Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第六章 メルキアのヴァンパイア
第九話 初めてなのです
オズノに呼ばれて元族長エンザの家に着いた時、家族は食事中だったらしく、食事の並ぶ居間の片隅に倒れて丸くなるエンザの周りでオロオロとしていた。
「食事中に急に苦しみ出して……。全部戻してしまったの。会長さん、この人を、夫を助けて下さい!ドウギの事で思う所もあるでしょうが、私にはこの人が……! どうか、どうか!!」
「心配するな、やるべき事に私情は挟まない。寝かせられる場所の確保と、まだ吐く可能性もあるから桶と飲水の用意を。何らかの病気の可能性もあるから、吐いた物に触れた者は速やかに清めるように。一応、何を食べていたのか、生活で聞きたい事がいくつかあるから、奥さんも来てくれ」
エンザを寝室に運んでもらう傍ら、彼の妻から話を聞きつつ移動する。途中、目に涙を浮かべた幼い孫から、お爺ちゃんは大丈夫かと尋ねられた。親が子に向ける表情に種族の違いは無いが、子が家族を想う姿にも違いは無いがのだと、改めて感じさせられる。
まずは腹痛で強張り、呼吸が乱れたエンザに、ソフィアが回復と安息の魔術を掛けて落ち着かせる所からがスタートだ。
※
「すまない、家族と鬼族の者は、少し席を外してくれないか」
一通り診察して妻への問診も終え、ソフィアの術が深く効いた頃、エンザも喋れるようになったので人払いをした。
「儂は……もう、長くは無いのだろう?」
家族がいなくなると、エンザは目を閉じて、深いため息と共にそう呟いた。
「分かっておるのだ、父も祖父も同じ最期であった故にな……。あの時もこうして、手が真っ白に血の気が引いておった」
「それはいきなり吐いたから、体液のバランスが崩れてそうなってる。適切に水分を取って休めば治るものだ」
「……見ろ、髪の毛だって、この通り簡単に抜けてしまうのだ」
「鬼の力でワシ掴みして引けば、そりゃあ抜けるよな?」
「最近、便がドス黒い脂のようなものが出る。これも確か父上の……」
「奥さんから聞いたよ。最近、酒のつまみにヨビシクルミをよく食ってるってな、あれは便を黒くするし、軟便なのは酒の飲み過ぎだ」
「…………」
「…………」
「─── そんなはずがあるか! さては貴様に族長の座を奪われて、弱り切った老人を笑いに来たのだろう⁉︎ 見ての通り儂はもう余命幾ばくもない、哀れな男なのだ、それを貴様は!」
こいつぁ参ったな、セラ婆から座学で聞いてはいたけど、本当にいたとはな。セラ婆曰く、時折こうして自分が重い病だと信じ切って、こちらの診断を真っ向否定する者があると。大抵は大した事はないのだが、診断結果に納得がいかずに、医者をハシゴして歩くのだとか。
そうしてその内、心労で本当に重病になったり、変な宗教にハマったり、独自の怪しげな民間療法を考え出して香ばしい感じになるのだと。『病は気から』と言うが、妙な形でその言葉の裏付けになるタイプの患者だ。
俺の見立てでは、この老人の病は胃潰瘍だ。元々、遺伝性の病気に執心していた所に、ふらりと現れた人間が、族長の座を奪ったのだからまずは要因二つ。更に今まで族長の意向で、病に喘ぐ者やその家族に取ってきた、己の態度への後ろめたさ。
そして今日、里の殆どの家庭の主婦が、ここぞとばかりに診療を受けに行くと言う、彼に取っては当てつけにも見える騒動。
心労への要因が、綺麗に四つも出揃ってる。胃潰瘍は回復魔術で簡単に治せるが、根本的な要因があれば、すぐに再発するだろう。問題はエンザがそれを受け入れるか否かだが、彼は今、現実が苦しくなって病に逃避している状態だ。
薬を使う事でさえ『軟弱』と突っぱねて来た世代の代表者に、原因がメンタルだと言っても絶対に認めたがらないだろうしなぁ。
「(参ったなこれ。多分病名言っても、納得しねぇぞ……)」
「(ん、いっそのこと、殺っちまえば、はなしはやい)」
「(却下だ)」
「(何だったら、術で体内を本当に痛めつけた後、大袈裟な治療でもしたらどうでしょう)」
「(馬鹿言え)」
「(そこらの記憶を消しちゃえばいいんじゃない? そういう精霊知り合いにいるよ?)」
「(いいかお前ら、物騒って視点から、少し離れてみようか)」
ドンッ‼︎ ガラガラガッシャーン!
「何をコソコソと……ッ‼︎ うぐぁ……ッ」
エンザが痺れを切らして激昂するも、痛みがぶり返してしまったようだ。つぅか、死にかけの患者がちゃぶ台ひっくり返すもんかよ。都合の悪い事に対して短気なのも、病状の進行を進めた原因じゃねぇのか? そう思って後ろ暗い気持ちになっていたら、ティフォがそっと不可視の触手で、エンザから魔力を奪い去っていた。
怒れるだけの力を失って、再びエンザは大人しくなり、ソフィアの術が効力を盛り返して来た。
「いいかいエンザさん。今、あんたは胃を自分で溶かしちまって、穴が空いてるんだ。原因は思い悩みと怒りだ、決して命に関わる病に罹ってるわけじゃ……」
「─── やかましいッ‼︎」
鬼の底力か、魔力を奪われたってのに、もう怒りで力を取り戻している。これは本人に説明しても無駄か、家族に事情を説明して、時間を掛けて行くしかないか。本人が不名誉に思うだろうから、人払いまでしたんだがなぁ。
と、その時、部屋の温度が急激に下がった。振り返るとそこには、青白いオーラを纏った、ローゼンの姿があった。ずっと静かにしていると思っていたが、エンザの姿勢にキレてしまったようだ。
「ろ、ローゼン、少し落ち着い……」
「ヒィッ」
彼女を止めようと手を差し出したが、そこにはもうすでに彼女の姿はなかった。代わりに背後で寝ているエンザから、恐怖に喉を鳴らす声が短く上がるのが耳に入った。ローゼンはエンザの上に馬乗りになり、彼の額をワシ掴みするように、白い手を当てていた。
「学ばぬ者よ。己の手の内だけで世界を測り、お前に何が分かると言うのです? お前が認めたくないのは、病の名前ではない。思うように世界を動かせぬ、己のひ弱さなのです」
いつもの抑揚の無いどこか抜けた声ではない、深い海の底にシンと響くような、静かで冷めたい無慈悲な声。エンザはガタガタと震え、時折唾液を飲む音を立てながら、浅く短い息をしていた。
「与えられる時間は長く、求める時間は短い。生あるものは、平等にその時間を持つのです。現実を受け入れずに逃げ回るも、受け入れて己を変えるのも、同じく時間は奪われるですが……学ばぬ者の時間は空虚」
エンザへの言葉なのか、己への再確認なのか、詩を詠み上げるように言葉が紡がれて行く。気がつけばエンザの震えは止まり、呼吸は静かに落ち着いていた。
「学ばぬ者よ。身勝手な終わりにうつつを抜かしている内は、己が命の重みも、時間の尊さにも気づく事はできないのです。在るがままを受け入れ、その上で、逃げるも隠すも抗うも、等しく奪われる時間の価値を考えるがいいのです。お前はわずかな生を、事実から逃げるために費やすのです?」
その問い掛けに、部屋は静まり返っていた。ローゼンが手を離すと、エンザの顔から怒気は嘘のように消え去り、自分より遥かに小さなローゼンの顔をどこか懐かしむような表情で眺めていた。
「貴方の苦痛と恐怖は治せるですよ。そして、貴方の抱える不安は害悪、なぁんも産まない、ただのこだわりの産物なのです。自分で受け入れないから人に話せず、人に話せぬから辛くなり、逃げたくても逃げられなくなるです。……それは不安も溜まるですよ。もう認めるですよ、自分の弱さや愚かさを、それが無い生命などこの世にいないのですから」
何処か身につまされる言葉だが、嫌な言葉には聞こえなかった。むしろネガティブな自分を、知られても大した事は無いような気さえしてくる。図星を突いた正論は吐き気がするが、相手の心を組んだ道理は、そう言う自由さを与える事がある。
エンザにはどう聞こえただろうか、しばらく考え込んだ後、彼は俺の方を向き小さく首を垂れた。
「……お願い……します。儂を助けて……下さい」
「ああ、もちろんだ」
処置を終えた時、エンザはすうすうと静かな寝息を立てていた。回復魔術は掛けたが、眠らせる処置はしていない。ローゼンの言葉に、何か肩の荷が下りたのかも知れない。彼の想いとは裏腹に、体は色々と休みたがっていたのだろう。
※ ※ ※
「─── 十八回です」
「おん? 急にどうした、何の回数だ」
エンザの治療を終え、改めて親睦会をしていたら、急にローゼンがそう呟いた。すでに結構な量の酒が入り、鬼族の男衆も数名加わって、場はもう乱れていた頃だった。
「今日一日で、こんなに言われたのは、ちょっと驚きなのです」
「ん? 十八回も、何を言われたんだ?」
「ありがとうって言葉なのです」
そう言ってローゼンは酒に上気した顔を、更に赤くしてグラスに顔を埋めた。
「人類とは関わりたく無いとか言って、私は薬とか医術の知識とか、そーいうのを追い求めてるですよ。結局はそれって、人類の役に立つじゃないですか、だから自分でもよく分からなくなるです。これは本当にやりたい事じゃなくて、主神ナナワルトルに埋め込まれた、幻想なんじゃないかって……」
そう言って酒を煽ると、椅子の背もたれにポスンと寄りかかって、天井を見上げた。何とも、どう返したものか、彼女の過去の話を聞いてしまった手前、勝手な事は言えない気がしてしまう。
「もし、そうだったら馬鹿馬鹿しい話なのですよ。こんなにも長い時間、私は何に胸を詰まらせて走ってきたんだろーって」
「…………」
やっぱり、どう返せば良いのか分からない。そうして応えに詰まっていたら、先刻に彼女がエンザにしていた話を思い出した。『自分で受け入れないから人に話せず』か、確かにそうかも知れないな、今だって俺の言葉が彼女にどう作用するか分からなくて黙ってしまった。結局は今の俺も、彼女の為の言葉を考えながら、そうならなかった時を怖がってるだけなのかも知れない。
それは考え過ぎても足枷か。なんかそう考えたら、一気に気が楽になって来たから不思議だ。
「十八回だな」
「え? 何です?」
「いや、十八回も、その言葉をちゃんと数えるくらいに受け止めたんだろ? じゃあ、それは嬉しかったり、ポジティブに感じてるって事なんだよな?」
「ふーむ、そうですねぇ」
「もし、埋め込まれた事だったとして、ポジティブに感じられる事があるなら、それでいいんんじゃないか? 自分の幸せが、親に教えられたイメージの上で、成り立ってる者の方が多くいるもんだ。何処の誰の意向が発端でも、その結果をいい気分に感じたのなら、もうそれは自分の道なんだよきっと」
ローゼンはしばらく無言で俯いた後、グラスの酒を一気に煽った。
「初めてなのです」
「なにが?」
「私に比べれば、ミジンコみたいなポッと出の人間風情に、熱い説教たれられたのがですよ!」
「ミ、ミジンコッ⁉︎」
「かぁーっ、もう、責任取るです! さあ、今すぐ結納から始めるですよ小童‼︎」
そこから急にローゼンはぐでぐでにクダを巻き始め、悪夢のような絡み酒のスキルを展開して苦しめられた。人の費やした長年の肩の荷ってのには、おいそれと手を出さない方が良いのかも知れないと、少し大人になった夜だった。