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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第三章 密林国アケル

第十六話 民族創生

 夕陽が森と空の際に差し掛かる頃、密林国アケル中央部の総督府『ナイジャルパレス』前の広場に、多くの国民がただ静かにそのテラスを見つめていた。
 密林国アケル総督府、第四代大統領パジャルは、その光景をゆっくりと見回した。スゥと息を吸った後に、魔導の拡声器が国民一人一人に届く、確かな声量でパジャルの言葉を届けた。

「この国が世界から注目され、未開の地から現在の形となるまでに、すでに十余年もの時が過ぎた!
……建国以来、初となる国家的非常事態に見舞われ、我々は密林の闇に怯える事となった。魔族『不死の夜王』率いる、不死の軍勢により、我が国の北部州は壊滅し、数ヶ月に渡る怪異に我が国は身を縮める思いであった。
─── まず、国民の皆に詫びよう。
我が総督府は、この怪異に打開策を持つ事が出来ず、皆に恐怖の日々を与えてしまった事を。攻め時を見出せずに、我が国が立ち上がる勝機を指し示せなかった事を。責任の全ては、このパジャルにある。如何なる責め苦も、私は神妙に受け止める事を約束する覚悟である!」

 国の首長が国民に頭を下げた。王であらば、その権威の為に頭を下げるのは許されない。だが、この国は王政ではない、各州の定められた制度から選ばれた者が、それぞれの地域を納め、大統領はその頂点に立つ者。
 だからこそ、非を認め、その懺悔を国民に検めさせる事も出来た。その懺悔に、観衆は誰も苦言を発しようとはしなかった。

「そして、ここに宣言しよう!
─── 『不死の夜王』はたおれた‼︎ 我々はこの国の脅威から、生き延びたのだ!」

 朱に染まるアケルの空が、人々の声にとどろき揺れた。人間族と獣人族が同じ場所に並び、同じ喜びに胸を熱くたぎらせている。パジャルはその光景を、じっくりと眺め、揺れるその空気を体の隅々まで行き渡らせるよう、何度も深く呼吸をしていた。

「此度の非常事態は、獣人達の神よりもたらされた力と、人から支えられた魔術の技法が、その大きな役割を果たした!」

 そう言って、パジャルは銀細工の輝く腕輪と、一冊の簡素な綴りの本を、両手に大きく掲げた。

「その真の力を目覚めさせ、獣人族と人間族の雄を集め、魔物すら率いた英雄がこの地に現れた! その英雄こそが、魔族を退けたのである」

 このパジャルの言葉の後に、この国史上最大級の歓声が、天まで揺るがす音の柱を突き上げた。

「その者の名は───
若きS級冒険者、闇をも喰らう黒き英雄、アルフォンス・ゴールマイン‼︎」

 パジャルの指し示した先に、黒く大きな人影が姿を現した。

 いばらの冠をいただいた、漆黒の全身鎧に身を包む、髑髏どくろ兜の男。

 その男の周りを飛び交う、無数の鬼火は、紅く染まった空に、青白い残像を残して、神々しくも妖しいシルエットを浮かび上がらせた。

「この英雄は、この地に未来を指し示す、神より導かれし時代の申し子。彼は私に、この地アケルの未来が、人間と獣人の友愛の末に輝く事を予言した!そして、私は彼と約束をした……
─── この者の指し示す光に、我が国が永久に感佩かんぱいの念を示す事を!」

 獣人達が天に向かって咆哮ほうこうを上げる。吠えぬ者達は、手を叩き、足を踏み鳴らして、同意の意思を示した。人間族もそれに負けじと、自らの体で出せる音をもって、意思を表明する。それを眺め、深く頷いた漆黒の髑髏が、テラスに踏み出して、重々しい口を開く。

「我こそはアルフォンス・ゴールマイン。神々の運命に導かれ、この地に参った。この密林の大地に息衝く、精霊と共に暮らす、美しくも強き者達よ! 命ある者と手を取り、強かに平穏に、気高くあれ!
ここに誓おう、このアルフォンス・ゴールマインの名において命ある限り……いや、この命果てようとも、密林の民の安寧を心から願い、求めると!」

 歓声。歓声、そして歓声。

 人々はその隣に立つ者に触れ、抱き合い、その言葉への歓喜を分かち合おうと、小さくともその一歩を踏み出した。折しも地平線と夕陽が重なり、アルフォンスの姿に、強い光のきらめきが射す。それはまさに天が使わせた、この世の運命を背負う代行者であると、人々の網膜に焼き付けてた。

 後にこの演説は『アケル民族創生の布告』として語り継がれる事となる。

 象徴がドクロの紋章と言う、一風変わった民族が、世界に産声を上げるのは、もう少し先の事である。
 新たな時代が、今動き出した。

 ※ ※ ※

「んで、なぁんで俺まで、ここに呼ばれちゃってんのよ?」

 見事な絣織かすりおりの戦帯を、たすき掛けにしたガストンが、巨体に似合わぬ不安げな顔で零した。

「……さあ、知らねぇよ。なるべく人間族を集めて、盛大に祝いたいって言ってたけどな」

 俺はこのアケルでも初めて見る、妙に荘厳な民族衣装を着せられて、変な形の椅子に座らされていた。
 先日、南部から各部族の族長と幹部が集まり、ここまでの報告と、先々の話をし終えた。で、今日はお祝いと称して、俺達三人を始め、多くの人間族も集められていた。ここは中央部で最も大きな部族を持つ、南部黄斑虎族の分家の街だそうだ。高床式の樹上都市の様式は、他の中央部部族と変わらないが、三角屋根の立派な祠の前で、会が催されようとしている。

 ソフィアとティフォも、綺麗な民族衣装に身を包み、俺と同じ形の椅子に座らされている。因みにガストンを始め、俺達三人以外は、草で編んだ丸い座布団に座っている。なんか階級分けされているらしい。

…………オニイチャ、お酒、まだかな…………

…………さあ、族長の孫娘だし、おめかしに時間が掛かるんだろ? エリンとユニの居るはずの家に、さっきから女の人達が慌ただしく出入りし始めたから、もう少しじゃねぇの?…………

…………ふふ、この髪飾りから下がってるヴェール、虫除けにいいですね♪…………

 少し離れて座らされている二人と、念話でそんな事をボソボソと話していた。ソフィアが言った通り、彼女らは頭に綺麗な布を幾重にも巻かれ、そこから下がるヴェールですっぽり顔を覆っていた。

(……あのヴェール着けさせて宴会って、飲み食い出来なくねぇか?)

 ジャーン……ジャラーン

 突然、銅羅どらの大きな音が鳴り響いた。人間族のほとんどは、その音におどろいているが、中にはにこやかになる者達もいた。なんかの余興でも始まるのだろうか?

花嫁・・のはなむけだ! 皆、大地に花弁をまけ!」

 なんかそんな声が聞こえてきた。

「花嫁? 誰か結婚でもするのか。いや、目出度いけどさ、何で俺達まで参加させられてんだよ……」

 そうボヤいた時、ガストンが『あっ』と声を上げた。

「何だよガストン、急にニヤついて。何か分かったのか?」
「分かるも何もオメェ。最上級の礼服に、ソフィアとティフォは、ヴェールだぜ? それに多分、オメエさんらの座ってるそれ、神輿みこしだろ? で、有力部族の娘二人が、誰かさんにべったりだったと来たらよぉ、もう決まりだろ……」
「は? これが神輿? 何だよそれ」

 オオオオォォォ〜ッ‼︎‼︎

 獣人達の歓声に、ガストンとの会話が掻き消された。エリンとユニの居る家の前に、人だかりが出来て、皆それぞれに花弁を振り撒いている。

(……おい、待てよ。花嫁がどうとか言った後に、エリンとユニの居る家に人だかりって事は、花嫁ってあの二人の事だよな……? ん、あいつら何だかんだ言って、許嫁でもいたのか?)

 そんな事を、ボンヤリする頭で考えていたら、花吹雪の中から、その主役が姿を見せた。
 ソフィアとティフォと同じ衣装、俺達三人と同じ形の椅子に、かつぎ棒を差して、赤豹族の若い衆に担がれていた。

「な、何だよおい、何で俺に向かって運ばれてくんだよアイツら……へ? は?」
「おい、鈍チン過ぎも程々にしとけよアル。あの花嫁はオメェのだろ。プククククク……」
「って、えっ⁉︎ 俺の……モゴォ」

 いきなり口に熱い何かを放り込まれた。途端に胃が持ち上がるほど、辛い何かが口の中に迸る。余りの辛さに、目がチカチカして、いきなり息が出来なくなった。

「へへへ……孫娘二人の言った通り……。婿殿の弱点は『ナイジャル辛子の実』じゃったの……」
「……モガァッ、ゲホォ(貴様、族長! はかったなッ!)」

 咳込む口から、緑色の辛子が飛び出した。これ、前に俺が死に掛けた奴じゃねーか! 俺の弱点とかじやねぇ、人類には無理だろ、こんな劇薬は!

「ヌフフフ……ほれ見ろ、わしらの義理の孫が、涙を流して喜んでおるではないか」
「ええ、お爺さん。ほんに、あの子達は幸せ者ですねぇ……ぐすっ」
「……ぐぼあぁッ、ぜはぁッ(お前ら、こんな事して、あの子らが喜ぶとでも……。いや、お前ら泣かすッ! 今すぐに泣かすッ!)」

 意識朦朧で、椅子から転げ落ちそうになるのを、若い衆がささっと支えて、椅子に戻そうとする。

「……まあ、やり過ぎたかの。俺は止めたんじゃぞ、一応な。俺から謝っておく、済まんかった、これでも飲め……」

 黄斑虎族の族長がそう言って、カップに入った水を差し出した。慌てて男衆を振り解き、それを奪い取るようにして、一気にあおる。

 それはあの『透明なのに辛い奴』だった。まさかの二段構えに、粘膜と神経を直撃されて、俺の意識はそこで飛んだ。

 ※ 

 トクトクトク……

「……いやぁ、いい式じゃった」

 グビッ

「お孫さん、綺麗でしたねぇ〜! 族長殿も、寂しくなりますなぁ……」
「お、あんたもお子さんがいるんかね?」
「いや、俺は情け無い事に独り身でね」

 グビッ グビグビ……!

「わははは、そうか。その歳じゃと、もう聞きとうない言葉じゃろうが、家庭を持つのはエエもんじゃぞ……?」
「ガハハハハッ! 余計なお世話だってんですよクソがぁ……グビグビ……」

 ハッ! ここは何処だ? 口がビリビリする……。
 気がつくと、椅子に縛られた状態で、長い事寝ていたらしい。物凄く口の中と首が痛い……。

 俺に気がついた族長とガストンが、酒臭い息で話し掛けてくる。

「おうッ! やっとお目覚めか、我が婿よ!」
「……良かったなぁ、アルフォンス。この俺が未だ独身だってのに、オメェは一気に四人の嫁持ちだぜ? 大出世じゃねぇか、この俺が未だ独身だってのによぉ……うぅっ」

 俺は彼らに微笑むと、後ろ手の結目をあごで指して、話し掛けた。

「……ああ、色々世話を掛けたな。そろそろ解いてくれないか? ちょっとトイレに行きたくてさ」
「んぉ? そうか、縛られたままだったな。よし、ちょっと待ってろ、このガストン様が助けてやるからな……」

 しゅるしゅる…………ガッ!

「い、いかん、逃げるんじゃガストン殿ッ! そやつは─── ガッ! ぐあぁっ」

 コホオォォォ……コホオォォォ……

「ぎゃああああ……お、落ち着けアル! 手を、手を離せ、な? 話せば分か……ぎぃやあああっ」
「ぐああああっ、婿殿ォッ! 婿殿ォ……ッ」

 二人のおでこを両手にそれぞれ掴み、こめかみにギリギリと指先を突き立てて行く。

「だ ぁ れ が 婿 殿 だ ぁ ?」
「はな、話せば分かる、はな……。……の、脳味噌でちゃうぅっ⁉︎」
「あああああ、は、花畑がぁッ! 花畑に婆さんがぁ……」
「ふふ、嫌ですよぉ、まだアタシは生きてますってばお爺さん」

 その後はどうなったか、余り覚えていない。おぼろげな記憶にあるのは、血相変えて飛び込んで来た獣人族の若い衆を、片っ端から木の上に放り投げて、引っ掛けてた事くらいだ。ガストンは何度も『俺は関係ない』と叫んでいた気がするが、何をしてたかすら覚えてなかった……。

 ※ ※ ※

「……だからぁ、あくまでもこれは、アケルの獣人達のケジメってか、ただの儀式だからよ? 別に戸籍上、お前が本当に妻帯者になった訳じゃねぇんだから……な?」

 片足を縛って、高い木に逆さにぶら下げられたガストンが、そう言って揺れている。族長はその言葉に、そうだそうだと目で語っていた。

 ……それ以前に、俺には戸籍がねぇけどな。いや、そう言う問題じゃあねぇ。
 俺はそんな二人の顔を、ビーフジャーキーをかじりながら、ただ見ていた。

「「「ごめんなさいでした」」」

 吊るされた二人と、その上の枝に引っ掛かった若い衆が、ようやく謝罪した。ふと振り返ると、他の獣人族が広場に平伏している。

「おはよ、オニイチャ」
「あ、目覚めたんですねアルくん♪」

 二人の女神が、広場の一軒の家から出てきた。何だか少し機嫌がいいのか、いつもより綺麗に見えて、気持ちが落ち着いた。

「ちょっと、向こうで話しませんか? 三人で」
「ん……分かった」

 何故だかバツが悪い。いや、俺は全くもって悪くねぇんだが、何か二人の顔が見辛かった。
 『あ、せめて俺達を下ろして行って』とか聞こえたが、木の精霊の悪ふざけだと思って、聞き流しておいた。

 ※ 

「あんまり、怒らないであげて下さい」
「ハァ、抜き打ち祝言は、百歩譲って良しとしよう……。気絶させられるとはなぁ」

 ソフィアはその言葉にくすくすと笑った。ああ、綺麗だなぁ、ささくれた心が癒されるようだ。

「ん、あたしたちは、気にしてない、から」
「そうですよ? だって私達だって、お祝いしてもらえたんですもん……///」

 ああ、そう言えばガストンが『一気に四人の嫁持ち』だとか言ってたな。この二人も花嫁衣装で、神輿に座ってた。

「……いや、二人との結婚式も含まれてたなら尚更さ、気絶させられてたのが悔やまれるしな……。あ、いや、そう言う問題じゃねぇな」
「「くーふふふっ ♡」」

 いや、どちらかって言うと、二人の方が怒る所じゃないんか? ただの儀式とは言え、二人も嫁を増やされた訳で。

「二人は……怒ったりしなかったの?」
「「全然」」
「どうして? あの二人まで、嫁ってされたのに……?」

 ソフィアとティフォは、顔を合わせてニコニコしている。なぁんか最近、更に仲良くなってんだよなぁ、この二人は。

「式の間も二人で話してたんです。あの二人、いい子達ですし、アルくんの事、本当に好きですから。二人で『あの子達ならいいよね』って」
「……………………(カルチャーショック‼︎)」

 ああ、そう言えば二人は、神界の倫理で動いているんだったなぁ。

「それで……それで俺がもし、二人よりもあっちを好きになったら、どうすんの……?」

 そう言いながら、ちょっと二人にも不貞腐れてる自分に気がついた。何て言えばいいのか、例えば俺がそうなってしまったとして、すんなり受け入れられてしまったら……。彼女達の向けていてくれた想いが、その程度だったのかって言う、ちょっと女々しい気持ちだった。

「「いや!」」
「…………だったら、断る事だって必要だろ? いい子だったら全部OKじゃ、キリがないじゃないか……」

 即断で『いや!』は、嬉しかった、耳が熱い。ただ、今の俺の言葉も、正直な気持ちだったし、そうそう無い事だとは思うんだけど。

「オニイチャは、もし、あたし達がいなかったら。それでも、あの二人とは、イヤ?」
「……お前達二人がいなかったら、まずあの子達に会う事も無かっただろうけどさ……。まあ、嫌ではないよ。強引にじゃなければ」
「なら、あたし達が居て、そのあたし達が、いいって言ってる、今も、イヤ?」

 何か妙に食い下がるなぁ。んー、何か男としては、妙に正直に話し辛い質問だぞ、これは。でも、ここでもやっぱり、正直に話しておいた方がいいのかなぁ。幻滅とかされたらイヤだけど……いや、うん。やっぱりちゃんと本心を言おう。

「…………だから、イヤではないよ。ただ、正直に言って、もし、受け入れる事になるとしたって、今はちょっと考えられないって思う。将来的に、俺達の旅が落ち着いて、彼女達の事も考えてやれるなら……そんな感じだよ。何がどうなるのか、分からないからさ。今はそこが難しいから、強引なのが嫌だって話。そんなんじゃあ、彼女達と運命を分かち合えないと思うんだよ」

 やっぱり、言い難かった。手に変な汗をかいてしまった。

「うん。アルくんなら、きっとそう考えていると思ってました♪ お二人お二人・・・共、ちゃんと聞こえましたね?」

「─── え?」

 俺の背後の茂みから、エリンとユニが出てきた。二人共、目が赤い……泣いていたのだろうか。俺の大暴れ、確かに彼女達には『拒絶』に見えただろうし……。傷つけてしまったか……!

「「ごめんなさい……」」

 そんな二人が頭を下げて謝った。胸がチクリと痛んだ。

「いや、二人が嫌だとかじゃないんだ。その……お互いの気持ちも考えずに、強引に事を運ばれたのがショックだったんだよ」
「……いや、アル様が正しい。あたし達は、大きい部族だから、恋愛結婚がないんだ。その……だから、お爺様達が言い出した時には、あたしら二人、単純に喜んでいたんだ……」

 政略結婚か……。確かにそれが当たり前なら、今日の流れでも拒否感は無かっただろうなぁ。

「私達がまだ、アル様達と肩を並べて、歩めないのは分かってるの。その時が来るまでは、私達にはお嫁さんになる資格がない事も分かってる。でも、それが何時になるのか、本当にそんな高みに追い付けるのかも分からない……。だから、何か証が欲しかったの」

 ユニの言葉に、エリンが深くうなずいていた。

「……資格なんて、本当はそんなの要らないと思うんだけどな。でも、二人の気持ちはよく分かったよ……。話してくれてありがとう」

 そう言うと、二人は小さく呻いて、涙をこぼし始めてしまった。

「ねえ、アルくん。アルくんが彼女達を受け入れるのが、全ての運命を背負った時に考えられると言うのなら、今は婚約者って事でいいんじゃないですか?」
「……婚約者か」

 そう言って、姉妹の方を見ると、耳を寝かせて尻尾をしょぼんとさせている。初めて行った族長の家で、仕切りの奥から出て来た時のように、二人手を握り合っている。

 本当に愛するのなら、どんな苦難があっても、引っ張って行けばいい。そんな一般論が、判断速度を低下させる。

 現実はそんなに甘くはないだろう。もし、大きな運命に巻き込まれるのなら、それこそ二人に無責任な事は出来ない。
 それを理解しての『証が欲しい』か。

「…………俺はまだ旅の途中なんだ。そしてそれは、後それ程時間はかからない。その時までの『婚約者』って事でいいかな? 無責任な事をしたくないんだよ、二人には」

 二人は頷いた。不安が和らいだのか、表情はだいぶ明るくはなっている。

「うん。それまでの間、あたし達もやらなきゃいけない事があるし……。それならあたしも頑張れる」
「うふふ、アル様はこんな私達の事にも、一生懸命考えてくれるの。本当に素敵なの……だから、私達も頑張る。今の言葉だけでも、私にはすごく胸が熱くなっちゃった……えへへ、恋愛結婚ってこう言う感じなのかな」

 さっきまでの、後ろめたさと言うか、モヤモヤとした気持ちはかなり晴れていた。前向きに話せたのかな……? 実際の所、エリンとユニに惹かれるものがあったのは事実だけど、それを現実的に考えないようにしていた。

 二人の女神に、気持ちを伝えられたのも、最近やっとの事だし。俺はそんなに器用じゃないし、恋愛弱者なんだってば。

「俺も二人に応えられる男になれるように、頑張るよ。これで、またひとつ覚悟が出来たんだ、ありがとうエリン、ユニ。二人に顔向けできるように、しっかりと運命と向き合ってみるから、待っててくれるか?」
「「はい!」」

 もう二人の顔にかげは無くなっていた。後ろにピッタリと倒れていた耳が、横向きにゆったりと寝ているし、尻尾はぴーんとしていた。

 良かった、機嫌良くリラックスしてる感じだな。

 彼女達のこういう分かりやすい所は、旅の間もしょっちゅう癒されていた。ソフィアとティフォもニコニコしている。これで良かったんだろう、きっと。

 何かさ、今まで読んでた物語とか、常識的な部分と、大分かけ離れた事態になって来てるなぁ。現実って、そう言うものなんだろうか?この旅に出てから、俺の持っていた常識と、現実がズレる事、たくさんあった気がする。思うままには進まないもんだ。

 ……だからこそ、ひとつひとつ、前向きに考えて行かないといけないんだろう。

 人間のつくった形骸的なルールとか常識だって、前にソフィアが言っていたけど、人それぞれの事情で変わるものなのかも知れない。

 思っていた事実と異なる。

 それに否定から入るのは、多くの幸せと運命を、頭から否定するだけなのだろうか。そんな風にも考えさせられた。

 ※ ※ ※

 中央部の川港で、俺達三人と婚約者姉妹、そしてタイロンの六人は、見送りに来てくれた人々に囲まれていた。

「盛大に祝勝会を開けず、申し訳ない。次に立ち寄る事があれば、この国を挙げて歓迎させてもらうつもりですからのぅ」

 大統領のパジャルまで、一般人に紛れて見送りに来てくれていた。

「そんな事は気にしなくていいよ。北部の事があったんだ、喪に服するのも大事な事だし。また、必ずここに来るさ」

 人々の腕には、黒い腕章と朱色の絣織かすりおりの腕章が着いていた。黒は亡くなった犠牲者への、冥福を祈る気持ちを現している。冥府の世界での福を祈るとは、死ねば神の下で暮らすと言うエル・ラト教系の宗教観念とは異なる。

 強大な自然と共に暮らす彼らは、死すれば一度土に還り、冥府に帰った後、また生まれて来ると信じているからだ。再び生まれて来るまでの間を、幸せに過ごして欲しいと願う、精霊信仰の逸話に基づいている。

 そして朱絣しゅがすり織の腕章は、戦帯が間に合わず、この形になったらしい。意味合いは『ひとつの家族』を指し、今後はこれを象徴として行きたいと言っていた。

「うおおおーいッ!」

 と、ガグナグ河の下流から、遠吠えにも似た、長い声が聞こえて来た。

「お! お出でなすったぜアル。流石時間にピッタリだ。あの爺さんのお陰で、色々上手く事が運んだんだ。今後も獣人族と関わるだろう、あの爺さんは頼れるから、友好的にな?」

 ガストンはそう言って、下流からやって来る船団に手を振っている。俺達は今やって来た船に乗り、一気に北部を目指して、次の国『ダラングスグル共和国』へと入る。一度北部で降り、姉妹とタイロンの『獣人魔術普及団』とは別れる事となる。

「しかし、逆流に帆も無しで、何であんなに速いんだ? 魔導船みたいなもんなのか?」
「ふっふっふっ、あれこそが我々獣人族の、世界に広がって行った、長距離移動の秘密兵器よ」

 一応義理の祖父となった、赤豹の族長が腕を組み、自慢気にそう言った。あれから彼とは和解はしたし、姉妹と婚約を結ぶ事で合意はしたが、俺が手を動かす度に頭を守る癖がついていた。

 と、そんな事をしていたら、あっという間に船団が港に停まり、獣人数人が桟を歩いて出て来た。

「よお! 久しぶりだなあんちゃん! 俺の見込んだ通り、ずいぶんといい働きしとるじゃねぇか!」

 そう言って、先頭にいた熊耳の爺さんが、俺とガッチリ握手した。

「あんたに貰った『虎目石』、本当に役に立ったよ、言いっこ無しだ」
「がはははは! やっぱ、人間にしとくのは惜しい奴だ、ほれ乗んな! あっという間に、アケルなんざ通り抜けてやっからよ」

 そう言って、ペイトンが船首に向かって口笛を吹く。小さな丸い尻尾がフリフリして、卑怯な可愛さだなと思った。

 ザバァ……ッ!

 水龍が水面から首をもたげ、青味がかった灰色の姿を現した。

「この客人は、俺達の恩人だ、まずはアケル北部までバッチリ頼むぜ!」
「……ピュイィッ!」

 まさか水龍を手懐けて、船を曳かせていたとは。その緑色の眼が、俺達をジッと見回すと、ティフォを見た瞬間に瞳孔がキュっと絞られた。『全怪物の王』は龍種にも有効らしい。

「よーし、もういいぜ! とっとと乗ってくれや!」
「……そんじゃあ、行ってくる! またな!」

 そう言って振り返ると、獣人達は遠吠えを、人間達は歓声と拍手で応えてくれた。船から見ると、港には入りきれない人々の列が、ずっと続いている。建物の上や窓にも、こちらを見る姿があちこちにあった。

「桟を外せッ! 会長の出航だ!」

 水夫達の慌ただしい声が響き、桟が外されると、水龍は船の上を一瞥して、水に潜った。その波に船が揺れる。

「しゅっぱーつッ!」

 港に出航の銅羅ドラが響く─── 。

「「「ありがとー」」」

 そう一斉に叫ぶ声が聞こえた時、船にぐんと進む勢いが来て、船体が水を切る音が始まった。加速しながら進み出せば、港沿いに人々が延々と立ち並んで、声援を送っている。

 やがて直ぐに港は『エコーハンド』の森に隠れて見えなくなったが、人々の声はいつまでも聞こえていた

 雄大なガグナグ河は、何処までも先に続いている─── 。

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