてる小国だったな」

 この馬鹿騒ぎに帝国が関わってるのかは定かじゃあないが、流石に微妙な関係の隣国で、教団も下手な真似はし難いだろうし。

「うん、それが良いいんじゃないか? こいつらが牽制してくれるし、しばらくは静かに歩けるかな」

 グルルルルル……

 俺達の周りをずらりとグールが囲んでいる。なんか微妙に会話にうなずいたりしてたけど、話分かってたりすんのかコイツら。絵的には俺らが大ピンチみたいになってるけど、暗殺者避けにはもってこいだな。変に聖戦士化したら、ややこしい事になりそうだから、もう暫くはこのままでいて貰おう。

 そういう訳で西側へと移動を始めたが、シャリアーン達も流石に手をこまねいているのか、時折気配は感じても襲っては来なかった。静かかと言えば、グール達は『うー』とか『あー』とか、定期的に声を出すし、何故かベヒーモスがそれに『にゃー』とか返してにぎやかだった。

 ※ ※ ※

「オニイチャ、そろそろ見に行く?」
「うん、そうだな。へへへ、久し振りだから血がたぎるぜ」

 昨夜はグール達のお陰か、暗殺者達は来なかったし、魔獣一匹近づく事も無かった。早朝のテントの中で、俺が起きたのに気がついたティフォが、珍しくジト目を輝かせて服の袖を掴んだ。
 森の中で野営と言えば、もちろんアレだ。

「猪の親子の足跡もあったし、鹿の形跡もあった。何てったって、一番の狙いはレッドグリズリーだ。あれの煮込みは激ウマだかんな! なんか掛かってると良いなぁー♪」
「ん、いのししはおいしーから、かわいい」

 食材調達を兼ねた、森の生態系調べ、ザ・狩猟罠だッ‼︎ もうこの旅の中でも何度かやって来たし、ティフォもこれを楽しみにしてる。気分を出すために、ふたりお揃いの石器槍を持って、腰には手作りナイフと縄を提げていざ出発だ。

「まずはリス用の罠だな! ……って、あれ⁉︎」

 何も掛かってないって言うか、掛かった形跡があるのにリスがいない、これは誰かに持って行かれたのか⁉︎

「ふてぇ野郎だッ‼︎ 罠の獲物横取りなんざ、森のルールも知らねぇゲスに違いない……ッ‼︎」
「ん、オニイチャ、どう、どう。へーじょーしんよ?」
「は、はは、そうだな。ちと頭に血が登ってたよ」

 ティフォが落ち着かせてくれて、申し訳ない気分になったが、よく見たらティフォの握り拳から血が滴っている。どんだけ悔しがってんだ、いや、俺のティフォをこんなにも悲しませる奴は、触手で色々やってやる! 取り敢えずティフォの背中をさすりながら、気を取り直して次の罠へと向かう。

 フシュッ、フシューッ‼︎

「おおッ! やったぞティフォ、猪だ! それもでかい雌だぞッ‼︎ ようし、ティフォは下がって……」
「オッラアアアアァァァッ‼︎」

 ドムッ、ドゴォッ‼︎

 真空飛び膝蹴りからの、渾身のダブルチョップが猪の脳天に炸裂した。ガチッと音がして、牙がふたつ宙を舞い、頭部が土にめり込んだ。

 いや、もう分かってる、この子はだと分かってるさ。一応兄であり、婚約者だしな、ティフォに華を持たせてやるくらいはさ。悔しくなんかない、決して悔しくなんかないけど……。

「槍使えよッ‼︎」
「ん? あー、夢中だった、しっぱいしっぱい。─── ザシュッ」

 飛び出す瞬間、槍めっちゃ放り捨ててたしな。で、話しながら手刀で喉笛っ切って、触手で逆さに持ち上げてるし、道具いらねーじゃねえか。いや、この子、今まで一度も仕留めるのに、道具とか使った事ないんだけどさ、突っ込んでおきたいじゃない。というか、わざわざ罠猟なんかしなくても、この子を森に解き放ったほうが、迅速かつ確実に大漁だろうけども。

 ……まあいい、久々に大物ゲットしたしな。コソ泥野郎もここには来なかったらしいし、リスの事は忘れて次だ次、レッドグリズリー!

 この付近で狩猟罠仕掛けようと思ったのも、奴の新しい糞と、木に体を擦り付けた跡を見つけたからだ。もう何度か仕掛けてコツを覚えた、吊り上げ網を仕掛けてある。広げて埋めた網の中央に、奴の好きな栗と干し肉を設置、近づいて仕掛けに触れた途端に、網に吊り上げられる寸法だ。

 しかも、相当な大物みたいだからな、網には身動きを取れなくする術式を掛けてある。そう言えばザックの奴は元気にやってるかな? 気のいい奴だったし、もう一度くらい会ってみたいなぁ。

 『二つ願いを聞く』なんて意味深な事を言ってたけど、何だったんだろう? そんな事を考えながら、ポイントに向かって歩いていると、ティフォがそっと服の袖を掴んで来た。

 ふふふ、流石に大型の熊は怖いのかな? こやつめ、可愛いのう……って、そんなワケはない。全怪物の王だしな、熊の方が逃げ出すに違いない。

「どうしたティフォ?」
「シッ、何かきこえる」

 ポイントはもう直ぐそこ、言われて耳を澄ませば、確かにそれは聞こえて来た。どうやら男女の言い争いみたいだが……?

─── …………! …………って言ったじゃないですか……!
─── ……だろうがッ! 細けえこたぁいいんだよ!

 近づくにつれて、段々と会話の内容が拾えて来たが、結構な剣幕で怒鳴り合っているようだ。ひとつ気になる事と言えば、声の位置が妙に高い所から聞こえてるような……。何か嫌な予感がして、進むのに戸惑うけど、ティフォはズンズン進んでいる。そして、吊り上げられた罠を指差して、こっちに振り向いた。

「オニイチャ、あれ、たべる?」
「「たたた、食べないでください!」」
「………………」

 そこには異様に大きな体の男と、長身痩せ型の女が、仲良く一緒に網に掛かっていた。言い争っていたのは彼らだろうけど、今は二人とも指を組んで、神様に祈るようなポーズで俺を見ていた。

 グゴォォ……ぎゅるるる……

 何だって俺の吊り上げ網には、食い詰めた人が掛かるんだろうか。

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