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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十五章 闇の帷
第十五章│第五話 冬支度
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ラプセルの里での勇者ハンネスの撃退劇。
しかし滅ぼすことは叶わず、
聖剣は奪われ取り逃してしまう。
呪術転移した彼らの行く先はつかめず、
アルフォンスたちは里で準備を進めながら、
新たな力を蓄えようとしている。
その裏で世界は再び『黒舌』の出現と、
中央諸国を中心とした戦乱に、
人々は飲み込まれようとしていた。
教皇ヴァレリー率いるエル・ラト教団は、
新たな団体を発足し黒舌化への対応を強める。
そしてアルフォンスの力の増加に影響を受け、
世界各地で彼に蘇生された者たちが、
大きな力を得て動き出そうとしていた。
南部諸国同盟は大きく動き出し、
シリルはアルザスから南部諸国を守る盾として、
軍事力の増強を図っている。
焚き火の薪が弾け、橙色の火の粉が残像を曳くように、揺らめきながら夜空に昇っていった。秋も終わりのシンと冷えた空気が、火照った鼻に心地よく感じる。
薪小屋もあらかた冬の準備が終わり、夕暮れ前からこうしてひとり、少しの料理を作っては酒を傾けていた。
飲んでいるのは、琥珀色のうんと酒精の強い、上等なブランデー。メルキアの特級酒『ケルヴォグ』だ。これは以前、メルキアでツェペアトロフ家にお世話になった時、シモンの父フロレンスおじさんにもらったもの。
ようやく色々と落ち着いて、今日はひとりここで薪を割りながら、シモンのことを整理していた。
シモンは『ジョルジュ』に操られていた。それは紛れもない事実で、俺と出会う前の、この里にたどり着いた時からそうだったのは確かだ。俺がこの里に義父さんとやって来て、すぐに懐いた『近所の兄ちゃん』で『唯一の友人』でもあった。
あまりにも突然な別れだったこと。そしてどこからどこまでが操られていて、俺との関係にどこまで彼の人間性が残されていたのか。今となっては確かめようがない。
ティフォが彼の血液から読み取った記憶で、どうやら俺に対しての関係性はもちろん、里のみんなとの関わりについては特に強い命令では動いていなかったとは聞いている。
だが、実感はない。
ティフォとエリンとの再会、セラ婆のための魔導生命体の研究、里の結界の研究に、ガセ爺の素材集め。ずっと忙しくしていたから、シモンのことについて考える時間が持てなかったし、考えずに済んだとも言える。
なんてことのない冗談。
一緒に薬草積みにいったこと。
街の文化やダンスを教えてくれたこと。
年相応の下品で馬鹿な話をして夜を過ごしたこともある。
彼とは師弟関係ではなかったし、彼は元々が大人しい性質だったから、思い出すのはそんな些細なことばかりだ。とはいえ……。
「─── やっぱり寂しいよ、シモン」
折りたたみの椅子に深く身を預け、そうつぶやいた息が、わずかに白く空に上る。そろそろ冬が訪れる。里の冬は厳しい。空は乾燥しているのだろう、透き通った星空は目が痛むほどにくっきりとしていた。
と、背後から誰かが近づいてくる音がする。振り返るまでもなく、この引き合う感覚は彼女だ。
「やあ、ソフィ。今日は星が綺麗だな」
「……そうですね。もしかしてお邪魔でしたか?」
「いや、少し考え事をしていただけだよ。……呑む?」
「はい」
彼女に椅子とサイドテーブルになる台を用意して、作っていたつまみを焚き火で温め直す。
「いいにおい……」
「茸のクリーム焼きだよ。ほら、セラ婆のために採ってきたオレンジ色のきのこ。干した余りをオーブンでクリームとチーズで焼いたんだ」
小さなココット皿の中で、温まってかすかに揺れ始めたクリーム焼きを、彼女に差し出す。
「小さい頃、これが好きでさ。よくセラ婆が作ってくれたんだ」
「うん、おいしい! あんずみたいなフルーティな香りと、クリームがすごく合う」
彼女はケルヴォグをお湯割りにして、目を細めて香りを楽しんでいる。
「……シモンさんのことを考えていたの?」
しばらくなんてことない会話をしながら呑んでいたら、少し切なそうに眉を下げた彼女が、口元だけ少し微笑ませてそう言った。
「ははは、さすが俺の女神だな。……うん、やっと落ち着いたからね。あんなお別れだったけど、やっぱり俺の大事な友だちだったからさ」
「メルキアのお酒だし、後ろ姿が寂しそうだったから」
「うん。そうなんだよ」
ソフィは椅子から膝をこちらに向けて座り直し、アームレストに置いていた俺の手に、そっと温かな手を乗せた。
「私も、ちゃんと会って話してみたかった……。アルの大事なお友達と」
「……うん。合わせてやりたかった」
少し力の入った彼女の手を、握り返した。
「でも、アルはちゃんと約束を守ってくれた」
「約束?」
「フフフ、ほら『俺は君を、いつか里に連れて行く』って」
里を旅立った後、ペコの村についてすぐに彼女と再会し、盗賊団と変態公爵の事件を解決した夜。村で開いてくれた宴会で、確かに彼女とそう約束をしていた。
「ははは、なんだか『図らずこうなった』ってのが正直なところだけどな」
「それでもいいの。アーシェ婆もダグ爺も、セラ婆もガセ爺も。みんなアルのことを大事にしているのがわかったから」
そういわれると少しくすぐったいけど、ソフィはもう妻だ。こうして俺のルーツが、不幸なものではなかったと分かり、そう安心してくれるのは、家族としてあたたかい気持ちになる。
「ソフィも、みんなもすごく大事にされてると思うよ。特にアーシェ婆なんて、あんなに優しく魔術の手ほどきできるとは知らなかったしw」
「ぷふっ! 聞いてた話と違うから、私も最初はちょっと怖かったの♪」
修行当時の俺がこの会話を見てたら『なに笑ってんだ!』って泣き怒りしてたかもしれない。それぐらい厳しかったし、毎日のように死んでいたしな……。
でも、あの時間があったからこそ、今の俺があったんだ。甘やかされていたら、里を出ることすら出来なかっただろう。ここ魔境だし。
「アルがいたから、アーシェ婆たちも元気でいられたんだよ。どんなに多くの信仰を集めるより、ここでアルが築いてきた家族の信頼は、大きな思念……ううん、強い愛情の力になるから」
「ああ、セラ婆の回復を見てたら、その意味がよくわかったよ」
守護神は信仰を失い、忘れ去られた時に消滅する。今回こうして帰ってくるまで、彼らが本当に守護神かどうかすらあやふやだった。でも、スタルジャが毎日のようにセラ婆と過ごして、楽しそうに精霊術の話をしているうちに、以前よりも力を取り戻しているようだ。
それは家族として単純に嬉しかったし、妻である彼女たちと里の住人と、お互いに受け入れあっていることが何よりもありがたい。
「この世界の調律を終えて、歪んだ世界への認識が正されれば、きっとまたアーシェ婆たちも人々から愛されると思う。私たちもがんばらなきゃなぁ」
「……ああ、そうだな。ソフィたちが仲良くなってくれて俺も嬉しいよ。それがまたみんなの力になるんだし」
「フフ、うん。イングヴェイさんが私にとって、初めての『おとうさん』だったから、今はたくさん両親ができて嬉しいの」
ソフィが初めて人界に来た時の話だな。アルファードの記憶が馴染んでいるから、すぐにそれも理解できた。思えばあの頃から俺とソフィは、すでに家族だったんだ。
「俺たちの家族が生まれたら、アーシェ婆たちも喜ぶんだろうなぁ。うちの両親もだけど」
そこまでいって、ふと隣をみると、ソフィは耳まで真っ赤にしてうつむいていた。
「あっ、いや、その。おいおいね、子どもとか焦って考えることじゃないし……って、いやその」
しどろもどろになる俺のほおに、彼女の手が添えられた。
小さく『うん』と言って、唇が重ねられる。
雲一つない夜空に、星々が深い立体感をくっきりと見せていた。きっとまだ里にいた頃の俺だったら、この風景にどこか『この世界にぽつんと一人』みたいな孤独感を味わったかもしれない。
これだけ多くの星がある広大な宇宙の片隅で、俺たちが家族として身を寄せ合っている。今はそれが温かで、かけがえのない奇跡に思えていた。
※※※
「こ、これは……一体……?」
工房に困惑するダグ爺のつぶやきが漏れた。いや、俺も困惑しているし、声すら出なかった。
その日、俺とダグ爺で農作業をしていると、ガセ爺の工房へと呼び出された。
例の防具が完成した。
ほぼ鎧の状態まで大きく成長していた『アネスの指輪』。ブラドの魂と、十万以上の人々の魂が収納されている、成長する呪具。シリル最大のユウルジョウフを治めていたアネスと、その聖剣が融合した中から、前妖精女王ティターニアが創り出したもの。
これまでも多くの謎が浮上し、未だに何なのかよく分からない指輪だった。
「─── で、これが完成形……だと?」
ようやく絞り出せた声でガセ爺にたずねる。ガセ爺のほおはげっそりとしていて、目の下は炭でも塗ったようにクマで真っ黒だった。
ガセ爺は『そうじゃ。これを持っていけ』とだけ言うと、ふらふらと工房の扉に歩いていく。
「いや、ちょ……説明を……!」
「五ヶ月、酒も飲まずにぶっ叩き続けたんじゃ。儂ぁ寝る……」
薄暗い工房に取り残された俺とダグ爺は、作業台の上に置かれているそれを、しばらく呆然と眺めていた。
「ア、アルフォンスよ……わしらの集めた素材はなんだったか?」
「あー、黒トカゲ五十、赤トカゲ八十五、青トカゲ七十に、黄トカゲ三十。怪魚十八に、怪鳥三十四、神獣の鹿を八、熊五、蛇十二。ゴースト関連は全部で六十くらい……とメモにある。追加もあったからもっとだな」
龍種に関しては単に鱗とか皮とか牙だけじゃなく、巨大化したレア個体の龍玉まで指定されていたから、倒した数は指示数よりもだいぶ膨らんでる。
黒トカゲと赤トカゲ辺りなんかは、住宅サイズになるもんだから、総重量・総体積は相当なもんだったと思う。
「「─── それが……これ?」」
そこにあったのは、赤い台座に置かれた小さな銀の指輪だった。
「これ……妖精女王からもらった時より、小さくなったまであるんだが?」
「叩いて凝縮しておるのか? 持ったらとんでもなく重いとかではないのか???」
困惑したまま、その指輪に手を伸ばす。つまんでみたが、別に龍種数百匹分の重さとかではないし、むしろそこらの銀や白金の指輪よりも軽い気さえする。
「ガセ爺の奴、本当にただ素材が欲しかっただけではあるまいな!?」
困惑から疑心暗鬼に走り出すダグ爺を横目に、指輪をはめてみる。
─── !?
それをどう表現したらいいのか、全く言い表せる感覚が俺の中にはなかった。
寒い雨の日に、駆け込んだ家の、暖炉の温かさ。
初夏に駆け回って、夕暮れ時の風に感じる肌寒さ。
暗く狭い場所に閉じ込められた時の窮屈な孤独感。
広大な敷地に数十万の人間が集まっているような煩わしいほどの気配。
全てが一気に意識の中を通り抜けて、一瞬でそれらが気にならないように調整された感覚。
「…………な、なんだ……これ……ッ!? ンウ、グッ!!」
遠くでダグ爺の心配する声が聞こえる。気が遠くなった後で、この感覚がなんなのか、おぼろげな状態で思い出した。
高位の神と契約した時の、知覚が拡張される虚脱感。
ただ、その直後に契約の場合だと魔力が膨張したり、力がみなぎるが、逆に膨大な魔力が吸い尽くされるのを感じていた。
夢か幻聴か、嬉しそうに笑いながら『アルおとーさん!』と呼ぶブラドの声が聞こえていた気がして、俺は意識を手放した。
※
『プロトタイプ』。
あたしにはそんな存在と関わることはなかろうと、これまでのアホほど長かった生の中で信じておった。
しかし、よもや存在が消滅する時期が近づいておるこの時になって、それもまさかアルフォンスのバカ息子が嫁として連れてくるなど誰が予想できよう?
この里に大きな災が来る未来は、星読みで分かっておったが、プロトタイプの義理の祖母になるなど。
まあ、仕方があるまい。それだけプロトタイプの力は強大で、その抱えておる巨大な運命は、人や守護神程度の存在では占いでつかむことすらできぬのだ。
「アーシェ婆~♪ 見て欲しいのです! くっきりと違いが確認できたのです☆」
「ふん、そぉんな簡単にいくものかい。実験は試行回数と結果の積み重ねが……本当じゃッ!?」
プロトタイプの持ってきた結果を二度見して、首がギクリとなった。なんでこんな生々しい感覚まで魔導生命体の躯体に作っちまったのか。己の憎いってなもんさね。
「この技術なら、魂の複製も肉体の再現も、一気に簡単になるですよ~☆」
「…………!」
「それに、どんなに大規模で強力な結界でも、人を選んで出入りできる入口も作れるのです!」
プロトタイプはここに来てからずっとあたしの魔導生命体の研究を手伝っておった。その流れでティフォのカバンに残された魔物の抜け毛を媒体に、死んだはずのベヒーモスの蘇生なんて、頭のおかしいことを成し遂げおった。
そこで止まらず、この娘は『肉体を形作る設計図が存在しているはず』と当たりをつけて、今日、その成果をつかみ取った。
「……これはまいった。あんたの知識と発想はあたしなんかじゃ太刀打ちできないね。どこでそんな知識を……?」
ああでもないこうでもないと興奮仕切りだったプロトタイプは、口元をニコリと微笑ませて、ほおを赤らめた。
「アーシェ婆のおかげですよ~♪ こんな知識は持ち合わせていなかったのです。魔術の知識はあっても、夢のために何かを成し遂げる努力なんて、ずぅっとしてこなかったのです」
「……夢?」
「ダーさんが鬼族の子どもの白面咳を治すのを見たのです。そこにはたくさんの知恵と知識、そして広い魔術への見識が見えたのです!」
あいつはそんなことまでしていたのかい。ふふふ、弱い者を放っておけなくなるクセは、未だになおってないんだねぇ。
「ふん。治療だの回復だのは、セラフィナの範疇さ。あたしはあいつに『破壊』の技術しか教えてないね!」
憎まれ口だとは分かっておる。ただ、ほんの少し、セラフィナへの嫉妬もあったかもしれんが。と、プロトタイプはチッチッチッと舌を垂らして首を振る。
「直接、病巣を叩いたのは呪術なのです!」
「─── ほう!」
興奮気味のプロトタイプを落ち着かせて、細かく話を聞けば、なんだいあたしの呪術の技術をしっかり受け継いでおるんじゃなバカ息子は。そう思えば、なんだか口元が緩みそうになるのが恥ずかしくて、顔を背けた。
「……私も破壊するしか出来ない存在だったのです」
「…………」
「だから医術を覚えようとした時期があったですよ。でも、上手くはいかなかった。あの時の治療で、呪術で人を救い、そのための細やかな術式の操作を見て、また生きてゆく先が明るくなったのです。ダーさんと、ダーさんのお師さんたちのおかげなのです」
そういって深く頭を下げ、スカートの裾をつまむ姿を見て、あたしはもうなんだか分からなくなっていたさね。
「…………ローゼン」
「はい」
「お前はあたしの娘なんだ。そんな他人行儀な礼なんてするんじゃないよ」
「ふふふ、はい!」
「さ、とっとと結界も魔導生命体も終わらせちまおうじゃないさ。……ローゼンたちがいつでもすぐに帰ってこられる結界を作ってやらなきゃならないからね」
歳を取ると涙もろくなって仕方がないね。シリル神話で『夜の神』と恐れられたこのあたしが、娘に泣かされるんだから世話ないってもんだ。
※
その後、アーシェ婆とローゼンによる『積層結界・Ⅱ』と『魔導生命体・改』の実証実験が行われることとなった。
ローゼンの着目した『肉体の設計図』の存在証明からわずか一ヶ月足らずのことである。ふたりの魔術知識と発想力、そしてティフォの超計算能力が大きな身を結んだのだ。
「この広場にはすでに『積層結界・Ⅱ』の縮小された結界が張られておる。結界には特定の『肉体の設計図』は通す術式が施された。そこに全く同じ『肉体の設計図』を持って作られた魔導生命体が出入りできること。それがこの実験の目標だよ!
─── さあ、実験用『魔導生命体・改』を連れてまいれ!」
興奮しているのか、アーシェ婆のテンションは高い。何より、彼女とローゼンの目の下には、炭でも塗ったような真っ黒いクマがある。それだけ根を詰めてきたのだろう。そして寝不足のテンションは時に大きな振れ幅をもたらすものだ。
「ふふふ、『魔導生命体・改』の制作担当は私ことローゼンちゃんと、ティフォちゃんなのです。失敗などありえないのです! あ、出てきましたよ『魔導生命体・改』が! 注目するのです!」
里の広場の脇道から、背の高い人型のシルエットが歩いてくる。みなはそれを目にして息を飲んだ。あまりにも精巧で、自然な仕草で歩く『魔導生命体・改』の姿は完璧だった。
「……なあ、なんであの魔導生命体、俺なの? 後、なんかちょっと太くない?」
「「「…………」」」
ソフィア、エリン、ダグ爺、ガセ爺、セラ婆がアルフォンスから目を逸らす。
「あれはオニイチャ。オニイチャの肉体のせっけーずから創りだした。だからオニイチャ。それにこれはオニイチャがいつでも、転移まじゅつで帰ってこれるかのじっけん」
「うん。それは分かる。それは分かるんだけど、明らかに太いよね? 小太りをちょっと過ぎた感じだよね? 設計図上、俺はああなの?」
アルフォンスが不安そうにソフィアを見る。
「……ぷがッ! www」
「ブタ鼻を鳴らしているんじゃあないよ君! 君の夫があれでいいの? ねえ?」
「─── さあ、行けッ! あの結界を見事に通ってまいれ『オニイチャくん人形(小太り)』!!」
「今、小太りって括弧で閉じたよね? どの段階から企画にあったのそれ? ねえ?」
─── バシュンッ!!
「ああ! 『オニイチャくん人形(小太り)』がバラバラに!?」
ダグ爺の悲壮感に満ちた声が広場に響いた。ローゼンが小走りで散り散りになった『オニイチャくん人形(小太り)』の元へを駆け寄る。
『オニイチャくん人形(小太り)』が結界に触れようかというその時、結界が強く光り、その肉体が爆散したのだ。
「あはは、これテスト用じゃなかったのです♪ 試験開発の『オニイチャくん人形(やや小太り)』の方だったのです☆」
「やや小太りってことは、もう意図的に太らせにいってるよね?」
アルフォンスの質問に誰も答えないまま、正式な『オニイチャくん人形(小太り)』が、少し気持ち悪いスキップをしながら(片手はずっと顔の前で小指立ててる)、なんら問題なく結界を通過してゆく。
「「「実験成功!!」」」
魔導・結界研究班がハイタッチをしてお互いを抱き合う。
もんやりとした気持ちながらも、アルフォンスは彼女たちに拍手を贈っていた。
「絵面はアレだけど、この短時間ですごいよ! よく『肉体の設計図』なんて発想に行き着いたもんだ」
純粋な尊敬であった。ローゼンはえへへと笑いながら、アルフォンスの足元でちょこんと座っているベヒーモスに手を振った。
「ベヒちゃんの復活と、実は……『ジョルジュ』の扱っていた、魂継承の術式から、ヒントを得たのです」
「─── ジョルジュの呪術が解析できたのか!?」
ローゼンは静かに首を振る。
「呪術であるとも言い切れないほど複雑で、そして壊れていたのです。名残を解析していて『人間の設計図』ではありませんが、なんらかの特徴を持つ存在に、強く結びつかせる要素だけは見えたのです」
「なんらかの特徴を持つ存在……?」
「その辺りも術を読ませない加工なのか、ひどく壊れていたのです。ただ『特徴』を持つ者に対して、強く働きかけるブーストがあることだけはわかったのです。相当に練り込まれた術式なのです。私はその『特徴』という点に関して、人それぞれの独自の違いがないかと思ったですよ~」
ローゼンは未だにシモンにかけられていた呪術を追いかけている。今回の実験の成功は、その熱心さ故のことなのだろう。しかし、『ジョルジュ』の術に関して、今はそれ以上のことは分からないという。つかめた術式の情報を元に、今後も調査は続行すると約束した。
アルフォンスはまた新たな謎に頭を抱えつつも、今できることに切り替えることにした。
「……準備は整った。結界の完成次第、また魔界に戻る」
「ふむ、エセ調律者どもは追わなくてよいのか?」
「ああ、今は動かないだろう。動いたとしても、表には出てこないはずだ。それよりも俺は魔界でやることがある」
アルフォンスは手の平を数回、確かめるように握っては開いてを繰り返して言う。
「─── 魔界の『泉』で魔公将たちと戦う。そこで調律の神エルネアの行方を聞き出す」
魔界の担当調律神エルネア。その妹神の名が出て、ソフィアはピクリと反応する。
「なぜ、エルネアがハンネスに魔王の資格を与えて、加護を授けたのか知らなくちゃならない」
魔王たる力はすでに備えている。
しかし、エルネアの真意がわからない以上、当時の帝国の動きも、狙いも読めない。アルフォンスはまずそこから崩しにかかろうと考えていた。
エスキュラたちはエルネアを知っていた。そして彼女の苦痛と怨嗟を結晶化させた『赤い宝玉』を作り出していたのだから。そしてそれはハンネスとカルラの処刑の記録で、当時の王が使用していたのも記録に残っている。
『クヌルギアの鍵』と破壊神アスタラから『クヌルギアの祝福』を得た今、魔界の『泉』で彼らと戦い、再び復活させることで大きな情報が得られるのだ。
「やることは決まった。里の冬の準備も終わってるし、あとは結界だけだな」
「あ、オニイチャが」
そういってティフォが試験用結界の向こうを指さす。
そこにはずっとスキップを続けて高台まで登り、突き進んでゆく『オニイチャくん人形(小太り)』の姿があった。
「あ、止まる命令は組み込んでなかったのですw」
─── ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……
谷底へと落下していく野太い声に、アルフォンスは非常に困った気持ちと『迷惑だから辞めて欲しい』という気持ちで一杯だった。
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