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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十話 魔界

第六話 遡上

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魔大陸に到着し、
最初の街フォカロムで、
アルフォンス達は七魔候ロフォカロムの屋敷へと招かれた。

しかし、迎え入れられ対面した直後、
アルフォンスは亜空間に意識を連れ去られ、
そこでロフォカロムとの対決を迫られる。

左腕のマドーラとフローラのサポートを受け、
炎の化身であるロフォカロムに、
アルフォンスは火属性魔術で圧倒する。

アルフォンスの実力と魔術に興奮したロフォカロムは、
彼らを歓待。
ロジオンから三百年前の真実を告げられる。

怒りに呑まれたロフォカロムだったが、
完全なる勝利のために、
アルフォンスへの全面協力を買って出た。

そして、ロフォカロムの口から告げられたのは、
新たなアマーリエの情報と、
炎を通して感じたアルファードの気持ちだった。

アルフォンスはその言葉に強く安堵し、
先に進むための力を得る。

それはアマーリエの予言と一致していた。

 魔大陸は北緯が高く、人界より寒くなるはずだが、そうじゃない。現に今、人界では一番寒い、冬真っ只中だと言うのに、これはまるで春の陽気だ。

 魔界には暦の上の四季はないらしい。もちろん太陽の位置の関係で、一年を通して多少の温度差は起こるが、雪が降るほど冷えず、うだるような暑さもない。いや、正しくは地域によって違うらしいが、少なくともこのロフォカロム魔侯爵領に、厳しい夏も冬も訪れる事はないと言う。

 諸説あるらしいが、分かりやすいのは地熱説で、地下に高いエネルギー層があって、地の底から温められているとか。そして、一番魔界で一般的な説は、マナの循環による温暖な層が、大気に形成されているからだ、というものだ。この層が温室の役割を果たしている。

 地熱の高い地域は暑く、マナの大気層の薄い地域は寒くなる。魔大陸内に、地域によって四季が決まっているようなものなのだそうだ。

「水の都セパルまでは、ここと気候はあんまり変りませんわ。その先のパルモル平野は、ちょっと暑いの。私は寒いよりは暑い方が好き……。冷たいモノよりは、トロけるように熱いモノの方が、興味がありますのよ♡」
「そうか、教えてくれてありがとう。魔界の気候って面白いんだな。だから市場にあった食材も、多種多様だったのか」
「食材……そうね。おくちに入れるモノですもの、たくさんある中から、一番イイの、選びたいですわね♡」

 ふわっとした、くしゅくしゅの白に近い白金の髪を、細くしなやかな指先で、スッとかき上げながら淫魔が言う。

「ん? まあ、食材はちゃんとしたもん揃えといた方が、メニューの幅も広がるな」

 テキトーに返したら、瞬間移動したヒルデリンガが、俺の腕に絡みついた。二の腕にたわわな重量物が、確かな反発力を持って、腕の形にたゆんでいる。

「んもぅ〜☆ そーゆうんじゃなくてぇ。そうね、知識とけーけんも、ちゃあんとしたのがあった方がイイかも♡ ねえ、おねーさんが、教えてアゲr」
「ええ、ぜひ教えていただきたいですね。貴女がアルくんに、イタそうとしていることを。一体ナニを教えようってんですかね、クソ淫魔じゃなくて、ヒルデリンガさん?」

「ふふっ、ソフィアさん? アナタじゃ一万年がんばっても、扱えない蜜技ですわ。いいですこと? 使わぬ器官は、無いも同じ。そんなことでは、あっくんのあっくんが、さぞかし……。はぁ、これ程近くにいる女子がそこに思い到らぬなどなげかわしい。あっくんがおいたわしいわぁ~」

 あっくんて誰だよ。赤豹姉妹は『み、蜜技……』と、顔を赤らめて唾を呑んだ。

「ん、使わぬきかん……オニイチャ、きかんって、どー書くの?」
「って、ティフォちゃん! 何をメモってるんですか! ダメですよ、こんなエロ女に毒されてしまっては、ただのエロ触手になっちゃいますよ⁉︎」
「……何やってんだお前ら」

 ロジオンのため息混じりの声が、虚しく風で流れていく。水龍船の上では、ソフィアの黄金色の神気と、ヒルデリンガの紫のオーラがしのぎを削っていた。

 今は次の都市、セィパルネ七魔侯爵領『水の都セパル』を目指し、河を北上中だ。ロフォカロム達と別れ、フォカロムの街の中を流れている、ヴィニル運河の支流を進む。この先で魔界でも一〜二位を争う大河、ヴィニル運河と合流し、二日程で水の都セパルに到着する予定だ。

 遡上中のこの船は、クマミミ商会の持っていた水龍の曳く船と似たもので、ヒルデリンガが手配してくれた。ヒルデリンガは魔大陸の旅の間、俺達のガイドとして、ロフォカロムに同行を勧められた。最初に会った時は、落ち着き過ぎてて、気怠そうにすら見えた彼女だったんだがなぁ。

 何故こうなったのかは、フォカロムの街を出る二日ほど前まで遡る ─── 。

 ※ 

 魔公爵邸に数日滞在し、次の都市への出発の準備が整ったこの日、ロフォカロムに俺達は集められた。

「ロジオンが居りゃあ、大丈夫だとは思うんだけどさ。この二十年で様変わりした所もあるし、おれの息のかかった、いいガイド紹介すンよ♪」
「そいつは、信用出来るのか?」
「もち。生きてる時間は、おれとタメ張る、魔界のベテランだし? 実力もハンパないぜ♪ それに、おれには絶対、逆らえないかんね、アイツ。おおい、入って来いよ〜!」

 扉が開いて入って来たのは、フォカロム港に着いた時、街を案内してくれたヒルデリンガだった。淫魔族は吸精で若返るせいか、長寿命な者が多いとは聞くけど、魔公爵のフォカロムと並ぶ年齢だったとは……。確かに彼女は妙に落ち着いてたし、魔力も隠してはいるけど、えらい凶悪なもんを持ってたもんなぁ。

「 どうも……初めましてって……。あら、アナタたちのことだったのね?」
「お、なんだよヒルデ、もう知り合いだったのか。そんなら話がはえーわ。ちょっとガイドしてやってくんない? アスタリア高原の『灰村』まで」
「ずいぶん遠くまで行くのねぇ。大丈夫なのかしら、この子たち」

 彼女が現れた時点で、ソフィアは早くも沸騰しかけていたが、今の言葉で赤豹姉妹まで、目がオラつき始めてしまった。

「あン? オメー、先輩に舐めた口聞いてっと、不敬罪で単純労働の刑にすっぞ?」
「ああ……それは止してちょうだい。穴掘ってまた埋めるとか、あれは病むのよ色々と」
「つーか、先輩はおれより強えーぞ?」

 彼女は、驚いた顔で俺に振り返る。そうしてしばらく見つめられていた。

「そんな……嘘でしょう? そんな人間が居て、たまりますか」
「マジもマジ、大マジだ。このおれが、先輩の炎魔術に倒されたんだぜ?」
「えっ!? それって……」

 ヒルデリンガが弾けたように、俺に振り返った瞬間、ロフォカロムが俺に魔力を飛ばした。初めて会った時と同じく、俺の魔力が膨れ上がり、隠蔽いんぺいしていた角が露わになる。

「おいッ! ロフォカロムッ! アルフォンスの正体は伏せろと ─── 」
「大丈夫、大丈夫〜♪ ほらっ」

 そう言って指をパチンと弾くと、ヒルデリンガの首に、紅い炎の輪が現れた。

「奴隷紋……⁉︎」
「そ、やんごとなき事情でさ、こいつとは奴隷契約結んでっから、おれの意思に反することしたら即死☆ てゆーか、それ以前にこいつはさぁ」

 その瞬間、ヒルデリンガの眼が紫色に光ると、着ていたゆったり目の清楚な服が、淫魔のイメージそのままのハードな姿へと早変わりした。

「ヤダ……すっごく、すっごく、おっきい……です(角が)」
「うっ。こいつ、何いってんだ……?」
「まおーさまーっ♡」

─── ビッシィ……

 婚約者連合が動くより速く、俺に飛び掛かろうとしたヒルデリンガの首に、ピンと張った光の鎖が現れる。 『うげぇ』とカエルの潰れるような呻きを上げて、彼女の体がバックドロップ気味に、後方へと叩きつけられた。

「すてい、ステイだぞー? ヒルデリンガ、おめー先輩に手ェ出したら、そこのおねーさんたちに殺されっぞ」
「まおーさまーっ♡ まおーさまーっ♡」
「聞いてねえ……」
「ほら、見ての通り、生粋の魔王さまフェチだかんな♪」
「いや、困る!」

─── 数分後

「アルファード殿下、先ほどは大変お見苦しい醜態を。どうかお許しくださいませ」
「落ち着いてなによりだ。で、君がガイド役になるのか……?」
「もちろん! 喜んで! よしなによしなに!」

 飛びつこうとして、また光の鎖で『ぐえ』ってる。本当に大丈夫なのかこいつ。

「心配ないって先輩。こいつ、おれ以上の『先代魔王派』だから☆ それに先輩の誕生披露式典の時、こいつも先輩に会ってるんだぜ」
「俺の生まれた時?」
「はい! わたくし、あの時にあなた様をお抱きしましたの! あの時から、素質は感じられておりましたが……。これほどの、立派な御姿に……あふぅ」

 どうやら彼女は元々、魔界では有名な人物だったらしい。俺が生まれて数日後、魔王城で開かれたお披露目式典にも呼ばれ、俺を抱っこしてくれたのだそうだ。

「なんだって、そんな有名人の君が、ロフォカロムの奴隷に?」
「……お恥ずかしい話なのですが、借金ですの」
「こいつさぁ、ちょっとヤバい人の吸精しちゃってさぁ。その奥方がマジ切れってね☆ 莫大な慰謝料を吹っかけられてやんのw」
「「「うわぁ……」」」

 彼女はテヘヘと笑い、懐かしそうな顔をして、語り出した。

「あれは恋でしたわ……。それがまさか、世の姿を忍んだ、高貴なお方だったとは。よく調べもせずに、まあ、淫魔としてわたくしの手落ちですわね。でも、その時の慰謝料は完済しましたのよ?」
「それで、なんで奴隷に」
「それは……」
「こいつ、完済するまで、吸精自粛してたらしいんだけどさぁ。よりにもよって、今度はその息子さんを、毒牙にかけてやんの♪」
「「「うわぁ……」」」

 んで、魔界裁判で『単純労働の刑、五カ年』と、完済した慰謝料の倍額が科せられた。

「だって、あの方に似ていたから、かれてしまって。ご子息だと気がついたのは、私兵がなだれ込んで来た時でしたのよ……。枕元にあのお方の奥方様と、ご子息の御婚約者様が、鬼の形相で立ってたのは、今でも夢に見ますわねぇ」
「「「うわぁ……」」」

「その借金を、おれが肩代わり。代わりに奴隷契約して、おれの仕事を色々やってもらってたんだー☆」
「流石に、二度目ともなると、就職先もございませんでしたもので。テヘヘ☆」

 意外なことに、彼女に課せられる仕事には、事細かく料金が設定されていて、結構ちゃんとしているようだった。奴隷契約は、一応逃げないようにと、本人から進んで結んだらしい。

「こー見えて、こいつ『原初の魔性』って、淫魔の始祖みたいな魔物だかんね。闘わせたらバカ強えし、魔界の有力者たちに顔がきくから、役に立つと思うよー☆」
「アルファード殿下、不束者ふつつかものではありますが、末永くよろしくお願いいたしますわ」
「……えっ? ガイドの間だけだよな!?」

 あまりの事に呆然として、我に返ったのは、奴隷契約の連名権利者にされた後だった。ソフィア達が抗議したが、時すでに遅し。彼女がガイド役になる契約が、しっかりと刻まれてしまっていた、その後だった。

 ※ 

 磨かれた黒曜石のような、細く湾曲した角。くしゅくしゅと柔らかくカールした、白に近い白金の長い髪に片目を隠した、薄紫の瞳。露出度の高い衣装は、白い柔肌をより蠱惑的こわくてきに魅せる、黒くつややかな材質。
 まさに男を狂わせ、最期の一滴まで搾り尽くす、サキュバスのイメージそのまま。そのヒルデリンガが、正座してニコニコしながら、ソフィアの説教を聞き流している。

「一週間以内なら、返品可能とかないんですかねぇ」
「まあまあ、ソフィちゃん。わたくし、結構役立ちますのよ? 慌てない慌てない〜♪」

 俺はユニとふたりで、河岸の風景を眺めながら、時折手を振ってくる人々にお返しするしかなかった。

「わぁー、今度は下半身が鹿さんの人なの。ツノも大っきいの」
「獣人とは違うんだろうな。ほんと、魔界は人種に溢れてるよな」
「うん、獣人族じゃないみたい。あ、手を振り返してくれたの♪ おーい」
「あれは、ファウヌ族ですわ。元はかなり神聖な種族でしたけど、四千年前の魔神戦争で、呪いを受けてしまいましたの。魔力をほとんど失って、一時は激減しておりましたわ」
「うおっ⁉︎ ヒルデリンガいつの間に!」

 真後ろで聞こえた声に振り返ったら、唇を奪われそうな至近距離に、彼女の顔があった。

「ヒルデリンガなんて、長ったらしい他人行儀な呼び方は結構ですわ。ヒルデって呼んでくださいまし♡」

 彼女の指先が、俺の胸元をツツっとなぞって、妖艶ようえんな笑みを浮かべる。憂いを帯びた瞳が妖しく光り、俺の目を真っ直ぐに見つめた。

「お、おう。今度からそう呼ぶわ」
「ああっ! ファウヌの人が大変ニャっ!」

 ドボン……ッ

 振り返った直後、河岸でにこやかに手を振っていた、半獣人の男が水柱を上げて落水していた。

「あら……。また失敗かしら? もう少し、出力を上げないとダメなのかしらねぇ?」
「なんの話だ? もしかして、ヒルデが今なにか……」
「ホホホ。なんでもございませんのよ。きっとわたくしに見惚れて、足を滑らせたのでしょう♪ そんなことより、もう一度『ヒルデ』とお呼びになってくださいまし♡」

 また彼女の瞳が光った。

「わっ、お魚さんたちが、すっごい跳ねてるよ! 網、網が欲しいのニャ!」

 バシャバシャバシャ……!

 なんかデカい魚が一斉にジャンプして、船の腹にびたんびたんと、打ち付けていた。

「主人から、アルくんには手を出すなと、言われてたんじゃないんですか? なに【魅了テンターション】使ってんですか、このエロモップ!」
「なんのことですの? それにわたくしからおイタはダメでも、あっくんからだったら、わたくし拒否出来ませんのよ?」
「さっきからアルくんに、連続空振りじゃないですか。ベンチ席にお戻りなさい」
「それなのですわ。なんだって、あのお方には、わたくしの魔力が届かないのか……。嗚呼っ、燃えてしまいますわぁ☆」
「やっぱ【魅了テンダーション】使ってたんじゃないですか! オラッ、神妙になさいエロモップ! 修正して差し上げます‼︎」

 ソフィアに引きずられて、ヒルデがまた向こうに連れて行かれた。魚とファウヌ族の男は、船を泳いで追っていたが、やがて置いて行かれた。

「うん? アル様どうかしたの?」

 うわぁ。ユニ、こうして改めて見ると、やっぱクソ可愛いなちくしょう。あれ? ユニってこんなに唇ツヤツヤだったっけ? あれれ? ユニって、こんなにメリハリのきいた体だったっけ!

「アル様ぁ?」
「んなっ! ふぐっ、な、なんでもない!」

 ヤバい。ずっと耐えてたけど、実はヒルデの【魅了】と【催淫】は、下半身に直撃だッ!

 だいたい、なんなのあの胸、ゲル状なの? なんで仕草が一々えろいのあの人!
 あ、サキュバスだからか。いや、解決になってねーぞ⁉︎ だいぶ混乱してるな俺……。

「ん、オニイチャ。ティフォが、鎮めてアゲよっか?」
「ぬぐっ、ティフォ、今俺の前に立つな……! おねがい、立たないで……?」

 あれ? でもなんか、ティフォを見て、大人ティフォ思い出したら、落ち着いて来たぞ? あー、アレの方が格段にヤバいもんな。ティフォに【魅了】使われたら、俺、即オチじゃねえか。

「ん、そーいうのは、しないよ? オニイチャがオッケーになるまでは、がまんする」
「し、思考を読むなッ! ん? 『なるまでは』って事は……。つ、つまり、そうなった時は……?」
「もう、オニイチャなら、どうにだってヘベレケ」

 そう言って、悪戯っぽく舌を出して笑うティフォも、少し頰が紅い。あ、これはこれでヤバい……!

「ロジオン、俺ちょっと船体で寝て来るわ」
「船酔いか? ほれ、乾燥ハーブだ、これでも噛んで休んどけ。まだ先は長いからな」

─── 『世の中に、男しか居なければ、男は神の如き生活をしただろう』

 そんな詩を読んだ事があったけど、今の煩悩バンバンな俺は、痛い程よくわかる。『可愛い』は、恐ろしい。

 ※ ※ ※

 フォカロムから進んだ船は、ヴィニル運河へと無事合流。あまりにも河幅が広くて、最初は海かと思ったくらいだった。流れは非常に穏やかで、ただ静かに景色だけが流れて行く、雄大なヴィニルの姿。

 その遠く河岸に見える景色は、人界と大きく違うわけではないのに、異国情緒を感じるものがある。ただ、広い河を挟んで、両側に延々と続く、牧歌的な風景はすぐに飽きてしまった。大河ヴィニルは、時折大きな氾濫を起こすため、この辺りの河べりに民家は皆無だ。やや濁った薄緑色の河と、両岸の緑、上に広がる青い空だけが、延々と続くのだから仕方がない。
 そんな中、エリンから合成魔術の術式のコツを聞かれ、教える事にした。

「ああ、そっか! なるほど、なるほどだわアル様! だから合成魔術のつづりは、魔術発動の順番とは違うのね!」
「そうそう。発動の順番に唱えて行くんじゃなくて、必要な術式を並べてから、それぞれに順番を刻んでおくんだよ。そうじゃないと、下地に必要な魔術が不安定になりやすいからな」

 エリンは、ソフィアとティフォ、そして夜に現れるローゼンオオコウモリから、術式の基本を教わっている。魔術印の新技法【従動解放リンク】を編み出して以来、彼女は黙々と新らしい魔術印の研究を続けていた。

 銀細工を得意とする、元々器用な赤豹族だけあって、緻密な術式の設計が合っていたようだ。ただ、魔術の合成となると、独特な組み立て方があって、そこにつまずいていた。

 俺も合成魔術の術式は、アーシェ婆道場と、セラ婆道場のふたつで挫折しかけたからな。この辺りの知識は、かなり自信がある。ソフィア達の『術式講座』を受けていた彼女は、乾いた砂のように、あっという間に知識を飲み込んでいた。

「ああ、あーあー、ホントだ! 見て見てアル様ッ! あははっ、ほらすごい☆」

 エリンが大はしゃぎで、河の水面に稲妻の嵐を起こしたり、発生させた霧を爆発に変換させている。普段寡黙なエリンが、ピョコピョコ跳ねながら、合成魔術を連発してる。うーん、こういう表情も新鮮だなぁと、思わず感じ入ってしまうが、水面には気絶した大量の魚が浮いていた。

「やった! やったぁ〜っ! これでまた強くなれるにゃん☆」
「わっ、お姉ちゃんすごいニャ‼︎ 後でユニにも教えるニャ⁉︎」
「すごいですエリンちゃん! まだ魔術講座はじめて十日くらいですよ⁉︎ もうそこらの国の魔術師団くらい、一瞬で血だるまじゃないですかコレ!」
「ホントっ⁉︎ そ、そうかにゃあ〜☆ えへへ、ソフィと皆んなのおかげにゃ♪」

 最近、エリンもユニも、語尾の猫っぽさをあまり抑えなくなっている。『否定派』を恐れぬ、自信がついて来たとみて良いのだろうか。今更ながら『猫耳、しっぽ、語尾のにゃあ』の三大要素が、俺の中で静かにヒットしていた。

 くそう、ヒルデの淫魔魅了セットに、俺の心が揺れやすくなっているのか⁉︎ はしゃぎ回る彼女の尻尾に、目を奪われそうになるのをこらえ、空を仰ぎ見るしかなかった。

 ロジオンが近づいて来て、エリンに教えた内容を、レポートにしろと言う。てっきり、彼も合成魔術に、興味を惹かれたのかと思いきや『ノウハウ本でギルドの収益にする』と金の匂いを漂わせていた。

 そんなこんなで、ヴィニル運河の旅は、のんびりと続いていく ─── 。

 ※ 

「よーう! お疲れさん、魔物多くて大変だったろーっ?」

 河の上に広がる都市に着いた。その入口となる巨大な水門は、上がっている扉体ひたいと、下がったままの柵の二重構造だ。これ程に大きな水門は今までに見た事がない。思わず見上げていたら、水門の上の監視塔から、軽鎧姿の魔人族の男が大声で話しかけて来た。

「いーや、特に戦闘にもならなかったぞ! この辺は、最近荒れてるのかーっ?」
「下流はここ数日、落ち着いてんなぁーっ! 街抜けてくつもりなら、上流は気をつけろよーっ! 街には滞在かーっ? 通過かーっ?」
「滞在だーっ!」
「んならなぁーっ、今、柵開けっから、ちっと進んだ先の、船着場まで進めー! 『水の都セパル』によーこそーっ♪」

 重苦しい音がして、下がっていた鉄の巨大な柵が、引き揚げられていく。

「……物々しい設備だな」
「セパルの暮らしは、水害と水棲魔獣との、闘いなのですわ。潮の満ち引きで水位が上がったり、海嘯かいしょうが起こる時は、水門を閉じますの。水棲魔獣が発生した時は、柵で侵入を防ぐ、そんな感じですわね」
「海嘯?」
「海の水位が上がった時、河が逆流する現象ですわ。まあ、一般的にはその認識でイイのですけどね。このセィパルネ魔侯爵領では、ちょっとまた意味合いが、変わってたりもしますわね」

 水門の柵が開き切ると、係員が小さなボートで誘導をしてくれる。水門の先には、位置をずらして、もう一つ水門が設けられていた。セパルの防壁は、三重になっているらしい。

 そのどれもが、街に使われている灰色の素材『ヒード凝固土』のようだが、所々に強度を上げる巨大な支柱のような構造が設けられている。ヒルデ曰く、ヒード凝固土の材質も、見た目は同じだが補助剤で補強された、特別製なのだそうだ。

「「「 ─── ‼︎」」」

 最後の水門を抜けた時、俺達は思わず息を飲んだ。白で統一された、高い建造物が建ち並ぶ、水面から生えたような都市。建物には角がなく、河の流れに対して沿うように歪んだ、薄い楕円の構造になっている。その流線的な建物で構築された白い街には、最も高い場所から、下に向かって水が流れ落ちていた。

「不思議な光景でしょう? 初めて見る方は、皆さん驚きますわ。この街は時折、とても大きな海嘯が起きますのよ。その時、水圧を逃すように、ああして平べったい構造にしているそうですの」
「……あんな高いとこまで、波が来るってことなの?」
「ええ。まあ、滅多に起きないんですけど、起きてしまうと、少なくともあの高さまでは、到達しますわね」
「でも、あれだけ高いと、フォカロムとかも危なくないの?」
「ここだけですわ。ここで起こる海嘯は、特殊ですの」

 そんな事を聞いてるうちに、船着場に到着して、水の都セパルに上陸した。近づいて来た業者に金を支払うと、水龍は船から外され、預かり場へと連れて行かれた。滞在する期間、水龍の世話をしてくれるらしい。

 次の街は陸路になるから、水龍はどうするのかと聞いたら、自分でフォカロムまで帰ってくれると言う。他の龍種も、これくらい協力関係を作れたらいいのになと、感心してしまった。

「せっかくですもの、この街をゆっくり楽しまれてはいかがです? わたくし、先にセィパルネ閣下に、接見の申し入れしておきますわよ」

 流石はロフォカロム推薦のガイドだ。街での注意点と、合流場所の説明をささっと済ませ、ヒルデは街中へと消えて行った。

「オレも顔を出しておきたい所がある。後で合流場所には行くが、遅くなるようだったら、先に宿に行っててくれ。なんかあったら、念話で頼む」

 そう言って、ロジオンも何処かへ行ってしまった。何処かで休憩するかと、婚約者連合に尋ねたが、それよりも街を見て回りたいと声を揃えて言う。俺達五人は、ヒルデが勧めてくれた移動手段で、観光する事にした。

「おや、初めて見る種族だねぇ! 移動ならウチのゴンドラにしときなよ、腕の良い船頭そろえてるぜ! え? ヒルデリンガ嬢の連れだって⁉︎ がはははっ、ならウチで決まりだ、任せておけって」

 セパル内は道が細く入り組んでいて、初心者は直ぐに迷子になると言う。また、高低差が激しく、階段や坂が多いため、人々はゴンドラと呼ばれる船を利用するそうだ。街中に張り巡らされた水路には、そこかしこにゴンドラの営業所が、軒を連ねていた。

「観光かい? まとめて乗ってくれるんだったら、お安くしとくよ! 本当ならひとり五千ギリムだけど、五人で二万ギリムだ。どうだい?」

 『ギリム』は魔界の通貨だ。五千ギリムだと、人界でいう銀貨一枚って所だろう。(※銀貨一枚=約五千円、1ギリム=1円)

「ああ、ぜひ頼むよ。ん……と、これが二枚だな」
「あいよっ! そんじゃあ、そっちのゴンドラに乗ってくれ。今船頭を呼んでくる」

 魔界に来て驚いた事のひとつは、普及している通貨に、紙幣と呼ばれる紙の通貨があった事だ。それも、千ギリム、五千ギリム、一万ギリム、十万ギリムと、大きな額でまとまっている。聞いた時は驚いたが、紙幣を見て、すぐに納得もした。
 紙の質もそうだが、印刷技術と偽造防止の術式に、とんでもなく高度な技術が使われている。これなら嵩張かさばらないし、釣銭も複雑にならずに済む。

 人界でも、一時実験的に取り入れた国があったが、紙幣の偽造が相次いで断念したらしい。まあ、良心の問題と言うよりは、偽造防止の為の技術が追いついていない事が原因だろう。

「へえ〜、ゴンドラって、水龍がモチーフなんですかね♪」

 ソフィアが楽しげに言って、目の前に繋がれた、細長く反り返った、笹舟のようなボートに乗り込んだ。基本は二〜三人乗りのゴンドラばかりだが、指定されたものは、五人で乗ってもゆったりな大きさのものだった。

「おまっとさん。美しいセパルの街並みに見惚れて、落っこちなさんなよ〜! そんじゃ、いってらっしゃ〜い」

 ゴンドラの前と後ろに、長いオールを持った、船頭がふたり乗り込んだ。黒いローブのような、丈の長い衣装を着て、頭には道化師のような、きらびやかな装飾のついた帽子。顔には目元を覆う仮面を着けている。

「 ─── ようこそ、水の都セパルへ。いくら美しい人を見つけても、身を乗り出さないようお気をつけ下さい。濡らすのは枕だけで、ご満足いただきますよう……。では、ご案内いたしましょう」

 滑らかな口上に、キザったらしくも、ユーモアのある所作。

 そして、ゴンドラは口上以上に、スルスルと滑らかに進み出した ───。

作者のつぶやき

川を船で進む経験は、浅草の屋形船くらいしかないのです。

船ではないし、用水路だけどゴムボートはあります。
小学生の頃、近くの用水路にバカでかい雷魚がいて、なんとか釣ろうとしたけど食いつかず。
網も届かない深さでした。

ない頭で必死に考えたのは『家の物置にゴムボートあったじゃん! あれに乗って網で捕まえればいいんだ!』でした。

物置からゴムボートを引っ張り出したのはよいが、脚でピコピコ踏む空気入れが見当たらず。
用水路脇で必死に口で空気を入れるも、苦しいのなんの。
『パンパンにしなくてもイケるだろ!』
って妙な男気が出ましてな。

ゴムボートを用水路に下ろし、上から慎重にそこへ着地する。
はずだったんですけどねぇ……。

空気圧が足りずに、ボートはくの字になり沈没。
緑がかった黒いヘドロに腰までハマり、ボートは流されて回収不能。

なんとか水路の端の水門まで、死にかけながら進み、水門のレールをヘドロで何度も滑りながら脱出しました。
今思うと死んでもおかしくなかったんだよなぁと。

子どもの行動力と、思いつきは死と背中合わせなんだなと思います。

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