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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第五章 妖精王の国

第六話 ポメルライヒ山

 冷たい夜風が吹き、ホットワインの注がれたタンブラーの湯気が、すっと細く横にたなびく。テラスに居た人々が、寒さにグッと縮こまり、またすぐに会話が始まった。テーブルの上には、この地方の名物である鰻料理と、腸詰が何種類かが並んでいる。

「……て事は、ドワーフ達を守っていた精霊術師てのが『西の魔女』って言われてる人物なのか?」
「もぐもぐ……んぐ。そだよー♪ アネス先生が『西の魔女』で、ナタリアのししょーの凄い人なの」

 クアランとドワーフのふたりは、宿の酒場で呑んでいる。俺と三人娘は観光気分で、ドワーフ達のいるポメルライヒ山の入口にあたるこの町をぷらぷら歩き、夕食にテラスのあるこの店に入った。

 料理が並ぶと、スタルジャの中で寝ていた妖精ミィルが出て来て、一緒に食べ始めた。大分、マナを補充出来たのか、姿もクッキリして来て、物にも触れられるようになったらしい。今は彼女から色々と、昔話を聞いていた所だ。

「 に、してもだ。ミィルってさ、妖精なんだよな?」
「ガツガツ……もぐもぐ……ん? そーらよ?」

 テーブルの上で正座して、子豚肉の腸詰を抱きかかえて、モリモリ食べている。

「あー、済まん。なんか妖精って花の蜜とか、マナだけで生きてるイメージがあってさ」
「ごくん。あはは、種類にもよるよ〜♪ あたしみたいに人の思念に近い子は、人間と同じ物食べるんだよ。マナだけでも生きてけるけどさ、美味しいじゃない、人間の料理ってさ〜♪ あ、ついでにう○こだってするよ! あはははは!」
「よ、 余計な事、聞くんじゃなかった……」

 食事中に下の話をしながらのこの無邪気さは、確かに妖精っぽいか。

「そう言えば昔、マナが弱まった時期に飢えた妖精達が、人間を襲ったなんて話もありましたねぇ。あの時は村がいくつか消滅したって、聞きましたよ?」
「もう、害虫じゃねぇか」
「ん、あたしのいた世界だと、人を森にまよわせたりしてた。後、かってに人の赤ちゃんと、じぶんの赤ちゃん、とりかえたり」
「えぇ……。ミィルって怖い子なの? て言うか、人間食べるの⁉︎」

 スタルジャが青ざめるが無理もない、そんな獰猛どうもうなのが体に入ってたんだからな。

「…………ゲフゥ。あ、ごめん、ゲップでちゃった ///」
「「「………………」」」
「ちょ、ヤダな! だいじょーぶ、だいじょーぶ! あたしは人間なんか食べないよ。はぁ〜、腸詰って美味しいねぇ〜♪」

 そう言ってまた、妖精はガツガツと腸詰に食らいついていた。

「しかし、本当に美味そうに食うなぁ。俺も一度やってみたいよ、抱えられるくらいの肉にかぶりつくとか」
「ん? やる? オニイチャ」
「お前が言うと、本当になるからいいよ……。その『やる』も『殺る』にしか聞こえないしな」
「私は一度やりましたよ? 討伐任務で古代龍種を討った時、処理が面倒だったし、そのまま皮剥ぎながら食べちゃいましたけど、美味しかったなぁ♡」
「龍肉ってそれ、不老不死とかになるやつじゃねぇの? いや、まあソフィなら関係ないか。そう言やあ、俺も赤トカゲ食ってたけど、あれも古代龍なんだったっけか。迷信だよなぁ、スタミナは凄くつくけど」
「あー、そう言えばその後、四〜五日は寝ずに討伐任務こなしましたね〜。龍種と上位悪魔系の魔物だらけでしたけど、すっかり殺し切れましたから、龍肉ってすごいんですね♪」

 どんな討伐任務だよ。四〜五日寝ずに殺し続けられる程、超上級の魔物が沸くとか、地獄でも行って来たのか⁉︎

「……おいしそう」

 スタルジャがポツリと呟いた。

「え? 龍肉が?」
「あ、ううん。ミィルが食べてるやつ」
「これ、豚肉だけど大丈夫か?」
「うーん、何だろうね。最近たまに肉を食べたくなる時があるんだよね〜。私もひとつもらおうかな?」

 スタルジャはエルフ族、肉は嫌いなはずだし、馬族の人質生活で食べさせられて、更に苦手になったと聞いていたが……。

「あ、もしかしたら、ミィルちゃんの影響かも知れませんね。精霊術と同じく、ミィルちゃんと長い時間、エネルギー共有してましたから。感覚や体質に変化が起きてるかもですね♪」
「うーん、そうかも。ポリンッ……もぐもぐ」

 そう言ってスタルジャは、腸詰を一口齧り、目を細めて食べ始めた。いつも俺の作るエルフ料理を、美味そうに食べてくれる彼女だが、それと同じくらい腸詰を楽しんでいるようだ。

「ん? タージャ、おいしい?」
「うん! 腸詰ってこんなに美味しいんだね! なんか今まで損してた気分♪」

 精霊に比べて、妖精の方が精神が人に近いからなぁ。同化してたらこんな影響も出るのか。今の俺が妖精とか呼び出したら、ヤバイの来そうだし、そんなんが食べたがる物も考えたくないから止めておこう。

 スタルジャも加わり、腸詰は瞬く間に消えてしまった。急にたくさん肉を食べて、気持ち悪くなったりしないかと心配だったが、彼女はけろりとしている。まあ、大丈夫か……。

 ※ ※ ※

 ハァッ、ハァッ、ハァッ……くっ!

 こんなに魔物が増えてるなんて、思わなかった。それにマナが足りなくて、精霊術が使えないなんて、自分がどれだけぬるま湯の中にいたのか、初めて気が付かされたな。

 ズザザザザザ……ッ!

 岩の斜面を、無数の巨大な影が、身をくねらせて追いかけて来る。馬程の大きい体に、全身を覆う鎧のような硬い鱗、岩を走るのに適した鋭い爪。ここはアーマーリザードの縄張りだった。

「くっ! ─── 『氷精の吐息ブリザルト』!」

 空気中の水分が一瞬で凍りつき、大蜥蜴の表皮を白くする。動きが止まりかけたけど、ほんの数秒だけだった。すぐその後ろから、他の大蜥蜴が追越して、ぼくに迫った。

 バクン……ッ!

 いつの間にか回り込んでいた一匹が、飛び掛かってかぶりつこうとした。何とか避けたけど、そのあごが岩を砕いて、拳大の破片がぼくのこめかみを打った。

(くそっ、でかい図体で何て速さだ……)

 頭がグラグラする……! 精霊術がダメなら、剣を抜いて何とか応戦しようと、自前の魔力で肉体強化を更に高める。でも、すでに周りは大蜥蜴の群れに囲まれていた。

 バクン……バクンッ! バクンッ!

 転げるように逃げ惑うぼくの周りからは、空振りする大蜥蜴の口の音が木霊する。

 ザリ……ッ!

 右手首に引っ張られるような感覚と、ザラついた大蜥蜴の歯が触れた感触が、一瞬だけ伝わった。良かった、また空振りだったか……。

「─── えっ? あ、ああ、うわああぁぁぁぁッ‼︎‼︎」

 気がついた途端に走る、痛覚以上の恐怖心で、ぼくは膝から崩れて転げ回った。手首から先を、もっていかれてた……。興奮で麻痺したのか、痛みが鈍くて感じ取れない、それがまた恐ろしい。

 大蜥蜴に完全に包囲され、じわじわと近づいてくる。一番近くにいた大蜥蜴の口が開く。唾液で滑る紫色の舌が、生あるモノとは思わせない冷たい怖気を走らせ、ずらりと並んだ小さく尖った歯が鈍く光っていた。
 もう逃げられない、ぼくは頭の中で必死に謝りながら、目をつぶって身を縮めるしか出来なかった。

(先生、ごめんなさい。先生の言いつけを破って外に出てごめんなさい。秘薬、作ってあげられなかったな……)

 まぶたの上に、黒い影が射したのが分かった。

 バグンッ‼︎‼︎

 鈍い音と共に、生温かい液体がぼくの顔を濡らす。痛みは感じない、手首を食われた時と同じ、体が痛みを忘れさせてくれているんだ……。
 その無痛の恐怖が、ぼくに死の訪れを、まざまざと感じさせ───

「おい、大丈夫か?」

 薄っすらと目を開けると、目の前には赤い肉の塊が、いたるところから血を吹き出しているのが見えた。頭を吹き飛ばされた、大蜥蜴の首の断面がまだビクビクと動いてる。

 ぼくの顔を濡らしていたのは、この血だったのか。ボーっと見回すと、黒い甲冑の背中があった。修行中のぼくにだって分かる……。

 これは悪魔だ。

 禍々しい鎧は、表面に掘られた苦痛に歪む顔や、おどろおどろしい怪物の口から、白い霊気が垂れ下がっている。その凶悪な鎧よりも、遥かに殺伐とした魔力の渦が、その身から噴き上げてる。悪魔、それも物凄く上位の霊的存在に違いない。

─── 【斬る】

 その声は耳じゃなく、頭の中に響いた気がした。意外と若い声なんだなぁ……そんな事を、ボーっと考えていたら、アーマーリザードの群れが血煙に沈んだ。あれだけぼくの命を追い詰めていた、鋼のような鱗を持つ大蜥蜴が、一瞬にして紅い肉の塊になってる。

 確かに斬る音はしたけど、群ごとあんなに遠くの大蜥蜴まで、剣一本で一体どうやって?

 いつの間に抜いたんだろう、表面が水に濡れたような、ゾッとする程に美しい剣が揺れている。その青白い光に、ぼくは目を奪われて、動けずにいた。魂が吸い込まれるような、脱力感が襲い掛かって、剣がどんどん大きく見えて……

─── 刃の奥で、美しい黒髪の少女が微笑んだ

 暗い部屋に引き摺り込まれるような、抗いようのない悪寒に襲われたその瞬間。別の方向から温かな魔力が押し寄せて、ぼくの体は青白い光に包まれると、あちこちの痛みが和らいで行くのを感じていた。

「今、回復呪文掛けたからな……。おい、余りこの刀に見惚れない方がいい、取り殺されるぞ。傷の具合はどうだ? 右手の指は動かせそうか?」

  ……ハッ!

 我に返ると、ぼくは悪魔の腕に抱き上げられて、運ばれている所だった。確かにぼくは大きい方じゃないけど、髑髏どくろの悪魔は軽々とぼくを片腕ひとつで、赤ん坊のように抱き上げている。

「…………あ、あの! こ、殺さないで……ください……」
「ああン? あー、これじゃ俺が悪者みたいだもんな……よっと!」

 髑髏の頭がすっぽ抜けて、中身が出て来た。ぼくは思わず目をつぶって、その恐ろしい光景を、見ないように震えているしかなかった。

「あ、大丈夫でしたかその子。危なかったですね〜! ちょうど通り掛かって良かったですよぉ♪」
「オニイチャ、だっこ、うわき」
「うるせぇティフォ! 浮気なもんか、このキツネ少年に、この状況で、どう手を出せって言うんだ⁉︎」

 あれ? 色んな声がする。恐る恐る目を開けると、そこには悪魔じゃなくて、若い人間の顔があった。黒くて綺麗な髪、燃えるような紅い瞳、その凛々しい横顔にぼくは見惚れていた。

「いやぁ〜! 大したモンじゃなぁアンタは! そのカタナも目ん玉飛び出る程の逸品じゃが、アンタの腕は剣聖並じゃ! カァーッ、こりゃぁイイもの見れたのぅ、ガウスよ!」
「おお! 一瞬で装着する鎧なんぞ、理論は知っとっても、初めて見たわい! 全く、どんな馬鹿が作ったんじゃ⁉︎ んんっ! そのイタチ娘はか? なぁんでこんな所に居るんじゃ」

 聞き覚えのある声、ドワーフのおじさん達だ!

「はぁ? イタチ? 娘⁉︎ 男の子じゃないの⁉︎」
「アル……私の時も間違えてたけど、もしかしてアルって、天然?」

 ぼくを抱いてる男の人が、慌てたようにぼくとエルフの女の子を見比べてる。凄く強そうな人なのに、ひどく動揺してるのが可愛らしくて、ぼくは思わず笑ってしまった。

「くすくす。あれ……手がある⁉︎」

 クセで笑う口を隠そうとしたら、手首から先を食べられちゃったはずなのに、ちゃんと指まで揃っていた。

「ああ、さっき回復魔術は掛けておいたが、ちゃんと動くか?」

「─── え、あ、ハイッ! ありがとうございます!」

 回復魔術で失った人体を修復するなんて……どんな大魔導師なんだろう? 先生と同じくらい? いや、一瞬感じた魔力量は、人のそれじゃなかった。今はもう、魔力が隠されて分からない。この人が本気を出したら、どんな事になってしまうんだろう。
 そして、立ってみて気がついた。薬草を探して、大蜥蜴に襲われてた時の疲れも、気力までもがすっかり戻ってる。清々しく起きた朝って感じ。そんなエリクサーみたいな回復魔術、聞いた事すらない。

「あの、済まん。取り込み中だったとは言え、その……間違えた」

 そんな凄い人がぼくを優しく降ろして、バツが悪そうに、目を逸らしながら頭を下げた。あ、なんだろう、すごく可愛い人だ!

「くすくす。いいんですよ、気にしてません! あの……ぼく、ジゼルって言います。貴方のお名前を聞いても?」
「アルフォンス・ゴールマインだ。無事で良かったな、ジゼル」

 そう言ってアルフォンスさんは、皆んなの方へ歩いて行ってしまった。名前を呼ばれた瞬間に高鳴った胸は、まだ痛いくらいに打ち続けてる。と、今度は女の人がふたり近づいて来た。

「貴女は獣人族ですよね? この辺りに種族の住む場所があるのですか?」
「あ、いえ。ぼくは精霊術師アネスの弟子です。この辺りに獣人族はいません。助かりました。薬草を取りに来た帰りだったんです」

 すっごく綺麗な人だ。同性のぼくが、見惚れちゃう整った顔、それに透き通った声が安心感を与えてくれる。アルフォンスさんの恋人かな……?

「あ、それなら私たちも、貴女のお師匠様とドワーフの人たちに用事があるから、一緒にいこう♪」

 エルフの人も凄く綺麗……可愛くて、絵本から出て来たみたいな、不思議な雰囲気があるなぁ。

 それにこの人からは、精霊達の気配がたくさんしてるし、同業者なのかな……?

「あ、あの。皆さんはどういったご用件でしょうか? アネス先生は、今ちょっと具合が悪くて、余り大変な事だとちょっと……」

「んーん。ほとんどの話は、ドワーフの人たちにあるの。そっかぁ、大変だったんだね。そんな時にごめんね、お師匠様には……魔女狩りにあった人たちからの伝言って言うか……」

 魔女狩り。先生が塞ぎがちになる少し前から、それで沢山の友人と弟子を失ったって、何度か聞かせてくれてた。

「それなら……それならむしろ、会ってあげて下さい! 先生、ずっと気にしてたみたいなんです……」

 そう言った時、突然エルフの人から光の塊が飛び出して、私の顔の前で止まった。

「はろはろ♪ あんた、アネス師匠の弟子なの? じゃあ、あたしを喚んだナタリアの妹弟子だね! つまり、あたしのほーが……」
「ナタリア!? よく先生がうなされて、その方のお名前を呼んでました!!」

 ここで出逢ったのは偶然だけど、ぼくはこの瞬間、何か大きな運命なんじゃないかって……。そんな予感に、ぼくの胸はときめいていた。

 でも、それは世界が大きく変わる、壮絶な運命の前触れに過ぎなかった。そう後で思い知らされる事になるなんて、この時は思いもしなかった

 ※ ※ ※

 ポメルライヒ山は、別名『入ラズノ地』とも呼ばれる険しい山だ。岩肌の急斜面も多いし、突風も吹きやすい地形になっていて、人の侵入を拒んでいるようだった。しかし『入ラズノ地』とまで呼ばれるようになったのは、自然の厳しさだけではないと、入って早々に思い知る事となった。
 魔物の数が異様に多い。それもBからA級指定を受けそうな、大型で群れを成す、厄介な魔物が溢れている。この山を冒険者が登るとなったら、ベテランのB級以上が、団体で挑む必要があるだろう。

 ほとんどが剥き出しの岩肌で、人が立ち入る理由も無い、ただただ上に高くそびえる急な山だった。灰色の岩肌と、頂上に行くに従って、急に細く高く伸びるこの山は、古くは周辺の土地に山岳信仰をもたらした霊山のひとつでもあるそうだ。

 俺達は今、菩提樹の樹の下で浄霊した、三百年前の精霊術師ナタリアの言葉に従い、ミィルの案内でこの山までやって来ていた。ナタリアの師だと言う人物に会うために。彼女はミィルへの伝言では『何か良いものを授けてくれる』だったが、単純に三百年前を知る人物と話せるのなら、きっと今のシリルの再建に繋がる何かがあると思った。

「後もう少しです。慌てないで、しっかり足元に気をつけて下さい」

 そう言って、獣人の少女が振り返る。年は十七、八といった感じだろうか、顔は人族のもので頭には小さくて先がやや尖った耳、お尻には長くて先だけ黒い尻尾が生えていた。毛と肌は雪のように白く、背はやや高いため、最初は男だと思ってしまった。言い訳じゃないけど、着てる服はなめし革で補強された、茶色の作業服のような格好だから、パッと見では性別が分かりにくい。
 女の子だと言われてみれば、確かに顔の骨格に柔らかさがあるし、そばかすの上にある眼はクリッとしていて、まつ毛が長い。

「す、すみません。アルフォンス様……」

 背中から申し訳無さそうな声が聞こえる。疲労困憊でグッタリしたクアラン子爵がうわ言のように、何度もつぶやいている。貴族の彼には、この山の険しさが重荷過ぎたようだ、かなり早い段階からグロッキーだった。回復魔術を複数回掛けて、体力を回復しつつ、騙し騙しここまで来たが、精神の方が保たなくなってしまった。

「頂上に近くに連れて、嫌に魔力化したマナが濃くなってるな」
「ええ、まるで迷宮深くの階層、魔力溜まりの渦の中にいるみたいです。子爵の疲労は、魔力酔いも大きいかも知れませんね」

 生きとし生ける者、全てが多少なりとも魔力を持っているが、余りに強い魔力は時にその肉体に悪影響を及ぼす。こうなれば回復魔術なんかの、肉体にプラスになるはずの魔術でさえ、負担になってしまう事がある。

「魔物もうじゃうじゃ出て来たしな。この山は何かあるな」
「ん、ティフォは力がビンビン。触手もビンビン」
「何なんだろうな。俺の触手もえらく騒いでるし、この魔力を吸収してる」

(ジゼル:……しょ、触手……?)

 周辺の魔物には、ティフォの威圧が効かなかった。彼女曰く、ここの魔力は魔物の生命エネルギーに性質が近いらしい、魔物達は我を忘れるハイになっていて話が通じないんだとか。

「ここからは結界内に入ります。ちょっとビリッとするかもですけど、すぐに慣れると思いますからご心配なく」

 振り返ったジゼルの前に、シャボン玉の表面のような、虹色の光が蠢く壁が薄っすらと見えた。その内側には、小さな精霊達の光の粒が、楽しげに集まっているのが見える。

「うわ〜、結界の中、すごい精霊のかずだねぇ!」
「この中は先生がずっとマナの調整をしておられるんです。外の世界はマナが腐ってるから、先生はここでずっと……。でも、最近お加減がすぐれなくて、結界の外に余計なマナが流れてしまって……」
「それであの魔力溜まりが出来てたのか」
「……はい」
「これだけの精霊をまかなって、ドワーフたちを保護するだけのマナ。それを人がですか?」

 ジゼルはうつむいてしばらく言葉を探していたが、目を伏せて背を向けると、ボソリと呟いた。

「それは……ご自身の目で、先生をご覧になってあげて下さい」

 ※ ※ ※

 結界内に入ると、外とは明らかに空気が違い、穏やかで時折吹くささやかな風が心地よかった。数分もすると、背中のクアラン子爵は元気を取り戻したのか、申し訳無さそうに降りて歩き出す。
 この結界内は、自然の力を蓄えた豊富なマナが息づいてる。春夏の花が咲き乱れ、甘い芳香を充満させていて、岩肌続きだった山肌は、豊穣な土と植物に覆われていた。

「これは幾ら何でも力に溢れ過ぎてる。これじゃあ、その内に巨大な魔力溜まりになりそうなもんだが?」
「……今まではこうでは無かったんです。ただ、先生が具合を悪くされてから、こうしてマナが結界内に溢れるようになってしまって」
「このままでは、迷宮化するか、強力な魔物を生み出してしまうでしょう。お師匠様が体調を悪くされてから、逆にマナが溢れ出すとは、何か事情があるんですね?」

 ソフィアの問いに、ジゼルはただ小さくうなずくだけだった。自分の目で確かめろと言う事か。事情を知らないクアランやドワーフのふたりは、楽園の如きその風景に、歓声を上げてははしゃいでいる。スタルジャは膨張した精霊達を、体内から解き放ち、膨大な数の精霊を引き連れて歩いていた。ティフォはまあ、いつものジト目だ。
 そうして、しばらく歩いている内に、巨石の連なる絶壁が立ちはだかった。

「お待たせいたしました、ここがぼくと先生の暮らす『ユゥルジョウフの家』です」

 そう言ってジゼルが手をかざすと、岩肌から光が滲み出て、俺達の視界を覆った。真っ白な世界の中、微かな浮遊感が起こり、体が移動しているのが分かった。

 ユゥルジョウフ……古い精霊言語で『大地の炉』とかだったか? そんな事を思い出していたら、俺達はいつの間にか、巨大な岩のホールの中に佇んでいた。

「あら……お客様かしら……? ごめんなさいねぇ、今、少し体が動かせないの」

 弱々しい老婆の声が、ホール中央の窪みから聞こえて来る。

 その老婆の声は、何処かセラ婆に似た、優しげな空気が満ちていた。

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