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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第六章 メルキアのヴァンパイア

第六話 鬼族の強者

 結局どれだけの亀を片付けただろうか? 一本の石柱の上から飛んで来たものを倒せば、すぐ隣の亀が移動して来て回転を始め、甲羅のギザギザと手足を器用に使って飛び掛かって来る。石柱の林に飛び込んだ時は一瞬だったと言うのに、後退戦をしながらだと戻るのは、えらく長く感じてしまった。

「はぁ〜、石柱を壊さないようにってのは気持ちがくたびれるもんだ」
「地質学的に重要なものですからね、亀が回るだけでも傷ついて行くでしょうから、あまり近づかない方が賢明でしょうね」
「ハァ⁉︎ アンタはあんな石くれ、守りながら戦ってたってのか!」

 亀地帯を抜けて一息ついた時、俺とソフィアの会話に、オズノとか言う鬼族の男が食いついて来た。レジェレヴィアに暮らす優雅なヴァンパイアの外見に目が慣れたせいか、鬼族の無骨な姿は聞いていたよりも、なんだか一際ゴツく見える。俺のふた回り、いや三回り位はあるだろうか、もう体がデカイ。

 前腕なんかは鍛えられて太くなったと言うより、生まれ持った怪力に耐えるように、元から強靭な太さに出来てるって感じだ。んで、頭には角が、口の端からは下あごから伸びた太い牙が突き出している。マールダーでは非常に少ない種族で、確か密林国アケル北部に、小さな集落があったと聞いていた。しかし、アンデッド騒動で移動したのか、見かける事はなかった。

「まあ、そうなるな。あの石柱には、お偉い学者さんにとっては、遥か昔を知るためのヒントがあるって言うしな」
「かぁ〜っ、人間族ってぇのは、よく分かんねえ事を糞真面目にお勉強してるとは思ってたが、あんなモンが大事だとはなぁ。わっかんねぇわ、やっぱ」

 そう言って豪快に笑うオズノにつられてか、他の鬼族の男達も笑い出した。見てくれが厳ついもんだから、ちょっと構えはしたが、笑うと結構可愛い。髑髏どくろの兜を外して自己紹介すると、男達は目を丸くして驚いていた。

「まじか、オメェも人間だったのかよ⁉︎ あの亀どもを途中から、素手でぶん投げてたよな⁉︎」
「あー、刃こぼれが嫌だったからな。途中から素手でいったわ。目が慣れたら案外なんとかなるもんだ」
「なんとかって、あの亀一匹にオレたちゃ三人掛りでやっとこさっとこだってぇのに。てっきり、そこらのお嬢ちゃん達が召喚した、魔神かなんかだと思ってたんだぜ⁉︎」

 この爽やか人間の俺をつらまえて、魔神呼ばわりたぁいい度胸じゃねぇか。とまでは言わないが、正直少しショックだ。

「……まあ俺の事はいいよ。そちらさん方は鬼族だろ? 確かアケルにも少し鬼族が住んでたって聞いたが、繋がりとかあるのか?」
「おお? オメェら南部から来たのか! 密林国に行ってた奴らは、更に南に移動したらしいがな。二人だけこっちに戻って来てるぜ。マールダーに別れてった鬼族の発祥は、みぃんなこの平原出身者よ!」

 どうやら彼らが鬼族の御本家らしい、そしてアケル北部の生き残りが戻って来たと聞けば、そちらの話も聞いてみたくなる。
 食材を無駄にするのは良くないとスタルジャに言われて、何故だか集める事になった亀の山をズダ袋に詰め、お土産代わりに彼らの集落を訪ねる事になった。いや、最初から食材にしようなんて、俺は全く考えてなかったんだけどなぁ。

 ※ ※ ※

「か、かか、怪長・・……ッ⁉︎」
「会長? ああ、アケルに居たんだもんな。獣人族から聞いてたのか」

 鬼族の集落に到着してすぐ、アケル北部にいたと言う男が外出から戻り、オズノに紹介された。アケル北部の危機を、息子とふたり切り抜けて、ここに帰って来た出戻りの鬼族。そのドウギと言う男が、俺を見るなり怯えた表情で畏まり、腰が引けてるようにも見えた。

 アケルから避難した時の様子や、アケル鬼族のその後の話を聞く内に、えらい誤解があった事が分かった。

「ええ⁉︎ 俺が怪物の総大将だと思ってたって?」
「あいや、すまぬ! 一緒にいた獣人族の者達が『かいちょう』と騒いでいたのでな。それにあの時、貴方様は魔物を操り、強力な結界をいとも容易く作り上げておられた。……失礼ながら、人間の所業とは到底思えぬものだ」

 アケル中央部州から、北部州を『不死の夜王パルスル』から奪還に向かった進軍を、彼らは岩山の上から見ていたらしい。いや、確かに魔物を引き連れてはいたし、大規模結界も張ったけど、俺のような爽やか人間をつらまえて『怪物の長、略して怪長かいちょう』とは何事かと。
 隣で聞いていたオズノは、最初俺に対して低頭なドウギを笑っていたが、進軍のくだりを聞いて目を白黒させていた。

「改めて礼を言わせてもらいたい貴方様があの時おられたお陰で、私と息子の命は助かった。心より感謝する」
「礼を言われる事もないさ。こっちは魔族を殴りに行くついでだったからな。息子さんも無事だったのならよかったよ、救いがあったと言うなら、その話だけで嬉しく思う」

 ドウギの角は片方が根元から無くなっている。どうにも他の鬼族と比べて、シュッとした顔の印象だったが、その時にようやく気がついた。彼には下あごから伸びるはずの牙がない。そのせいか口元の印象が弱く、腰の低さも手伝って線の細い弱々しさを感じる。
 そのドウギの顔に、俺が『』と言った辺りで影が射した。

「息子さん、怪我でもしたのか?」

 そう言うとドウギはハッとして、苦い顔をしながら顔を横に向け、消え入るような声で呟いた。

「……以前から病を患っていてな。もう長くはないかも知れぬのだ」
「俺で良ければ診てやるが」

「医術の心得がお有りか! いや、アケルの医師でもどうにもならなかったのだ、今更どうにもなるまい。それに─── 」
「診る者が変われば見立ても変わるもんさ。それに病の知識も薬の知識も、地域によってまちまちだ。物は試し、診てみよう」

 ドウギが何かを渋っているようにも見えたが、まずは息子さんの診察をしてみる事が先だ。ドウギよりも先に、オズノがあごで『ついて来い』と、歩き出した。

 ※ 

「─── 白面咳はくめんぜきだろう」

 ドウギの息子ニギラを一通り診て出た答えだ。命に関わる病なだけに、その場を外し、家の外でオズノに伝えた。その答えにオズノは深く目を閉じて、苦しげに息を漏らした。

「アケルの医者もそう言っていた。そして薬はないとも」
「……そうだろうな」
「アレの母親も同じだったのだ」

 白面咳は罹った当初はそれ程劇的な症状が出る事もなく、何年もかけて進行する病だ。他人に感染る事も少なく、あまり騒がれていない病だが、死亡率は極々高い。

「初めは風邪が長引いているのだと思った。少しの熱が続いて、乾いた咳がしつこくてな。それが何ヶ月も経っておかしいと思った時には、痰に血が混じるようになった」

 それはやがて頻度が増え、喀血するようになり、段々とやせ細って行く。まさに白面咳の初期症状そのままだ。

「息子の顔、嫌に白かったろう。妻もそうであった。肌が透けて見えるような、儚い白さになって来て、激しく血を吐くようになった。それがある時、急に元気な日が来て、治ったと思ったのだ……」

 これも白面咳によくある話だ、肌が白く透明感が出るのは、貧血のせいだと言われている。肺が病魔に侵され、最初はわずかな出血、やがて多量の喀血が続き、何故かある時に体が軽く感じられる日がやって来る。

「あの日、寝た切りだった妻が起きて来て、散歩をしようと言った。嬉しくてな、妻はいつもより良く笑っていたよ。……だが本人は分かっておったのだろうな、途中立ち止まって『ごめんね、あの子をお願いします』とな。笑って……そう……言ったのだ」

 ドウギは言葉を濁して背を向けた。力を持つ種族にはよくあるが、男は涙を見せるものではないと、硬くそう信じる者が多い。彼は涙は見せずとも、その背中が泣いていた。
 ドウギの妻はその日の夜に還らぬ人となったそうだ。それを語り、彼は黙り込んでしまった。

「な、なぁ。会長さんよぉ。アンタ、こいつの息子を、ニギラをよ、治してやっちゃくれねぇかなぁ。オレはよ、こいつとはガキの頃からの付き合いでよ、この通り小難しい事ばっか考えてる頭でっかちだから正直いけ好かねえやつなんだけどよぉ」

 オズノが顔を背け、肩を震わせながら、たどたどしく言葉を紡ぐ。

「昔っから喧嘩ばっかしてたりしてよぉ。だけどな、だけどよぉ。頼むよ、助けてやっちゃあくれねぇかなぁ」
「オズノ、お前……。馬鹿を言うな、アレは命に関わる不治の病だ。治せる者など、癒しの神以外にはおらぬ。無理な事は口に……」
「見てくれよ、こいつの角を、牙をよ‼︎ オレ達鬼族にとって、命みてぇなモンなんだ! こいつはカミさん亡くした後、ニギラまで同じ病気になったって分かった途端に、この集落を抜けてヴァンパイアの医者んとこに駆け込んだんだ! そのために角も牙も捨てたんだぜ⁉︎ こいつは、鬼族のドウギはよ、族長になるはずの男だったんだ!」
「馬鹿者ッ! もうよせ、会長殿に迷惑であろう」
「うるせぇ! お前は昔っからそうなんだ!良い子ちゃんぶるのも良い加減に─── 」

 オズノがドウギに掴みかかるのを制し、ドウギに訊ねる。

「何故、それで角を失う。ヴァンパイアに追い返されでもしたのか?」
「いや、違う。違うのだ会長殿、ヴァンパイアの医者達はしっかりと息子の事を診察してくれた。だが、彼らの技術にも、この病気を治せる者はなかったのだ。良い医者の噂を聞き、密林国まで足を伸ばしもしたが……。この角と牙は─── 」

 その続きを聞いた時、俺はすぐにこの集落の長の元へと駆け出していた。

 ※ 

 オレは頭がよく回る方じゃねぇから、昔っから他の奴がなんでそうしてるのか、分からねえ時があるんだ。
 この時も同じさ、オレ達鬼族ってぇのは、力がモノを言う戦闘種族だ。だから死ぬ時は死ぬ、闘いで死ねねぇ奴は、鬼神様に嫌われた軟弱者。ましてや、病気ひとつで死ぬってぇのは女子供のする事で、薬だ医者だなんてモンに頼るのは、武士じゃねぇってのが関の山だ。

 ドウギの奴は息子も同じ病気だと分かった途端に、なんもかんも捨てて、吸血鬼どもにすがった。ダメだとわかりゃぁ、今度は密林国の医者の所に息子を連れてくんだって。族長候補だったドウギがそんな事すりゃあ、長老会の面々が黙ってねぇのは、誰だって分かるはずだったんだ。

『どんな罰でも受ける、私が追放されても構わない。だから、息子を助ける事を、治った時に息子をもう一度受け入れる事を許してくれ』

 そん時に取られたのが角だ。牙を取られたのは、この間、夢破れて帰って来た時だ。

『せめて息子を、この故郷の地で眠らせてやりたい』

 オレだって長老達の答えには疑問だったよ、でも、アイツは最後の鬼の魂である牙を捨ててもこの里に入れてもらえるように頭擦り付けて頼んだんだ。
 ……その話をあの男にしたら、このザマだ。

 ※ 

 ズドガァァァンッ!

 長老会の集まる屋敷の扉が、鳥の羽根みてぇに空を飛んでった。

「チッ! 引戸だったのかよ、無駄に壊しちまった。オイ! アンタらがこの集落の頭だって聞いたんだが?」
「……なんじゃ貴様は、人間が何しにやって来た?さっきから外が喧しいと思っておったら、客人がなんの用─── 」
「ああ? 武闘派の鬼族が聞いて呆れるぜ。頭のダベってる所にカチコミ掛けるって言ったら決まってんだろ?  俺がこの里をべてやる」

 人間ってはよく分からねえ種族だとは思ってはいたが、こん時ばかりは変な声が出たもんだ。オレらと比べて寿命が短いってのもあんのかねぇ、あっちゅう間に果たし合いの申し入れして表に出て行っちまった。
 いや、本当に度肝抜かれたのはその後だ。

「……んだよ、もうお寝んねか。デケェ図体してっからもう少し粘ると思ったんだけどな。これなら力も技も、んで、知能も龍人族の劣化版だな」

 とんでもねぇ挑発の言葉、龍人族に比べられちまったら、いつものオレらなら、オレだったら殴り掛かってたはずだ。でも誰も動けやしなかった。

「お、オリバが……」

 族長の間抜けな声が、まだ砂埃の舞う広場にポツリと響いた。当たり前だ、どんな魔術か知らねぇが、オレら鬼族で言えばちんまいガキに、里の強者がほんの瞬きより速くぶっ倒されたんだ。

「これで終わりか? 鬼族ってのは、遥か西の最果て『修羅の國』から出張った、伝説の種族だって聞いてたんだがな。がっかりだ。じゃあ、俺がこの里の首長って事で─── 」
「待て」

 いや本当に分からねえ、ドウギの奴が神気をみなぎらせて立ち上がってやがる。

「へぇ〜、聞いた事はありましたが、鬼族が神族に近いって言うのは本当だったんですね。神気を放つ種族は、神獣以外に初めて見ましたよ♪」

 こいつは会長の連れだったか、ソフ? ソヘ……まあいいや。ガラス細工みてぇな女だが……神気が分かるのか? それよりこいつは何で、神気を浴びてニコニコ笑ってられるってんだ? 人間ってぇのはますます分からねえ種族だ。

「会長殿、貴方の考えはよく分からぬが、力ある者を求めておられるのなら、このドウギがお相手仕ろう」

 まぁた小難しい言い方しやがって! でも大体分かった、ふざけんじゃねぇ、オレだってガキの頃とは違う! ドウギの野郎に、花道を譲る気なんかねぇんだ!

「おらッ! テメェは息子の看病でもしてやがれ! 待たせたな会長さんよ、この里一番の戦士はオレ様よ!」
「ほざけオズノ、貴様は牛の世話でもしているがいい。一度だって貴様は、この私に敵った事があったか?」
「くぁ〜っ! その言い方よ! 七面倒くせぇ、戦うのは戦士でいいんだ、このスカタン!テメェが南部に行ってる間、オレはそれこそ鬼のような特訓をだな」

 言い終わる直前に、オレはその時、自分が死んだと思った……。とんでもねえ殺気が、オレの背中から、ドウギの奴の腹まで突き抜けて行ったように思えた。その発生源は言うまでもねぇ、会長ってちんまい人間からだ。

「…………わちゃわちゃ五月蝿うるせぇんだよ。どっちがどうとか、どうでも良い。お前らがこの里のトップだって言うなら、まとめて掛かって来いよ鬼族」

 オレは頭が回る方じゃねぇから、何でこうなったのかは分からねえ。ほらよ、男ってのは引くに引けねぇ時ってのがあるだろ? こん時ぁ、引けなかったね。なんたってよぉ、会長さんの言葉が悪ィや。

「なんなら、俺の方は魔術も防御も、さばきも無しだ。避けもしねえ。 倒れるまで殴り合おうぜ鬼族」

 ……さて。空がこんなに青くて、遠く澄んでるなんて知らなかったよなぁ。いつもは五月蝿うるせぇだけの雲雀ひばりの声が、こん時ばかりは心地よかった。ああ、それはもう一瞬の内に、オレ達ふたりはすっかり仲良くお寝んねしてたぜ!

「以上だな」

 あの小せぇ体から、何であんな低い声がでるのかな。いや、恐ろしく聞こえただけか。もう見るのも怖くて、地面を歩くありを数え始めた頃、会長の声がまた響いた。

「鬼族の長たちよ! お前達の言う強者とはなんだ!」

 なっげぇ沈黙の後、振り絞るような声で、族長が答えてた。

「……死を恐れぬ者、諦めぬ者、守るべきものを守り切る者が強者よ」

 耳タコだぁ、オレ達の理想の志ってやつだ。
 だが、オレはこの時聞いた会長さんの言葉は一生忘れねぇ。いや、忘れちゃならねぇよ、戦士ならな。

「ならば問う、お前らはドウギの姿を、しかと見たのか!」
「ドウギ……あのはぐれ者が、なにを─── 」
「種族の誇り、生まれの誇り。それらを捨て、角を捨て、牙を捨て。かの者の指先は、愛する息子の命を紡ぐために、毎朝摘んだヒシゲドクアザミの葉のとげでボロボロだ!あのアザミの毒は、一度刺されれば一昼夜、切り刻まれる痛みを伴う。あれは病を治す薬なんかじゃねぇ、苦しみを和らげるだけの、気休めだ!本人もそんな事は知ってただろうよ、なのにそれでも息子の穏やかな最期を守り切ろうとしたんだ!」

 知らなかった。毎日毎日、朝早くから薬草を摘みに行ってるとは聞いてたが、ドウギの野郎がそんなに……。ドウギは指先を隠し、唇を噛み締めながらそっぽを向いた。

「摘む者は火に焼かれる痛みを伴い、手袋も何も貫く棘の痛みは骨まで届く。なぁ聞くぜ? 全てを捨ててでも、これを続ける者は闘ってない奴だって、アンタら言えるのか? 闘いってのは力だけじゃねぇんだ、魂懸けて生きてる奴が臆病者だって言うなら、アンタらの『強さ』はただの力比べじゃねぇかッ!」

 ドウギは背中を向けて、ただ天を仰いでた。長老達は額を押さえて、泣くのを誤魔化してた。

「掛かって来いよ鬼族! 変化を持ち込む俺が怖いか? 俺に勝てなきゃ、無理矢理にでもお前らを変えてやる! 俺に勝ってみろ、出来ねえってんなら、今までを変える覚悟は済んだか!」

 長老の一人がひざまずくと、後から続いて全員が平伏した。オレは夢を見てるのかと、何度も頰をつねったが、夢なんかじゃあなかった。会長さんは、それを見下した後、腕を組んでこう言ったのさ。

「これでこの里の長は俺だな。なら新しい決まり事を、ひとつだけ言っておく。。生より重い修練など無いんだ、生きろ!」

 やっと分かったんだよ、会長さんがやりたかった事をな。オレは頭が回らねぇから、上手くは言えねえんだが、本当の武勇ってヤツをこの人は言ってたんだ。
 難しい事は分からねえオレだけどな、オレは決めたんだ、この時に。会長さんの教えには、オレの一生を捧げてやろうってさ。

 

 ※ ※ ※

「わ、私は薬は飲みません! そんな軟弱な事をすれば……」
「だぁれが、それを軟弱だって言えるんだよ。もうこの里の長は俺だ、黙って従え鬼族」

「お、 長ッ⁉︎ か、怪長め……! この里をどうするつもり……ゴホッ! ゲホゲハッ」

 喀血かっけつの量はそれ程多くは無い。今日明日って事は無いが、急ぐに越した事は無いだろう。

「ニギラよ、もう良いのだ。このお方は怪物の長などではない、力も知恵も、心までも遥かな高みにおられる戦士なのだ。果たし合いの上で、今やこの里の族長となられた。そのお方が言うのだ『生きて闘え』と」

「ち、父上が、敗れたのですか⁉︎」
「……うむ。私もオズノも、オルバも敗れた。勝負になどならぬ、私などこの方には、平原のススキ程の足止めにもならなかった」
「そんな……ウッ、ゲホゲホッ」
「そう言うこった。今は俺がルールだ、命を粗末にする奴は? 悔しかったらな、生きて俺に挑め、いつでも相手してやっから。取り敢えずはこの薬を飲め。気道……あー、喉の奥を広げて、咳を止める薬だ」

 まず体力が必要だ。この粉薬には咳を止める代わりに、筋肉の緊張をほぐして、眠くする副作用がある。今は深い睡眠で、スタミナを温存させるのが一番だ。ニギラは納得がいってない様子ではあったが、父親に勧められるまま薬を飲み、大人しく横になった。

「あー、オズノ。この里では、魔石灯は使ってるか?」
「おお、ありますぜ。灯りが必要なら、一番デケェのを持って来ますぜ?」
「いや、そうじゃない。使い切ってうんともすんとも言わない、空っぽの魔石が要るんだ」
「へぇ? そりゃあ里の裏手にいきゃぁ、いくらでも放ったらかしに捨てられてっけど。何だってそんなもんが必要なんで?」
「薬を作るんだ」

 魔石は普通に使うと消滅してしまうが、魔石灯に使われた魔石は、ゆっくりと魔力を消費するせいか、燻んだ色の石くれになる。本来は利用価値のないゴミとして、処理が面倒がられて、打ち捨てられるような物だ。ずっと残る物でもなく、少しずつ減って、いつの間にか消えていたりする。
 オズノもそんなゴミを薬にすると聞いて、いぶかしげな顔をしていた。

「まあ、持って来いってぇなら、いくらでも持ってきやすがね……。って、そんな事より、って言いやしたか⁉︎」
「か、会長殿! この病に薬は無いと。アケルの医師もヴァンパイアの研究者も、確かにそう言って……。貴方も頷いておられたではないですか!」

 そう、白面咳に有効な薬なんて、今は何処にもないだろう。だが、俺は医と癒しの神セラフィナから手解きを受けたんだ、薬は無くてもこの病の治療法は知ってる。

「正しくは薬でもないんだがな、治せない・・・・とは、俺は一言も言ってねぇよ」

 途端にオズノは、火がついたように駆け出して、空っぽの魔石を取りに出て行った。ドウギは呆然と立ち尽くしていたが、ひざまずいて何度も何度も礼を言った後、ニギラを抱き起こして大声で泣いていた。泣き顔を見せないのが流儀だとは言っても、ここで男泣きに泣くのは、鬼神様だって目をつぶるだろう。
 俺は空き部屋をひとつ借りて、ニギラを救うための準備を始めた。

 ※ 

 ゴリッ、ゴリゴリゴリ……

 魔石灯の灯りの下、薬研やげんの音が、石造の部屋に木霊する。先ほどまでオズノとスタルジャが見学していたが、今は特に手伝ってもらう事もないので、先に休んでもらった。途中、ニギラの様子を見に行くと、ドウギがニギラの近くで居眠りしていて、ニギラの方は目が覚めたのか話し掛けて来た。

「あの、先程は申し訳ありませんでした。貴方を疑うような事を……。父上から聞きました。私はとんでもない誤解をしていたようです」

 人間で言えば十六やそこらの年齢らしいが、父親に似てしっかりした印象だ。俺はただ微笑んで返し、彼の熱や脈拍を測った。

「父上が私のせいで、里の者達に軟弱者と言われるのは辛かった……。それで薬を飲むのを拒むと、父上はかゆに薬を混ぜたりして、黙って飲ませてくれていました。私が気がついていないと、父上は思っていたのでしょうね、あの苦味と匂いはバレバレなのに、ふふふ。でも、そこまでしてくれる父上の気持ちを思うと、何も言えなかったんです」
「いい親父さんじゃないか。発病から三年、これだけ進行を抑えられてるのは、親父さんの努力と君の強い心だろう。よく頑張ったな」
「……ありがとう……ございます。母上が逝ってしまってから、父上は酷く落ち込んでいましたから、支えたかったんですけど……。こうなってしまったからには、少しでも永く生きて顔を見せたくて。でも私が薬を飲む事で、父上が酷い扱いを受けるのも、辛くて……」
「それだけ想い合ってたのなら、それは悪い事じゃあないさ。近過ぎれば、素直になりにくい事だってある」
「ふふふ、本当ですね。そうかぁ、近過ぎたのかぁ」

 そう言って目を細めて笑うニギラを寝かせ、布団を掛けてやると、ニギラは俺の手を掴んだ。

「よろしく……お願いします」
「任せておけ、長老会であれだけ啖呵たんか切っちまったんだ、必ず治してやる」

 ※

 ゴリ……ゴリゴリ……

 取っ手を持つ手には、ニギラの手の温かさが、今も残っている。あの温かさは、いつか父親の背中に添えられるよう、何としても守ってやりたい。
 魔石のガラを、出来る限り細かく均一になるように砕きながら、この後の治療の手順が書かれた手帳とにらめっこしていた。

 すう……

 ふと、頰を夜の冷たい風が撫でた。見れば鎧戸が少し空き、隙間から月が覗いて見えていた。

 あれ? 粉が飛ばないように、しっかり締めてたはずなんだけどな。そう思って小首を傾げながら、鎧戸を締めに行こうと立ち上がった時、心臓がどきりと高鳴った。

「─── へぇ……こんながあるなんて」

 いつの間にか、俺の隣にそれが立って、手帳をしげしげと覗き込んでいた。

「き、君は一体……いつの間に?」
「うわっ! これ凄い凄い! そんな治療法、考えつきもしなかったのです! ふわぁ〜♪」

 栗色のお下げ髪に、瞳の色すら判別のつかない程の分厚いレンズの眼鏡。鼠色の粗末なローブを腰紐で押さえただけの、見すぼらしい出で立ちの少女が、そばかすの浮いた頰を上気させてピョンピョンはしゃいでいた。
 跳ねる度に、さっきまで腕に押し付けられていた、細身にそぐわぬ大きな胸の膨らみがバインバインと上下している。……これは難儀な感じだ、色んな意味で。

「あのあのぉ、この『悪精』って何のことです?」
「あ、ああ。『悪精』ってのは、目には見えない程に小さな存在。それが至る所に普段からいるが、体内に入って悪さをするものがある。それが『悪精』だ」
「つまり、この悪精って言うのが、細胞内に入って、病気になってるってことです?」
「ああ」
「具体的にどんなことが起きるですか?」
「まちまちだ。細胞を乗っ取るのもいれば、細胞を破壊するのもいる。時にはそれを倒そうとする、人の体そのものが勢い余って、自身を破壊する事もある」
「……なるほど、それが炎症、壊死。うーん、もしかして発熱とか咳、くしゃみなんかも関係してたりするですかねぇ?」

 この鋭さ、ただの娘じゃないな。悪精の存在を知って、いきなりこの視野の広い発想は、少なくとも病理の知識がある。

「まだ詳しくは解っていないが、発熱、くしゃみ、咳、下痢、鼻水なんかは、悪精を追い出す人体そのものの反応だと俺の師は言ってたよ」
「くしゃみ……鼻水……追い出された悪精。あっ、だから風邪が人に感染るですね⁉︎」
「おそらくそう言う事だろう。ところで君はさっきから、えらく質問の内容が鋭いけど、医師か何かか?」
「じゃあファンブル黄眼熱も?」
「……そりゃあまた、ずいぶんと古い症例だな」

 『ファンブル黄眼熱』は今から二百年程前に、今は亡き中央の国リミリアを中心に猛威を振るった疫病だ。高熱、咳、下痢、嘔吐。それらが数日かけて激化し、発病後二週間以内には六割、一月以内に九割が死に至る。発病初期から、眼球が黄変するのが特徴だ。

  唐突に広まり三百万人の命を奪い、唐突に終焉を迎えた、聖魔大戦以後最大級の疫病だったという。リミリアの宮廷医師だったファンブルは、その猛威に立ち向かい、自らも罹患して命を失った事からそう呼ばれるようになった古い病だ。

「リミリアの周辺国で、黄眼熱が流行らなかった国が、二つだけある。その二つに共通するのは、下水道と食品、残飯処理の管理体制だよ。特にその内のひとつ、クーデル王国は、鼠駆除に力をいれていた」
「……⁉︎ つまり、鼠が悪精を運んでいたってことです? でも、それだと発症は説明出来ても、終息の説明には……」
「それも推測でしかないが、おそらく『悪精の進化』だろうって話だ。猛威を振るっていた悪精が、何らかの変化を遂げて、人に害を及ぼす存在ではなくなった可能性がある。もうひとつの仮説だと、気候の変化、季節の変わり目で環境が変わったせいだとも言われているな」

 ゴォンッ!

 よろめいた彼女は、派手に尻餅をついて机に頭をぶつけ、顔を真っ赤にして照れている。

「お、おい、大丈夫か?」
「イタタタ、てへへ。あんまり驚いたんで、コケちゃいましたです。頭使い過ぎると、体の操縦が、あやふやになっちゃうんですよぅ」

 ちょっとガッツリ、パンツが見えているが、俺は負けない。しかし、変な娘だ。隙だらけと言えば、隙だらけなんだが、妙な鋭さを感じさせる。見た目は十九か二十歳か、そんな感じにも見えるが、幼さと大人っぽさが混在していて、実年齢が全く読めない。

「─── よし、決めたのです!」

 さっきまで尻餅をついたまま座っていたのに、パンツから目を背けた一瞬で、顔が付くぐらい近くに立っていた。

「うおっ⁉︎ ……な、何が?」
「今すぐ結婚するです! 人の身でこれだけの知識を持つなら、永遠の命を持てばより……! ふひ、ふひひひ♪」
「ふぇっ⁉︎ け、結婚⁉︎ オメェなにいってっだ⁉︎」

 面食らっていたとは言え、次の瞬間にはまたも姿を見失い、俺の背後に立っていた。気を抜いていたのは確かだが、彼女の気配に気がつけなかったのは、もうこれで何度目だ? 大体、いつの間に部屋に入っていたのかすら、分からなかった。

「ま、待ってくれ! 君は一体何者なんだ」

 振り返ったが、そこにも彼女の姿はなく、更に背後を取られた。

「ムフフフ。私ともあろう事が、自己紹介もまだでしたです〜♪ 研究に関わる事だと、どーしても抜けちゃうですよ。 遅れましたです、私はローゼン」
「ローゼン? この平原と同じ名前……?」
「はい♪ 元々はこの平原は違う名前だったですけどね、人は私の名前で呼ぶですよ」

 ん? もしかして、この子がフロレンスおぢさんの言ってたあれか。

「もしかして、ヴァンパイアなのか? フロレンス卿から聞いていたが、ヴァンパイアの祖先の?」
「あらら? ツェペアトロフのと、お知り合いでしたか♪ はい、私が始まりのヴァンパイア、ブラド神族のプロトタイプ。ローゼン・ブラドバルク・シュルクト・エンネですよ〜☆」

 ニカっと笑う口には、二本の鋭い牙が確かに存在していた。口元をそのまま妖艶に吊り上げ、像をブラしながら音もなく歩み寄り、白く細い冷たい手で俺の頰を包んだ。

「プロト……タイプ……?」
「うふふふ♪ 神の創りし試作品、無調整の存在で─── 」

 ドガァァァンッ!

「オニイチャ! 敵襲かッ⁉︎」
「アルくん!」
「アル大丈夫ッ⁉︎」

 三人娘が飛び込んで来た時、俺はローゼンに抱擁され、彼女達にヘルプの視線を送るしか出来なかった。

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