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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第八章 アルカメリア冒険者ギルド本部

第三話 中央諸国

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エル・ラト教の重鎮オウレン枢機卿の失脚。
それはローオーズ領ホーリンズの街で、
アルフォンスを抹殺するために仕向けた極光聖騎士団が、
侵略行為として国際問題に発展したため。

本人はその指令を出してはおらず、
教会内部の勢力争いに敗北、
配下の者に寝首をかかれた形である。

アルフォンス達は『方星宮』を出て、
魔界を目指すその道すがら、
セオドア夫妻と再会した。

「「「号外ッ! 号外ィッ‼︎ 帝国がローオーズに侵攻だッ‼︎」」」

 新聞売り達が、けたたましくベルを鳴らしながら、臨時新聞を配っている。騒然となる街頭で、人々は奪い取るように新聞を受け取り、愕然としていた。

 ローオーズ領南西の小国、リッケル王国首都キャデラルの中央広場。キュルキセルの大森林を抜け、俺達は今、一路アルザス帝国を目指しながら、中央諸国を歩いていた。魔界へ行くには、アルザス北西端から人魔海峡を渡る必要がある。しかし、ローオーズ領は例の騒動があっただけに、再入国ははばかられた。ローオーズ領を南側から迂回して、ここまで進んで来たのだが、どうにも世間が騒めきたっている。

「なになに? 『ローオーズ領に、国際指名のテロリスト集団の活動が認められた。アルザス帝国はこれに、ローオーズへの正式な通達無く、軍を派遣。ローオーズは帝国による内政干渉を訴え、国軍を動員、河港都市ホーリンズにて交戦。一時膠着状態に陥るも、アルザス帝国軍の猛攻により、ホーリンズは陥落。現在はすでに、テロリストを収容し、アルザス帝国軍は撤退。ローオーズ側は、戦争の発端となるのを避けつつも、現在抗議と賠償請求のために慎重に調整を進めている』だってよ」

「教団の侵した国際問題を、帝国が揉み消した形ですかね。しかし、これではあまりにも影響が……。まさかの最悪な方向です」
「ここ二百年平和をもたらした、中央諸国協定を、帝国が一方的に侵害した形だな。ローオーズが動かなくても、周辺国が制裁に出る可能性が出てくる」

 聖魔大戦以後、しばらく荒れた世界情勢は、各地で小さな戦乱をいくつも招いた。その時に力を持ったのは、言うまでもなく帝国と教団で、その力を利用して経済発展を見越した中央諸国協定が結ばれた。それからの世界は、経済の発展にウェイトを置いて、各国の文化水準は飛躍的に進歩して来たってのが近代史だ。

 しかし、最近はその経済成長に、陰りが見えつつもある。世界は今、停滞期に入って久しい。

「んまあ、何処の国だって、協定だ条約だの裏じゃあ、ギリギリな事やってンだ。ホントに強え国が、力見せつけたってとこだろ? 金の力から、腕っぷしの力の外交に切り替えたって感じだな」
「ん? オニイチャ、セオドアがなんか、頭よさげなこと、言ってるよ?」
「てめぇ、このジト目。辛辣過ぎンだろおい」

 セオドアの抗議に、ガン無視を決め込むティフォは、すでにそこに心はなく、広場わきに軒を並べる屋台の匂いにときめいていた。

「ウフフ、セオはこう見えて、傭兵暮らしが長いものですから、世情を読むのはなかなかですのよ?」
「闘い方も結構頭脳派だもんね、セオドアって。それにしても、うーん……戦争起こっちゃうの……?」

 アースラとスタルジャのフォローを受けてか、やや澄まし顔のセオドアが答える。

「戦争ってなぁ、単なる殺し合いじゃねぇンだ。どこまでいっても外交手段でしかねえ。だから利益が無けりゃ起こらねえし、リスクがデカけりゃやらねえモンだ」
「自国の民が困窮して、胸を痛めぬ王はありませんでしょう? 少しでも暮らしを良くするために、有利な条件を他国に結ばせるのも、必要な場合もありますわ。巻き込まれる者達は、たまったものではありませんけど」
「今はまだ分からないけど、必要ならするってことね? あ、今まではみんなで、そのきっかけを無くそうとしてたのに、帝国がそれを辞めちゃおうとしてるってことかぁ」

 帝国は大きい。でもその帝国自体が生きて行くには、世界からの富が上手く流れ込む仕組みが必要だ。成長を止めた大国ほど、身動きの取れないものも無い。今更縮小を選ぶ事も出来ないし、老成した経済情勢に、それこそ周辺国を巻き込むような、大きなテコ入れでもしなければ状況は変わらないだろう。

「今はかつての未開の地とされた、南方の国々の方が、成長目覚ましいですからね。お金はそちらに集まってしまっても、おかしくはないです。中央諸国でもアルザスを含めた北方圏は、歴史の古い国が多いですから、それと競う成長は見込みが浅いでしょうね」
「中央諸国が強国であるためには、強引な手段が必要な時期に差し掛かってるって事だな」

 ガセ爺の経済学でも、セラ婆の歴史学でも、こんな時代の繰り返しだとは聞いていた。ただ人々が幸せに暮らしていけないものかとも思うが、一定以上の生活水準が無ければ難しい。そこに辿り着くまでには、こうした世情の揺れを元に、より成長をする必要がある。今がその端境期なのかも知れない。

 人々が永遠の幸せを手に入れる。それにはまだ、人類の営みも精神的成長も、そこに到達していないって事なのかも知れない。

「戦争が起きるっていっても、すでにこれだけ成長した世界なんだ。滅ぼすなんて事をすれば、その国の培った経済を失う事になる。皆殺しとかそう言う事は起きない。犠牲は出るけどな……」
「うん。人って怖いなぁ、やっぱり」

 広場で号外新聞を片手に、騒ぎ立てている人々を遠く眺め、スタルジャはそう寒そうに呟いていた。

 ※ 

 とは『蜂の巣』を意味するものだと言う。その名の通り、蜂の巣のように凹みの並んだ薄焼きのパンに、クリームと果実のソースの掛かったものが、皿の上でほんわりと湯気を立てている。屋台で買った物を持ち寄って、広場に並べられたテーブルに置いてみると、女性陣は物の見事にワフィンワで揃っていた。ソースや添え物は選べるようで、りんごや栗の甘露煮、ベリーの瓶詰、柑橘のシロップ漬けと色とりどりだ。
 焼き立てのワフィンワは、ほんのりと甘く香ばしい香りが漂い、ナイフを入れるとサクッと歯切れの良い音がしている。

 オーソドックスなベリーソースの物を、一口もらってみた。ほのかに甘く温かいワフィンワは、表面はサクサクで中はしっとり、噛むと小麦の芳醇な味わいとバターの風味が口いっぱいに広がる。その素朴ながら優しい香ばしさに、クリームのまろやかさと、ベリーのキレのある酸味と甘さがマッチ。思わず頰がにやけてしまう。

 それと合わせるのは、このリッケル王国の名物『リッケルラガー』と呼ばれる麦酒。日照時間の低いこの地域では、葡萄ぶどうの生育に向いておらず、ワインが発達していない。代わりに麦酒が発達したわけだが、かつてのリッケル王ミルカ三世の国策によって、国を挙げて生産が行われた。

 普通の麦酒とは違って、ホップの生育にも向かないこの地では、ハーブや果実を使って様々なフレーバーが生み出されている。女性陣は各々のワフィンワに合わせて、甘い風味のリッケルラガーを選んで来たようだ。ちょこちょこと回し合っては、甘い溜息をついている。

「わ、アースラさんの、凄く大人なの!」
「ウフフ、わたくしはシナモンと粉砂糖だけにしてもらいましたのよ。その代わりラガーは、うんと甘くしてもらいましたわ」
「くー、大人ですねぇ♪」
「そう言うソフィアさんのも、かなりハイレベルな取り合わせですわね。わたくし屋台に走りたくなりましたもの」
「エヘヘ、あんずを干したのを、火酒で戻したものだそうですよ?」
「「「ふえ〜♪」」」

 何かワフィンワの方が良かったかなと、不安になって来てしまったが、目の前でヒゲもじゃのセオドアが一心不乱にガッついているのを見て気を取り直す。

 俺とセオドアのチョイスは『肉』だ! 一皿目は鹿のロースト、雌のロース肉を塩水に浸け、焼いただけのシンプル料理。表面に果実で作った酢を塗って焼く、その一手間は外せないそうだ。表面にしっかりと焼き色がついているが、中は鮮やかな赤身が艶やかに、上から玉ねぎの黒いソースがかけられている。

「ふぉっ⁉︎ むっ─── ⁉︎」

 一口頬張って、声が出なくなってしまった。脂肪分の少ないあっさりとした赤身ながら、ほのかな甘味が感じられる、たおやかな風味。弾力がありつつも、簡単に歯で噛み切れる、柔らかな肉質。そして、噛むたびに溢れ出る、上質な牛肉にも似た豊かな旨味。合わせて勧められたラガー、これがもう良くなかった。
 栗のフレーバーなどと、そんな馬鹿なと思って口に含めば───

「鹿と栗って、結婚すれば良いと思わねえか親父どの……」
「ああ、分かるよ、言ってる事分かんねえけど、分かるよセオドア。俺が仲人をやってもいい」
「セオとアル様が……ご乱心だわ……」

 冷静な顔をしているエリンに、この鹿肉とラガーのワンサイクルを与えてみた所、彼女は屋台へと走って行ってしまった。ようこそ、こちらの世界へ!

「いや、こりゃあダメだ親父どの。栗の野郎、牛にも手え出してやがったよ……」
「んな、馬鹿な事があるもんか!」

 途方にくれているセオドア、その目の前にあるのは『牛頰肉の麦酒煮』だ。俺は常々、美味い肉の調理法は、適切に焼いた物だと思っている。煮込んじゃった? ともすれば、肉汁が抜け出してパサッちゃうじゃない……。煮込んじゃったの? ふふ、麦酒で?

 目の前にあるボウルには、大振りな牛の頰肉の塊と、芋、玉ねぎの浮かぶ、やや澄んだ茶色のスープ。主役である牛肉にナイフを入れると、スッと微かな手応えを残して、切れてしまった。
 それを一口頬張る─── 、

「肉は麦酒煮に限る!」

 嚙み切れる柔らかさなんて次元じゃない、口の中でほどけて行く……。その肉の繊維と繊維の隙間から、コクの深い牛肉の旨味が、じゅわり、じゅわりと舌を席巻する。出汁は牛骨だろうか、丁寧にじっくりと引き出された、上品かつ濃厚な髄の味わいと、振りかけられた果実酢のほのかな酸味が肉の味を強調して止まない。

「いいから、今ラガー呑んでみろって親父どの」

 口中を蹂躙じゅうりんされ尽くし、その余韻が残るタイミングで、例の問題児を流し込む。

 ゴキュ……ッ

 セオドアが何故途方に暮れていたのか、それが理解出来たのは、自分も途方に暮れていたからだろう。

「栗は……ジゴロだ」
「ふふふ、アル様。そんなワケないわ。栗は鹿と結婚するものよ?」

 いつの間にやら屋台から戻り、栗と鹿の仲人をしていたエリンが、ヤレヤレと呆れたように首を振る。言葉は要らない、一口分スプーンに乗せて、彼女の口へと放り込んだ。

 ダ……ッ!

 またエリンは屋台に行ってしまった。エリン、アケルの頃から肉好きを自称してたからな。でも肉体強化してまで屋台に走るのはどうかと思う。

「オニイチャ。栗とくっつくのは、鹿」
「ティフォ。考えるな、感じろ」

 エリンの鹿肉を盗食いしたティフォが、トロンとした目で言う。その口に同じく頰肉を放り込む。

 ヒュババ……ッ!

 結局、この後全員で、栗に蹂躙される事となった 。

 ※ ※ ※

 宿も決まり、皆がゴロゴロと思い思いの時間を過ごし出した頃、たまにはひとりで街でも歩いてみようかと思い立った。そうして宿の階段を降りていると、ユニがそこにいた。

「アル様、どっか行くの?」
「ああ、何となく街の散策でも、してみようかなって」
「商店をまわるの?」
「そうだな、この地域で使ってる刃物とか、防具関係、後は雑貨の流通なんか見れたらと思ってる。ユニはどこか行くのか?」

 そう聞くと、彼女はちょっと恥ずかしそうに、ブーツの先を見せた。

「靴底がぺろーんなの。流石に、この辺りには獣人用の履物屋なんてなさそうだし、どうしようかな〜って」

 獣人族でも猫科系の種族は、いざと言う時に足の爪が鋭く伸びる。土の上で暮らす分には、草履とか裸足中心だが、舗装された道は流石に爪が痛むからと靴を履く。普通の靴だとその爪が突き刺さって、直ぐに穴が開いてしまうそうだ。その為に靴底の先の方を、鉄板や動物の骨なんかで補強している物が必要となる。中央諸国には獣人が少なく、街でもジロジロ見られるくらいだ、獣人用の靴の流通は期待出来そうにない。

「あー、こりゃ寿命だなぁ。材料さえありゃあ、あり物を改造して近いもんは作ってやれるけど。それでもいいか?」
「わ、アル様が⁉︎ う、うん!」
「じゃあ、一緒にベース探しに靴屋でも覗いてみるか」
「─── ッ! は、はいなの‼︎」

 そう言うと、ニット帽を目深に被って、嬉しそうに腕に抱きついて来た。エルフのスタルジャはそれ程でも無いが、獣人族のエリンとユニは、街でかなり見られる。アルザスに近づくにつれて、亜人への視線は厳しいものになっていた。エリンは全く気にしてない様子だったが、ユニが気にして、姉妹お揃いのニット帽子とマントで耳と尻尾を隠している。
 今はそのマントの背中が、ピーンと立った尻尾で膨らんでいる。まあ、これくらいなら気がつかれないだろう。すっごいゴロゴロ喉を鳴らしてるし、にっこり笑った口元に光る、小さな牙の方が目立つんだがな。

「ふニャ〜♪ アル様と二人きりでお買物、初めてニャア〜」
「お、おう。足下に気をつけてな……」

 宿を出て歩き始めても、ユニはゴロゴロ言いながら、俺の腕に首元を擦りつけたりしてる。歩く周りをちょろちょろとするのも、本当に猫っぽくて、普通の女の子とは違う可愛さにグッと来る。

「へぇー、この時間の方が賑わうんだな」
「わぁ、すっごい人なの!」

 リッケル王国は、それ程大きな国じゃあない。ただ、その分、首都に色々と集中しているらしく、このキャデラルの街の賑わいはかなりなものだった。これから夕飯の支度だったり、仕事帰りの買物なのか人混みが凄い、これははぐれたら大変そうだ。

「人が多い、離れるなよ?」
「あ……っ」

 手を繋ぐと小さく声を漏らして、頰を真っ赤にして、マントの後ろを尻尾でぱたぱたさせている。歩き方もややキャットウォークって感じ。俺の顔を見上げながら、トトトと、少し前を歩いたり、後ろに回りながら街の様子に歓声を上げたりしている。

(……なにこれ、くそ可愛いんだが⁉︎)

 ここまで全力に嬉しそうにされると、えらくドキドキする。夕焼けが始まる少し前の、黄色い陽の光が彼女の頰を照らすのも、赤豹の毛並みのままなら凄く綺麗だったんだろうな。とか思ってしまった。

「可愛い娘だねぇ、彼女さんかい?」

 靴屋の女将さんに小声でそう聞かれ、かなり舞い上がった。

「あ、いや、違うんだ……」
「へえ? こんなに仲よさそうなのに」
「…………」

 そのやり取りは、ユニの耳には届いていたらしい、うつむいてしまった。

「俺の婚約者なんだよ」
「─── ‼︎」
「あら、まあ! それはご馳走さまだね。サービスしとくから、良いのを買ってやんなきゃね♪」

 そう言って、女将さんは店の奥の方へと、ユニに合いそうなブーツを取りに行く。ベンチに座って待つユニは、顔を真っ赤にしながら、足をぱたぱたとさせていた。

「こんやくしゃ……こんやくしゃ……なの」

 そう小声で何度も呟く彼女に、俺まで顔が熱くなってしまう。

「おや、何だいアンタら。そんな顔真っ赤にしてイチャつかれたんじゃ、こっちはお腹いっぱいだよ」
「あああ、あ、いや、ちちち、違うんだ」
「〜♪」

 思わずどもる俺に、女将さんはケラケラと笑う。

「あははは、お兄さんずいぶんといかついのに、純情だねぇ〜♪ うちの人の若い頃そっくりさ」
「……ああん? オレっちがアンだってぇ?」

 奥の工房から、作業中だった主人が暖簾の隙間から顔を覗かせる。髭面にスキンヘッド、目元に傷痕、象を絞め殺せそうな太い腕。うん、これは靴屋じゃないだろ? えっ、俺、この人の若い頃に似てんの⁉︎

「若い頃のアンタが、純情だったって話さ。中々気持ちも切り出さなくて、やきもきさせられたもんだってね」
「んなッ、ちょ、ばっ、馬鹿野郎! あ、遊んでねえで仕事しろ仕事ぉっ!」

 もの凄い勢いで、暖簾の奥に引っ込んだ主人の、たどたどしい声。

「なぁ? 分かりやすいっちゃあ、分かりやすいんだけどね。たまには面と向かって、好きだの愛してるだの言われてみたいもんさね。お兄さんも、あんな奥手にはなっちゃダメだからね?」
「好きだッ! 愛してるッ! ……仕事しろい」
「んあっ、ちょっ、バッ、あ、アンタ⁉︎」

 女将さんはその後、ユニの足に合わせて調整してる間も、会計の間もずっと顔真っ赤だった。舞い上がった女将さんのオマケ暴走は、ユニの『私、そんなに足ないの』との突っ込みが入って、我に返るまで続いた。そんな感じでややあって店を出ると、今度はユニから手を繋いで来て、ドキッとしてしまった。ユニは店で新しいブーツに履き替え、新しい靴が数足入った袋を手に、ホクホク顔だ。
 そのまま少し街を歩いて、高台の道に出ると、キャデラルを一望出来る場所に出た。ちょうど夕陽が一番真っ赤に燃える、そんな瞬間をふたりで眺めていた。

「それにしても……はニャア〜、靴屋さんはステキな夫婦だったの」
「そ、そうだな。女将さん落ち着かないと、店が破綻しそうで怖いけどな」
「ふっふ〜♪ でも幸せそうだったの。ずっと一緒にいられたら、アル様もあんな感じになるのかなぁ」

 そう言って目を伏せてはにかみながら、俺の服の袖を遠慮気味に掴んだ。頰が紅いのは夕陽のせいか、恥じらいのせいか、でもまつ毛の下の薄く閉じた瞳は潤んでいた。この時俺は、恥ずかしさとか、舞い上がりとか、主人の反面教師的な話のせいか……。舞い上がっていたんだと思う。ユニの言葉で思わず振り返り、その肩を掴んで、口をついた言葉をそのままぶつけていた。

「大好きだ……。こ、これからも一緒にいてくれ」
「‼︎ ⁉︎ ‼︎ ⁉︎ …………っ‼︎」

 彼女は肩を掴む俺の手をすり抜けて、胸に飛び込んで来た。満面の笑み、目尻からは涙がひとすじ流れている。俺は彼女のしなやかな背筋を伸ばすように、強く抱き寄せ、唇を重ねた。

 遠く何処かの街の教会の鐘が聞こえると、つられるように、高台の上の教会も鐘を響かせる。すっと顔を離すと、名残惜しそうにゆっくりとまぶたを開けた彼女が、くすりと笑って胸に顔を埋めた。

「お魚のにおい……」
「…………へっ? お、俺魚臭い!?」

 体臭かったのか⁉︎ 戸惑う俺の胸で、くすくすと笑う彼女は、潤んだ目を大きく開いて街を見下ろした。

「ふふ、違うの。どこかのお家で、お魚さん焼いてるの」
「……ははは、もう夕飯の支度の時間だもんなぁ」

 赤豹族は鼻がいい。それにユニは魚好きだったもんな。

「夜は魚料理にするか?」
「うん♪ 名残惜しいけど、そろそろ帰ろ?」

 夕陽の端が沈み、俺達が歩く頭上を、魔石灯がぼんやりと輝き始める。ふたり硬く繋いだ手を、時折悪戯っぽく握り合いながら、なだらかな坂道を下りて行った。

 ※ ※ ※

「一応確認だが、その話、本当なのか─── ?」
「ああん? 間違いねえよ、アルカメリアで聞いて来たんだからな。兄ちゃんもしかして冒険者か?」

 近くのカウンターで呑んでいた男は、ひと通り話を聞かせてくれた後、俺を訝しげに眉を寄せて見上げた。

「ああ、俺は冒険者だ」
「じゃあ、しばらく商売になんなくなるかも知れねえな。気の毒だが」
「……そうか。いや、話に割って入って悪かったな。一杯奢らせてくれ」

 また次から次へと。暗い気持ちで席に戻ると、真っ赤な顔のスタルジャが、タンブラー片手に小首を傾げた。

「アル? ギルドが、なんか大変なの?」
「うん……。ここから北西に向かった、アルカメリア公国がギルドの本拠地なんだけどな。今、その近くで帝国軍が陣営を張ってるらしい」
「あア? なンだよそりゃあ。何だってまたこのタイミングで、ギルドなんかに喧嘩吹っかけてんだ帝国は……」

 ギルドは何処にも属さず、その国に拠点の有る無しに関わらず、依頼で動く団体だ。本部を公国として、独立した国を名乗っているのも、特定の権力に影響を受けないようにするためだと言われている。王族も頭領もなく、会長を頂点に運営される、冒険者の協会だ。

「何でも冒険者名簿と、依頼情報の開示を求めてるそうだ」
「何者かの情報を求めている……そんな感じですかね? そして、それが叶うかどうかは別として、示威行動に出ている状態かと。やる気なら、もっと姑息で狡猾なやり方をするでしょうし」
「ギルドってのは、武力集団でもあンだろ? それも世界中から、実力者を募ってンだから、やっちまえば良いじゃねえか」
「それが今、アルカメリア冒険者ギルド協会のヨーゼフ会長が不在。しかも、トップ冒険者ルーカスと上位A〜S級数名が、不慮の事故で戦闘不能に陥ってるらしくてな」
「動くに動けねえってのかぁ」

 そう、実際にギルド本部所属の冒険者達が出ていれば、遠征もしくは近隣に駐在していた帝国軍程度、物の数に入らないだろう。それだけの実力者集団のトップ達が、戦闘不能に陥るだけの事故とはなんだ? そのタイミングで、帝国が出て来ているってのも、それもまたきな臭い。

「行くんだろ? 親父どの」
「まあ……な。どちらにしろ、帝国周辺の情報収集に行くつもりだったしな。それにセオドアとの約束もある」

 セオドアとは、再開を果たした日に、とある約束をしていた。その時が来るまで、俺は彼と出来る限り行動を共にしながら、冒険者体験をさせてやる事になっている。

「あたしたちも、他人事じゃないわね」
「うん、アケルで旅してた頃は、かなりお世話になったの」

 赤豹姉妹は、何気にB級冒険者にまで登りつめていた。獣人達への魔術印布教の旅で、資金調達にギルドを活用していたら、意図せず昇級していったらしい。彼女達は冒険者である事に、特にこだわりはないようだが、恩義は返すものと種族の流儀でこの件を捉えているようだ。

「そういう訳で、直ぐにでもアルカメリアを目指そうと思うが、いいかな?」

 一応、ソフィアとティフォにもお伺いを立てるが、いーよーと気軽に返されて、重い雰囲気が吹き飛んだ。

「ソフィは本部に行った事あるんだろ? トップの人達って、そんな簡単に事故るようなもんじゃないよな?」
「うーん、ほとんど記憶にないですね」

 そうだった。この子、基本的に関係ない人間には、興味無かったんだったわ……。

「ああ、トップ冒険者の何とかカスって人は、今の剣聖でしたね確か。イングヴェイお義父様と比べたら、油カスみたいなものですけど」
「ルーカスな? 『剣聖ルーカス』とか『届く者エンハウド・キュラエズ』とか、伝説多い人じゃん」
「……………………はぁ」
「興味ねえ事、山の如しだな」

 しかし、剣聖ともされる人間が……か。何だかまた、嫌な予感がするな。

作者のつぶやき

この作品のグルメパートは、地理的に似ているであろう実在の国を想定して、そこの名物料理や名産品からイメージしています。
こうした情報集めして、風土や味を想像していると、旅行した気分になって楽しいです。

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