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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第八章 アルカメリア冒険者ギルド本部

第五章 冒険者

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アルザス帝国が中央諸国に侵攻を始めている裏で、
その手がアルカメリアのギルド本部にまで伸びていると聞いたアルフォンスは、
その裏で起きたトップ冒険者達の負傷の噂を探るべく訪れた。

アルフォンス達が訪れるのを心待ちにしていたという、
本部長秘書のエッラに迎え入れられるも、
彼女の冒険者の階級カースト意識が高く一触即発。

難なく冒険者登録審査に通過したセオドア夫妻、
そしてなぜかエッラに目の敵にされるスタルジャ。
ギルド本部の修練場で、
魔術国家ローデルハットの元宮廷魔術師エッラと、
精霊使いのランドエルフ、スタルジャの手合わせが始まる。

 カツーン……カツーン……カツーン……

 ギルド本部一階フロントホール、その石質の廊下を歩く、硬い靴音が反響する。その音に冒険者のみならず、職員達までもがやや緊張気味に姿勢を正し、その人物が通り過ぎるのを待った。白い中折れ帽に、白い毛皮のコートを羽織ったその背中を、誰もが気圧されて口をつぐんだ。
 と、その男に職員のひとりが近づき、耳打ちをする。

「ほう、の冒険者が到着したのか」
「はい、今は五階の応接間で待機しています。お会いになられるのでしたら、別室にお連れいたします」
「いや、その必要は無かろう。オレが直接向かう」

 そう言って、男がホール奥の階段に姿を消すと、時が動き始めたように人々の会話が再開された。

 ※ 

「と、言うわけでぇ、お三方の試験結果が出ましたよー♪」

 エッラの底抜けに明るい声に、スタルジャとセオドア夫妻がにわかに落ち着きを失う。最初は興味ないような事を言っていた三人も、いざ自分が評価されるとなると、気になってしまうようだ。エッラのに、眩しそうに目をしかめながら、ミーナが冒険者証と、記章の乗ったトレーをテーブルに置いた。

「もう出たのか、速いな」
「はい主人様♪ ブヨブヨになってた体も元に戻りましたし、呑み込んでた水は全部吐き出せましたから、大丈夫です♡」
「いや、君の事じゃなくてだな」

 水神様スタルジャの逆鱗に触れ、一瞬にして土左衛門どざえもんにクラスチェンジしたエッラは、俺の蘇生魔術によって聖戦士にクラスチェンジを終えている。一度死ぬと人生観が変わって、穏やかになる者が多いが、彼女は底抜けに明るくなっていた。

「ええ~主人様にならぁ〜、エッラの体のこと、全部教えちゃっても……いいんですよ! きゃはっ、言っちゃった♡」
「いいから早く結果を言いなさい、そこの眼鏡!」
「そうよ! それとアルからもう少し離れて! あんまり馴れ馴れしくすると、次は砂漠の精霊神、喚んじゃうからねっ⁉︎」
「はいは〜い、ごめーんね♪ じゃあ、試験を受けた順番で発表しちゃうぴょん☆」
「「「イラッ……‼︎」」」

 エッラが『ダ ラ ラ ラ』と、ドラムロールを口ずさむが、巻き舌が苦手らしい。その不調なリズムに、全員のイライラが最高潮に達した時、エッラはセオドアをビシッと指差した。

「セオ、C級認定! やったね♪」
「そりゃあ、どうなんだ……?」
「普通はF級からスタートだ。D級になるまでにも、数年かかるやつがいるくらいだ、大したもんだよ」
「あたしとユニはB級だけど、二年近く掛かってるわ、自信を持って良いと思う」

 エッラはうんうんと頷き、セオドアに冒険者証と記章を手渡した。ついでに満面の笑みで、彼の頭を撫でながら、鼻を鳴らしてコメントをつける。

「ま、なかなか良いんじゃなぁ~い? 精々がんばんなさーいねぇー♪」
「なあ、こいつぶった斬っていいか?」

 なんだろ、聖戦士化した後の方が凶悪なのは、初めてのケースで戸惑う。終始セオドアにはタメ口だしな。

「続いてはぁ〜♪ アースラさん☆ いきなりB級です! すごいすごーい」
「あら、セオに勝ってしまいましたわね」
「─── ⁉︎」

 真っ白になってるセオドアを余所に、エッラはアースラに、同じく冒険者証と記章を渡した。

「あの魔術は凶悪ですね♪ ずば抜けたサポート能力でびっくりしちゃいました☆」
「あ、ありがとうございます。あの、ちょっと貴女、近いですわ……」
「ちょっと待てッ! なんで俺がアースラより下なんだ⁉︎」

 吠えるセオドアに、彼女は明らかにアースラへの表情より、数段下げて答えた。ちなみにアースラには敬語を使ってはいるが、心はタメ口な感じだ。

「だってセオ、中途半端じゃなぁい? 技術は洗練してたけどぉ、取り立てて飛び抜けたトコ無しって言うかぁ〜」
「くっ、無難に合わせ過ぎちまったか⁉︎」
「冒険しない冒険者なんてぇ、気の抜けた麦酒みたいなもん?」
「やっぱこいつ叩っ斬る!」

 猛獣セオドアが髪を逆立てて立ち上がるのを、ティフォが触手で羽交い締めにする。ちなみにエッラはそんなセオドアを指さして笑っている。

「くそッ、離せジト目ッ! あいつ殺して俺も死ぬッ!」
「ん、落ち着け、
「ひ、ひもッ⁉︎」

 セオドアが真っ白になって席に沈む。

「では、最後にスタルジャさん」
「は、はい……」

 エッラの毒気がスッと消えた。慈母の如き、優しげな微笑みでスタルジャを見つめ、ゆったりとした口調で話す。

「おめでとうございます。スタルジャさんはA級冒険者に認められました。こちらをどうぞ」
「え、あ、ありが……とう」

 あれだけ目の敵みたいな扱いを受けてただけに、流石のスタルジャも戸惑っている。

「筆記試験は優良、戦闘試験ではキングオークを一撃、魔物の存在についても独自の論をお聞かせ下さいました」
「あ、うん……」
「魔術試験では、ワタクシの上級魔術をいとも簡単に打ち消し、さらに上位の魔術を。文句無しのA級です! 大きな仕事をいくつかこなせば、すぐにS級昇級の候補に上がると思います」

 そう言い終わると、エッラは深々と頭を下げた。

「数々のご無礼、どうかお許し下さい。冒険者の未来のためとは言え、スタルジャさんには酷いことを言ってしまいました……」
「うー、き、気にしてないから(これ冒険者カースト上がったから?)」
「ありがとうございます。その優しさ、心苦しいばかりです。今後もアルフォンスさんのパートナーとして、どうかお力添えを」
「はい。それはもちろん」

 一応、俺の将来を考えての、スタルジャへの態度だったのか。まだ露骨な冒険者カーストはあるみたいだけど『B級になってから物言えや』と蔑んでたのに、C級のセオドアにそれなりの態度で、接するようにはなっているからな……。多少は緩和したと思っていいのかな?

「それに、ワタクシは貴女にお礼を言わなければなりませんね……」
「お礼?」
「だって─……」

 ガポッ

 エッラは突然俺の兜を外し、頬擦りするように顔を押し付けて来た。

「ワタクシに、生まれて初めての『』、気がつかせてくれたのですから……♡」
「「「おい眼鏡ッ⁉︎」」」

 引き離そうとするが、なんだこの人、めっちゃ力強いッ⁉︎

「あ、あのな? それは恋じゃなくて、ただの『忠誠心』なんだよ……。君に蘇生魔術を掛けた時、グールになる行程があるんだけど、その時に主従関係がだな 」
「はぁ〜、この神聖すら感じる黒髪、情熱的な紅い瞳たまりません♡」
「は、話を聞けッ!」
「無駄ですよアルフォンスさん。エッラ先輩、二十数年間、妄想だけが恋人でしたから。はぁ、これだからこじらせた生娘は」
「子供は何人欲しいですかワタクシお庭の大きなお家が欲しいですお庭には白いブランコがあって大きな犬も飼いたいですねあら貴方もそうでしたか奇遇ですねいいえ運命なんですよ家具は白で統一すると明るくていいですよね貴方のことはアルリンでワタクシのことはエッちゃんあたりが妥当ですかね妥当ですよねそうですよね」
「息継ぎ、息継ぎぃっ! は、離せぇッ! ちょっと! この人怖いッ!!」

「はっはっはっ! エッラもやっと現実の相手を見つけたか」

 部屋に渋い男の声が響く。エッラの肉コルセットで締まる首を、無理矢理そちらに向けると、いつの間にか部屋にその人物が立っていた。白い中折帽に、上質なスーツの上から羽織る、白い毛皮のコート。

「いよぉ色男、待ってたぜ『』アルフォンス・ゴールマイン」

 そう言ってニヒルな笑いを浮かべ、両手を大きく広げた。

「オレは、ロジオン……ロジオン・サーヴァスだ。このギルド本部を取り仕切ってる」

 心地よい重低音の、やや酒焼けした声。

 そんなダンディズム溢れる、見た目が、煌々と輝く銀色の瞳で俺の事を見つめていた。

 ※ ※ ※

 アルカメリアで、事件が起きたのは、十日前の事だった。
 こども本部長ロジオンは、この三週間程、南部諸国の視察で不在だったらしい。事件の報告に俺達も同席して欲しいと頼まれ、部屋を本部長室へと移動した。分厚い報告書の束を前に、エッラが書込みだらけの地図を広げて、説明を始めた。

「最初は迷宮内の様子がおかしいと、探索していた冒険者達が、一斉に引き上げて来たのが発端でした」

 アルカメリアに隣接する迷宮『古代の巨城エイシェント・パレス』で、暴走の気配があると報告を受けたギルドは、五人八班体制で上位ランクの冒険者四十人を調査に向かわせた。古代の巨城エイシェント・パレスの暴走の予兆は、初めての事でかなりの騒動になっていたと言う。たまたま本部に居合わせた世界ランク一位の冒険者ルーカスを始め、三名のS級冒険者とA級冒険者のみで構成された調査チームで、当初はすぐに終わるだろうと予想されていたと言う。

「迷宮内は濃厚な魔力に溢れ、魔物は暴走寸前まで強化、倍増していて、調査は難航していました。しかし、流石はルーカスがリーダーだけあって、探索から六日後、彼らは最下層に到達したのです」
「ルーカスがいて、六日も掛かったのか? いつもの三倍は掛かってる、それ程、暴走の前触れが強大だってのか」
「はい。本部長がお戻りになられるまでお時間がありましたし、迷宮存続と暴走の危険性を比較した結果、場合によっては迷宮主の討伐も視野に入れていました。完全武装のトップチーム四十人総出で六日間です。事件はその最下層で起こりました」

 迷宮は魔力溜まりをエネルギーとして、魔物や魔石なんかを媒体に創り出される。その迷宮主を処理すれば、通常は迷宮も消失する、それは今までの通りだ。しかし、この古代の巨城エイシェント・パレスはちょっと事情が違う。地下に広がる迷宮自体が、強い魔力を発生させていて、迷宮主を倒しても迷宮が消失する事が無かった。それどころか、迷宮主を倒しても、数日後には新しい迷宮主が現れてすげ替わる。それは遥か昔からの事で、この迷宮が元となり、ギルドが誕生したとも言われているそうだ。
 だが、暴走が起きた事は、今まで一度も無く、今回の異変はギルド発足から始めての事だった。

「報告によれば、最下層にいた迷宮主と思しき対象は三体。どれも新種で、巨人族に近いものだったと」
「迷宮主が三体だと⁉︎ そんな迷宮聞いたことが無い」
「はい、彼らも同じくそう考えたようです。しかし、討伐を終えた時、その地点に新たな扉が現れた事から、今まで最下層だと思われていた階層は中途だったのではないかと判明しました」
「─── ⁉︎」

 その時点でチームの人員は、四分の一を失っていた。しかし、残りの人員の士気は高く、扉から発せられる魔力も強大だった事から、彼らはその先の調査を続行する決断を下した。

「扉を開けた先は、すり鉢状の巨大な空間で、待ち受けて居たのは古代エンシェント紅鱗龍レッドドラゴン
「─── ‼︎」

「天災級とも言われる龍種です。もちろんこの迷宮で確認されるのは初。連戦直後で疲労していた彼らは、辛くも討伐に成功し、更に人員は半分以下まで消耗。新たな扉も出現しなかった事から、そこが最下層だったのだと胸を撫で下ろした矢先」

 冒険者達は、すり鉢状の大地の上から、ずらりと並ぶ古代エンシェント紅鱗龍レッドドラゴンに囲まれていた。

古代エンシェント紅鱗龍レッドドラゴンに囲まれただと⁉︎」
「その数、およそ八十〜九十。彼らは直ぐにその場から退避しようとして、更なる問題に直面しました」

 ロジオンは言葉を失い、呆然と迷宮の見取図に出された、新たな空間の描画に目を奪われている。古代エンシェント紅鱗龍レッドドラゴンと言えば、ギルドの判定だと、少なくともA級以上で組んだパーティ複数で、やっと一体倒せるかどうかのS級指定の龍種だ。残り十五人やそこらで、その群れを相手にするのは、まず不可能だろう。

「更なる問題って、それだけの絶望の上に、まだ何かあったのか⁉︎」
「はい……。古代エンシェント紅鱗龍レッドドラゴンとは全く、圧倒的な存在だったと。ルーカスはそれと交戦するも、四肢を失い瀕死の重症に。現在は意識を取り戻して居ますが、もう冒険は不可能かと……」
「ル、ルーカス……が、あのルーカスが……⁉︎ その相手とは……一体、何だったと言うんだ⁉︎」
「分かりません。一瞬の事だったらしく、相手の能力も力量も測りかねたと。ただただ、邪悪な魔力を纏った、人型の悪魔であったと口を揃えて言っています」

 部屋に沈黙が流れた。ロジオンは眉間を指先で押し、険しい顔をしたまま、何かを考えている様子だった。

「現在、迷宮の魔物が溢れ出る様子はまだありません。でも、時間の問題でしょう。既存の迷宮にいる魔物であれば、この街の冒険者達でも、ある程度抑える事は出来ます。しかし、最下層の扉が破られた場合は……」
「このアルカメリアが、いや、周辺国が食い散らかされるかも知れん。しかし、よくその状態でルーカスを始め、残りのメンバーは生還したものだ」
「幸いにも、亜空間倉庫の魔道具を持つ者が複数いた事で、治療を受けられるまでの時間を稼げた事が大きいかと思います。それとこれは一番大きな問題なのですが……」

 エッラはそこまで言うと口をつぐみ、目を伏せて深く息を吐いた。

「なんだ? 言ってみろ」
「彼らが無事に逃げられたのは、同行していたリスクマネージャー職の類稀たぐいまれな采配によるものです。それが無ければ……全滅、私達は重要な人材を一度に失う事となったでしょう」
「言いづらいのは分かった。ただ、報告で言葉を濁すのはやめなさいエッラ。起きた事は起きた事、君が口にしたところで、それは君の責任ではない。それに、その人物の大体の目星は、もうオレにもついている」

 その言葉に、エッラはやや顔色を取り戻し、意を決したように報告を続けた。

「会長……です。ウィリアム協会長自らが、囮となって新層に残り、彼らを逃したと」
「そうか、やはりあいつか……。
─── てっ、へ……? ハァッ⁉︎ 会長? え、嘘、マジで⁉︎」
「……申し訳ありません。迷宮に入ろうとするのを、皆でお引止めしたのですが、どうしても行くと言い張られて」
「えぇ……何やってんだよ、あの爺さんは。いや、あの人だったら『冒険者の生き様はワシが守る』とか言い出しそうなものだが」
「はい、一言一句違わずに、そのように仰られてました。あの方は冒険者を愛していらっしゃいますから」

 ロジオンはがっくりと肩を落とし、呆然としている。確かに会長職の人間自ら、危険地帯に出張るなど、何を考えているのかさっぱり分からない。

「ちなみに、本部長は目星がどうとかおっしゃられましたが、どなただと思われていたんですか」
「てっきり、マッコイ辺りかと……最近張り切ってたし。あいつ、俺が出張から帰るといつも飛んで来るのに、今日は来なかったからな」
「マッコイ監査課長は、越権行為により、今拘束中です」

 ロジオンの目が一瞬で落ち窪み、絶望の表情でエッラを見上げた。

「……え、あいつ何したの?」
「ほら、帝国の使者がしつこかったじゃないですか。それでも答えを先延ばしにしてたのに、ギルドを代表して、正式に要求を突っぱねちゃったんですよあの人」
「ああ、アルフォンスの件か。いや、それは問題ない。すぐに解放してやってくれ、お咎めは無しだ」
「かしこまりました。本部長がそう仰られるのでしたら、そのように」

 なんか、マッコイさんの本部での扱いが、垣間見えたような気がしてしまった。結構お茶目な人だったのか。再び沈黙に包まれた部屋に、ロジオンの深い溜息が響いた。

「そう言うわけだアルフォンス。本当はお前さんにも手伝ってもらいたかったんだが、事態はとうにそんな状況を超えちまった。流石のお前でも、古代エンシェント紅鱗龍レッドドラゴンの群れなんざ、どうしようもねえやな」
「んー、いや、別に問題じゃないが」
「いやいや、ルーキーってのはそう言う無鉄砲さが良いモンだが、俺はそういう蛮勇に死にたがるってのは応援しないぜ?」

 ヤレヤレと首を振る彼の前で、ティフォがポシェットからあれこれ取り出して、テーブルの上に並べ始めた。それを見たこども本部長ロジオンは、子供にするような、甘い声でティフォに話しかける。

「んん? そこの可愛いお嬢ちゃん、それは一体何かな〜?」
「ん、牙、うろこ、ツメ、魔晶石、尿路結石とジャーキー」
「ははは、おや龍種かぁ、ずいぶんと大きいし、えっらい魔力放ってるねぇ。すごいねぇ……すご……すご過ぎな……い?」
「「─── ッ⁉︎」」

 ロジオンとエッラが、慌ててテーブルに顔を近づけて、頭突きし合って倒れた。エッラはそれでも飛び起き、牙の欠片を手に取ると鑑定を始めて、すぐに目を見開く。

「こ、これ、古代エンシェント紅鱗龍レッドドラゴンのです……! ぜ、ぜぜ、全部本物……ですよ⁉︎」
「お、お嬢ちゃん? こんなすごいのどこでもらったのかなぁ? って、うわっ、山積みになってる⁉︎」
「ん、あたしとオニイチャの暮らしてたとこ、その赤トカゲいっぱいいたよ?」
「「あ、赤トカゲ⁉︎」」
「俺のいた所じゃあ、そう呼んでたんだ。畑とか燻製小屋にたかるから、よく駆除してた」
「ど、どんな地獄だよそりゃあ……」

 呆然とするロジオンの肩を、ティフォがポンと叩く。

「だから心配、ない。あたしたちに、任せろ」
「き、君はもしかして『ナゾの古代魔術師ティフォ』か⁉︎」
「そだよ」
「済まない。ガストンの奴が妙に推して来てたんだが、正直信じ切れてなかったぜ。君達に、出来るのか……⁉︎」
「なんか俺のせいで、帝国が迷惑かけてるみたいだしな。それに、迷宮が暴走したら、他人事じゃない。迷宮調査、俺が請負おう」

 ロジオンが差し出した手を掴むと、熱い眼差しでグッと目を見つめられた。

「この時期、このタイミングでお前さんがここにやって来たってのは、運命としか言いようがねえな。随分と長いことギルドにいるが、神をこれほど近くに感じたのは、初めてだぜ」
「神とは相性がいいんでね」

 見た目はこどもだけど、もの凄く熱いひとなんだなぁと、握った手から伝わって来る。荒くれ者の多い冒険者達をまとめるのは、こんな人なのかも知れないな。その脇からエッラが俺に絡みついてくるが、意識下から完全に切り離す事で、事無きを得る。明日にでも本部長とルーカスの元へ行き、見舞いを兼ね、迷宮の詳細を聞く約束をつけた。

「なあ、ティフォ」
「ん、なぁに?」

 宿泊施設に案内される途中、俺は何となく気になった事を尋ねた。

「珍しくギルドの仕事に積極的じゃないか」

 ティフォは基本自由人、決められた仕事より、好き勝手を求める気質だ。それが赤トカゲの素材をチラつかせて、ロジオンの信用を勝ち取ろうとしてまで、迷宮行きの話を進めていた。

「ん、ドワーフたちが、バクバク食べたから、赤トカゲの肉、無い。久しぶりに食べたい」
「あ、食欲なのね……」
「それとね。あと、もう少し、だから」
「もう少しって、何が?」

 聞き返すと、ティフォは頰を赤らめて『何でもない』と呟いて、ふよふよと飛んで行ってしまった。

 ※ ※ ※

「─── すまねえ……ロジオン……」
「あん? 何を謝る事があるんだルーカス。この前の依頼をに出してたことか? それとも、勝手に俺の名前でにしてたことか?」

 ロジオンの冗談に、ルーカスは乾いた笑いをフッと見せ、再び一言『すまねえ』と呟いた。病室のベッドの上に、術式をびっしりと施された布を掛けられた、世界最高峰の冒険者が横たわっている。その布の膨らみ方から、彼が手足を失ってしまった事は明白だった。病室には彼の他に、彼のパーティメンバーの生き残りが数名、悲痛な面持ちで集まっていた。その彼らにも、重傷者が多く、包帯や当て布に魔術が施された姿が痛々しい。

「儂は、皆を守れんかった……。それに、ウィリアムまで─── 」
「でも、十一人の命は無事だった。そしてお前さんは、迷宮の情報を持ち帰った。ルーカス、お前さんが完璧主義なのは知ってる。しかし、今回は『調査』が依頼だったんだ。仕事は達成だぜ?」
「結局、最初に討伐した古代エンシェント紅鱗龍レッドドラゴンは、階層主ですら無かった。失ってしまった若者達の悔いは、絶望は一体どれ程のものであったか! あの迷宮がどこまで続くものか、せめて後十年若ければ……儂はまだ出来たと言うのに。うぅ……ぐっ、ああっ!」
「ど、どうしたルーカス!」

 突如苦しみ出し、身をよじる。寝具に掛けられた魔術が、淡く発光するが、彼の苦悶の呻きは治らなかった。

「ちょっと失礼いたしますね」

 ソフィアがそのルーカスに、安息の奇跡と、微弱な麻痺の魔術を施す。途端にルーカスの容体が安定して、顔に安らぎが戻った。

「今は興奮は禁忌ですよ。大変な事が起きた後で、落ち着けと言うのも無茶だとは思いますが……。体の欠損で、一時的に血流と血管のバランスが崩れていますからね」
「む、其方はソフィアではないか。久しいな」
「えっと、はい。ルーカス……さん」
「フッ、やっと名を憶えてもらえたか、フフ」

 流石にここに来るのに、彼女も重要人物として名前は憶えたようだ。

「真の強者に、ようやっと認識されたと言うのに、このザマとはな」
「あら、貴方こそ名実共に、最高の冒険者でしょう? 絶望の中から生き延びた彼らが、貴方の側を離れようとしない。貴方が希望である証拠ですよ」
「「「─── ッ」」」
「だが儂ももう、店じまいだ。文字通り、手も足も……出ん」

 シワの刻まれた目元を、寂しげに窪ませて、ルーカスは自嘲気味に微笑んだ。

「あれは地獄だ。古代エンシェント紅鱗龍レッドドラゴンは対策を練れば、どうにかなる。だがあの悪魔は、白髪の悪魔は……。何をされたのかすら分からなかった。剣気を向けた瞬間、儂は地面に叩きつけられておったのだ」

 彼はその瞬間、自分の手足が宙を舞う中、ただ無感情に自分を見下ろす悪魔の顔を見たと言う。剣聖である自分を、歯牙にも掛けずに下し、感情ひとつ動かさぬ相手に打ちひしがれた。

「一瞬だが、膨大な魔力を感じた。あれは魔なる者に違いない。中途半端な魔術は鬼門、生半可な剣では届かぬ。あれとの差を埋めるのは……」
「ルーカスさん、今は安静に。貴方はまだ、その闘いに心を置いているのですね?」
「当たり前だ。冒険は、無謀ではない。未知なる難問に挑み、ああでもない、こうでもないと、その先を夢見て、安全な帰還まで実現してこそが冒険よ」

 ルーカスは絶望などしていなかった。自分の手で超えられなくても、誰かが未踏の地に辿り着く事を願い、今も闘う気でいる。剣は無くとも、知恵で闘う。

 剣聖は、剣が立つから剣聖ではない、その振り方を知っているから剣聖なんだ……。そして彼は生粋の冒険者だ、彼の言葉でパーティメンバーの表情に、幾ばくかの光が戻って来たように見える。未知への挑戦、その夢が人を焚きつける、彼らはこの悲劇を乗り越える希望を求めていた。ここにいる誰もが、諦めていない!

「お初お目にかかる、ルーカスさん。俺はアルフォンス・ゴールマインと言う。俺はあんたに頼みたい事があって、ここにやって来た」

「おお! 『ルーキー』か! フ……会えるのを楽しみにしていた。頼み事とはなんだ?」
「これから俺が迷宮を攻略する。だが、一から進んだんじゃあ、効率が悪い。俺が古代エンシェント紅鱗龍レッドドラゴンも悪魔も倒す、あんたにガイドを頼みたい」

 ルーカスは目を丸くして、しばらく呆然とした後、顔をシワだらけにして笑った。

「ハアッハッ、それは無理だな。残念だが、まだ傷も埋まり切っておらん、迷宮暴走は時間の問題よ。コースとポイントなら、全て教えてやる。それとも何か、儂を負ぶって行くつもりか……フフフ」
「いや、直接ガイドしてもらいたいし、負ぶって行くのも勘弁願いたい」
「ではどうしろと……言うのだ?」

 苛立たしげな表情で顔を背ける彼に、俺は手をかざし、魔術のイメージを思い描く。

「あんた自身の足で、ガイドを頼む。─── 【癒光ラヒゥ】」

 ルーカスと、そのパーティメンバー達が、青白い光に包まれる。ルーカスに掛けられていた、治療術の布がボコボコとうごめき、部屋には骨肉の盛り上がる濡れた音が響いた。

「なッ! ……ぐぅあぁぁぁぁッ⁉︎」

 ベッドから布がずり落ち、今まさに再生した骨を、這うように筋肉が伸びて繋がる両腕が露わになった。神経系統が繋がる瞬間に生じる痛み、その一瞬の苦痛に顔を歪ませルーカスは呻くが、それを他所に皮膚はシュルシュルと腕を覆って行く。そうして直ぐに、彼の手足は再生された。日焼けした顔に比べて、シミひとつない真っ白い手足だが、それもやがて馴染むだろう。

「はぁッ、はぁッ、はぁッ……」

 部屋にはルーカスと同じく、欠損部分が修復されたメンバー達の、荒い呼吸だけがさざめいていた。

「……お、おい、ルーキー⁉︎ こりゃあ一体何だ‼︎ 手足魔術なんざ、聞いた事がねえぞ⁉︎」

 真っ青な顔に、目元だけ真っ赤に紅潮させたロジオンが、興奮して俺の袖を引っ張る。

「あー、そのあれだ、すごい【癒光ラヒゥ】……」
「初級魔術じゃねえか‼︎ それでこんな奇跡が起こるってえなら、誰も死にやしねえぞ⁉︎」

 ルーカスを治療する気はあった。でも、もし余りにもショックに沈んでいたのなら、却って彼を追い詰めかねない。人体を失う程の闘いの後だ、それも理不尽な戦力差の中で。その精神的外傷は、例え傷が治ったとしても、恐怖と無力感に苛まれる可能性がある。場合によっては数年後に、その心の傷が風化した頃に、突如深刻な心の障害になるケースも想定していた。

 それを見極めてからのつもりだった。だが、彼らの心は折れてなどいなかった。なら、俺は彼らを連れて行く、迷宮に散ったプライドを取り戻して、再びこのギルドで立ち上がれるように。

「せっかくの休暇を潰して済まないが、ルーカスさん、あんたらの力が必要なんだ。俺達を深層に、連れて行ってくれ」

 信じられない様子で、手指の動きを確かめていたルーカスは、差し出した俺の手を見てニヤリと笑った。

「ここで断る冒険者は、田舎で家業でも継ぐべきだ。くっ、ふはははは! 任せろ、儂があの悪魔の元まで、お前を届けてやる」

 彼の目にギラリとした光が灯った。再生したばかりの熱い手が、俺の手を固く握り締め、彼の意思を伝えて来る。完全回復したメンバーも、同じく覇気に満ちた目で俺を見つめて、深く頷いていた。

 さて、迷宮攻略の前に、もう一仕事片付けるとしようか。

作者のつぶやき

舌っ足らずのドラムロールに煽られるのは、ガンジーでもおでこに噛みつきに行く辛さ。

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