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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第八章 アルカメリア冒険者ギルド本部
第十六話 月
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魔界に向けて出航するために、
アルザスの外れにある港『フィヨル港』で、
ロジオンと合流を目指すアルフォンスたち。
しかし帝国側から『栄光の道』を閉ざされ、
南アルザスの端『緑の帯(ランヤッド)』経由で、
洞窟『心調絃風穴(タンブル・オゴフ)』を抜けるルートを選ぶ。
亜人狩りの被害に遭っていたエルフを助けたものの、
彼らの一族『風の境界(フィナウ・グイ)』は、
この森を守る神獣『神龍ディアグイン』にかけられた呪力が溢れ、
衰弱していた。
神獣の張る結界内に聖域を創り出したアルフォンスは、
魔術に目がないエルフたちに歓迎されるも、
魔王である疑いをかけられる。
それは三百年前の預言者アマーリエの残した予言が繋がっていた。
地響きを轟かせ、森に土煙が上がると、周辺の鳥達が一斉に空へと飛び上がった。火の見櫓ほどの大きさもあろう、二体のゴーレムが立ち上がり、左右に分かれて停止する。
二体が今まで背を預けていた岩肌に、ぽっかりと洞穴の入口が姿を現し、中から湿った空気が流れ出た。同時に押し寄せる、想像を遥かに超えた濃密な瘴気は、それそのものに即死やターン・アンデッドの力すら備わっているようだ。
「皆んなはここまでだ、里の境界内にいれば、この瘴気は防げる。これが晴れるまでは、何があっても追って来るなよ? 命の保証は出来ないからな」
どうやら彼らが認識していた以上に、瘴気の濃度が上がっていたようだ。風の境界の住人達は、後退りさえしながら、何度もうなずいている。
ここが心調絃風穴か。三百年近く人間の立ち入りを禁じて来た、アルザス西北部へと繋がる風穴。ここを進めば、ロジオン達と合流する予定のフィヨル港に程近いポイントだ。森と岩山を抜けるルートより数日早く着けそうだし、この亜人の庭の森も救えるのだから一石二鳥か。
「じゃあ行ってくる」
「どうかお気をつけ下さいましなぁ……」
ラーマが不安気に背中を丸めてそう言うと、エルフ達が一斉に、独特なリズムで弓の弦を指で弾いて音を立てた。彼らの鼓舞のまじないらしい。その奇妙ながらも、高揚する音を背に、俺達は風穴へと足を踏み入れた ─── 。
※
「魔物一匹いないの……」
「神獣さんがちゃんと仕事してるってことかもよ? 瘴気と魔力はどんどん濃くなってるし、これじゃあ人間はおろか、魔物も魔獣も近づけないもんね」
ユニとスタルジャの話し声が、風穴内に反響して、先の長さを教えてくる。スタルジャの言う通り、進むに連れて瘴気と禍々しい魔力が近くなっているのが分かる。
風穴内は湿った臭いの割に乾燥していて、意外にも足場は磨いたようにフラットだ。ムグラ達の建築に使われていたのと同じものだろうか、つなぎ目の無い石床に、長年のホコリが積み上がっている。その上に薄っすらと残る足跡は、里のエルフ達が数年置きに神獣の様子見と【時間停滞】の魔術を更新しに通った跡だろう。
時間に干渉する魔術は、超高難度な術式が必要とされるもの。それだけの技術がありながら、神獣に施された解けない呪いと言えば、やはり偽聖剣の持つ負のエネルギーが頭に浮かぶ。
「オニイチャ、神獣、かーさまと同じ? にせせーけんの呪い?」
「多分な。そうで無けりゃあ、人間の考え出した呪術程度を、エルフ達ならとっくに解呪してるだろうし」
「ん、治せる?」
「見てみないと分からないよ。侵食されていない魂が、ある程度残っていれば、属性反転で負のエネルギーを消しちゃえばいいんだけどな。女騎士みたいに負のエネルギーが結晶化してたりしたら、ローゼン式解呪法の出番だが……。今回も同じかどうかは分からない」
ローゼンの考案した解呪法なら俺も使えるしその準備もあるけど、果たして神獣が大人しく処置させてくれるものだろうか。そんな事を考えたり、皆んなと相談しながら、魔物一匹いない細い道を淡々と進む。そうして突如、巨大な空洞が通路の先に見えた時、ティフォが呟いた。
「ん、オニイチャ、いた」
そのホールは天然の大空洞とも言うべきだろうか、通路の先に広がる薄暗い空間は、その奥が暗くてよく見えない。ティフォの言葉とほぼ同時に、エリンの体に闘気がみなぎった。流石は索敵能力がバカ高い二人だ、目に見える距離にそれらしき姿はまだ見えない。ゴツンゴツンと、独特な足音を響かせる床石から、全員足音を消してゆっくりと進む。
ジャラララ……
遠くで鎖を擦り合わせるような硬い音がして、暗闇の先に何かが動いた。
「……でけえな」
セオドアの声が、どこか嬉しそうな色を滲ませて、背後から呟かれる。その声につられるように、ユニとアースラから、補助魔術が幾重にも発動されて、皆が強化され始めた。
ルロ……ロロロ…………
『神龍ディアグイン』古代エルフ語で『白黒』を意味する名の通り、白い巨体に虎とよく似た黒い縞模様の入った龍種の姿。それが喉を鳴らしながら、体に巻いていた長い首をシュルシュルと解き、時折触れ合う鱗同士が鎖のような音を立てていた。
あの鋼のような鱗、防御力の高さはもちろん、かすめられたら手足が持っていかれそうだ。
長い首を全て伸ばし、細長くも引き締まった四肢で低く構える姿は、レイピアやフルーレを思わせるシャープな印象だった。通路の先、そのやや開かれたホールに佇むそれが顔を向けて、喉を震わせる重低音を響かせている。殺気は無いが、警戒心に目を赤く輝かせ、ただジッとこっちを見ていた。
「話せば何とかなる。とかは無さそうだよね……これ」
「ああ、ちょっと無理そうだな」
暗闇に光る赤い目が、何度か点滅して消えると、突如緑色の光を放つ。その体に落としていた影が、陰影の無い黒一色に変化した瞬間、数え切れない程の無数の目が開いてこちらを捕らえた。
偽聖剣の練り上げる、負のエネルギーが実体化した闇の姿。神獣は偽聖剣によって傷つけられ、今はその悪意に呑まれかけている!
「 ─── 【着葬】ッ‼︎」
漆黒の髑髏鎧が俺を包むと同時に、神龍ディアグインの喉元が青白く明滅すると、鋭く短くブレスを連射する。巨大な矢じりのような形のそれは、ゾッとする程に低温の魔力の塊。それが正確に俺達それぞれを狙って、ほぼ同時に撃ち出された。
「凍結系魔術です! 絶対に触れちゃいけませんよ⁉︎ 紙一重で避けるのも禁止、巻き込まれちゃいますからね〜」
「中途半端な結界もだめなの! かえって反応させて引き寄せちゃうの!」
「この狭え通路で避けるのは無理だッ! 前に走れ、ホール内で散るしかねえッ!」
セオドアの声と共に一斉に皆で走り、神獣のいる開けたホールに飛び込んで散開する。直後、さっきまで俺達のいた通路に撃ち込まれたブレスが、連続してパァンと破裂音を上げた。通路からは膨大な冷気が噴き出して、通路と繋がるホールの壁面を白く凍結させる。
この凍結魔術の力が、どれだけ危険かを物語っている。超低温の冷気が押し寄せて、瞬間的に空気中の水分が結露を起こすと、ホール内の視界を真っ白に染める。限りなくゼロに近い視界に、凍りついた水蒸気が、キラキラと舞い踊った。
こんなもん、ブレスが近くを通っただけでも危ねえ! 通路内で避けようなんてしてたら、一発で氷漬けだった。そこらの古代龍種なんかとは、比べ物にならない魔力を秘めている!
その魔力から感じる異様な深みが、神龍と呼ばれるに相応しい、知性と戦力の高みを思わせた。
「─── 『火蜥蜴よ、燃え盛るヘーゲナの海の風を呼べ!』」
スタルジャがすかさず火の精霊を喚び、視界を覆う冷気を、下から吹き上げる熱風で搔き消す。その魔力を察知した神龍ディアグインは、上に長く続くホールの壁を、高速で駆け回って登って行く。
白地に黒い虎縞模様の長い身体は、その巨体からは想像を絶する俊敏性を備えていた。細く長い首をくねらせて、壁面を縫うようにコース取りしながら、四肢の爪で一瞬の内に視界の届かない高さに消えた。影に隠されたホールの上部には、時折壁面の凹凸に鋼の鱗が触れる火花と、削り取られた石塊が散る様子だけがうかがえる。
逃げた? そんな甘い話がある訳は無く、今度はホールの遥か上から、張り詰めた魔力反応がのし掛かった!
「もう一発来るぞッ! 今度のは極大だ! 通路に戻れッ!」
遥か頭上の壁に、逆さに張り付いた神龍ディアグインの喉元が、さっきよりも大きくブレスの魔力を光らせている。セオドアの声に全員が従い、通路に逃げ込んだ瞬間、ホールの床が冷気のブレスに押し潰されていた。一発目で凍りついた通路には、ホールを埋め尽くした氷が、収まりきれずに氷塊を作り出している。
「ハァ、ハァ……! なるほど、アルザスの軍を単体で押し返しただけの事はありますわね。こんな忙しい闘いは、わたくし余り好きではありませんのよ?」
「奇遇ね、あたしもよ。それに向こうはどうしたって、忙しい闘いを続けたいらしいわ……。みんな来た道を戻って! 奴が来るわッ!」
エリンが叫び、皆で入口方向へと今来た道を走って戻り始めると、氷漬けにされたホールから轟音と地響き。直後、氷の壁を突き破って、神龍ディアグインが狭い通路を身を細めて高速で駆けて来た。冷気の相を帯びた魔力と空気がぶつかり、紫色の電光が走る。鋼の鱗が通路の表面を削り、火花が激しく散る、凄絶な速度で迫り来ていた。
「は、速いッ!!」
「何やってんだアースラァッ、速くこっちへ来ねえと氷漬けに─── 」
セオドアの叫び声に思わず振り返ると、アースラが両手を広げて、通路の真ん中に立っていた。
『時の神霊スジャラクよ、我が盟約の血の祈りに応えよ。時を紡ぐ糸車を止め、我が慈しみの癒歌が、御魂に束の間の安息を与えん。シーサリューク、シーサーリューク、スゥイプス・オー・スラウィーフ。労いの微睡みを、時の紡ぎに欠伸をこぼせ…… 【時間停滞】ッ‼︎』
通路が光に包まれ、糸車がゆっくりと自然に止まる音が、何処からともなく木霊する。直後、アースラの目前にまで迫っていた神龍は、薄ぼんやりと体の表面を光らせて、急激に動きを鈍らせた。
「オホホホ! このわたくしを走らせたバツですのよ? 飛び切りの『降魔神霊術』をぶっ放してやりま……し……た」
「アースラァッ‼︎」
彼女が膝からガクンと落ちるのを、セオドアが飛び込んで抱き上げ、こっちに避難して来た。エルフ言語由来以外の時間停滞魔術は、初めて目にした。詠唱も術式も簡素ながら、神霊とやらに膨大な魔力を抜き取られている。
普段からアースラは余り動かず、おっとりと生活していた。もしかして降魔神霊術って、べらぼうに魔力取られるから、いつも温存してたのか?
詠唱で発動する分、更にリスクは絶大だが、効果は抜群だ!
神龍はその速度を亀のように鈍らせ、怒りに顔を大きく歪めている。噴出されたブレスも、時間停滞の影響を受け、ゆっくりと飛んで来る。最大の脅威だった速度さえ抑えられれば、こっちのものだ。
「セオ! アースラをこっちに、すぐに魔力を回復するの」
「オウッ、頼んだぜ! でかしたアースラ、あんだけノロけりゃただのナメクジだぜ!
野郎は俺がぶった切ってやら─── 」
─── ド……スゥゥンッ
俺とエリン、ソフィアとスタルジャが、一気に間合いを詰めようとしたその時、神龍は口元を妖しく歪めて、床を前足で重々しく叩いた。足下から広がる青白い光の波紋が、通路内の床を伝播して行く。この術式と反応は、確かアルカメリアの迷宮『古代の巨城』で、アースラが使ったものと同じ……。
ズシャアアアァァァ……!
通路を埋め尽くさんばかりの数の人影が、床から生えるように突き出して、一斉にこちらを振り返る。
「エ、エルフゾンビ……⁉︎」
「うっ、この数は流石にき、キモチ悪いなぁ」
俺達を囲うように現れたエルフ族のアンデッドの群れ、その身につけた物から、相当に古い年代のものだと分かる。
「三百年前の……戦死者たちですね」
「ただのアンデッドでもない、魂の代わりに、神龍の魔力が埋め込まれてる。これは【浄霊】辺りで、一撃掃討は叶いそうにないな」
そう、これはただのアンデッドじゃない。遺体を使ったゴーレムみたいなもんだ。その証拠に、動きは俊敏で、攻撃にも知性と学習が見られる。己の手で侵入者を排除出来ないと見るや、神龍はこの屍肉のゴーレムを手足とした。一体なんだコイツの知能の高さはッ⁉︎
「だああッ、この狭っ苦しいとこで、面倒臭えもン出しやがって‼︎」
苛立たし気に振り切られたセオドアの大剣が、その一振りでエルフゾンビの群れをゴッソリと、粘土細工のように引き千切る。辺りには黒ずんだ泥のような体液が飛び散り、腐敗し切ったドブに似た悪臭が、辺りに立ち込めた。続けてソフィアが、通路の前にいるエルフゾンビごと、神龍に向けて斬り刻む神威を撃ち込む 。
ババババシャァッ! ……ガキィンッ
エルフゾンビを細切れにして地面を濡らす断続的な水音、そして神龍に神威が届いた時、金属同士をぶつけ合せる重苦しい音が突き抜けた。
「流石は神獣ですね。神威が効きません」
「これはちょっと弱らせてから【属性反転】ってのも難しそうだな」
俺達の戸惑いなど関係なく、エルフゾンビ達が押し寄せ、身動きの取りにくい狭い通路には神龍のブレスが連射される。アースラのお陰で、ブレス攻撃も脅威では無くなったが、この小回りの利かない状況では一段と状況が悪い。ブレスをかすめたエルフゾンビから、凍結の魔力が伝播して、時折こちらまで持って行かれそうになる。
まさか、足止めと攻撃、そして凍結魔術の伝播の媒体にするためのエルフゾンビの召喚か!?
更には偽聖剣の呪いだ。女騎士の時と同じように、目玉だらけの闇が、鋭い触手を伸ばして攻撃に参加する。幸い、時間停滞の影響で、それ程問題ではないが、手数の多さにうんざりだ。
「オニイチャ、めんどい。ころす?」
「そんな天真爛漫なティフォが、大好きだよ俺は。でもね、もう少し慎重に物事考えようぜ」
「うふ。大好きって、いわれた♡」
違うそこじゃない、言わんとしてるのは、そこじゃない! この神獣がエルフ達の支えだったわけで、もしこいつを殺してしまったら、誰が彼らを人間から守るのか。出来れば元の姿に戻してやりたいが、見た限り魂の侵食が激しくて、生き残ってる部分はごくわずかだ。これじゃあ、属性反転で偽聖剣の負のエネルギーを消失させたとしても、残される魂は一握り。
弱体化が免れないどころか、そのまま死ぬ可能性も高い。だいたい、龍種の魂まで研究した事がないから、何をどれくらいやっても平気か、さっぱり分からないと来てる。
「オニイチャこそ、はっそうのてんかん。まるっと殺せばいー」
「は? そんな事したら、エルフ達は、亜人の庭は誰が守るってんだよ」
「オニイチャの配下にすればいー。リックとかエッラみたいに。そーすれば、魂が大分リセットされるし、足りない分はオニイチャの魔力、わけてもらえる」
「聖戦士化か!」
完全に盲点だった。龍種と言えば肉、肉と言えば龍種ってくらい、食庫保存の対象だったから『蘇生&属性反転』は頭に無かったわ! 龍種は魔物じゃないから、死んで直ぐに消えたりしない。完全に魂が侵されてないだけに、聖戦士化した方が、助けられる可能性が高い。その上、上手く行けばここの神獣として、パワーアップ出来るかも知れないしな!
「よし! そうと決ま ─── 」
「オッラアアアアァァァーッ‼︎」
隣のティフォに振り返ろうとした矢先、聞き覚えのある、やたら気合の入った雄叫びが、風穴の中を揺るがせた。ティフォの人智を超えた右フックが頰を捕えると、曲がっちゃいけない角度に歪んだ神龍の頭部が、壁面にのめり込む。
真っ赤な触手をざわざわと踊らせて、執拗かつ痛烈な拳の連打が、壁面ごと神龍の頭部を押し込んで行く。
「え! あ、あれ? ティフォちゃん、殺っちゃってますけどいいんですかアルくん⁉︎」
「た、多分。聖戦士化すりゃいいよねって話になった途端に、気がついたらもう飛びかかってんだもん……」
「あ、その手がありましたね。じゃあいいんじゃないですかー♪」
もう殴っているのが頭部なのか、壁面なのかさえ、見分けが付かなくなっている。皮一枚で繋がった首はダラリと下がり、手脚と尾の先だけがビクリビクリと痙攣していた。
「ティフォ様、あれ、相当ムカついてたの」
「あいつ、面倒臭いの苦手だもんなぁ」
「なぁ、親父どの。あれ、暗黒神かなんかかよ? 俺ァ、生まれて初めて魂が縮こまるってのを、今経験してるぜ…」
「気にするな、平常運転だ」
いやね、神龍は龍種としては規格外に強いけど、それは殺さないように対処しなきゃいけなかったから大変だったわけで。殺していいなら、話は早いよね。
やがてポゥっと抜け出た魂が、怯え切った様子で旋回するのを確認して、俺は神龍ディアグインに魔術を発動させた。
「 ─── 【蘇生】【属性反転】‼︎」
後はお察しの通り、後光のさした神龍様のリニューアルオープンの予定だったのだが……。何故か神龍の身体がみるみる縮み、思わず『え、なんで?』を繰り返し呟く俺の目の前で、小さな人型にまで収縮されてしまった。
「こ、これ、女の子になってますよ?」
※
数十分後、一度エルフの里に戻った俺達は、彼らのお礼も程々に聞き流し、再び風穴の中を足速に進んでいた。
「でも、よかったんですか? 神獣が使い魔になるとか、すっごく便利そうじゃないですか」
「風の境界のエルフ族と、亜人の庭の安全のためだ。置いて行く」
「うふふ。そう言ってパパ上さまは、これ以上婚約者が増えるのを、避けたんじゃあありませんの?」
龍人系のアースラだからこそ知っていた事実。龍種の中でも歳を経た強力な個体は、人型になるのは造作も無いと言う。
何故、そこまで強力な存在でありながら、人型に化けるのかと言えば、より強くなる為により知性の高い人族とも子を成す為だと言う。そうして産まれたドラゴンハーフは、霊的にも高く、不老不死と同等の肉体に龍種の力、非常に高い知性を有するそうだ。
龍種は発情期が滅多に来ないため、余り表沙汰にはならないが、発情期が来た時はそれはもうすっごいらしい。特に雌の龍種が『何としてもこの相手と子を成したい』と思った時は、確実に当たりが出るまでフェニックスのように……ドラゴンなのにだ!
「冗談じゃねぇ! 俺は種馬なんてまっぴらごめんだ!」
「うふふ、雌龍はそれこそ殿方の夢を叶える、超絶テクをお持ちだそうですのよ? それも、すでに人型になってまで、パパ上さまの理想を叶えようとしてたくらいですから、それはもうゾッコンだったでしょうに」
「へえ〜。アルの理想って、あーいう少女少女した子なんだぁ……」
「ち、ちち、違えよッ⁉︎」
「「「ひそひそ、ひそひそ……」」」
「ほらそこ、真に受けない! ……ソフィアは何をメモってんだ何を!」
そう言うわけで、俺は少女化した神龍ディアグインを、エルフの里に放り込んで逃げて来たわけだ。濃厚な瘴気のせいか、聖戦士化してすぐにまた気絶したのが幸いだった。意識があったら、どうなっていた事やら。里に張られていた神獣の呪力の結界はそのままだったし、少しすれば意識も戻るだろう。
「と、兎に角! これで緑の帯の森の安全は確保されたんだ。この先がどうなってるか分からない、先を急ぐぞ!」
「風の境界のエルフかぁ、会えてよかったなぁ」
スタルジャがふふふと微笑んで歩き出す。彼女にとっては、ランドエルフの過去の劣等感を解消する、良い機会になったのだろう。
※
風穴を進むこと五日目、脚力を強化しつつ、今日も先を急ぐ。風穴の中を歩くのは、整った足場と障害物が無いせいか、想像以上に早い。暗闇と変化の無い風景の連続に、気持ちが萎えかけるも、八人も揃えば色々と話も弾む。ソフィアの位置情報の観測が定期的にあったのが、更に安心感を高めていた。
そうして辿り着いた唐突な道の終わり。
床と同じ材質の壁が出口を塞いでいて、誰がどうしようにもビクともしなかったのが、スタルジャが触れた途端に扉が現れた。エルフの眷族のみに反応する術式だろうか?
彼女がドアノブを掴み、特に力を入れる様子もなく、小さな音を立ててそれが開かれる。
─── そこには夕暮時の終わり、空の向こうにやや赤味の残る空が広がっていた
扉は山に囲まれた何処かの草原に、唐突に繋がっていたようだ。これもエルフの幻術だろうか、岩山の中を進んで来たつもりが、途中から魔力の道を通っていたらしい。最後にソフィアが出てくると、扉はスウっと姿を消してしまった。これなら簡単には、人も風穴には辿り着けないだろう。流石はエルフ達の知恵と言う所だろうか。
「あれがファルブ山ですかね〜」
そう言って振り返るソフィアの向こうに、今潜り抜けて来たであろう、一際大きな岩山がそびえていた。
─── ファニルと二ブルの星が並ぶ時、ファルブ山に光登り、骸の魔王が風をもたらす
エルフの里で聞いた、アマーリエの予言で出てきた『ファルブ山』。里のエルフから聞いていた特徴と一致しているようだ。
「って事は、本当に正しい場所まで来れたんだな。ここまでたった五日か、予定よりも大分速いな」
道無き道を行く森のルートなら、二倍から三倍掛かってもおかしくはなかった事を思えば、順調過ぎだ。長いモグラ生活からの脱却を皆で喜び、近くにあった巨石群を利用してテントを張り、ここで一晩休憩する事にした。風穴内ではせめて食は華やかにと、散々奮発して来たが、今夜は今夜で風穴踏破の祝いを楽しむ事にする。
やがて陽は完全に沈み、代わりに満天の星を散りばめた夜の幕が覆われると、目を奪われる程の巨大な満月が姿を現わした。数年に一度の、月が近づく『ネイの福音』の周期、その中でも最も月の大きくなる期間。それが真上に登る頃、皆は口数少なく、ただただ目を奪われていた。
ほぼ真上にこれだけ大きな月が、煌々と輝いていると、何だかただの巨大なシートか何かが貼り付けられているだけの様にも見えてくる。あまりにもスケールの大きい自然現象の風景は、距離感やサイズ感を吹き飛ばして、不安すら感じさせた。
一瞬の高揚感と、ここ数日の密接した距離感のせいか、俺は何となくセオドアに聞きにくかった事を尋ねた。
「なあセオドア。今回の件もそうだし、ブラドと初めて会った夜もそうだったけどさ。どうしてそんなに、子供の事を心配するんだ?」
ブラドの馬車が激突した時、彼は『子供が苦しむのがダメ』だと言って取り乱していたし、今回の件だって亜人の子供達を含めて考えていた。そう問えば、彼は少し困ったような顔をして、頭をボリボリ掻いて答えた。
「……覚えてねえンだ。でもよ、何代か前の俺に相当な何かがあったンだろうな。子供が泣いたり苦しんだりしてるのを見ると、胸が張り裂けそうになっちまう」
何代か前のセオドア。魔公将は魔界の泉にいて、魔王に殺される事で、再び蘇り契約する。その時、能力から記憶から、契約者たる魔王の思いのままに変えられるそうだ。
─── 『……ちッ、おんなじ場所に縛られてるとかよ、聞いててつまんねぇんだよ!』
確かラーマ達からエルフ族の話を聞いて、彼はそう吐き捨てていた。思えばあの言葉にも、魔公将として生まれた事への呪詛が、込められていたような気もする。
魔公将の事はよく知らない。それに何となく彼が話したがらない素振りを見せるから、深く聞こうとはしてこなかった。今もただ『そうか』とだけ返した。
「へへ、詳しく聞こうとしねえンだな。これだから大親父どのを思い出すンだ。優しいンだよなぁ」
「話したがらないもんを聞いても仕方ないだろ。祖父さん、俺に似ていたのか……?」
セオドアは嬉しそうに頰を膨らませて、饒舌に祖父フォーネウスについて語り出す。
「俺達ァよ、魔公将なンて御大層な肩書きもらってるが、記憶も感情もあやふやなゴーレムみてぇなモンだ。魔王さまに殺されるってぇのは、魂をリセットされて、主従関係になる。つまりは、親父どのの使う【蘇生】によく似たからくりだ」
「……蘇生、魂の再構築か」
俺の蘇生魔術がグール化するのは、禍々しい魔力のせいだろう。そして属性反転で聖戦士化すると、何故か皆が俺を『主』と呼ぶ。魂の再構築で主従が結ばれ、『敵意を向けない存在』に、書き換えてるのと同じ事か。なるほど似ている。
成人の儀以降、魔術が全ておかしな事になったが、理由は未だに分からない。魔術的知識では何も解明できなかった。【蘇生】で相手が主従関係を結んで蘇生されてしまう流れなんかは特に。もしかしたら、俺の中の魔王として受け継がれたものが、そうさせているのかもしれない。
「大親父どのはよ、泉にいる虚ろな俺達の内、人の形を成してた者を集めて保護してくれたンだ。前にも少し話したろ? 普通の子みたいに住処まで用意してくれてよ、あんなにあったけえ時間は無かったぜ。前の記憶はなくてもよ、分かるんだ。」
「懐かしいですわね『貴様らもそろそろ自由に生きてええじゃろ』って、仕えたいお方に言われるのは戸惑いましたけどね。たまにお顔をお見せになって、撫でられたあの手の大きかったこと……。胸が震えましたわ」
「そういう『付いて行きたくなる』ってえのかね。クヌルギアの覇者、魔王ってのは、そう言うモンなんだろうぜ?」
セオドアとアースラは当時を思い返してか、懐かしそうに微笑んで、また月を見上げている。
「子供の苦しむ姿が辛えのは、そんな日々でも変わらなかったンだ。結局、俺が何を背負ってたのかすら、思い出せねえなンてよ、情けねえじゃねえか。魔界を抜けてから、傭兵やってたのもよ、鉄火場にいりゃあそんな場面に出くわすからさ」
「……苦しくなかったのか?」
「苦しいさ。でも、てめえの運命を振り返りも出来ねえって事の方が、遥かに辛え。だが、親父どの。あんたに会ってからは、そんなしがらみも忘れっちまってた」
「……そうか」
「あんたといりゃあ、てめえじゃあ救えねえモンも救える。後ろを見てねえで、前に何かを積んでくやり方もあンだってな。エルフの里を救うのだってよ、そうでもしなきゃあ、ブラドに笑われちまうって思ったんだ」
そう言って目尻に深いシワを浮かべて笑うと、セオドアは懐から小さな銀の鎖を取り出す。セイジンキキョウのペンダントが、月明かりを移して輝いて見えた。
「ブラドの奴は、生まれたばかりででも、あんたがこの世に必要なんだと分かってた。だからあいつは命を掛けてでも、あんたの助けになろうとしたんだ。……俺もよ、ようやく覚悟が出来たぜ」
それを我が子のように見つめて、一度深く握ると、真っ直ぐに俺に向き直った。
「─── 親父どの、俺ァ、あんたに付いて行くって決めた」
そう言って、俺にブラドのペンダントを手渡した。
「約束までには間に合った。ほれ、見ろよ親父どの、魔族を祝福する最高の月夜だ!」
「……ああ」
「後は親父どのが、魔王さまになるのを待つばかりだな!」
「…………」
セオドアはそう言って立ち上がると、草原に立ち、獅子のような金色の髪を月の下で輝かせる。大きく腕を広げ、胸一杯に息を溜め、それを唱えた。
─── 【剛なるは孤、寂寥の毒を求めん】
革鎧が弾け飛び、鉄の腕輪は砕け、尚も隆起する筋肉が軋みを上げた。無骨でデカくて、でも大らかな人柄そのもののセオドアの肉体が、破壊と殄滅の為だけに研ぎ澄まされた殺戮者の姿へと変貌する。圧倒的な闘気、災害級の魔力、それらを抑え切れずに渦巻かせて、獅子の獣人はグイッと牙を剥き出して笑った。
『さあ、俺を─── 殺してくれよ、親父どの……』
夜切がしゃんしゃんと鳴くその鞘を掴んで黙らせ、俺は立ち上がりセオドアと対峙する。
「ああ、セオドア。俺がお前を殺してやる……」