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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第五章 妖精王の国

第四話 腸詰の味

 シリルは燻製と腸詰の料理が有名だ。もちろん普通の新鮮な肉や、魚料理も発達はしているが、シリルと言えば腸詰の本場とも言われている。

 冬が厳しいこの国では、冬場に家畜を飢えさせないようにするのは、大変な問題だった。牛は肉だけでは無く、乳も採れるが、何よりも成長が遅い。代わりに成長の速い豚は、その年に生まれたものが冬前には食肉に出来るから、厳しい季節の家畜の口減らし兼保存食となる。そんな背景から、豚肉の保存技術が進んで、腸詰の文化が進んでいるという。

 家庭ではもちろん、街の肉屋には数え切れない種類の腸詰が並び、出来立ての腸詰料理を出す屋台も多いと聞いていた。そんな話を知っていながら、王宮での生活は、そういう庶民の味を楽しめない環境だ。人間とは贅沢な物で、上品な高級料理が続くと、ジャンクな物が無性に食べたくなる。

 何となくクアラン子爵に、街の屋台で腸詰を食ってみたいと言ってみたところ、すぐさまその話は実現してしまった。ただ国賓扱いの者を、街でふらふらさせるのを心配した大臣達は、俺達に軍の練兵視察をさせるという名目で日程を組み上げた。
 で、働かざる者食うべからずという事で、まずは王都直近の、シリル国軍中央練兵場へとやって来た。

「おお! これはアルフォンス様、ようこそおいで下さった!」

 野太い声の大男が、練兵場の門まで出迎えてくれた。バウル将軍、妖精宮で王に軍事行動の予想を話していた、豪傑ごうけつ然とした武官だ。パーティーでも何度か会話をして、今は面識もある。早速、施設の案内がてら、シリル軍の説明を聞きながら歩く事にした。

「中央は近年大きな戦争も無く、シリルは内乱も起きませんでな。しかし、それでも過去の痛手から、兵の士気は高い。練兵の頻度は他国と比べても、かなり高めに設定しておるのです」

 元々シリルは強国だった。人種として体格に恵まれ、勤勉実直な国民性から、戦術と武器製作に長け、かつては帝国と二分する程の武力を誇っていたという。
 しかし、帝国に敗戦してから、軍部は一度解体されてしまった。戦後数十年にして、自治権を取り返した彼らは、ゼロから軍部を作り上げて来た。

「こちらは今、剣術訓練をしとります。近年は大規模な魔術戦の想定が多く、白兵戦に熱を入れない国も増えておるようですが……。うちでは三年目までは、毎日足腰立たなくなるまでと言うのが、古くからの習わしでしてな」

 丁度、混戦を想定した、複数人での模擬訓練中だったようだ。流石は実践訓練に力を入れているだけあって、型ばかり整ったいわゆる『御家剣おいえけん』とは違うのが分かる。お堅い儀礼式の、騎士の出で立ちとは違い、身を低くする姿勢で実用的なサイズの剣と、ナイフを装備していた。

「かなり実践向けに、独自の崩し方をしておりますが、元は八極流の理念を組んでおるのです」
「八極流か……どこの国もそれらしいな」
「勇者一行、最強の戦士ランヴァルド・ゴールマインの理念ですからなぁ。今の世でも充分に通用するもの。その兵法も中央をはじめ、世界中の軍部で未だ基礎とされておるようです」
「なるほどねぇ」
「そう言えばアルフォンス様の姓も『ゴールマイン』でしたな? 失礼ですが、何か縁故でも」
「ああ、いや。爺様がミーハーだっただけだ。血縁はない」
「ぬはははは! 八極流が帝国の御家流とされてから、全世界に広まりましたからな! それだけアルフォンス様の祖父御も、剣の道に生きた強者だったのでしょう」

 勇者と共に旅をし、魔王討伐に散った男、ランヴァルト・ゴールマインは、剣聖イングヴェイ・ゴールマインの息子だ。

 将軍の言う通り、彼の名声と共に、八極流は世界中に広まった。八極流は剣、槍、弓、斧、格闘の武芸全般の理念がまとめられていて、勇者と旅に出る前には戦士ランヴァルドの手によって完成されていたという。その完成度は高く、彼の死後、帝国が軍に正式採用したのをきっかけに、世界中に広がっていった。

 折しも苗字が一般化し始めた頃と、そのブームが重なり、世界中に『ゴールマイン姓』が溢れる事となったらしい。さらには同じく剣聖イングヴェイの名も広まり、世間にはイングヴェイ・ゴールマインがたくさん現れてしまった。…… 何とも世間の分かりやすさと言うか。

 勇者伝と同じく、有名なその話のせいだろうか、俺はその剣聖と父さんが一致していなかった。父さんが鬼のように強いのは知っていたけど、やっぱりお伽話の剣聖とは繋がらなかったし、戦士ランヴァルドの父親だとは信じてもいなかった。父さん本人もその辺の話をあまりしたがらなかったし、勇者伝を読んでいても戦士ランヴァルドとの親子関係は深く書かれていなかったからな。

 物語の中でも『かの伝説の剣聖イングヴェイの息子、戦士ランヴァルドは─── 』みたいな、後半には忘れられてしまう、ちょっとした箔付けみたいな扱いだったし。里で免許皆伝をちょくちょく取る頃になって、初めて父さんの本当の強さを理解し出し『あれ、もしかして本当?』くらいに思うようになっていた程度だ。
 まあ、戦士ランヴァルドとは血の繋がりは無いし、別にここでそれを話す必要もない。

「しかし、アルフォンス様も相当修練を積まれておりますな? 初めてお目にかかった時から、身のこなし、隙のなさには感服しておりました」
「いや、まあ冒険者稼業だしな」
「どうです? ひとつ稽古をつけてやってはもらえませんか。実践経験に敵う修練は、ありませんので」

 あんまり気乗りはしないんだけど、何だろう、さっきから見ていて、妙な違和感があるんだよなぁ。その違和感を確かめるつもりで、ジャケットを脱いでソフィアに預かってもらうと、修練場に歩み出た。

「全員注目! ここにおられるのは、バグナスの冒険者アルフォンス様だ。何とランクはS級、最高峰の武人だ! 今からお前達と、手合わせをしていただけるそうだ、これ程の栄誉は一生物だと思え!」

 うわぁ、えらく煽ってんじゃん。しかし、ランクの話が出ただけで、全員の目の色が変わったし、やっぱりS級の響きって凄いんだなぁ。

「よしっ、ケインズ! 貴様は剣術ではトップだったな、胸を貸してもらえ」
「ハッ!」

 歳は俺より五つは上だろうか、指名された兵士はショートソードの長さの木剣を腰に提げ、左手に練習用のバックラーを持って、駆け足でこちらにやって来た。

「アルフォンス様、得物はいかがいたしますか?」
「うーん、同じのでいい」

 最近は夜切ばかり使ってたから、バックラーは久し振りに持つ。刀の戦い方は、盾の事を考えないし、こういうポピュラーな戦い方自体が久し振りだ。……もちろん武器に呪いは掛けるけどね。

「それでは、お互いに礼ッ! ……構えッ!」

 バックラーを前に、抜剣直後の剣先を下に向けた状態、ケインズの構えはショートソードとバックラーで戦う上で基本的なものだ。一方、俺はバックラーを下へ突き出し気味に、剣先を上向きに開いて構え、視界を広く取った。

「─── 始めッ!」

 どんなもんか、様子を見ようと決め、相手の速攻を受けに回る。ケインズはバックラーでこちらの体勢を崩しながら、小回りの利くショートソードの教科書のような剣線を描く。八極流はあらゆる武芸に秀でた、言わば完成された形だと聞く。人体から繰り出す攻撃の筋を、八方向の流れに分け、その都度最も効果的な最小限の動きを取る。

(本当に教科書通りだな。いや、構えや崩しに、彼自身の多くの工夫がされているのは分かるが……)

 見ていた時と同じく、やはり違和感が拭えない。彼の練度の高さも分かるし、理に適った堅実な組み立てと、意表を突く崩しも問題は無い。

 ただ、簡単に次の手が

 いや、正しくは彼らの攻撃や動作は、完成されたものだ。しかし、特定の視点に立つと、最適な崩し方が簡単に思いつく。試しに彼の横薙よこなぎぎの中段を、剣先で根元から絡めて流すと、彼の体は簡単に流れて背中がガラ空きになった。背中に剣先を突きつけ、ピタリと止めると、ケインズの顔は驚きに呆然としていた。

「そ、それまで!」

 誓って彼が弱かった訳では無い。彼のセンスも練度もかなりなものである事は、最初の数合で分かり切っていた。何となくだが、違和感の正体が掴めそうな気がして、今度はロングソードを想定した模擬戦を頼んでみた。

「─── そ、それまで!」

 相手の剣を、しのぎで滑らせ、軽く踏み込むだけで投げに持ち込めた。相手は受身を取るも、俺の剣先を喉元に突きつけられ、試合は終了する。
 槍、メイス、戦斧……。その後もいくつか重ねて、俺は違和感の正体を掴み切った。

「そ、それ……まで……」

 魔術も力も使っていない。全ては簡単な技術でいなしただけの事だ。全員が終わる頃、誰もがその事実に気が付き、愕然としていた。

「済まない。今日はこの後は魔術修練と、野戦演習だったな?」
「は、ハッ! その予定で……あります」
「ここにいる者達も、連れて行っても?」
「ど、どうぞ! 構いません! 皆、移動する! 直ぐに……いや、このまま付いて来い! 整列ッ」

 ※ 

 白い魔術の反応光が走り、兵士の手の平から、燃え盛る火球が放たれた。直後、トーンと甲高い木の衝撃音を立て、ターゲットは炎に包まれる。魔術の練習場では、複数の魔術兵が次々に【火炎弾フラム・ブレッド】を打っては、木で作られた人型の的を焼き尽くしていた。

「…………どう思う?」

 しばらくその様子を眺め、隣に立つソフィアに耳打ちをすると、彼女は深く溜息をついた。

「どうしてわざわざあの術式を採用しているのか、全く分かりませんね」
「……だよなぁ」

 威力は申し分ない。詠唱時間の短縮にも、彼らの練度の高さが伺えるし、無駄な魔力消費も抑えられている。

「あ、アルフォンス様? 何か、何かお気付きの点がおありでしょうか?」

 バウル将軍は、模擬戦の途中辺りから、妙に俺への態度に怯えが入ってる気がする。もしかしたら、あの中に相当な手練れでもいたのかも知れないな。最初のケインズとか言う兵士は、相応な感じだったけど、何人か経験値の高そうなのもいたし。こっちが試されていたんだろうか。

「んー、この魔術は、実戦でも同じものが採用されているんだよな? 練習用だけに使ってるって事は?」
「い、いいえ。軍部に所属する魔術師団が、精査に精査を重ねてまとめた物だと……」
「…………ふぅん。いや、口で言うより、目で見た方が分かりやすいか」

 そう言って、俺はターゲットの立っている辺りまで歩いて行った。

「あ、アルフォンス様! 一体何を⁉︎ おい、お前ら撃ち方止めッ!」

 慌てて将軍が魔術兵を制止させたが、別に問題も無い。俺は手を挙げて皆に指示を出した。

「何でもいい、一番得意な魔術を全員で放て! 俺は動かないから外すなよー?」
「お、お止め下さいッ! 危険です、彼らは本物の魔術兵ですぞ⁉︎」
「いーから早く! 結果をちゃんと見ない事には、ここで何発ターゲット焼こうが同じだ。それともお前ら、木を焼くのが仕事なら、炭小屋にでも転職した方が良いんじゃねぇか? 魔力の無駄遣いは、思春期っぽくて、見てるこっちが恥ずかしいんだぞー!」

 戸惑い、騒めいていた魔術兵達が、しんと静まり返ってにらんでいる。魔力の高なりに、魔術訓練所の温度が、少し上がったような気がした。おうおう怒り狂ってるな、うん、思いっ切り啖呵たんか切ったしね。
 アーシェ婆の毒舌が、始めて役に立ったな。

「オラッ! 撃て! 責任は俺が持つっての! 真面目にやらねぇと、おーさまに言っちゃうぞ?」

 今度はバウル将軍にも向けて、いやらしく挑発。流石に彼も王を持ち出されると弱いらしい、サッと片手を上げ、魔術兵達に振り返る。

「─── クッ、指示、全力最大効果! 詠唱入れッ!」
「「「……ハッ‼︎」」」

 待つ事数秒から数十秒だろうか、おお、来た来た。てか、上級魔術の詠唱してる奴もいるな、時間差でこっちに届くか。詠唱の短い初級から中級の魔術が、まず先に発動される。炎、氷、雷、風、土、光、闇……。ありとあらゆる属性の魔術が、俺を目掛けて殺到してくる様は、なかなかに圧巻だ。中には干渉し合って、弾け飛んでる魔術も出ているが、まあほとんどが届くだろう。

─── 【解呪ディスプ

 魔術式のリセット、魔術をただ無効化するための魔術だが、対する魔術によって難易度は様々だし術式も違う。同じ攻撃魔術でも、詠唱の綴りは人それぞれで、対応する術式も違うはずだ。

  俺が発したのは、なんて事のない初級程度の【解呪ディスプ】だ。別に特別なものでも何でもない、ただ術式を少しいじって放っただけだ。それなのに……。

 ……フッ!

 視界を埋めていた魔術の嵐が、嘘のように消え、未だ詠唱していた者達の魔術までもが、完全にキャンセルされていた。

「「「………………‼︎⁉︎」」」
「なっ、なな、え? えぇ……⁉︎」

 予想通りと言うか、もう答えは彼らの術式に、描かれていたようなもんだけどな。

「悪い事は言わねぇよ。即刻、魔術師団の上層部、全員洗い出した方がいい。逃げられたら事だ、くれぐれも慎重にな。後、今ここにいる全員のも、一応調べさせてもらう……」
「ん? オニイチャ、仕事?」

 ティフォの触手がぬらりと伸びた。

 ※ ※ ※

 結論から言うと、魔術師団の上層部と、その統括部門に当たる魔術局は真っ黒けだった。

「こーいう事じゃねぇんだよなぁ……」

 今、俺達の前には、ありとあらゆる種類の腸詰が用意されている。

「んん? これおいひぃれすよ? もぐもぐ」
「ん、今ソフィの食べてるの、どれ?」
「はへぇ〜、肉を使わない腸詰なんてのもあるんだぁー♪」

 三人娘が頬張っているこれらは、ゲオルグ王が国中から集めさせた、腸詰の数々。あの後、軍部修練視察は急遽中止になり、魔術兵の記憶をティフォが調べ上げた。結果下々の魔術兵には何ら問題は無かったのだが、信頼のおける武官達による、徹底的な調査で魔術局に帝国の鼠がいる事が判明した。

 と言うか、鼠しか住んでいなかった。

 すぐさま拘束すれば騒ぎになるし、その報告も帝国に伝わる危険性があったため、調査から何から全て秘密裏に行われている。俺達はそのまま王宮にとんぼ返りして、今後の相談を受け、夜中まで会議。屋台の腸詰を食いそびれた事をボヤいたら、どこから聞いたのか翌日夕方の今、『王からです』と、ドカドカここに並べられた。

「こーいう事じゃねぇんだよなぁ。食ってのはさぁ、そのロケーションも大事なんだよ。屋台の熱気、雑踏、その国の空気……はぁ。パリッ、モリモリ」

「ふ……はははは! 大丈夫ですよアルフォンス様。調査は順調に進んでいますし、貴方のご指摘にあった軍事力の穴も、お聞きした点は全て調べがつきましたからね。もう少しで解放されますよ。ポリッ、モグモグ。あ、合間にこのキャベツの酢漬け食べてみて下さい。よく合うんですよこれが」

 クアラン子爵も、ナイフを使わずにフォークでぶっ刺して喰い千切る、貴族にあるまじき食べ方を楽しんでいた。彼はもう俺達の担当官のようになっていて、視察で俺達の気がついた事を、彼が指揮して人を動かしてくれている。

「魔術の穴はあれだ、わざわざ簡単にリセット出来る鍵付きの魔術を指定されてたんだろ? 覚えさせられてた方は、たまったもんじゃないな。あ、本当だ、サッパリして腸詰の脂がサーってなるなコレ」
「はい。使用認可の降りている全ての魔術に、同様の仕掛けがありました。元々得意な魔術とかぶっていた者は、わざわざ詠唱と術イメージを修正されていたそうです。ああ、そこの黒いのは『豚の血液腸詰』です。パティに豚の血が混ざってるんですよ、薄く切ってパンに乗せるのがおすすめです」

「何とも用意周到と言うか、まあ一番上を押さえられているからこその、徹底ぶりだな。八極流の教本については? おお、コクが凄いな! 血だって言われないと分からないくらい、臭みもないんだな」

 あんまり『豚の血液腸詰』が美味くて、思わずズダ袋からドワーフ仕込みの火酒を引っ張り出して、ちびちび舐めながら楽しむ事にした。

「アルフォンス様のお持ちになられた、古い指南書と重ねた所、色々と改変されている箇所が見つかっていますね。八極流以外の武術を収めた武官立会いの元、今も照合作業は続いていますが……。いや、驚きました。普通に国内で武芸大会まで行われている八極流が、特定の弱点をわざと作られていたとは……。あ、それにはさっきの酢漬けと、マッシュポテトを合わせて食べるのがシリル流です」

 八極流の指南書は、俺のズダ袋の中にあった。ダグ爺との武術修行時代に、何度か目を通した事があって、亜空間の書物ブースに放り込んであった。ただ、ダグ爺にもらった当時は、ボロボロで読めた代物じゃなかった。まだ製本技術の無かった時代の書物で、巻物の形を取っていて、元はカラッカラの羊皮紙で見るも無残なものだった。
 それもそのはず、三百年以上前の、戦士ランヴァルドの指南書のだ。相当に古い書物だが、セラ婆の神懸かった修復作業を受けたお陰で、今は綺麗な状態になっている。その指南書の内容と比べ、彼らの動きに違和感を持ったから、疑いの目で軍部を見る事が出来た。

「彼らの動きには、約束された動きが多過ぎる。魔術のない古代の戦場で、画一的な攻め方をするならそれでもいいかも知れないがな。それを見抜くコツを知っている者には、簡単に押さえられる、独特の流れも仕込まれてた。もちろん、悟られにくい微妙な部分で。おお、本当だ。マッシュポテトが入ると、より濃厚な旨味が引き立つ!」

 武器が肉体の延長線である以上、人体の動きや重心は、武器の振り方や構えに左右される。例えば、剣を振り下ろした時、その手を下に向かって引かれたらどうなるか。重心が低ければ問題ないが、高かったり前に偏っていれば、背負投げのように転ばされる。

 全ての構えや、武器の振り方に間違いがあれば、流石に誰かがおかしいと気がつくだろう。しかし、彼らの仕込まれていた戦闘技術には、要所要所にそういったアンバランスな流れに陥る危うさが隠されていた。修練を積み、体に染み付いた動作だからこそ、余計に無心でその危うい動きをしてしまうし、そう言う時が一番狙いやすいタイミングでもある。

 戦場では、個人技の精度は、特に必要とされない。まあ、ぶっちゃけてしまえば、数と兵器と戦略が物を言う。しかし、兵士個人個人の戦闘に、弱点があると把握されていたらどうか? 戦術の元となる、兵法にも同様に、巧妙な仕掛けがあったのなら? どう考えたって、把握している側の方が、圧倒的に有利だ。斥候や侵入者相手にも、遅れを取る可能性も、大いに考えられるしな。

「最終的な占領体制が解消して六十年余り、未だ我々の被支配は続いていたのですね……。中央の平穏に隠れて、自分達の弱体化に気がつかなかったとは、何とも苦々しい思いです。あー、それ、素朴な甘みと芋の身が、余計な脂とクセを和らげてるんですよ」 

 なるほどね、支配から抜けて、一から作り直していたつもりが、周辺国の状況と与えられた情報に鈍らされていたのか。必要の無いものは衰えるものだ。平和な時代が続けば、戦闘技術は進歩しても、それを確かめる術がない。ここ二百年余り、中央では大きな内乱ひとつ起こっていないと聞くし。

 俺の修行は十年やそこらだけど、ダグ爺達守護神の悠久の経験と、知識を詰め込まれていた。それに、数え切れない程に死ぬ経験をして、ある意味では普通の人間の生を、それだけ繰り返したのと同じ経験をした訳だ。
 あれ? 俺ひとり、この平和な時代に、何百年分もの戦争経験をさせられてたって事か? 自分でもよくもまあ、グレなかったものだと、しみじみ思ってしまった。いや、壊れはしたから、グレる暇なかったってだけだったりして。その血生臭い死生観があったからこそ、彼らの武器の扱いに疑問を持てたわけだし、魔術から術式を見破る知恵がついた訳だから、生きて行く力を授けてもらった事には感謝するしかない。

「魔術の方は、相手側も平和ボケしてると言うか、増長したんだろうな。リセットの仕掛けが一辺倒だから、ここには逆に罠を仕掛けられる。また詠唱が変わる事にはなるが、その程度の仕掛けなら、二、三の単語とイメージを変化させる程度でいけるだろう」
「─── そ、そんな事が出来るのですかッ⁉︎」
「ああ、リセットは相手の魔術に直接働き掛けて、魔力の変化を逆に進める魔術だ。つまり、リセットする側の魔力も術式も、その時に繋がってしまう。なら、そこに罠を仕掛けておけば、こちらの攻撃魔術を無効化しようとした瞬間、返討ちにする事も出来る」

 これは古代の、超絶レベルの魔術師同士の戦いに、よく使われた手だそうだ。ハイレベルな者同士の魔術戦は、術式の妨害の他に、乗っ取ったり暴発させる頭脳戦ともなる。安易な選択が命取りにもなる訳だから、相手に読み取れるような術式での魔術行使は、やり返してねってお願いしてるようなもんだ。古代にそこまで進んでいたのに、現代魔術がここまで退化しているのは、やはり帝国の政策が効いているのだろうか。
 現在、アケルの獣人族が復興させている魔術印だって、元々は広く一般化されていてもおかしくはない技法のひとつのはずだった。

「あ、アルフォンス様……! そ、その技術、是非とも我が国に、お与え頂きたく‼︎」
「ん〜? いーよ。ポリンッ、もきゅっもきゅっ……」
「そ、そこを何とか……! へっ? い、いいんですか⁉︎」
「もぐもぐ……ごきゅん。魔術式の書き換えだろ? あれだけ分かりやすく罠仕掛けられてんだから、こっちの術式を組み込むのはパズルより簡単だよ。それより問題は、武芸全般の穴埋めか」

 一度覚えた動きを変えさせるのは、かなり難しいし、仕込まれた部分も秀逸と言える程に絶妙な塩梅だ。今までの努力が無駄だったと知ったら、士気はどれだけ下がる事やら。それを気付かせないように、彼らに正しい道を示そうにも、最初の三年間くらいは、訓練で足腰立たなくなるまで仕込まれたであろうそのプライドが足を引っ張りそうだしな……。苦労して得たものほど、手放したくねぇもんなぁ。こればかりは、一朝一夕には事が運ばないし、何年も掛かるであろう事に、俺だって流石に関わる気はない。

「「…………ハァ〜」」

 クアランと俺の溜息が、物の見事に重なった。

「もぐもぐ……んぐ。肉の腸詰が合わないなら、魚のすり身でも、豆を潰したのでもいーんじゃない? 皮で包めば、食べるまで分かんないんだし」

 スタルジャはニコニコしながら、腸詰を突き刺したフォークを見せている。あれは確か、豆のペーストに野菜の漬物を和えた腸詰だったか。

「ん? どういう事だ?」
「流石に軍全体の戦い方を書き換えたら、こっちが疑ってるってバレちゃうでしょ? なら『飽きちゃった』って、新しい戦い方を付け足すか、使い方を変えちゃえばいーんじゃない?私たち、ランドエルフの精霊術の時みたいに。パチュン。もぐもぐ……」

「あー、いいじゃないですかソレ♪ 何なら兵器ごと新開発して、他国に黙って横流ししちゃえばいーんですよ。ほら、ムグラの方たちなんて、変わった鉱石情報たくさん持ってましたしね☆ シリルの鉱脈の回復には時間も掛かる事だし、金属関係を買ってあげたらウハウハムグラじゃないですか〜。ポキャッ。モックモック……」

「ん、そんならドワーフをしめーてはい、する? ベヒーモスたちにやらせたら、はやいよ? がじがじがじがじ」

 この三人娘の発言は、まるで腸詰頬張りながらする話じゃねぇな。だが、これ以上ない話だ!

「─── それか! それなら帝国への反意を悟られずに、カスみたいな今の戦術を捨てられる。その後に帝国がチャチャ入れにくい、他国との太いパイプも作れそうだ!」

 三人娘を褒め称えると、えへへへと照れながら、腸詰を食べ続けている。ん? 今スタルジャが食べてるの、肉の腸詰じゃないか? て言うかティフォの齧ってるそれは『お父さんのアキレス腱ジャーキー』じゃねえか⁉︎

「え、ちょ……え? えぇ⁉︎ ……パキュ。モッシモッシ……」
「子爵、驚いてる割に、美味そうに腸詰食うのな……。ゾブリ。モッチャモッチャ……」

 我に返ったクアランは『こうしちゃおられない』と声を上げて、立ち上がった。王の下へ急ごうとしたのだろう慌てた彼は、水と間違えて俺の火酒を一気飲みして、激しく咳き込んでいた。ガセ爺から貰った、ドワーフ仕込みの『発火上等!』な火酒なのに。コップ一杯でも結構やばいから、ちびちびやってたんだけどな、よりにもよってソレを煽るか。

 解毒の魔術を掛けてやるからと、止めるのも聞かずに、産まれたての子鹿のように膝をかくかくさせながら、彼が扉に近づいた時だった。突如、猛烈な勢いで扉が開いた。

 バァンッ! …………ぐああっ!

「話は聞かせて貰ったッ! クアラン、即刻バウル将軍を呼び……クアラン、そこでなにを寝ておる……クアラン? ク、クアラァーン!」

 妖精族は地獄耳。なるほど、この腸詰攻めの企画も、こうして王の耳に入っていたのか。えらい勢いで走って来たらしく、肩で息をしながら、自ら扉で吹き飛ばした家臣を揺さぶり起こそうとしている。

「…………うぅ、へ、へいか……お話しせねばならない……事が」
「おお、知っとる。知っとるがなんじゃ! 全部話すまで頑張れ、気をしっかり持つんじゃクアラン!」
「…………グゴォォ〜」

 真っ赤な顔で、高イビキをかき始めた泥酔クアランを端に引きずり寄せて、王は威厳ある表情でキリッと宣う。

「─── どれ、ワシが話を聞こう」
「……まずは人として、盗み聞きを恥じる所から始めようか?」

 一国の王に説教してても仕方がない。さっきまで話していた内容を、かいつまんで話し、今すぐ出来る事を明確にした。

・ 軍部でも、信頼できる一握りの者達だけで、戦術と兵器の刷新さっしんを図る
・そのために、他国から当面の鉄鉱石の確保と、ドワーフ族の捜索

 マナが回復した今、シリルの妖精族ハーフの王族は、心配になるくらい精力的だった。そしてその夜、シリル国王家直属の騎士団と、ベヒーモス率いる魔獣軍団が、野に放たれた。長い事、平和に隠れ棲んでいたドワーフの皆様方の心情を鑑みるに、非常に気の毒な状況となったのは言うまでもない。

 後にシリルで『腸詰を突っ込めば妙案が出る』という、窮地きゅうちには腹を満たせ的なことわざが生まれるが、それはまた別の話だ

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