Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十一章 聖教戦争
第十話 ギルド
あらすじを見る
『門』により、
北部州の主要な都市を占領されたアケル。
しかし、アルフォンスたちにより、
各都市の帝国軍は敗走した。
アルファードの意思により、
殺意が高揚しているアルフォンスは、
その意思のままに北部州首都ペリステムを奪還する。
熱狂するアケルの民、
しかし、そこに中央部州セルベアードに駐留しているガストンが、
『色なき者たち』と交戦中だとの救援要請が入った。
夜の闇が滲む。中央部州首都セルべアードの片隅、その空が夜空の深みを失って、漆黒の闇へと覆われていた。夜空と建物の境界線は、黒く滲んで夜闇に侵食されようとしている 。
「 ─── 【光子崩壊】ッ!」
レオノラの体が光属性の相に包まれた瞬間、迫り来る灰色の一団の中央に、光の粒子が集中し、凄絶な爆発を起こした。地面が薄っすらと赤熱する程の熱量、しかし、レオノラの魔術制御は、こちらには何の被害もないように囲い込まれていた。
直後、彼女はフラついて片膝を地に付き、血混じりの咳をする。深い藍色の髪に隠れた顔から、汗がポタポタと流れ落ち、地面に染み込んだ。
「レオノラさん! 魔力使い過ぎだ、ちょっと休んでて下さいッ‼︎」
「フフ、何を言いますか……ゲホッ! この程度で倒れる程、主人様から頂いた生命は薄くはありませんよ。それに今のでもダメージはほとんど通っていないようです……」
「「「 ─── ッ‼︎」」」
光魔術の爆発で起きた、土煙と光の粒子の氾濫が薄れてくると、そこには動きを止めつつも、ほぼ無傷な状態まで回復している姿が立ち並んでいた。
─── 『色無き者たち』
かつて十五年近く前に、キュルキセル地方に現れたとされる謎の存在。人種や性別、服装の年代や装備もバラバラで、共通しているのは全てが灰色一色の表情を持たぬ者達である。
突如街の片隅に現れた『色無き者たち』数十体に、ギルド周辺にいた上級冒険者達と、獣人達が対峙していた。
「剣も魔術もほとんど効かない! 一体どうすれば⁉︎」
「魔術付与もいくつか試してみたけどよ、爪が立たねえ。奴らの体の表面で、術が滑ってるみてぇだ!」
肉厚の片手剣を構えた冒険者が、刃こぼれを起こした刃先を見て呟くと、隣に居た獣人も忌々し気に吐き捨てる。その後ろで膝をついていたレオノラは、鞄から魔力回復薬の小瓶を取り出して、一気にあおった。
「魔物の類いかと、光属性で攻めてみましたが、全く効いていませんね。むしろ、彼らも同属性かも知れません」
「ひ、光属性の……魔物ですか⁉︎」
「光属性の魔物など、まず耳にした事はないですよね。それに、あれが魔物かどうかすら分かりません。最初に打ち込んだ炎属性や風属性の魔術の方が、多少食い込んではいました……。でも、その傷も一瞬で再生してしまう」
色無き者達は、動きこそ普通の人間と同様で、武器を振るう技術もお粗末なものであった。いや、正しくは戦闘技術は、見た目の通りであり、単なる町人風の者は大振りで、剣士や軍人風の者はその通りの技術を持っている。
単に今の所、前線に立って攻撃してくる者達の割合に、戦向きでないタイプの者が多いというだけであろう。
しかし、こちらからの攻撃は、その全てに対して有効ではなかった。冒険者達の武器も、獣人達の魔術付与した爪も、そして攻撃魔術のほとんどが致命傷を与えられない。
見た目には服を着ているが、その服も肌も、まるで天然石であるかのような強度と、魔術を受けてもビクともしない耐魔性能。そして、瞬時に傷が消え去る再生力を持ち合わせていた。
ひとつ救いがあるとすれば、相手の判断力や思考力が鈍く、ただ前進しながら攻撃を繰り返してくる愚鈍な行動ばかりであるという事だろうか。
「ああ、こんな時くらいは活躍して欲しいのに、肝心な時にギルマスはああだしな……!」
冒険者のひとりが、苛立たしそうにチラリと視線を向けた先には、ゲッコー族の魔法戦士タイロンに守られているガストンの姿があった。当初意気揚々と現れたガストンは、普段は見せる事のない、正統派騎士剣術をベースにした、元S級冒険の剣士としての実力を遺憾無く発揮して見せた。
しかし、他のメンバーの士気を上げたのも束の間、彼は急に目眩を訴え、倒れこそしないものの棒立ちになり反応すら鈍くなってしまった。今は戦士タイロンに守られる、ただのお荷物さんである。
「ぐッ! ガストン……動けそうか……?」
「…………ああ」
その返事を耳にして、タイロンは更に肉体強化に魔力を注ぎ、闘気を循環させた。
彼は立ち尽くして以来、ずっとこの調子である。魔術印の有効性に最初に気が付き、類稀な棒術のセンスから、魔法戦士として大成しつつあるタイロンでも、魔術の効かぬ敵に手を出しあぐねていた。
今は彼の武器である、身長より少し長めの棒『棍』に闘気を乗せ、致命傷を与え切れずとも足止めだけはしている。
「しかし、なんだってあの大将が、あんなんなっちまったんだ? 人間って皆んなあーなのかい?」
「戦闘中にスッとぼける種族なんざ、居てたまるかよ。あの人は普段はおちゃらけてっけど、やる時ぁやる人なんだがな。長年のデスクワークから、いきなり動いて、プッツン来ちまったんじゃねえだろうな?」
獣人と冒険者がそう言いながら、色無き者達の愚直な攻撃に押し負けそうになりながらも、市街地への侵攻を誘導して止めている。その後ろで魔力を回復し終えたレオノラだけは、そんなガストンの姿に目を見張っていた。
「(何でしょう……? あのギルマスからどんどん圧力が高まって行くのを感じる)」
「 ─── ぐぁッ‼︎」
その時、タイロンがガストンを庇い切れずに、死角から突き出された長剣を、脇腹に受けた。膝が落ちかけるのを耐え、むしろ踏み込んで風を纏った棍を振り抜いて、周囲に集まった色無き者達の足をまとめてすくい上げて倒す。
「「「タイロンッ⁉︎」」」
「……グッ、うあっ! だ、大丈夫だ……こちらを気にする……な‼︎」
脇腹から血をパタパタと流しながらも、タイロンはガストンを肩に背負い、自ら作り出したスキをついて距離を取る。
「ハァッ……ハァッ……(おかしい。コイツらもしかして!)」
「大丈夫かタイロン! ギルマスは俺に任せろ、お前は一旦引けッ‼︎」
「……クッ、大丈夫……だ。それより……何故か、ガストンが……狙われてる。
それと、今、体に受けて分かった。こいつら、光属性に近いが……光属性じゃ、ない。属性が……無い!」
「「「 ─── ‼︎」」」
人界では、誰もが特定の魔術属性を持って生まれると教えられている。大抵はその属性に合った守護神と、成人の儀で契約が結ばれ、その一生を同じ属性で過ごすからである。しかし、それは術式の感覚的な捉え方が、生まれつき得意不得意があるだけで、縛られているものではない。
単に感覚的に理解しやすい属性に、人の魔力が偏りやすいという事である。
アルフォンスから伝えられた魔術の知識を得た者達にとって、それは最初に驚愕する事実であった。ここに集まる者達も同様で、すでに属性についての知識は持っている。
しかし、なんら偏りを持たず、属性が確定していない存在は見た事がなかったのだ。
火には水、水には土、土には風、風には火。光には闇、闇には光。この属性の有効な相関関係は、世界のあらゆる生命や土地に当てはまり、常識となっているものである。
タイロンが腹部を突き刺された瞬間、己の魔力と交錯した属性を感じ取った結果がソレであると言う事は、ほぼ間違いはない。
その時、愕然とする戦士達の横で、白い光が生じ、中からふたりの白いシルエットが浮かんだ。
「お待たせッ!」
「皆んな無事かい⁉︎」
リックとミリィ、そのふたりの出現にバグナス出身の冒険者達は安堵した。アルフォンスが旅に出た後、メキメキと頭角を現し、A級冒険者にのし上がったバグナスのエースである。
「リック、ミリィ! 総督府の方は大丈夫なのかッ⁉︎ あそこが陥落したらアケルは終わりだぞ‼︎」
「大丈夫! あっちには今、すっごい魔術師が来てくれてる。あれなら心配なんかいらない。それよりもこっちだ、何なんだこの灰色の連中は……⁉︎」
リックが白銀の杖を構え、魔力を高めながら早口でそう言うと、レオノラが答えた。
「これが帝国の手なのか、この戦争に関係があるのかすら分かりません。ただ、これまで試した結果は、武器や打撃は効果無し、魔術はほとんど効かず、特に光属性の魔術は効果が薄いようです」
「さっきタイロンが言ってたんだ、こいつら属性が無えんだとよ‼︎ どうすりゃいい? ちょっとやそこらの傷じゃ直ぐに回復されちまう」
「物理的な攻撃は効かない。魔術もだめ。属性が無確定で弱点なし……か」
考え込むリックを他所に、準備運動もそこそこ、ミリィが闘気全開で灰色の群れに飛び込んだ。
「お、おい! 引けミリィ! リックの作戦を……!」
ボキャ……ッ‼︎
腰に刺したふた振りの肉厚な小剣は使わず、両手にはめた鋼鉄の手甲で、ミリィの渾身の右ストレートが一体の色無き者のあごを砕いた。その場を見ていた全員が、あんぐりと口を開けて立ち尽くす。
そんな事は全くお構い無しに、ミリィは拳を引く腰の動きに乗せて、反対の拳を握りしめて振り下ろした。それは鎖骨部分を叩き折り、衝撃と押し込む勢いで、尻餅を突かせる。
ミリィの二連撃が、今始めて色無き者の膝を、地に着かせる事に成功した 。
「なッ! み、ミリィ、今どうやってそれを……っ⁉︎」
目前に踏み込んで来た新手の一体に前蹴りを入れ、彼女はその反動で大きく後方に飛び、リック達のいる後衛に降り立つ。
「うんとね、多分『魔鋼亀』と同じだよ!」
「「「 ─── ⁉︎」」」
「ちょっと待って! ミリィ、そんなのと闘った事あるの⁉︎ それ特A級の魔物でしょ!」
「うん。山にいっぱい居たけど……?」
「あ、マスラ連山でか!」
ミリィがリックに追い付くべく、山籠りをした北マスラ国のマスラ連山は、大型の魔物や魔獣の闊歩する人界屈指の危険地帯である。彼らの言う魔鋼亀とは、甲羅と表皮に魔鋼とよく似た、魔力を帯びやすい性質の角質を持つ魔物。
その性質を利用して、表面に硬質化させた極小の魔力の粒を回転させ、あらゆる武器、魔術を無効にするとされる厄介な亀である。
「あれ硬いからさ、最初は闘気で固めた剣で戦ってたけど、効かなくってね〜。じゃあ真似しちゃえって、わたしも魔力を固めて殴る事にしたんだよ♪ 剣士目指してたけど、わたし、無手の武闘家の方が向いてたみたい☆」
「うん! 武闘家もイイよねミリィ! ただ多分ね、今大事なのはそこじゃないんじゃかなぁ。やっぱすごいよミリィは! 皆んな、今から肉体強化をいくつか掛けるよ、直ぐ終わるから防御に徹して! 感覚の変化でスキが出来ちゃうからね!」
「「「おうッ‼︎」」」
※ ※ ※
─── 北部州首都ペリステム、ガストン達が色無き者達と戦闘を始めた直後
アネッサからの連絡を受け、俺は直ぐに念話でソフィア達を集め、これからガストン達を助けに南部州セルべアードに向かう事を話した。『色無き者たち』の名前が出た途端に、ソフィアの顔が明らかに難しそうな表情になる。
「ソフィ、色無き者達たちって、もしかして前に言ってた……アレか?」
「はい、まだアルくんと契約する前の、私とアルくんを狙って来た、謎の生命体です……」
「そ、それってラミリアが言ってた『追っ手』ってヤツだよな⁉︎ それから俺を守る為に、ラミリアは俺に隠蔽の呪いを掛けたって……」
プラグマゥと闘った後、俺の五歳前の記憶が無いと言う話から、ソフィアは俺の記憶以前の性格だとか、その時、その現れた謎の生命体について少しだけ教えてくれた事があった。
義父さんですら苦戦した、当時のソフィアでは歯が立たなかったと言う『色無き者たち』。初めてラミリアと会ったシノンカ遺跡でも、ラミリアは俺の生まれる前から『ずっと隠れてた』存在が居て、その手下が俺の生まれる前から動いてたと。
その追っ手は、当時のソフィアじゃあ手に負えないから、俺に隠蔽の神言を忍び込ませて守ってくれたのだが、ソフィアからも俺の気配がつかめなくなったと言ってた……。
「はい。当時、私やアルくんだけでなく、近づいた人間にも手を出した為、ギルドにも記録が残っていますね。あれにはアルくんとの契約をしたばかりで、成人の儀を迎える前の私ではどうにも出来ませんでした」
「そ、そんな強いのか。だって、義父さんが苦戦してたって前に言ってたもんな」
「ああ、いえ。今の私やアルくんなら問題ないと思いますよ。彼らは頭悪いですし、愚直に襲いかかるだけですから。ただ、表面の強度と再生能力がベラボーに高いんですよ。弱点を完全に潰さない限りは、何度だって起き上がります」
ああ、聞くだに面倒くさそうな……。
義父さんでも苦戦した相手、今の俺にどこまで闘えるのだろうか。と、その時にわかにホールの方がさわがしくなった。
「大変だーッ‼︎」
そう叫ぶ声が聞こえて、俺達はそこへ急いだ。
ホールでは、すでに報告を聞いたらしい、獣人達はオロオロとして辺りを右往左往している。
「どうしたんだ?」
「ああ、会長! 済まねえ、せっかくの戦勝会だってのに! 総督府が、大統領のいる総督府に、今さっき『門』が……! それも今までなんて比べもんにならねえ数の、正規兵の帝国軍が来たってんだッ‼︎」
「総督府は北部州寄りにあるっていっても、ここからじゃどうしたって時間が掛かる! おれらが走っていっても、着く頃には……」
ジクっと胸の奥に熱が走る。
分かってるよ、分かってる。そう言い聞かせるように、胸に手を当てて、心のざわつきを押さえた。
獣人族は誇り高い種族だ。今もこうして、騒ぎはしても俺に行けとは言わないし、発想にもないのかも知れない。
だが、今の俺には ─── 。
「済まないな、実は今、ギルドの ─── 」
「アル、私が行くよ!」
スタルジャが突然手を上げて微笑んだ。努めて明るくしようと、頰が少し固い。
「それなら……あたしも! 」
「エリンはダメだよ。エリンとユニには、私に出来ない魔術の先端技術がある。よく分からない相手がセルべアードに来てて、ガストンさんたちが危ないの。だからそっちにはソフィもティフォも、技の幅が広い人が行ってあげて! 私はみんなが安心して闘えるように、後ろを守る……!」
「でもスタ! ひとりじゃ危ないの! またスタが大変な目にあったりしたら、私……」
不安そうに瞳を揺らがせるユニの肩に両手を置き、スタルジャは微笑んだ。
「ふふ、大丈夫だよユニ。ありがと。でもね、今の私は前の私じゃない。私は絶対に死なない。みんなが幸せになれることだけ考える。そこに私の犠牲は最善じゃない、だから安心して絶対みんなで笑お♪」
スタルジャは本当に自分の道を見つけたんだな。こんなにも心が落ち着く説得なんて、嘘や詭弁じゃ吐けないよな。
さっきもらった彼女の決意、俺が信じなくてどうするんだ。
「タージャ、頼む。総督府は君に任せた」
「あ、アル様……⁉︎」
「へへっ♪ さっすが私の魔王さま。分かってらっしゃる〜☆ 絶対に生きて帰るから安心して、だからみんなも無事に私を迎えて!」
最後まで不安そうにしていたユニも、スタルジャの意思の前に頷いた。
「今、アケルに必要なのは、安心して経済を伸ばせる基盤だ。いや、どこの世界だってもう、王だの貴族だの言ってる時代じゃないのかも知れない。そう言う時代に必要なのは、ギルドみたいな、誰にでも生きる基盤と希望を与える組織だと思う。このマールダーの南にギルドは必要だ。そして、それはガストンがあっての話だ」
だからこそ、今ここで獣人達の前で、俺は宣言しよう。
「俺はこのアケルの未来のために、アケルギルドを助けに行く。この国の戦士達が、この国の舵である総督府を守り切る事を信じて、うちの最強の精霊術師をアケルに預ける!」
※ ※ ※
─── 再び、中央部州セルべアード市街地
「うらあッ‼︎」
冒険者のひとりが、遠心力と体重をフルに乗せ、青白く光る大剣で灰色の剣士の首元に、その刃を打ち込んだ。
相手は声を発さない。そのまま胸元まで食い込ませ、抜けなくなった大剣を握り締め、灰色の体を蹴って引き抜く。
リックの付与した属性無き魔力の塊は、色無き者達への攻撃を有効にしていた。
「どうだ、少しは減ったか!」
必殺の打ち込みを終えて、意気揚々と振り返った先には、未だ押し寄せる灰色の人々を斬り、殴り、抉る仲間の姿が飛び込んだ。
「……なんでだ……なんで減らねぇ?」
そう呟いて、思わず膝が落ちそうになるのを、隣の獣人が背中で支えた。
「おい、気を抜くな。気持ちは分かるけどよ。
ホレ落ち着いてよく見てみろ ─── 」
「うっ! 起き上がってる……のか!」
「ああ、そうだ。さっきから普通の生き物なら、何度だって死なせてる。だが、やつらは起き上るんだ。減ってねえんだよ、イヤになるよなぁ……」
やっとダメージを与えられるようになったと思っても、しばらくの時を置いて起き上がる。その会話は、もう誰もが感じている、静かな絶望だった。
必死でこなした仕事が、数分後に無駄であったと気がつくものの、それを止める事が許されない、生産性の無い作業は一気に人の心を崩す。誰にも認められない事を、人は誰も進んでは出来ないものである。
その後ろに、本来あった『この街を守る』という大義名分を、いつまでも覚えておけるだけの精神性が必要になるのだ。しかし、人はそれ程、強くは無い。いつまで頑張ればいいのか分からない、あやふやな目標に、誰もが潰れかけたその時だった。
「 ─── おい、ちょっと俺から離れろ」
ゆらりと立つ巨躯、撫で付けた沈んだ色のブラウンの髪、表情を隠し、余裕を感じさせる豊かな口髭。握り締めたミスリル製の長剣は、その無骨な見た目に反し、繊細な装飾と今は亡き国の紋章が煌めく優雅な拵え。
その低くしゃがれた声に、誰もが無意識のままに従ってしまう。それは今彼が纏っている黄金色のオーラの神々しさとは関係がない。数々の冒険者達の素質を見抜き、その力と現状に見合った最適な指示を、真正面から向かい合い提案して来た男の発する言葉。その響きにどれだけの者が、正しき道を歩んで来た事だろう。
ギルドのマスターたる、最適な要員。
ある者は心折れ、ある者は武器を破損し、ある者は魔力切れを起こしているこの現状に、この男の声は大きなものではなかったのにも関わらず胸に響いた。
ジャキッ!
胸の前で両手を合わせて柄を握り、天にその剣先を立てる騎士の刀礼。瞬間、ガストンの体から神気にも似た、光属性のオーラが爆発的に膨れ上がった。その光景に見惚れる戦士達とは対照に、色無き者達は一斉にガストンへと振り向き、襲い掛かる。
真っ先に飛び出して来たのは、中央南部系の古い軽鎧姿の剣士風の男だった。コンパクトに振り下ろすその剣先が、ガストンの首元へと迫った瞬間、ミスリル製の長剣を跳ね上げて受け止める。
ギィン……ッ! ヒュバッ‼︎
剣と剣がぶつかり合ったその瞬間、ガストンの剣は反動を利用して引き戻され、剣を回すようにして剣士風の男の脳天へと振り下ろす。シャグッと砂を突くような音を立て、剣士は兜の頂点から鳩尾の辺りまで、真っ直ぐに切り裂かれた。
胸部から先、ふたつに分かれた頭部の中程で、水晶のような形の何かが砕け、黒い霧となって消える。次の瞬間、体の色を取り戻した剣士は、地面に崩れ落ちた。
剣士の最期を一瞬だけ確認した直後、ガストンは大きく横へ踏み込み、腰の捻りを乗せた片手のバックハンドで横一線に振り切る。そのコースは、やや斜め上に振られていたものの、近くに迫っていた数体の色無き者達の眉間の高さを正確に通っていた。
本来騎士の使う長剣の類いは、切れ味と言うより、叩き斬る鈍器のような扱いをするものである。
卵を割るような音がいくつも重なった直後、切り離された額から上が、その剣圧に破裂して辺りに撒き散らされた。倒れたのは四体、そのどれもが色を取り戻し、地に倒れこむ。
最初に斬られた剣士風の者は、急速に干からび、ボロボロに朽ちた装備品を残し、塵となって霧散してしまった。
一瞬静まり返った後、色無き者達は再び、ガストンへと殺到を始める。ガストンの背後で、今の光景に目を見開いていた冒険者と獣人達は、己の中に滾り出す高揚感に震えていた。
「見極めたぜ、弱点は眉間の奥だ! オラッぼさっとしてねえで、オメーラもちったぁ手伝えッ‼︎」
さっきまで惚けて足を引っ張ったのは誰なのかと、何人かが同時に思い浮かべたが、それもすぐに笑顔へと変わった。
折れかけていた心は、今急速に充実しながら、その士気は誰もが感じた事のない高さへと高められていた。
※ ※ ※
─── 一方、中央部州北部、アケル総督府
複数同時に現れた『門』から、今までで最大規模の帝国兵の出現が起きた。
その数は七万を超え、総督府近くに駐在していた人獣連合のアケル軍一万は、敵兵の規模を正確に把握する事も出来ぬまま、絶望的な防衛戦を強いられていた。
北部州に集中して起きた帝国軍の出現に、多くの人手をそちらに割いてしまっていたのは、これまでの帝国兵の戦力が低く、甘く見積もってしまったからである。帝国の目論見通り、ハリボテの外国人部隊の闘いに慣れ切ったアケル軍は、帝国正規軍の圧倒的な力に舌を巻いていた
各種効果を付与された白銀の鎧には、剣が通り難く、魔術もその効果を低減される。
アケル軍はひとりひとりの戦力が高いものの、二年前に刷新されたばかりで、軍としての熟練度が低く、所々で混乱を始めていた。対して帝国軍の指揮系統は、完璧に行き渡り、戦術と画一的な武力とが、緻密かつ正確に稼働している。
じわじわと押され始めたアケル軍は、せめて総督府にいるパジャル大統領脱出の機会を得るまではと、苦しい戦いを強いられていた。 『援軍さえ来れば、地形的には挟撃が可能なはずだったのに』。相手の戦力を見誤った事への後悔は、今確実に士気の低下を招こうとしている。
総督府は近代的な街造りと、他国からの侵略を想定していなかったため、決して強固とは言えなかった。辛うじて複数本の大通りで区分けされた街の造りが、帝国軍の広範囲での包囲を妨げてはいる。
それも時間の問題だろう。少しずつ通りを押さえていた前線が押され、圧倒的な物量の前に一気に崩れ出すのも目前かと思われた。
─── その時、空に白い光が現れ、ゆっくりと総督府正門前の広場に降り立った
敵か、それとも援軍かと、浮かび上がるシルエットに瞠目するアケル軍指揮官達は、激しい緊張と共に構えている。
姿を現した少女の姿に、思わず見惚れ言葉を失うも、軍関係者のひとりが少女に問うた。
「あなたは何処の者かッ!」
「私はスタルジャ。アルフォンス・ゴールマインと運命を共にする者」
「た、大変失礼致しましたッ! アルフォンス様のご身内の方でしたか! あなたが来られたという事は、援軍もやって来るという事ですかッ⁉︎」
「ううん。援軍は私ひとりだよ」
その場の者達は、落胆の色が隠せずにいた。目の前の少女は、十八やそこらの風貌をした少女である。耳の形からしてエルフである事は間違いないが、帝国兵の耐魔術装備の性能は高く、如何に魔術に聡いとされるエルフでも、たったひとり来た所で何が変わるわけでもない。誰もがそう思っていた。
「ごめんね、次を急いでるの。お話よりも先に、ちょっと帝国の人たち片付けて来るね!」
そう言った次の瞬間には、もうそこに少女の姿はなかった。その内、軍部のひとりが『あっ』と声を上げた。
「い、今、スタルジャって名乗りましたよね、あの娘⁉︎」
「ああ、そう言ったな。アルフォンス氏の婚約者はどれも類稀な美人ぞろいだとは聞いていたが、あの少女もなかなかどうして ─── 」
「つ、つい先程北部州から連絡がありました。アルフォンス様のご助力でペリステムを奪還、周辺の都市でも、そのお仲間がそれぞれの都市で帝国兵を単身討って出たと」
「ん⁉︎ ペリステムを取り戻しただと⁉︎ そんな話は聞いておらんぞ⁉︎」
「仲間内の連絡です。ここ総督府が攻め込まれましたから、まだ正式な報告は届いておりません。そんな事よりも、アルフォンス氏のお仲間の内、ひとりで三万もの帝国兵を潰した方がいらっしゃいまして……」
「「「……さ、三万⁉︎」」」
思わず全員の声が被さった。今までの帝国兵は脆弱であったとは言え、それを単身で滅ぼすとは、彼らの常識では全くもってあり得ない事であろう。
「 その方のお名前は『草原から来た死神将軍スタルジャ』だったかと……」
先程まで少女の立っていた場所に、全員の視線が集まった。もうそこに姿はないが、確かにさっきまでスタルジャと名乗る少女はそこにいたのだ。
直後、最も激戦地帯となっていたメイン通りの方向から、強烈な衝撃音の連続と、人々の悲鳴が上がり空を揺るがした 。
※ ※ ※
─── 再び、中央部州首都セルべアード
ガストンが弱点を発見した事で、リックに強化された冒険者と獣人達は、色無き者達との戦況を大きくひっくり返していた。もう立っている灰色の姿も、数えるばかりになっている。
「は、ははっ! 勝てる、勝てるぞオレたち‼︎」
「へへ、もうこンな忙しい闘いはこりごりだ。とっとと麦酒でも呑ンで眠りてぇ。しかし、ギルドの冒険者ってのは、ずいぶんと腕が立つのが多いんだな! 見直したぜ」
「へ、ありがとよ。オレらなんかまだまだ下っ端よ。なんたって上には『ルーキー・アルフォンス』と『血染め聖女ソフィア』に『謎の古代魔術師ティフォ』なんてバケモンがいるからな」
「そっか、会長達も冒険者だったんだもんな! あ、おれも入っちゃおうかなギルド……」
「ははは、歓迎するぜ。ギルドは人種も生まれも関係ねえ、世界の何でも屋だからよ♪ あ、そろそろ終わるぜ」
最後の一体が倒れると、雄叫びにも似た歓声が、セルべアードの街に上がった。長剣を天に掲げたガストンは、近くにいた戦士達に囲まれて、次々に拳を重ね合わせている。
苦労の分だけ、この瞬間の達成感は高い。誰もがその歓喜に震えている最中、彼らの前に人影がスーッと天から降りて来た。
─── その奇妙な老人の出現に、誰もが小首を傾げている
中分けにした長い白髪を腰まで下げ、顔の下半分を覆う白髭は胸元まで垂れ下がっていた。着ているのは薄墨色の前合わせの民族衣装に麻色のズボンという簡素な姿ながら、背筋は真っ直ぐに伸びていて、老いを感じさせない。
ただ、腰に佩いた黒い拵えの曲刀からは、異様な圧迫感が垂れ流されていた。
「……お、おい爺さん。こんな所にひとりでいちゃあ危ねえぜ? 今戦闘は終わった所だが、まだ近くにも居るかも知れねえ。とっとと帰った帰った!!」
ガストンの言葉に老人は微笑み、口元の髭をモゴモゴと動かした。
「ふむ、なかなか大したもんだね。色無き者達を、たったこれだけの人数で処理するとはね」
老人の声は、まるで十六やそこらの、若い青年のようであった。その違和感と、老人の発した言葉の内容に、ガストンは戦慄を覚えた。
「何故、その呼び名を知ってる? お前さん、一体何者なんだ?」
長剣の持ち手を変え、いつでも構えられる状態を作り、ガストンは問う。老人は涼しげな顔で、ガストンを眺めると、静かに一言だけ呟いた。
「 ─── ハンネス・オルフェダリア」