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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第八章 アルカメリア冒険者ギルド本部

第十二話 ロジオン2

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魔導人形たちと龍人族の協力を得て、
アルカメリアの冒険者たちの訓練が始まった。
協会長ウィリアムの目論見通り、
迷宮の奥から受け入れた友人たちは、
冒険者たちの新たな風になろうとしている。

アルフォンスがクヌルギアス家に連なるものだと知ったロジオンは、
魔界で起こった過去の出来事を告白する。

貴族の依頼で魔界に素材収集に渡っていたロジオンは、
想定以上に強力な魔物に消耗していた。
そして、ひょんな事故から呪いを受ける。
それを解消するには、
その術者となった魔物を死滅させるしか無い。

しかし、不幸が重なり、
ロジオンはそれを取り逃し、
小さな置物に変化させられてしまう。

「おはよう。ところで、あなたはだぁれ?」
「おはよう……ハッ⁉︎ あれ⁉︎ 喋れる⁉︎」

 その日は突然やって来た。前日の夜、いつものように姫さんの布団に横たえられたのは覚えてる。だが、急に意識が暗くなって、気がついたのが今だ。六十年以上忘れてた『寝る』って感覚だったと、ようやくその時に気がついた。慌てて跳ね起きて、自分の手足を見回すと、確かに人の姿には戻れてる……。

─── だが、四〜五歳の子供の体だった

 姿見の前で膝をついたオレを、姫さんは後ろから近づいて、頭を撫でている。

「あなたはもしかして、ケロリン王子?」
「ケロ……ああ、うん。そうだよ……そうだったんだ」

 ケロリン王子は、姫さんがカエル人形にされてたオレにつけた名前だ。オレの頭は混乱していた。何をどう説明すればいいのか、今まで魔王一家に正体を隠して潜入してたようなもんだ。最悪、侵入者として、殺されるかもしれない。

 肉体があるってのは、それだけで疲れるもんなんだな。急な変化に耐えられなかったのか、不安を感じた途端に体がだるくなって、動ける気がしない。
 姫さんはそんなオレから離れ、部屋の外へと飛び出して行っちまった。

 おしまいだ。直ぐに城の者達が駆けつけ、オレは拘束、冷たい牢屋にぶち込まれて、処刑されるのを待つだけ。

 空を眺め続けた六十年間、何度も死を望んだが、今は死ぬのが途轍とてつもなく怖い。魔王一家に、幸せを見ちまったせいかもしれない。そんな事を考えてたら、直ぐにまた扉が開いた。その音は死刑判決にも似た、無情の響きに聞こえた。

「ほら、見て! ケロリン王子が男の子になっちゃったでしょ!」
「あら、本当ねイロリナ。これはどうしたものでしょう」

 姫さんが連れて来たのは、母親のエルヴィラ王太子妃だった。王太子妃はオレにゆっくりと近づくと、手を伸ばして来る。思わず身をすくめたオレの頭に、彼女の手の感触が伝わり、全身がビリビリする。

「ご、ごご、ごめんなさ─── 」

「おはようケロリン王子。うーん、初めましての方がいいのかしら? あなた、ごはんはパンとか食べられるの? 虫とかだと、直ぐには用意出来ないから困ってしまうのだけれど」

「……へっ? ご、ごはん?」

 困惑するオレに、王太子妃は自分の羽織っていたショールを掛けてくれた。上質で柔らかなそれは、温かくていい匂いがした。

「何よりまずはお洋服ね。ちょっとお待ちなさい、用意させましょう」

 その時ようやく気がついた。今まで人形だったオレに、服なんて物が着せられているはずもなく、生まれたままの姿だった事に。慌てて前を隠すオレを見て、王太子妃はにこやかに笑い『気にする事はありませんよ』と囁いた。その声は、今まで見て来た温かな家庭の、母の声そのものだった。

 ※ 

「……んで、オレは一時期、姫さんの弟として迎え入れられた」

 何でも姉さんは弟をずっと欲しがっていたらしく、母さんも男の子に恵まれる事に憧れがあったそうだ。一夜にして、急に人間の子供の姿になったと言うのに、すんなりと受け入れられたらしい。

「みんな良くしてくれてな。ただ、魔王さんだけは最初からオレの正体を知ってたみたいで、何度か『ワシの孫娘の裸を見た罪は重い』とかチクリと言われたよ。姫さん、カエル人形のオレが相当気に入ってたみたいで、風呂まで一緒だったからな」
「…………」
「あ、勘違いすんなよ⁉︎ 姫さん小さかったから、オレは何とも思ってなかったからな⁉︎ むしろ、気まずくて仕方なかったくらいなんだからなッ⁉︎」
「必死になる方が怪しいぜ、ロジオン」
「な、なッ! おい……っ⁉︎」
「ふふ、冗談だ。動けなかったんだし、仕方ないだろ」
「はぁ〜、そうなんだよ。それからは流石にお風呂同伴はお断りしてたぜ。でも、女の子ってのは成長が速え、その内、オレと風呂入ってた過去も恥ずかしがるようになってな。ちとギクシャクしたんだ」

 そう言うもんなのかな、俺は周りに女の子居なかったから、よく分からない。ただ、そう言われると、そうなのかなって気もする。

「あー、立ち入った話で気を悪くしたら済まない、今もまだロジオンの呪いは続いてるんだろ?」
「ああ、そうだ。何とかギルドに入れる年齢までは取り戻せたが、呪いは今も生きてる。お陰で『憤怒の炎』を扱えるようになって、出世したから何とも言えんが……」

 そう言って、ロジオンは立てた人差し指の先に、魔力を一切使わず、蝋燭のような火を灯して見せた。

「それ、呪いの副産物だったのか。ギルドに入れる年齢って十二歳だっけか、どうやってそこまで呪いを退けられたんだ?」
「それもな、姫さんのおかげなんだ。だからオレは魔界に足向けて眠れねえんだよ」

 ※ 

 ガッ……シイィ……ッ‼︎

 力任せの棍棒の一撃を、肩口に食らった。脳が揺れ、肩の骨が砕ける直前、本能的に踏み込んでインパクトを殺す。以前なら次の流れに持ち込めたはずが、この小さい体じゃあそうも行かない。元の体の経験が、所々で使えねえんだ。茂みに勢いよく転がされる体、防具の隙間に枯れた草の根元が刺さって、もうどこが痛えのかも分からねえ。

「ゲッゲッゲ……ッ」

 粘液でぬらぬら光る鼻先を、だらしなく揺らして、トロルが笑ってやがる。トロルなんざD級の魔物だってえのに、今のオレじゃ歯が立たねえ。正直嫌になるぜ。

 石ころみてえに道端でくすぶってたウン十年、人に戻れたと思ったら、無力なガキだ。体は動きを憶えてても、手足の長さ、力、重心、どれを取ってもアンバランス。だからと言って、こんな低級な魔物にくれてやる命はねえんだ。

「くそっ、なに笑ってやがんだちくしょうッ!」

 小声で回復魔術を唱えるが、この体に巣食う呪いは、魔力の流れすら妨害しやがる。魔力感知すら満足にできねえしな。ほんのりとしか、回復の手応えが感じられねえが、ゼイタクは言ってらんねえ。気を取り直して剣を構えると、トロルの野郎はピクリと鼻を揺らして、雑巾みてえな毛むくじゃらの体を低く構えた。向こうさんも、そろそろ付き合ってらんねえって所なんだろ、明らかに殺気が籠ってら。

「っらあッ‼︎」

 微々たる魔力で脚力強化、一気に間合いを詰めて、袈裟斬りにしようと剣を振りかぶる。トロルはそれを棍棒で払おうと、力を溜めて前に出た。

 ゴロンッ!

 トロルの間合いに入る寸前で、思い切り勢い良く前転して、奴の視界の下に入り込む。棍棒に弾かれるはずの剣を見失って、たたらを踏むその裏膝に、ナイフを突き立てた。

「ゲギャアッ⁉︎」

 体を踏み留めていた脚をやられて、仰向けにコケるトロルの喉元に、真っ直ぐ剣先を突き降ろす。短い呻きを上げて、直ぐにトロルは黒い霧へとなって散って行った。

 パチパチパチ……

「やるじゃないかロジオン! 二度目の挑戦で倒すとは、中々のものだ。元冒険者と言うのも、伊達ではないな」
「ゼェッ、ゼェッ……! だめだ、こんなんじゃ、全然だめだ! くそっ、子供の体ってのは、なんでこんなに非力なんだ」

 思わず八つ当たりみてえに声を荒げた自分を恥じた。すぐに謝ったが、同行してくれていたオリアル王太子は、にこにこしてて最初から気になんかしてねえって顔だ。偉い人だってのに、オレに敬語はいらねえだの、遠慮するなだの物腰優し過ぎだっての。これが人界だったら考えられねえ。

「まあ、焦る必要もなかろう。六十年も動けなかった上、急に体の大きさが変わったのだ。それを補えるだけの、経験と勘が未だに残っている方が、賞賛に値すると思うぞ?」
「そ、そうか? そうかも知れない。あ、ありがとうな、オリアル殿下」
「うーん、まだ硬いな。オリーって呼んでも良いのだぞ? それともパパにしておくか?」
「どっちも胃に穴があきそうだ……」

 オリアルは笑って、オレに回復魔術を掛けてくれた。無詠唱魔術なんざ、絵空事だと思ってたオレには、それだけでも驚愕なんだが、彼には何ら特別でも無いらしい。

「少しずつ慣れて行けば良かろう。その体に合った闘い方も、魔界での身の振り方も。時間はたっぷりあるのだロジオン」
「そう……そうだな」

 本当は『それじゃあアンタらにいつまで経っても恩返し出来ねえ』と答えたい所だが、このクヌルギア一家ってのは皆んなそれを嫌がる。『恩に着て欲しくなどはない』と。最初は金持ちの余裕かと思ったが、そうじゃねえ、魔界は力を分け与え合う世界だ。人助けはリターンを相手に求めるんじゃなくて、助かった者が生きて存在する事自体が、皆へのリターンなんだと言う。利他的ってぇのかね、貴族と餓死する貧乏人が転がってる人界じゃあ、ちょっと考えにくい世界だ。

 魔王が魔界のエネルギー変換の器だと聞いた時も驚いたが、それで生活している彼らとは、人界の文化は根本から違うとも思った。そのせいかな、魔界で他人にカリカリしてるやつなんか、ほとんど見たことがねえんだ。

 だからオレは、より彼らのリターンとなれるよう、あのクソ忌々しい怨讐の怪鳥ディアル・ドードーを見つけて呪いを解く事を決意していた。

 オリアルの言葉はありがたいが、オレは一刻も早く力を取り戻したかった。彼はオレの修練に付き合って同行してくれるが、オレの現役時代なんかより遥かに強い。意思疎通が出来ずに、襲い掛かってくる魔物には容赦が無いし、苦戦しているのは見たことが無い。流石は魔王の第一後継者、S級冒険者が束になって掛かっても、敵わないんじゃないかと思う。いや、人界なんか、彼ひとりで手中に収められるんじゃねえかなぁ。

 『殺す気概』ってのかね、闘いに対する姿勢が、魔族ってのは根本からモノが違う。彼のアドバイスを受けながら、オレは魔界の森で一から鍛え直して行った。時に危ない局面もあったが、体の大きさにも慣れ、呪いの副産物で得た『憤怒の炎』にも気がつけた。その内、呪いの妨害にあっても、魔力をある程度までは使いこなす方法を編み出し、オレはメキメキと実力をつけて行った。

 そんな生活から三年も過ぎた頃には、A級指定程度の魔物なら、危なげなく倒せる位にはなれたんだ。

「本当に行くのかの? イロリナの奴が寂しがっておったぞ……」
「姫さんが? いやいや、姫さんとは最近ろくに話せてないし、大分前から距離置かれてますよ? それに、この体のままじゃ、まだまだ魔界で暮らすには弱過ぎる。だから行きますよオレは、呪いの主を探しに」
「ふむ、ワシらはそのままでも良いと思うのじゃが、其方も男で冒険者、そうもいかんか。分かった、ここは其方の実家も同然、いつでも帰って来るがいい。くれぐれも気をつけてなぁ」

 とうとうオレは、怨讐の怪鳥ディアル・ドードーを探す旅に出る日を迎えた。後で知った事だが、ヤツは魔界ではかなり希少な存在らしい。圧倒的に数が少なく、更に知性も高いから、人里近くには現れないんだそうだ。そんな珍しいヤツにたまたま出くわして、たまたま呪いを受けた上、たまたまバナナの皮を踏んで取り逃がすとは幸運なのか不運なのか分かりゃしねえ。

 初めてその話をした時は、魔王さんは涙を流して─── 爆笑してやがった。『その話、諸侯会議の連中に使ってもいいか?』とか聞かれて、結構傷ついたもんだ。

 で、旅に出てみりゃ、本当に怨讐の怪鳥ディアル・ドードーは希少種だった。捜索からあっと言う間に時が過ぎ、足跡ひとつ見つけられないまま、オレは魔界を転々と旅し続けた。最初にパッと出逢ったのはどんだけ強運が働いてたのか、もしかしたらそれで怪鳥運を使い果たしちまったんじゃねえかと、何度も不安になったくらいだ。しかも、この呪いの最初のきっかけになった馬型の魔物エピオルケーが、希少種のくせに何度も現れたのはどんな小噺かってな。

 ただ、今のオレには、あの馬の魔物も何の障害でも無くなってたってのは、大いに自信になったと言っていい。そんな事を繰り返してたら、魔界でもオレの名は少し通るようになっていたんだ。地方の有力者にも、温かく迎えてもらえるようになったと喜んでいたが、彼らは魔王さんの話した『たまたま呪いを受けた男の小噺』でオレを知っていたらしい。ここでも助けられてたってわけだ。

 そうして、旅立ちから何度目かの冬が過ぎた頃、オレは急遽魔王城へと戻る事となった。人界と魔界の、キナ臭い噂話を耳にしたからだ。アルザスが最近、執拗に魔界へと侵攻しようとしているらしい。胸騒ぎがして、魔王さんに再会してみれば、確かにその噂は本当だった。
 ただ、人魔海峡をアルザスの船が渡れた事は、一度として無く、ずいぶんとのん気な雰囲気のままだ。

「ふぉっふぉっ、なぁんじゃそんな事を心配しておったのか? あんなもん、海龍に任せておけば、ほんの一瞬じゃて、脅威でも何でも無いわ。海には友達もおるし、そっちは、人界じゃトラウマもんの存在になると思うぞ〜」
「はぁ〜、良かったぁ。んじゃあ、オレの取り越し苦労って奴ですか。うーん」
「ふふっ、まあ、その気持ちはありがたい。何より『おかえり』じゃ、ロジオンよ。よくぞ無事でいてくれたのう。噂は聞いておる、本当に頑張っておるのじゃなぁ」

 魔王って呼び名は、やめた方がいいんじゃねえかなぁ。こんなに優しそうに笑う王様、オレは見た事がねえや、鼻がつーんとしちまった。

「た……ただいま」

 声が震えそうになるのを堪えて、やっとこさ絞り出した一言に、魔王さんはうんうんとうなずく。

「ああ、そうじゃ! イロリナがのう、お前の事を心配して大変だったんじゃ。早う顔を見せてやってはくれんか?」
「へっ? 姫さんが? はあ……それまたどうして」
「ふむ、あやつも中々に不器用な……いや、何でもない、今は中庭におるじゃろう。ホレ、早う行け行けしっしっ」

 追い払われるように部屋を出され、困惑のまま言われた中庭に向かう。中庭か、姫さんは何かあると、いつもあそこだったっけな。なんだか、もう懐かしく感じるもんだ。
 木漏れ日の下のあずまや、薄水色のセイジンキキョウに囲まれたそこに、白いドレスの後ろ姿が藤の花の間に見え隠れしている。

「よ、よお。姫さん、久しぶ ─── 」

 思わず言葉を呑んだ。彼女はすらっと背が伸びて、母親譲りの艶やかな黒髪も相まって、グッと大人に見えた。憂いを帯びた紅い瞳が、切なげにオレを見上げて、わずかに揺れる。

「ずいぶんと背、伸びたなぁ。姫さん」
「…………」
「…………」

 やべぇ、何を話せばいいのか、さっぱり分かんねえし、何故だか胸がバクバクして頭が真っ白けだ。こんな顔だったっけ? こんなにまつ毛長かったっけ? ボーっと見つめるしか出来ねえ!

「………ごめん……なさい」
「へっ? は? なんで姫さんが謝る?」
「ごめんなさい─── !」

 姫さんはオレの胸に飛び込んで嗚咽おえつを漏らしてた。オレはどうすりゃいいのか分からなくて、ただただその背中をさすってやるしか出来ずに、藤の花が風に揺れるのを眺める。どれだけそうしていたのか、ようやく落ち着いた姫さんは、たどたどしく話し始めた。

「ロジオンが……人間だって分かって、凄く嬉しかったの。それまではケロリン王子だったのに、急にお友達が出来て、弟みたいだなって。でも、いつか人界に帰っちゃうんだって思ったら、辛くて……」

 姫さんはオレとのいつか来る別れに、お互い傷つかないように、距離を置いてたらしい。

「いや、人界に戻る気はねえよ。姫さんにだって、魔王さんにだって、王太子にも王太子妃にも。何も返せちゃいないしな」
「でも、でも! ロジオンだって、自分の家族とか、お友達に会いたいとか思わないの? きっと帰ったら、もう魔界には帰ってこない!」
「無いよ、それは無い。オレ、捨て子だったんだ。それにもう六十年以上も経ってる。知り合いだって、みんなもうこの世にはいない。人間は寿命が短いからな」
「…………」
「オレは人界には帰らない」
「…………うっ、うぅ……ぐすっ」

 せっかく泣き止んだってのに、また姫さんはオレの胸で泣き出しちまった。こんなに綺麗になったってのに、まだ子供なんだなぁと、細い背中が愛おしく思える。

「でも、よかった。オレ、姫さんに嫌われたんだと思ってたよ」
「えっ⁉︎ そんなわけない! 嫌いになんてならないもん! なんでそう思ったの……?」
「いやほら、一緒に風呂入ってたりしたの、恥ずかしがり出してたしな? そう言う気まずさで、嫌になっちまったのかと」

 姫さんは顔を真っ赤にして、バシバシ叩いて来る、ほらやっぱ気まずかったんじゃねえか。

「もう! それはいいの! ロジオンの方が大人なんでしょ、忘れてよぅ」
「─── ! 知ってたのか……?」

 魔界にオレが来たのは二十七の時だ。姫さんはあの時十歳、出会いから七年、寿命は彼女の方が上だが、オレの方が年上って事になる。十代の子からすりゃあ、二十七なんておっさんみたいなもんだ。そのおっさんと風呂入ったり、一緒に寝てたんだってのは、ショックかなと思って内緒にしてた。でも、姫さんは気がついてたらしい。

「それくらいは気がつくよ〜。だって一緒に遊んだ時、すっごく大人だったし。そう思ったら、呪いの事も見抜けるようになってたもん」
「流石は魔王さんの孫娘だなぁ」

 オレ達は今までの時間を取り戻すように、いつまでも話し続けた。元気を取り戻した姫さんは、年相応にカラカラとよく笑っている。やっぱり、女の子は笑ってなきゃな。
 その日の夜は、久し振りに皆んなで夕食をとり、オレの冒険譚に皆んな目を輝かせていた。

 翌日、オレはまた魔王さんと、人界の話をしていた。魔界にとっては、アルザスは驚異ではないってのは、どうしたって変わらないらしい。アルザスと言えば、魔族から人界を守る人類の砦だって聞いて育って来たが、丸っ切り嘘じゃねえか。そりゃあ過去にいざこざはあったらしいが、侵略戦争なんて話じゃねえ。人界の王たちの自業自得だ。

 それまで魔界と人界は、多少の国交があったと言うのに、急に敵扱いどころか魔物と同列な噂まで流れてた。人界からすりゃあ、魔界の方が強く、文明も進んでいる。もしかしたら、人界からの人口流出とか、王族の権威保持の為の情報操作だったのかもな。

「ひとつだけ、心懸かりがあるとすれば、人界に渡った同胞達の事かのう。人界の王達は、中々に大袈裟な手段を選ぶ。酷い目に遭わされて無ければいいんじゃが。魔の者を派遣するのも手じゃが、妙な騒ぎになるのも嫌じゃしなぁ」

 魔人族、妖魔族、鬼族、エルフ族、ドワーフ族の一部は、魔界から古くに渡った種族らしい。人間に近くて、自前の魔力でも生きられる彼らは、人界に新天地を求めて移動したが、今でも大事な民に変わりがないと言う。そんな魔王さんからすれば、今回の人界の動きに、彼らの動向は気が気ではないだろう。そして魔王さんの心配通り、人界の権力者は見せしめが好きな者が多い。

「なら、オレが! 人界に渡って、彼らに注意喚起を─── 」
「ふぉっふぉっ、言うと思ったわい。ありがたいが、お前さんには無理じゃろ。済まんがお前さんはどう見ても四〜五歳じゃて。人界に戻っても身動きが取りにくいどころか、ギルドにだって戻れるかどうか」
「─── っ⁉︎」

 そうだった……。ギルドでだって、オレはもうとっくに死亡扱いで除籍されてるだろうし、年齢制限に引っ掛かるに決まってる。何の後ろ盾も無けりゃ、このナリで世界を歩くのは無理だ。

「その呪いを解くには、呪い主を殺すしかない。じゃが、見つけるのも至難の技じゃろ。その内、放っておいても、呪い主もおっちぬじゃろうしの。お前は自分の事だけ考え、幸せを掴め。もう充分苦労はしたじゃろう?」
「くっ……!」

 返す言葉もない。魔王の言葉が温かく優しく、心を揺さぶった。姫さんとの約束もある。オレは自分の無力さに打ちひしがれていた。

「ま、呪いを解く方法はそれだけじゃが、薄める方法はない事もない。なんだったら、ワシがやってやろうか?」
「─── ッ⁉︎ そんな方法が……⁉︎」
「何、簡単じゃ、ワシが呪いを一部肩代わりすれば良い」

 その方法は【共命法】と言う、魔族ならではの秘術というか、能力みたいなものらしい。魔力を与え合う能力に似ていて、己の寿命を分けて共有する、同化の技。単に寿命を分けるだけでなく、その魂に掛けられた呪いも共有されるために、薄まると言う。かつては、要人が呪術で暗殺を企てられた時に使われた、救命の為の措置だったそうだ。

「お前さんの一生分。まあ、それくらいだったら問題ないしの。ワシの任期も後わずかじゃ、寿命が縮むくらい、お前にしてやってもええと思っておる」
「そ、そりゃあダメだ。魔王さんには、魔界の為に少しでも長生きしてもらわなきゃ困る!」
「ふぅむ、そう言うじゃろうと思ってな、今まで言えんかったんじゃ。どうにもお前さんは、ワシらに『恩返し』なんちゅうもんをしたがっておったしのう」

 バレてたか、まあ、そりゃあそうだ。ただ、肩代わりだけはさせられねえ、これ以上、魔王さんに甘えたくなんかねえ。

 それから数日、オレはずっと人界に渡った魔界出身者の事ばかり考えていた。オレには何の繋がりもない奴らの事だったが、もうオレには魔界に縁のある者を、他人だと思えはしなかった。ここ二年間の旅で、色んな種族と出逢ったが、その影響が大きい。オレはこの魔界で、多くの人々に助けられてしまったのだから。やっと恩返しが出来るってのに、どうすりゃいいのか、呪いが邪魔になって動きようがねえ事ばかりだ。
 そうして悩むオレの姿に、もう一人胸を悩ませてる奴がいるとは、その時考えもしていなかった

 ある夜、寝付けなくなったオレは、中庭を歩いていた。やっぱり頭ん中は、呪いの事、魔界の事でいっぱいいっぱいだ。

「ハァ。なぁんも出来ねえなんてなぁ……」

 魔王は飄々ひょうひょうとしているようで、人界の支族の事を心底思い悩んでいる事くらいは分かる。あの人はそう言う王だ。王でもなけりゃあ、今頃自分で人界に渡ってたんじゃないかと思う。だからこそ、オレは動けない自分の無力さが歯痒くて仕方がなかった。

「せめて、この呪いさえ後少し薄まってりゃあ……くそっ!」 

 そう独り言を漏らして、庭の片隅の木に額をつけた時だった。

「魔界の新たな英雄さん、スキだらけだよ」
「─── ⁉︎」

 姫さんが剣を構えるような姿勢で背後に立ってた。

「い、いつの間に⁉︎ もしかして今のを、聞いて……?」
「私も眠れなかったの、そしたら庭に出て行くのが見えたから、ついて来ちゃった」

 白い寝間着に月の光がさして、薄水色のセイジンキキョウとそっくりな、儚くも高貴な姿に息を飲んだ。

「ねえ、ロジオン。そんなにお祖父様の事、助けてあげたいの?」
「もちろんだ! あの人には、多くのものをもらった。オレに返せるものがあるのなら、何だってしてやりたい」
「人界へ行きたいんだね」
「すまん、姫さん。約束を破るようだが、オレはもう魔族を他人とは思えない。姫さんに救われたように、オレも彼らを助けてやりたいんだ。この魔界のためにも。てな、へへ。なぁんも出来ねえんだけどよ」

 そう返すと、姫さんは紅い瞳を眩しそうに細めて、にこりと微笑んだ。そして、膝立ちになってオレを抱きしめた。最初はそんなに変わりのなかった身長が、今ではこんなにも差が開いてる。彼女はオレの肩にあごを乗せて、耳元で優しく囁いた。

「うん、だから大好きになっちゃったんだよ、私─── 」
「……へっ?」
「お願いロジオン。怒らないでね……」

 そして彼女は静かに、言霊を乗せた術式を、オレの額に額をつけて呟いた。

「─── 我が与えられし光の器、この者に分け与えん……【共命法】」

 月の光が、ドクンと音を立てて溢れかえった。頭の中に呪文を唱えるような低い声が、さざ波のように沸き立って、直ぐに静まって行く。次の瞬間には、体の奥底にくすぶる、憤怒の渦が燃え上がって、姫さんの中に吸い込まれて行った

「……なッ! 今何をしたッ⁉︎」
「怒らないで……って」

 そう言って笑う彼女の唇は、苦しげに震えていた。困ったような、泣き出しそうな微笑みを浮かべ、オレの頰を白い手で撫でる。

「母様ね、妊娠しているの。お医者様の見立てでは、男の子なんだって。預言者のアマーリエはね、史上最高の王になるって言ったんだって。ふふ、あのアマーリエがだよ? 父様はもう名前も決めてるの。アルファード・・・・・・だって」
「…………」 
「だから私は魔王にならなくていいの。それなら、私の人生、私の好きなように使っても、いいでしょ?」
「ば……ばかやろ……う」

 オレを救ってくれた少女が、今度はオレのために魔王の道を捨て、寿命を削ってまで……。もう涙を堪えるのは無理だった。そうだ、この子は一度だって、オレを笑いはしなかったんだな……。

「怒らないでってば……」
「ぐ、うぅ、ひっく、ありが……ありがとう……。イロリナ、ありがとう……」
「えへへ、やっと名前で呼んでくれたぁ」

 ※ 

「別れの時、てっきりまた姫さんに泣かれるかと思ったんだがな、笑顔で送ってくれて安心したもんだ」
「…………」

 ロジオンはそこまで話すと、寂しげな表情で、グラスの中に目を落とした。

「結局、聖魔大戦は始まっちまって、人魔海峡は閉鎖になった。何度も魔術で手紙を送ったが、大戦終結の少し前から、一切返事は来なかったんだ」
「その時には、姉さんは封印されてたからな」
「イロリナ……。オレは何も知らずに、ただただ、魔界ゆかりの種族を保護して来た。大戦後、魔界は国交を完全に断絶してな、調査の名目で何度か魔界には足を運んだが、王家に面会を拒まれ続けてた。もう人間を見たくないと、そう思われてたのかと思っていた」
「…………」
「オレは何も知らずに、姫さんを守ってやれなかったんだな……」

 ロジオンはグラスをあおると、俺に向かって深々と頭を下げた。

「オレは姫さんを、お前の姉さんの寿命を半分貰っちまった。そのお陰でこうしてここに居られている」
「いや、姉さんの判断だ、それについてロジオンに頭を下げられる事はない。それに、姉さんだって本望だろ? 今こうして、ロジオンが生きてるんだ」
「……そう……言ってくれると、助かる」

 その横顔は泣いているようにも見えた。俺は何となく、疑問に思っていた事を口にする事にした。

「なあロジオン。もしかして俺は、あんたを『義兄にいさん』って呼んだ方がいいの……か?」
「はぁっ⁉︎ ななな、何でオレが……⁉︎」
「なんでも何も、姉さんと、そう言う事だろ?」

 彼は真っ赤になって、オロオロしている。

「どうでもいい男に寿命半分もやらないだろ? それにロジオンの事を『大好き』って」
「あ、あれは『弟』とか、家族的な目線の言葉だろ⁉︎ そ、そそ、そんな事あるわけが無い!」

 グラスを持つ手が震えて、酒がバッシャバッシャ溢れてる。あー、鈍チンか、この男。

「まあ、そのアレだ。ロジオンは姉さんの事をどう思ってるんだ?」

「お、お、おお、オレは……べべべ別に……きゅう」

 ロジオンがテーブルに突っ伏して気を失ってしまった。ベタ惚れじゃねえかよ、義兄さん!

作者のつぶやき

怨讐の怪鳥(ディアル・ドードー)のモデルは、
そのままドードー鳥です。

絶滅の理由が、中々に人間の業の深さを感じて、いつか使えないかと考えていました。
ちなみにハトの仲間だっていう事実も、ちょっと想像できてしまう。
やっぱり歩く時に頭を振っていたのかしら。

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