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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第三章 密林国アケル

第六話 ガグナグ河の獣人街

 細く背の高い広葉樹の下に、シダ、背の高い泥芋科の葉や、つる性の植物に覆われていた密林の景色。それらがアケル国内を北上するにつれて、段々と変化を見せてくる。まず、土から根がせり上がった樹木が増えた。特に目立つのは、平べったい壁のような背の高い根を、蛇の様に地面に這わせる『エコーハンド木霊の手』と呼ばれる樹が群生している点だろう。

 ここはアケルを縦断する世界最長の河『ガグナグ河』の、川幅が最も大きくなる地域で、土地が低い為に満潮時には水面が高くなり溢れ出す。その為、しょっちゅう根を洗われる樹々は、こうして根をせり上げたり、流されないように発達したと言われている。
 人の住む平地までは、流石にガグナグの水も届かないが、獣人族達の住む密林地帯は、雨季には沈んでしまう事もあるそうだ。

「まいにち、はしごのぼるの、めんどくない?」
「い、いえいえ! 慣れっこですわい! こうでもせんと、雨季には毎年水没ですからな!」

 錆豹族の年配の男性が、取りつくろうようにそう言って笑いながら、丸太を段々に削った物を何本かまとめただけの梯子はしごを、慣れた様子でヒョイヒョイと登って行く。
 普通の二階建ての高さまで、丸太の脚を長くした、高床式のログハウスが建ち並んでいる。一軒につき、複数の棟がツタと板で作られた通路で結ばれて、樹上都市となっていた。

 ここは密林国中央部の首都まで、徒歩四日程の位置にある、ネコ科の獣人達の集まる街だ。

 ガグナグ河の幅が広がる事で、河川港が発展した中央部は、アケルでもかなり経済が活発だと言う。人が繋いだ陸路もあるが、獣人達も独自の道を拓いていて、その両脇に様々な部族の集合体が街を作っている。
 樹の上に造られた街は、カルチャーショックと言うか、初めて目にする風景に正直、興奮したりしていた。俺以外のメンバーは、こう言った風景を見知っているようで、それ程反応が良くない。だから内心、感動を潜めていたのだけども、異世界の神だったティフォなら共感するかと思いきや、彼女も別世界で体験済みなようだ。
 大人になるって、感動が常識に取って変わって行くって事なのだろうか? とかそんな事を考えていたら、皆が梯子を登り始めてしまい、慌ててついて行こうとしたら、ソフィアの後だった。急な梯子を何気なく見上げた時、彼女の白いプリーツスカートがひらりと舞い、チラリと目に入ってしまった薄水色のそれに打ちのめされた。
 やっぱり、おそらく、この分野では、俺は大人になる日は来ないんじゃないかと思う

「で、では、ここの種族長をご紹介しますで、この奥ですから、お、お足元にお気を付けて」

 錆豹族のおじちゃんは、ギクシャクとしながら、ティフォをチラチラと気にしている。まあ、無理もないだろう。
 彼らのテリトリーの入口で、赤豹族の姉妹を連れている俺達を見た、複数のネコ科種族の若者に絡まれた。何だかんだと、やっぱり勝負を挑まれ、指定されたのが『ボックス』とか言う競技だった。てっきり、皆んなでリズミカルにステップを踏むのかと思っていたら、箱型のステージで綿入りの革手袋をはめて殴り合う、ただの拳闘だ。

 妙にリーチの長い黒豹族の男が、すでに待ち構えていて、こちらを凝視しながらフットワークを確かめている。変に長引かせて観客が増えると、霧の峡谷の獣人達の時のように、抜けられなくなりそうだし、瞬殺したろうかな? そう思っていたら、最近、アンデッドばかりの戦闘に、退屈気味だったティフォが躍り出た。

 色白の細い可憐な少女の登場に、男達の野太く妙に発音のいい笑い声が沸き起こったが、ティフォは全く相手にせず、革手袋の拳をパンパンと叩き合わせているだけ。

  止めるべきだった。

 舐め切った黒豹の腹に、ストレートを入れてあごを出させ、わざとアッパーを空振りさせるティフォ。その挑発に急沸騰した黒豹は、怒涛のラッシュで短期終了を目論む。

 ……が、全て避けられた挙句、その伸び切った肘にことごとくカウンターを合わせられ、面喰らって距離を取った。それを神速の踏み込みで追い詰めたティフォは、黒豹の腕の上から強烈なフックを叩き込み、体をくの字に曲げさせる。4連打、5連打、6連打……正確に同じ場所へ、凶悪無慈悲なフックを打ち込むティフォ。
 一撃目でコーナーに飛ばされていた黒豹は、身動きも取れずに打たれ続けて、もう涙目だった。倒れる事も叶わず、最早腕も上がらない黒豹の頭がガラ空きでも、ティフォは寡黙に腕を殴り続けていた。クッション入りの革手袋を着けたとは、それ以前に打撃とは思えない音が、等間隔で響き渡る……。

 皆の『うわぁ……』が耳にこびりついている。黒豹の戦意喪失で、試合はティフォの勝ちとなった。勝負好きな獣人達の事だから、どうなるものかと心配していたのだが、そうはならなかった。

「腕ごと、肝臓イテもうたら、どんな風に、血をはくのか、みてみたかった」

 彼女のこの無邪気な言葉で、蒸し暑い中央部のこの地が、急に薄ら寒くなったのを憶えている。

 そこに低頭平身で登場したのが、先程の錆豹族のおじちゃんだ。

 今回のは、ティフォの猟奇的な衝撃映像で、彼らが怯えたから分かりやすいけど……。でも何だろう、そうでなくても、ティフォが彼ら獣人達に怖がられているように感じる事が多い。一体何なんだろうか?

 ※ 

「おお……ッ‼︎ エリンとユニか⁉︎ 大きくなって!」
「「叔父様! お久しぶりです!」」

 種族長の家に入ると、二人の父親とそっくりな赤豹族の男が、突然の再会に驚いていた。二人を脇に抱きしめ、男の顔がくしゃくしゃになっている。

「突然どうしたんだ? いや、それにそちらの方々は……まさか」
「彼は私達の恩人よ! アルフォンス様、この方こそが、あたし達二人を誘拐から助けて、アンデッドとの戦い方を授けてくれた方なの!」

 エリンが興奮気味にそう言った瞬間、種族長は二人を脇に退け、いきなり地に頭を擦りつけた。

「お噂はこの『ガグナグ港ネコ族街』まで届いておりますぞ! まずはこの二人をお助け頂いた事、深く……深く、感謝いたします!」

 何か気持ちがこもり過ぎてて、聞くのが辛い。感謝は有り難いんだけど、何か勢いが辛い。

「あ、いや……その、別にいいd」
「更にはあの魔道具の数々ッ! 最近急激に増えたアンデッドに、苦戦を強いられていたこの街をも、お救い下さったのです!」
「あー、だから、そう言うのは気にs」
「我ら一族、いや、マールダーの獣人族全てを代表して、この私『ガグナグ港ネコ族街』種族長ダレンが貴方様への忠誠を……ッ!」
「やめよ? ね? 落ち着いて話s」
「アルフォンス様ッ!」
「うるせぇッ! 俺はその役職、認めてねぇからなッ⁉︎」

 突如、額に悲しげなシワを寄せ、体を縮こめながら目を伏せると、尻尾を腹の前で丸くした。超不安状態だこりゃ。悪い事をした。
 取り敢えず落ち着いてもらい、事の顛末てんまつを話すと、ようやく種族長は安らかな表情になってくれた。

「いやぁ、驚きました。まさか就任が無許可だったとは……はっはっは!」
「はっはっはじゃないよ。大体、アルフォンス商会って名前も無許可だからな⁉︎ あんたの親父さん達に、ちゃんと言っておいてくれよ?」
「はっはっは! ……はっはっは!」
「言わねぇつもりだなッ⁉︎」

 この問題は後で片付けるとして、魔術付与の腕輪は、最初のアンデッド殲滅の後、数日でこの街にも数回に分けて届けられたらしい。見せて貰ったが、回を重ねるごとに、何らかの付与が追加されていたりと明らかに機能が向上していた。その仕組みは俺が書き残していった、魔術式のスケッチと魔石の配合など、基本的にはそのままだが、数ある魔術の中から最適な組み合わせを探し出しているのがよく分かる。

「リタさん達、凄いですね! こんな短期間に性能も上げて、他の有効な属性まで完璧に形にしてますよ?」
「ああ、凄い! これなら旅の途中に聞いた噂も、本当なんだって実感するよ」
「……俺たちは……魔術は諦めてた。だから、ここまでやり方が示されれば、今までの分、取り返したくなる……。これは獣人の希望だ」

 ゲッコー族の戦士タイロンが、目を閉じて静かに言った。彼と姉妹二人は、護符魔術をマスターした後、更に新たな魔術技法を獲得していた。そんな彼ら三人の姿を見ていただけに、タイロンの言葉は心に沁みる。

「近々、本格的な販売ルートの選定をする予定ですまだアケルの皆には行き渡っておりませんが、時間の問題でしょう。最近は量産体制が整っているのか、供給の量も速度も上がっております」
「うん、順調そうで何よりだ。製法には仕掛けがあるから、二番煎じも贋作がんさくも作れないだろうし、人間にも需要があるのは分かってる。後はどれだけ獣人族全体で、協力体制を作れるかだな」
「売るためのは、すこし、おさえたらいい。溢れれば、人は求めなくなる」

 お、やっぱり種族長も、ティフォに少し怯えがあるな? 彼女が口を開いたら、急によそよそしい感じになった。後でティフォ本人に聞いてみるとしよう。

「そうだな、ティフォの言う通り、今は需要の求められるままより、少し供給が低いくらいがいいと思う。それに、獣人族の戦い方を更に変える可能性を、彼ら三人が見出してるんだ。後々、獣人側の需要は少し減る可能性もある」
「戦い方を……変える?」

 ユニが種族長の目の前で実演した。彼女の指先に、小さな炎が安定して揺らめいている様子を見て、目をぱちくりさせている。

「こ、これはッ⁉︎ 発明なんてもんじゃない! 種族の在り方すら、変わってしまうかも知れない、大変な事だ!」
「ああ……。まだ、師匠に教わった術式の範囲でだが、俺もまだまだ強くなれる……と確信している」

 タイロンがそう言ってうなずくと、種族長が唸った。

「むう、タイロンさん、貴方程の戦士がそう言うのであれば、これはやはり余程の事だ。ああ、丁度いい腕試しになるかもしれん!
─── 闘技場に出場してみてはどうか?」

 獣人三人組が目を見合い、顔を輝かせる。

「闘技場? 何だそれは」
「首都で毎週末に開かれる、人対人がメインの、戦いの場だ。元は我々獣人達の、勝負好きが高じて、大会化したものよ。魔術ありになってから、人間族にお株を取られっぱなしでね。魔術を使えないあたし達は、身体能力の向上で、耐えるしか方法がなかったんだ」

 エリンが悔しさを滲ませた表情で答えた。
 魔術行使の有無、これが身体能力で上回るはずの獣人が、人間族に押されている理由だ。でも、今の三人はその弱点を克服したと言ってもいい。
 そこら辺の人間に、勝負を挑む訳にもいかないし、確かにいい舞台かも知れない。首都に着いたら、行ってみるとしよう。

 ※ ※ ※

 朝の日課を終え、汗を流そうと河に出ると、タイロンがひげを剃っていた。あれだけ鱗に覆われて居ても、髭が生えるもんなんだな。そんな事を思っていたら、俺の疑問を察したのか、彼は慣れた様子で髭をあたりつつ口を開いた。

「……同じ種族でも、度合いは違うが……人間と同じ生態がある。……髪が生える奴もいるしな。……俺は……髭が伸びる。困ったものだ」
「へぇ、そうなのか。故郷には龍人族の爺様が居たけど、龍は髭が生えてるのもいるから、気にした事がなかった」
「………………龍人族。と言う事は……師匠の師か?」
「よく分かったな。そうだよ、武術を一通り習ったのは、その人からだ」

 タイロンにも里の事は伏せている。口数の少ないタイロンだから、もう一月以上一緒にいるが、余り俺の事を話していない。

「……龍人族は強い……。生まれ持った体の違いもある……。けど、彼等は皆、闘いに意味を求めたがる。師匠の技にもそれを感じていた」
「そっか。俺の中に師匠の面影があるっていうなら、何だかんだそれは嬉しいもんだ。『闘いに意味を求める』か。タイロンも棒術にそう言うの、持ってるんじゃないのか?」

 タイロンの棒術は、ゲッコー族独自の型らしく、理念にも独自の色があった。人型とは言え、獣人には姿の近い動物の、それぞれの違いが現れている。彼ら独自の武術には、それぞれその身体を活かした理論が備わっている。

「よく、分からない。俺達の……戦い方は、ただ生き残る為の……技だ。……尻尾を落として、逃走の……目くらましにする……技もある。でも、師匠のような……『礼節』とか『精神に備わる』とかは……無かった」
「なるほど。礼節とか精神に結び付けるのは、生活の中でも、常に闘いを意識しろって事だと習ったよ。形は違えど、ゲッコー族の流儀も、そう言うのがあるんじゃないか?」
「…………そうかも……知れない」

 髭を剃り終えた彼と、そんな話をしながら、森の中を歩いていると、樹々の中にティフォの姿を見つけた。彼女は何かを拾っては、手の平に集めているようだった。

 その時、タイロンがティフォの背後の茂みをにらんだ。

 魔物か? しかし、飛び抜けた索敵能力を誇るはずの彼女は、振り返りもせずにペタンと女の子座りをして手の中の何かを数えている。

 ガサササ……ッ!!

「ッ⁉︎ ティフォ、伏せろ!」

 背後の茂みを掻き分けて、大型の影がティフォに迫る。俺は腰ベルトのナイフを取り、魔獣へと投げつけると同時に駆け出す。

 パシッ!

「…………へ?」

 俺の投げたナイフは、ティフォの触手によって止められていた。茂みから現れた地龍ランドドラゴンが、こちらを訝しげに見た後、ティフォに近づいて口を開ける。

「……なッ! おいティフォ⁉︎」

 想定外の出来事にぬかるみで滑り、尻餅をついた俺の目の前で、地龍ランドドラゴンは更に近づき、何かを吐き出した。

「な、なに? えっ? 大量の……魔石⁉︎」
「おー、よく集めた。もう、かえっていーぞ」
「グルゥ♪」

 ティフォに手を振られ、地龍はドスドスと地を揺らして去って行った。ティフォは吐き出された魔石を清浄化して、ひとつひとつ大事そうにポシェットにしまっていた。

「おはよー、オニイチャ、タイロン。どした?」
「どした? じゃない。今の魔獣は一体何だ⁉︎」
「ん? げぼく」

 下僕⁉︎ 地龍を従えてたの?

「……下僕って、どうやって?」
「だいぶ、魔力があつまって来たから、できるよーになった!」

 ん? あー、権能とか奇跡の事か。あれ、もしかして!

「あのさ、ティフォ。最近、獣人達がお前に怯えてる時があるように思うんだけど、それってもしかして、それ?」
「ん。獣人もにちかい、だから、少しえいきょーある」

 思わずタイロンを見ると、彼は目を閉じて深く頷いた。

「…………ティフォ、様。時々、怖い」

 あ、『様』付けちゃったよ、今?

「え? それってティフォの権能……じゃなくて、力が戻ったって事で……あー、んー」
「……師匠。ティフォ様が『異界の神』である事は、もう知っている……。言葉は選ばなくていい」

 へ? いつの間にバレたの?

「タイロンは最初から、うたがってた。怖がってたから、もう話した」
「あ、そうなの……」

 ああ、道理で。なーんか、タイロンはティフォと距離を取ってると思ってたよ。無口だし、興味ないだけかと思ってた。

「で、その力は一体なんなんだ?」
「ん、あたしの元々のけんのー。そのための神だったから」

 気にはなってた、気にはなってたけど、何となく聞きづらくて放置してたわ。

「ティフォってさ、一体何の神だったんだ?」
「ん?  『の王』」

 俺の妹は、怪獣達の王様でした。

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