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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第八章 アルカメリア冒険者ギルド本部
第十三話 魔界への布石
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ギルド本部に迫っていた『古代の巨城(エンシェントパレス)』の暴走の危機は去った。
暴走の原因は魔界からのマナの流入量が、
突然上昇した事によるものだと言う。
魔界で魔力に変換され、
大地に配布されるはずの働きが一時的に止まった可能性。
魔界に何らかの異変が起きていると考えられる。
ロジオンは三百年前、
魔界で呪いを受け、
魔王の一家に保護された。
術者の魔物を死滅させるしか、
解呪の方法はないが、
その魔物の姿を見つけられないままにいる。
アルザスの動きが活発化し、
人界にかつて渡った魔界に属する者たちを心配する魔王フォーネウス。
魔王への恩義を何よりも強く感じていたロジオンは、
人界に戻り、それら眷属を助けたいと願う。
未だ幼い肉体のままのロジオンは、
そうであるが故にその想いを諦めようとしていた。
その想いを汲み取った王女イロリナは、
ロジオンにかけられた呪いを薄めるため、
己の寿命の半分を捨て、
対象の魂を同化させる【共鳴法】を使ってしまう。
ロジオンは後ろ髪を引かれながら、
魔界を後にしたが、
その後、魔界への航路は閉鎖されてしまった。
─── バサァ……ッ
天蓋の入口が勢い良く開かれ、兵士の一人が駆け込んで来た。
「何だ騒々しい、入るなら一声掛けんか」
「す、すみません中尉、ギルド本部から使者がッ!」
「なに? このまま動かぬかと思っていたが。会長のウィリアムが帰還でもしたか。分かった、直ぐに会おう」
アルフォンスとか言う異端者をネタに、アルカメリアに圧力のポーズを掛けろと、この不毛な勅令を受けて早ひと月。ギルドも海千山千の組織、こちらの意図を見透かして、無視を決め込むものだと思っていたのだが……。恭順か、拒否か。アルカメリアの古狸、ウィリアム・ボルドウィンがどう出るのか、お手並み拝見といこうじゃないか。
「だぁからぁ、オレはただのお手紙配達だって言ってんでしょ? 細けえこたぁ知らねえし、とっととアンタらが受け取ってくれりゃあいいんですって」
「き、貴様ッ! なんだその態度は!」
「オレぁ、貴族様でもなけりゃあ、躾の行き届いた騎士様でもねぇの。ただの運び屋、銀貨一枚の仕事で来た冒険者なの。分かる? 分かりる?」
「こ、この無礼者がッ!!」
「─── やめんか馬鹿者」
そうたしなめれば、兵士は恐縮して下がる。ここはアルカメリア公国、ギルドの持つ独立国家なのだ。そこで使者を無礼打ちしようものなら、どんな問題に発展するか、分かりはしない。
しかし、これが使者か? そこらのチンピラの使いにしか見えん。いくら便利屋を掻き集めた、由緒もクソもない便宜上の独立国とは言え、使者にこのような風体の者を送るとは。これは、帝国に対する、アルカメリアとしての態度そのもの、とでも言いたいのか? いや、それともこちらの器を探っているのかも知れぬな。
「ああ、良かったよお偉いさんだろアンタ。このおっさん、頭が硬くて話になんねえんだもん。ほいよ、確かに渡したぜ、受領のサイン、ここに頼むわ」
「……貸せ」
周囲の兵士達が殺気立つ中、男は鼻歌交じりで立ち去った。
「何と無礼な! 所詮ギルドに礼節など、期待出来ぬとは思っておりましたが……。人質にでもとって利用した方が良かったのでは?」
「馬鹿者、それこそ相手の思う壺だとは思わんのか」
「し、失礼しましたッ! しかし、これは我が国に対する不敬では⁉︎」
「捨て置け、ここはアルザスでは無いのだ」
これだから貴族上がりの士官は面倒臭い。プライドばかり高く、目を離せば問題を起こしかねん。さて、本当にただの使いだったようだ。渡された封書には、ギルドの封蝋が押され、これが公式な書面である事は確かだ。何かの要求か、はたまた請願か。
だが、開封して書面に目を通すと、私はその意味が一瞬理解出来なかった。
「な、何を言って来たんですギルドは?」
「……読んでみろ」
─── 迷宮が暴走せり。注意されたし、以上
暴走? 迷宮とはあのマールダー最大級の古代の巨城の事か?
「は……! こんなもの虚仮威しでしょう。発見以来、一度も暴走した事のない迷宮ですぞ? 我々が魔物の群などに臆するとでも……」
ド ド ド ド ド ド ……!!
その時、地鳴りが辺りを揺るがした。直後、南側に迫り来る土煙と、見張りの兵士達の悲鳴が立ち上がる。こけつまろびつ、兜を失った兵士が、こちらに駆け寄り叫ぶ。
「て、敵襲ッ! 魔物の群ですッ‼︎」
「な……ッ! 数は⁉︎ 種類は何だ⁉︎」
「た、たくさん─── ‼︎ 早くお逃げ……」
『退避』その一言が喉元で潰された。すでに逃走を始める兵士達を尻目に、私は自分の足腰が言う事を聞かなくなると言う経験を、今初めて体験していた。私の周りにいた数人の部下達も、どうやら同じ状況にあるらしい。
「ち、ちち、中尉……」
「た、たた……退避ィッ、退避ーッ」
大型の肉食魔獣、巨牛型の魔物、シャドウナイトに爬虫類系の魔物。地龍に水龍。そして、古代紅鱗龍の群が目の前に迫っていた
赤龍の金色の眼が品定めをするように、キョロキョロと我々を見回し、黒い縦長の瞳孔を細めた。喉の鳴る重低音に押し潰され、金縛りにあったように動けず、隣の部下が失禁して嗚咽を漏らし出す。辺りに漂う尿の臭いと、恐怖のあまりに嘔吐した者の胃酸の臭いに、こちらまで込み上げてくる。
だが、赤龍達は動かない。頰のせり上がった筋肉と、吊り上がった口角は、まるで嘲笑っているようにも見えた。
ザッ、ザッ、ザッ……
突如、悪夢のような魔物の群が道を開け、その間を歩いて近づく足音が響く。ボロ切れのようなローブを纏う人影が、禍々しい魔力を渦巻きながら、こちらへと歩いて来る。まるで夜の帳を引いているかのように、黒い魔力がその後ろに揺らめいていた。フードを目深に被った顔は、生ある人のものではなく、青白い光に包まれた黒光りする髑髏だった。
リッチ……!
魔術師が何らかの儀式で、生きたままアンデッド化した、この世の者ならざる存在。強大な魔力と、不死の体を持ち、強力な秘術で一瞬にして国土を毒沼に変えるとまで言われる伝説の怪物 。それが今、ゆっくりと片手を上げ、我々を指差した……!
─── 喰ラエ、魔ノ者共ヨ……
歓喜の雄叫びを上げ、魔物達は一斉に飛び掛かる。地獄……その蓋が開いたのだと、全身の細胞が騒ぎ立てていた。どこをどう逃げて来たのか、何ひとつ覚えていない。気がつけば数人で、アルカメリア領の外れの沢に、立ち上がる気力もない程に疲弊して倒れていた。
「お、おれ、こ、古代紅鱗龍なんて、は、はは、初めて見た」
誰かがポツリと呟くと、緊張の糸が切れたのか、皆口々に目撃した恐怖を言葉にする。その声は皆一様に震えていた。
「エイクがヤモリみてえな龍種に食われた」
「怪鳥もいた……誰かが捕まってた……」
「リッチ……リッチが……」
「あ……あんなもん……アルカメリア崩壊だろ」
その言葉で我に返った。ここにいるのは全部で八人か、後の者達はどうなっただろう。確認のしようが無い。国に定時連絡をするための魔道具も、置いて来てしまった。
我々はそのまま呆然と一夜を明かし、翌日から我がアルザスに向かって進み始めた。兵士のほとんどは、言葉を発する事も出来ず、ただ黙々と家を求めて歩いている。
─── アルカメリア冒険者ギルド本部は、現在非常に危険な状態にある
我々はハーリア陛下の勅令の任務に、失敗したのだ。いや、もう圧力をかける必要もあるまい。ギルドの立ち振る舞いはもう掴めた。我々の意向も届いたであろう。生き残った兵士達も、この内何人が復帰出来る事だろうか? アルザスへの道は、暗く足取りの重い帰路となってしまった。
※
「よーし、もういいだろう。気絶してるのをかき集めろ、川に流す」
『河に流すのパパ? 死んじゃうかもよ?』
「構わん。これだけの魔物の氾濫で、生き残りが大勢いる方が怪しいからな」
『『『はーい、パパぁ♡』』』
実際問題、半数以上は死んでるか。冒険者と兵士の戦い方が違うとは、知っていたつもりだが、存外にモロいものだ。彼らは数と統率で、対人間の戦いに特化している。それが体制を整える暇もないまま、一気に襲われたのだから無理もないか。
中途半端に歯向ったために、魔物に【擬態】していた魔導人形達に、かなりの数がやられてしまったようだ。まあ、手加減しろとも言ってないし、そもそも数人逃して消すつもりだったしな。
「ん、生き残りは、四つに別れて、移動してる。まだ減らす?」
「いや、いい。証言もそれくらいあった方がいいだろうしな。これで帝国も、しばらくアルカメリアに近づく事はないだろう」
ティフォもいつの間にか、魔物の姿に変身して、この茶番に付き合っていたらしい。赤い傘のおばけキノコに化けるとか、中々にパンチの効いた感じで、最初は誰だか分からなかった。
この作戦を思いついたのはウィリアム会長だった。帝国側のポーズについては、理解していたらしいが、彼としては一泡吹かせたいと思っていたそうだ。と言うのも、最近の帝国の動きは、世界全体に対して高圧的になりつつあるらしい。ギルドにとって不利益になる動きもいくつかあり、ウィリアムはイラっとしていたそうだ。単に追い払えば問題になるし、放って置けばギルドの弱腰とも取られる。迷宮の暴走を装って、大きく牽制を掛けた形だ。
魔導人形達が、意識を失ってる生き残りを担いで、川に向かって歩き出した。彼女達が居て、初めて可能になった方法だが、効果は絶大だろう。ベヒーモスに頼んで本物の魔物の軍団を呼び寄せても良かったのだけど、それをやったら今頃帝国人は、仲良くみんな魔物の胃袋の中だったろうし。
迷宮の暴走は、時に周辺国をも巻き込んで滅ぼす、大災害となる。それが起きてしまったのだから仕方がないという事実作り。だからギルドに責任は無いよねっていうポーズ。帝国の付け入る隙の無い、強引な追い払い方だ。同時にそれ程の魔物の氾濫が起きてもビクともしない、アルカメリアの冒険者の強さをアピールできる。うーん、たぬきだねホント。
だが、ウィリアムの狙いはそれだけではないそうだ。今回の『エセ暴走作戦』が、魔界に渡るのに必要な一手になると、彼は言っていた。
「オニイチャ、キノコ食べる?」
「それ食えるのかよ……って、うわ、生やし過ぎ、生やし過ぎだって!」
※ ※ ※
帝国兵を追っ払い、アルカメリアの門に差し掛かった時、その入口に人集りが出来ていた。冒険者達の人垣の中心に、頭二つ分も上背のある獅子頭の後頭部と、それよりも四〜五倍も大きな藍色の塊がでんと置かれている。
「……これがハルグリムの主かよ!」
「で、デッケェ、ホントに居たんだな……」
「かぁ〜ッ、見ろよあの鱗、あんなん蛇じゃなくて龍種だろ⁉︎」
どうしたのかと、近くにいた冒険者に尋ねてみれば、セオドアが超高難度の依頼を達成して帰って来たらしい。
三日月の悪夢。アルカメリアの南、キュルキセルの大森林の終わりと交差する湿地ハルグリム。三日月の悪夢はそのハルグリムの主で、太古から生きていると噂された大蛇だ。ハルグリム自体、腐蝕性の毒に侵された、藍色のヘドロに染まる死の湿地。そこに住むその大蛇は、ハルグリムに近づく者の音に反応して、反射的に襲いかかる。そして、数十年に一度、近隣の人里を襲い、丸呑みにする。
今まで何度も大掛かりな討伐が行われたが、一度として成功せず、大半が還らぬ人となったと言われている脅威だ。沼と同じく暗い藍色の鱗に、ヘドロの中から黄色い三日月のような瞳で凝視して、人を気絶させると言われている。これが魔物でも魔獣でもなく、単なる爬虫類の蛇なのだから、世界とは恐ろしい。
その大蛇の頭が、門の前にゴロンと転がっていた。どうやら大き過ぎて、中に持ち込めず、ここでギルド職員の鑑定を待っているらしい。ここ二〜三日目、セオドアの姿を見かけないと思っていたら、討伐に出掛けていたのか。
「よお! 親父どの、見てくれよこれ、中々のもンだろ?」
「おお、凄え頭だな! ソロで行ったのか?」
「おう、アースラなんか連れてって、また出世でもされたら形無しだからよぉ。 俺がヒモ野郎じゃねえって、あの糞メガネに認めさせてやンだよ!」
あー。自分の方が、アースラより階級低く見積もられて、ずいぶんと病んでたもんなぁ。エッラにタメ口で罵られて、獣人化しかけてたくらいだ。
S級指定を、ソロで倒すC級冒険者はあり得ない。すでにアースラはワンランク上のA級にいるが、多分これでセオドアも、アースラに並ぶA級に昇格するんじゃないだろうか。
「けへへへ。これであの女に、呼び捨てにされるのもお終いよ!」
「お、おう、良かったな」
「親父どのは、何してたんだ? そんな死神みてえなボロっ切れ着て、人形引き連れて、カチコミでもして来たのか?」
「ちょっと帝国兵を食い散らかして来ただけだ」
「うわっ、なんだそりゃ! そっち行きゃあ良かったぜ……‼︎」
戦の匂いを逃して残念がるセオドアだが、すぐにその顔が真剣なものに変わった。秘書官エッラが、ギルド職員を連れて、魔物鑑定にあらわれたのだ。
「おう秘書官さんよ、仰せの通りにS級指定、その素っ首獲って来てやったぜ? これでもう、俺をヒモ野郎とは言わせねえ!」
「フフフ、貴方は出来る方だと、ワタクシは常日頃から、そう思っておりましたわミスター」
なんてぇ変わり身の速さ! セオドアも『ミ、ミスター……?』とか、困惑の極みでオロオロしていた。初手で呑まれたな、ありゃあ。ちょっと面白そうだけど、人形達が暇を持て余し始めたので、横を素通りして行く事にした。
※ ※ ※
「人魔海峡を渡るには、普通の船じゃ無理だ。それと帝国側は人魔海峡への渡航を、基本的には全面禁止にしてる。特殊船の調達と帝国への調整、二ヶ月は掛かると思ってくれ」
テーブルに広げた地図と海図を、あれこれ刺しながら、ロジオンが魔界の説明をしている。このかなり精密な魔界の地図は、ロジオンが書き起こしたものらしい。彼がしばらく魔界で暮らしていた片鱗が垣間見えた。
今俺達は、ロジオンとウィリアムから、今後の魔界渡航への流れの説明を受けている。遅れて入って来たセオドアは、何故かうなだれていて『手の平返しが』とか『こうなるはずじゃ』とか呟いていた。エッラのあからさまな態度の変化に、ようやく冒険者カーストの理不尽さに気がついたようだ。まともに相手するだけ無駄だと。
「何だったら飛翔魔術で行く事も出来るが?」
「いや、やめた方がいい。恐らく勇者は魔王の能力で、海の変化にも敏感だろう。飛翔魔術は魔力をかなり必要とするからな。飛んでる最中に捕捉される可能性が高い」
「それだと船も危ないんじゃないの?」
スタルジャの質問に、ロジオンは海図を指し、色分けされた部分と海流を示した。
「普通の船ならな。見ての通り、人魔海峡には大陸を南へと抜ける二つの巨大な海流がある。その間には、逆に北へと登る海流が存在してるんだ。このせいで人魔海峡には、しょっちゅう渦潮が発生してる。これを帆船で抜けるのは、今の造船技術では不可能だ。
魔導船だと魔力で発見される。だから、海龍に曳かせる海龍船を使う」
アケルからダルンに北上する時に、熊耳商会が乗せてくれた、水龍が動力の船と同じもののようだ。海龍は水龍よりも大型で、珍しい種類だ。流石にこの規模の龍種を民間では用意できない。
「海龍船を使う理由はもうひとつ、海龍の持つ魔力が船をカムフラージュする。いくら魔王と言えど、流石に海龍の魔力を察知出来ても、船を曳いてるとまでは分からないはずだ。それにあの海峡は、海龍の巣みたいなもんでな、それに紛れられる」
「へえ、よく考えられてるな。前にウィリアム会長とも魔界調査に行ったと言ってたが、その時も海龍船を使ったのか?」
「ああ、俺が初めて魔界に行った時は、魔力を動力に進む魔導船を使ったが、魔王さんにバレバレだったらしい。ウィリアム会長と行った時は、もう魔界側から封鎖されてたからな。お忍びで渡る方法として考え出した策だ」
ロジオンとウィリアムが、魔界調査に赴いたのは、今から二十年ほど前の事らしい。当時も今ほどでは無いにしろ、古代の巨城内の魔力が急に上がった事があったそうだ。その時も暴走に至らずに終わったが、近くにあるふたつの小さな迷宮が暴走、ギルドはその処理に追われていた。今回、マドーラの発言から、古代の巨城のマナの気脈が魔界と繋がっていると判明したが、ふたりは以前からその線を疑っていたそうだ。中央諸国の数カ国連名で、魔界調査の許可を帝国に提案し、半ば強引に渡航したのだと言う。
「今回も『暴走』じゃからなぁ。アルカメリアとしては、調査に出るのも仕方がない」
「それで帝国に、迷宮暴走の振りをしろって言ってたのか⁉︎」
えっれぇ狸だ、この爺さんは。帝国は未だ勇者物語の信憑性と、アルザスが魔界の門番である振りを、国政として保つ必要がある。相当な理由がない限り、人魔海峡に面したアルザス領の港は解放しない。だが、これだけの窮地を演じておけば、帝国だって断る事は出来ないだろう。
無下にすれば、被害が周辺国にまで流れ、中央諸国から顰蹙を買う事にもなり兼ねない。それにもし、帝国自身が船を出して失敗でもすれば、名誉に大きな傷がつくのだから、ギルドにやらせる他はない。これではどう考えたって、ギルドの要求を飲まざるを得ない。
「古代の巨城の暴走ともなれば、このアルカメリアだけでなく、周辺の国々も危険じゃてな。さらにリッチまで出現したとあらば、帝国も調査の妨害は出来んじゃろう」
そう言って、にこやかに白ひげをいじるウィリアムが、パチリとウィンクした。道理で『エセ暴走作戦』の準備の時、ノリノリで俺の着るローブを作ってたわけだ。リッチはそれ単体で、国崩しにもなり得る脅威の存在だし、それを防ぐ邪魔をすれば帝国への悪感情は免れまい。
「魔導人形達には、もうしばらく仕事をしてもらう事になる。中央諸国との調整は、会長に任せておけば、まあ問題はない。アルフォンス、オレがお前を魔界に連れて行ってやる、大船に乗ったつもりでいろ」
「冒険者に冒険させるのが、トップの役目じゃからなぁ。魔界についてからのガイドも、ロジオンに任せとけば良い。 調律は任せたからの♪」
何だろう、このクソかっこいい大人達は。エッラの奇行に凹んでいたセオドアでさえ、感心の溜息を連発して、ふたりに握手を求めていた。俺達はふたりの調整に合わせ、半月後にアルカメリアを発つ事が決定したのだった。
※ ※ ※
「おお、司教様! いつもいつも、こんなワシらのような集落にまで目を掛けて下さって」
「なにを仰いますか長。私たちは同じラミリア様の使徒、兄弟の安寧を思わずに、光を受ける資格はありませんよ。それに……」
ヴァレリー司教は、炊き出しを終えた憩いの場を振り返り、廃坑の目につく荒んだ集落を見回した。
「あなた方、坑夫がいなければ、人々の暮らしの発展は望めません。今は苦しくとも、多くの人々の暮らしがあるのは、この集落が続いてきたからではありませんか」
「司教……さま……」
「焦る事は無いのです。地に眠る鉱脈を探すのには、一筋縄では行かない。どれだけ頑張っても、報われない事もあるでしょう、でも、翌日には報われる事だってあるかもしれない。それは得てして人生と同じですね。だからこそ、ラミリア様は結果ではなく、ここに生きる皆様が、最良の生き方を探す努力に光をお与えになるのです」
最良の生き方……か。ヴァレリー司教の言葉を横で聞いていた私は、何となく聖剣に目を落としていた。私にとって、教団の剣である事こそが、最良だと思い込もうとしていたのだろうか
向こうでは馬車から、衣料品や薬などの入った援助物資が、集落の倉庫に運ばれている。それらを手伝う人々の顔は、ここに訪れた時に比べてだいぶ明るくなっている気がする。私の視線に気がついたのか、その集まりの中にいた大きなお腹の妊婦が、私に向かって深々と頭を下げた。
「コツコツと……出来る事を……か」
ヴァレリー司教からこの言葉を受けて以来、私はずっと自分に出来る事を考え続けていた。しかし、いざそう考えると、自分には剣を振り続けて来た両手があるばかりで、何をすれば良いのか焦りばかりが募ってしまった。そんな私を見かねてか、彼は私をこうして地方への援助や、なんて事の無い訪問や慰問に連れ出してくれる。
─── 私の聖剣はもう死んでいる
それを隠すためにアルフォンスのアドバイス通り、聖騎士団の残りの任期をそうやり過ごそうとしたら、上層部はあっけなく受け入れた。どうやらアルフォンスの読み通り、私の生死は関係なく、聖剣の回収さえ出来れば良いのだろう。
知らなければ、早々にのたれ死んでいたし、教団に戻るなどあり得なかった。思い返せば思い返すほど、あの男に受けた恩の大きさが大きくて、胸がジクジクと痛む。
こんな想いは初めてだ。両親のよく言っていた『男からの陵辱』とは、これのことをだったのか? あの面影を思い浮かべては、重い溜息が出るのを抑えられない、私はあの男に支配されてしまった。
「ハァ……。こんな精神的な陵辱ではなくて、せめて肉体的にであれば、少しは気楽に……。いや、そもそも陵辱とはなんだ? 両親は具体的に聞いても、濁すばかりだったし」
想像しようにも、頭にモヤが掛かって浮かばない。裸になって一緒に寝るとかか? ああっ、なんて破廉恥なっ!
「クッ……。アルフォンスめ……!」
「ラブリンさん、どうかなさいましたか?」
「─── ッ⁉︎ い、いい、いや、何でも!」
ヴァレリー司教が、にこやかに微笑んでこちらを見ていた。危なかった、思わず口に出ていたか。いつの間にか彼の両脇には、子供達がすがり付いて、袖を引っ張られている。
「「「ヴァレリーさま、あそぼ〜」」」
「こ、これお前たち、司教様になんと無礼な事をしとるんじゃ、散れ散れ散れ、しっしっ」
「あははは、構いませんよ! じゃあ、何して遊ぼうか?」
司教と言えば、複数の国を束ねた教区を監督する、教団でも高位の存在。普通であれば、外交でもない限り、こうして自ら施しに赴くだけでも異例中の異例だ。
ヴァレリー・ジェンシャンは元々孤児だったと言う。教皇ヴィゴール・ウイル・ジェンシャン聖下に拾われ、養子に迎えられた十数人の子供のひとり。彼は養子になるのが遅く、それまではとある国のスラム街に暮らしていたそうだ。そのせいか、こうして司教の激務の合間を縫っては、地方の貧しい地域を回っている。彼の朗らかで親しみやすい性質は、担当する教区外でも絶大な信頼を受け、その貢献から若くして異例の司教職就任となった人物。
その躍進の理由も、こうして見ているとよく分かる気がする。演技でも何でもなく、この人は人間が好きなのだ。分け隔てなくと言うより、人と言うものをよく知り、先を見ているのだと思う。
ただ─── 、
ズザァ……ッ
「「「きゃはは、ヴァレリーさまころんだ」」」
「「「し、司教様ッ⁉︎」」」
「あはは、大丈夫大丈夫! こうして意図せぬ何かが起こるのも、きっとラミリア様の思召しですから。あははは」
「クツとんでっちゃったねぇ」
「あれ? くつした、みぎひだりちがうのはいてるよ?」
「ええ? あ、本当だ! いや恥ずかしいですねぇ、急いで出て来たものですから……」
「「「あははは、ヴァレリーさま、おっちょこちょいだね!」」」
「こ、これお前たち! 笑ったら失礼だろ!」
ヴァレリー司教は仕事以外は、ポンコツに近い程、抜けている。ドブに落ちる、財布落とす、階段落ちる。その度に彼は、ああやって『ラミリア様の思召し』と、笑いながら言うのだ。生傷が絶えない辺り、密かに『聖者になる為の苦行を課してるのでは』などど、噂する者すらある。実際の所は、繰り返すようだが、抜けているだけだ。
だが、仕事の事、経典の解釈については、神がかっているとすら思える。以前、とある村で精霊信仰から改宗した、老婆の質問に答えているのを見た事がある───。
※
「司教さま……わたしは、ずっと精霊さ……精霊を信じて来た罪深き者です。わたしは今でこそ、ラミリア様を心よりお慕い申しておりますが……。わたしは地獄に落とされてしまうのでしょうか?」
老い先の短い信者程、こう言う不安が出やすいものだ。死が近づくに連れ、彼らは己の行く先に不安し、今の信心に疑問を持つ。こんな質問は、今までもよく耳にして来たし、私自身も投げ掛けられた事がある。
『過去はどうであれ、あなたが今、心からラミリア様を信じているのであれば、もう許されているのです』。教科書通りの返答とすれば、こんなものだろう。大抵はこれで今を認め、不安を呑み込む、そう言うものだ。彼もそう言うのだろうと思っていた。
「精霊信仰や一部の土着の宗教には、神はひとつではなく、人の触れる全てのものに神が宿ると言う考えがありますよね?」
「は、はい、わたしの故郷でも、そう教えられておりました。でも、それは、エル・ラトの経典に反するものでございましょう……?」
「いいえ。経典には『他の神をかたることなかれ』と、こうあります。『かたる』とは何でしょう? 『語る』なのか『騙る』なのか。他の神の名を語るだけで罪だとすれば、それは余りにも窮屈です。他の神の名を騙って、人を迷わせてはならない、そう言う事であれば経典の言葉たるに相応しい」
確かにその一節で、他の神や信仰を口にする事すら、許さない者もある。他の宗派や、特に多神教と揉める事の多い、解釈の問題を含んだ部分でもあった。
「このように、経典とは解釈を広く取っている事が多いのです。理由は、こうして今のように、他の人々の信ずるものを、ちゃんと吟味するためでしょう。精霊も、精霊神も、人が思えばそこには在る。それを否定してしまったら、人々の前向きに生きる支えすら、失わせてしまう事もあるとは思いませんか?」
「……は、はい」
「だから、あなたが過去に信じて来た事も、あなたが真摯に生きる為に必要であったのなら、それは喜ばしい事ではありませんか。あなたは正しかった、そして、これからはそれを認めた上で更に正しく生きる事ができる」
老婆は目に涙を浮かべ、肩を震わせながら、彼の顔を見入っていた。
「わたしは……許されるのですね……?」
「はい。正しくは最初から認められていたのですよ。今こうして、私があなたと出逢えた事も、きっとお互い前に進む為の糧となるのです。それは、私たちが認められているからこその、神の思召しだとは思いませんか?」
「は……はい! これからも、ラミリア様をお近くに感じられるよう……真摯に生きて行きたいと思います……う、うぅ……」
嗚咽を漏らす老婆を抱き締め、ヴァレリー司教は愛おしそうに微笑んでいた。
※
─── 教科書通りの返答が『今を認める』事ならば、彼の言葉は『今も過去も認める』ものだ
過去の自分に憂いがあれば、不安はいつでもぶり返すだろう。しかし、彼はその不安を受け入れ、先に進む事の必要性を説いたのだ。今も目の前で、どこか頼り無い顔で、ヘラヘラと笑う彼に威厳など見当たらない。
しかし、真に人を導くのは、こういう人物なのかも知れないと思った。