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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十五章 闇の帷

第十五章│第三話 焚き火

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ラプセルの里での勇者ハンネスの撃退劇。
しかし滅ぼすことは叶わず、
聖剣は奪われ取り逃してしまう。

呪術転移した彼らの行く先はつかめず、
アルフォンスたちは里で準備を進めながら、
新たな力を蓄えようとしている。

その裏で世界は再び『黒舌』の出現と、
中央諸国を中心とした戦乱に、
人々は飲み込まれようとしていた。

教皇ヴァレリー率いるエル・ラト教団は、
新たな団体を発足し黒舌化への対応を強める。

そしてアルフォンスの力の増加に影響を受け、
世界各地で彼に蘇生された者たちが、
大きな力を得て動き出そうとしていた。

「…………う、うう。うわあああああああぁぁッ!!」

 洞窟どうくつの奥の暗がりに、しゃがれ声の悲鳴が反響した。

 それまでは、点々と雫しずくの滴る音だけが聞こえていた洞窟が、ザワザワと大勢の人々が無言で行き交う衣擦きぬずれのような気配に埋め尽くされていた。

 やがて奥に明かりが点いたのか、奥がぼんやりとした光を発する。

「ひぃぃッ! ひぃぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 洞窟の奥底は広大なドーム状の空間になっていた。はるか上の天井は暗くて確認できない。
 その空間は白い布が幾重にもぶら下がり、鍾乳石しょうにゅうせきの白い岩肌とあいまって、氷河の奥深くにいるような幻想的な印象を持たせた。

 その中央に簡素なベッドが置かれ、その上で老人がのたうち回って悲鳴を上げている。

 両手両足はベッドの四隅に白い布で縛り付けられていて、ひどく暴れるその手足首は擦り切れて、布には血が滲んでいた。枯れ枝のような痩せさらばえた体、まばらに生えた長い白髪は、脂汗と涙とよだれとでベトベトになった顔に張り付いている。

 空間の明かりにとなる光源はなく、彼の感情の振れ幅と合わせるかのように、白い光がやがて風に暴れる篝火かがりびのように赤く揺れだした。

 真っ青な顔はげっそりと痩せさらばえ、肌のいたるところに浮かぶ染み、見開かれた瞳は濁って薄れている。

「ハンネス─── 」

 その時、上を覆う布がざわめき、天上の雅楽ががくの如き澄んだ声が響いた。
 とたんに布が黒い水に濡れるように黒く染まり、ハタハタと風もないのに激しく揺れると、黒いドレスの女がすぅっと降り立った。

 ひたひたと裸足で歩く音を響かせて、女は老人の顔を覗き込む。

「ひっ、ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁッ! ひ、ひひひひ……ッ!!」
「ああ……ハンネス。また悪い夢を見ていたのね……」

 ハンネス。そう、この死の臭いすら漂う老人は、元勇者ハンネス・オルフェダリアである。

 彼はアルフォンスとの戦いで植え付けられた『痛み』への恐怖に呑まれ、一日の大半をこうして悪夢にうなされては暴れている。寝ているか、狂乱にのたうち回っていた。

「大丈夫。大丈夫よハンネス。ここにあの出来損ないたちはいないわ……」

 彼のほおに白い手が添えられた。毛穴一つ目に入らぬ、白く透き通ったガラス細工のような美しい手指。しかしその爪は黒く長く尖り、艶一つない闇のような、おぞましい造形だった。

 アゴ先まで下がった白金の美しい髪の間から、慈愛に細めた彫刻の如き美しい目が覗く。しかしその眼球の白目は黒く、瞳は金色に輝いている。

 堕天したリディは、今や美の神とも称えられたその美しさから、妖艶な悪神へと成り果てていた。

「今、心を鎮めてあげますからね……」

 調律神オルネアの化身。その彼女は神の奇跡を行使して、彼の心を鎮めようとする。

 しかし、彼女の権能は彼を癒すどころか、その中に眠る負のエネルギーを刺激していた。ハンネスの影がドス黒く染まり、光を食い散らかすかのように、小さな無数の手の形を作って伸びていた。

「ああ……私はもう調律の神ではないのですね……」

 その邪神の目から黒い涙を一筋こぼすと、肩を震わせてうつむく。しかし、ハンネスのほおに添えた手は離そうとしない。彼の全身の静脈が黒く染まって浮き上がり、口の端から白い泡ぶくを流しだす。

「ひぃ~ひゃひゃひゃひゃ……ッ!」

 それまでケタケタと笑うように腹部を痙攣させていたハンネスの動きが止まり、笑い声にも似た奇声を発した直後、片腕の布を引きちぎり、何もない空間から黒い曲刀を抜き出すと、黒いオーラをたなびかせながらリディへと振り抜いた。

 ド……ッ!

 その刃は老人とは思えぬ、まして両足と片手を縛られたままとは思えぬ速度で振り下ろされ、リディの鎖骨に食い込んだ。ふつうの人間であったら両断されていたであろう剣閃。狂乱した老人の剣とはいえ、それは人智を超えた速度だった。

 だが、リディの皮膚を切り裂くことはおろか、ドレスにほころびひとつついていない。

「……ああ、ハンネス。まだ私たちは、馴染む時間が必要なようですね」

 未だリディに食い込んだ刃を、押し切らんと渾身こんしんの力で震えるハンネスの顔を鷲掴わしづかみにし、黒い光を放つ。とたんにハンネスの体は糸が切れたようにふつりと倒れ、リディの視線一つで再びベッドに横たえられると、千切れた布が腕を縛る。黒刀は夢から覚めるかのように忽然こつぜんと姿を消した。

「まだ、まだもう少し、時間をかけるとしましょう。私のこの黒い力があなたに浸透すれば……」

 慈母のような微笑みをたたえ、リディは汗と涙でぐちゃぐちゃになったハンネスのひたいをなでた。

「オルネアなどという傀儡くぐつの加護を捨て、私ともう一度契約できる─── 」

 ゆっくりとリディの体が宙に浮き上がる。彼女が上に上がるに連れ、垂れ下がった布は白へと戻ってゆく。リディは上の闇に消える直前に、己の契約者の姿を見下ろした。

「せめて、あちらの世界へ渡れるくらいには、力を取り戻してもらわねければ」

 つぷりと彼女の姿は闇に消え、再び洞窟は光を失って暗がりに呑まれた。

 静まり返った白い布の空間で眠るハンネス。
 天井の闇で時を待つリディ。

 洞窟の奥のふたりの様子は、繭の中で変化を待つかのようだった。


 ※


─── ポクリッ、もっ、もっ、もっ!


 暗闇に響き渡る生々しい音。薄っすらと扉の隙間から射す光が、白いひげのシルエットを浮かび上がらせる。何かをむさぼり、咀嚼そしゃくしているようだ。小さく嚥下えんげする音が響いたその時だった。

 カチャリ……ッ!

 金属の冷たい音がして、白いひげのシルエット硬直した。

「その汚い両手を上げなさい……」

 感情のない氷のような女の声が、白いひげのシルエットの背後からそう呼びかけた。

「こ、これは……ち、ちがうんじゃ……」

─── パチン

 女が指を弾いて、魔道具の明かりが点く。そこは物置の片隅だった。

「……先日、アネス様から『腸詰めの食べすぎは控えろ』と言われたばかりでは? ゲオルグ陛下」
「い、いや、これはちがうんじゃ。腸詰めではない。アケルから取り寄せた、世にも珍しい健康おやつでな?」

 シリル共和国連邦。その首長『妖精王』ゲオルグは、皿に残された二本の腸詰めに視線をチラつかせながらも、後頭部に押し当てられた銃口に両手を上げていた。

「なるほど。これがアケルの健康おやつですか……」
「…………いや、そのぅ」

─── ポクリッ!

 ゲオルグの膝に乗せられた皿から、腸詰めを一本、片手で奪い取り口に頬張る刺客。シリル王宮のメイド長であり、近衛兵団ストケシア団長メリルである。

「これは十四番街の精肉店『イーヘンブライッシャー』のハーブテュリング。南方アケルの製菓技術は素晴らしいものですね。ここまで再現できるとは……」
「………………」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい……」

 メイド長は小さく舌打ちをして、押し当てた銃口の動きでゲオルグを立たせると、後頭部で両手を組ませた。銃口を背中に押し当てたまま物置を出て、廊下を進んでゆく。途中、すれ違う人々はその光景にぎょっとするも『ああ、またいつものか』と苦笑していた。

「おまたせいたしましたクアラン卿。陛下をお連れしました」
「ク、クアランが来ておるならそう言えば、素直に歩いたものを……! 一国の王が銃口を向けられて廊下を歩くなど、国の威信にかかわるじゃろうがい!」
「……一国の長が、物置に隠れて腸詰めを豚のようにむさぼり、あまつさえ『アケルの健康おやつ』とのたまいますか? 豚に失礼です」

 一言二言、ゲオルグは言い訳をしていたが、いつのまにやらメイド長は部屋を出ていた。ゲオルグはそれに気がついて扉を二度見するも、襟を正しながら何事もなかったようにクアランへと向き直る。

「で、どうしたクアランよ」
「…………はい。『光の道計画』での進捗のご報告、それと南部諸国同盟ツェツァルサガト本部より、例の素材のサンプルを持った使者を送るとのご報告でございます陛下」

 『光の道計画』とは世界の貿易陸路として最大の道であり、アルザス帝国の威厳ともいえる『栄光の道』に、シリル以南のルートを大規模整備する計画の名称である。シリル以南の国々は、それまで帝国の敷く高い通行税と、昨今の圧政に強い反感を持っている。
 『栄光の道』と呼ぶのも嫌った彼らはそれを『光の道計画』として、この大事業にそれぞれ巨額の投資をしている。かつてアルフォンスが、草原の国ダラングスグル共和国で一から創り上げた事業案であった。

 税の徴収が掛からない区間を、それぞれ南部諸国同盟の加盟国が出資しあい、独自の交易ルートと中継地点の都市の建造を進めている。

 特に大きな恩恵を受けるのは、遊牧民が多く、開発の遅れていたダランである。元々、ダランの区間は道の整備が甘く、大型の荷馬車では通れない場所も多かった。さらに警備の面でも国力は届いておらず、貿易をするのに大きな峠となっていた。

 それらが解消され、かつ、国をまたがるごとに徴収される各国の税に上乗せされる帝国への税、これを最小限に抑える。

 栄光の道を資材を運ぶ土台として、工事を進めつつ、地形的・地理的に利のある地点を中枢として新たな貿易路を静脈のように広げていた。

「ふむ。順調そのものじゃな! 特に心配されておったダルンが一番進んでおる」
「アケルの助力が大きいようですね。ダルンが整うと、最も利を得られるのはアケルですから、豊富な資源をふんだんに回しているとか」

 密林で有名なアケルだが、その実、国土は広く、石材・木材・鉱石の生産量が高い。

 しかし、これまでは国民の多くを占める獣人たちが、その種族ごとに別れ、連携がなかった。そのため、資源はあっても流通が滞り、発展が遅れていた。

 それを変えたのは、魔道具の製造・輸出を中心とした、食料の分配などによるアケル南部の部族間の連携。そこから始まった獣人族の結託である。

 特に魔道具は諸外国の人族にとっては需要が高く、元手が掛からないにも関わらず高額で取引がされている。それらの売上を資金源に、元々豊富であったアケル資源の輸出が始まった。

 かつて蛮族の国と蔑さげすまれてきたアケルは、今や資源国として大きく注目されている。光の道計画はそんなアケルにとって、さらに商圏しょうけんを広げるチャンスでもあった。それは南部の主要国であるバグナス、マスラ、タッセル、ハリード自治領、辺境諸国も同じである。

「我が国の解放と強化。ダルンのランドエルフとムグラ族、そして馬族の協定。アケルの獣人族の連結。そして南部諸国同盟の設立。うむ、やはりアルフォンス殿は『調律者』なのではないか?」
「ふふふ、私もそう思います。現在の南部諸国の強固な協力関係は、人々の努力のなせるものではありますが、彼の繋いだ功績ははかりしれません。ひとりの人間がなせるものとは到底思えませんよ」
「……アネス様かジゼルちゃんあたりと、どーにかならんかのう?」
「はははは。それは願ってもないことですね」
「─── この私という選択肢もございますが?」
「「!?」」

 出ていったはずのメイド長が、ぱっつん前髪の銀髪の下でメガネを光らせていた。神出鬼没の彼女の出現にふたりは驚愕するも、いつものことかと胸をなでおろした。かつてアルフォンスが滞在中に『メイド穴でもあるんじゃねぇか?』と怯えた現象である。

「メ、メリルちゃんや。ノ、ノックはして欲しいんじゃがなぁ……」
「先ほど子マドーラの『ディステルちゃん』に連絡がございました。ツェツァルサガト本部より使者が出発したとのことです。それと『ちゃんづけ』はおやめください陛下。セクハラです」
「ごめんなさい」
「と、ところで、使者がツェツァルサガト本部を出たとなると、一ヶ月ほどでしょうかね? 使者とはいえ南部諸国同盟本部の使いですから、それなりのおもてなしをするべきでしょう」
「ディステルちゃんは『意外とはやくつくから、きっとびっくりするよ~☆』と言っておりました。それと『窓とかべぎわからは、はなれてたほーがイイかも~』とも。どういうことでしょうか」


─── ズドガァァンッ!!


 突如、爆音とともに壁が吹き飛び、室内は舞い上がるホコリに覆われた。常人であれば部屋の反対側に飛ばされていたであろう衝撃だったが、彼らは妖精の血が濃い三人である。精霊と常につながっているだけあり、瞬時に結界を張って事なきを得ていた。

「い、いったい何なん……!?」

 もうもうとほこりが舞う中、そこには部屋の半分を埋めようかというサイズの存在がいた。即座にメイド長が銃を構え、引き金に指をかけるが、さすがの彼女も一筋の汗を流していた。

 龍種。それも白い体に虎のような黒の縞しまが全身を覆った、神気さえ感じさせる個体。窮屈きゅうくつそうに身をよじると、ウロコ同士がこすれ合い、刃物を当てるような金属音がシャラシャラと響いていた。

 神獣。それも完全に世界の理から逸脱した、強大な力を持つ存在。三人はそれを理解し、体の奥底から湧いてくる震えに必死に抗う。

 と、その時、神獣が白い光を放ち、その巨体をみるみる縮めていった。

「あ、あなたは一体……?」

 そこにいたのは黒髪と白髪が、交互に混じる長い髪に、とび色の瞳。浮世離れした白い肌は、白磁のようにきめが細かく、どこか儚はかなさを感じさせる少女であった。少女はメイド長と目が合うと、にっこりと人懐っこい笑顔を咲かせる。

「ついたー☆ げおるぐ・・・・どこー?」
「げお……それならここに」

 メイド長が不敬にも指をさす先で、ゲオルグはふるふると首を横に振って怯えていた。

「ほんぶからのおとどけものだよ! ディア、ちょうとっきゅーできたの!」
「…………」
「…………」
「…………」
「「「使者!」」」

 神龍ディアグイン。南アルザスのエルフ族、風の境界フィナウ・グイの守護神が、ギルド経由でおつかいをしていた。


 ※


「わぁ、これおいしいね~!」
「ふぉっふぉっふぉっ、それはデンストレンというお菓子じゃよ。たくさんお食べなさい」

 ディアグインを膝に乗せ、ゲオルグはふくふくと笑みで顔を膨らませて目を細めている。あまりにも強大な存在である神龍に、一度は自分が『ゲオルグではない』とすっとぼけようとした彼も、天真爛漫てんしんらんまんな少女の姿に完全に打ちのめされていた。

 かつてアルフォンスが『玄関から入ろうな』と教え込もうとしたが、未だに彼女は理解していないようである。彼女のおつかいである素材とは別に、ひとつの魔石が持たされていた。それは【物質復元アートフェル】が封じ込められたもの。

 ギルドや南部諸国同盟本部も、彼女の教育はあきらめ『どうせ壊すんなら復元魔術もたせりゃいいじゃん』と決着をつけていたようだ。

 【物質復元アートフェル】はそれこそ伝説級の魔術で、一般的には眉唾なおとぎ話の存在である。ローゼンから教えを受けた、バグナスギルドのレオノラとギルド本部秘書のエッラはそれを習得している。

 彼女たちもかつてアルフォンスに蘇生を受けた『光の戦士』である。その力の恩恵はもちろん彼女たちにも流れ込んでいた。そして、神龍ディアグインもその一員。

 膝に乗せている少女が、勇者ハンネスとリディすら翻弄した強者であり、アルフォンスの影響下でまさに神に等しい力を得ているなど、もはやゲオルグにはどうでもよいようだ。

 と、ノックされたドアが開き、興奮の面持ちでクアランが戻ってきた。

「鑑定結果がでました! まちがいなく求めていた素材です! ドワーフの見解も良好です」
「ほお~! それは良い知らせじゃのう~☆」
「はい! ドワーフ工房も色めきだっております。合金鋼弾が完成すれば、強化鋼の鎧などバターのようなものです」

 彼らが求めたのはいわゆる徹甲弾の材料である。比重の高い金属を軟性のある金属の帽子をつけ、硬い物を貫通する発想。

 アケルで勃発したアルザス軍の『聖教戦争』において、アケルはアルザス軍の多くの情報を得ていた。それは南部諸国同盟で惜しげもなく共有され、各国総出で対策が練られている。

 アルザス帝国は新兵器として銃の開発に成功したが、それは火薬のような爆発物を用いたものであり、重本体にそのタブレットを装填し、金属の弾を射出する仕組みであった。

 対してシリル軍の銃は『精霊銃』と呼ばれるように、風や火の精霊の力を借り、金属の弾を射出する。帝国の銃に比べ、連射するなどの利便性が高いが、威力がやや劣り、強化された鎧には殺傷力が落ちる問題があったのだ。

「アケルの重金属とムグラの軽量軟鉄。少し前では考えられんことじゃなぁ」
「……最近の帝国の動きは、危険を通り越して無謀ともいえる激しさ。それにどうもこちらに向けて呪術を強めて来ていますからね。我が国が南部諸国同盟に加盟したこと、光の道計画を指揮していることに腹を据えかねているのでしょう……」
「うむ。これは早くに事が動くじゃろう。三百年前のようにはさせんよ」

 かつて帝国に敗れたシリル。その傀儡かいらいとすべく弱体化の謀略ぼうりゃくと呪術を仕組まれた歴史。しかし、今やシリルは精霊とのつながりを取り戻し、過去の敗戦の教訓を活かして備えている。

「呪術に関してはアネス様とジゼル様が上手く誤魔化しておられますが、それも長くは続かないでしょう。その時がおそらく開戦への運びになるかと」
「─── 最早、シリルは一国ではない。南部諸国を背負っておる。この戦はシリルだけの命運に留まらぬ。わしらが世界の半分を守る城壁であるのじゃからな」

 ゲオルグ王の目に確かな威光の炎が灯る。
 その覚悟はただの過去の悔恨ではない、地形によって守られてきたシリル以南の国々、その盾となる覚悟であった。


 ※※※


 渓流のほとりで、焚き火の明かりが揺れている。時折聞こえる夜鷹よたかの声と、遠くに響く鹿の鳴き声が、せせらぎの音に夜の寂しさとにぎわいを演出していた。

「ほれ、こっちももう焼けた頃合いであろう」
「おっ、いい感じだな!」

 夕時からじっくりと遠火に当てて焼き上げた川魚は、美しい橙色の焼色に、ほどよい焦げ色が乗っていた。かじりつくと、強めに振った塩の質感と、皮のパリパリとした香ばしさの先に、ホクホクと柔らかな香りの良い身が口の中でほぐれてゆく。

 はふはふと息を漏らして、口の中の熱を下げながら食べる。骨ごと食べられるほどにじっくりと焼いた身が、綿花のようにふんわりと、そして白い湯気が立っていた。

 それを横目に、旨味と香りがまだ残る口内に、キリッとした蒸留酒を流し込む。

「「くほーっ!」」

 ダグ爺と思わず声が被った。
 俺たちは今日、ようやくガセ爺依頼の素材を集め終え、こうしてちょっとした宴を開いていた。

「秋だなぁ、冬に向けてたっぷり脂が乗ってる」
「うむ、鹿肉の串焼きも良かったが、魚の旨味はまた格別であるな」

 ダグ爺もご機嫌だ。本当なら釣りを楽しんでから、こうして食べたかったけど、時間が惜しいので雷撃を放って気絶させてとっ捕まえた。

 ふたりでこうして野営すること二週間。

 ガキの頃もよくこうして夜を楽しんだけど、こうして大人になって、酒を呑みながら過ごす夜は感慨深い。

「ところで、エリンちゃんとはどうなんじゃ?」
「─── !?」

 思わずむせ返った。

 ソフィア、ティフォ、スタルジャ、ローゼンとは結ばれている。でも、エリンとはまだちゃんと向き合って話せていない。

 お互い今忙しいのもある。でもそれ以上に、エリンの変化に俺が戸惑っていたんだ。肌が褐色になって、ゴリッゴリのマッチョになって、すごく無口になってるんだもの。

 話しかければ会話はできるけど、以前に比べてかなり口数は少ない。時折見せる笑顔の破壊力はそのままだけど、違う魅力がどかんと出て、単純に俺が緊張してしまっているのが正直なところだ。

「うん。この二週間、エリンと離れていたから、じっくり自分の気持ちも考えられた。戻ったらちゃんと話すつもりだよ」

 なんだかこうして親と恋愛話をするのも気恥ずかしいもんだ。

「ふふふ、そうするが良い。家族はしっかりと気持ちを伝えんとな。いつ何時、何があるかも分からん。大事にできる時に大事にすることだ」

 少しダグ爺の目に寂しさが見えた気がした。

 俺はダグ爺の過去を知らない。幼い頃から一緒だったから、会話の中でそれとなく聞いたことはあるけど、守護神だとも知らなかったし、俺から進んで聞こうとしなかったからだ。

 たぶん、幼心に家族であって欲しいと願い、彼らとの存在がかけ離れていることを見ないようにしていたのかもしれない。

「…………ダグ爺は、ダグ爺は家族とかどうだったの?」

 もう俺たちはれっきとした家族だ。初めて勇気を出してたずねた。

「もうずいぶんと遠い昔のことだ。わしがまだ人の身で、龍人族の長だった頃にな。妻と子どもがおった」
「そうだったんだ……」

 ダグ爺は記憶を噛み締めながら取り出すように、いつもの雄弁な語り口ではなく、静かにゆっくりと聞かせてくれた。

 奥さんとは幼馴染で、小さい頃は泣かされたりしたこと。
 初めて狩りをした時に、大きな獲物を見て自分のように喜んでくれたこと。
 族長を決める大会で見事に勝利を修め、その勢いで求婚したこと。
 最初に子どもが生まれる時は、心配で心配でウロウロして産婆さんに怒られたこと。
 子どもが中心になり、どこか自分が主役じゃなくなったような寂しさに困惑したこと。
 二人目の子が生まれる時、ずっと最初の子をおんぶして世話したこと。

「当時のわしは若かったのだ。気持ちや感謝を素直に伝えられずにいてな。いつかはちゃんとと思ってもおったのだ……」
「ははは、男ってそんなもんじゃないの?」
「ふふ、そうかもしれんな」

 と、ダグ爺がうつむき気味になって、影が差した。

「だが、ついぞ伝えられなかった。狩りのために男衆で遠出していた折のことよ。里に戻ってみたら、里は残されてはおらんかった」
「─── えっ?」
「龍人族は孤高の種族でな、他種族と関わりを持たぬよう、僻地へきちにくらしておったのだ。それがあだとなった。魔神族の襲撃にあったのだ」

 魔神族。精霊族なんかの高位霊体の種族だが、まず目にすることはない。
 どうも悪魔と同じく、別次元に存在する者ではないかとも言われている。

「星の流れによって、境界が薄れることがあるのだ。数百年、数千年に一度、あるかないかなようだが。……まさかその時が、己の家族のある時代に来るとは思わぬだろう?」

 確かにダグ爺の戦いの話の中に、魔神族の言葉が出てきたことが何度かある。

「まさか武者修行の時代って……」
「うむ、仇討ちだ。生き残りのわずかな言葉と、周辺の者たちの情報を元に、相手を探してみれば、なぁに、すでに人界では災厄として大混乱になっておったわ」

 ダグ爺は同じく家族を失った龍人族の男衆で魔神族を追い、相手が複数の集団だと知ると、それら全てを滅ぼす戦いに身を投じた。

「世界に散らばったそれらを追い、幾度となく戦いとなった。仲間も一人また一人と散っていってな。それらの王に挑んだ時には、もう三人になっておったよ」

 龍人族は希少種で、世界にも数が少ない。その彼らが魔神族討伐に命を懸けたのは、最早復讐ではなく、戦いに生きる彼らの矜持きょうじでもあったのかもしれない。

「生き残りはわしひとり。もう帰る場所もなければ、語る仲間もなし、感謝を伝える家族もなし。ならば、戦いに生きる龍人族の誇りを、彼らの分まで背負ってゆこうと思ったのだ」

 そこからダグ爺の戦の神への道が紡がれた。強い意思と強大な力が、彼を守護神へと変化させた。やがて、世界に名だたる軍神として祀られるほどに。

「……なんだか、辛い過去を思い出させちゃったな」
「ふふふ、なに。あの愛すべき者たちへの想いがあればこそ、今のわしがある。ならば、単に生まれて生き、果てるだけの人生よりも、むしろ背負って来ただけに近くにおれたのだろう。悲劇ではあったが孤独とも思えぬのだ」

 なんだか分かるような気もする。強い意思で繋がり、思い返して、普通に関わるよりもはるかにそれらの存在を想う。それは孤独ではなく、その存在のために歩む道だ。

「それに、こうして旅の終ついに、家族ができたのだ」
「…………フフ、そうだな」

 静かにふたり、酒を口にして焚き火を見つめていた。

「アルフォンス」
「うん?」
「ありがとう。わしを家族にしてくれて」

 焚き火の向こうで、ダグ爺の穏やかな笑顔が揺れていた。

「こちらこそ。俺を育ててくれてありがとう」

 ダグ爺は『うむ』と小さく返すと、満足げに酒を口にした。

 遠くで聞こえる鹿の鳴き声が、寂しげな音で響く。でも、その声も家族を求めて鳴く彼らの思いなのだと思うと、なんだか自分と同じだとおかしく感じられた。

作者のつぶやき

ハンネスの感情に揺れる篝火のような光、帝国との開戦に備えて燃えるシリルの火、ダグ爺と向き合う川べりの焚き火。
今回は炎繋がりで構成しました。

ダグ爺の過去が少し明かされましたね~。
単に最初からすごい存在だったのではなく、夫であり父であった。

悲劇から始まったダグ爺の旅は、ラプセルの里でアルくんたち家族を得て、温かなものとなったようです。

ああ、焚き火で鮎焼いて呑みたい……

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