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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第八章 アルカメリア冒険者ギルド本部
第六話 敗走風邪
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アルカメリア冒険者ギルド協会。
全世界の頂点に立つこのギルド本部は、
古代遺跡と、
巨大な迷宮がその基礎となっている。
その巨大な迷宮が、
有史以来初の暴走を迎えようとしていた。
新たに発見された新階層の先で、
剣聖ルーカス率いる冒険者四十人は、
その奥で悪夢のような光景を見た。
協会長のウィリアムは行方不明、
剣聖ルーカスは四肢を失い、
多くの死傷者を出して全滅。
アルフォンスは迷宮の再調査を受け、
ルーカスの四肢を再生させた。
まさか、またここに戻って来るとは、思いもしなかった。アタシがこの迷宮で憶えてる最後の光景は、ルーカスが切り刻まれて、地面に転がった瞬間。急に脚が言う事聞かなくなって、倒れた時初めて、古代紅鱗龍が真後ろに迫ってた事に気がついた。今まで散々潜って来た迷宮で、ザマァない。
その後は暗闇だった。いや、憶えてないだけか、浅い夢でも見てたみてぇに、テメエの亡骸を見つめてた覚えがちょこちょこあるんだ。だから、死んじまってから一週間も経ってたなんざ、さっぱり実感が湧かないのさ。朝、目覚めるみてえに、アタシはポンと闇から引き戻されちまった。
アタシを起こしたのは、あの背中。
─── 夜より真っ黒な髑髏の男
今までしゃかりきに冒険者ランクを駆け上がって来た。魔物も殺ったし、人だって殺った。死んで後悔なんざ、なぁんもなかったけどな、生き返ってめっけもんくらいなもんさ。でも、あの背中に高まる、この気持ちは何だってんだ?
「ぐ、うぶ……ッ!」
迷宮の匂いで、酸っぱいもんが込み上げる。気がつきゃあ、剣を握る手が、汗でびっしょりだ。クソッ! さっきから魔物一匹倒せちゃいねえ。おぼこなお嬢様みてえに震える体が、アタシの手脚を棒きれにしやがる!
ドゴォ……ッ!
「な……ッ、うわっ、何しやがる! 危ねえだろうがッ⁉︎」
急に髑髏の男が、アタシに向かって魔物を蹴り飛ばして来やがったッ‼︎
「とっとと殺せよ、それともお嬢さんには無理か?」
「ッ⁉︎ て、てめぇッ! くそっ、邪魔だこの野郎ッ‼︎」
舐めやがって! 命の恩人だかなんだか、アタシには関係ねえ、一発ぶん殴ってやる! 血だらけで、もたれ掛かって来やがった魔物を、いつも通り双剣で斬り飛ばす。その勢いのまま、アタシは髑髏野郎に詰め寄った。
くっ、で、デケエ……何なんだこいつ! 見上げるような上背。鎧の至る所に浮かぶ、薄気味悪ぃ顔から、霊気を流れ出してやがる。
それだけじゃねぇ、こいつはバケモンだ。どうのたうち回った所で、アタシがこいつに勝てるイメージがつかねえ。ブン殴りたい相手を前に、立ち尽くすしかねえとか、何年振りだよ!意地でも睨み返すくれえはしてやりてえ、そう思ってたら、急に兜を脱ぎやがった。
「見事な双剣さばきだ。レベッカだったか、あんた、罠解除のエキスパートなんだろ? 早速だが、一仕事頼む」
黒い髪に燃えるような紅い瞳、まるで十年来の仲間を信じるみてえに、アタシを見て微笑んでる。ドクンと胸が高鳴って、全身に力が溢れてくるみてえだった。どうにも生き返ってから、体を金色の魔力が覆ったり、変な高ぶりが多い。
「おい、大丈夫か?」
「っと、な、何でもねえよ! アタシはもう大丈夫だ、もう、やれる!」
迷宮がいつの間にか、いつもの迷宮と変わらなく見えてる。あんなに重かった手足が、今は羽のように軽くて、前以上に動ける気さえして来た。わざと、敵をけしかけやがったのか……。
アルフォンス・ゴールマイン。アタシを救った男に、またひとつ借りを作っちまった。
「アタシに任せな。あんなモン、目えつぶったって解いてやらぁ」
「フッ、ああ、頼んだ」
禍々しいナリのくせに、何であんな爽やかに笑いやがんだよ、くそ。胸が苦しいじゃねえか。どうせ兜の中も、悪趣味な顔だと思ってたのによ。
んだよ……結構
カッコいい じゃねえ……かよ
んな事考えて罠解いてたら、手元狂ってあいつに毒矢が飛んでった。
『ぬおっ』とかビビってたけど、ザマァねえ、ドキドキさしたお返しだバーカ。思わず笑ったら、他の奴らもつられて笑ってる。それで気がついたけど、それまでみんな黙りこくってたのな。なんだ、他の生き返り組のみんなも、ブルッてやがったのか。
でも、もうアタシらは大丈夫だ。自分のプライドは、自分で取り返してやる!
※ ※ ※
『古代の巨城』まさにその名の通り、この迷宮内は巨大な城の回廊のようだ。かつての荘厳な面影を残す白い石積の壁、通路の両側にずらりと並ぶ石柱は、柱頭に華美な装飾がされていた。それらの所々が崩れ、風化した所に植物の根が這い出している。
最初の階層は、魔物の種類も安定せず、それ程力のあるものは無かった。順調に進んだ三階層辺りから、それらの魔物の様相に変化が現れ出す。特定の龍種の群れがウヨウヨだ。体は鹿くらいの大きさだが、ペタペタと壁や天井関係なく、素早く這って襲い掛かる。鱗は無く、粉っぽい質感の柔らかな肌に、退化した小さく白濁した眼。
見た目は龍種と言うよりもは、巨大なヤモリといった所だろうか。ただ、口の縁にズラリと並んだ小さな歯は、剃刀のように鋭く、噛みつかれれば骨から肉を容易に引き剥がされるだろう。基本的には噛みつきが主体なようだが、時折、麻痺や睡眠系の魔術を使って来る事もあった。
魔術を放つ前に『ヒョケケ』と、雨蛙にも似た声で鳴く習性があるお陰で、今の所一度も食らった事は無いが、当たれば厄介だ。動きを止められた瞬間にでも、あの群れにたかられるだろう。だが、調子を取り戻し始めた冒険者達は、少数の単位で連携しながら、それらを難なく処理していた。
「流石は上位ランクの冒険者たちね。あたしたちの出番は、今の所ほとんどない」
エリンが近くに来て、そっと囁いた。
「確かにな。半数近くが聖戦士化してるのもあるだろうが、それ以上に士気が高い。敗走風邪の心配も、もうなさそうだ」
敗走風邪とは、いわゆるトラウマだ。冒険者だけではなく、兵士にもあれば、狩人にだってある。特に迷宮は予想のつかない事故が起こりやすく、この独特な閉鎖空間で、酷い敗走をした者が事後に激しい拒否反応やストレス症状を起こすケースが多い。
その敗走風邪は、長引く程に根深くなる傾向がある。なるべく早く現場に戻り、恐怖に対して一歩でも踏み出せたと言う、実感が必要となる。ルーカス達を回復させた後、検分のために遺体を保存されていた冒険者達十六人を、俺は蘇生させた。更に病院に収容されていた七名の重傷者も、完全回復済みだ。
残念ながら、遺体回収の出来なかった十二名は、蘇生の施しようがない。遺体の一部と魂さえ残っていれば、蘇生できる可能性がある。
今回はその捜索と回収も、俺達の目的の中に入っていた。蘇生と回復から五日、本来ならもう少し彼らを休ませたい所だが、迷宮暴走の危険性がある以上あまり時間を空けられない。
「ルーカスさん、八十三名、全員怪我ひとつなく揃ってます」
「おう、報告ご苦労だな。第七階層まで二時間程度とは、今までで最速ではないか?」
「なんつっても『黄泉がえり組』の戦力が、とんでもないレベルになってるっすからね。それに段々と敗走風邪に罹ってた奴らも、調子取り戻して来てます。フォロー体制が効いて来てますよコレ」
「……その為の大幅増員と、班分けか」
そう言ってルーカスが、こっちをチラリと見た。
前回、四十名で挑み、生還もしくは蘇生出来たのは二十八名。この再挑戦を断ったのは、生還組に四名、蘇生組はたったの二人だ。つまり、二十二人は再び、この迷宮攻略を志願している。
増員したのは六十一人。これにはB級冒険者も、かなり含まれている。前回よりも、実力者の割合は減っているが、全員で最下層を目指すわけじゃない。退路の確保と、敗走風邪克服の為のフォローアップ、それが目的だ。そして、彼らの任務は俺と五人娘、セオドア夫妻の八人を、問題の層まで届ける事。もし、問題の層に到達して、一定以上の闘いが望めないようであれば、即退場してもらう約束をつけてある。
非情なようだが、ルーカスを襲った『白髪の悪魔』の力が分からない以上、彼らを守りながらの闘いは危険が増す。俺達も本気が出せないからな。
※ ※ ※
「ウォラァァァッ‼︎」
圧倒的な質量を誇る鋼の塊が、一つ目巨人の体を両断し、泣き別れた肉体が血煙を撒き散らしてくるくると放り投げられる。空気が炸裂するような衝撃波が、生暖かい風と共に遅れて押し寄せると、流石の心無い巨人達もたたらを踏んで突撃の足を止めた。
第九階層は複数のホールが、細い回廊で数珠つなぎに連なる構造だった。その各ホールには、今までより数段上位の魔物がひしめいていて、その度毎に足止めを食らう。何度か魔物達と会話を試みたが、どうやら迷宮の魔物には、魔王の血も通用しないらしい。結果、片っ端から薙ぎ払い、ホールをひとつひとつ制圧していく消耗戦が続いていた。
「暴走が進んでおる……。この階層に一つ目巨人が現れるなど、今までに無い事だ」
「こいつらはB級指定だったな? 普段だと、どんなもんなんだ?」
「精々がC級、大抵ならDからE級の魔物。数は多いが、D級冒険者でも進める、そんな程度だ」
問題の階層は第三十階層、B級の魔物が出始めるのが、二十階層を越えた辺りからだと言う。魔物のレベルが桁違いに上がって来てるって事だろうか。
「これは予定よりも、人員を置いて行くポイントが前倒しになりそうだな」
「生き返り組は、まだ余裕があるようだが、増員組はそうなるであろうな。しかしルーキー、お前のパーティは一体何なんだ?」
ルーカスが息を呑む向こうで、ユニに強化されたエリンとスタルジャが、一つ目巨人の群れをガシガシ削っている。隣では、アースラが魔物達を鉛のように鈍らせ、セオドアが血肉でホールを染め上げていた。その奥、次のホールへと先行して飛び込んで行ったティフォとソフィアも、順調に魔物を減らしているのだろう。奥から伝わって来ていた衝撃が、さっきから静かになっているようだ。
「あの獅子の如き剣士、それを無尽蔵にサポートする魔術師。強力な魔術と体術を駆使する獣人族に、精霊使いのエルフ。ソフィアはまだ良いとしよう、あの赤髪の少女は何者だ、何もせぬのに魔物が死ぬるのを見たぞ……? それに魔物達が、あの少女に怯えているのも何度も見たが……」
「あっちの夫婦はベテランの傭兵さん。赤豹の姉妹は、獣人族に魔術を広めた講師。エルフの子は、ランドエルフって新興の種族。赤髪の子は、うーん……全怪物の王」
「分からん、抽象的過ぎて、さっぱり分からん。だが、恐らく詳細を聞いても、儂には分かりそうもない。ロジオン本部長によれば、お前とあの少女が、かつて古代紅鱗龍を駆除していたと言っていたが……。うむ、今なら得心が行く─── 」
ルーカス達は知らない。こうしてる間も、俺達が念話でキャッキャッと無駄話しながら、本気を出せないフラストレーションを溜めている事を。
…………なァ、親父どの。もう良いんじゃねぇか?…………
…………何がだよ…………
…………本部の奴らも、もう充分調子取り戻したろ、ちと速度上げようぜ…………
セオドアから何度目かの催促だ。『ガンガン行こうぜ』と、俺達八人が前に出る指示を心待ちにしている。その催促に、五人娘達からも一斉に『さんせーい』と、ハモり気味に念話が押し寄せた。
…………そうだな。そろそろいいか。こっからは、ガンガン行こうぜ!…………
「この第九階層に来るまで、ほんの数時間。これは驚異的な速─── 」
ドッパァ……ンッ!
ルーカスが何かを言いかけた瞬間、ホールの一部分が赤い霧に覆われた。冒険者達のどよめきの中、大剣を振り抜いたセオドアが咆哮を上げる。それまでそこにいた群れが根こそぎ消失、いや、ホールの壁に飛び散って、大量の水音を立てていた。その隣では、すでに事切れた魔物達が一斉に黒い霧となって、視界を黒に染めた。
霧が消えて行くその中央で、スタルジャはミィルと談笑、赤豹姉妹は毛づくろいをしている。彼女達の足元には、大量の魔石が紫色の輝きを放って転がっていた。
「ルーカス、時間が惜しい。ここからは、俺達が先行して行こう。仕掛けに詳しい者を同行させてくれ、それと踏破した場所に、結界と人員を置いていく。安全地帯の確保を頼みたい」
「……ふぇっ? あ、ああ。こ、心得た」
大分離れた所で、立て続けに轟音が響いた。ソフィアとティフォが、かなり先まで暴れに出ているようだ。それから間も無く、第九階層は制圧。俺達は止まる事なく、攻略する速度を上げ続け、最下層を目指した。
※ ※ ※
第十九階層最深部、階層主のいた広間で、野営をする事になった。ここの階層主は、黒く巨大な頭を三つ持ち、水と毒を操る、見たことの無い龍種だった。ルーカス曰く、古い伝承にある『ジラント』と呼ばれる種類だそうだ。ただ、何だか分からない内に、纏った水の障壁ごと、エリンに煮込まれて終わってしまった。水属性の魔物を、火属性の魔術で水炊きにするとは、なかなかにクレイジーだと思う。
よく煮えていて、身離れがよく、結構美味しかった。龍種は死体が消えないのが良い。
「な、なあ……! あ、アルフォンスよぉ……」
食後くつろぎながら、この先の見取図を眺めていたら、レベッカが話しかけて来た。彼女も生き返り組だが、死に対して後悔が無かったのだろう、聖戦士化しても生前と特に変わっていないと言う稀有な存在だ。彼女が俺に話しかけるのを見て、他の冒険者達に、明らかに緊張が走った。ここまで来るのに、ひとつ問題があったとすれば、まあこれだな。
怖がられてしまった。第九階層でホールを制圧してた辺りでは、歓声すら上がっていたが、先に進むに連れ、彼らが引き始めるのに気がついた。ルーカスですら、時折、敬語が混ざる位には、戸惑いが見え隠れしている。
「どうしたレベッカ?」
「アタシの……名前、やっぱ憶えてくれて……。う、あ、いや何でもねえ! これ、書いといたからよ、良かったら使えよ」
そう言って、見取図に何やら詳しく書き込まれたものを突き出して来た。顔を背けて、早く持ってけと言わんばかりに、手を伸ばしてる。うーん、最初からぶっきら棒な奴だったけど、俺嫌われてんのかな。
「おお、この先の罠の場所と、解除方法か。いや、魔物の出現ポイントまで書いてあるな」
「あ、あんたらには、余計な事かも……知れねえけどよ……。知ってるに越したこたぁねえだろ」
俺と関わりたくないのに、わざわざ書いてくれたのか、仕事熱心な奴だなぁ。ぶっきら棒な態度と裏腹に、すごく分かりやすい注釈が書き込まれていた。実は優しい人なのかな?
「これは凄い! 助かるよ。ありがとうな!」
「はう……ぅ、く、くそ! しっかり目を通しとけよ! 怪我とかしやがったら、ぶっ殺してやっかんな!」
怪我した上に殺されるのかよ。何が彼女を怒らせたのか、真っ赤になって向こうへ戻って行ってしまった。
「蘇生されたのが、屈辱だったのかな。嫌われたもんだ。……ハァ」
「え? アル、それマジで言ってる⁉︎」
俺の独り言に、スタルジャが反応した。
「あの態度見たろ? 触りたくない感丸出しだったじゃねーか。もしかして、髑髏恐怖症だったりすんのかな……」
「そ、そうかもねー」
スタルジャが微妙な笑みを浮かべて、俺に愛想を返す。これは同情されてんのか、うーん、情け無い。軽く落ち込んで、今もらった見取図に目を通していたら、今度は若い男二人が近づいて来た。ルーカスのパーティの二人だ。
「ちょ、ちょっといいかな……?」
「ん? なんだ」
おずおずと話し掛けて来て、返事をすればふたりで『お前が話せ』みたいに背中をつつきあっている。そこまで怖がられると、ちょっとショックだな……。結局、話しかけて来た方の、若い剣士風の男が口を開いた。確か名前はマーウィンだったか?
「あ、あのさ! あんたら、す、すげえのな! お、オレら……驚いちまってさぁ!」
「うん?」
「どうやったら、あんな強くなれるんだ……? あの、離れた敵を同時に斬るやつ、どーやってんの⁉︎」
「あ、ぼ、僕にも教えて下さい! 何で無詠唱で魔術が出せるんですか⁉︎」
うーん【斬る】の奇跡が使いたきゃ、オルネアと契約しろとは言えないし、無詠唱やりたきゃ死ぬまで食らって術式を叩き込めとも言えない。そうして返答に困っていたら、いきなり他の冒険者達まで押し寄せて来た。
─── その曲刀は何処で手に入れたんだ?
─── あの足の使い方教えてくれよ!
─── 守護神は一体なんなんだ?
質問が立て続けに浴びせかけられ、戸惑いながらよく見れば、ルーカスまで混じっていた。なんか剣の握り方とか聞いて来てる。
「ルーカス、あんた剣聖だろ⁉︎」
「あんなモン見せられて、剣聖などと恥ずかしくて言えるか! だいたい、ソフィアにだって、本当は負けとる自覚があったんだぞ儂は……!」
「ロートルはいい、若手に教えろッ‼︎」
「「「そうだそうだ!」」」
「ロートル⁉︎ お前ら言うに事欠いてロートルとはなんだ! 儂に勝ってから物を言え!」
「上等だ! おし、お前ら下克上すんぞッ!」
「「「世代交代‼︎ 新陳代謝‼︎ ソリューション‼︎ 次代のスキーム‼︎」」」
「何だお前ら、急に意識高めで来よって! よかろう! このルーカス、まとめて相手してやるわ‼︎」
この階層まで、無傷で辿り着けたと言うのに、冒険者達の乱闘が勃発してしまった。横でソフィアとティフォが、呑気に手遊びをしていたので、助けを求めた。
「と、止めた方がいいんかねぇ?」
「ええ? 良いんじゃないですかー。余裕があるってことですよ♪」
「うーん、じゃあまあ……いっか」
「アルフォンスさん、これで死亡者が出たら、わたくしグールのまま欲しいのですけど」
「アースラ、だからダメだって。うーん。いや、これで死んだ奴はもう良いのかなぁ」
その後、セオドアにせびられて、冒険者達のバトルを肴に、酒を飲み始めた。結局ルーカスが勝ち抜き、雄叫びを上げていたが、その頃には何で闘いになってたのか皆んな忘れてしまったようだ。もう、ただただ盛り上がっている。死人は出なかったものの、ボロボロになった彼らを回復し、飲み会へと雪崩れ込む。
「見たかルーキー! 約束は約束、儂に剣の握り方を教えてくれ」
「覚えてたのかよ……。分かった、この迷宮から帰ったら教えるから」
「本当だな? 約束したぞ、約束したからな⁉︎」
どこの世界に、ルーキーに剣の握り方を教わる剣聖がいるのか。その後、他の冒険者達にもせがまれ、本部ギルドで手ほどきをする流れになってしまった。いつしか、俺達との距離もなくなり、暴走すれすれの迷宮内だと言うのに、みな酒が進んでいた。相変わらずレベッカが、離れた所からガンを飛ばしてくるのは閉口だが、ようやく冒険者らしいリラックスした雰囲気になって来たようだ。
※ ※ ※
湿気の多く薄暗い通路、踏んだ石のタイルに、靴底がぬるりと滑りかける。その不安定な足場に、少々苛立ちを覚えつつ、一歩を踏み出した瞬間、床のあちこちに、暗い紫色の炎が、点々と燃え上がった。炎は時折、放電しながら立ち上がり、人の形を成す。
隣を歩いていたセオドアが、ため息混じりに一歩下がると、スタルジャとエリンが前に出た。
「ンだよ、またシャドウかよ……。頼んだぜおふたりさん」
セオドアの言葉が終わるか終わらないかの内に、ふたりは光属性の魔術を発動し、白い閃光で通路を照らし出す。
『ゴアアアアアアァァ……ッ‼︎』
呻き声にも似た不快な叫び声を上げて、照らし出されたシャドウ達は、その身体をくっきりとした黒いシルエットに変化させる。第二十階層からは、この影の魔物達が、群れを成して現れるようになった。他の魔物と比べて厄介なのは、武器が一切通用しない事と、魔術への耐性が妙に高い事。そして、下手に触れられると、能力をコピーして強化する事だ。
「本体出たよ、ソフィ、ティフォ、お願い!」
スタルジャの指示を待つまでも無く、女神ふたりが神威を使って、影を斬り刻み捻り潰す。辺りからは無数の蝋燭を、同時に吹き消すような音が響き、床に魔石の落ちる乾いた音が続いた。色々と試しながら進んで来た結果、こうして光で闇の魔力を吹き飛ばして、本体を神威で一撃の元に下すのが最良の方法だと分かった。お陰でセオドアは、退屈そうにしている。
「確かに上の層に比べりゃあ、強くなってンのは分かるがよ、戦略がせせこましいだけじゃねえのかコイツら」
「人里に出ると、結構ヤバイ魔物なんだよ。夜の間に一気に増えて、そこの一番強い者の力を全員がコピーしたりするらしいからな」
「じゃあよ、親父どのがコピーされたら、どうなっちまうんだ? これだけの数の親父が敵に回ったら目も当てられねえ」
「まあ、知能は大して高くないみたいだから、意外と何とかなんじゃねえか?」
「はーん、そういうモンかねぇ─── !」
そう言って振り返ったセオドアが、通路脇の隙間から振り下ろされた、巨大な斧を大剣で受け止めた。そのまま剣先で斧に引っ掛け、振り下ろして来た持主を、背負い投げるように引きずり出す。
『ヴォアアアァァーッ‼︎』
雄牛の頭に人の体、見上げるような上背の魔物が、叫び声をビリビリと響かせながら、地面に打ち付けられた。跳ね起きようと、持ち上げたその眉間に、セオドアの大剣が振り下ろされる。
「クッソ! 叫び声出させちまった!」
「牛頭巨人か、また面倒くさいのが出たな……」
牛頭巨人は『迷宮の番人』と呼ばれる事が多いのだが、その番人たる能力は単に強いと言う意味では無く、他の魔物を呼び寄せる雄叫びに端を発する。早くもその声に、迷宮の魔物達が動き出したようだ。ここまで歩いて来た通路には、点々と細い横道があったが、それら全てから魔物の迫る地響きが始まっていた。
「おーおー、凄え数が来そうだぜ。ボヤいてる場合じゃねえだろ親父どのよォッ!」
「そう言いながら、随分と楽しそうだな、セオドア」
「俺ァ、せせこましい闘いは嫌えでな、男の闘いってのはよ、こういう分かりやすいのでなくっちゃな!」
後について来ている冒険者達も、その意見には同意らしい、脇道から飛び出してくるであろう魔物の群れに目をギラつかせて陣形を整えていた。シャドウ続きで手持ち無沙汰だったのもあるだろうけど、セオドアの存在が大きいんだろうとも思う。それらに気づいてか、セオドアも彼らに指示を出し、更に有利な状況へと整える。
地響きが最高潮に達するその時、セオドアは大剣を構え、大きく息を吸い込んだ。
「オラァッ! もう来るぞッ! 力自慢は前に出ろ、止める気で行くなよ? 死にたく無けりゃあ、殺られる前に吹き飛ばせ! 魔術が使えるモンは、詠唱開始だ! 前衛が引きつけた瞬間に、ど真ん中からぶっ放せッ‼︎」
「「「オウッ‼︎」」」
冒険者は少数連携が基本、兵団のように、多勢での動きには慣れていない。だと言うのに、彼らはセオドアの馬鹿でかい声に、一個の生物のような強固なまとまりを見せる。その安心感が、さらに彼らの士気を高めた。
彼には、人を熱くさせる何かがある。そう言えば、勇者物語に出てきた魔公将ってのは、スライムの王、霧の女王、不死の夜王、んで『賢剛王』だ。『賢』はどこ行った?
彼がその賢剛王だと知った時は、そう思ったものだが、今こうして人を焚きつけて動かしている様を見ると納得もしてしまう。きっとこの男は、群れの頂点に立った時、その力が遺憾無く発揮されるのだ と。
横道を塞ぐ暗闇に、魔物達の殺意に光る眼が、無数に確認できた時。冒険者達の陣が、闘気の暴風に包み込まれ、強固な岩壁の如くそびえ立つ。直後、横道をから飛び出した魔物の群れが、その突進よりも速い速度で、叩き返された。
続けて輝く魔術の反応光、黄金色に染まるセオドアの髪は、獅子そのものに見えた。