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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第六章 メルキアのヴァンパイア

第十二話 聖剣

 石柱群にぶつかる風が、ひゅうひゅうと絶え間無く、いくつも折り重なって響き渡る。広大な平原に、地の底から湧き上がるようなその音は、時に悲運の女の泣き声と絡めて語られる物悲しさがあった。
 石柱の白ぼけた大地の一角は、ドス黒い赤色に染め上げられ、早くもおこぼれに預かろうと鳥の群れが集まりだしている。

 その赤色の絨毯の上に、荘厳な白銀の鎧姿の戦乙女がひとり。向き合うは、いばらの冠をいただいた漆黒の髑髏どくろの男。互いに反発し合う色の対比は、宗教絵画の如く、現実から切り離された世界にも見えた。

 ※ 

「何故、貴様がここに……。貴様はシリルにいると聞いていたぞ‼︎」
「よぉ、久し振りだな極光聖騎士さん。アケルの知事暗殺失敗の罰は、もういいのか?」
「クッ! 貴様のせいだ、貴様のせいで私は減俸三ヶ月、あの鞄を買い逃して……。黙れッ! そんな事はどうでもいいッ! 私は貴様を探していたのだ‼︎」

 がしゃりと甲冑を鳴らして、女騎士が俺を指差す。そうか、欲しい鞄を逃したのか、気の毒に。

「俺を? 何故だ。いや、その前にお前、俺がシリルにいると聞いて探してたんなら、何でメルキアに来てんだよ。帝国からシリルなら一本道だろ、ここは大分外れた場所だぞ?」
「うっ……ち、地図が悪いのだ、道を示すのならもっと分かりやすく……ハッ⁉︎ うるさい! さっきから嫌な事ばかり言いおって、だから貴様は信用できんのだ!」

 あー、迷子だったのね。それで俺と鉢合わせるとか、ある意味で恐ろしい程の強運の持ち主なのかもな。ローゼンが小さく『数秒で知能指数が露呈するとは、かなりなものなのです』と呟くのが聞こえて、酷く気の毒に思えてしまった。

「で、何で俺を探してたんだよ」
「貴様は一体何者なのだ……。貴様の通った場所は、どこもかしこも背教に傾いている! 教団はそれらへ粛清しゅくせいに動き出す事も視野に入れ、発端と思われる貴様の行方を探し始めているのだ。しかし、何故だ。私の見て来たものは、貴様の歩いた後に残されたものは……生きる希望に満ちた者達ばかりだったのだ!」

 そう言って、女騎士は難しい顔をして俯いてしまった。俺の歩いた後ってのが、具体的にどこの事を言ってるのか知らんが、こいつはアホだけど馬鹿じゃないのかも知れない。

「『粛清に動き出す』って貴女、それはエル・ラト教の上層部の情報では無いのです? おいそれと口外していいものではないのでは?」
「ん? ああ、そうか。そう言えばそうだな。いや、私は私の正義において動いている! ラミリア様はお咎めにはならないはずだ!」
「…………(脳筋)」
「…………(無能なのです)」

 無言でローゼンと顔を見合わせたが、この女に対して、おそらく同じような事を思ってるんじゃないだろうか。同時に溜息をついた瞬間、それに気がついた俺達は即座に身構えた。

 パキャ……ッ!

 ローゼンが手をかざしただけで、ひとり立ち上がった鼠マントの頭が弾け飛んだ。頭を失った体は、女騎士に向かって構えていた吹矢の筒を握り締めたまま、数本後退した後に倒れた。女騎士はその血飛沫が頰に掛かったと言うのに、未だ脚を痙攣させているその骸に目を奪われていた。

「こ、この者達は……まさか枢機卿すうききょうの手の者……⁉︎ 何故だ、何故教団上層部が、一冒険者に暗殺部隊を、それもシャリアーン族を‼︎」
「この人は、さっきから放っておいても内情を喋ってくれてますけど、そう言うサービスを仕事にしてたりするです?」
「いや、これでもエル・ラト教の虎の子、極光聖騎士団の幹部らしいぞ?」
「それは……色んな意味で物騒ぶっそうな方なのです」

 枢機卿ってのは女騎士のホーム、エル・ラトの枢機卿の事だろうし、そいつがこの暗殺者達を送りつけて来たって事か。こいつはそれを知らずに、俺が何者か調べようと探してて、迷子になっていたと。つまり、こいつは敵の手下だけど、今回の件には無関係ってわけだ。

 敵か味方かハッキリしないし、少なくとも今は敵ではないわけだが、正直に言えば関わりたくないタイプってのが本音だなぁ。

「それよりも今、そのシャリアーンとやらが、お前の命を狙ったよな? やっぱり口にしちゃいけない話だったんじゃねぇのか⁉︎」

 女騎士は応えず、命を狙われた事がショックだったのか、この殺し屋達の正体がショックだったのかうつむいてしまった。ローゼンとふたり、香ばしい気持ちで眺める女騎士の顔を、シャリアーン族とか言う殺し屋の血が伝って流れた。

 その時、倒れていたはずの、残りの鼠マント三人が飛び起きて、一斉に女騎士へと襲い掛かった。敵でもなけりゃ、味方でもない、むしろ限りなく敵に近い、憎めない脳筋。守る義理はないが、何もはっきりとしていない状態でこいつに死なれても寝覚めが悪い。そんな関係性なのに、咄嗟とっさの事に気がつけば、一歩踏み出してしまっていた。

 俺は両手の双剣に、強い回転を掛けて投げ、駆け出した。女騎士に迫る鼠マント三人の内、二人の背中にそれぞれ肉厚のククリ刀が突き立ち、そのまま吹き飛ばす。それを横目で確認しながら、夜切の柄に手を掛け、最後のひとりへ 。

 しかし、次の瞬間には女騎士の長剣が、鞘から抜き放たれる、かすれた鋼の音が走った。鼠マントの腰を横薙ぎにした長剣は、切れ味で両断すると言うより、斧で叩き折るような力の作用で人体を破壊する。
 上下二つに別れた暗殺者の肉体は、手足を大きく広げて、それぞれが宙にくるくると回転して放り投げられた。大きなモーションもなく、ただその場で振り抜いただけだというのに、この異様な膂力りょりょく。何らかの術による肉体強化か?

 振り抜いたまま、背中をこちらに向けた姿勢で、女騎士は固まっている。その剣先がカタカタと震えていた。

「これは聖剣……? いや、質の悪い劣化コピーですね。まだこんなものがあったですか」
「聖剣? ああ、そう言えばアケルでそんな事言ってたような……。『まだこんなものがあった』ってどう言う意味だ?」

 ジャキ……ッ!

 女騎士は俺に剣先を向けた。そこには先程までとは違い、殺意に満ちた鋭い眼をした女の姿があった。しかし、体をわずかに震わせながら、顔の左半分を苦しげに押さえている。

「─── 殺す……殺す殺す殺すころす……」
「何だ……とうとう気でもふれたか?」

 その方がまだマシだ。殺気、いや狂気に満ちた剣気が、鎧を通してチリチリしてやがる。これがこいつの本性か、それとも何かが起きようとしているのか、夜切が警告の刃鳴りを上げていた。

 平原の風の音が再び止んだ。

 今度のは魔術なんかじゃない、目の前にいる女騎士に、俺の勘が全力の集中をさせている。その勘を裏付けるように、彼女の体には確実に奇異な事が起きようとしていた。

 顔半分を覆った手の平、その影は顔の表面に薄く伸びるだけのはずが、炭でも塗られたように唐突な闇になっている。顔だけじゃない、彼女の全身にある様々な影が、全て漆黒の闇と化していた。その闇に無数の眼が開き、俺をジッと凝視する。

 手が顔から離れると、闇が糸を引きながら、顔と手に潜り込んでいった。直後、唐突に、何の動作も無く、女騎士の姿は宙を舞い、俺の頭部へと聖剣が振り下ろされた。夜切で受けるが……とんでもない力だ!

 体重、振り下ろす慣性、腕力。それらを加味しても、常識の範疇はんちゅうを遥かに超えた力が、受けた夜切を通して押し寄せる。刃の背に左手の籠手こてを添え、力を腕から腰、そして脚のバネに分散させて耐えた。こんなもん、まともに受けたら、夜切だって折れ兼ねない。

 夜切を傾けて刃の接点を根元へとズラし、それを支点にシーソーの要領で切っ先を回していなし、聖剣を脇へと巻き落とす。真っ直ぐ下に向けられていた力は、斜め前方へと流され、女騎士の体は前のめりになる。すかさず夜切を上段に構えて、女騎士の下からの反撃に備え───

  ……フワッ

 最初の一撃と同じく、女騎士の体が重力を無視したように舞い上がり、続けて弾かれたように飛び込んで来る。まるで物理の法則を無視した挙動で、一瞬の内にトップスピードに達する体から、横ぎに剣を振るモーションが読めた。これにも異様ながあるのは明白、下手に離れて最も力の乗る距離で受けるのは、下策も下策だろう。

 長剣のような長い得物には、人間の手で振る以上、その重さと力、切れ味を充分に発揮できる角度に限界がある。振り始めの動きに合わせ、カウンターとばかりに踏み込んで刃で押さえ、再び鍔迫つばぜりり合いに持ち込んだ。

「何のつもりだッ‼︎ 本当にイカれたのか⁉︎ 最初から俺を討つつもりだったのなら、そうだと言え! せめてこの闘いに意義を持たせろ!」

 力と力の押し合いの最中、訳もからないままの連戦に、いい加減うんざりしてそう叫んだ。女の顔に伸びた、漆黒の影の中に浮かぶ無数の眼が、俺の声に驚いたように瞬きをする。その時、女にも反応が現れた。

「─── グッ……ぅぅ……私は……何を……」
「こっちのセリフだ。いい加減に剣を引け! 眼を覚ませ!」

 力が緩んだ─── 。

 その隙を突いて、鍔迫り合いから手首を返して刃を滑らせ、腕を上に上げさせる。ガラ空きになった胴体へ、蹴落とすように前蹴りを繰り出す。

 ガランッ……カラカラカラ……

 後方に吹き飛ばされた女騎士の手から、聖剣が離れて地面を滑って行く。その手からは黒い粘液の様な影が伸びて、聖剣の滑る床に黒い筋を残している。女騎士の体は、石柱を数本巻き込んでぎ倒し、ようやく止まった。

「やり過ぎたか⁉︎」

 それは無用な心配だったようで、女騎士はよろめきながら瓦礫がれきの上に立ち上がる。

「……アルフォンス……ゴールマイン……。許せ、こうなるはずではなかった……。また……逢おう……」
「お、おい、待てッ!」

 

 今度は踏み込んでから、飛翔魔術で飛び上がる。飛翔魔術ですら一般的でないが、それでもさっきまでの浮世離れした、無重力風の飛び方に比べたらだいぶ人間っぽい。その女騎士の後を、転がっていた聖剣が飛んで追い掛けて行ってしまった。

「何だったんだよ……あれ」

  そう呟いた俺の耳に、平原の風鳴りが戻って来る。

『あんな物を起こしてまで、人はまた、何を起こそうと言うのですか……』

 ローゼンの小さな呟きが、平原の風音に紛れて耳に届いた。

 ※ ※ ※

 ヤカンから高く注がれた湯が、湯気を立てながら、ポットの中の茶葉を躍らせる。柑橘の澄んだ香りが立ち、やや遅れて南方の果実を思わせる甘く深い芳香が、ふたりの心を落ち着かせながらも華やかにさせた。

「こちらは北方バグナスの山岳地帯の茶葉『ファイン・リディ』に、北西海ミルザ原産の果実『テレーズ・ネブル』の果皮をブレンドいたしました。この『ブレイブクインティー』は、かつて勇者と共に旅をした女性ふたりに因んだ、中央諸国で親しまれる香りに御座います」
「なんだ、色薄いな」
「お、お姉ちゃん。それは凄くいい茶葉の証拠なの……」
「ふぁふぁふぁ、左様に御座います。これは最も茶葉の香りと味わいを引き出す、絶妙な発酵段階で仕上げられておりますれば。保管の湿度には、頭を悩ませるばかりに御座います」

 慌てて姉をたしなめる妹の姿に、モンドはふくふくと微笑むと、テーブルセットの置かれた、メイン通りのド真ん中で辺りを見回した。

「しかし、とは言え、ヴァンパイア真祖の者達が、この短期間で二度も壊滅し掛けるとは驚きで御座います。このレジェレヴィアの長い歴史にも、とんと思い当たるものが御座いません」

 初夏を告げるアオバムシの声が聞こえる街中には、積み上げられた黒札民のヴァンパイア達が氷漬けにされていた。その脇ではフンコロガシの石像が床に釘付けにされ、もがく度に石畳の上でくるくると回る重苦しい音がさざめいている。

「あの悪趣味なカナブンの石像は何だ?」
「お姉ちゃん、フンコロガシだよぅ。それに何かも分からない内から、悪趣味とか言っちゃまずいの」

 妹の言葉を聞いてるのかいないのか、姉は紅茶をすすり、ほぅと溜息をついた。鼻の良い彼女にはやや強い香りではあるものの、余程気に入ったのか、目を細めて芳醇な香りにうっとりしている。

「あれらの彫像は、ひと月程前お見えになったお客様に、無礼を働いた棄民達の成れの果てに御座います。そのお連れの方の、あれは精霊魔術で御座いましょうか、そのお方に魔導人形化されてあのように」
「「魔導人形……⁉︎」」

 古くに失われたとされる、超上級魔術の産物だと聞き、姉妹は毛の逆立った耳と尻尾をピンと立てた。

「はい。そのように伺って御座います。お客様自身は『赦して元に戻す』と仰られましたが、人と見ればお痛をする棄民どもにはよいお灸だと、我が主フロレンス様がにして御座いまして」
「─── 強いな、そいつは」
「うん、これだけの古代魔術を扱う術者を連れて、本人も治す気でいたとか、ヴァンパイア相手に凄い余裕だね。どんな人だったんですか?」

 モンドはその質問に、さらに機嫌を良くしたのか、ニコニコと思い出す事すらを楽しんでいるようだった。

「主人のお客様故、お名前は伏せさせて頂きます事を御容赦下さいませ。何分、我がツェペアトロフ家の、個人的に大切なお方で御座います故……。漆黒の髑髏どくろの甲冑をお召しにならr」
「「アル様じゃん!」」
「ほっ⁉︎ お知り合いで御座いましたか!」

 モンドの驚く顔に気を良くしたのか、姉はふふふと笑った後、目を細めて唇にそっと触れた。

「知り合いも何も、婚約者だ」
「おや、お姉様の方は、あの方の。そうで御座いましたか!」
「あ、私もなの〜♪ 姉妹そろって約束をしたの~!」

 モンドは何かを指折り数え、得心がいったのか、直ぐにポーカーフェイスに切り替えた。

「なるほど、あれだけの優れた武人とあらば、そういう生き方も御座いましょう。何ともうらやまましい限りで御座いますなぁ」
「でも、やっぱり凄いねアル様達は! 魔導人形化まで出来ちゃうんだね♪ でも、精霊術を使えるなんて、ソフィアさんかな、ティフォ様かなぁ」
「ああ、そのおふたりでは御座いません、もうひとりのお連れの女性、スタルジャ様による見事な精霊術で……」
「「誰それ⁉︎」」

 モンドは手振りをつけながら、再び何かを脳裏で整理した後、小さく『ああ、そういう順番で御座いましたか』と呟いた後、にっこりと微笑んだ。

「よく存じ上げておりません」
「どんな女だ? そのスタコラとか言うのは」
「……素敵なお方でしたよ? 知的な中にも愛嬌と言いますか、目がくりっと大きくて可愛らしい。何よりここら辺では珍しい種族、エルf」
「あ! ちょっと待って下さい! と、言う事はひと月前には、アル様達はここに来てたんですよね⁉︎」
「はい。数日、私どもの館にご滞在された後、このレジェレヴィアをお発ちに」
「えぇ……またニアミスかぁ〜!」
「貴女方の『探し人』とは、アルフォンス様の事で御座いましたか」

 黒札民のヴァンパイア達を氷漬けにした、獣人族の女二人組が現れたと聞き、偵察に出されたモンド。彼は最初、獣人姉妹に新手と勘違いされ、初めて見る謎の獣人魔術に、冷や汗をしこたまかく思いをさせられた。

 何とか誤解を解き、敵意がない事を示すのに冷や汗をかき、落ち着かせるためにティータイムを提案するも警戒されて冷や汗をかき。ようやく打ち解けた会話が運び出した途端に、何とも触れにくい痴情のもつれに巻き込まれたようで冷や汗をかかされた。
 そして今、行き違ったと知った姉妹の、何処までも灰色なムードに、内心慌てふためいていた。

「でも、それでしたらすぐにお会い出来るでしょう。あの方は今、この街の北に広がるローゼン平原に暮らす鬼族の集落におられます故」
「「─── ⁉︎」」

 姉妹そろって急に立ち上がり、テーブルがガタンと倒れ掛かるのを、慌ててモンドが押さえる。

「北の鬼族の所だな! よし、全速力で行くわよ‼︎」
「う、うん! あ、でも、もう少しちゃんと場所を聞いた方が……。ああ、待ってお姉ちゃん!」

 慌てて姉を追いかけようとするも、しっかり者の妹は、モンドに頭を下げた。

「美味しい紅茶とお話、ありがとうございましたなの! バタバタと本当にごめんなさい、私たちアル様の所に行きますなの!」
「ふぁふぁふぁ、お気になさらず、くれぐれも道中はお気をつけて下さいませ。平原の石柱には近づいてはなりませんぞ、東側を迂回すれば安全にたどり着くでしょう」
「ありがとうございますモンドさん、じゃあ!」
「ああ! 失念する所で御座いました、失礼ですが貴女方のお名前は? 万が一、行き違いになられた時の為に、後で文も届けさせましょう」

 妹は自分が名乗りもしていなかった事に気がつき、早足で北門に向かいながら、二度三度頭を下げて叫んだ。

「私たち、アケル南部赤豹族の、姉のエリンに、妹のユニなの! 急ぎでごめんなさーいなの!」

 その声を残して、ユニと名乗った娘は、目にも止まらぬ速さで北門の方へと去って行った。

「ふむ、神気を纏う僧服の剣鬼に、破壊神の如き覇気の少女、妖精を連れたダークエルフ。更に魔術を使う獣人とは、剣聖イングヴェイを彷彿ほうふつとさせる好色っぷり」

 モンドはそう呟きながら、氷漬けにされた黒札民の山を、懐かしそうに眺めた。もしかしたら、自分はまた伝説の登場人物となる者達と会っていたのではないかと、モンドは胸が高鳴るのを感じていた。

 彼が様々な事実を知り、人の出会いの運命が如何に数奇なものかと驚愕するのは、もう少し先の話となる─── 。

 ※ ※ ※

 熱い……腕が、頭が、体が熱い……

 折り重なる呼吸音が暗闇に折り重なり、押し潰されそうな圧迫感と息苦しさに、死の淵がぽっかりと穴を開けている気がする。頭を支配するのは、いつまでも続く苦しみへの敗北感と、解放への切望。

 顔の左側に手を当ててみれば、重い火傷でも負ったかのような熱感と、じっとりと濡れたような感触。

 聖剣とは……なんだ、あれはまるで……。

 その答えにふと思い至った時、急に意識が揺れて目の前が完全な闇に包まれた。全てが終わる絶望感は、いっそ清々しくありながら、何かを忘れているような不安感を芽生えさせる。

 何を忘れてる……何を思い出せない……?

 頭の中が揺らめくように、思考が立つ側から崩れては、焦燥感に苛まれる。ああ、この感じなら知ってる、この感じは確か……夢から醒める瞬間の、頭の揺らぎだ!

「熱い、何だこれ……?」

 板張りの天井が見えて、自分が今寝てたのだと気がつき、体を起こそうとするが動けない。金縛りかと思ったが、何て事はない、こいつらが原因だ。右腕にソフィア、左腕にスタルジャ。そして、なぜか俺の顔の左半分に顔を乗せるようにして、うつ伏せの気をつけの姿勢で寝てるティフォ。
 ティフォの寝息直当たりで、顔がじっとりしていた。そりゃあ、変な夢見るわな。

「目が覚めちまった……」

 鼠マントの殺し屋集団に狙われ、迷子の女騎士に襲われた、何ともいそがしい亀狩り。あの後、鬼族の集落に帰ると、その話を聞いたソフィア達は一瞬戸惑いを見せた。だが、今夜からまた一緒に寝るという事実に浮かれたのか『アルくんなら殺し屋程度、問題ないでしょう』と片付けられてしまった。

 女騎士の技量など、数にすら入っていないのか、流されてしまった。その信頼が嬉しいような、寂しいような。

 見れば布団も取られている。もう一度寝入るのも気が引けた俺は、少し集落を歩いて、体温を冷ます事にした。
 初夏の夜は意外と虫の声が賑やかなものだ。アオバムシとトビカヤキリが、一定の高さの鳴き声で一斉に歌っている。

「聖剣……か」

 月のない暗い夜道で、ふとひとり呟く。女騎士が去った後、ローゼンから聞いた話を思い出し、何とも言えない気分になる。

 ※ 

「ブラド神族。今はヴァンパイアと呼ばれてるですが、聖剣を最初にこの世に生み出したのは、私たちブラド神族なのですよ。今は何らかの力を持つ、魔剣の中でも、一際大きな力を持つものを聖剣とか呼んでるみたいですが……私たちにとって聖剣とは、聖剣『ケイエゥルクス』のみなのです」
「それって、勇者が女神から与えられたって奴だろ? お伽話で何度も読んだが、実在してたのか」

 オルネアの聖騎士である勇者ハンネスは、長い旅の末に誠の聖騎士の資格を認められ、北方帝国領の霊山で聖剣を授かったと言うのが有名な話だ。だが、ローゼンは笑いを噛み殺したような、微妙な顔でヤレヤレと肩をすくめる。

「聖剣って言葉が悪かったですかねぇ、あんなものを神が授けるワケないのです。単なる大量殺戮兵器なのですから」
「じゃあ勇者が持っていたってのは、嘘だったのか!」
「うーん、厳密に言えば嘘ですし、嘘じゃないとも言えますが、本物ではない事は確かなのです。正しくは聖剣ケイエゥルクスのコピー品なのですよ、おそらく」

 本物の聖剣であれば、魔王を滅ぼすどころの次元では収まらないらしい。ローゼンは勇者一向に会った事はないそうだが、尾鰭おひれがつく前の当時の情報から、質の悪い模造品だと思っていたそうだ。

「そんなにヤバイ存在なのか、ケイウェルクスって言うのは」
「使い方によっちゃあ、天界ごとこの世を消し去れるですよ。と言うよりも、使おうとすれば終りの始まりのスタートなのです」

 なる程、そんなもん振り回して魔王城で暴れようもんなら、人類は続いてないわな。

「それをブラド神族が造ったんだろ? なんだってそんな物騒なもんを」
「全ては研究の果て……ですかね。真理を追求したいが為にあれを創り、あれを創ったがために真理から離れてしまったですよ。あれは、我が子らの勘違いから生まれた、調整不能の馬鹿兵器なのです」

 抽象的過ぎてよく分からないが、『勘違い』、傲慢ごうまんとか、思い上がりとかの意味合いだそうだ。

「あれが創られたのは、前主神ナナワルトルの第四世代、最後の世代だったのです。強大すぎるその武器に振り回されて、世を救うはずが破綻の種となっちまったですよ」
「あの脳筋……いや、女騎士がそんなものを与えられるはず無いな。名高い極光星騎士団の幹部とは言え、騎士団は所詮手駒らしいし」

 旅を続ければエル・ラト教の話はいやでも耳に入る。極光星騎士団は確かに一騎当千の実力者集団らしいが、どちらかと言えば広告塔みたいなもんだと聞いている。教団もしくは帝国で本当に力を持つのは、議政に影響を持つ権力者であって、個人の力などは国家間戦争に意味を成さない。

 少し考えれば分かる事でも、しょっちゅう騎士団の武功を聞かされていれば、世間は勘違いするってもんだ。

「あの偽聖剣は、おそらく三百年前の聖魔大戦で、帝国が今のヴァンパイア族に造らせたもの。ケイウェルクスは絶大な力を蓄えて、聖なる破滅の力を遣わすです。でもあの偽聖剣は、単に人の心を食う呪物でしかないみたいなのです」
「え、じゃあ、あの黒い影みたいなのは、呪物の本体みたいなもんだったのか?」

 ローゼンは再び微妙な顔で肩をすくめ、関わりたくないとばかりに吐き捨てた。

「あれはそこかしこにある『恨み』の念が吸い寄せられて、具現化したものに過ぎないのです。元々力を蓄える機構をパクって、出来もしない兵器を造ろうとした結果なのですよ。あんなもの、使う度にマイナスの念にむしばまれて、すぐに廃人になっちまうです」

 ※ 

 暗がりで女騎士の攻撃を受けた、自らの手の平を見る。何を何処まで救えばいいのか、いや、どうして俺はこういう時に『放っておけない』などと思ってしまうのか。
 ローゼンの話を聞いてから、ずっと考えていて、俺はある推論に辿り着いていた。

「極光聖騎士団は、力はあるが広告塔。異教徒の弾圧なんかにも、率先して派手に投入されてる。その度に、偽聖剣がマイナスなエネルギーを集めたらどうなる? 騎士団が使い物にならなくなっても、兵器としてそのままでは役に立たなくても、その溜め込まれたエネルギーを何らかの形に利用は出来るんじゃないか?」

 実際の戦は国同士の軍事力がモノを言う。その時には、平時の広告塔の戦力など、必要とされるだろうか。

 つまり、あの女騎士を始め、極光星騎士団の連中は、表向き広告塔を背負わされているが、その実、ただの兵器作りの畑にされているのではないか?

 平原に現れた時、女騎士は俺を『シリルにいると聞いた』と言っていた。しかし、暗殺者はメルキアの僻地へきちにいる俺に直接送られている。ハリード自治領の魔族騒動、アケルでのアンデッド知事暗殺者、そのどちらも絶妙なタイミングかつ、裏で大きな流れが起きていた。
 最初から極光聖騎士団ってのは、おとりか捨て駒に過ぎない存在だったんじゃないのか?

 パキ……ッ

 枝を踏み割る音が、暗がりから聴こえた。月のない暗がりに、何かが此方を見ている気配がする。

「─── よう、待ってたぜ。さん」

 月の影に覆われた、彼女の姿にはもう原型を見出すのも困難だった。全てが闇に塗りつぶされ、無数の眼だけがキョロキョロと俺を探している。暗がりに佇む闇に、人の形を見出だす方が難しいってもんだ。

─── ……アル……フォンス……

 闇が手を伸ばして、長剣を抜く。わずかな星の光を集めて輝くそれは、深い闇の中に、ただ煌々こうこうと己の存在を吠えているように思えた。

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