Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第五章 妖精王の国
第五話 ドワーフ族
「に、人間じゃ……人間がおるぞ……⁉︎」
「なぁにを馬鹿な事を言っとる、人間なんぞとっくの昔に消えちまったじゃろうが! さてはガウス、貴様また酔っ払っておるんじゃろ? んな事より、もう暗くなっちまうぞ! とっとと寝床を探さんか」
まったく、急に最近マナが復活して、昔のように石どもの声が聞こえるようになったちゅうに、酒飲んでは呆けよって仕事も出来ゃせん。
不思議な事に、儂らは人間の存在を、この三百年間すっかり忘れておった。最後に見たのはいつだったか、今では思い出す事も出来ん。人間なんぞ居なくても、儂らは鉄さえ打てればいい。
ふたりで山を降りてみりゃあコレだ。まあ、精霊術師の結界から出て来れて、浮かれるのも分かるんじゃがな。マナが腐れて死に掛けた儂らは、一族全員保護されとったのはいいが、精霊の声も聞こえず、鉄も打てないモヤシになっておったし。もうただの精霊モドキに落ちぶとった。ただただ造りたいもんの図面だけを、延々描き続ける毎日は、張合いも達成感もない味気ないもんじゃった……。
それもこれも、ここまで! これからはまた、鋼の真実に迫る毎日が来るんじゃあ‼︎
しかし、ガウスの奴、まだ山の麓を眺めとるな。仕事をやらせりゃ、儂の良い相棒じゃったが、こんなに呆けた奴だったか……。
「ほれ、やっとこさアネスの姐御の所から出てこれたんじゃ。いつまでもスネかじっとるわけにはいかん! とっとと、儂らの故郷の無事を確認に行くぞい!」
「ち、違う! テスラ、あそこを見ろ! 人が焚火をしておろうが!」
「ハァアン? ガウス、お前はさっきから何を……
─── うわぁ、本当じゃあ⁉︎」
麓の少し上、樹々の拓けた場所に家が何軒か。そこには焚火の灯りの中、何人かで作業をしおる人間らしき姿があった。気がつけば儂らは、その明かりに向かって、山の斜面を転がるように走っておった。
※
「おお! これじゃコレ! やっぱし肉を食わんと力が出んからのう」
「くはーっ、何でオレらは、この腸詰っちゅうもんまで忘れておったのか!」
金髪に緑の目、マナが戻って来てから、朧げに思い出した人間そのものじゃった。
「いっやぁ、しかし婆ちゃんから昔話で聞いてはいたけど、本当にドワーフっていたんだなぁ。そんなに美味そうに食ってもらえると、こっちもうれしくならぁな、ほれ、たくさん食ってくれや!」
霜に備えて、農作業をしてた人間達は、儂らを見ると最初は驚いたが、少し話すと家に招いて飯を振舞ってくれた。家の主人の若い男は、近くの家の者達も呼んで、酒を配り始めた。人間の作る麦酒は、酒精が弱くて心もとないが、久し振りに飲む味は心に沁みる味わいがある。
「最近、急に動物達も戻って来たし、何なんだろうな。山の畑の古沢も、水が流れ出したし、こりゃあ来年はいい年になりそうじゃねぇか!」
「おうおう、うちの牛もなぁんか調子悪くて、そろそろ潰すかって話してたんだが、急に元気になりやがった。この時期なのに、最近草が芽吹いてるだろ? あれが良かったんじゃねえかって、話してたとこだ」
「んん? そりゃあマナが良くなったからじゃろう。儂らドワーフも、最近急に力を取り戻したんじゃ。最近、何かこの国で、変わった事でもあったかの?」
集落の者達は、みな一様に首を振って、分からんと言う。そう言えば、人間はマナに鈍い種族じゃったし、このど田舎じゃ重要な知らせもなかなか来んじゃろうて。
「まあまあ、テスラよ! 今は久し振りの人間の酒じゃ、楽しもうではないか」
「ほんにお前は酒の事ばっかじゃな。いや、儂も人の事は言えんか。こんだけもてなされて、何も返せんのはドワーフの名折れ、明日にでも鍛治仕事をしてやろうかの? お前さん方の農具を飛び切り頑丈に使いやすくしてやるぞ?」
「「「おお流石ドワーフ!」」」
儂らの笑い声につられてか、主人の幼い息子が、よちよち歩いて来て、儂の膝に乗りよった。子供と言うものは、どうしてこんなにも種族を超えて愛らしいのじゃろう。儂のヒゲを引っ張っては、きゃっきゃと笑う子に、皆も笑い声が絶えんかった。
儂らも子は成せるが、弱り続けて三百年もの間、新しい生命は授からんかっただけに、この温かさが愛おしく思えた。
……ビリビリビリ……
会話が突然止まった。地震の前触れのような地響きに、その場にいた全員が気がついて、それが何なのか耳に意識を集中している。
「─── なんじゃ、地震か?」
ガウスが飲みかけた麦酒のカップを持ったまま、誰にともなく呟く。この地方は地震が無いわけじゃないが、空気まで触れるような、この嫌な地響きは経験が無い。いや、地震と似てはいるが、遠くで何か大きな爆発でもあったような、低く重苦しいものだった。
「戦争……? 大規模魔術の爆発みたいな……」
「馬鹿言うんじゃねぇよ、どこと戦争するってんだ。中央じゃあ、もう何年も戦争なんか─── 」
……ビリビリビリ……
天井の梁から、パラパラと埃が落ちた。膝に乗っていた子供は、母親の方へと駆け寄り、膝に抱きついて怯えている。
「……な、なぁ、これって地震じゃなくて、なんかの唸り声じゃ─── 」
グオオオォォォォォ…………ッ
今度はハッキリと聞こえた。遠い、遠いが空気を揺らす程の馬鹿デカイ声。さっきまでの振動は、この声の衝撃が大気を揺らす音じゃったか! 女子供を隠し、儂らは集落の男衆と家の外に飛び出して、その声の主を検めた。
「「「………………‼︎‼︎」」」
半分に欠けた、羊の眼のような月が、雲ひとつない空にポッカリと浮いている。そこまでは何もおかしな事はないが、問題はその月のすぐ隣に浮かぶ、巨大な影。全身黒い毛に包まれ、青白い角を生やした、巨大な獅子が月を睨み上げていたその周りには、後から後から翼を持った魔獣の影が集まり、空を黒く埋め尽くして行く。
「べ、ベヒーモス……⁉︎ な、何故こんな所に……!!」
「な、何ッ! ベヒーモスじゃと⁉︎」
四肢に青白い炎を纏って、その巨獣はゆっくりとこちらに振り返った。月を背に黒いシルエットと化したその悪魔に、ふたつの金色の眼が妖しく光る─── 。
グオオオォォォォォッ‼︎‼︎
……見つかった! 夜空を埋める猛獣の黒雲が、集落目掛けて迫り来る。儂らはすぐに人間達を建物に避難させ、出来る限り顔を出さんように指示を出した。人間にアレらは無理じゃろ、いや、儂らも歯が立たんのは分かっておる。じゃが、飯のお返しくらいはせんと、アネスの姐御に保護され続けた儂らは、ただのヒモ種族になっちまう。
「のう、テスラよ。いつだったか、ドラスル山に登った時の事、憶えとるか?」
「へッ、憶えとるとも相棒よ。聖龍石を探しに行った時じゃろ、あの時もピンチじゃったなぁ」
「あん時は青龍一匹の雷撃に、ふたり真っ黒けになったっけのう。懐かしいわい」
そう言って、ガウスは手を天に掲げ、光の粒子を集める。
「誰かさんが『でかい青トカゲなんざ屁でもねぇ』何て息巻いたからのう、あんなに槌を振るったんは、仕事以外じゃ初めてよ!」
相棒と同じく、手の平に意識を集中させて、創造の神に祈る。かつては数え切れん程に繰り返した、当たり前の作業を、体は忘れちゃあいない。
「……しかし、アレの相手は流石に無謀じゃなぁテスラよ」
「ふん、なぁに。死んじまったら、お屋形様のお近くで、ま〜たイイ仕事さして貰えばええ」
「ハッ! お屋形様のしごきに、三百年も引きこもりじゃったオレらが、耐えられるんかのぅ。ま、さっきの子供くらいは守れんと、お屋形様に怒られっちまうか」
そう、あの子の温かさは、儂に人族の生きる喜びを思い出させてくれた。果てる理由はそれでいい、ドワーフ族は前のめりに死ぬが本望!
我らが一族でありながら、神となったお屋形様、炎槌ガイセリック王よ……見てておくれよな。
「「想像の神、炎槌ガイセリックよ。我らが手に、鋼の真実を与え給え……」」
─── 出でよ【創造の槌】‼︎
腕にズシリと来る、もうひとつの我が身。落とせば地面にめり込みそうな、超重量の槌が、その膨大なエネルギーを儂の体に流し込み、羽根のように軽くなる。
もう集落の空は、魔獣の影に埋め尽くされていた。ワイバーン、グリフォン、ハーピィ、ストリクス、スフィンクス……名を連ねるのも難儀する、有象無象の化物ども。その中にゆっくりと降りてくる、大地の怒りそのものの魔力とエネルギーを宿した、ベヒーモスの姿。
死への恐怖など、槌を握った瞬間に消え去った! ただただ、ドワーフは槌を振るうのみよ‼
「「かかって来いやぁ─── ッ‼︎」」
大地を揺るがす、力と力がぶつかり合った。
※ ※ ※
「─── と、まあそんな感じで、やられちゃったわけじゃい♪」
てへっ、とドワーフ族のテスラがはにかんだ様子でウィンクしている。もうひとり保護されたガウスという方は、酒ビンを抱えて、グースカ気持ち良さそうに寝ていた。
昨日彼らが連れて来られた時は、ボロ雑巾のようになっていたが、俺の魔術で傷はもちろん服も治してある。ティフォが放った魔獣軍団は、妖精ミィルの誘導でドワーフ族を探していたが、ドワーフの移動先を特定出来ずにいた。しかし、何故か外に出ていたこのふたりを偶然発見して、迎えに行った所、襲撃と勘違いしたふたりは玉砕覚悟で特攻してしまった。
「いやぁ、久々の外でテンション高かったんじゃなぁ。ベヒーモスに挑むなど、無謀にもほど……ほど、ほど、ホールド・ミー・タァイトじゃて! わはははっ‼︎」
さっきから時折、謎の言語のダジャレをかましてくるおっさんドワーフは、最初はキリッとした感じだった。怪我をさせてしまったのは確かなので、治療した後、ガセ爺謹製の火酒を振る舞ったところ、こんなホットな具合に仕上がってしまったわけだ。
妖精族を何故か嫌う彼らは、そのハーフである王族のいる王宮に連れて来られたのを、最初は良く思っていなかった。ツーンとした態度が、綺麗さっぱり消えたのは、重畳な事だ。ちなみにベヒーモス達は、彼らドワーフが駆け寄って来るもんだから、軽くじゃれただけだったと言うのは彼らの名誉のために秘密にしておこう。ベヒーモス曰く『他の命に回復魔術かけたのはじめて。ごめんなさい』との事だ。
「ところでお前さん、アルフォンスじゃったか。なんかえらく濃いい鋼の匂いがしとるのぅ。手には剣ダコ、動きは全身鎧に慣れとる感じじゃが、騎士かなんかか?」
「おお、流石はドワーフだな。俺は騎士でも無けりゃあ、この国の人間でもない。冒険者やりながら旅をしてるからな、武器の扱いには慣れてる」
「そう言やぁ、黒髪に赤目っちゃあ、この国の人間じゃないのう。んで、どうしてまた王宮におるんじゃい。お偉いさんか?」
シリル入国からここまでの経緯を話すと、テスラは驚いたり悲しんだり、表情をくるくる変えて聞いていた。
─── そして、最後にブッチ切れた
怒髪天を突くとはこの事だろうか、ゴーグル付き鋼鉄製の兜が浮き上がって、天井に届く勢いで怒りを露わにしていた。ただ、ティフォより小さいおっさんが、プルプル震える姿は、大変失礼だが可愛く見えてならない。
「そんじゃあ何か! アルザスの小童どもの悪巧みで、国中のマナが腐っとったんか⁉︎」
「……そう言う事だ」
「儂らはそれで加護の力を失のうて、精霊術師の結界に隠れ住んで燻っておったんじゃ! ドワーフから鍛治仕事とったら、ただの糞袋じゃっちゅうに……。あー、酒だってアレじゃ、三万六千樽は呑み逃したんじゃぞッ⁉︎」
「さんまん……三日でひと樽計算かよ」
テスラはグイッと火酒を煽って、ビッシィと俺の事を指差した。
「そこまで分かっておきながら、まだここでノンビリしちょるのは、どういう了見じゃい! 人間族ちゅうんは、そんなにキ○タマ小っさかったんか⁉︎ だっから、妖精どもの血が入っとる王族なんて、ロクなもんじゃないと!」
「何もしてないわけじゃない。いやむしろ、ただの戦争よりも、確実なやり方で返そうと、この国は動き始めているんだ」
テスラにこの国の方針を話した。傍目には帝国と友好的に見せて、周辺国と繋がりを高め、交戦となった時に優位にしようとしている事。表向き帝国の思惑通りと見せながら、新兵器と合わせて、革新的な戦術を編み出そうとしている事。全く新しい金属を保有するムグラ族と、強力なエルフ族を交えた、ダルンとの国交の打診。ゆくゆくは獣人達と組んで、アケルとの国交も踏まえている事。
それらはまだ、この国の機密ではあるが、ドワーフの協力が欲しい今、余計な隠し事は悪手だと考えた。
「ふむ。ふむふむ……分かったぞ! つまり、ボッコボコにしたいんじゃな⁉︎」
「うん? ああ、まあそう……かな?」
ありゃ、小難しい話は苦手か⁉︎ これはもう少し噛み砕いて話さないとな。
「儂らはな、この三百年間、延々シコシコと新兵器の構想ばっかり練っておったんじゃ! ふふふ、この恨みはらさでハラショーじゃのう……ぐふふふふ」
全身を震わせて笑う、その目が怖い。彼らは三百年もの間、生き甲斐の鉄いじりを失い、ただただひたすらに武器の図案を引いていたと言う。うん、考えてみれば、相当にヤバイ心理状態じゃねぇかそれ。
「鉄の鉱脈も、マナの復活で息を吹き返すだろうが、まともに採取出来るには、しばらく時間が掛かるだろう。まずはダルンのムグラ族か、アケルの獣人族を通して、鉄鉱石の輸入だな」
「さっきからお前さんの言うておる、そのムグラっちゅうんは何者なんじゃ?」
「ダルン西側の砂漠の地下に住む獣人族だ。あそこは豊富な鉱産資源に恵まれてて、彼ら自身シノンカ聖王朝の特殊な治金技術を持ってる。今このシリルでは、そこらの鉄製品でそこらの国じゃ真似の出来ない、新たな兵器開発を目指してるんだ」
「そ、そそ、それを、このシリルの人間達でやるつもりか⁉︎」
身を乗り出したテスラの手の平に、ムグラの通貨を数種類乗せる。彼は慌ててひとつひとつを摘んでは、光にかざしたり、叩き合わせて耳をそばだてて確かめ始めた。
「今の所はな。ただ、シリル人だけじゃちょっと心許無い。ムグラ達は布のように軽くて鉄より硬い素材とか、常温で液状化と凝固する金属とか、未知のお宝を沢山抱えているんだけどなぁ。もっとこう、神懸かった技術屋で『鋼の真実』に近い、頼れる種族があればいいんだが……なぁ?」
「き、奇遇じゃなぁ……そんな感じの奴らを儂、知って…… 」
「なんてな、そうそういないよな! あんたらドワーフは、妖精族ハーフのシリル王族が苦手だろうし、残念だなぁ〜」
彼らが何故妖精族を嫌うのかは分からない、王族達も心当たりは無いという。ここで足並みが揃わなければ、何処かでつまずく危険性もある。いやらしいようだが、彼らの毛嫌い問題にも、触れとかないわけにはいかない。さて、吉と出るか、凶と出るか……。ガウスは俯いて、プルプルと震えている。
「………………ろ」
「ん? 何?」
「……………せろ」
「何だよ、よく聞こえな……」
「─── ええい、それを儂らにやらせんかいッ‼︎‼︎」
うん、完堕ちだ。どうせ妖精族への遺恨だって、くっだらない話だろうと踏んで、勝負かけて良かったわ。ミィルに理由を聞いてみても『さあ? 酒の席でなんかあったらしいよ?』としか認識してなかったしな。王族に対する態度も、どうせそのハーフだから気に食わんとかそんなもんだろ。じゃなきゃ、いい歳してツーンとかやるわきゃない。
「ありがとう。そう言って貰えると助かるよ」
「カーッ、最初っから儂らがこういう話に弱いと分かってたんじゃろ! おお、やったるわい! そうと決まれば儂らの仲間に……いや、その前に儂らの里が心配じゃな。三百年も放っておいたんじゃ、今頃どうなっておる事か……」
バァンッ! …………ぐわぁッ!
扉が勢い良く開いて、何故か近くに転がっていた、ガウスの後頭部に直撃した。
「─── 話は聞いたッ! まずはドワーフの里の復興、ワシらシリルが受け持とう!……おん? 何でこんな所にお主は転がっておるのか」
扉脇を見て困惑するゲオルグ王に、テスラが酒瓶を掴み、ツカツカと迫って行く。ヤバ……乱闘か⁉︎ 一国の王を瓶で殴るとか、一族郎党あの世行きだぞ!
トクトクトク……
カップに酒をなみなみ注ぎ、それを王に渡すと、自分のカップにも注ぐ。ふたりは無言で見つめ合い、突如カップを持つ腕を組み交わした。
「…………ん? よすんだ! そ、その酒はッ」
グイッ!
ふたりは腕を組み交わしたまま、お互いをチラリと見て微笑むと、カップの酒を一気に飲み干……せなかった。
「「ゲホォ……ッ⁉︎ がはっ、はひぃ……」」
「だからそれ、ヤバイ火酒だってば……」
最後にちょっと振舞おうと、ガセ爺秘蔵の火酒コレクションの中でも、最高峰の酒精の高さを誇る『神ごろし』。お猪口一杯で地上最大の動物、ゴライアスエレファントを四頭はイケるヤツだ!
ふたりは鶴の求愛ダンスのように揺らめいて、やがて重力に負けて倒れ込んだ。
「「グゴォォ〜」」
まあ、上手くいったって事でいいんだよな? 明日の朝、覚えてないとかは勘弁して欲しい。
「……これ、どうすっかな」
王宮の一室に転がるドワーフふたりと、その城の主人の姿は、暗殺者の凶刃に倒れたかのようだ。
「誰かッ! 誰かあるッ!(⇐一度言ってみたかった)」
シュッ!
「……お呼びで御座いますか、アルフォンス様」
メイド長が何処からか現れ、俺のすぐ側に立っていた。天井にメイド穴でも開いてんのか?
「三人共、酔い潰れてしまったんだ。世話をしてやってくれないか」
「はい。この者達のお世話だけで、よろしいのですか?」
ずいっと身を寄せて来たメイド長の、胸の谷間が露わになり、伏せているかすみ色の瞳が妖しく煌めく。銀のパッツン前髪とメガネで隠してるけど、これ相当美人だぞ……。
「あ、ああ。俺は大丈夫だから。て言うか『この者達』って、そこにアンタらの王様も入ってんだけどな?」
「ちっ、申し訳御座いません。つい貴方様の方が、王たる威厳をお持ちでいらっしゃいましたので。何か御座いましたら、この私めに何なりと、上から下までお申し付け下さいませ」
「お、おう。用があったらな」
メイド長はフッと寂しげに微笑み、スカートの端をつまんで華麗に礼を取ると、両手を頭の横に揃えて打った。
パンッパンッ!
何処に隙間があったと言うのか、わらわらと銀髪のメイドさん達が部屋の中に現れて、酔い潰れた三人をズルズルと何処かへ引きずって行ってしまった。辺りをみれば、すでにメイド軍団の手によって、酒の後片付けまで済んでいる。
何だ? 妖精の血が入ると、神出鬼没になる呪いでも掛かるのか?
とにかく、これでドワーフ達との協力関係は、何とかなりそうだ。鼻歌交じりに部屋から出ると、背後にメイド長が再び現れ、俺の部屋まで案内してくれた。数秒置きに『寝所でのご要望は御座いませんか?』と、振り返ってはメガネを光らせていたのは、本当に怖かった。
※ ※ ※
手を繋いだら、クリッと首がこっちを見上げた。そして俺の目をジッと見つめてくる。そんな気がする、不揃いのボタンの両眼。
「うふふ、オニイ……ぱぱ、この子もしあわせだって、いってるわ」
「は、ははは……そ、そうか。縫い目の口で器用に喋るなぁ、ははは」
今、俺は三人娘の運命共同体メンバーに加え、クアラン子爵、そしてドワーフのふたりで王都から北西の山を目指して歩いていた。途中までは馬車が使えたが、悪路が続くため歩きとなる。長く続く林道に飽きたのか、突如ティフォのおままごとが始まり、ぱぱ役の俺とまま役のティフォの間に、子供役のオニイチャ人形が手を繋いで(掴まれて)ブラーンとしていた。
「ええっ⁉︎ こ、この間のおにーさんは、ままとは、何でもないのよ! ほら、アメをあげるから、しずかになさい」
ティフォの迫真の演技で何か始まったが、俺は『優しさが海より広い鈍感ぱぱ』という設定なので、微笑むしか出来ない。
「……ははは、ティフォまま。ちょっとぱぱにはこの設定、上級過ぎてまごついちゃうなぁ〜」
「ぱぱ、せってーとか、いわないのが、人のなさけよ? それよりあなた、上着のポッケに、こんなマッチがはいっていたのよ……?」
「ば、ばかだなぁ……そ、それはアレだ。出張の野営中に、同僚の奴が貸してくれたんだよ」
「ふぅん……そう。あなたのどーりょーさんって、肩コリなのね〜♪ マッサージ屋さんに通うなんて」
「な、何だマッサージか……ははは、そ、そうなんだよアイツ、肩コリでさぁ〜」
「─── ぱぱ、どーしてホッとしてるの?」
……何だろ、台本通りに演じてるのに、この罪悪感は。何故かティフォの目をまともに見る事が辛くなり、視線を逸らすとオニイチャ人形がジッと見て来る。んん? この人形、こんなに口もと笑ってたっけ? 背筋に冷たい汗が流れた。
「ははは、ま、まま? ぱぱは、ティフォままと手を繋ぎたいなぁ〜」
「え? ごめんオニイチャ、もう一回言って」
「俺、ティフォと手を繋ぎたいな……って」
くふふふと笑うと、彼女はオニイチャ人形をポシェットにボスンと押し入れ、俺の手を握った。
「んもぅ、オニイチャったら、困ったさんだよぉ。おままごと中だったのにぃ。みんなのいる前でそんな…… ///」
(ま、まさかッ、ここまでが計算済み⁉︎)
「へぇ〜、アルくんって、そういう風に浮気を誤魔化すんですかぁ」
「うーん、私も、ちょっと男の人が怖くなっちゃったかな……?」
「ちょ、ふたりとも! これ、ティフォの台本通りだからな⁉︎」
純粋過ぎなソフィアとスタルジャが、わなわなと震えている。
「まあ、おおむねこんな感じじゃよなぁ?」
「おう、大体そんな感じじゃて」
「ははは、いやぁ勉強になりますアルフォンス様」
何で俺がこんなに、慌て無ければならないのだろうか。ティフォの悪魔のような高笑いを背中に、誤解を解こうと躍起になる俺は、一体何なんだろう。
そんな事をやっていたら、目の前に小さな町の入口が見えて来た。ドワーフ達の隠れ家がある山、精霊術師の結界があるという場所は、この町を通り過ぎた先にある。