Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第三章 密林国アケル
第七話 闘技場、参戦!
ガランッ! ……カラカラカラ……ン
石畳の上を、手から落ちた短身肉厚のブロードソードが滑り、哀しげな音を立てた。リングメイルに、革の軽装備を身に付けた男が、腹部を押さえて膝をつく。
「……そこまでッ‼︎ 勝者、赤豹族のユニッ!」
ウオオオオォォォ……ッ‼
頰を染めながら、ぴょこんとお辞儀して、ユニはこちらの退場門へと駆けて来る。
今俺達はアケル中央部州の首都セルベアードにある闘技場に来ている。
赤豹姉妹の叔父から勧められた通り、会場では様々な人種、出身者の戦士達が技を競い合っていた。そこへエリンとユニ、そしてタイロンがエントリーして、新技法を組み込んだ闘い方で、どれだけ通用するのか挑む事となった。今はトーナメントシーズンではなく、エントリーさえすれば直ぐにでも参加出来るルールになっているのは助かった。一晩の内に何度勝てたか、負けた数は含まず、何度でも挑戦出来るため、シーズンオフでも参加希望は多い。
結構、生活費の足しに参加する者もいるらしく、獣人達がどれだけ勝負好きなのかが分かる。ただ、見ている限りでは、参加者の比率は獣人よりも人間が多い気がする……。
「もしかして、あの姉妹って強かった?」
思わずそう漏らすと、タイロンはチラッとこちらを見てから、次に控えているエリンの方をあごでさした。
「…………赤豹族は、肉食獣系の中では……最強種に近い」
「虎とか獅子系の種族は?」
「戦う……環境による。…………ただ、人族としての体の……大きさと、攻撃の可動域で……比べれば、速さと……力のバランスが保てている方が……有利」
なるほど。人型である以上、ただ豪腕や破壊力を誇っても、体格差に範囲があるから、動物界での強さは関係がないか。大きな体で筋力があっても、体重があればあるほど、動きは緩慢になるだろうし。
「それに……あの二人は、南部の二強と……謳われた赤豹族の族長と、頬白熊族の……族長に鍛えられている。…………打つ、投げる、キメる。体術はかなりのレベル、槍鎌術は……もう少し上のレベルだろう…………」
槍鎌とは、簡単に言えば、槍の穂先に鎌のような刃がついていて、突いたり引っ掻くように致命傷を与える、見た目が結構えげつない武器の事。それを極めた二人が、それを使わないのは、対戦相手ならかなりの不安材料だろう。
「……それなのに、魔術相手だと黒いソフトハットの連中みたいな、素人集団にも遅れを取ったのか。まあ、もうその心配もないけど」
エリンとユニが拐われた時、雷撃系の魔術と睡眠系の衰弱させる魔術で、不意を突かれたと言っていた。魔術を使えないという事は、魔術への耐性が作れないという事でもある。しかし、ここまでの旅でも、彼女達は特に護衛の必要がない実力を見せていたが、これ程とは思わなかった。結局、素手で勝ち進んでしまって、新しい戦術に行けてないくらい。
実績のある実力者は、後半に出てくるらしいし、このまま勝利を重ねて行けば、戦術の出番も来るだろう。
「次の試合は、同じ南部赤豹族のエリン! 対するは、ご存知、東部八極流師範代のカイル・マードック!」
エリンが呼ばれ、こちらに手を振って、会場へと出て行った。対戦相手の名前が呼ばれると、会場のボルテージが、一層大きく高まった。
「有名なのか? あれは魔法剣士っぽいな」
ユニの対戦相手と同じような軽装備だが、腰の剣とは別に、魔術制御用の指輪をいくつもつけている。よく見れば、試合開始前から、すでに詠唱を呟いているようだ。
「あ、汚ねぇなアイツ! エリンが獣人だと分かったら、開始前から魔術攻めで行く気満々じゃねーか!」
「あれは常連の戦士だ。…………人間の割に戦闘能力も高いが、魔術の短縮詠唱が使える。まあ、闘技場での闘いなど、最後に立っていたら勝ちだ…………。実戦の方が、汚いものだろう?」
「まあ、それもそうか。勝手に愛と勇気と友情の競技だと思い始めてたけど、これだもんな……」
そう言って会場と地続きの入退場門から、階段状にぐるりと囲っている、石造りの客席を見上げる。空気を揺らすような喧騒の中、人々は下品な野次を飛ばしたり、賭けに乗じたりしていた。
「でも、あれならやっと、彼女達の新しい闘い方が披露できそうですよ? 今までのお相手の方々は、ちょっとアレ過ぎでしたから」
そう言いながら、ソフィアは親指を下に向けるジェスチャーをした。上品な外見で優しい笑顔のまま、この見下した感じは……なんか物凄く背徳な物を感じる。
─── 始めッ‼︎
「……の尾を触れさせよ─── 【針雷】!」
開幕一閃、魔法剣士カイルの雷撃系魔術【針雷】が、真っ直ぐエリンに向かって白い線を走らせた。倒す目的ではなく、痺れさせる事で彼女の動きを奪う攻撃だった。
「─── 【水蜻蛉】」
しかし、それは両者の間に現れた、水の粒を纏った竜巻に阻まれ、閃光を発しながら上空へと飛ばされた。風と水の合成魔術の、お手本みたいな返し技だった。
「なッ⁉︎ 獣人が魔術だt」
「─── 【火蛇】」
エリンの指先が、空に黄緑色の光の線を描き、魔術印を形取った。
「……くっ! 火神の眷属、大地の竃に在わす、狐火の……ッ⁉︎ ぐぅおあああぁぁぁッ!」
カイルの短縮詠唱は間に合うどころか、激しく集中を欠き、エリンの火属性魔術を防御しようとした魔術が暴発した。エリンの放った炎の蛇と、カイルの暴発させた炎の巻き上がりで、彼は火ダルマとなって転がった。
「─── 【雨鼠】」
エリンは更に空中に印を結び、小さな雨雲を作ると、カイルに魔術の雨を浴びせて炎を消し去った。発動を終えた魔術印が、ゆっくりと消えて行く。
「………………」
司会があんぐりと口を開けている。あれだけ騒いでいた満場の観客席も、水を打ったように静まり返った。
「…………ま、まいった…………!」
時が止まったような静寂の中、カイルの苦しげな宣言が、呻くように告げられた。
「………………そ、それまで……勝者、エリンッ!」
どれだけの間があったか、今までで最大の歓声が、石造りの闘技場を揺らせた。
「魔術詠唱は時間が掛かる。詠唱短縮した低級魔術だって、魔力の準備を含めれば、十数秒はロスするんだ。予め作成した護符なら、発動まで一瞬。でも、戦闘中のフレキシブルな対応には向かない。─── 印を結ぶ。魔力を外に働きかける事が出来ない獣人でも、強制的に発動させるこの方法なら……。魔力を魔術化させて、尚且つ短縮詠唱と同等かそれ以下の時間で発動が可能になる」
護符魔術を覚えたタイロンの最適解は、獣人達の未来を大きく変える可能性を秘めていた。そして、彼らが生み出した、指で描く魔術印の技術が、それを今開花させようとしている。
「…………魔導印。師匠が教えてくれた。こんな方法があるとは、夢にも思わなかった……」
「俺は無詠唱で魔術を扱う。だから、この古い技法に目が行かなかったんだよ。タイロンに聞かれるまで、発想に無かった。これは君の辿り着いた、君達の掴んだ到達点だよ」
魔導印はアーシェ婆の魔術講座で、少し触れた程度だった。詠唱と同じく、中途で妨害されれば暴発の危険性を持つ技法を、アーシェ婆は良しとしなかった。 魔術は呼吸と同じく、無意識でも扱えるべきだと。だから、イメージングで発動までの過程を描く、無詠唱を叩き込まれた。
これは魔力が魔術化される行程を、認識出来なければ不可能な事で、自らの肉体で理解する所から始める荒行だった。もうホント、何度死んだ事か。
里から出て、何故、みんな詠唱してるのか分からなかったが、今なら分かる。【自動蘇生】はおろか【蘇生】すら扱えないのであれば、魔力がどうやって魔術化しているのか、体感するなんて無理な話だ。あの死ぬ瞬間の、異様に感覚が研ぎ澄まされた境地でないと、認識出来ない世界だったし。そして、蘇生のための魔術は、それぐらい術式を認識していなければ、扱う事は出来ない。
─── 高い技術は、高いスタート地点が生み出すものだ
だからこそ、その魔術の技法の最高峰に辿り着いてしまえば、詠唱が必要だった頃の感覚だって忘れてしまう。獣人用の魔道具を利用する方法だって、獣人がどれだけ魔力を扱えるか分からないからこその、急凌ぎだった。魔術さえ扱えれば、アンデッドに勝てる。理由がそれだけのスタート地点だったが、今はここまで辿り着いてしまった。
獣人族が最強種になる可能性に!
「はあー! 勝った勝った! アル様、見てた⁉︎ あたし人間の魔術に、あたしの魔術で勝てた……! 勝てたよぅ……うぅ……ぐすっ」
エリンは会場から戻ると、俺に抱きついて泣き出した。
「ああ、見てたよ。がんばったな! あれだけ練習してたんだ、エリンの力だよ。よくがんばったよ、本当に」
「これで……これであたし達も……。人間に勝てるんだ!」
聖魔大戦以降、亜人の排斥が広まる中、獣人もまたその対象となった。今でこそ、獣人族は人間と共存しているが、それでも肩身が狭い思いをしていると言う。その大きな原因は、魔術を使えない事による、力関係の問題だった。しかし、それも今、彼女は多くの観客の前で、獣人族の地位を取り戻す流れの始まりを見せた。
「ああ。もう、勝てる。でも、出来れば共に歩める道を模索して行って欲しい」
「…………うん。やり返したって、何も生まない。それに人間の考え出す事は、あたしらにも良い事が多いんだ。お爺様達と色々考えてみる」
ワアアァァァァ……
会場から歓声が聞こえ来た。またひと試合終わったようだ。
「あら? ティフォちゃんがいませんね? 何処に行っちゃったんでしょうか」
「ん、あ! アイツ出たがってたからなぁ、目を離すとヤバイかも」
「私、ちょっと探しに行って来ますね♪」
そう言えば妙に大人しいと思った。ソフィアが通路を、パタパタと駆けて行く。
「次の試合は、過去、獣人族の武闘大会を幾度も制した獣人の覇者! ゲッコー族の雄、タイロンッ!」
「お、タイロン、呼ばれたな!」
「……ああ、行ってくる」
「対するは、同じく獣人族武闘大会優勝者、北部の山嵐族、プラドッ!」
おお、同じ大会の優勝経験者同士の戦いか! 相手は槍使い、しかも背中にビッシリ、長い針が逆立ってる。ん、タイロンと何か話してるな? ここからだと、何を話してるのかさっぱりだが、プラドの方は深刻そうな顔だ。
「始めッ!」
両者は睨み合って動かない。それだけ実力が拮抗してるのか? そう思った時、プラドはやや膝を落とすと、矢のように飛び出した。かなり遠い間合いから、槍を限界まで長く持ち直し、穂先で薙ぎ払いをかける。瞬きすら許さないプラドの一閃を、タイロンはわずかに下がって、棒で叩き落とすように軌道を変えさせた。
即座に反撃へと繋げるタイロンだったが、何故か急に棒を引き戻し、大きくプラドに回り込んだ。
シュカカカカカッ!
床に大量の針が撃ち込まれ、石張りの床に突き刺さる。先程までタイロンが居た場所だ。プラドは槍を振る勢いを利用して、背中の針を振り飛ばしていた。
カンッ! カカン、カァンッ!
刹那の内にタイロンの棍が、縦横無尽に四連撃を放つも、プラドは槍の腹で受け切る。そのままタイロンの攻撃を、払い飛ばすようにして足払いを掛けるが、タイロンはそれを飛んでかわす。
シュシュシュシュ……
空中で動きが取りにくいタイロンへ、プラドはまた針を撃ち込む。
「─── 【疾風の衣】!」
だが一瞬で魔導印を描いたタイロンは、風の魔術を発動させ、急加速して逃れた。
「おい! まただ! また獣人が魔術を使ったぞ……⁉︎」
観客からそんな言葉が、ざわめきと共に発せられた。タイロンは体に纏った風を操り、動作すら見せぬ速さで、プラドの鳩尾を突き込んだ。
「……ぐはぁッ!」
プラドは目を見開いて、体をくの字になると、床にうずくまるようにして倒れた。
「……そ、そこまでッ! 勝者、タイロン‼︎」
会場は一時騒然となり、割れんばかりの歓声に揺れた。
「お疲れ! 流石だなタイロン! 手加減までしてたじゃないか!」
「……ああ、魔術は使いたかったからな。目的は果たせた」
タイロンが退場しても、会場の騒ぎは治まらなかった。それはそうだろう、エリンに続き、彼までもが魔術を行使したのだ。観客の6〜7割が獣人、中には魔道具の腕輪を持つ者もいるかも知れない。
二人は道具を使わずに、魔術を発動したのだ。
タイロン達が使っている技法は『魔導印』。本来であれば指先に光の魔術を宿らせ、その残像で術式を空中に描き出すものだ。
しかし、獣人である彼らはその光を出す事も難しい。
だが、魔導印を試しにやってみた所、ただ指先に魔力を強く集中させるだけでも、わずかな手数で済む術式であれば発動出来ることが分かった。おそらく魔術の技法として魔導印が発展しなかったのは、複雑な術式を追うことができなかったからだろう。それが獣人族魔術獲得のターニングポイントとなるとは、誰も思わずに。
複雑な術式が不可能なのであれば、術式の方を簡略化してしまえばいい。
タイロンから相談を受けた時、そこに思い立っていくつかの基本的な術式を簡略化したものを教えてみた所、詠唱も護符も使わずに、指先で空に描くだけで発動する魔術が可能になった。本来魔術学とはあまり開かれた学問とは言えないものだ。
魔導印の技術と術式の簡略化が、同じ場所・時代に発展していたとしたら、すでにこの方法が生まれ、獣人族の地位は違ったものになっていたかもしれない。
アーシェ婆はそこらの知識や秘術をなぜか知っていた。
里のみんなが守護神だったのだと、ここに来てようやく実感が湧いてきた気がする。秘匿されている魔術知識の多くを知っているとすれば、単に長生きで博識だからでは説明がつかない。
今、この会場で起きている事は、全く新しい事がポンと生まれたというのではなく、本来人類が持てる知識を持ち寄っていたのならとうに越えられていた壁なんだと思う。だが、獣人族は魔術が使えないものと思い込んできた人間も、そして獣人にとっても、この光景は衝撃的な事には違いない。
次に出場するユニも、おそらく魔術を使うだろう。未だ興奮冷めやらぬ会場に、運営陣が動揺しているようだった。
「ま、待ってくれタイロンさん!」
声に振り返ると、そこには先程の対戦相手のプラドが、腹を押さえてよろけながら立っていた。
「…………まだ動かない方がいい」
「いや、俺の体など、どうでもいい。さっきのアレは魔術か……?」
「…………そうだ」
タイロンの返事に、彼は愕然としていた。
「……少し前に、南部でアンデッド用の魔道具が出来たと聞いた。それを使ったのか?」
「いや、道具は何も使っていない」
プラドの顔に驚愕の色が差し込んだ。すがりつくように、タイロンの手を取り、頭を深々と下げた。
「相談があるんだ!」
※ ※ ※
「……北部はそんな事になってたのか」
「情け無い事だが……どうしようも無かった」
数日前、北部の樹海周辺に、アンデッドの大群が現れたらしい。その規模は抗えるなんてレベルを遥かに超えていて、樹海周辺に住んでいた人々は、着の身着のまま、土地を捨てて逃げて来たと言う。
魔道具の腕輪も届いてはいたが、数が少なく、人々を逃す事しか出来なかった。
プラドは中央部と南部に協力を求めて、何とかここまで辿り着いたが、旅費が底を尽いてしまった。丁度、今日が闘技場の開催日だと知り、ファイトマネー目当てに参戦したそうだ。
「……しかし、それだけの異変だってのに、全然噂を耳にしなかったな」
「襲われたのは、いくつかの獣人の街だけだ。それも北上して行った部族が多い。あっちには強い種族がいくつかあるからな」
で、彼は南下して助けを呼び、アンデッドを挟撃出来ないかと考えたそうだ。
「南部と中央部では、獣人達もアンデッドを退治していると聞いた。 何とか、力を貸してもらえまいか?」
プラドは再び深く頭を下げた。タイロンは目を瞑り、腕組をして考え込んでいるようだ。
「分かった。南部へは中央周辺の獣人達に、連絡を頼めないか打診してみよう。アンデッドがどう移動するのか、まだ予測がつかない以上、速く手を打つべきだろう」
「…………いいのか、師匠」
「ん? どうせ俺達も、北部を抜けて行かなきゃいけないんだ。ついでに中央部と北部の獣人達にも、魔術の使い方を広めて行けばいいんじゃないか?」
一部の獣人だけでは意味がない。彼ら自身で生きて行くにも、人間と対等な立場について、アケルを強くして行く為にも、全獣人の戦力向上は外せない。
「ほ、本当かッ⁉︎ こ、これ以上の頼もしい言葉はない!」
プラドは俺の手を取り、何度も何度も頭を下げて来る。
「俺達にも必要な事なんだ。そう畏まらないでくれ」
「いや! 有り難い、感謝する! ところで済まない、私は山嵐族のプラドと申す。貴方はタイロンさんと懇意のようだが、それにあの赤豹族の娘達とも……。貴方は一体……?」
「ああ、そう言えば自己紹介もしてなかったな。俺はアルフォンス・ゴールマイン。二人の連れと共に旅をしている。タイロンと赤豹の姉妹は、案内役として南部からついて来てくれているんだ」
プラドが呆然としている。人間が彼らと旅をしているのは、そんなに珍しいのだろうか?
ドゲザァッ!
突然彼は膝まづき、頭を床に押し付けた。何か棘がわさわさで、でっかい栗みたいになっている。
「へ? おい、ちょ……」
「貴方様がお噂に名高い、アルフォンス会長様でございましたかッ⁉︎ そうとは知らず、大変に無礼な態度を! このプラド一人の命を以って、どうか我が一族にはお咎めのないよう、お取り計らい下さりますればッ‼︎」
「いやいや、待とう。ちょっと待とう。どんな噂かしらんが、もうね、俺の事で間違いはないだろうけど、俺は『会長』じゃねぇ! それにこんな事で、あんたら一族をどうこう出来る権利も無ければ、その気もねぇ!」
隣で珍しくタイロンが肩を震わせて、笑いを堪えていた。
「そ、そ、そ、それは! 何と懐の深い御人でありましょう! いや道理でタイロンさんが、貴方に尊敬の眼差しを向けていると思ったら……なるほど」
えぇ? 尊敬の眼差し? タイロンが?タイロンの方をチラ見すると、彼は赤くなっていた。分かり辛ぇよ! 超ポーカーフェイスじゃん! えっ、そうだったの?
「……ところでさ、噂での俺ってどんななの?」
「ハッ! 単身アンデッドの群れを屠り、赤豹族の娘を魔の手から奪還。黒幕の南部州知事を失脚させ、逆らう者は皆、イソギンチャクのようになるまで斬刻む……。魔族をすでに二箇所で踏み潰した、黒き死神の王だと! そして赤豹族は永遠の服従を誓い、その証として族長の孫娘と二人を、妻として差し出したと!」
起きた事は大体合ってるけどな、言い方一つでえらく印象が違うもんだ。うん、おい、なんだコレ? イソギンチャクはどっから来た? もしかして、噂の出元にガストンでも関わってんのか⁉︎
あ、タイロン笑ってんじゃねぇ!
「……そして、我々に聖なる腕輪を授け、今や獣人族をひとつに纏める、偉大なる王であると」
「んー、どっから誤解をといて行けばいい?」
取り敢えず、彼には一から順を追って説明する事にした。それでもあんまり、畏まった態度が変わらないのは解せねぇ。
「お待たせいたしました! 本日のエクストラバトルのご案内に移ります!」
ん? 何か会場の方から、でかい歓声が響いて来るな。あ、ユニの試合観そびれた! ヘソ曲げなきゃいいけどなぁ。
「本日のエクストラバトル、立ちはだかる魔物は何と……ッ はぁッ⁉︎ べ、ベヒーモス⁉︎
……ひそひそ、ゴニョゴニョ……(これ間違いじゃないの? え? ほんとに……⁉︎)」
解説者の慌てふためいて確認するひそひそ声が魔道具に拾われている。会場からは、轟くような驚きの声が上がっていた。
「エクストラバトルって何だ?」
「……有志参加の戦士と、運営の用意した魔物を闘わせる闘いだ。魔物だったり、魔獣だったり、場合によっては高名な戦士だったり色々だが……ベヒーモスは流石に……」
ベヒーモスとは、とにかく巨大で、牛の角に獅子の体、鋭い牙を持つ強力な魔物だ。魔術も使いこなせる高い知性と、気性の荒さは有名で、確かギルドではS級指定の危険害獣だったはずだ。目撃例は少なく、数十〜数百年に一度、何らかの形で人里が襲われる事があるという、ほとんど伝説上の存在。
「よくそんなの連れて来れたな……。と言うか闘技場が耐えられるのか? ちょっとしたお屋敷サイズの魔物だろ?」
「召喚する魔道具があるのですよ。そして会場には強力な結界が張られているので、龍種がでた事もある程でして。有志は一人ずつ参加、負けると直ぐに次の者が入れ替わる方式が多いですな。しかし、流石に今回は多数参加で挑む形でしょう。なんせベヒーモス……」
ふうん、色々やってんのね。しかし、S級指定じゃあ、数人やそこらじゃあ無理じゃねぇか? S級冒険者かA級冒険者の、熟練者の多数パーティで挑むレベルだぞ。その前に会場に収まるのか?
「この凶悪な怪物に挑む、本日最初の勇者は……え? あれ? マジで?(ごにょごにょ)」
何か問題でもあったのだろうか、司会が口調を素に戻して誰かと相談しているようだ。
「……し、失礼しました! 本日最初の勇者は、南部からの使者『赤髪のティフォ』‼ その小さな体でどこまで耐えられるのか~~ッ!」
「まああぁぁてええええぇぇぇッ‼︎‼︎」
俺は会場に向かってダッシュした。