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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第三章 密林国アケル

第八話 黒、ドクロ、獣人族

 いやあね、私だってこの闘技場で、司会業やって十八年、一応ベテランなんですよ。今までもね、そりゃあ色〜んな事がありましたよ? でもね、プロ意識ってんですかね、慌てず騒がず口ごもらずで、しゃべり通して来たんですわ。それが今日は何て言うか、唖然とする事ばかりでね……。
 獣人が魔術使うわ、最強と噂の実力者が、大人しそうな赤豹族の女の子に瞬殺されるわ。

 挙句の果てにコレですってば。

 何これ、本当に魔物? 変な趣味の職人が作った豪邸持って来ちゃったとかじゃないの? 今までドラゴンは何度か見た事ありましたよ? でも小さめな奴だし、大人しい種類のばかりだったんですよ。

 ベヒーモスって、ねぇ……。

 こんなん暴れたら会場ごとぶっ飛ぶんじゃないかって、担当の召喚術師さんに、何度も聞き直しましたよ。でもなぁんかね、術師さんポヤーとしてましてね。

「ティフォ様の仰せの通り……」

 て、繰り返すばかりなんですもん、あれ、なぁんか悪い薬でもキメちゃったんじゃないかなぁ……。んでね、その怪物に挑もうってのが、そのティフォ様って人だって言うんですけどねぇ。

 え? ちっさ! あれ、ウチの娘より幼いよ?

 『本当に戦うつもりかい?』って聞いたら、こっちを見もしないで『さっさとコールしろ、ヒゲぶっこ抜くぞ』とかケッタイな事言うんですよ。防具なんか、なぁんも着けてないし、武器のつもりなのか知らないけど、猫じゃらし持ってんのよね……。

 可愛いは正義とか言うじゃないですか。いや、その子すっごい可愛いんですよ、びっくりするくらい。 いや、いくら正義ったって、相手、アレだよ? でっかいの、お屋敷みたいにでっかいの。

 うわぁ、睨み合っちゃってるよ……。

 何あの唸り声、ドウルルルルって、地鳴りみたいになってっけどなぁ。オーナーストップなんで掛からないのこれ。

「おい、この試合は複数で参戦出来るのか⁉︎」

 お、何かでっかい青年が来たなぁ、この人も防具着けてないけど、やる気なのかなぁ?

「んー、流石にあの子ひとりじゃ危険ですよねぇ。貴方、あの子を守れます?」
「ああ、任せておけ! 参戦していいんだな?」

 まあ、いいか。危なくなったら、術師さんに戻してもらえばいいんだしねぇ。私は単なる司会だし、ストップかけないオーナーサイドの問題ですよねコレ。

「ええ、いいんじゃないですかねぇ? あ、肩書きと、お名前は?」
「肩書き……? あー何でもいい『ガイコツ仮面のアルフォンス』とか言っといてくれ!」
「ガイコツ仮面のアルフォンスねぇ。了解ですよ、じゃあコールしますからね、気をつけて下さいよ? ありゃあヤベェって」

 ガイコツ仮面って、仮面なんか着けてないじゃないの……今日は変な人、多いなぁ。まあいいや、仕事仕事。

「ここで飛び入り参加の戦士登場! 『ガイコツ仮面のアルフォンス』参戦だぁッ!」

 会場から割れんばかりの歓声が上がる。うん、民衆の動きはいつも通りだわ。

「もう行っていいんだな?」
「……ふう。あ、はいはい、急いで急いで〜」

─── 【着葬クラッド

「…………ヒィッ!」

 もの凄い禍々しい気配を噴き出したと思ったら、ガイコツの兜に、おどろおどろしい全身鎧……。うわぁ、青白い火の玉とか飛んじゃってるじゃないのさ。
 え? 人なの? 魔物なの? なんなの? 今日は本当、唖然とさせられてばっかりですよ。

 ※ 

 アルフォンスが会場に足を踏み入れると、観客席は静まり返り、そこに現れた邪悪な影に固唾をのんだ。

「……な、なあ。今『アルフォンス』って言わなかったか?」
「ああ、確かに司会はそういったな。それに黒いガイコツか……」
「さっきの魔術を使う、獣人三人といい、もしかしてアルフォンスって……あのアルフォンス様⁉︎」
「「「─── ッ‼︎ マジかよッ⁉︎」」」

 会場の中で段々とざわめきが起こるが、それは獣人族の観客達ばかりで、人間族の者達はただ呆然と漆黒の男を目で追っていた。

 ゴロルロロロロロロ……

 腹の底に響くような怪物の唸り声に、観客席がびくりと波打った。黒光りする闘牛の如き強大な角、顔と体は獅子に似ているが、前脚が不釣り合いに太く発達している。体毛は黒を基調に、筋肉の盛り上がる部分は、血のように赤い毛が生えていて、余計に太く剛毅な印象を与えていた。金色の蛇のような眼が、目の前に立つ二つの獲物を、射殺さんと睨みつけている。興奮しているのか、荒々しい呼吸に濃厚な魔力が混じり、パリパリと電光を走らせていた。
 召喚主との契約なのか、そこまで荒ぶって居ても、いきなり襲い掛かろうとはしていない。だが、試合の開始が告げられれば、直ぐにでもこの悪神の如き怪物は襲い掛かって来るだろう。

「ん、オニイチャも、もえてきちまったか?」

 そう言ってティフォは、ベヒーモスの方を見たまま、持っていた猫じゃらしを、アルフォンスに向けてフリフリしている。

「何だその猫じゃらしは……って、あほぅ! お前が心配だから参加しただけだ」

 アルフォンスの言葉に、ティフォは前を向いたまま、ほんのりと頰だけ染めた。

「んもう。オニイチャったら、あたしのこと、好きスギィ! ……困ったさんだよぉ」
「好きなのは否定しねぇが、そっちじゃねぇ! お前、召喚術師に何か細工したろ? こんなん呼べる術師がそうそういてたまるか! 一体全体、何を企む……ッ!」

 召喚術師が喚び出せるのは、己の力量以下の存在だけである。アルフォンス自身も召喚術をよく知っているため、これだけの魔物が街中に現れた事に、強い違和感を感じていた。そんな事をしようとする人間など、いや、巨獣ベヒーモスを召喚できる存在などあるはずがなく、どう考えても神クラスの者の犯行としか彼は思わなかったのだ。

「ん、もうバレよったか。でも、この子があらわれた事で、獣人たちは、すくわれることに、なる」
「獣人達が……救われる?」

 そう聞き返すが、ティフォは真っ直ぐにベヒーモスの凶悪な眼光を睨み返し続けていた。

「そ、それでは……は、始め!」

 開始の合図が響いた瞬間、会場に突風が吹いた。巨大なベヒーモスが、一瞬にしてティフォの目前に迫り、彼女の身長三つ分はありそうな太さを誇る右前脚で横ぎに襲い掛かる。

 ド、パァンッ‼︎‼

︎ 大型投石機で城壁を撃ち抜いたかのような、重苦しい破裂音と、激しい衝撃波が突き抜ける。直後、ベヒーモスはその前脚を弾き返され、よろめいた。重心を支えていた、左の前脚が地面に食い込み、大きく体ごと引きずられる。面喰らったように目を見開いたベヒーモスの前で、少女は突き出していた左足をゆっくりと地面に下ろした。

 巨獣の繰り出した腕を、彼女は蹴りで止めたのだ。

 まるで物理の法則を無視した出来事に、ベヒーモスはおろか、その場に居合わせた全員が呆気にとられていた。

「ふん、これならあたしの手下だったアホトカゲのほーが、億倍つよいな!」
「……異界の頃の話か? どんな蜥蜴だったのか、あんまり聞きたくねぇな」

(こいつの事だから、蜥蜴以前に生物のレベルじゃねぇだろどうせ……)

 フンスとふんぞり返るティフォの後ろで、アルフォンスは髑髏どくろ兜のあご部分を撫でて、ため息混じりに呟く。

「しんぱいすな、オニイチャ。今からあたしが、かれーに決めたるけん」
「やり過ぎるなよ? それが心配でここにいるんだからな?」

 会場に張られている防護結界が、なんの役にも立たないであろう事は、彼女を知っていれば分かる事だった。

「ふん、問題なかとよ?」
「……お前、さっきから語尾おかしくねぇか?」

 そう言いつつ、アルフォンスはいつでも強固な結界を張れるよう、魔術を意識し始めている。その隣ではティフォの手元で、猫じゃらしの毛先が周り始めた。

 くるくるくるくる……

「コーコーコーコー」

 ティフォは猫じゃらしをベヒーモスに向けて、先をくるくる回しながら、奇妙な言葉を発している。

「……それ、牧場で牛呼ぶ声だろ?」

 ドルルオアアアアアアアアアッ‼︎‼︎

 ベヒーモスの咆哮が、空気を激しく震わせて、発光させた。

 ヒィィィ…………ィィ……ン……

 鋭い牙が並ぶ顎門を開き、龍種がブレスを吐く時のように上体を持ち上げると、凄まじいエネルギーを集めて、甲高い音が鳴り出す。

「ブレスか⁉︎ この魔力量はとんでもないな、観客が危ない! ─── 【銀星の城砦カイル・セレン】!」

 アルフォンスが魔術名を告げると、会場に耳鳴りを伴う圧迫感が襲い、瞬時に強固な結界が張られた。

 ……ヒュッボオオオオォォォォンッ‼︎‼︎

 凄まじい衝撃波と共に、破壊の波動が一条の光線となって、ふたりへと照射された。それは会場に張られたアルフォンスの結界に弾かれ、空に一直線に進み、夜空を青白い線で真っ二つに切り裂いた。光線が通った石張りの床は、その跡を残すように大きく深くえぐれ、表面は融解した石材がマグマのように赤く泡立っている。

 そこにはもう、二人の姿は見当たら無かった。

 光線を吐き終えたベヒーモスは、上体を下ろし、呼吸を整えるように深く呼吸している。未だに口の端からは、エネルギーの残留が、薄い光の筋を走らせていた。
 会場は静まり返り、ただベヒーモスの重苦しい呼吸音だけが、繰り返し響くばかりだった。

 ドギャッ!

 突然、会場の高い位置から、重々しい衝撃音が突き抜け、ベヒーモスの前脚が床に沈んだ。

 ゴドンッ! ガランガラン……

 黒光りする巨大な角が一本、床を砕いて転がる。ベヒーモスの目がぐるんと上向きになりかけて、意識が飛ぶのを堪えるように、歯を食いしばった。おびただしい血が溢れ出るも、直ぐに頭部から再生の光が発せられ、傷が塞がって行く。

「おーおー、耐えたか。えらいえらい」

 ティフォは血の染みた猫じゃらしを振りながら、ベヒーモスの目の前にゆっくりと降り立った。

 グルァ…………

 巨獣の目に怯えの色が走り、その少女から後退あとずさる。ただの猫じゃらしの一閃で、角を砕き、血飛沫を上げさせ、意識を刈り取り掛けたその相手に恐怖していた。猫じゃらしを硬化させる瞬間、彼女からはこの世のものとは思えぬ、次元の違う桁外れな魔力が吹き出して、見る者の意識を刈り取らんほどの重圧をかけていたのである。
 巨獣ベヒーモスは、その時点で闘いを諦めていた。

「ん、どっちが強いか、りかいしたな?」

 ジト目で口元だけ微笑むと、ティフォは胸一杯に息を吸い、強く長く吐き出した。

 こおおおおぉぉぉぉぉ……ッ!

 そのは、到底小さな彼女の肉体から発せられる音量ではなかった。ベヒーモスはその音に怯え、体を縮こめると、前脚を体の下に折りたたんでうつ伏せになり、あご先を床につけて首を伸ばした。目は何かを訴えるような、哀しげな形に歪めて、固く閉じられている。

「ん、よかろう。お手・・

 グググ……ぴとっ……

 耳を伏せて、必死に力を抑えながら、ベヒーモスはティフォの差し出した手の平に、前脚を触れさせた。

「われは『全怪物の王』なり! きさまを、この地にはびこる、うすぎたない、死霊どものぎゃくさつに、つき従わせてやろー。これより、きさまは、魔のけんぞくを集め、われのめーれーを、まて」

 ベヒーモスは首を垂れ、恭しく目を閉じると、スゥッとその場から消えてしまった。辺りにはティフォの言霊が生んだ神気と空気とがぶつかり合い、青白い光の粒子が舞い散っている。

「召喚契約の横取りか……。マジでお前、卑怯な程に万能なのな」

 アルフォンスの呟きに、ティフォはにっこりと微笑んで返した。
 と、その直後だった……

 ウオオオオォォォッ‼︎‼︎

 今日一番の大歓声が会場に巻き起こった。司会が慌てて、試合終了のコメントを叫ぶが、完全に呑み込まれてしまった。

「ティフォ様ーッ! 俺の命を捧げますッ」
「ティフォ様、怪物の王様ッ!」
「アンデッド供は皆殺しだああぁぁッ!」
「会長ーッ! 就任おめでとうございます!」
「「「ティーフォッ様ッ! ティーフォッ様ッ!」」」
「「「会長ッ! 会長ッ!」」」

 ティフォの王者の覇気が、獣人達にまで影響してしまったのか、皆口々に恭順の意を唱えた。実際は結界を張っただけのアルフォンスまで、その服従コールに含まれていた。

「うるせええええぇッ! 俺は会長じゃねええぇッ‼︎」

 アルフォンスの怒号も、獣人達の喝采の中に呑み込まれて行くのであった。

 ※ ※ ※

 闘技場は今、獣人族への説明会会場と化していた。全ての闘技場イベントが終了し、追い出される所を、運営陣を買収して現在に至る。ベヒーモスの召喚はやっぱり無理があったようで、結界で守ったとは言え、会場の損傷が激しく騒ぎとなった。そこに丁度、ベヒーモスの角が手に入ったので、それを運営に譲渡する事にしたのだ。
 なんたってS級指定の魔物のレアな素材だ。オークションなりなんなりで売り飛ばせば、相当な額に及ぶだろう。運営は『建物ごと拡張して造り直しても、まだまだお釣りが余る』と大喜びだった。

「─── と言うわけで、獣人族は今後、大きな発展を遂げる可能性がある。これからは種族ごとではなく、獣人としての大きな家族として、歩んで欲しい」

 獣人達にも扱える魔術の技法が見つかった事。現在南部で起こしている、共同事業とその商会の事。人手と土地を流動的に扱って、今現在の経済活動を底上げ出来る事。

 これらをまず説明し、今後の未来へのビジョンを語った。多少の反対意見が出るかと思いきや、彼らはその未来に強く共感し、大きな歓声が起こっていた。

「もう、アンデッドも恐るるに足らない。手始めに、北部で起こっている、大規模なアンデッド出現を蹴散らしに行く─── !」

 ウオオオオォォォッ‼︎‼

︎ 涙を流している者まで、ちらほらと見受けられた。魔術を扱えない事で舐めさせられて来た、今までの悔しさが報われる、その想いが彼らを沸かせているようだ。

「試合中に見たと思うが、ここにいる三人は、すでに魔術の技法をマスターしている。余り時間は掛けられないが、明日からは獣人の皆にその手ほどきを始めたい」

 またも歓喜の声が上がり、問題だった修練の場所や、連絡方法なんかの細々とした事が、彼らによって次々に決定して行った。南部での族長会議もそうだったが、目標が決まった時の、彼らの決断力や行動力は目を見張るものがある。

「しかし、彼らの団結力は凄いな。これなら前から足並みを揃えていてもおかしく無かったんじゃないか?」
「私たちは、本能的に主導者を求めてたの。群のリーダーだけじゃなくて、もっと大きな何か……。私たちのお伽話に『巨人ナイジャル』って言うのがあるけど、そのせいかも知れないの」
「巨人ナイジャル? そう言うのがいたのか?」
「お伽話なの。大昔、大地の精霊ガグナ様から生まれた巨人のナイジャルが、私たち獣人族の祖先をまとめ上げて、悪い精霊達と闘ったっていう。魔力を肉体強化に使えるようになったのも、彼のお陰だって言われてるの」

 そう言って、ユニはくすくすと笑い、上目遣いで俺を見上げた。ああ、そんな話をアケル入りした頃にソフィアから教わったっけ。

「それに、ナイジャルは肌の黒い巨人で、首にドクロの首飾りをつけた、怖い方だったみたい。お爺様たちは、アル様がその生まれ変わりじゃないかって興奮してたの♪」

 あー、なんかようやく俺の扱いが大仰な理由が分かった気がする。黒、ドクロ、獣人族統一の提案。信心深い老人なら、たったこれだけの連想でも、信じちゃいそうだ。

「あ、だから『ドクロ仮面のアルフォンス』ってだけで、噂の会長と俺が同一人物だとみんな閃いたのか」
「くすくす、それだけじゃ無いの。アル様の力強い魔力と闘気は、私たちには『強者』丸出しなんだもん。一目で惚れちゃうの♡」

 う、俺の胸元を人差し指でいじいじしながら、上目遣い。この子は危険だ……!

 と、まあそんなこんなで、今後の予定も立ち、この場は解散となった。

 ※ ※ ※

「えぇ……マジで?」

 アケル中央部州首都セルベアードにあるギルド支部の応接室へで、俺は溜息をついていた。昨夜、アケル中央部州の森林やそこかしこで、緊急要請が相次いだと言う。

─── 巨大な魔物が出現した

 ちょっとしたお屋敷サイズの、真っ黒い巨獣が突如現れ、特に大きな被害は無かったものの、複数回大地を揺るがす咆哮をかまして忽然と消えた。見上げる程に巨大で、黒い獅子のような体に、片方だけ角が生えていたと言うから、まあアレの事だろうなぁ。六人の怪我人が出たらしいが、どれも驚いて転倒しただけの、擦り傷程度だったのは幸いだ。

「S級指定、危険度は災害クラス。間違いなくベ『ベヒーモス』だとの報告を受けています。現在は姿を消していますが、極大な魔力反応が確認されていて……。現在も、密林に潜んでいる可能性があるのです。各地では忽然と魔獣や魔物が姿を消したとの報告や、川沿いに大移動する群れの報告もあがっているのです。これは、史上にない何かが起こっているに違いありません……!」

 セルべアードのギルドマスター、ミシェルは、恰幅の良い女性で、不安そうにテーブルの上で指を組んでいる。アケルは国土が広く、人口もかなりなものだが、獣人達が人間の作るギルドに加わろうとしないため、ギルドの規模は小さい。南部州と北部州にもギルド支部はあるが、アケルのギルド中枢は、このセルべアード支部となっている。
 つまり、このミシェル女史は、この国のギルドのトップだ。

「その『ベヒーモス』に関してだが、人への心配はないと思ってくれ。非常に言いにくくて、も、申し訳ないんだが……あれはうちの者の召喚獣なんだ」
「………………はい?」
「えっと、信じ難いかも知れないが。だからあれは召喚された魔物で、今はうちの者の契約下にある。北部で起きている、アンデッド騒ぎを受けて、殲滅を頼まれて動いているんだ。魔物達の大移動もアレが呼び寄せているんだと……思う」

 召喚術は、己の力量以下の存在しか召喚出来ず、出現していられる時間は術者の魔力容量に比例する。その時間が過ぎれば、勝手に召喚された対象は、元の場所に戻されるのが特徴だ。ベヒーモスぐらいの強力な魔物の場合、大抵は一発代わりにお見舞いしてもらったら、お帰り頂くのがほとんどだ。

 それだけ必要な魔力量が膨大なのだ。

 しかし、ベヒーモスは昨日の夕方頃から反応が現れ、今現在も密林に存在している。ティフォの権能で、召喚された魔物を横取りし、今も契約下に置いている訳だが、彼女の魔力量が如何に桁外れなのかが分かる。
 彼女曰く、俺から自然に渡される一日の魔力量でもお釣りがくるそうで『オニイチャでもできるよ?』と、いつもの調子で言われてしまった。でも、それは一般的な規模の話じゃない。

「ご、御冗談を、あれだけの怪物を喚び出して、一晩中、使役出来る術者がいると言うのですか⁉︎」
「あーい、あたしだよ?」

 ミシェルはチラリと、手を挙げるティフォを見たが、直ぐ俺に向き直った。

「……冗談はこれくらいにして。そこにおられるS級のソフィア様、並びにA級のお二人に、かの魔物の討伐を依頼したいのです」
「んー? たおすのは、かんたんだけど、アンデッドがおしよせてくる。いーの?」

 やはり、アレが召喚対象だとは信じられないらしい。そりゃそうだ、俺だってあんなもん呼び出して駐在させるとか、悪い冗談としか思えない。そんなに魔力が高い術者なら、自分で闘った方が強いしな。

「た、確かに貴方がたは、すでに魔族を二度撃退し、懸賞首の最高記録保持者だと言うのは、耳にしておりますけど……流石にベヒーモスの召喚と言うのは」
ほえろ・・・

─── グオオオオオオオオオオォォォ……ッ‼︎

 ティフォが一言呟いた直後、遠くで噴火でも起きたかのような、爆音の咆哮が上がった。ギルドの建物がビリビリと振動し、天井から埃がパラパラと降ってきた。

「おかわり、いる?」
「ッ⁉︎ けけけ、け、結構です!」

 ミシェルは慌てふためき、顔を手の平で覆って項垂れている。無理もない、どこの世界に災害級の魔物を使役して、魔族に攻め入る冒険者がいるかって話だ。

「ギルドマスター。現状は彼らの言う通りで、今はあのベヒーモスは、この辺り一帯の有力な魔物に声を掛けているんです。むしろ、今後危険な魔物は、中央部に現れなくなる事でしょう。それでも討伐を依頼なさいますか?」

 ソフィアがニコニコしてそう言うと、ミシェルは顔を上げ、大きく深呼吸した。次元の遥かに違う話でも、S級の有名冒険者のソフィアの口からであれば、何とか飲み込めるようだ。

「わ、分かりました。貴方がたのおっしゃる事を信じましょう。では、即刻あれを消して下さい!」
「いや、その気持ちは分かるが、北部のアンデッドはどうするつもりだ? アレが率いる魔物軍団を統率してぶつけ、獣人族の軍団で掃討戦を仕掛けるつもりだったんだが」

 ティフォの説明では、あのベヒーモスに服従した魔物も、ティフォの管理下に落ちるそうだ。その魔物達に服従する魔物があれば、それすらも管理下に置ける、鼠算式の召喚術。

 理論は分かるが、どんだけの魔力と同時処理能力が必要とされるか、想像もつかない。

 しかし、その通りであれば、作戦終了後も魔物達に暗示に近い命令を残せると言う。つまり、人間への敵対を弱められるかも知れないと言う事だ。

「ひ、人に危険が及ばないのであれば……。いや、ああ……私にそんな許可を出す権限があるのかしら⁉︎ いえ、誰なら良しと出来るのか……⁉︎」
「私が責任を持ちます。国難レベルの問題なのですから、本来は総督府に要請を持ち掛けるお話ですけど……未だ北部のギルドや知事からの要請は無い。そうですね?」
「えっ⁉︎ あ、はい。その通りです。北部の獣人数名から、その依頼が来ていますが、他の州の事ですので直接要請がない事には……」

 まーた、お役所仕事かぁ、資金難の頃を思い出すわぁ。でも、それだけ責任が重い立場なら、慎重にならざるを得ないだろう。中央部は未だアンデッドの大群に遭遇して居ないし、今までのアンデッド出現は、ギルドの手腕で抑え切れていたのだから。

「直接依頼が来ないのは、壊滅状態だから……とは考えられませんか?」
「………………そッ! そんな馬鹿な⁉︎」
「ではどうして、北部の獣人達が、わざわざ中央部のギルドまで救援要請をして来たのでしょう? 北部州の知事は、何故動かないのか、理由が他に考えられますか?」

 そう、山嵐族のプラドは、強化した肉体で数日かけてこの首都まで辿り着いたのだ。多くの北部民は北へ逃げたと言っていたが、南下する難民も、これから遅れてやって来る可能性がある。魔道具での通信ネットワークを持つギルドが、同じ国内で連絡を取り合えていない事も引っ掛かるしな。

「ここはむしろ、今、獣人と手を組んで、魔族の討伐に出るべきではないでしょうか?」
「獣人と……ですか? しかし、彼らはアンデッドとの闘いは……。あッ⁉︎ あの魔道具はその為の‼︎」
「はい。こちらのアルくんが考案し、既に多くの獣人達の手に渡っています。いいえ……それすらもう必要のない物」

 ソフィアは獣人達の今後と、北部への進行の計画をミシェルに話した。最初は戸惑っていたミシェルも、流石はギルドマスターだけの事はある。伝えられた青書きのイメージが掴めると、愛想の良い印象から、鋭い才智の光を持つ逞しい顔に変わった。これが本当の彼女の顔なのだろう、不安げに組んでいた指は解かれ、何かを指し示すように人差し指を立てて口を開いた。

「これは人間族もぼんやりしていられませんね。責任は全て私が持ちます! まずは作戦と必要物資、そこから日程を組むといたしましょう。ウフフ……久し振りの『冒険』ですね……
─── アケルギルドの力、お見せしましょう」

 そうして、人間、獣人、怪物の合同作戦が、アケルの地に実現する事となったのである。

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