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美しい女

あずみけいし短編小説作品「美しい女」イメージ画像。南部鉄器で作られた精巧な口紅の画像

 背が高くスラリとした肢体。しかし、痩せすぎず、程よい柔らかさを思わせる適度な肉付きで、透き通るような肌には、水を湛えたような艶がある。肩に届くくらいの神は、一度も脱色などしたことがないような美しい黒髪で、振り返る度に流れを感じさせるしなやかさ。痛んだ部分など微塵も感じさせない。
 切れ長な瞳は、いつでも潤んだように瑞々い。長いまつ毛と、凛とした強さを持つ眉毛が、憂いを帯びた目元に、どこか強さを含ませた一種の生意気さを演出している。
 しかし、少し集めで艶やかな唇には、おおらかな母性を感じさせ、口元のホクロには妖艶な彼女の一部分を絶妙に切り出している。

 絶世の美女と表現しても過言ではない。なぜなら、彼女の顔には完璧な美があるだけでなく、どこか安心感を持たせる、アンバランスなアクのようなものが存在しているのだ。男を虜にする美しさとは、決して完全な美などではないのだ。

それだけの美貌を持ちながら、彼女はお高く止まることもなく、その美しさを誇るような真似は一切しなかった。露出度の高い服はまとわず、体のラインを強調するような、シンプルな物を好んだ。
 会話の端々に理知的な部分を覗かせているが、知識の薄い分野も持ち、そんな話題を出されると、興味に満ちた瞳で熱心に耳を傾けた。

 そんな女性が住む街がある。老若男女、全ての人間が虜になり、少しでも彼女の興味を非行と躍起になっていたが、当の本人はそんな状況を少し困ったような微笑みで返すだけだ。
 街の男たちは例を漏らさず、一種の熱病に冒された状態に尽くが陥っており、予告もなしに行方不明になるものや、記憶喪失のような状態になる者すら出てくるほどだった。

 夜のバーに彼女が姿を現した。一瞬にして店内の空気が変わる。羨望の眼差しで見つめる女。自分の顔に手を当てて、自身のない部分を隠す女。あからさまに顔をほころばせる男。化粧室に駆け込んで、ミリ単位の前髪調整に専念する男。
 その店内の全ての人間が、彼女の出現に自然さを失う。否応なく意識は彼女に向けられ、会話も途絶えがちになっていた。
 彼女はカウンター席に独りで座り、カクテルを片手にマスターと会話を始めた。店内の男たちが、いつ、誰が彼女の隣を獲得するのかと焦り、店内に異様な雰囲気が流れ出す。

 そんな中、一人の青年が彼女のそばに寄り、話しかけた。さほど整った容姿でもなく、むしろ安全な雰囲気をまとった、好青年といった男。こういった青年の方が、嫌な印象を与えず、自然と警戒心を持たせないものだ。

「こんばんは。おひとりですか?」
「ええ。家に独りでいてもつまらなくて。急にお友達を誘うのも悪い気がしたんです」
「僕がお相手では、迷惑ですか?」
「ふふふ、私でよろしいんですか?」

 二人の会話は和やかに進んだ。穏やかな美女と、穏やかな好青年との相性は良く、見ている男達にも、不思議と嫉妬心が湧いてこなかった。やがて店内の空気も治まっていき、2人だけの時間が過ぎていった。

「そろそろ出ませんか?」
「そうね。少し飲み過ぎたみたい」

 彼女の顔には薄っすらと紅がさし、潤んだ瞳には危険なまでの色香が漂っている。二人は自然と身を寄せ合い、男は彼女の体を支え、夜の街にと溶け込んでいった。

「シャワーなんていいわ。今すぐ……!」
「君にこんな情熱的な所があるなんて、意外だよ」

 二人はホテルの一室にいた。熱い口づけを交わし、高調した彼女の唇には抗いがたい魅力が溢れている。男はその魅力に呑まれ、彼女を強く抱きしめた。
 ベッドに押し倒し、覆うように唇を重ねながら、男は彼女のまとっているものを、少しずつ儀式のように脱がせていく。その度に男の胸は高鳴り、感動に包まれていた。これほどまでに美しい女は、今まで一度も抱いたことがない。
 乱暴になりそうになる心を抑え、まるで贈り物の包み紙を剥がすような気持ちで、男は彼女の肉体に触れた。

「普段から、こんなに簡単に許す女だなんて思わないでね? 今日は特別なの……」
「そんな特別な日に君と出逢えて、光栄だよ」

 男は彼女の胸元に顔を埋めた。つややかな肌には吸い付くような感触があり、男の唇はその陶酔感に溺れていく。
 と、彼女の乳房の脇へ顔を向けた時、あるものが男の目に止まった。乳房の脇に、ピンク色の突起がある。小豆粒ほどのそれは、プラスティックのような光沢があり、肌に乗っているような唐突な印象だった。

「やぁ、そこは見ないで、恥ずかしいの」

 男がそれに触れようとすると、彼女はその手に触れ、いやいやをする。その仕草はどこか少女的な恥じらいがあり、男の野生をすこぶる刺激した。

「かわいいよ。もっとその表情が見たくなる……!」

 男は興奮に声を震わせ、彼女の手を掴んで荒々しく枕の上に押さえつけると、その突起に唇を近づける。

「だめぇ……本当にだめなのぉ」

 少し強引な愛撫には蜜の味がある。男はその突起に口づけをした。

─── カチリッ!

 舌先で突起に触れた瞬間、何かスイッチが入る無機質な音がして、男の視界が暗転した。反射的に体を怯ませ、眼をつぶると、今まで絹のような手触りだった彼女の肌が、急にキメの粗い質感に変わっていた。
 ゆっくりと目を開けると……

「わ、何だアンタは!?」

 眼の前には見知らぬ中年男性が、目を閉じて、顔を高調させて横たわっていた。しかし、それに驚き発した自分の声にもさらに驚愕していた。

「……よかった。戻れたのか私は」

 中年は身を起こし、男が着ていた衣服を着始める。そして青年の方を見てはニヤニヤと表情を崩していた。

「な、何? 何だって言うのよ!言うのよ・・・・

 叫ぼうとすると、女言葉になってしまう。急いで鏡の前に走ると、そこにはつい今しがたまで、情熱を傾けていた絶世の美女が立っていた。

「ええっ!? 一体、どういうことなの……?」
「見ている通りだよ。君はボタンに触れてしまった。私も前の男のボタンに触れてしまってね」

 中年の男は帰り支度を終えて、背後に立っていた。

「そ、それ私の服よ!」
「ちょっと腹周りがきついが、中々いい服じゃないか。君の服なら、さっきまで私が着ていたものを引き継ぎたまえ」

 男は呆然としていたが、ようやく自体が飲み込めたようだ。早く次の獲物を捕まえなくては。

「いやあ、大変な目に遭ったものだが、やはり最高な体だな。少し触らせてくれんかね、思い出のよすなに……」

 中年がいやらしい目つきで手を伸ばす。

「もう帰って!」

 なるべく綺麗な男を探そう。汚い男には触れられたくない。今まで眺めていた彼女の仕草を真似すれば、どうせすぐに男は食いつくだろう……。

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