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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第五章 妖精王の国

第十一話 冬のシリル

 シリルの冬は厳しい。鉛色の空からは、時折白い粉雪がちらついては、冷たい風に流されて石畳の上を転がって流れて行く。こうして鉛色の空が続くようになると、本格的な冬が訪れるそうで、シリルではこの粉雪を『冬の女王の子供達』と呼んでいる。
 シリル国軍中央練兵場の上空、その鉛色の重苦しい空へと、細い黒煙が数本伸びていた。

「担架、担架を持って来い! 衛生班、すぐに回復してやってくれッ!」

 兵士達がガチャガチャと、怪我人を運び出して行く。物々しい雰囲気の中、ハアとソフィアの溜息が、白い塊を練兵場の観覧席に作り出した。

「───次、四百三十三番!」

 バウル将軍の読み上げに、若い兵士が異様に長い片刃の直刀を背負って前に出た。ドワーフが兵士に何やら説明して、駆け足でごうの中へと退避して行く。兵士の身長よりも長い直刀は、柄とは別に、刃の背に取手が付いていて、独特な構えとなっている。

「始めッ!」
「オオオオオオォォォ……ッ‼︎‼︎」

 木で作られた人型のターゲットに、兵士は雄々しい気合いと共に、直刀を振り下ろした。

 ズガァ……ッ!

 閃光と共に、木人が縦四つに切り裂かれ、消炭となって消える。更に斬撃は真っ直ぐに突き進んで、後ろの強化壁に直撃して爆発を起こした。

「おおっ! これはまたエゲツない……」
「あ……。た、担架! いや、上級回復術師を連れて来い!」

 威力は申し分ないし、指向性も確かだが、いかんせん使用者の肉体が耐え切れなかったようだ。白いローブを着たシリル軍の回復術師が、腕を引かれて兵士の元へ走った。こんな感じでかれこれ四百三十三回目の実験も、公開処刑みたいになってしまった。

 ドワーフの武器はどれも強過ぎて、弱体化したシリル兵には……いや、人類には持て余し気味だ。もうすでに何人かは、俺の蘇生によって、聖戦士化する事態となっている。単純に光属性のグール兵士が増えるだけで、戦力増強になりそうだが、いかんせん一度殺さなきゃならないしなぁ。

 「精霊の声を聞こえるように、アネスさんが力を使ったようですけど、思いの外、シリル人の力が弱くなっているんですね」
「シリル人の強さは、体内に宿した妖精の存在だからな。それが何代にも渡って、薄れて来たのと、精霊への鈍感さがアダになったな」

 アネスが眠りにつく直前に使った術は、シリル人のマナへの感覚を、少しだけ鋭くさせる事に成功していた。元々血筋に恵まれていた者の中には、精霊の気配を察知出来る程度に、感覚を取り戻した者も出て来たらしい。

 しかし、彼らの霊的感覚の鈍り具合は、そんなに軽くは無かった。完全に精霊との繋がりを失って三百年以上、更にその数百年前から、精霊とは疎遠になっていたわけだ。この時間は余りにも長過ぎた。

「今試してるのは、儂らの引きこもり時代のアイデアじゃからのう。もうちっと、弱い規模の武器で練り直す方がええか?」

 テスラも浮かない表情だ。ドワーフ達の士気が上がりまくり、アネスの目覚めを待ったが、ジゼルの勘では数週間は掛かるだろうとの事だった。俺も診察してみたが、ほぼ妖精の魂でありながら、希薄な存在となっているアネスには打てる手立てが無かった。
 マナや魔力への耐性も弱っていて、魔術による回復は不可能。肉体も人とは違うために、薬や栄養なんかでの回復も不可能。強力なマナを、体内に入れ続けた後遺症は、想像した以上に深刻だった。

 しかし、打てる手が無いだけで、彼女自身の魂は自然治癒の力を備えている。時間が掛かるだけで、悪化する心配もない。むしろ魔力の高い俺達が、近くにいない方がいいと判断して、ドワーフ達の復興を優先させる事にした。

「しかし、流石はドワーフの技術力だな。この短時間でこれだけの数の試作品をあげてくるとは」
「んん? こんなもん、アイデアさえ決まっておれば、何の迷いもいらんからな」
「一日で五十点以上も造れるのは、別種族では考えられませんよ。それに、ドワーフ族にしても、この速度は異常です。炎槌ガイセリックのお弟子さん達は、本当にすごいんですね♪」

 ソフィアに褒められて、テスラはうへへと照れまくっている。

「資材は足りそうか? そろそろアケルとムグラからも届くだろうけど、足りなかったらまた生成するから遠慮なく言ってくれ」
「おう、大丈夫じゃ! しかし、魔術で鉄を産み出すとか、会長は本当に何者なんじゃ? お屋形様の弟子とは聞いたが、これは夜の神の奇跡かの?」
「奇跡っつうか、土属性系の魔術だよ。あんまりやり過ぎると、周辺の鉄分が無くなって、植物死ぬけどな」

 ドワーフの里は今も復興中、王宮の整備を使うにも、金属が圧倒的に足りてなかった。仕方なく俺が魔術で当面の鉄を作り出したが、それがドワーフ達にとっては奇跡以上の何物でも無かったらしい。『たたら神アルフォンス』とか言って、崇めようとするのを、なんとか説得して止めたが『ネオお屋形』とか『メ◯ルダー』とか無茶言い出すので難儀した。その折、アケル獣人族の商隊から、俺の事を『会長』と呼んでいる事を知ったらしく、今はそこに落ち着いている。

「次ッ! 四百三十四番!」

 ガラガラと台車に乗せられて出て来たのは、どこかで見た事のある、巨大なハンマーだった。

「す、すと……ストーップ! もしかしてそれ『破城塞槌はじょうさいつい』って書いてないか⁉︎」
「はい? ええ、確かにそのように書いてありますな。流石はアルフォンス様、知っておられたのですか」
「 知るも何も、それ使ったらこの修練場ごと吹き飛ぶぞ⁉︎」
「「「……ッ⁉︎」」」
「……い、今のは無しだッ! つ、次、四百三十五番!」

 あっぶねぇ、リストから外したはずだったのに、バッチリ作ってんじゃねぇか! 何か台車押してるドワーフが、ショボーンって寂しそうにしてるけど、アイツが作ったんじゃねぇのか?

「しかしなぁ、強力なのは大いに結構なんだが、どうにもシリル人らしい武器が無いな。出来れば、精霊の協力を必要とするような、今後の政策にも絡んだモノが欲しい所だ」
「そうですね。軍で正式採用された兵器ともなれば、民間人にも知れ渡りますからね。精霊さんたちが、見直されると良いんですけど」
「んー、おお、それなら次のがそうじゃぞ! 確かガウスの奴が作った、『精霊兵器』じゃと言うとった」

 そう言ってテスラが指差す先に、兵士が伸ばし棒のような物を持って、ガウス本人から説明を受けていた。棒? 見た感じ強そうには見えないが、どういった仕組みの武器なんだろう?

「始めッ!」
「……えーっと【目覚めよ火蜥蜴デフロアード】」

 兵士が不安そうに、教えられた台詞を棒読みで唱えながら、その棒をターゲットに振り下ろす。

 ……カッ! ちゅどーんッ‼︎‼︎

 棒がターゲットに触れた瞬間、視界が閃光に掻き消され、途轍とてつもない衝撃波が押し寄せた。

「─── きゃあっ!」

 ソフィアが珍しく悲鳴を上げて、椅子から転げ落ちそうになるのを、寸での所で抱き止める。

─── 【癒光ラヒゥ】【防御結界タリアン】!

 粉々になり掛けた兵士を、取り敢えず回復というか復元して、結界で守った。ターゲットなど一瞬の内に消え去っていたが、火炎のエネルギーは治らず、上空に複数回光の柱を突き上げて爆発している。空には巨大な白煙の輪が、三つ四つ描き出されていた。

「こ、こりゃあ敵どころか、味方まで消し飛ばしかねないな!」
「お、オイこらガウスッ! 貴様、出力調整のテストはしたんか⁉︎」
「…………お、おう! したともよ! こんな急に精霊が力を出すとは想定外じゃった」

 どうやらあの武器は、棒の中に精霊を住まわせ、周囲のマナと使用者の魔力を使って、攻撃魔術を上乗せして叩き付ける物らしい。実験台の兵士が、仲間の兵士に手を引かれて戻る最中、花畑がどうこう呻いている。心に傷跡が残らない事を祈るばかりだ。

「テストをしたのは、ドワーフの里でか?」
「おう、その通りじゃ。オレは里の修復する傍ら、あっちでこの武器を作っておったからのう。こっちには搬入したばっかじゃから、テストしてはおらんかったが……。あっ、場所が原因か!」
「あー、ドワーフの里は、まだマナが行き届いてないからな。この王都周辺は、マナが溢れてるから、精霊も力を持て余したんだろ。うーん、理論は悪くない。要調整だが、近接武器で高破壊力だと、やっぱり巻き添えが危ないか?」

 ぶつかった瞬間に爆発する武器か。棒の方は無傷のままだから、強度としては申し分ないわけだが、いかんせん爆発だとどこに力が向かうか分からない。もし、敵の鎧とかの金属片が飛び散ったら、それこそ敵味方関係なく、大惨事になりそうだしなぁ。
 魔力の消費も少ないし、連発も可能みたいだから、どうにかすれば凄く化けそうなアイデアなんだけど。

「「「うーむ……」」」
「ん? どしたのオニイチャ」

 修練場の隅でスタルジャと遊んでいたティフォが、観覧席のおやつ目当てにやって来た。

「ああ、この武器なんだけどな、かくかくしかじかで……」
「ふーん、爆発に指向性があればいーの?」

 そう言いながら、ティフォは試作品の棒を掴み、先っちょを覗き込んでいる。

「爆発力は本物だからな、あんまりいじると危ないぞティフォ」
「ん? 筒の中に火蜥蜴サラマンダーがいる、なるほど、この子に力を使わせてるのか」

 火蜥蜴サラマンダーは精霊の中でも過激派だからな、ちょっとした事で、大暴れするんだよな。さっきは呪文で制御してたみたいだけど。

「ん、あめちゃん、たべろ」

 ティフォが突然、手にした飴玉を、その筒の中に落とし込んだ。途端に筒の中から、大騒ぎする精霊の声が、くぐもって聞こえて来た。

─── オオッ? ナンダコリャア! ヤ~イヤイヤイヤ~イッ!!

「─── あ、バカ……」

 パァンッ!

 大きな破裂音と共に、筒の先に光が走った。筒の中で爆発が起き、飴玉が飛び出して行ったらしい。天井に穴が空いて、そこから煙が出ていた。

「ん、みたい」
「け、怪我はないか⁉︎ いたずらするなって、危ないから!」
「ん、無傷、問題ない。オニイチャは、しんぱいしょーね♡」
「ティフォちゃん、今『銃』って言いました? そういう道具があるんですか?」

 ん? そう言えばそんな事を呟いてたような……。あ、異世界の道具の名前なのか?

「ん、こーいうヤツ」

 そう言ってティフォは思念を送って来た。火薬とか言う物を爆発させて、鉛の弾を飛ばす、単純な構造らしい。物理防御の結界相手には、余り役に立ちそうも無いけど、このアイデアはなかなか……。

「「こ、これじゃあッ‼︎」」

 突如、テスラとガウスが飛び上がり、観覧席から出て行ってしまった。何か閃いたらしい。

「バウル将軍! どうやら今のでドワーフ達が何かを閃いたらしい。今日はここまでにしよう!」
「おお! それは良かったですな! 実際、兵士達が怯え始めておったので助かります」

 そりゃそうだよな、ほとんど人体実験みたいになってたし。さっきの一撃で、ターゲットのあった辺りは、でかいクレーターになってる。後でケガ人に回復魔術かけに行ってやろう。

「あ、雪。オニイチャ、雪だよ」
「おお、こりゃあ本格的に降りそうだな」

 たまに降っていた粉雪と違って、粒の大きい雪がハラハラと降り出していた。兵士達が慌てて後片付けを始めている。

「あー、ティフォこんなとこにいた! もう、急にいなくなっちゃうんだもん」
「ん、タージャ、ほれ、アメちゃん」

 四人でくっ付きながら、ただ何となく、雪が降るのを眺めていた。里を出てから二度目の冬がやって来る。シリルの冬は厳しい、シモンの実家メルキアまでは、また険しい山を登る事になる。

「これは……シリルで年越しかなぁ」
「あ、私はちょっと嬉しいかも!」
「ああ、スタルジャはドワーフに道具作り教わってるんだもんな。まぁ、ゆっくりするか」

 冷えた石畳の上には、早くも雪が積もり始めていた─── 。

 ※ ※ ※

「うーん、前髪が目に掛かるなぁ……」

 夜、魔石灯の明かりで、指輪に魔術付与をする練習をしていたスタルジャが、わずらわわしそうに前髪を掻き上げた。

「床屋でも行くか?」
「んー、寒くなるし、少し伸ばそうかな?」

 と、急に彼女はすでに寝ているソフィア達の方を見て、もじもじし出した。

「ね、ねぇアル。お願いがあるんだけど……」
「ん? どしたー?」
「あ、あのね! い、一緒に髪留め、買いに行ってくれないかな?」

 最近は大分会議も落ち着いて来たし、街に遊びに行くのもいいか。それにしても、そんなに緊張しなくたっていいのに、奥ゆかしいなぁスタルジャは。

「いいよ。せっかくだし、王都の観光もするか!」
「やた♪ ……で、あのね」
「ん?」

 顔を真っ赤にしながら、俯いてもじもじ。作業していた指輪を、指先で弄びながら、口をパクパクさせている。

─── ふ、ふたりきりで……いきたい……な

 前髪の間から、上目遣いの彼女と目が合った。くりっとしたブラウンの大きな瞳が、熱っぽく潤んで、震えるように魔石灯の明かりを映している。艶やかな薄桃色の唇を、不安げにキュッと締めたり緩めたりと、その度に色が変わる。

 ……何だぁ、この可愛い生き物はぁッ!?承諾の代わりに、彼女の手を両手で包んで、深くゆっくりとうなずいた。

 ぎゅっ……

 一瞬、驚いたような顔をした後、目を細めて笑顔を咲かせると、俺の手に頰を当てて擦り寄せた。

 ……何だぁ、この可愛い生き物はぁッ! 出掛ける約束をした後、布団に入ったが、ドキドキして体が波打って眠れなかった。恋愛弱者だと、再認識させられた夜だった。

 ※ ※ ※

 シリル王都、ウィリーン。王都でありながら、最大の都市ではなく、古い町並みの残る静かな街だ。
 とは言え、中央の噴水広場から放射線状に延びる大通りには、あらゆる店が建ち並び、この街ひとつで何でもそろう。活気はそれほどでも無いが、お洒落な店なんかのレベルで言えば、バグナスの首都と同じくらいだろうか。

 この街の建物も、ほとんどが木組建築で統一されていて、白い壁に太い柱や梁がせり出し、それぞれ木の部分に色が塗られたり彫刻が施されている。待ち合わせ場所の噴水広場には、人々が行き交い、冬支度の為か大荷物を運んでいる姿が目立った。

「あ、アル! ごめんね、待った?」
「いや、今来たところだ……よ」

 深緑のフェルトのコートに、白いタートルネックのセーター。暗いグレーのスカートに黒いブーツ。お姉さんって感じの彼女が、白い息を弾ませて立っている。普段はワンピースとか、麻のリラックスした感じの格好が多いだけに、ピシッとキメた彼女に思わず見惚れてしまった。

「えへへ……どーかな? お洒落なお店が多いって聞いたから、なかなか服が決まらなくて困っちゃった」
「き、綺麗だよ、すごく……。コートの色、髪に合ってるな」

 言った俺の耳が痛いくらい熱い。彼女は途端に後ろを向いて、手を走るみたいにパタパタと振っている。小さく『やた!』って何度も言っているのが聞こえて来た。

「はうぅ〜っ! い、行こ! やれ行こ!」

 そう言って俺の手を取って歩き出した。流石は精霊術師、体温調節っていうか、体の周囲に暖かい空気を纏っていて、手がポカポカしてる。

 初めて会った時は、まさかこうしてふたりで手を繋いで歩いくなんて、思いもしなかったな。そんな事を思うと、何だか余計にドキドキしてくるから不思議だ。

「へぇ〜、精霊石屋さんだって!」
「おお、流石は精霊国家だな」

 元々、石には何らかの精霊が宿っている事があるが、特に精霊が多く集まって時間を経た物は、魔術付与された道具と似たような力を持ったりする。そうして、強い効果を持った物が精霊石と呼ばれ、お守りとかアクセサリーなんかに使われる事が多い。
 店内には所狭しと、細かく仕切りの入った薄い木箱が並び、色ごとに分けてひとつひとつ精霊石が納められている。暖炉の穏やかな光と、天窓からの白い光で、どれもキラキラと囁くように輝いていた。

「やあ、いらっしゃい。石は出逢いだからね、ゆっくり見て行くといいよ。……おや、お嬢さんはエルフ族かね? これは珍しいお客さんだ」

 赤い毛糸の帽子を被った老人が、パイプを咥えたまま、目を丸くして眼鏡の位置を直した。

「こんにちは。ステキなお店ですね♪ どの子たちもみんな元気そう!」
「はっはっは、よく分かるねお嬢さん。うちはここで二百年続いてる店なんだ。代々、耳が良くてね、こうして精霊石を扱ってるんだよ」
「耳が良い……か。精霊の声が聞こえるって事かい?」
「そうさ。昔はね、そう言うのを『精霊憑き』なんて呼んで、除け者にされたみたいだけどね。効果のある精霊石は、合理的なシリル人にも人気があってね、こうして店を続けられてるんだよ」

 なるほどなぁ、精霊信仰は結果が分かりにくいけど、精霊石なら魔道具と同じで、一定の効果は確定してるからな。精霊ってより、魔道具的な扱いなんだろう。

「しかし、最近は妙に精霊達が話しかけてくるんだ。前はねぇ、ただ独り言みたいに喋るだけで、こっちに話し掛けてくるなんて事、無かったんだけどねぇ。フフ、ワタシもお迎えが近いのかね」
「ぷっ、おじいさんはまだまだ元気でしょ? この国の精霊が元気になってるのは確かね。きっとこれからもっと元気になって、色々助けてくれると思うわ♪」
「はっはっは、そうだと良いねぇ。この国は妖精と人と精霊の作った国だからねぇ、もう一度、皆んなが自然に耳を傾けられるようになるのを願うばかりだよ……」

 そんな事を話しながら、店内の石を見て回っていると、店の奥から強い視線を感じた。人ではない何か、それも強大な力を持つ自然的な何か。

「鏡……いや、黒水晶の石板か?」
「ああ、それは売り物じゃないんだ、済まないねぇ。うちの家宝みたいな物だよ」

 店主が声を掛けて来た時、その視線は急に消えてしまった。

「……これは境界? 精霊の世界と微弱だけど繋がってる」
「え? あ、ホントだ。すごいね〜、でも、ちょっと古過ぎかな? 大分力が無くなってるみたい」

 スタルジャとそんな話をしていたら、店主が立ち上がり、こちらに歩いて来た。

「驚いた……アンタらそれが解るのかい? もしかして、他国の精霊術師かなんかかね?」
「ああ、彼女は精霊術師だ。俺の方は専門って訳じゃないが、精霊術も扱える」
「この国って、今も精霊術師は嫌われてるの?」
「いや、今はそんな事はないよ……。しかし、この石を『境界』だと言い当てたのは、アンタらが初めてだ」

 そう言って店主が服の胸元から、透明な石のペンダントを取り出して、石版の前でクルクルと回す。それに反応したのか、石版の中が渦のように色がうごめいた。

「これは昔、ワタシの祖先が妖精から貰ったと言われてる物でね。妖精の中でもかなり上の者から、アドバイスがもらえる祭具だったそうなんだ。お嬢さんの言う通り、今はもうこれくらいの反応しかしてくれないがね……。幼い頃に、一度だけここから声が漏れてるのを聞いたきりだったなぁ」
「へぇ〜、そう言えばミィルも古い妖精だったんだよね? あれ、寝てるみたい」
「お、お嬢さんは妖精を棲まわせているのかい? こいつは驚いた……長生きするもんだねぇ」

 さっき感じた視線は、高位の妖精のものだったか。しかし、こんな物があるってのは、本当にこの国が妖精や精霊と通じ合ってた証拠だな。

 スタルジャはいくつかの精霊石を、魔道具製作の材料にと購入した。人には聞こえないだろうが、紙袋の中から精霊達の騒ぐ声が、わーきゃー響いてくる。彼女はそれをクスッと笑って胸に抱いた。

「ありがとうね、おじいさん。また来るね♪ あ、そうだ。私髪留めを探してるんだけど、どこかいいお店知らない?」
「んー、ああ。それならあそこだ」

 店主は簡単な地図を描いて渡してくれた。なんでもこの店と同じく老舗だが、わざわざ他国からも買い付けに来るくらい、人気の高いアクセサリー商らしい。店主に礼を言って、通りに戻る。

 この街は、いや、シリルの木組建築はいちいち可愛らしいものが多い。ひとつとして同じ外観のものは無いし、どれも個性的で、ただ見て回るだけでも楽しい。中には建物を見て欲しいのか、ベンチを置いて休めるようにしている家もあった。
 エルフであるスタルジャは、やはり目立つのかチラチラ見られたり、よく声を掛けられてはテンパっている。途中『やっぱり亜人種は悪目立ちするのかな』と落ち込み掛けていたが、綺麗だからだろと返すと耳まで真っ赤にしていた。

「あのお店の事かな?」

 街散策を楽しみながら、通りを進んでいると、センスの際立つ店があった。同じく木組建築ながら、塗壁の所々に赤い煉瓦が使われていて、落ち着いた赤色の柱とバランスが良い。店内は白い塗り壁に、所々突き出した梁がアクセントになっていて、展示台のテーブルや棚は落ち着いた深い茶色に統一されている。

「うわぁ、どうしよう。どれも可愛くて決められる気がしないよぅ」
「ははは、良いんだよ。ゆっくりひとつひとつ見ていけば、気にいるのが出てくるだろ」
「う、うん。そだね、髪留め髪留め……ふわぁ、いっぱいある!」

 色々あり過ぎて、尻込みしてしまったのか、白い手を戸惑い気味に右往左往させている。

「スタルジャの髪色だと、落ち着いた赤とかいいんじゃないか? いくつあっても良いんだし、何本か選んでみたらいい」
「へ? あ、そーだね! 赤いの赤いの……」

 選ぶ基準が出来たら楽しくなって来たようだ。あれこれ選んで、鏡の前で合わせてみては、よく笑ってる。こういう所を見ると、自分と同じ年くらいの、普通の女の子なんだと思う。

「はぁ〜、楽しかったぁ♪ あ、でもありがとね、付き合わせたのに買ってもらっちゃった」

 彼女もソフィアと同じく、戦闘の事を考えてシンプルなのを数本と、お出かけ用にお気に入りを選んだ。

「ん? ああ、贈物するの好きなんだよ。スタルジャにも何かしてあげたくて。
─── はい、俺からはこれ。スタルジャに合うかなぁって思ってさ」
「え? え? 私に? さっきのお店だよね、いつの間に……わ、可愛い‼︎」

 普段のシンプルな格好にも合うように、装飾が抑え目のブローチを選んだ。一緒に選んでるフリしながら、気づかれないように買うのは、なかなかドキドキしたが……。

「あれ? なんか紙が入ってる」
「説明書かな?」
「─── このブローチに使われている石は、若草輝石と呼ばれ、持ち主に新しい芽吹きをもたらすと言われています。石言葉は『新しい幸福・芽生える運命』」

 石は出逢いだって言うけど、本当だなぁ。石言葉はよく知らないんだけど、ソフィアの髪飾りの時も、妙にピッタリくる言葉だったよなぁ。

「そ、そうだ。確か若草輝石って、別名『虹鉱石』て言うんだけど、環境で色が変わる事があるみたい……」

 ぎゅ……っ

 言葉の途中で抱き着かれてしまった。う、嬉しいんだけど、店の前の往来だから、道行く人の視線が……。あ、さっき内緒で買った時の店員が、ニッコニコで親指を立ててる。

「─── うん。新しい幸せ、もうアルからたくさん、もらってるもんね」

 俺の胸に頰を寄せて、指先でなぞりながらそう呟いた。出来れば、彼女が過ごした孤独な時間を、埋めてあげられないだろうかと切なくなる。

 街は冬の準備でたくさんの人々が行き交っているが、この人の数だけ運命があって、それに関わる事はまず無いと言ってもいい。彼女だって、ほんの少しだけ時間がずれていたら、出逢う事も無かったのかも知れない。そう思うと、何だかどこまでが偶然で、どこからが自分の意思なのか曖昧に思えてしまう。

 ただ、大切に思う気持ちは、間違いなく俺のものだ。そんなしっとり、ほっこりした気分で王宮に帰ったら、ソフィアとティフォが飛んで出て来た。ソフィアは新しい手袋、ティフォは行きたいお菓子屋さんがあると、鼻息荒くそれぞれ別の日に約束を取られた。
 ……昨日の夜、狸寝入りしてたのか? そうこうして、シリルの冬の街を満喫していたある日、ジゼルから報せが届いた。

─── アネスが目覚めた

 急遽、俺達は再び西の聖地に向かう事となった。

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