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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十話 魔界

第七話 水の都セパル

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魔界への情報収集と視察。
そしてスタルジャを後遺症から救うための『アマーリエの足跡』を追う旅。

最初の街フォカロムで七魔候ロフォカロムとの対面を果たしたアルフォンス。
フォカロム領からの全面協力の約束を取り付け、
そして闘いの覚悟とアルファードの感情を彼は認識させられた。

次の街『水の都セパル』に向け、
ロフォカロムから付けられたガイド役のヒルデリンガの案内を受け、
支流から広大な運河ヴィニルを遡上。

水の都セパルは正に水と共に発展した街。
そこには海嘯と呼ばれる水位上昇の現象に合わせ、
対策の取られた独特な町並みが広がっていた。

 暗い……。暗い部屋の中で、私は微睡まどろんでいた。
 ううん、違う。これは今、少し意識が戻っただけ。

 ……また、悪夢が始まるの?

 私の心の中の、ただ残された広い空隙くうげきに、また悪意が詰め込まれるんだ。夢だと分かっているのに、始まれば私の意識はあの頃に戻ってしまう。辛いことも、悲しいことも、恨みや憎しみの汚れた心を持たなかった、あの頃に。

 カンッ ……カンカン……カンッ

 ほら、聞こえて来た。また、あの夢を見せられる。私の心にぽっかりと空いた穴に、嫌な思い出が、ぐるぐると回り出す。

 この空隙にあったものは、なんだったのだろう。とても大きくて、温かな何かが、そこを埋めていたはずなのに、思い出すことが出来ないでいる。

 カンカカ……ッ カンカンッ!

 これは夢、夢の始まり。お願い、それを忘れないで!
 だって、忘れたらまた、私は心を傷つけられてしまうのだから ───

 ※ 

 くつくつ……。

 うれしい音、甘酸っぱいにおいと、鍋の音。目がさめたら、私はパパお気に入りの、ロッキングチェアで寝ちゃってたみたい。

「……ん、あれ? ママ?」
「ふふ、やっと起きたわね。こっちにいらっしゃい、そろそろ出来上がりよ。味見してみる?」
「え! もしかして、ベリージャム⁉︎ するする! 味見するーっ!」
「本当に好きねぇ〜。ふふふ、じゃあね、まずは手を洗ってらっしゃいなスタルジャ」
「はーい」

 ベリージャム! ママのつくるベリージャムは、里一番だってみんな言ってる。私もママのベリージャム、だいすき!

 コンコンコン……コンッ

 パパはまた、農具のお直しをおねがいされたみたい。お仕事をしているパパの横顔も、私は大好き。普段はあまり喋らないけど、とっても優しいパパ。

─── 忘 れ な い で……!

 誰かの声が聞こえた気がした。
 誰の声だろう? ママの声にも似ている気がしたけど、確かに女の人の声だったような。

 あの声は……声? あれ、なんのことだっけ。
 うーん、自分が何を考えていたのか、忘れちゃった。

 今日はなんだかヘンだな。お部屋がいつもと違う? それとも、何かを忘れてるのかな。

「スタルジャ、手は洗ったの?」
「……えっ? あ、今いく」

 いけない、ボーっとしてたみたい。ジャム、ジャム! 大好きなママのジャムが食べられるんだ♪

 カンカン……カンカンカン……

 パパのお仕事の音を背中に、玄関の水桶に急ぐ。あれ? 閉められた鎧戸の隙間から、外の光が漏れてる。

 今はまだ、明るい時間なの?
 なんだろう、すごく胸が騒ぐけど、早く手を洗わなきゃ。

─── 忘 れ な い で……!

 ……また、聞こえた。え? 『また』ってなに?
 今聞こえた女の人の声、ママに似てた気がするけど、こんなこと前にもあったっけ……?

 気がついたら、私は鎧戸の前に立っていた。その隙間から漏れる光に、私は吸い込まれるように、顔を近づける。

「あれ……あのお兄ちゃん、ニンゲン……⁉︎」

 ドキッとした。私、ニンゲン見るの初めて!

「なにをしているの……スタルジャ」
「あっ、ママ! 外にニンゲンのお兄ちゃんがいるよ!」

 振り返って、見上げたママの顔は、影になってて良く見えなかった。なんだかゾクっとしてしまった……。

「……あなたは、ここに居ればいいのよ」
「…………ママ?」
「そうだ、お前はここに居ればいい」
「ぱ、パパ……?」

 いつの間にか、ママの隣にも、パパの影があった。ふたりが私の後ろに立って、部屋の明かりの影で、顔は見えない。

 ぽたっ ……ぽたっ、ぽた……っ

 ふたりの足下に、何かがこぼれる音。それを見て、私は体の芯から凍りついた。

「…………い、いや!」
「…………す、スたるジャ……あなタは……」
「こ、ここ、こコに、居れ……バ……」

 手足が曲がり、腫れ上がったママの顔。お腹から、折れた槍が飛び出したパパの姿。
 ふたりの手が私に伸びた時、恐怖に塗りつぶされた頭の中に、何かが通り抜けた。

 柑橘かんきつの香り。

 その爽やかな香りが、私の心の空隙に、確かなものを蘇らせた。この世で、私にとって、最も確かな存在を!

 その瞬間、両親の幻影と共に、部屋の風景が霧散して消えた。

 鎧戸の隙間から見えていた、その人影はまだそこに立っている!
 私は反射的に、そこへ飛び出そうと、手を伸ばす ─── !

「……あっ、ああ……」

 手足が急に、鉛のように、重くなる。一歩前に進むことはおろか、私の体は後ろに向かって、緩やかに落ちるように退がり出してしまう。

 声が出ない!

 あの人に、私の存在を教えたいのに、声が出ないッ! イヤだ! もう、離れたくないッ!
 その時、彼は私に振り向いて、手を伸ばした ─── 。

「スタルジャ ─── ッ!」

 ああ……彼の声……。
 どうして、どうして私は、こんなにも大きな彼の存在を、忘れてしまっていたのだろう!
 背後から包み込むように、視界を遮っていく闇の隙間から、私は渾身の声を振り絞った。

「アル! アルぅぅッ‼︎」

 闇が閉じる瞬間、必死に走ってくる彼の姿が見えた。私の空隙は急速に満たされていた。体の奥に、確かな熱の高まりを感じる。真っ暗な世界に閉じ込められて、意識が薄れてゆく中でも、私の脳裏にはしっかりと残っていた。

─── 私の大好きな、彼のにおい

 ※ ※ ※

「スタルジャぁッ‼︎」

 テーブルに膝をぶつけて、目が覚めた。目の前には、手入れ途中だった、鎧や武器の革部分の部材たちが並んでいる。それらの隣で、手入れ用の脂の入った丸い缶が、カラカラと揺れていた。背中に掛けられていた毛布が、するりと床に落ちる。
 どうやら、道具の手入れの途中に、眠り込んでしまったらしい。部屋には手入れ脂に混ぜ込んだ、柑橘系の匂いが、ふんわりと漂っている。

「ん、オニイチャ、どした?」
「ああ、ティフォか。……すまん、寝落ちてたんだな」

 宿の部屋の奥からは、ソフィア達の寝息が、すうすうと聞こえている。ティフォは、俺の声で目覚めたってわけではなかったようだ。寝巻きを着てはいるが、髪も寝巻きも乱れてはいない。

「ん、あたし、この匂い ─── すき」
「匂い? ああ、手入れ脂の匂いか。ジャコウクズリの脂に、花橘はなたちばなと柑橘系の香りを混ぜてあるんだ」
「ふーん。ずっと、香水の匂いだと、おもってた」

 ああ、ティフォには、手入れが必要な、革系の装備ないもんな。手入れは時間もかかるから、あまり人といる時には、やらないようにしてたし。そう勘違いされてても、仕方がないか。

「ははは、そんな気どったもん、つける余裕は今のところないよ。ジャコウクズリの脂って、革にはすこぶる良いけど、ちょっと臭いんだ。義父さんに最初に教わってから、ずっとこの香りにしてる」

 ティフォは俺の腕に抱きついて、首元に鼻をつけ、すぅはぁし出した。湯は浴びたけど、臭ったらどうしよう、ちょっと恥ずかしい。

「んー、生オニイチャの匂いは、すっごくおちつく。かんきつオニイチャの匂いは、あんしんする 。すんすん」
「そ、そんなもんかねぇ……。あっ、そうそう! さっき俺、多分スタルジャの精神世界に行けてたよ!」

 どうにも精神世界に行った記憶は、薄まりがちで、口にしないと忘れそうになる。一度、その記憶に意識が向かうと、ついさっき見た光景が、頭の中に噴き出した。

「ただの夢じゃなければ、初めて、スタルジャに気づいてもらえたんだ!」

 ティフォはちょっと驚いた顔をして、強く俺の腕を抱きしめた。

「それはきっと、ほんとう。タージャもこのにおい、スキだから」
「……そうか。……うん、そうかぁ」

 ティフォの頭をなでると、ふんわりと薔薇の花の香りが漂った。
 『におい』か。俺もこのティフォの匂いが好きだ。変態っぽいから、言葉には出来ないけど。

 『におい』は時折、人の記憶を強くき起こさせる事がある。もし、俺も何かあった時、ティフォの匂いで、目が覚めたりするのだろうか?

 胸の鼓動は、未だ鳴り止んでいない。俺は確かに、スタルジャと逢えたのだと、湧き上がる気持ちに胸を躍らせていた。

 ※ ※ ※

 セパルの街の中央に建つ、最も高い建物。到着した翌日、俺達はこの街の魔公爵との接見が許され、そこを登っていた。通称『海皇パレス』とも呼ばれる建物は、ロフォカロム邸のように、個人の邸宅ではなく、庁舎として機能していた。七魔侯爵セィパルネは、この建物で執務をこなし、生活もしていると言う。

 最初、建物を前にした時、指定された場所が三十階だと聞いて『うへぇ』と思った。だが、各階に魔法陣が設置され、二十五階までは、好きな場所へ移動できる事が分かり、またも驚いた。

「二十五階から先は、申し訳ありませんけど、徒歩で階段をお登りいただきますわ。セィパルネ閣下の、生活圏でもありますから、セキュリティ上仕方がありませんの」
「いや、ここまで一瞬だったし、それくらい問題ない。しかし、綺麗だなぁ。どうして建物内に、水が流れているんだ?」

 セパルの街は、街全体に水が流れている。それは高い建物から、湧き出していて、全体に行き渡りながら、ヴィニル運河に流れていた。この海皇パレスも、建物の外側を螺旋状に走る、細い水路が小さなせせらぎの音を奏でている。

 水路を通る水は、時に壁面を流れ、また水路に合流したりして変化が楽しい。白で統一された、有機的で流線的な建物の美しさと、水のせせらぎがマッチしていた。

「この水は、セィパルネ閣下の力で、生み出される清らかな水ですの。河の上に繁栄した街ですから、伝染病や疫病、建物の汚れ防止の意味があるそうですわ」
「なるほど。道理で流れる水に、微量な魔力が含まれてるわけですね〜♪ これなら、簡単に結界の下地にもなりそうです。無駄がありませんね」

 にこやかにソフィアが言うと、ヒルデリンガも微笑んで返した。良かった、仲良くなれたのか。ヒルデは所々目の毒だけど実害は無いから、旅の間くらい、仲良くして欲しいと思っていたけど。

 あれ? よく見たら、地味に足を踏み合ってるな。うん、見なかった事にしよう。

「最上階は、セキュリティのために、外の階段から入る事になってますの。これだけ高いと、突風が吹くこともありますから、どうかお気をつけてくださいまし」

 ヒルデが何も無い壁に、小さなチャームのような物を当てると、外階段への扉が現れた。チャームは今朝早くに、公爵の使者から渡された物らしい。うん、これならおいそれと、侵入される事はかいだろうけど、しかし厳重だなぁ。

「「「わぁっ! すごい……!」」」

 外階段に出た時、思わず皆が声を上げていた。ギルド本部の建物も高かったけど、ここはその六倍もの高さになる。遥か遠くにフォカロムの街と海、そして反対側には、魔界の風景が一望出来た。

「あちらの赤茶けた乾燥地帯が、次の目的地の『パルモル平野』。その先に薄っすらと見える、暗い灰色の山々の間に、最終地点の『アスタリア高原』がございますわ」
「あそこにアマーリエがいるのか……」
「わたくしも、長いこと会っていませんの。彼女とは一時、よくつるんだ飲み仲間だったのですけれど」

 ああ、なんかなダークエルフのアマーリエと、サキュバスのヒルデが、クダ巻いてる絵面が容易に想像できるな。少し寂しそうにしている彼女を見るに、仲が良かったのかも知れない。後で時間が出来たら、ゆっくり聞いてみたい。

「さて、着きましたわ。用意はよろしくて?」

 階段の終わりには、水龍と人魚族のレリーフが施された、巨大な扉が佇んでいた。

 ※ ※ ※

 扉をノックしようと、ヒルデが近づいた瞬間、バカンと扉が開いた。扉が直撃して赤くなった額を擦りながら、ヒルデが『入っていいってことでしょう』と、涙目で言う。

 暗い室内からは、古い書類の紙と、インクの匂いが溢れ出て来た。室内は天井高くまで積み上げられた、書類と本の数々で、奥の様子が見えない。辛うじて通路となっている、書類の山の隙間をぬって進むと、少し開けた空間に出た。

「セィパルネ卿、このた ─── 」
「久しいなヒルデ、ロジオン。そちらは報告にあった、我に合わせたいという人物か。早速、要件を聞く。言え。早く。早急に。可及的速やかに」

 テーブルの上で、早口でまくしたてるようにそう言いながら、尋常じゃない速度でペンを走らせている女性。
 清流のような薄水色の長い髪が、床まで伸びて、鹿に似た形の角は、赤に近い紫水晶のような質感。切れ長な眼には、黒縁の無骨な眼鏡が掛かっている。その周囲にたわむれる、複数の水妖精の姿。

─── 七魔侯爵『海皇』セィパルネ

 ロジオンが頭を掻きながら、一歩前に出る。

「ひさs ─── 」
「元気そうでなにより。だが、見ての通り、我はこなすべき執務が山積みなのだ。要件を、素早くなるはやハリーで」
「アマ ─── 」
「っ! その青年がアマーリエの予言の、アルファード殿下だと……⁉︎ 分かった。ほれ、ピーン」

 え? なに? 会話成立してんの? とか考える暇も無く、セィパルネの目が紅く光り、ロフォカロムの時と同じく、俺の体が反応して角が露わになる。

「はい、マジだ。さて、我から話すべきは、アマーリエから聞いておる。『人界と魔界の決別』心して聞け、二度は口を動かさぬ─── 」

 セィパルネの口から、矢継ぎ早に『いつ息継ぎしてんの?』って、不安になる速度で言葉が紡がれた。

 ※ 

─── 今より二千年の昔

 魔王エリゴールの時代。以前より交流の進んでいた、人界との繋がりは、この時代に絶たれた。

 当時の人界は、現在のダルンを境に、南北に大きく分かれ、分断されていた。それは地理的にも、文明と流通にしても、完全に切り離された世界。

 ダルンにあった大国ダングスル帝国、その時代は、中央の四大国との『五強国時代』と呼ばれた、群雄割拠の時代である。人界は争いが絶えず、人間同士、種族間の戦火が、麻の如く世を乱していた。

 中央に寄りすぎた権力、厳格な階級制度に奴隷制度。

 そこへ魔界からの技術流入が起こると、飛躍的に伸びた魔術と魔導技術は、人界の争いに膠着こうちゃくを生む。発すれば大破壊を起こす新技術に、人界は牽制し合い、奇しくも殺戮さつりくの進化が和平を叶えた。

 人界は未曾有みぞうの、劇的な文明の進化を迎える。だが、それまで人界と対等な交流を夢見ていた魔界は、その急速な文明の進歩の害悪を、気づけずにいた。

 それが失敗であった。土壌の栄養が富み過ぎれば、植物の根が腐るように。急速に熟れた実が、割れ落ちてしまうように。古きを蔑み、弱きを嘲り、成長する事のみを讃える熱病に侵されたのだ。

 そんな中、その害悪の決定打となる、技術革新がもたらされた。

 急速に発展を遂げた、ダングスル帝国の魔導技術が『光子炉』を誕生させた。魂をエネルギーに換える光子炉は、その技術の中でも、大きく急速に人界を変えようとしていた。動力の発展から、光子兵器の開発まで、そのエネルギーの転用は凄まじい速さで広がっていく。

 巨大なダングスル帝国は、五強時代に終止符を打たんと、武力の増強へと拍車をかける。

 その中で悲劇は起きた。

 光子炉に使われる媒体は、魂そのもの。そこに費やされる犠牲者の数は、時を追うごとに増え、魂を求めたダングスル帝国は、媒体を南側の世界に手を伸ばした。

 人道的見地から、魔王エリゴールは、光子炉の廃絶を求めるも、ダングスル帝国はそれを拒否。魔界側は、魔王軍を人界の南部に派遣、ダングスル帝国の侵攻を阻止した。

 遥かに開いた武力差に、ダングスル帝国は、最も愚かな選択を取る。
 人族よりも魂の波動に優れた、魔族の光子炉利用である。

 非戦闘員の魔族が、人界のあらゆる場所で拘束され、強制的に光子炉へと送られた。魔王エリゴールは怒り狂い、ダングスル帝国と、協力関係にあった二カ国への侵攻を発令。激情に駆られた魔族の黒い焔は、人界の三ヶ国を完膚なきまでに焼き尽くした。

 『灰燼かいじんの三日間戦争』

 わずか三日間でその闘いは、徹底的な三カ国への破壊により、幕を閉じる。対等である事を願いながら、与える側にあった魔界は、その大らかな好意を巨大な殺意へと変えたのである。

 魔王エリゴールは、人界からの完全撤退を決断し、完全なる断交を宣言。
 こうして、魔界と人界は、たもとを別つ事となった ───。

 ※ 

「と、まあ、ここまでがアマーリエに『話せ』と言われていた、魔界と人界の歴史。理解は出来たか? 出来たな。出来ぬはずがない。終了だ。さて要件を申せ、今すぐナウ」
「実は ─── 」
「うむ、我がセパルは手を貸さぬ。領地を通る事は許そう。以上」

 ロジオンのこめかみに、青筋がピキリと走る。

「そうか、ロフォカロムは快く協力を申し出てくれたが、やはり同じ七魔侯爵でも器が違うな。ヤツも流石は、炎の英雄でありながら、海を守る大任をこなすだけある。よく分かった、セィパルネ。お前の統治する街は、余裕が無くてカツカツらしい。それなら仕方がないな」
「ふ、ふん。あのと比べられても、な、なんとも思 ─── 」
「ここにいるアルファード殿下は、ロフォカロムを倒した実力者だ。ロフォカロムに、お前の協力を得るのは、それ程からな。邪魔したな、あばよ」

 セィパルネの角に、赤紫の光の粒が沸き立ち、先端に向かって激しく移動する。眼には紅い光を灯らせ、怒りに震えていた。

「 待てッ! ロフォカロムをだと……? まだ魔王にもなって居らぬ、殿下が……?」

 退出しようと背中を見せていたロジオンが、ニヤリと笑い、俺に『 悪 い な 』と口の動きだけでそう言って、セィパルネに向き直る。

「ああ、本気のロフォカロムを、一瞬で倒したぜ? しかもアイツに炎の魔術で土つけたんだ。水の魔術だって、お前さんなんかより、遥かに上だろうな」
「なッ! ……な、きさっ、ぬ、ぐう〜ッ!」

 ロジオンは肩をすくめて、更に煽る。

「こりゃあ、アルファード殿下が魔王になった暁には、ここの統治も取り上げられるかもな。
、能力高いんだし ─── 」

 『ブチッ』と何かがキレる音がした気がする。その瞬間、セィパルネの周囲にいた水の妖精達が消え、俺とセィパルネの周囲を、膨大な量の水が渦巻いた。

「おい……ロジオン」
「悪いな。ちょっとこいつの頭冷やして来てくれ。話にならん」
「あのな ─── 」

 言いかけた時、体から重力が失われる感覚に襲われ、視界が真っ白になった ─── 。

 ※ ※ ※

「うおっ、アブねッ‼︎」

 アルフォンスは、空から落下する感覚に、我に返って思わず叫んだ。足元には、広大な水面が広がっている。飛翔魔術の術式を走らせると、両足の下に魔法陣が現れ、アルフォンスは空中に留まった。

「アルファード殿下ァ……ッ!」

 宙に渦潮が発生し、セィパルネが長い髪をなびかせ、その中から姿を現した。

「我との手合わせをッ!」

 セィパルネの背後には、セパルの街が見えた。ここはロフォカロムの時と同じ、セィパルネの隔離世界かとアルフォンスは思ったが、現実のヴィニル河の上だとすぐに気がついた。

 足元の水面は、セィパルネの怒りに同調するように、大きく盛り上がっている。足元に向かって押し寄せる水が、高波の如き音を轟かせていた。

「どうせ断れねえんだろ? とっととかかって来いよ」

 アルフォンスの瞳が、やや横日となった日射しを受け、燃えるように輝く。その言葉に、セィパルネは一瞬驚いたような顔をしてから、ニィッと口元を歪ませた。

(フォカロムもそうだったけど、七魔侯爵って戦闘狂が多いのか?)

 周囲に渦巻く、水気を帯びた魔力に、歓喜の波動が込み上げて行くのをアルフォンスは感じていた。しかし、なぜこいつはアマーリエから、魔族と人族との過去を、話すように言われていたのか? そんな事を考えている内にも、彼女は舞うように腕を振るい、高速な術式の展開を行うと、水面と空気中の水分を操る。下の水面からは、糸のように細い水が、次から次へとアルフォンスを狙い射出される。

 『たかが水』しかし、その超々高圧の水は、防御結界を易々と突き破る、凶悪な点の破壊力を持っていた。飛び退いた彼を追うように、下の水面が騒ついては、狙いすまして迫り来る。触れる先から骨ごと切断されるであろう、極細の水の線が重なり、視界に白い壁を作り上げていく。

「 ─── 【結べよ海牢】」

 振り回していた手を、胸の前で合わせ、セィパルネが言霊を紡ぐ。突如、周囲の空気が冷え、巨大な水の壁が、ふたりを中心として、囲うように突き上げる。セィパルネは、氷のように冷たい目で、アルフォンスを見下した。

「魔王の血統とは言え、我ら七魔侯爵はその下にはつかぬ絶対の存在。あの焚火バカとは違い、我は手心を加える気は微塵も無い。これで終い。超々高圧の水に抱かれ、醜く潰れるがよい」

 そう言い残し、彼女は迫り来る水の囲いを、すぅっと通り抜けて退がった。

 ゴゴゴゴゴゴ……ッ‼

 大気を震わせる轟音と共に、巨大な水の囲いが、アルフォンスを目掛けて一気に狭まる。川底から巻き上げられた水は、水中に潜んでいた大型の水棲魔獣達も、木っ端のように巻き込む。凄絶な水流と水圧に、魔獣達はもがく間もなく引き千切れ、赤黒く染め上げながら迫り来る。

 パァン……ッ‼︎

 おおよそ、水のぶつかる音とは思えぬ、強烈な衝撃音を立て、囲いは一本の巨大な水の柱へと凝縮された。水柱の中は、想像を絶する圧力に、高速の水流が縦横無尽に荒れ狂う。
 完全に逃げ場を奪い、捕らえた者の肉体を、固形物すら残さずに撹拌する水の脅威。

「ふん、他愛もない。あれにロフォカロムが殺られただと? どうせ、バカをこじらせて、気でも抜いておったのだろう。海を取り返す、良い時期か……ふふっ」

 セィパルネは、肩を震わせて笑いながら、ロフォカロムの領地の方角を見る。と、彼女の遥か背後に見える、セパルの街からは、サイレンの音が鳴り響いた。街では大慌てで建物に入り、密閉式の窓を閉める音が、街中で鳴り響く。
 自分達の主人が、その荒ぶる力を行使しようとするのを感じ、巻き添えを食わぬように動いている。

「ふん。我が力を出すまでもなかったというのに、用心深い民たちよなぁ……」

 己の庭に住まい、彼女の加護を当てにして生きる領民達は、彼女にとって愛おしい存在。我が子を眺める、慈母の如き微笑みを浮かべ、彼女は唇に指を当てた。

 「 ─── ‼︎」

 その時、セィパルネは目を見開いて、今尚その内部に激流地獄の渦巻く、巨大な水柱に振り返った。

(……冷気? バカな……⁉︎)

 パッキィィ……ン

 水柱と共に、川面が一瞬で凍りついた。完全に凍りついた水柱の表面には、更に空気中の水分が着氷し、白い氷に覆われていく。横日の射す、黄昏前のヴィニル河の風景が、瞬く内に氷河の世界へと一変していた。

「─── 【着葬クラッド】……」

 天に届かんばかりの、巨大な氷柱の中から、言霊が紡がれた。凍りついた世界は、音を反響させ、やけにくっきりと通らせた。直後、地響きを轟かせ、氷柱に巨大な亀裂が走ると、瓦解する。
 崩落する巨獣の如き氷塊の振る中、目を見開くセィパルネの視線の先に、漆黒の悪魔が眼をおぼろげに光らせていた。

 いばらの冠をいただいた、漆黒の髑髏どくろの全身鎧は、青白い悪霊の冷気をマントの如くたなびかせている。鎧に浮かぶ、この世の悪意を顕在化したかのような無数の顔が、茫然とするセィパルネを嘲笑うように、寄生を響かせた。

「 ……お前も、俺の本気が見たいのか? ロフォカロムのように」

 凛とその声が通ると、彼女は思わず身をびくりと強張らせた。
 髑髏の兜の額から、巨大な紫水晶の角が透け、妖しく輝き出す ───

作者のつぶやき

人類史には残されていない古代文明。
それが実は現文明より進んだ文明度を持っていた。

オカルト好きにはたまらない話です。
オーパーツとか、ご飯何杯でもイケてしまいます。

アルカメリア本部ギルドの地下にある、世界のギルドの敷くシステムの中枢も、魔王エリゴール時代のものなのかもしれません。

ちなみに僕の実家は、僕以外が全員機械オンチで、それこそ他の家庭と比べて文明度が低いのが悩みでした。
小学生の頃に、自分でお金を貯めて、初めてわが家にお迎えしたビデオデッキ。

ビデオの再生にすら怯えていた家族に、レンタルビデオ店というトレンディな存在を教え込み、ようやくビデオ文化が定着。
しかし、最後まで録画予約を覚えようとする者は、僕以外に皆無でした。
まさにビデオデッキがオーパーツ。

そんなんだから、もちろん子供部屋にエアコンなどなく、夏はボタンをがっちゃんこするタイプの扇風機のみ。
熱帯夜に苦しんだ僕は、扇風機のモーター部分に濡れタオルを置いてみたり、窓の外側に向けてこもった熱気を追い出す換気扇にしてみたり。
正に命を賭けた創意工夫の夏でした。

まあ、今ほどの熱い気候ではなかったので、なんとか対応できましたけど、今だとエアコンなしは考えられません。
色々やった経験上、小型の気化熱式冷風機はあまり信用していません。
太陽の活動期、海流の変化、エルニーニョ。
様々な要因が絡まって、どうしようもない暑い夏が来る。

今年も暑くなるんだろうなぁ。

今でも暑い夏を過ごしやすくするために、毎年新しい技術の物を取り入れています。
今の所、水冷服と水冷ポンチョが最強です。
空調服とペルチェベストは一定の温度を超えると意味をなしません。

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