Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第八章 アルカメリア冒険者ギルド本部
【幕間Ⅸ】 前編:紡ぎ行く世界
トス……ッ!
森を歩く雌鹿の背に、矢が突き立つと、笛の音のような鳴声を上げて前脚を浮かせた。直ぐに逃げ出そうとするも、鏃が腰椎に食い込んだのか、腰から下の力を失い地に伏す。尚も前脚で身を起こそうとするが、最早歩く事は出来ず、懸命に首を振って足掻いている。痛み、恐怖。いや、その姿には生存への本能故の、反射的な生への執着が垣間見えた
そこに現れたのは、弓を肩に槍を構えた、壮年のエルフ。そして、その後ろに隠れるように、胸の前で弓を両手に握り締めた、少女のエルフの姿があった。
「サラティナ。お前はこいつを、殺し切れなかった」
「……は、はい」
青ざめて微かに震えてさえいる少女に、男は槍を差し出し、アゴで手負いの鹿を示す。
「矢毒が回ると後が面倒だ。直ぐにしめて、血の巡りを止めなきゃならん。早くしろ」
「わ、わたしが……?」
今にも泣き出しそうな少女の肩に、男は手を置き、真剣な眼差しを向ける。
「我々、風の境界のエルフは、森から命を分けてもらっている。無駄に苦しませては、あの鹿の苦しみで森が汚れ、精霊達の怒りを買う。生きるために命を得る、そのためには命を奪う責任を持たねば、森では生きていけない」
「うぅ……。で、でも……」
「命をもらう事と、ただの殺しは違う。ただの殺しは魂を抜き去るだけだ。だが、食べ、毛皮や骨を得る事は、その魂や生きた証を背負い、共に生きる事になる」
「─── !」
「森には魔物もいれば、厳しい自然も病気もある。鹿は六〜七年しか生きられないが、お前の血肉となり、道具とすればもっと永く世に存在するのだ」
少女は深くうなずくと、槍を受け取り、懸命に逃げようと足掻く雌鹿へと近付く。不慣れな構えながら、その眼にはもう怯えはなく、確実に急所を見定め、強い意思を宿していた。
※
今日は初めてザナゥに、狩りに連れて来てもらった。弓は幼い頃から練習して、自信はあったけど、鳥より大きな命を奪うのは初めてだった。
わたしは肉がキライ。でも、この初めての鹿は、食べてあげたい。だって、命を奪った責任は、わたしがこの子の魂を背負って行くことだと思うから。
ザナゥは血抜きの仕方を教えてくれた後、いくつかの狩場を案内しながら、森のことをたくさん話してくれた。彼は里一番の狩人で、その収獲は里にもすごく貢献している、尊敬すべき人物だ。
わたしたちエルフは肉の匂いや味だけじゃなくて、神聖が落ちるからと獣の肉が嫌う人が多いけど、森の暮らしではそうも言っていられない。木ノ実や果実の無い時期は、どうしたって動物から得られる栄養が必要になるのだから。
『生きること、それだけで神聖は汚れるもの』と、巫師ラーマはよくそう言う。他の命を食べることも、必要なことみたい。
「今年は魔獣が多い。どうも森の東側で龍種の移動があったらしいからな。住処を終われたものが、この奥の領域に来ているのだろう。ひとりでは森に入るなよ?」
「……はい」
「どうした?」
ザナゥは不思議そうな顔で、わたしの顔を見てくる。せっかく教えてくれてるのに、失礼だとは思うけど、わたしは森の奥から感じる気配に気を取られていた。
「誰かが助けを……求めてる」
「誰かが? ああ、巫師の力か」
巫師。森の精霊と心を通わす、森の通訳者─── 。
わたしにはラーマと同じ、その耳が与えられているらしい。時折こうして、森を通して不思議な声が聞こえてしまう。それが普通じゃないのだと、つい最近知ったばかりだ。ザナゥはそんなわたしに、文句も言わずについて来てくれた。
※
「─── こ、これは……龍の幼生か!」
「サラティナが狩りの途中で見つけた。はぐれ龍か、親が死んだかは知らん。酷く衰弱してるが、病気の類ではないようだ。体の傷は魔獣にやられたんだろう」
里に連れて帰った子を見て、族長は珍しく興奮してるみたい。ザナゥの説明にあいづちを打ちながら、恐る恐る触れようと手を伸ばしては、躊躇している。その後ろには、族長の息子のハロークが、同じように興奮しながらも、恐々身を隠していた。
「白い体に虎縞……。聞いたことのない種だな」
「幼生のようだが、角の年輪を見る限りは、五十年以上は生きてるな。親から与えられるはずだった魔力が、ほとんどもらえなかったのだろう」
龍種は魔物でも動物でもない、生まれながらに魔力と縁の深い、妖精のような存在。母龍から魔力をもらって、幼生の時期は数年、直ぐに体は大きくなるみたい。
「姿形は黄鱗龍に近い。突然変異か」
「かも知れん。大方、親に捨てられ、ひとりで生きて来たのだろう」
「最近、東の方で龍種の移動があったようだからな。その時に置いて行かれたか。意識のない今の内に殺すか。魔力はほとんどないようだが、霊薬の材料にはなろう」
「だ、だめツ‼︎」
思わずわたしは、この子の前に飛び出していた。
「サラティナ。情が移ったか? 龍と人は相容れぬ、目覚めれば襲われるのはお前なのだぞ」
「でも、でも! この子は助けを求めてる!」
今は意識がないけど、あの時確かにわたしは聞いていた。この子のか細く、でも悲痛な声を。
「なに、手に負えなければ、放てばよかろう。森の声を無下にしては、それこそわしらの神聖が落ちる悪手じゃてなぁ」
「ラーマおばあちゃん!」
「むう、ラーマがそう言うのであれば、そうするしかないが。里に害を及ぼすようであれば、始末する。よいな?」
「はいっ!」
そうして、わたしはこの小さな幼龍の世話をすることになった。
※ ※ ※
「サラティナや、今日は水龍の月の縁友日じゃった、水精霊さまの祠に行くよ。すぐに用意しておいで」
「はいっ、ラーマさま!」
あれから五年が過ぎた。成人の儀を受けたわたしは、森の神ラーフマの加護を得て、巫師としてラーマの弟子になった。
「ああ、そうじゃ。今日は膝の調子が悪くてな、申し訳ないがあの子を連れて来てはくれんかね?」「あ、はい!」
窓の外に向かって指笛を吹き、わたしは儀式に使う道具と精霊酒を鞄に詰め、鞍を持って外に出た。
クルルァ……
直ぐに風穴の方の空から鳴声が聞こえて、あの子が飛んでやって来る。
「おはよう、ディアグイン! 今日はラーマさまと水精霊さまの祠に行くよ」
「キュア!」
長い首を伸ばして、わたしの体に擦り付けてくる。白い体に黒い虎縞模様の龍、あの時拾った子は、今はもう馬位の大きさになった。いつか龍達の群れに帰れるように、離れて暮らすようになったけど、甘えん坊さんなのは変わらない。
「うお! そ、そいつ、またデッカくなったんじゃねぇか?」
丁度通りすがった、幼馴染のケルナムがディアグインの姿を見て驚いている。彼は昔、ディアグインにお尻を噛まれてから、未だにこの子の前では及び腰だ。今では彼も戦士の有望株だって言われてるのに。
「おはようケルナム♪ この子も最近は自分で魔獣狩りしてるからね、魔力量が上がって成長期なんだって!」
「ハァ、まだデッカくなんだよなぁ。にしても、ホント大人しくなったよなぁそいつ」
「あれぇ? もしかしてケルナム、まだこの子が怖いんだぁ〜?」
「ば、ばか言うんじゃねえ! 俺は誇り高き風の境界の戦士だぞっ⁉︎ 龍如き俺の魔術で─── 」
「ディア、お手」
伏せて甘えていたディアグインが、起き上がって腕を持ち上げると、ケルナムは尻餅をついて目を白黒させた。
「あははっ、龍種狩りはまだ大分先になりそうね!」
「て、てめ!」
そう言って笑うと、ケルナムも立ち上がってバツが悪そうに頭を掻いて苦笑した。彼はすごく強くなったけど、こうして鼻にかけない所が良いと、最近女の子たちの間で人気だ。わたしには、昔から変わらずの、やんちゃなだけにしか思えないけど。
「でも、本当によく懐いたよなぁ。みんな『龍種と人は相容れぬ』って、いつかお前が食われちまうんじゃないかって、噂してたけどな」
「フフフ、龍にも心はあるんだよ。わたしはただ、ゆっくり待ってただけ」
そう。最初は大変だった─── 。
※
フーッ! フーッ!
納屋で目覚めた途端、部屋の片隅に走って逃げて、壁にぶつかった。体の傷から血が噴き出して、乾いた土間の埃に染み込んでいく。
「大丈夫。怖がらないで? ちゃんと手当しないと、病気になっちゃうよ」
「……フーッ!」
体を大きく見せようとして、余計に傷が開いてしまった。その痛々しい姿に、思わず目を背けたくなってしまう。
「お願い。あなたを助けてあげたいの」
しばらく静かにして、落ち着いたようにも見えたから、わたしはそう言って一歩近づいた。
グルァ……ッ!
思いっきり体当たりされた。大きさはわたしより少し小さいくらい。でも、流石にその力はすごかった。
「きゃうっ! ……ぐっ、い、いたいっ!」
「がぁうっ、グルゥ!」
そのままわたしを押し倒して、腕に噛み付き、グリグリと頭を振る。小さな歯が突き刺さって、血が溢れ出すのが見えて、わたしは怖くなってしまった。
やっぱり無理なのかな。そう思った時、わたしはそれに気がついて、泣きたくなってしまった。
「あなた、歯が折れてる……」
「……グゥ」
幼龍の牙はわたしの腕を噛んだだけで、ほとんどが抜け落ちて、ポロポロと落ちて来た。よく見ればガリガリのこの子は、きっとろくにゴハンも食べられて無かったんじゃないだろうかと、胸が切なくなってしまった。気がつくと、わたしは噛まれていない方の手で、その首元を撫でていた。
「大丈夫、怖いことも痛いこともしないよ。お願い、あなたのケガを治させて?」
そう言って【安静】の魔術を掛ける。魔力に驚いた幼龍は、一瞬びくりとしたけど、金色に光っていた眼は褐色に戻っていた。この魔術だけは得意なんだ。ママが早くに死んでしまった時、夜中に怖い夢を見て泣き叫ぶわたしに、パパがよく掛けてくれた優しい魔術だから。
「ありがとう。じゃあ、手当の続きするよ?」
その後はしばらく大人しくしてくれた。なんとか手当を終えたから、次はゴハン。歯がほとんど折れてしまったから、冬の間に残った干し肉を入れて粥を作ってあげたけど、食べようとはしてくれなかった。それどころか、一旦部屋から出たわたしに、幼龍はまた鼻を鳴らして威嚇していた。
何日も何日も、わたしはこの子に【安静】の魔術を掛けてから手当をして、ゴハンを作り続けたけど食べようとはしない。
初めてゴハンを食べてくれたのは、二週間も過ぎた頃だった。わたしが見ていない時にしか食べないし、相変わらず納屋に入ると、威嚇するのはそのままだったけど。威嚇が無くなるまで半年、目の前で食べてくれるようになるまで、さらに半年。ただ、わたしが【安静】の魔術を掛けている時だけは、目を閉じて柔らかな表情をしていたのは確か。
他の人に怯え無くなるのには、もっと時間が掛かったけど、ちゃんとこの子は人に順応していってくれた。その辺りで私はこの子に『白黒』と言う名前を付けた。
※
「うーん、ザナゥのおっさんが言ってたんだけどさ。それってお前の魔術のおかげじゃないか?」
「わたしの魔術?」
「ああ。【安静】の魔術を掛け続けてたんだろ? 龍は母親から魔力をもらって成長するし、その魔力の質で性格が決まるんだってさ」
「へえ〜! そうなの? ディア」
そう言ってディアグインの方を見ると、また首を伸ばして『なでれ』ってあごを寄せていた。
「お前のこと、母親だって思ってんだろうな。俺たちは群れの『その他』。だから襲わなくなっただけじゃねえの?」
「へへぇ、わたしがママかぁー♪ 最初の声は聞こえたけど、あれ以来、この子の声を聞いたことがないからなぁ。ほら、ママって呼んでごらん?」
「ぐぁ〜」
「ハハ、なんか猫みてえだよなコイツ」
そう言いながら、及び腰なケルナムに思わず笑ってしまった。
「今日もラーマと森に入るのか?」
「うん。今日は水精霊さまのところに行くよ」
そう言うとケルナムは少し険しい顔になった。
「ここらは大丈夫だろうけど、最近森の外れの亜人が、人間に襲われてるって聞いた。アルザスが亜人狩りを始めてるらしい」
「えっ! な、なんでそんなことするの⁉︎」
「分かんねえよ、ニンゲンの考えることなんて。とにかく、お前も気をつけろよ?」
「あ、うん。ありがとう……」
ケルナムは急にわたしの手を掴んで、真剣な顔でそう言った。なんか見慣れない彼の表情に戸惑って、顔が見られない。変な感じだから、いつものようにからかってやろう。
「で、でもさ! もし、闘いになったらケルナムも闘うんでしょ? 女の子たちにモテモテになれる、絶好のチャンスじゃん♪」
『バカ言うなよ』って、そう返してくるかと思ったら、彼はわたしの手を握ったまま見つめていた。
「他の女なんて、どうだっていい。俺はお前が───」
「サラティナや、準備は出来たね? おや、ケルナムじゃないかい、あんたもだいぶ精悍な顔つきになって来たじゃないか。最近まであんなに泣き虫だったのにねぇ〜♪」
「ば、バカ言うなよラーマ婆! それはガキの頃の話だろッ⁉︎」
顔を真っ赤にして、慌てて手を離した彼は、しどろもどろになってる。いつもの彼だ。
「ひゃっひゃっ、わしからすりゃあ、皆んなまだまだガキさね! ほれ、今日も修練と仕事があるんじゃろ? サボっておらんで行って来い」
「うるせえ! じゃあなサラティナ、気をつけんだぞ!」
「……あ、う、うん!」
そう言ってズンズンと歩いて行ってしまう彼の背中を見ていたら、急に耳まで熱くなってしまった。今日のケルナムは何か変だったなぁ。
パパが居て、仲良しの皆んなが居て、尊敬できる人たちが居て。今もこうして心配してくれる友達がいて、わたしは幸せなんだと思う。
きっと、この幸せがずっと続くと、そう信じていた。
※
「ば、馬鹿な! サイドゥル・カレ族が……人間に負け……た⁉︎」
族長の大声で、皆が集まって来ても、話を切ろうとはしなかった。それだけ、族長のショックは大きかったのだろう。これでこの森に生き残る、エルフの氏族はふたつだけになってしまった。
「事実だ。俺たちは沢西の谷まで行って、直接見て来たんだ。生き残りから話も聞いたよ。侵攻の理由も分かった」
「な、何と? 人間達の、アルザスの狙いは何だと言うのだ⁉︎」
この数ヶ月、この森は戦火に包まれている。きっかけは、人間の勇者に魔王さまが殺されてから。私たち亜人種を、人間たちは魔族の仲間だと疑い、迫害が始まってると魔人族の人たちから聞いた。何故そんなことをするのか、何故そんなことが出来るのか、人間のすることは分からないし、分かりたくもない。
でも、この森みたいに、攻め込まれるのは聞いたことがなかった。ずっとこの数ヶ月間、何故闘いが起こっているのか、分からないまま皆んな不安に思ってる。
「アルザスの創る太平の世に、人間もどきは要らない」
「「「─── ⁉︎」」」
「アルザスは王国から、アルザス帝国を名乗り、全世界の調停者になると宣言したらしい。このアルザスの周辺に、力のまばらで意思のそぐわぬ我々は、邪魔者でしかないそうだ」
「ふざけんなッ‼︎ 魔力も力もねえ人間が、何だってそんなに思い上がってんだよ! 魔族に勝てたのだって、調律神に選ばれた勇者がいたからだろ⁉︎ アルザスは関係ねえだろうがッ‼︎」
「そうだッ! ただ数が多いだけだろ、あんな奴ら……やっちまおうぜ‼︎ 風の境界の誇りを、エルフの力を見せてやるッ‼︎」
「「「オウッ‼︎」」」
怒りに森が震えてる。人間の思い上がりは許せない、でも、神さまから頂いた神聖な魔力に、怒りを注ぎ込む里の皆んなが怖くも感じた。
「ラーマ! 今こそ巫師の力が必要だ、この里の周辺に、森の呪術をありったけ仕掛けよ! 触れてはならぬものがあると、人間どもに知らしめるのだ!」
「ああ、これはもう止められないねえ。分かったよ、わしが全ての業を背負うつもりで森に願おう。でもね、いいかい? 人間は魔力も力もないが『弱くはない』んだ。くれぐれも甘く見ないことさね」
「ふん。説法は彼奴らの骸の前で聞く。今はこの里の存亡を掛けた、種族の闘い。手を抜くつもりは一片もない!」
巫師は森の声を聞くのが仕事。でも森の力を借りて、外敵を祓うマナ術師、それが本来の姿。駆け出しのわたしに何が出来るのか、胸の底から来る震えは、その不安だとこの時は思っていた。
※ ※ ※
血のにおいがする─── 。
森から帰ってくるみんなから、血のにおいがする。
いや。こわい。
でも、ディアにはママがいるから。
ママはいつも『大丈夫』って、いってくれるから。
ディアはママがすき。
ママはいつもやさしくて、あったかい魔力をくれるから、わらいかけてくれるから、すき。
ママは森が血のにおいになっても、ディアにやさしくわらってくれた。
ディアをしんぱいする、ママのきもちが、ディアのこころをあったかくしてくれる。
けど、ママのこころは、すごくかなしそう……。
ディアはママをたすけてあげたい。
それなのに、ディアは魔術もブレスも、まだつかえないダメな子……。
ママはなにもいわないけど、おやくにたてないディアは、むねがくるしいの。
おちこんでいたら、ママがなでなでしてくれた。
「ディア、大丈夫。きっと皆んなが守ってくれるからね。ラーマだって、族長だって、里のみんなだって。それにケルナムがね、絶対に里を守るからって言ってくれたから、大丈夫よ。あなたは強い龍なの、大人になるまでは、みんなであなたを守るからね!」
ママ、ディアはだいじょうぶだよ?
どうしてディアは、ママとおはなしできないんだろう……。
ディアはママがすき。
ママのなかまもすき。
守るチカラ、ディアもほしいなぁ……。
「た、大変だッ! 族長が倒れた、すぐに来てくれサラティナ、回復魔術が効かない!」
「わ、わかった、今すぐ行く!」
ママがいっちゃった。
さいきん、みんながどんどんよわってる。
下からわいてる、このくろいヘビのせいかな……?
これ、ディアはなぜかわかる。
─── 『のろい』だ。
ママとラーマはだいじょうぶ。
でも、みんなこれに魔力を吸われてる。
どうしてディアはママとしゃべれない?
おしえてあげたら、ママはきっとよろこぶのに、ほめてくれるのに、どうしてしゃべれない?
せめて、ママにだいすきっていいたいのに……。
※ ※ ※
「ラーマさま、しっかりして! 今、霊薬を」
「おやめサラティナ。霊薬は他の若いのに使ってやんな。やっと分かったよ……。これは呪いだ。人間どもめ、エルフに勝つために、相当知恵を集めたね。ご丁寧に隠蔽の呪術まで、掛かってるじゃないか」
「の、呪い⁉︎ じゃ、じゃあ、術者を殺すか、この里を捨てるしかない……! わたしも、わたしも闘う!」
ラーマはわたしの肩に手を伸ばして、静かに首を振った。
「バカだねあんたは。今のあんたじゃ何も出来やしないよ……」
「─── !」
「おっと、勘違いするんじゃないよ? 何も出来ないのは、今だからさ。あんたは強くなる。巫師の魂は、森の神さまの特別製だからね。今は弱くても、魂に約束された魔力は特大なんだよ」
「でも! 今戦わなきゃ、今力を使えなきゃ、里を守れない!」
自分の無力さに涙が出る。でも、泣いたら負け。必死に嗚咽を堪えていたら、ラーマは優しく笑って肩をさすってくれた。
「族長が死ぬ前に、話したんだよ。サラティナ、あんたは族長の息子ハロークと、まだ幼い子らを連れて、ここからお逃げ」
「い、いやッ! ど、どうしてそんなことを言うの……⁉︎」
「さっきも言ったろう? あんたは強くなる。でも今は早すぎる。だからね、生きてさえいりゃあ、みんなを守れるようになる。里はね、人さえ生きれば続くんだ。あんたたちが、誇りを紡いでいくんだよ。それには、若い力が必要なんだ」
もう、ほとんどの戦士達が死んだ。パパも死んだ、ザナゥさんも、幼馴染達もたくさん死んじゃった……。
森の結界も全部破られて、今はもう最後の戦いだって、残った皆んなが武器を持って戦ってる。皆んな、ラーマと同じ病に侵されてるのに、誇りを掛けて闘ってる。それなのに、わたしだけ逃げる?
絶対イヤ、強くなんてなれなくていい、死ぬ時はこの里の皆んなと─── 。
「サラティナ! ここからみんなを連れて、風穴に逃げろ! あそこからならファルブ山の辺りに出られる! 今、ケルナム達が風穴の入口を抑えてる、早く行けッ!」
扉の外で誰かがそう叫んで、また走って戻って行ってしまった。扉の外には、さっきの声の主の血が、点々と落ちている。きっとまた、闘いの場へ戻っていたのだろう。
「さあ、お行き、サラティナ。外の世界がお前を待っているんだよ」
「い、いや……!」
「いい加減におしッ!」
頰を打たれた。口は悪いけど、いつも優しいラーマが声を荒げて、初めてわたしを打った。
「エルフの魂は森に残る。いつだって、あんたをみんなが見守ってるんだよ。それにね、あんたが今死んじまったら、今まであんたに魂を託して来た者達が、無駄になっちまうんだ」
「─── ッ!」
死んでしまったみんなの顔が浮かぶ。そして何故か、初めての狩りで鹿を殺した時が、まざまざと思い返された。
「命を……繋ぐ」
「ああ、そうだよ。あんたにそれを望んでたから、皆んな命をかけたんじゃないか」
「ラーマ……おばあちゃん……」
「これ、その呼び方は無しだ。ほら、早く行きな、わしはあんたの幸せを祈ってるからね」
わたしは、優しくて強い師匠の手を、強く握りしめてから部屋を飛び出した。
生きるために、命を繋ぐために、わたしは風穴へと急いだ───