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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第五章 妖精王の国

第三話 踊ろう!

 砦からの帰り道、馬車から草原の丘を見渡すと、何処からとも無く集まった、蝶の群れが見えた。森の木々の間からは、今もひらひらと草原に向かい、飛び出している様子が確認できる。

「人には感じられなくても、虫には分かるもんなんだね〜!」

 スタルジャは嬉しそうに、その様子を眺めている。俺も外をもっと良く見たいのだが、膝の上にティフォが陣取っていて、体を動かせない。彼女曰く『働いた者の特権』だそうで、時折俺を見上げては、ウフフと笑っている。

─── さっきの情熱が、まだ冷めてないようだ

 それにアテられたか、ソフィアまでもが俺に項垂れ掛かるようにくっ付いては、手をニギニギして来る。はぁ……狭い馬車の中に、甘やかな香りが……。うーん、忍耐忍耐。
 そんな事を考えて悶々としていた時だった。突如、菩提樹ぼだいじゅの花の香りが馬車の中に立ち込めた。

「ん? 何だこれ……⁉︎」

 俺の体から、黄金色の光の粒子が舞い上がり、目の前で集まり始めた。このマナの動き……精霊術か?

「はぁ〜、やっと出てこれたこれた♪」

 目の前の空間に、光り輝く妖精がハタハタと浮いている。

「擬似的な存在だな? 妖精を創り出すとは、なかなかの技術だが……」
「ふっふふ〜っ♪ 流石はだね! あたしの事を一目で精霊術と見破るとは」
「─── ⁉︎ 何故、俺が適合者だと……いや、その前に何故、その言葉を知っている?」
「心配は要りませんよ? 妖精や精霊は位が高い者は神界に繋がれますから、生まれた時から思いの外、物知りだったりします。貴女はあの時の、菩提樹の精霊術師の祝福から喚び出されましたね?」
「そだよー♪ がね、いっぱいいっぱいお礼がしたかったんだって〜」
「あの人はナタリアって言うのか。かなりレベルの高い精霊術師だったんだな……」
「ふっふ〜☆ だからあたしもスゴイんだよ〜」

 そう言ってふんぞり返る妖精に、ベヒーモスがネコパンチを繰り出しているが、スカスカと通り抜けていた。

「あ、そうそう。あたしには仕事があったんだった! えっとね『私達を救ってくれてありがとう。貴方達をお師匠様の所に案内させて欲しい。きっと何か良いものを授けてくれるでしょう』だって〜!」

 お師匠様? そう言えばナタリアの髪色は、黄金色の光のせいで良く分からなかったが、目はすみれ色だった。妖精族の血が入っていたんだな、という事はその師匠も妖精族ゆかりの者か。なら存命かも知れないな。

「どうするどうする? 行ってみちゃう〜?」

 彼女達の事も教えてあげたいしな。遠く無ければいいが。

「何処に居るんだ? その師匠ってのは。この国に居るんだろ? もう少しだけ、王宮で話し合う事があるから、その後になるが」
「あ、うん。全然OKだよ〜♪ ナタリアのお師匠様はね、こっから北西の山の中なの」
「北西の山の中か、まあ行けない所でも無いな。よし、その時に案内してくれるか?」
「うん、いーよー! その為に喚ばれたようなもんだしね〜♪」
「はぁ〜、私、妖精見るの初めて! かわいいね〜♪ 貴女お名前は?」

 スタルジャが満面の笑みで、妖精に手を差し伸べる。妖精も嬉しそうにニコニコしながら、彼女の手の周りを飛び回った。

「あたしはミィル。貴女はエルフね? すごくキレイな髪色! 精霊達にも好かれてるんだね〜貴女の周りは、居心地がよさそう♪」

 流石はランドエルフの精霊術師、妖精とも相性が良さそうだ。なんかきゃいきゃいと話が盛り上がっている。

「ねえねえ、ナタリアのお師匠様って事は、精霊術師なんでしょ? どんな人なの?」
「すっごい人だよ〜☆ 人間達には怖がられてるけどね〜」
「え? 怖い人なの? 大丈夫かなぁ」
「大丈夫大丈夫! わざとそう言う風に思わせて、人を近づけてないだけだもん。それにしたって、人間達もひどいよね〜。あの人を『西の魔女』だなんてさ」

 西の魔女。フォンアリアの検問所で、兵士がそんな事を言ってたっけな。しばらく会話をした後、ミィルはスタルジャの体の中に入って、休んでしまった。マナが正常化した事で、実体化が出来たらしいが、まだその量が足りないそうだ。ベッド代わりにされたスタルジャも、まんざらでも無さそうだし、精霊術にプラスになるかな?
 その内、馬車は森の中へ入り、王宮へと向かって走り続けた。

 ※ ※ ※

「これは……凄く綺麗な料理だな。崩すのがもったいない」
「それは『アカヒレますとインゲン豆のゼリー寄せ』ですね。この地方の渓流で取れるアカヒレ鱒は、この時期、しっかり脂を溜めてますから、旬ですよ。それを燻製肉と野菜でとった、濃厚なスープで固めた名物料理です」

 流石は子爵、すらすらと料理の説明が出てくる。立食パーティーで食べやすいように、薄く硬く焼かれたパイの上に、白身魚の白い層とインゲン豆の緑の層、そしてそれらを固めた赤茶に透き通ったゼリーの料理が乗っている。
 香ばしくほろほろ崩れる鱒の身に、濃厚な旨味のゼリーが、舌の温度にじんわりと溶けて、鱒独特の風味と馴染み合って行く。そこにインゲンの、瑞々みずみずしく爽やかな甘味と、シャクシャクした歯応え。塩気の効いたパイが、それらをまとめ上げ、より歯応えを楽しくさせていた。

「これは白ワインによく合う! セロリの風味かな? 鱒の香りにぴったり来る。後味も楽しいなぁ」
「ははは、アルフォンス様は食の口上も立ちますなぁ! シェフが聞いたら泣いて喜びますぞ」
「ほほほほ、嫌だわ、わたくしまで食べたくなってしまいましたわ」

 今、俺の周りには、クアラン子爵の他に、有力者が多く集まっている。俺達がこの国で何をしたのかすでに知っているそうで、それに王の客だからか、妙に持ち上げてくるのが居心地悪い……。
 マナ発生源をズラしてから数日、急遽このパーティーが催される事となり、王族と貴族の関係者が王宮に招かれた。あの日もぜいの限りを尽くした晩餐会で、厚くもてなされたのだが、連日王宮に届く報告にゲオルグ王は喜びの余りこの会を招集した。

 たった数日の事なのに、枯れていた水源の復活、魔物が大量発生していた地域の沈静化、風土病患者の回復など変化の分かりやすいものは、早くも効果が現れている。

「そう言えばお連れの方々は?」
「ああ、衣装とメイクに時間が掛かってるらしいな。何だか回をこなす度に、メイドさん達が張り切っていってる気がするんだが」

 そう言うと、クアランは笑い出した。実際、彼女達三人は食事会の度に、ドレスが見直され、メイクにも時間を掛けられるようになっている。

「それはそうでしょう。あれだけの美女は、この国でも見た事がない。『完璧な美を演出しなければメイドの名折れ』とか言ってましたしねぇ、いや、単純に彼女達がお三方に夢中になってるだけかも知れませんね。ははは」

 そう言われると嫌な気はしないが、三人は着せ替え人形状態で『うへぇ』とボヤいていたからなぁ。

「「「おお……‼︎」」」

 と噂をすれば、三人が登場したようだ。感嘆の声が上がり、直ぐに通路には人垣が出来上がってしまった。しかし、直ぐにその人集りは、ザッと音を立てて道を作り、三人が真っ直ぐにこちらへと歩いて来る。

 その姿を見て、道を開けた人達の気持ちが痛い程よく分かった。

 肩と胸元が大きく開いた、高貴なドレープが目を惹く純白のドレスに、薄いエメラルドの刺繍ししゅうが施されたショール。シンメトリーな目元をより強調しつつも、柔らかで愛らしさ漂うソフィア。

 黒を基調に、鮮やかな赤い花の刺繍と、それを覆う黒いレースのフリルがふんだんにあしらわれたドレス。白磁のような白く透明感のある肌には、薄っすらと暖色の紅が差し、ダーク系のルージュで圧倒的な鋭さを纏うティフォ。

 草原の風を思わせる髪色に合わせ、華やかなフリルに飾られた、胸元から上はシースルーのハイネックのベージュドレス。血色よく薔薇色の肌に、自然な柔らかさのメイクが施され、木漏れ日のような暖かさを感じさせるスタルジャ。

 言葉が出ない……。

 危うくワイングラスを握り潰す所だった。見惚れるどころか、別世界に放り込まれたような、困惑に近い茫然自失。

「お待たせしましたアルくん。メイドさん達ったら、超上級魔術を仕掛けるような集中力で、少し怖いくらいでした……って、どうしました?」
「ふふ〜ん♪ オニイチャったら、あたしのびぼーにガビーンな?」
「はうぅ、こんな胸元透けてるのとか、初めて着るから恥ずかしいよぅ……。アルぅ、私変じゃないかなぁ?」

 三人それぞれに喋りながら、俺の事を見て来る。俺が完全に骨抜きにされてるのに気づいたのか、くすくすと悪戯っぽく笑いながら、ボディタッチが妙に多くなっていた。

「アルくんだってスーツがビシッとしてて、カッコいい……ですよ?」

 ソフィアが頰を染めながら、耳元で熱っぽく囁いた。甘やかなウィスパーボイスに、尾てい骨の辺りがジンジンするのは、生まれて初めての経験だ。

「もう、アル何か言ってよぉ……」

 俯きながら、上目遣いで恥ずかしそうにスタルジャが呟く。いや、そんなん、余計に言葉を失いますよ? エルフ特有の長い耳が、へたんとしてる辺りも、狂おしい程に胸にくる。

「まあまあ、スタちゃんも堂々としてればいいんですよぅ。こんなに綺麗な格好、なかなか出来るもんじゃないですから、楽しまなきゃ損です♪」
「はぁ〜、ソフィは慣れてるから、そういう事いえるんだよぉ。私、緊張しちゃって」
「い〜え〜。私だって、まともにパーティーでドレス着たの、アルくんと再会してからですよ?」

 そう言えばそうだったな、ソフィアはそれまで鬼のソロ旅で、お誘いとかなます切りにしてたらしいし。それにしては、辺境伯のパーティーでは、堂にいってた感じだったけどな。

 あの時のダンスは凄かった。あれからホールで踊る事は無かったけど、たま〜にふざけて、野営の夜にごっこみたいな事はしたなぁ。

「う、うん。分かった! 胸を張ってみるねソフィ。うんしょ」

 そう言って姿勢を正すスタルジャに、また見惚れかけてしまった。この子、こんなにスタイル良かったっけ⁉︎ あ、いや、良かったわ。お風呂で一度見ちゃったしな……。

「おお、アルフォンス様も見上げるような偉丈夫、四人揃うと流石に空気が違いますな」
「はぁ……なんと美しい方々でしょう。これだけでも、この会にお招き頂いた甲斐がありますわね」
「はははは、何を仰られるか。この国は彼らに救われたのですからな? 歓びを分かち合う趣旨を忘れては、ただの目の保養にしかなりませんぞ」
「おお、そうであったそうであった! 聞いたかね、バセリア地方の風土病が、急に下火になったとか! あれだけ研究に時間を費やしたというのに、やはり呪術が問題であったとは」

 流石は王宮のパーティーだ、各地方の有力者が集まるだけあって、マナ回復による様々な情報が飛び交っていた。更にそういった情報は、市井にはダミーの情報を流しているらしく、一般の人々には教団に知られても何ら問題のない話となっているという。

「おい、ゲオルグ王がお見えになられたようだ!」

 その声に皆が入口通路に振り向き、ひざまずいた。

「ああ、よい。今宵は歓びの宴、ここに居るのは王ではない、ただ国の慶事に浮かれるひとりの老人。皆、面を上げ、同じ家族として迎えてくれまいか」

 そうニコニコしながら言い放ち、皆に立ち上がるよう、腕をくいくいと上下させている。一気に場の雰囲気が和み、拍手と笑い声が上がっていた。

「ああ、ゲオルグは元気だったんだね〜」

 いつの間にかミィルがスタルジャから抜け出て、王を見ながらウンウンうなずいている。どうやら他の人々には、彼女の姿も声も聞こえないようだ。ナタリアの記憶が入っている彼女には、王は懐かしい人物なのだろうか。

「おお! これはまた、今宵もなんと美しい事か……!」

 王がこちらに近づきながら、三人の姿を見て溜息をついた。毎回、彼女達のおめかしに、王は目を丸くして褒め称えている。

「今宵の宴は、其方達あってのもの。此度の働き、改めて礼を言う。この国の未来を照らしてくれた事、心より感謝する!」

 そう言って、俺の手を強く握った。ここ連日、遅くまで先々の調整に奔走していると言うのに、王の顔には疲れひとつ見えなかった。むしろより覇気が高まったように感じるのは、彼の中に流れる妖精の血が、正常なマナの恩恵を受けているからだろうか。

 ティフォはマナの発生源をズラす時、この王宮にも良い影響が出る場所に、割り当てておいたらしい。まずは指導者が力を取り戻さないと、だそうな。

「いや、礼など。むしろ良い話をたくさん聞けたし、良い食事まで振舞ってもらえて、こちらこそ礼を言いたい」
「ふぉふぉふぉ、まことに慎み深い男よ。礼のひとつくらい、受け取ってくれても良いじゃろうに」

 王からは礼の品だの、領地だの、何だのと色々提示されたが、俺は全て断っていた。ある意味、この国のために動いたのは、あの魔女狩りの情景に腹を立てたからだし、マナの位置を変えたのはティフォだしな。
 ティフォは毎日のように、色んなお菓子をもらっているようだが。何だか孫に甘いお爺ちゃんみたいで、和むから良いけど。

「後は帝国が、おいそれとちょっかい出せない体制を考えるだけか。何か他国と太く繋がれる手段があると良いんだがなぁ」
「ふぅむ。かつては我が国は鉄器の生産で、他国に一目置かれていたものだが、呪術の影響か、鉱脈も枯れてしもうてな……」
「そう言えば、この国は昔、ドワーフの奴らがいたんじゃなかったか。鉄器はそこから?」

 シリルと言えば、ガセ爺が一時滞在した国のひとつに入っていたはずだ。修行時代に、何度かシリルでの話を聞いた事があった。

「ふむ、確かにドワーフはおったが、どうにも妖精族の血の入ったワシらを毛嫌いしておってな。彼らは彼らで活動しておったのじゃが、帝国占領時代から、とんと姿を見せなくなってしもうた。ドワーフも精霊に近い種族、もしかしたら呪術の影響を受けておったのかも知れぬなぁ」

 ドワーフは、かつて神族と魔神族から人族が誕生して行った時、精霊神の影響を色濃く受けて誕生した種族だ。非常に精力的で、鉄や木材なんかの精霊の話を聞きながら、職人であり続ける事に強いこだわりを持つ。
 ただ、基本的には適当で大雑把、暇さえあれば酒を飲む事でも有名だ。うん、ガセ爺を見れば一目瞭然、よくアーシェ婆にも『絵に描いたようなドワーフ』と評されていたくらいだし。精霊に近い種族のドワーフは、マナの影響も色濃く受けると言われているが、呪術に汚されたマナの大地ではどうなった事やら……。

「もし、彼らも戻って来るのなら、今度は確実に手を組んだ方がいいだろうけどな。彼らの技術力は神がかっている、それだけの価値あるものなら、他国との貿易にも太いパイプが作れる」

「ふむ、そうじゃのう……。ま、難しい話はこれくらいにして、せっかくの宴じゃ、存分に楽しんでもらいたい。ワシだけが其方達を独占しておったら、嫌われてしまうからのぅ」

 そう言って、王はまた色々な所に近寄っては、話に花を咲かせていた。最初は重苦しい威厳の王だと思っていたが、人柄を知るに、流石は妖精族の血が入っているもんだ。飄々ひょうひょうと楽しげに、家臣と戯れている姿を良く目にする。
 王の言う通り、俺達も難しい話はやめて、美味い飯と酒を楽しむ事にした。

 ※ 

「ね、ね、アルくん! 踊ろう?」

 そう言って、ニッコニコなソフィアが、俺の手を取って歩き出した。何だかもう懐かしいなぁ、辺境伯のパーティーでこうして腕を引かれて、困惑しながらホールに立ったっけ。
 あの頃より、ソフィアとの信頼関係は強く深くなっている。今は手を引かれているのが、嬉しく思えてさえいた。

「あ、ほら。アルフォンス様に取られちまった。さっさと声を掛ければ良かったのに」
「ば、馬鹿言うな! あんな美人が俺と踊ってくれるわけないだろ⁉︎ どんだけよじ登ればあんな高嶺の花に手が届くってんだ」

 ソフィアと移動する中、そんなヒソヒソ声が耳に入った。はっはっは、いいだろ? 俺も内心ガクブルなんだぜ? そんなこんなで出場待ちの列に並び、ソフィアと話しているうちに、すぐに俺達の番が回って来た。
 ホールに立って向かい合うと、すぐに音楽が流れ出す。

 この瞬間を待ちわびた、歓喜の笑顔。

 あの時と同じ、ソフィアの喜びいっぱいの顔に、俺の中にも歓喜が湧いて来た。こんなに喜ばれたら、俺だって思うまま、彼女とのダンスに酔いしれたくなる。

  差し出した手に、彼女が進み出て、俺はそれを優しくかつ強く迎えに出る。

 俺からリードするだけじゃない。彼女の求める動きが、その重心から、足の運びから、背中に回した手から伝わって来る。

 大きく高く、小さく低く。

 背負う運命の波を乗り越えるように、俺とソフィアの支え合いと、喜びを謳歌する解放が混ざり合う。ただ足を運ぶのが楽しい、彼女を支え回るのが、音楽に合わせるのが、他のペアとの中を協調するように舞うのが楽しい。何より、彼女を理解出来る事が心地良い。

 曲があっという間に終わってしまった。名残惜しさ、それを簡単に払拭してしまう、一体感の生み出した満足感。上質な火酒は量を必要としない、心に沁みる深い満足感は、人に足る事を教えてくれるものだ。
 ソフィアと微笑み合っていると、割れんばかりの喝采が巻き起こった。でも、今はそれすらも要らないくらい、彼女との余韻が心地良かった。

 グラ……ッ

 んお! この流れもあの時と同じか⁉︎ ホールからソフィアと立ち去ろうとしていたら、体から膨大な魔力がごっそりと抜け、思わず立ちくらみを起こした。

「─── あのようなものを魅せられて、妾が黙っておるとでも思うか?」

 背中に添えられた手が熱い。抜き取られた魔力が、その手から循環するように、俺の体を駆け巡る。

 彼女の情熱が、魔力と共に俺を突き上げた。一瞬にして再構築された真紅のドレスに、留め置く事が難しく見える程の、豊かな胸元と腰の稜線。煌々こうこうと輝く瞳に、妖艶な光を宿し、紅蓮の美神が俺の手を引いた。
 会場が大きく騒めいている。

「あれだ! あれこそが、この国を救った古代魔術師の真の姿─── 」

 何か壮大な語りまで聞こえて来たんだが……。ソフィアの美しさが、愛の女神だとするなら、ティフォのこの姿は、全てを焼き尽くす魔性の女神か。
 俺達の前を、皆が引いて道を開けて行く。

「ふむ、その音。その曲こそが妾に相応しい……」

 ホールに立った時、彼女は楽団に妖しげな視線を送り、彼らを掌握していた。直後、目に情熱を宿した彼らは、悲壮な出だしからの燃えるような激しい曲調の旋律を奏でた。

 これ、パーティーダンスで演る曲か?

 だが、彼女の掌握力は楽団のみならず、同じくホールに立った他の参加者にまで影響を及ぼしたようだ。熱気が立ち込めるホールに、妖艶な笑みを浮かべて、彼女は俺と対峙する。その情念、想い、全てを受け入れようと、手を差し出して、凶暴な女神を誘い出す。

 鋭い交錯こうさく、迸るような力、強く求めすがり合う男女の情熱。

 キレの鋭い彼女の動きを、より大きな遠心力に変換し、高く鋭く大きく。その度に見せる彼女の恍惚の微笑みは、目を離す事を許さず、より深くより大きな運命を焼き尽くすように力を交互に振り絞る。
 音楽はもう耳に届いていない。だが、次にどんな展開になるのか、俺の頭の中でガンガン音が鳴り響いている。

 迫り来る運命の、完全なる支配。

 ふたりで乗り越えるなんて生易しいものじゃない、ふたりの力で全てを掌握するような、凄絶な情熱の激流だ。そして唐突に終わりを迎える曲と共に、俺とティフォは見つめ合ったまま、対峙していた。
 王宮の優雅な宴には似合わぬ、轟くような喝采が辺りを揺るがす。

「ふぅ、オニイチャ、さすがはあたしのダー。こしがぬけそう……♡」
「はは……俺はもう何度か抜けたよ……」

 すでに少女モードに戻ったティフォは、満足いったらしく、フンスと鼻息が荒い。会場にいた若い独身男性らしき人々は、呆けたように彼女の事を目で追っている。その目に、怯えた色が感じられる理由は、俺にも何となく分かる。

「あれ? スタルジャは?」
「おかえりなさいアルくん。凄かったですね〜♪ こっちまでドキドキしちゃいました☆ スタちゃんなら、雰囲気に酔ったとかで、テラスに出ましたよ? 初めてのドレスに、たくさんの人間ですからね、疲れちゃいますよね」

 頑張って胸張ってたしなぁ、よくよく考えてみれば、馬族と俺ら以外の人間は経験が少ないし、こんなに密度が多いのはキツかったかな。心配だし、様子を見に行っておくか。
 テラスへ出ると、冬の始まりの冷たい空気が、埃っぽい匂いを抱いていた。

「……あ、アル。お疲れさま〜」
「ようスタルジャ。大丈夫か? 疲れただろ、ここ、寒くないか?」
「ふふふ、精霊術師に寒さなんて関係ないも〜ん。ほら、今日って満月だったんだね。どこの土地から見ても、おんなじなんだなぁ」

 そう言って、彼女はどこか寂しげに、月を見上げている。ロゥトの集落から拐われた後、馬族での辛い生活の中でも、こうやって月を見上げていたのだろうか。やや耳の下がった、細い彼女の背中が、酷く切なく思えた。

 ぎゅっ

 思わず背後から抱きしめると、彼女も俺の腕に手を乗せて、押し当てるように力を込めた。

「……月、綺麗だよな。ちょっと寂しい気持ちが出ちゃったりするんだけど」
「へへへ、分かるなぁ。私も今、そんな感じで眺めてたんだぁ……」

 彼女の息がかすかに白く、風のない夜空に余韻を残す。

「三人共、すっごく踊るの上手いんだね。びっくりしちゃったよ。やっぱり人間って、みんな踊る練習とかするの?」
「いや、こういう所で踊るのは、教わらないと難しいし、一般には練習もしないよ。小さな村とかだったら、上手い下手関係なしに、祭りとかでわいわい踊るんだろうけどな」
「へぇー、ロゥトではよく歌ったけど、踊りは無かったなぁ。アルは何処で練習したの?」
「俺は故郷の里で。一万歳超えの淑女と、百歳超えたヴァンパイア紳士から、手取り足取り」

 そう言ってふたり笑った。笑った時にわずかにズレた体から、彼女はするっと体の向きを変え、俺の目を見つめて来た。満月を背景に彼女の髪が、サラサラと光を透かして輝いている。

「私も憶えたい……な」
「うん、教えるよ。きっとスタルジャなら、すぐに上手くなる」
「ほんと⁉︎」
「ああ、精霊術と同じだよ。決まった足の運びを憶えたら、後は相手の気持ちに合わせて動くだけだ」

 そう言って、彼女の背中に手を回してホールドし、片手で彼女の手を取った。

「俺が足を出すから、スタルジャは一歩後ろに引いて……」

 月明かりの下、ふたりの影がゆっくりと揺れる。一歩一歩、確かめながら合わせて、何度か繰り返している内に、会場から聞こえてくる静かな曲に何となく合い初めていた。

「ほら、やっぱりすぐ上手くなってるじゃないか。凄いよスタルジャ」
「そう? へへへ。何かこーいうの、いいね。これが踊るってことなのかぁ〜」
「簡単だろ? 後は場数だよ。俺なんて図体デカイから、セラ婆の足踏むのが申し訳無くてさ」

 驚いたような顔をして俺を見上げ、またふたりでクスクス笑い合う。

「……また、教えてくれる?」

 俯いた額を俺の胸に押し当てて、彼女は囁くように言った。

「ああ、これからいくらでも時間があるからな。たくさん練習して、大きい所で踊ろう」
「ふふふ。そうだね、ずっと一緒にいられるんだもんね」

 彼女の潤んだ瞳が、俺を見上げた。会場では一曲終わり、温かな拍手が静かに響いている。

「─── ずっと、一緒だ」

 彼女は鼻の上に小さなシワを寄せて、くすりと微笑むと、背伸びをして顔を近づけた。自然とふたりの唇が重なり、夜風に冷えた唇の奥の熱が、お互いの唇を温める。甘い吐息が頰を撫でて、彼女の存在の確かさが、胸に強く沁みた。トクトクと、彼女の心音が俺に伝わり、ふたりの体温が混ざり合う。

「本当に……綺麗だな……」

 ほう、と顔が離れた時、彼女の後ろに月が並んだ。エルフは月がよく似合う。彼女に対してなのか、月に対してなのか、曖昧な言葉だったが、思わず口から出ていた。

「うん」

 スタルジャはそれだけ呟いて、俺に抱きついたまま、横に並んだ。

─── シリルの月をそうして、ふたりでしばらく見上げていた

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