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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第六章 メルキアのヴァンパイア

第十三話 巣食う闇

 あれ程鳴いていた虫達が、一斉に押し黙る。まとわりつくような静寂は、耳鳴りを呼び、月のない暗がりから、平衡感覚を失わせた。
 その闇の中を、より暗い闇の塊が、煌々こうこうと輝く長剣を携えてにじり寄る。

 部屋着の白い長袖シャツの袖をまくり、アルフォンスはその気配の前で、ゆったりと腕を組み……微笑む。

「月のある景色は良いもんだが、こう言う月の無い夜ってのも、なかなかだよな。見えない分、普段は聞こえない声が、よく聞こえるようになる」

 一陣の風が黒髪を撫でる。その下に燃える紅い瞳が、真っ直ぐに闇を捕らえていた。

─── ……あああ……ア……ルフォン……ス……

 アルフォンスは、地の底から儚く響くような女の声に、笑みをこぼした。

「ああ、分かってるさ。ここは良い、こうでなくちゃな。石柱を壊す心配も無く、を壊してやれる」

─── 【着葬クラッド

 闇よりも深く深く、人の闇よりも更に深い、漆黒の甲冑が身を包んだ 。

 ※ 

 人を愚かであると思う事は、いけない事だろうか?
 『愚か』とは、考えや心が足らぬ者を指す言葉だ。よく人はこう言う『愚かでも、人に迷惑を掛けなければ構わない』と。

 そうだな……俺はこう思ってる。

─── その迷惑を一番かけちゃいけない相手ってのは、自分自身なんだ

 自分が意図しない事を、ただ自ら繰り返して自分をおとしめる事こそが、愚かなのだと思う。他人に掛ける迷惑は、一時のさざ波でしかないが、自分が良しとしない事をすれば一生抱えるからな。

 ではこの女騎士は、愚かだと言えるだろうか?

 崇拝する世界から、手駒にされ、今や抱え込んだ負のエネルギーに消えかかっている。確かにこの女は、これだけのマイナスを呼び込むだけ、恨まれる事に関わって来たのだろう。その手は血で汚れているのかも知れない。では、この女は『悪』か?

 いいや、自分が意図せぬ道に、陥れられているだけだ。だから俺はこいつを、愚かだとは思っても、悪だとは思えない。悪は誰かと言うならば、こいつを意図せぬ事に巻き込んで、手の平で踊らせている者の事だろう。

 つまり、この女は、自分が意図せぬ事をさせられていると気づく事すら出来ない、ただのだ。それに一番俺の勘に触るのは、この女騎士を何者かがどうこうしている事でもない。
 これ程までに集められてしまった、人の負の感情の裏には、一体どれほどに無念を抱いた者達がいた事だろうか。こんなものを集めるために、どれだけの者達が踏みにじられて来たのかって事だ。俺にはこの闇は、人々そのものに思えてならないんだ。

 そこに魂こそ無くたって、苦痛に喘ぎ続ける感情があるのなら、それは人の心を切り取った息づく存在じゃないのか?俺が本当に救いたいのは、女騎士だけじゃない、この闇に適切な終わり方を与えてやりたいんだ。

のあるべき姿はそれか? いや、それは望む世界じゃないよな? 今のお前達は、望む世界を選べずに、与えられた世界を見てるだけだろ。 それはお前である事を証明する世界か?」

─── 闇の中の眼が、一斉に俺を見つめた

「分かったよお前ら。俺がそこから救ってやる」

 偽聖剣が一際強く輝いた瞬間、闇からいくつもの手が伸びて、さっきまで俺がいた場所に何の抵抗もなく突き刺さる。

─── 【針雷ニード・スンデル

 暗闇を漆黒の稲妻が走る。一刹那せつな遅れて、紫色の細い雷光が、女騎士を覆う巨大な闇のシルエットを描き出す。暗がりに浮かぶ無数の眼が、苦しげに歪んだ直後、魔術のエネルギーを吸収し始めた。

「……ふむ、流石は純粋な負の塊だな、自分に向けられた負のエネルギーくらい、簡単に同化しちまうか」

 闇は更に膨れ上がると、長剣を握った腕のシルエットが無数に生え、縦横無尽の斬撃を繰り出す。剣先までびっしりと浮かぶ、夥しい数の眼でこちらの動きを捕捉しながら、一本一本正確に有効なコースを突いて来ていた。

 手数は圧倒的だが、老獪ろうかいな戦術があるわけではなさそうだ。どうやら闇自身に考える知能があるわけじゃないらしい。このクソ真面目な剣筋は、アケルで剣を交えた女騎士のそれだ。闇のエネルギーは膨大かつ強力だが、女騎士の意識がまだ残っているのが幸いか、手数が多いだけで脅威きょういじゃあない。
 逆手に持った夜切で、それらを確実にいなしながら、こちらも間合いを詰める。

 ガシッ!

 弾かれて目の前に流れて来た腕の一本を掴むと、ただの影かと思いきや、肉の柔らかさや骨の感触まである。女騎士の腕をそのまま再現しているのだろうが、その表面には極薄の結界が張り巡らされているのが分かった。

「物理的な結界……女騎士に与えられた加護か。魔術も吸収されるとするとなると……
─── 【属性反転グルスドラー】!」

 俺のポンコツ蘇生魔術でアンデッド化した者を、光属性の生者に反転させるアレだ。掴んだ腕に、小さな範囲に絞って、性質を反転させてみる。

 ジュウゥゥゥ……

 反転された端から、光の粒子となって、蒸発していく。闇を埋め尽くす眼達に怯えの色が浮かぶと、腕を仕舞ってフワリと浮かび、距離をとった。余程、今の蒸発が嫌だったらしい。慌てふためいて、闇の形が歪になって、それぞれの出っ張りがフルフルと蠢いている。

 ドゴォッ!

 夜切の柄で体重を乗せた一撃を突き込む。まるで岩を殴ったような、硬い反動が返って来ると同時に、闇の呻き声にダブって女の呻きが聞こえた。

「……まだ完全に侵食済みって訳じゃなさそうだな」

 今の反応で色々な情報が掴めた。まず属性反転で消えるのは、こいつらのマイナスの感情が、プラスの存在に変わると存在意義が無くなるからだろう。恨みあっての負の存在、正に変われば搔き消える。こいつらの中に渦巻く、怒りや悲しみ、不安と苦痛。癒される事のないこれらの負の感情が、より己の闇を増大させながら、己の存在に怯えてもいる。

 ただ劣化版とは言え、流石は世を滅ぼす聖剣ケイウェルクスの、エネルギー貯蔵機構をパクったってだけの事はある。

 膨大な量の負のエネルギーだ。そして、その奥に弱々しく存在する女騎士の意識が、それらに飲み込まれないように、微弱な抵抗を続けているように感じ取れた。いっその事、まるごと属性反転で存在を消すか。俺はその考えに、どうしても良い印象が湧かなかった。

 こいつらの感情は、人々の感情そのものだ。その多くは、すでにこの世を去った者の、形見のようなもの。いや、魂こそここには存在していないが、その者達の意識が生き続けているようなものだ。それこそ、彼らの生を終わらせる事になるのではないだろうか、いや、そもそも生きているとは何なんだろう。なまじ相手を理解出来てしまった分、闘いの最中だと言うのに、そんな迷いに苛まれていた。

 ……ざわ……ざわざわ……

 俺の鎧が騒めいた。全身を覆う呪いの鎧が、俺に何かを訴えかけている。なるほど、そんな手もあったか。我が鎧の事ながら、同じ負の存在同士、感じ入るものがあったのかも知れないな。

「そうか、それこそがお前達にとっての救いかも知れないな……。
─── 鎧よ、闇を

 鎧の至る所から、黒一色の亡者の群れが這い出し、闇の塊へと飛び掛かる。貪欲に闇をむさぼり喰らう、噛み千切り、咀嚼そしゃくし、嚥下えんげする音が闇夜に響き渡る。統率を失った闇からは、大勢の人々の悲鳴が上がるも、それらがみるみる減って行く。

 キ、キキキ……バキンッ!

 膨大な量の闇を喰らい、早くも成長を始めた鎧は、強靭な魔鋼の装甲を弾けさせながら膨張している。そこから放たれる濃密な狂気にあてられ、周囲には青白い鬼火や、悪霊の類いの嗤笑ししょうが渦巻いていた。

「─── わぁ〜、やっぱり可愛いですねアルくんの鎧は♪ 必死に生きてるって感じがして、保護欲求が刺激されます☆」
「ソフィ。いつからそこにいたんだ?」

 俺の背後にソフィアがニコニコして立っていた。

「初めからですよ〜。寝てる時だって、アルくんの事、ガードしてるって言ったじゃないですか」

 そう言えばそんな事言ってたっけな。この鎧にときめく美的感覚は正直理解できないが、彼女の存在に気がついた瞬間から、確かに安心している自分に気がついた。

「人の負の感情の裏にあるのは、忘れ去られ、必要とされなくなる事への不安が大きいですもんね。ただ消されるとなれば、これらはただの感情の塊で、決して魂や人格なんかではないですけど、報われないのは理不尽ですよね」

 そうだ、この闇は俺の鎧と同化して、俺を守る存在へと生まれ変わる。負の存在である以上、正には変化出来ないが、少なくとも永遠に続く苦痛からは解放されただろう。ソフィアと話している間にも、辺りには死肉を喰らうような生々しい音と、悪霊達の奇声が引っ切り無しに響いている。
 これって、女騎士の肉体を闇が再現してるんだよな、つまり俺の鎧が間接的に女騎士を食い散らかしてるって事になるのか……。あ、今の俺って悪者っぽ過ぎないか?

 ぐちゃ、モグモグ……ゲェップ……

 肩の辺りで響いたゲップを最後に、辺りはしんと静まり返り、やや間を開けてから虫達の声が戻って来た。今更ながら、ガセ爺はこの鎧を造る時に何を考えていたのか。ちょっとあのワハハ魔王の脳内を見てみたい。
 すっかり闇が食い尽くされた後には、女騎士がうつ伏せで倒れている。命に別状はないようだが、体内にはまだ多少の闇が残されているのが見えた。

「うーん、属性反転を掛ければ闇は消えるだろうが、今のこいつに反転掛けたらどうなるか判断がつかないな。それに回復にも時間が掛かるだろう。教団に引き渡すのも、俺がなにされっか分からないしなぁ」

 ドクンッ……

 鎧への闇の吸収が始まったようだ。鎧が脈動して、強烈な魔力が湧き上がり、さらにそれが膨れ上がって行く。極端に重い負の魔力にあてられたのか、頭上の木の葉が枯れ落ち、足下の草もカラカラに萎びてしまった。魔力の膨張は鎧に留まらず、俺の中へも怒涛の勢いで流れ込み、目眩めまいがするくらいだ。

「……う……あぅ……アル……フォンス……?」
「おう、気がついたか。でも、まだ喋らない方がいいぞ。聖剣の呪いはまだ残ってる」

 女騎士は上げ掛けた頭を、弱々しく戻して、呻くように呟いた。

「……なぜ……たすけ……た……? 私は……お前に……剣を向け……た……のに……」

 助かったなら助かったで良いじゃねぇか。どうしてこう脳筋系の奴は、人の意義は無視するくせに、自分の意義となるとこだわんのかね。

「別にお前を助けた訳じゃない。お前達の手に掛けられた者達の感情を、放っては置けなかっただけだ。それに、俺は立ち塞がったお前を、ただ倒したに過ぎない。だから、気にするな」
「……クッ……殺せ……。敗れた私を……好きに……するが……い……い」
「しない」
「……き、貴様の……陵辱な……どに……。く、屈する……もの……か……」
「しない」
「ラミリ……ア……様……おゆる……しくだ……」

 そう呟いて、女騎士の体からガクリと力が失われた。喋るなって言ってんのに、なんか変に情念こもった物言いなんかしてっから、気絶したらしい。うん、やっぱりこいつは愚かだわ。

 ここに放り出しとくわけにもいかねぇし、教団の追っ手が来ても鬼族に迷惑が掛かるだろうし。あ、ローゼンの所にでも、お願いしに行くか。そう思って、女騎士の体を起こして抱きかかえると、ソフィアが口元に手を当ててソワソワしている。

「アルくん、この女騎士を陵辱するんですか? 鬼畜な一面も持ち合わせていたんですね……。で、出来ればまず、私を先に……ドキドキ」
「馬鹿言え」
「しょ……触手とか……ですか⁉︎」
「馬鹿言え」

 ローゼンの所に放り込んで来ると言うと、『なぁんだ』と詰まらなそうに言われた。それでも何だかまだソワソワしている。

「……どうかした?」
「ん……その……ごにょごにょ……」
「何だよ、どうかしたのかソフィ」

 立ち止まって真っ直ぐに見ると、彼女は顔を紅くして背け、消え入りそうな声で呟いた。

「お、お姫様抱っこ……いいなぁ……って」

 手指をモジモジさせながらそう言い終わると、背中を向けてうつむいてしまった。

「こいつを届けたらさ、帰り道で……な?」
「─── ッッッ〜‼︎ は、はうッ!」

 その後、それはもう無茶苦茶に……お姫様抱っこした。

 ※ ※ ※

「はわぁ〜! これこれ、これなのですよ」

 レジェレヴィアの街の片隅にある酒場で、ローゼンはホクホク顔だ。鬼族の受け入れについて、有力貴族との調整に呼ばれ、再びこの街に訪れている。会議自体は昨日のうちに恙無く終え、ツェペアトロフ家に滞在したが、フロレンス卿は生憎不在。

 どうやらシモンの妹、あのおっかない八歳児プリシラが行方不明になったらしい。ただ、数年に一度、フラッと何処かへ行方をくらましては、またフラッと帰って来るらしく。それ程に心配はしていないと言う。

 まあ、見た目は幼いけど、俺より遥かに年上のヴァンパイア真祖だし、命がどうのの心配はないだろう。夫人の方は慣れたもので、普段通りの生活をしているそうだ。
 なんたって今日は朝から三人娘は、ツェペアトロフ夫人に連れられて、芝居を観に行っているくらいだし。『旅の途中ででも、娘に会う事があったら、よろしく言っといてね〜』とも言っていた。
 俺はと言うと、貴族達との会議を渋ったローゼンに、好きな物を奢る約束をしてたため、こうしてふたりで昼飯に人間街まで降りて来た。

「メルキアは天領サァルヘイム山脈から、湿気たっぷりの風が吹くです。だから小麦の生産に向いてないのです。鬼族が持ち込んだソゥバの実は、寒さにも痩せた土地にも強いのですよ。まさにうってつけの食材なのです」

 だからこそだろうか、小麦の価値と比べられやすいソゥバは、一般的には『貧乏粉』と呼ばれる事が多い。特にメルキアのように、近代化した歴史の長い土地では、そうけなされる傾向にある。

 ローゼンが頼んだのは『ルゥナプリナ満月』と言う、薄く焼いたソゥバの生地に、チーズとハム、バターでソテーしたきのこを包んだもの。それと同じくソゥバの薄い生地に甘みをつけ、クリームや細かくカットした果物を包んだ『パーチェッラ包んだ物』と言うスイーツ。どちらもルゥナプリナと言う料理には変わりがないが、裕福な家庭では小麦粉で、そうでない家庭はソゥバ粉で楽しむものらしい。

 奢るといったのに、銅貨数枚の安価な料理。ローゼンが遠慮しているのかと思ったが、そうではないようだ。

 切り分ける時に割れてしまうパリパリな生地の端を、フォークの上で合わせて口に運ぶ。香ばしくもっちりとしたソゥバの風味に、熱々のチーズに絡むハムの旨味、最後まで余韻を残すバターの利いたきのこの香り。思わず目を細めてしまう。
 その濃厚な味わいの後に飲む、林檎から作った発泡する酒『スプマァル』は、爽やかに脂を流してルゥナプリナの味を丸く完成させる。

 ローゼンも目を細めているかどうかは、分厚い眼鏡のせいで分からないが、やや上気した頰を先程からふくふくと膨らませたままだ。

「アケルでもソゥバの料理は食べたけど、この調理方法は無かったなぁ。向こうではもう少し田舎くさい感じでさ、水で練ったソゥバ粉を太い串につけて、タレを塗りながら焼いたりするんだよ。麺料理もあったけど、あれも鬼族が持ち込んだ文化だったんだな」

 鬼族の味付けは、どこかアケル南方のものと似ている。アケルは小魚を発酵させた魚醤ぎょしょうがよく使われていて、ややクセの強い香りに香辛料やハーブを重ねて広がりを持たせているものが多かった。対して鬼族の主な調味料は、丸豆を発酵させた丸豆醤と呼ばれるもの。どちらも黒く、塩気と香りが強いのが特徴だが、丸豆醤は魚醤に比べてクセが無く、キレのある香ばしい風味が特徴だ。どこか香りに炒った豆の面影があって、素朴ながら広がりのある調味料。

「おや、お客さん。あんたアケルから来たのかい? あっちの麺料理はどうだったね、実はこの店でも近々出してみようかって思ってんだよ。酒の締めに、がっつり食いたがる客が多くてさ、出来れば手間の掛からないのがねぇかって探してたところなんだ」

 たまたま近くを通りかかった店主が、俺の話に食いついて来た。アケルの麺料理は様々で、主だった料理名のあるものは無い。熱つくて辛いスープに入れたもの、冷たくて酸味の効いたスープに入れたもの、具材と一緒に炒めたもの。
 軽い気持ちで説明したら、店主は厨房に戻り、何とその場で思いついた一品をサービスしてくれた。

「ベーコンをじっくり炒めた脂に、塩とハーブ、クリームを入れて炒め煮にしてみたぜ! ちょっと試してみてくれよ!」
「おおっ! リゾットの応用か、なんかお洒落だな……どれ」

 ベーコンの持つ、豚肉のふくよかな香りと、旨味の引き締まった脂、それらをコクのある生乳がうまくまとめ上げている。そこに混ぜ込まれた粗挽きの乾燥ハーブが、時折強い鮮烈さで、しつこさを程よいバランスに仕上げていた。

「ど、どうだ? ウケそうか?」
「うーん、味は申し分ないが……。ソゥバの麺が問題か、ボソボソしてて口当たりが悪いのが気になるな。これなら小麦粉の麺の方が、つるみがあって合うと思う」

 せっかくだから率直に感想を述べると、店主は麺を一口頬張り、難しい顔で唸る。

「茹でたての時はこうじゃなかったんだがなぁ。こう短い時間で味が落ちるとなると、考えもんだな……」
「確か小麦を混ぜて麺にするなんて方法もあるんだろ?」
「おおっ、あんたいいトコついてくんなぁ! そうか『貧乏パン』みてぇに小麦粉を混ぜれば、持ちも良くなるか。ふんふん」

 かなり仕事熱心な男のようで、メモを取りながら、あーだこーだ細々と語り出した。俺も料理好きだしね、こうしてプロと話せるのはそんなにない事だから、ちょっと嬉しい。

「すぐにボソボソになるって事は、水気を粉が吸いやすいのかもな。もっと粘度の低い、シャバシャバしたスープだったらいいんじゃないか? ソゥバの割合が高いとシャバシャバ、小麦の割合が高いとマッタリでやってみるとか」
「あ、あんたッ! ちょっ、ちょっとそこで待ってろ! あんたと、連れのお嬢さんのお代もいらねぇから、少しだけ時間をくれ!」

 そう言ってまた厨房に走っていってしまった。ローゼンに一応許可得ておこうと思ったが、本人はソゥバのデザート『パーチェッラ』を、大事大事に楽しんでいる所だった。

 ……と、その時、店内に強い視線があるのを感じた。それとなくそちらを振り返ると、俺の後ろから離れた席に、二人組の男が食事をしている。

 片方はせぎすで学者風な風貌の男。もう片方は、俺よりデカイんじゃないだろうか、プラチナブロンドの髪を七三に分け、立派な口髭を蓄えた五十代ほどの糸目の男。儀礼用の簡略化した鎧姿で、頸当くびあてから覗く首は、そこらの成人女性の太腿くらいはある。そんな鍛え上げられた規格外の肉体である事が、ちらりと見ただけで見て取れた。

 しかし、俺が目を奪われたのは、その男の肉体じゃない。店の雰囲気にそぐわぬ白銀の甲冑は、青い荘厳な装飾が施され、胸元には北極星を模した象徴的なレリーフ。こんなにおめでたいほど、権威、儀礼、権威、儀礼な格好は、他の団体は採用しないだろう。

 ……間違いない。極光星騎士団だ。
 男の糸目が俺の視線に気がついた瞬間、薄っすらと開き、銀色の瞳で俺を射抜いた。

 ※ 

「はぁ〜♪ 無料になったどころか、ソゥバ粉クッキーまでもらっちゃうなんて、お得なお食事だったのです」
「よかっゲェネフ、すまねウゲェフ……上手く喋れねェフッ」

 食ったなぁ……めたくそ食ったなぁ……。新メニュー決定して、店主も喜んでたからいいけど、しばらくソゥバは見たくない。

「この後はどうするです? アルくんはツェペアトロフ邸に戻るですよね」
「うぷす(うん)」
「女騎士ちゃんをニギラくんに任せっぱなしは悪いので、私はこれで帰るです。って、アルくん、目元に抜けまつ毛ついてますよ?取ってあげるから顔を近づけるです」
「ん? おお、ありがとうプス。女騎士の事、押し付けて悪いな……ぅぷ」

 女騎士は命に別状は無かったものの、急激に体内で膨れ上がっていた負のエネルギーが消え、かなりの体力を消耗していたらしい。一日のほとんどを寝込み、まだ回復魔術を受けつけない程に弱っている。今は体力の回復を待って、体内に残った負のエネルギーをどう取り除くか、ふたりで相談し合っている所だ。

「……はい、取れたですよ。じゃあ、これで帰るですね〜♪」
「おお、色々……ぷ、ありがとうな。気をつけて帰ってくれ」
「ふふふ、この辺で私に襲い掛かるお馬鹿さんはいないのです。でも、ご心配ありがとうなのです♪ ではでは〜」

 そりゃそうか。最近は鬼族の診療と、薬学の講習を楽しんでいるようで、ずっとご機嫌だから忘れてたが、まぎれもなく地上最強の一角なんだよな。ローゼンの姿が曲がり角で見えなくなるまで見送り、俺はツェペアトロフ邸へと戻った。

 ※ 

「─── ちょっと待ちな……」
「はい? 何かごようなのです?」

 こいつは許せん、遠巻きにやっとアル様を見つけたと思ったら……。あんな往来でアル様に、いや、見えはしなかったけど、き、キスをおねだりするとは!

「知的な中にも愛嬌。目がくりっと大きい……眼鏡? いや、間違いない、あの爺さんが言ってた通りね。あんたがアル様の新しい……くっ!」
「…………?」

「─── この泥棒猫……! あたしら姉妹を差し置いて、公然とき、キスするとか、抜け駆けにもほどがあるわ!」
「……きす……ですか? 申し訳ありませんが、一体何の事を言ってるです?」
「し……しらばっくれるんじゃにゃい!」

 ユニが後ろでなんか言ってるが、知ったこっちゃないにゃ!こちとら……ずっとアル様成分切れで、震えまで出ているのにゃよ!

「どちらがアル様に相応しいか、勝負にゃ! お前の精霊術がどれだけのものか、この赤豹族のエリンが見極めてやるにゃ!」
「……ですから、何の事を仰られているのか、私にはちんぷんかんぷんなのですが……」
「黙れ! いざ尋常に─── 」

 アル様と離れてから、あたしがどれだけ強くなったのか、このスタルジャとか言う女の敗北を手土産にしてやるにゃッ‼︎

「私に物騒な物を向けるのは、やめて欲しいのですよ……子猫さん」

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