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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第七章 キュルキセル地方

第十一話 扉

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キュルキセル大森林最北部、ケファンの森。
生きては帰れないとされる入らずの地、
その先に居るアルフォンスの両親の元へと向かう。

時間にさえ干渉する程の結界、
精神に働きかける古代エルフの呪術が行く手を阻んだ。

しかし、強固な結界に触れた時、
アルフォンスの身体に記された神言の紋様が変化し、
光の神ラミリアとの契約に変化が現れた。

同時に膨張してゆく彼の魔力は、
その運命の進行に合わせて、
段階的にそのフタが用意されているとさえ思われる。

そうして呪術に打ち勝った時、
森の向こうから、
強大な気配が迫ろうとしていた。

 夜切の警告を受け、いつでも抜刀出来るよう備え、右足を大きく前に踏み締める。

─── 【着葬クラッド

 漆黒の甲冑が身を包むや否や、全身を仄暗い魔力が駆け巡り、生命力がグンと引き抜かれた。直後に何層もの防御魔術が、延々と重ねがけされて行く。最初から全力全開で闘いに備えようと、勝手に鎧が力を練り上げてゆく。夜切だけではなく、この鎧も危機を感じ取っているらしい。

 いや、俺自身の体にも、突き抜けるような勢いで、無意識の内に闘気が駆け巡っている。肉体が、本能が、迫る相手の危険を察知しているようだった。

 キュン……ッ‼︎

 姿はまだ見えていないが、10met(1met=1m)は離れているであろう距離から、間の樹々を紙のように切り裂いて斬撃が襲い掛かった。こちらも渾身の居合いで斬撃を飛ばすと、空中に青白い四条の光が弾け、森に甲高い金属音が響き渡る。その音に紛れ、次の瞬間には、背後から現れた影が胴薙どうなぎの一閃を放っていた。

 ギィィ……ンッ!

 振り返るより速く、片手で掴んだ夜切を下から振り上げるように回して、その一撃を受け止める。

「…………」

 あの距離から四連の斬撃を飛ばし、それより速く背後を取る、こいつは一流なんて枠を遥かに超えた刺客だ。その連撃をいなされ、流石に相手も驚いたのか、押し込んで来る剣に迷いが感じられた。

「シィ……ッ‼︎」

 相手の力の方向を、剣の腹で滑らせてズラし、重心がズレたその首元へとコンパクトに振り下ろしす。

 シュバッ! …………タッ!

 首の皮一枚を切るかどうかのギリギリで、相手の姿がブレ、次の瞬間には飛び退かれていた。

「随分なご挨拶だな、いきなり斬り掛かるたぁ、どういうつもりだ?」
『…………』

 男は剣を背中に隠すように持ち、気持ち体を斜めに、真っ直ぐ背筋を伸ばしてこちらを見ている。身長は俺と同じか、やや高い。長い手脚は軽装の防具の上からでも、一切無駄なく鍛え上げられた、しなやかな筋肉に覆われているであろう事が分かる。顔は白い仮面に覆われているが、青味がかった白銀の豊かな髪をオールバックに撫で付け、長い髭が鎖骨の高さで束ねられている。
 そして、何よりも目を引くのが、顔の両脇から伸びる長い耳。こいつ、エルフか?

『心強き者よ、通りたければ、そのを示すのだ……』

 この声、それにこの必要最低限の、動きを重視した軽装備、そして─── 。

「資格……? そんなもん知らねえよ。大体、心強き者ってなんだ、突然現れて、言ってる事がめちゃくちゃだろ」
『この森に巡らされた、心惑わす精霊の福音を、その方らは見事、小々波さざなみの微睡みに抑えた。世俗にたゆとう、低き魂では無い』

 世俗ねえ、確かに俺達は、物欲とか名誉欲とか少ないな。あれ? いや、一般的に考えたら、無いに等しいのか? じゃあ、あんな浅い眠りの夢みたいな、抽象的でしょうも無い幻覚じゃ、普通だったら済んでなかったって事か!

「最終的には、術を破ったが、それはズルじゃあないのか?」
『フッ……三度の浅き夢で終わり、それだけで充分。最早、言葉など不粋。我輩の剣を受けて尚、この先に進む覚悟と、力を示して超えて行け』

 流れるように重心を下げ、背に隠していた曲刀を鞘から抜いて、大きく構えを取った。鷹揚おうようでありながら、一部の隙も無い、いやにゆっくりに見える動作。そして、艶のない独特な金属で仕上げられた、真紅の刀身を持つ歪な曲刀。間違い無い、この仮面の剣士は……。

「皆んな、絶対に手を出すな! 出来る限り離れて、間合いには近寄るなッ‼︎」

 俺の剣幕に皆んな驚いた顔をしつつも、従って離れてくれた。男はそれを見届け、微かに笑う息の音を仮面に忍ばせ、瀑布ばくふの如き剣気を発した。

『いざ、参るッ‼︎』

 揺らめくような足の運びから、唐突に間合いが消え失せ、男の姿が懐に入り込む。そこから繰り出される、華麗さの欠片も無い、愚直なまでに合理的な必殺の剣閃の連続。主流派の八極流とは全く異なる、凶暴で臨機応変、激しくて無駄が無く、表かと思えば裏。

 人の目で追うなど到底不可能な剣戟けんげきを、俺の体に染み付いた、幾千幾万の修練の動作が最適解を導く。頭で戦いを組み立てるなんて、生っちょろい事、この相手には首を差し出すのと同じだ。相手を人だと思うな、剣の道の運命に立ち向かっていると思え……。小手先の技術で、呼び込める運など、この相手には存在しない!

 漫然と受ければ、剣は叩き折られるだろう。考えなく避ければ、それが自ら斬られに行く事になるだろう。髪の毛一本程の位置どりで急所を逸らし、蟻の眉間程の点へと正解に斬り込み、剣が求める声を聞く。音はとっくの昔に消え去って、色もいつの間にか消え去って、ただわずかに響く自分の呼吸だけがこの世に繋いでいるような感覚。

 久しぶりだ、ダグ爺との仕合に、この境地には何度も入り込んだものだ。恐怖心も焦りも無く、あるとすれば、そうなる事が決まっている流れに、延々と正解を選び続けるような静まり返った恍惚。

 一発で真っ二つになるであろう絶技を、男は単なるフェイントや、体の位置を入れ替えるための、ふとしたまやかしにまで織り交ぜてくる。上から振り下ろされた剣が、受ける瞬間に、それよりも速い速度で下から跳ね上がったり、横薙ぎの剣が途中でえぐい突きに変わる。そんな物理を無視したような技巧を、息をするように閃かせる。

「す、凄い。何なのあのふたり……!」
「ふふふ、まるで約束した動きを、高速で舞っているみたいですね♪ こんな闘い、世界屈指の剣士でも、そうそうお目にかかれませんよ〜」
「なんだか……アル様、笑ってない? 凄く楽しそうなの」
「そりゃあ本気で技を出しても、全部受けきる相手と、相手の本気の技をギリギリでかわせる全力の闘いよ? 生きてる限り、正解し続けてるなんて、キモチイイに決まってるわ」

 相手は修羅なんてもんじゃない、剣神で死神だ。だが、俺だっておいそれと負けてやる気なんて、さらっさらない。相手がやって来る以上の事を、引き出しをひっくり返してでも、浴びせ返してやる!

 こいつは生きてる者じゃない。そんな事は一合切り結んだ瞬間から、分かってる。この森を守る、もう一つの呪術みたいな存在だろう、でなけれは精巧なゴーレムみたいな者だ。それ以前に、生きてる者じゃないってのは、俺には分かるんだ。

『ぬ……?』

 男の剣に迷いが出始めた。当たり前だ、ダグ爺の膝に土つけた、俺の殺気混じりのフェイントを織り交ぜ始めたからな。ダグ爺よりこいつが上であるわけがない、上であれない理由がある!

 遅れ始めた相手の剣をいなし、上段から斬り掛かる殺気を匂わせると、すぐに男は見切って下から斬り上げる俺の剣を正確にさばく。そんな事は織込み済み、押さえつけに来たその剣に、剣の腹を滑らせながら肘で腹をカチ上げる。

『……ぐぬッ!』

 男は咄嗟とっさに飛び退すさって、俺の肘の威力を逃し、同時に空中で剣気を爆発的に高める。直後、横薙ぎの一閃に闘気を乗せて、今までで最大級の斬撃が放たれた。紅く強大な斬撃が、音より速く届くのを、闘気で硬めた夜切で受ける。その瞬間、夜切にぶつかった地点を支点に、重ねられていたもう一つの斬撃が回転して、俺の背中へと回り込む

 ……ガキッ!

『─── なッ⁉︎』

 正面から受けた斬撃は、充分勢いが死んでる。折りたたみナイフのように、くりんと俺の背中に回り込んだ斬撃は、夜切の柄の尻で受け止めた。強烈な衝撃で俺の体が前に吹き飛ばされる。それを利用して、一気に間合いを詰め、開いた男の胸へと渾身の一閃をぶち込む。

 だが、これだけ不測の事態が起きても、男は冷静だった。即座に切り替えて、神速の突きを放ち、俺を迎撃する 。

「く、くそ……ッ‼︎」
『フッ……』

 男の切っ先が、捻った俺の脇腹へと、吸い込まれるように迫る。

「……なぁんてな♪」
『─── ッ⁉︎』

 今まで織り交ぜてた殺気は、全部手抜きのただのフェイント。今、飛び込んで斬り込むビジョンを見せた、これこそが本当の俺の殺気フェイント。それを放つと同時に、上へと飛び上がり、すでに背後を取っていた。

 それでも食らいついて、振り向きざまに斬り掛かってくる辺りは、流石だとしか言いようが無いが。そんな苦し紛れの、小手先の技術で、この闘いの運命は掴めないんだよッ‼︎

 手首を回転させ、威力よりも遥かに速度を重視した、コンパクトなスイングで男の頭部へ振り下ろす。

 カッ! …………カラン……カララン……

 男の腕から真紅の曲刀が落ち、真っ二つに分かれた白い仮面が、地面に転がって行った。

『み、見事……ッ‼︎』

 目を見開いて愕然としながら、口元を笑うように吊り上げて、そう呟いた。もう、相手の戦意は感じられない。そして俺はこの闘いの開幕から、ずっと言いたかった一言を、男に浴びせ掛ける事にした。

「何やってんだよ、義父とうさん……」

 俺が知ってるより大分若い姿だが、この男こそが剣士の最高峰、剣聖イングヴェイ・ゴールマインその人だ。 俺の言葉に、義父さんのエメラルドの瞳が、ピクリと揺れた。
そして、何かを思い出すように、深く目を瞬きして、戸惑うように口を開く─── 。

『……と、とうさん? ……まて、ん? ええっと……誰との、いつの子であるか⁉︎ 人族って事は、メリーか? メリッサか? いや、ジェーン……分かんない、ごめん教えて?』

 女性陣の白い目が向けられる中、義父さんと思しき人外の、問題発言が飛び出した。

 ※ 

『そうであるか、吾輩の本体は、すでに……』
「本体が失われたってのに、アンタは何でこんなに力を、維持出来てるんだ?」

 俺の力を認めた義父さん……いや、本人曰く分身だそうだが、彼は俺達を道案内する傍ら、ポツリポツリとこの森の事を語ってくれた。

『ふむ、正しくは魔術や闘気による分身とは異なるのだ。各々が魂を分かつ、独立した存在……と言えば良かろうか。
─── つまり、吾輩の心は自由。燃え盛る恋の情熱も自由なのですよ、
「間に合ってます」
「おい、本体のとは言え、義理の息子の婚約者口説こうとすんな。義父さんのイメージ崩れるから止めろッ‼︎」

 ソフィアは真顔でサラリと流したが、この男はさっきから語尾につけるように、口説きに入ろうとする。俺の知ってる義父さんは、寡黙で優しくて、男の渋みのある人だったんだが……?

 ダグ爺からは『お前の養父となってから随分と落ち着いた』とは聞いていたし、妖精女王ティータニアは『色魔』と吐き捨てるように言ってはいたが。こっちがだったのか……⁉︎

「ま、まあ、ゴーレムみたいなものって事でいいのか?」
『それともまた違うであるな。まあ良い、詳細は様の口から、その方の運命を絡めて聞くが良い。
─── そう、吾輩と運命をほんの少しだけ、絡めてはみませんか。その美しい毛並みにあう、最高の髪飾りをお贈りさせて頂いても?』
「それ以上近づくな。棺桶用のサンダルでも、贈り返そうかしら?」

 エリンにもいなされて、男は肩をすくめて『Oh……』とか言ってるが、もう突っ込むのも面倒くさい。棺桶用のサンダルね、冥府を歩くためのサンダルを、一緒に埋葬する風習が広くあるけど、暗に殺すって言われてやんのな。それより今『オリアル様』とか、俺の運命とか言ったよな⁉︎

「オリアル……? それが俺の本当の父の名なのか?」
『む? 其方は自らの父の名も、知らされておらぬのか。
─── オリアル・マルデル・クヌルギアス。それがその方のだ』

 クヌルギアス? 聞いた事の無い姓だし、語源に当たりそうな言語にも覚えが無い。何処の地方の姓なんだろう。それに、剣聖と繋がりがある辺り、もしかしたら結構位の高い人物なのかも知れないな。

「そうか。教えてくれてありがとう。なあ、アンタの事は何て呼べばいい? 義父とうさんじゃないし、親と同じ顔の存在を、ぞんざいに『アンタ』と呼ぶのも気が引けるんだが」
『吾輩か、吾輩はアハトと呼ばれておる。好きに呼ぶが良い。
─── 特に貴女とは、二人だけの秘密の呼び名で、呼び合ってみたいものです。美しい緑髪のお嬢さん』
「あ、今、お腹いっぱいなんで」

 スタルジャって、目がクリクリしてて人懐っこそうな美少女だけど、知らない人には結構冷たい所があるんだよなぁ。質問と全く関係の無い、自分の都合で断る辺り、話すら聞いてないっぽい。

 なんだかガッカリし過ぎて、胃の辺りがシクシク痛いが、でも、これが義父とうさんの若い頃の姿なんだよな。俺の記憶にある、一番古い義父さんの記憶でも、すでに高齢って感じだった。それが、このアハトは、四十代後半から五十前半って感じ。

 自分の知らない義父の姿とは言え、もう二度と見る事が出来ないと悲しんだ背中が、今目の前を歩いているのはなんとも言えない気持ちだ。再会なようで、俺の知らない義父さんの、若い頃の姿がここにある。

「 母さんは……。俺の母さんって、どんな人なんだ?」
様……か。うむ、彼の方は、美しく優しく、己の事より人を選ぶ……そんなお方だ。怒らせると非常に……恐ろしい。
─── だが、貴女の可憐な美しさに吸い込まれてしまう、私の心の行く末の方が、恐ろしい』
「お姉ちゃん、何か言ってるよ、この人!」
「あたしに頼るんじゃない。自分で追っ払いなさいユニ」

 そろそろ本当に恐ろしい目に合いそうなもんだが、結構みんなドライに流すなぁ。

「へぇ〜、何だかアルに似てるね♪ 早く会ってみたいなぁ」

 エルヴィラって言うのか。母親ね……うん、ずっと居ないものと思って来たし、里にいた頃は物語の中の存在だった。外界に出てから、よく街で母子の関係なんかを見たりしたけど、正直いいなと思ってもうらやましいとは思えなかった。ただ、なんだろう? アハトの声色に妙な響きが感じられたんだが?

「ボソボソ(ん、んんッ、おか、お義母さま、お義母さま、ふつ、ふつっつか者、ふつつか)」
「お姉ちゃん、何をさっきからボソボソ言ってるの?」
「ふつつかッ⁉︎ あ、いや、何でもないわ!」

 と、アハトは突如森の中で足を止め、手の平を何も無い空間に突き出し、こちらを振り返った。

『今から扉を開ける。これよりは、吾輩の後ろにしっかりと付き、決して後ろは……振り返らぬ事。従わぬ者は、助ける事かなわぬ。心して参られよ』
「「「─── !」」」

 アハトの前の空間が歪み、扉の開く蝶番ちょうつがいの軋む音を立て、真っ暗なトンネルが口を開けた。振り返ってあごで促すと、彼は先に入って行ってしまう。俺達は顔を見合わせて頷くと、その後を追って、トンネルの中へと足を踏み入れた。

 ※ 

 どれほど進んだのだろうか、薄ぼんやりと光る階段を、延々と降り続ける七人の足音だけが反響していた。

 最初に『後ろを決して振り返るな』と言われた理由が、何となく分かる。ずっと真後ろに、ドス黒い殺気を放つ何かが、ビッタリとくっ付いて来ている。それ自体がどれ程の怪物なのかは、おそらく関係無いだろう。この階段自体が非常にあやふやな世界で出来ていて、この殺気に振り返った途端に何も無い世界へ切り離されるとか、そんな感じがビシビシと伝わって来る。
 気配はブラフ、この空間自体が、呪術みたいなものだろう。

『さて、ご足労であった。前を見よ、ここがオリアル様とエルヴィラ様の在わす“方星宮ほうせいきゅう”の入口。“在る”と信じて見よ、自ずと足場も見えるはずである』

 まだまだ下り階段は、先が見えない程に続いているが、アハトは突如立ち止まってそう言った。細い階段を一列で降りて来ただけに、振り返って後ろの皆んなを確認するわけにもいかず、アハトがどうするのか見ているしか無い。

 すると、彼はごく自然に足を前に出して、下り階段の途中から、真っ直ぐに空中を歩いて行ってしまう。唐突に、そこに見えない廊下でも在るかのように。

 『在る』と信じろと言われただけだったら、さっぱりだっただろうけど、こうして目の前で実際に歩かれると俄然がぜん信じられる気がする。

 あ、見えた……。

 目の錯覚かと思うくらいの、わずかな景色のズレを見つけた途端に、目の前に石畳の通路が見えた。どうしてこんな物が見えなかったのか、いや、今認識した事で現れたのだろう。アハトが居なかったら、振り返る事も出来ずに、永久に階段を降り続ける羽目になっていた。
 これって、隠蔽がどうこうじゃなくて、招かれざる客は確実に死ぬやつだろ……。そこまでして、俺の両親がかくまわれている理由は何だ、もう想像すらつかない。

 二、三回鉄靴で踏みしめて、一応強度を確認してみたが、石畳に似せた堅牢な魔力の創造物だ。意を決してアハトの後を追い掛けると、後ろから皆んなの足音も続いていた。

『ここが方星宮の入口。中は少し薄暗い、お嬢さん方は足元にご注意を、何でしたらこのアハトの背中……』
「ん? おんぶ、いいの?」
『え、あ、いや。赤髪のお嬢ちゃんはちょっと、流石に……。世間体が……』
「アル様、そろそろ小突いても……いいかしら」
「目的を果たしてからな……」

 石の廊下の終点には、古めかしい塔の天辺てっぺんにつながっていた。塔の向こうの背景は、真っ暗闇で、空は星一つない暗黒。仄かに輝く赤い光の筋が、空から根っこのよう下に伸びているのが、点々と数え切れない程にどこまでも続いている。それはこの世のものとは思えない、夢の中の不条理な世界を具現化したような、非現実の風景だった。

 ……この塔をまた下って行くのか?

 重苦しい音を立て、無骨な扉が開かれると、燭台しょくだいの点々と続く回廊が見えた。階段ではなく、螺旋状に下へと続く廊下、その壁際にはずらりと本棚が続いている。

「この風景、どこか見覚えがあるな……」
「アケル大樹海の、パルスルの館によく似ていますね」
「それだ。手摺の意匠までそっくりだ!」

 ずいぶんと古い外観だったけど、こういうのが流行った時代でもあったのだろうか。アハトはティフォをおんぶして、スタスタと先を歩き出している。何か親戚のおじさんに運ばれる、遊び疲れた子供みたいにも見えるな。落ち着いたら、もう少し彼からは、色々と話も聞いてみたいとも思う。

 最初は、そんな事を考えられる、余裕があった。でも進むに連れて、誰しもが黙りこくって、ただただ回廊を下っていた。ティフォですら、途中でアハトの背中から降りて、静かに歩いている。ただ、彼女のポシェットから顔を出しているベヒーモスだけは、目を爛々らんらんと輝かせて辺りをキョロキョロとうかがい、活発になっていた。

─── この異様に濃い魔力のせいだ。

 自然界の生み出す強大なエネルギー、それに近い人智を超えた規模の魔力が、下に行く程に濃く強烈になって行く。その圧力に、スタルジャはいつの間にか、ダークエルフ化して、鋭い目つきで辺りを警戒していた。赤豹姉妹も、耳を伏せて横に伸ばし、尻尾の毛を逆立てている。ティフォは無口だし、ソフィアは……何かを思い詰めたような表情でうつむいていた。

 ※ 

 螺旋回廊の最下層は、パルスルの館とおなじく、開かれた地下のホールになっていた。パルスルの館は殺風景な研究室だったが、この方星宮は違い、重厚な柱の並ぶ石造の壁面に、荘厳な装飾があしらわれた厳格な空間だった。

『戻ったかアハト。かなりの激戦を繰り広げていたようだが……その者達が……? まさか、そこの偉丈夫は……』
『ふむ、ゼクスよ。この者達は試練を見事超えた者達、だから連れて来たまで。何者であるかは、我らの決める事ではなかろう。他の者はどうした?』
『今は全員、玉座の間に集まっておる。お主の帰りを待っていたのだ』
「あ、あのぅ、話の途中にごめんなさい。……アハトさんって双子だったの⁉︎」

 唖然とするしか無かった俺の代わりに、スタルジャが踏み込んで聞いてくれた。

『んん? いやいや、美しいお嬢さん、そうではありません。彼もまたイングヴェイ・ゴールマインの分身のひとり、ゼクスに御座います』
『これはこれは、お初御目にかかります、美しいエルフのお嬢さん。これなるはゼクス、この方星宮を守る者のひとり。
─── ただ、その重き任務も、今日で終わりそうですな。これからは貴女と言う名の、この世の宝石を……』
「あ、双子かなって思っただけです。まだお腹いっぱいなんで結構です」

 脈略のない返答でピシャリとはねつけ、すぐに俺の後ろに戻ったスタルジャだったが、俺の頭の中には嫌な予感が持ち上がっていた。確か、古代エルフ語でアハトは『8』、ゼクスは『6』だったが、まさかね……?

『……では、準備はよろしいか?』

 アハトは一際大きな扉の前で、ノブに手を掛けて振り返った。心なしか、彼の顔にも緊張の色が見えた気がする。俺は一度大きく深呼吸して、ここまで着いて来てくれた皆の顔を見回す。全員が深く頷き、俺の背中を押してくれた。

「ああ、頼む。両親に合わせてくれ」

 ガチャリと重々しい金属音が響き、扉は音もなくゆっくりと開いた─── 。

作者のつぶやき

剣聖イングヴェイ氏の怒涛の口説き文句を書いていると、
ど~にも高◯純次氏を思い出してしまい、
すごく余計な文章を入れたくなってしまうという罠があります。

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