Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第六章 メルキアのヴァンパイア
第八話 プロトタイプ
悪魔の爪のように反り返った黒い刃を持つ槍が、視界を隙間無く埋める程の、凄絶な連撃で襲い掛かる。身軽な双剣を手に、電光石火の動きで間合いを埋めに掛かるアルフォンスに対して、槍の長さを自在に持ち替える事で常に殺傷範囲内に留めている。
本来ならば、リーチの大きな槍の方が圧倒的に有利でありながら、アルフォンスが善戦しているとも言える。しかし、黒蛇の如き槍の猛攻は、しなやかな円の動きを中心に、確実にアルフォンスの双剣を無力化していた。
槍の回転は舞うように美しくありながら、攻守共に理に叶いつつ、時に凶暴で力任せな痛打を織り交ぜられている。間合いの大きな槍のメリットを完璧に押さえた槍術は、歩法、呼吸法、地形の活用にと老獪なまでの戦術が一分の隙も無く運用されていた。
一瞬でも気を緩めれば、即座に膾切りにされるであろう悪夢のような猛攻に、それでもアルフォンスは両手に持ったククリ刀でさばいている。一方、黒塗りの槍を操る、黒くタイトなドレスを纏った長身の女は、これだけの絶技を繰り出しながらも息ひとつ乱してはいない。
薄水色の髪をさらりと空にたなびかせ、時折その隙間から、切れ長な銀色の瞳を光らせる様は猛獣のそれにも似ていた。
シャリ……ンッ
アルフォンスの振るうククリ刀が、槍の強打を打ち払う瞬間、わずかに打ち負けた彼の腕が弾かれた。純粋な力ではアルフォンスの方が遥かに勝るが、武器のリーチの差が生み出す膂力が、女に軍配を上げた瞬間だった。その一瞬を見逃すはずもなく、三本の青白い残像を引いて、鋭利な穂先が弧を描くようにアルフォンスの首を横薙ぎに掠め取る。
刹那アルフォンスは、沈み込む残像を残して、体を半身によじらせながら一気に間合いを詰めに掛かった。
「シイィィ……ッ‼︎」
女の口から細く鋭く息が吐き出されると、今までの円の動きから一転して、神速の突きでアルフォンスを貫く。
ギャリッ!
ククリ刀が火花を散らして、槍の柄を滑る。女は目を見開いて槍を瞬時に引くが、その喉元にはすでにアルフォンスの刃が、ピタリと当てられていた。
「くッ、参った。オレの負けだよ主様よ」
「ふぅ……。ありがとうフォスミレブロ、お陰で明鴉と宵鴉の間合いが掴めるようになったよ」
今、アルフォンスは夢の世界の中、魔槍フォスミレブロ相手に、ククリの双剣『明鴉・宵鴉』の最終試験に臨んでいた。
「主様つよーい!」
「主様すごーい!」
「「でもウチらあんまし使われなーい……」」
「うるせぇッ! 主様は今オレと話してんだ!」
「んー、フォスミレブロの間合いには対応出来たが、斧とかメイスなんかの重さにはどんなものか……」
魔斧「え、次は我ッ?」
魔メイス「わぁ〜たぁ〜しぃ〜☆」
アルフォンスが武器達に囲まれている最中、その向こうではソフィアとスタルジャが、ティフォと夜切が修羅の如き闘いを繰り広げている。毎夜繰り返される、夢の世界での修練の風景であった。
「でもよぉ、主様さぁ。ちょっと今日はキレがねぇっつうか、ブレがあるっつうか。なんか悩みでもあんのかよ?」
「─── ‼︎ 流石だなフォスミレブロ。ちょっとな、気になる事が」
そう言って、アルフォンスは親指で鈍く光る、銀色の指輪に目を落とした。
「な、なんだよ主様、悩みなら、オ、オレがゆっくり部屋で聞く……ぜ///」
「あ、ウチらも聞くし、つーか悩んでたの、しし、知ってたよ! ね、宵鴉♪」
「うんうん、ほんとーわ明鴉は気づいてないけど、ウ、ウチは気づいてたし」
「えぇ⁉︎ ここでウチを裏切るとか、宵鴉マジぱねぇッ‼︎ 腹ちょーまっくろけ!」
「うるせぇッ! 主様は今オレと話してるつってんだろコラァッ!」
いっそ清々しい程に短気な魔槍と、戦闘狂なきらいのある双剣姉妹が紙一重の死合を始める中、アルフォンスはあごに手を当てて考え込む。
「主様……その指輪が……どうかしたか?」
「ん? おお、バリアントか。いや、この指輪の事なんだがな……」
妖精の女王ティータニアが眠りにつく直前に、アネスの体内に混じり合っていた聖剣から創り出され、返礼として受け取った指輪である。
「せっかく貰ったから、人差し指にはめてたんだけどな、今はこの通り親指じゃないと入らない」
「指輪が……大きくなった……?」
「そうなんだ。それにそれだけじゃなくて、ローゼンとの闘いで、これが反応した時、俺の体にある守護紋が動き出した」
そして、ローゼンの見えざる拘束を振りほどいた時、彼女は『ただの適合者ではない』と言った。アルフォンスはそれも気になっていた。
ただ、闘いの最中はそれだけの余裕は無く、その後はニギラの治療に集中していたため、今になって本格的に疑問が首をもたげたのだ。
「大体、ここは夢の世界だ。普通は俺の慣れ親しんだ物が、普段の姿形で現れる。この鎧も武器もそうだが、髪型や小物類なんかは現実でいじっても、夢の中では変わらずに以前のままだったりするんだよ。つまり、おぼろげな記憶で再現されてるんだ。でも、この指輪は変化した模様までクッキリだ」
ティータニアはこれを『成長する指輪』だと言っていた。実際にそれが起こったと言うだけの事だが、それが夢の世界にまで、明確に反映されているのは不自然だとアルフォンスは思っていた。
「うーん……無機物は拷問に……掛けられない」
「何でも血生臭い方向で考えるなよ……。しかし、この指輪の成長した姿が、俺にとって強いイメージとして記憶に刻まれているのだと考えれば、今のこの姿形は納得は出来る。でも、あの時の力は一体……? それにあのローゼンの言葉だ」
「はい? 確か『ただの適合者ではない』って、言いましたけど、それがどうかしたのです?」
「そう、その言葉だ。君は一体何を……って、うわああああッ⁉︎」
思わず伸身でんぐり返しダブルを決めたアルフォンスに、栗毛お下げ髪の少女は口元だけニカリと笑わせている。その唐突な出現と不自然な表情に、アルフォンスは余計不気味さを感じて、頭が真っ白になってしまった。
「はぁッ⁉︎ な、ローゼン⁉︎ どーやってここに来た⁉︎」
「どーやってって、そりゃあ『よいしょっ』って、アナタの夢に潜り込んだですよ? なるほど、ここで毎日鍛錬を続けていれば、種族と年齢では計り知れないアナタの強さも納得できるです。気兼ねなく全力で、寝ているはずの時間を全て修練に費やせるわけですから」
そう言い終わるより先に、ソフィア、ティフォ、スタルジャ。そして武器の精達が、一斉にローゼンの首元へと、己の持てる最高戦力を突きつけていた。
「お、おい! 皆んな止せ! 手を出すな!」
「─── これを口にするのは三度目なのです『野蛮な物は私の前に出さないで』なのです」
直後、アルフォンス以外の全員が、音も無く唐突に地に倒れていた。何が起きたのか理解するより先に、一騎当千の者達全てが倒れ、遅れて武器が地面に落ちる音が虚しく響く。
「ご安心するですよアナタ。手加減はしてますし、夢の世界なら怪我ひとつないのです」
「くッ……皆んな……! プロトタイプ……夢にまで現れるとは、君は神なのか?」
「あたしゃあ神様なんかじゃねぇですよ♪ この世界から棄てられた、しがない試作品のひとりなのです」
ひとりまたひとりと、皆が起き上がり、ローゼンに敵意を剥き出しにする。圧倒的な力量の差を見せつけられて尚、彼女達の誰もが戦意を失っていない。おそらくこの中の誰も、自分がどうやって倒されたのか、予測すらついてはいないだろう。蛮勇でも虚勢でもなく、彼女達はアルフォンスを守る事のみ、決死の覚悟で挑もうとしていた。
しかし、その敵意を浴びても、ローゼンは涼しい顔どころか、愛しいものを見るような目で彼女達を見回した。
「本当にこの方を、心から慕っているよーなのです。本来なら、降り掛かる火の粉は払う主義なのですが、ここはアナタ方の想いに免じてやるのです。こちらには闘う意思はないのですよ」
「……ッ、あ、貴女はアルくんをヴァンパイアにして連れ去る気では……?」
「ヤレヤレ。その気ならとっくのとうにやってるですよ。それにその目論見は調律神、貴女の息が掛かっていると知った時点で水の泡なのです。私達プロトタイプは、人類には触らずがモットー、大きな運命はご免なのです。適合者に婚いだら、どうしたって人類に関わるじゃねーですか……シット!」
そう言ってローゼンは何処から出したのか、テーブルセットを並べて、椅子に腰を下ろした。
「此処へ来たのは、何だか愉しそうな力の波長があったのと、話の続きをしに来てみただけなのです」
「話の……続き。そうだ、プロトタイプって何なんだ? 奇跡も使えて、夢にも入れる、まるでソフィアと同じ神じゃないか」
「ふふふ。まさかこの私をオルネア様と同列にするとは、光栄の至りなのです。でも、あー、全くもって違いますですよ。ただ原始的な存在、そして要らぬ子なのです。私たちプロトタイプとは ─── 」
かつて神は世界を創造した時、そこに光が育まれる事を意図して、試験的にまず十二の種族を産み落とした。肉体を持って生きる事の辛さ、不自由さ、そこから研ぎ澄まされ、磨き上げられる魂の光を神は求めた。
その先駆けとして、各種族に一人ずつ創られた、監視者的な存在こそプロトタイプだった。
「人類が産み落とされた当初は、流石の主神もどんな塩梅か、分からなかったですよ。肉体を持つ者がどんだけ丈夫なのか、どんだけ真摯に生きるのか、何が起こるのか。どんだけ力を与えればいいのか。さ〜っぱりだったです」
人類誕生、その謎に包まれた真実を、ローゼンはクッキーを齧りながら話し出した。嘘や夢物語ではないと、ここで疑う者は、誰一人としていない。それだけ、彼女の力と存在の大きさを、身にしみて感じていたのだ。
「だから神の写し身に『目的』だけ授けた、力も権能も満載の、私たちプロトタイプを地に下ろしたです。彼らの監視をさせながら、神は各種族の人口を増やして、それぞれに与える力を模索してたです」
しかし、肉体を持った種族『人類』は、神の想定以上に心を多様化させ、やがて種族同士の争いを始める事となってしまった。
「その頃の人類は、どの種族も今とは次元の違う力を持ってたです。当時、主神はその激化する生存競争を鎮めるために、力を落としながらもより高い知恵と心を与えたですが……。完ッ全に裏目に出たですよ」
知恵と心を得た人類は弱体化の裏で、より欲と恐怖心、猜疑心や功名心を高ぶらせた。やがて争いのレベルは星の存続を危ぶませる所まで悪化してしまった。
「で、ある日突然、リセットされたですよ。天界から光の軍勢が遣わされ、殺し尽くされた後は、洪水で浄化されちまったです。創っては消し、創っては消しで四度目だったですかね、今の形に落ち着いたのは」
「そ、そんな話、私は存じておりませんが……」
青褪めたソフィアの呟きに、ローゼンはカラカラと笑い、人差し指を立てる。
「そりゃあ、知るはずもありませんよ。貴女様のお生まれになる、遥か昔の話なのですから」
「「「─── ッ⁉︎」」」
「……はぁ、しっかしねぇ、私らプロトタイプは、その地上に放置されっぱなんですよ? 人界の者は天界に回収できないからって、そりゃあ頑丈に作られちまってるです、ファッキン健康優良児なのです」
愕然とするアルフォンス達に、ローゼンは『話は長えですんで、飛ばして行くです。振り落とされンなですよ』と、にこやかに微笑んだ。
「プロトタイプは神のコピー、ほぼ力は神と同等で、死ぬはずもないはず。なのに、人の争いに巻き込まれた、プロトタイプ同士の殺し合いで、半数のプロトタイプが消えてたですよ。私らも成長してたですね、神と同等の存在の同志を、殺せるくらいに主神からすりゃあ、私らは完ッ全に、手に余っちまったんですねコレ」
神を殺せる力を持った、神の落とし子。その存在は天界から、見過ごされるはずも無かった。
「私らは三度目の浄化の前に、存在が強すぎるからと、当時の主神によって暗闇の閉鎖世界に破棄されちまったですよ。大地もねえ、大気もねえ、意識もそれほど残ってねえ! そんな闇にブッ込まれたです……」
余りに壮大な理不尽さに、誰もが口を閉ざしていたが、アルフォンスは意を決して質問した。彼女の言葉に、気になる点があったのだ。
「当時の主神って事は、今の神々とは違うってのか?」
「おほぉ、流石鋭いのですよアナタは。そうなのです、今の主神マールダーが現れる前、主神ナナワルトルの治めていた、失われた歴史の話なのですよ。つまりそこにおられる、調律神のお生まれになる以前のこと」
「ナナワルトル……。その名にも聞き覚えがありません……」
ソフィアの消え入りそうな声を、気の毒そうに聞いたローゼンは、大袈裟に腕を開いて話を続けた。
「地上と天界は鏡写しの世界。人類が争いに明け暮れる、その偏った想いは、天界のバランスも崩しちまったですよ。つまり、天界も戦乱に陥ったのです」
四度目の浄化の時、それは当時の主神ナナワルトルによる、苦し紛れの浄化である。しかし、天界の戦乱が治る事はなかった。
「神同士の闘いで、主神ナナワルトルが滅ぼされた瞬間、その子供である原初の神々も消えちまったです。それなのに、私らプロトタイプは、どーしてか消えなかったですよ。ひとつ救いがあったとすれば、隔離されてた空間が消えて、地上に戻れたって事だけですかね〜?」
「え、でも神も人類もいなくなっちゃったんでしょ? そんな所に戻ったって……」
悲しげなスタルジャの声に、ローゼンは口元だけを微笑ませて、小さく頷いた。眼鏡のせいで表情は掴めないが、ただ、寂しげな空気を纏ってスタルジャをしばし見つめている。
「その時の地上はただ、なぁんもない、死の大地だったですよ。まあ、真っ暗な隔離空間での数万年よりはマシだったですけどね。それでも、空腹はあるけど死ねない、寒いけど死ねない、死にたくても死ねない」
その暗闇の世界を思い浮かべて、スタルジャはダークエルフ化していた間に見た、過去の悪夢の部屋を思い出していた。ぶるりと震える彼女に、ローゼンは寂しげに微笑む。
「それぞれ目的を持って生まれたのに、それを何とかする事も出来ない、その時間は長かったのです。何でもできるのに、何にもできない……。結局、私たちは神と同等なんかじゃなくて、試作品に過ぎなかったのですよ」
進歩を促すために植え付けられた目的意識は、無為な時間と諦めの中で、ただただ謂れのない焦燥感と無力感だけを膨らませるものだった。やがて彼らはうずくまるようにして休眠し、考える事をやめてしまったと言う。
「十万年を超えてからは数える事もやめましたし、合っていたのかすら分かりません。もうその頃には、自分がいつ生まれたのか、何て名前だったか。浄化で消えた可愛い子らの声は、どんなだったか、どんな顔だったかもすっかり忘れっちまったですよ。それがまた情けなくて切なくて、生まれて来た事を呪ったですねぇ流石に」
「ローゼン……」
「ふふふ、アナタは優しい方ですね。こんな怪物の話に耳を傾け、切なげな顔をするなんて。あら、皆さんまで。全部が嘘で、ここにいるのは、ただの悪い怪物かもなのですよ〜?」
もう誰もローゼンに敵意を向けてはいなかった。規格外と言うよりも、次元のかけ離れた彼女の強さが、ここまでの話を裏付けるものだと物語っている。
「マールダーは……現主神とは一体……」
「さあ? 天界にお呼ばれされていないので、私にはどんなお方かは知る由もねーですね。ただ、マールダーに代わってから数十億の年を経て、人類の戦乱は何度もありましたが、未だ浄化に至るまでには達してないのです」
『調律神がお上手なのですね』と、張り付いたような硬い笑顔に、ソフィアは俯いた。
「戻って来た人類は、主神ナナワルトルの失敗を、狙い澄ましたようにカバーされてました。もしかしたら、システムをそのまま利用して、バージョンアップしたのかも知れねーですけどね。とまあ、こんな感じなので現人類とは縁もねーですし、もう人類の調整に関わるのは、実際コリゴリなのですよ」
「プロトタイプの生き残り。他の五人はどうなったの? 縁はないとは言え、人類が戻って来たんだし、楽しく暮らせているんじゃないの?」
苦しげに言うスタルジャを、ローゼンは無言で見つめていた。スタルジャがそれに気付き、申し訳なさそうに縮こまると、ローゼンはハッとしたように口を開いた。
「おっと、申し訳ないのです。エルフの貴方を見ていると、つい、昔の仲間を思い出しちまうですよ。今は私を入れて三人しか残ってないですよ、あ、四人ですかね、ひとりは自我を失って眠りについてるです。後は放浪に生きる者、人の中に隠れる者、まあ私たちは好き勝手に生きてるです。それ以外の二人は死にました」
「え! どうして……⁉︎」
「ひとりは巨人族の試作品。もうひとりは、貴女によく似た、エルフ族の試作品でした。もうね、数万年の孤独で壊れちまってたですよ。ある日いきなりトチ狂って、天界を破壊しようと、人類に攻撃を仕掛けたです」
「天界を壊すのに、なぜ人類なんだ?」
「前任の主神ナナワルトルが残した、浄化システムを利用しようとしたですよ。人類の力のバランスが崩れたら、お空に『終焉の眼』が開くです」
ローゼンは話し疲れたのか、眼鏡の位置を直して、大きく伸びをした。しかし、その仕草にはどこか泣くのを堪えているようだとも、アルフォンスは感じられて、思わず目を逸らしてしまった。
「巨人族のエイドヴァは『闘う事の意味』を考え続ける役目を担った戦士でした。おつむは残念なのに彼なりに考え過ぎて、知恵熱を出したりする所は可愛かったのです。体は大っきいのに、弟みたいに思ってたですねぇ。
エルフ族のルーフェンは『自然との調和』を考えていましたです、彼とは話がよく合って、今思えば初恋……憧れていたのかもです」
「そんな二人がどうして……?」
「さあ、壊れちまったモンの考えは分からねーですよ。ある日急に挙兵して、世界を大きな戦に引きずり込んで……。戦火は日毎に大きくなって、とうとうお空に浄化の前触れの黒い筋が走った辺りで、私は決心したです」
「決心……?」
「この手で二人を殺したですよ。……もうやり直しを見せられるのは、嫌でしたから。ふふふ、初恋がこんなだなんて、信じたくねーです。だからせめて今くらいは、アナタにきゃいきゃいするくらいの自由は、くれても良いじゃないですか。孤独なんですよ、永い永い時間と言うのは」
皆が静まり返り、しばしの間が開いた時、はたとローゼンがアルフォンスの方を向き直った。
「ああ、私のクスリとも笑えねー話ばかりで、申し訳ないのです。話を変えるのです。アナタの指輪は、何らかの神の魂と、妖精族の強力な呪法で出来てるですね?」
「……ああ。これはシリルのユゥルジョウフ、マナの発生源を司っていた聖剣の欠片で出来てる。元は精霊の神々が聖剣化されていたものだ。創ったのは妖精の前女王ティータニア。君の推測通りだ」
「それはなんとも大それた……。絶対に大事にするべきなのです。それには元々の膨大な大地のマナと、その上にアナタの魔力、意思、愛情その他を吸収していく、巨大なタンクになってるですよ。それが自らの意思で、アナタを守ろうと動く、とんでもねー呪物なのです。アナタが生き足掻く度に、より強力になってくです。ゆめゆめ使い方を、生き方を誤らないようにすることですね」
アルフォンスには、この指輪にそれ程の力が秘められているとは、全く感じられてはいなかった。そう言われてから見つめてみれば、今もわずかに脈動が感じられ、向けられた視線に何かが呼応しているようにも感じられた。
「指輪の事はよく分かった。ただ、もう一つだけ気になるのは、あの時の君の言葉だ。ただの適合者ではないってどう言う意味だ?」
「鋭いアナタがここまで話を聞いても、その言葉の真意に思い当たらないのであれば、まだその時を迎えていないと言うことですね」
そう言ってローゼンがソフィアに向き直ると、ソフィアは苦しそうな表情で確かに頷いた。
「ならば、私からはこれ以上話せることはないのです」
「俺の運命に関わってる事なのか……」
「ふふふ、どのような運命であれ、アナタがそれにどうされようと、この世に必要とされていることには変わらないのです。それはとても羨ましくて、眩しい限りなのですよ。おっと、お喋りに夢中になり過ぎたですよ。そろそろ起きないと、大変な事になってるみたいなのです」
「大変な事? 何を言って─── 」
理由を聞こうとした時、アルフォンスの視界が薄れ、音質の違う騒音が被さるように聞こえて来ていた。やがて完全に視界は白に塗りつぶされると、今度は暗転して、体が重苦しくなるのを感じて意識が途絶えてしまった。
「……たぃふぇん……たぃふぇんら……ころ?」
自分の寝言で目を覚ましたアルフォンスは、夢から覚めたのを悟り跳ね起きた。
「大変な事……? なんだ……?」
ぽにょん!
起こした体を支えようと伸ばした手に、何か尋常ならざる、柔らかな何かが触れた。思わず二度見した勢いで、アルフォンスの頸椎が盛大にパキャリと乾いた音を立て、しばらく布団で悶絶する羽目になった。そこにあったのは、薄く透き通った、薄紫色のレースのネグリジェを纏い、豊満な肢体を仰向けに横たえた女の姿。
「おはなのです、ア・ナ・タ♡」
「大変な事って、お前かよッ⁉︎」
悪びれもせずに『ん〜♡』と抱き着いてくるローゼンに、全力で抵抗するも、靭帯がギリギリと軋みを立てて悲鳴を上げる。続けてローゼンの二つの巨峰に顔を塞がれ、気道が塞がれた。アルフォンスの悲鳴を聞き、すぐに三人娘が部屋へと飛び込むが、目の前の痴態に言葉を失って立ち尽くしていた。
「昨日はスッゴかったのです(治療が)」
「モゴォッ(何がだ!)」
「あのテクニック。痺れたです(治療の)」
「ヌガァッ(何の⁉︎)」
「もう我慢出来ないのです、今すぐにアナタのテクをもう一度ッ!」
「ぐぱぁ……ッ! げほっ、何の話だッ‼︎」
「聞こえないのですか、アレですよアレ」
そう言って指差す先を、アルフォンスと三人娘はポカーンとした顔で見る。薄く開いた鎧戸の向こうからは、ガヤガヤと何人かの話し声が響いていた。恐る恐る鎧戸に近付き、アルフォンスはその隙間から外の様子を伺った。
そこには食べ物の入ったカゴを持った、鬼族の女達が列をなしているのが目に入った
「な、何だよあの行列は⁉︎」
「さあ、起きたのならとっとと見せるのですよ! あのご婦人方に、アナタのテクのアレやコレ‼︎」
「だから何のテクだって!」
「決まってるじゃないですか。 診断、施術、調剤、アナタの医術の全てです」
「言い方ァッ!」
※ ※ ※
着替えを終えて寝室を出ると、腕組みをして立つドウギの前で正座する、うなだれたオズノの姿があった。
「おはよう、どうした?」
「おお、おはようございます会長殿。どうしたもこうしたも、ほれ、お前の口からしっかりと謝罪せんか!」
「だってよぉ」
「漢が言い訳をするでないわ!」
オズノも家庭を持ついい大人のはずだが、ドウギにポカリとやられて涙目になっている姿は、何とも言えない絵面だ。
「あー、すまねえ会長さんよぉ。昨日、オレは猛烈に感動しちまってよぉ。どーしてもニギラの事を皆んなに話したくてよぉ。そしたらあのザマっすわ、見たんでしょ? 外の行列」
「そう言う事か。まあ、遅かれ早かれ、そんな事になるんじゃないかとは思ってたよ」
「外の者達には、私から話して一旦お引き取り願おう。いくらなんでもあの数を診断するのは、会長殿に負担を強いてしまうからな」
ドウギの溜息混じりの言葉に、オズノはガックリと肩を落としてしまった。確かにあの数はキツイが、オズノの気持ちも分かるし、これは鬼族の新しい一歩になるかも知れない。
「いや、断らなくていいよ。ドウギ、申し訳ないが彼らを診察できる、大き目な建物はあるか?」
「それなら集会場が使えますが……。本気ですか会長殿」
「まあ、何とかなるさ。しかし、見事に女性だらけだなぁ」
チラリと窓から行列を覗くと、そこにいるのは女性ばかりで、年齢はやや高めに偏ってるように思えた。
「腹の足しにもならない、男のこだわりよりも、日々生きる事に直結する女性の方が分かる事があるですよ」
「「ローゼン……様⁉︎」」
「ローゼン、その格好はアレだ。着替えて来い」
「うふぅ、この私ともあろう者が、アナタのテクに期待し過ぎて、やっちまったですねぇ」
「言い方ァッ!」
いつの間にか後ろに立っていたローゼンは、例の不適切なネグリジェを着替えに、パタパタと部屋に戻って行った。
(やはり……会長殿は只者ではないな)
(マジかよ、あの平原の魔女と……)
俺の純潔は、まだ散らされてねぇっての。波風立っている彼らに、下手な言い方をしても逆効果と悟り、俺は診療に集中する事にした。
※
「心配ない、ただの風邪だ。吐いたのは咳を何度もしたせいだろう」
子供を抱いた女性は、ホッとしたのか目尻に涙を浮かべて、何度も小さな頭を撫でていた。どの種族も子供に向ける表情に違いはないんだなと、何度見ても関心してしまう。
「良かった……。この子の祖母も白面咳だったんです。もしこの子がって思ったら、不安で不安で」
微熱と咳が続いて、我が子が心配なあまり、夜に何度も様子を見に行っていたそうだ。朝になれば、我が子が目を覚ますのかと、やはり気が気でなかったらしい。
「白面咳とか、危険な悪精の姿は無かった。幼いから抵抗力が無くて、風邪が長引いて気道に炎症を起こしたんだ。咳は大事な体の反応でも、子供にとっては長引くと体力を削るし、炎症が悪化しやすい。咳は薬で止める事も出来るが、子供には強すぎるからな。ローゼン、君だったらどうする?」
「そうですねぇ、小児でも負担のない咳止めだったら、蝋肌樹の香木を煮た蒸気を吸わせるか、朱脂草の茎を蜂蜜に漬けた湯を飲ませますです」
「おー! それなら、この近くでも手に入りそうだな」
訪れた者の多くが女性だったが、高齢者を除き、多くの者は自らの病気ではなく、家族の病気についての相談が多かった。特に幼い子供を連れた母親が多く、何よりここ数年じわじわと増えていた、白面咳への不安を訴える割合が高い。連れて来られた子供達に、白面咳を患った子は見られなかったが、それぞれ何かしらの疾患はあった。
対処だけしても意味は無いので、母親には原因と対処法を教える必要があり、どうしても一人当たりの診察時間が伸びる。そんな時に助かるのが、ローゼンの知識だ。
『人類にあまり関わりたく無い』と言っていた彼女も、自分の研究で得た知識が活躍すると、診察に対しても積極さが見られるようになった。特に薬に関しては、この地域に生息する動植物を主に、鬼族自身で調達出来る材料で組み合わせたアドバイスが光っている。これなら後に、彼ら自身でも、伝えていけるだろう。
「……よし、これで相談者もはけたか。皆んなお疲れさん」
「「「お疲れ様でした〜」」」
気がつけば外はとっくに暗くなっている。三人娘も手伝いを買って出て、頼もしいことこの上なく、背中を預ける気持ちで集中出来た。皆んなやり切った顔で、清々しくもある。
ソフィアは回復魔術で、怪我を担当する即戦力であることはもちろん。長いソロ冒険者時代に僧侶に扮していたせいか、ご婦人方の相談をよくさばいていた。ティフォは子供の対応が恐ろしく上手くて、泣く子を一瞬の内に無心にするという、謎の能力が光った。スタルジャは高齢者とのコミュニケーションが上手い。柔和な印象のお陰なのか、相談事を上手く聞き出したり、難しくなりがちな説明をすんなりとこなしていた。
同じ仕事をすると、お互いが理解しやすいものだが、三人はローゼンともすっかり打ち解けているようだ。
「あ、ローゼンさん、この後お時間あります? 慰労会も兼ねて、親睦会やりましょうよ、同じ人外同士こうして出会えたのですから」
「あらあら〜お誘い嬉しいのです。時間なら後にも先にも、吐き気がする程あるのです♪」
「人外って。もう少し噛み砕いた表現をだな」
何故俺の方が気を使ってるのか分からないが、何となくソフィアをたしなめようとした時、勢いよく集会場の扉が開いた。
「─── 会長ッ! すぐに来てくれ、族長がヤベェんだ!」
オズノの表情に、その場の空気が一変した。すぐに俺達は集会場から程近い、元族長の家へと駆けつける事となった。