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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十一章 聖教戦争
第十三話 半端者
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アケル中央部州セルベアード。
『色なき者たち』との闘いを終えたガストンと冒険者たちは、
空から降りてきた老人に目を奪われた。
三百年前の勇者、ハンネス・オルフェダリア。
冒険者たちを転移石で逃がしたガストンは、
ハンネスとの交渉を試みるも決裂。
アルフォンスが到着するまで、
ラミリアに受けた加護の力を発揮して、
ハンネスに挑んだ。
しかし、一時は肉薄したかに見えた闘いも、
加護の力を使用したハンネスは別格。
ガストンは左手足を失い、
魔力の経路を破壊されて、
地に這わされた。
そんな中、
近づく足音に期待を膨らませたガストンだったが、
状況確認であらわれた受付嬢のアネッサだった。
ふたりの親密な光景に、
過去のカルラを思い出したハンネスは、
アネッサをガストンの前で殺害しようとする。
しかし、最後の転移石を使い、
ガストンは彼女を逃す。
そして彼はハンネスとの実力差を噛み締め、
『禁じられた詩』を詠み上げてしまう。
『破壊の代償』。
かつてレーシィステップでダイクが使用した、
破壊の神を降臨させる禁呪。
ガストンは命を代償に、
ハンネスに『深淵の神アスタラ』をぶつけた。
アルフォンスたちはその場にようやく到着するも、
アスタラはハンネスの手により両断されて消えた。
アケル中央部州セルべアードの街は、その一角に噴き上げた強烈な魔力の影響で、魔石灯の明かりが消え、闇に沈んでいる。だが、その原因となった未曾有の力場の発生元だけは、逆に街路灯の魔石が燃え尽きんばかりに激しく明滅していた。
勇者とアスタラの闘いに生じた熱量の影響か、街の上空には薄っすらと雨雲が掛かり、やがて霧のように細かい雨を呼んだ。その下からは、強烈な衝撃が烈風を巻き上げ、上空を埋める霧雨の粒を一瞬宙空に立ち止まらせている。
「へえ、流石は適合者だね。今のは久し振りに胸をひゃっとさせたよ」
上段から振り下ろされた夜切を、漆黒の曲刀で受け止めた勇者は、フッと鼻で笑いながら呟いた。漆黒の髑髏の両眼が放つ紅い光は、霧雨のシルエットを映し出して、ぼんやりと闇にふたつ浮かび上がっている。
ギ……ッ、ギギギ……
勇者の表情がにわかに硬くなった。止めたはずの刃が、己の曲刀ごと捻り潰さんと、押し込んで来たのだ。柄を握り締めるふたりの手が、全身の筋や腱が、ギリギリと軋みを上げている。更に振り絞られる力のシーソーは、アルフォンスの刃を少しずつ、勇者の頭部へと傾け始めていた。
「クッ、この筋力馬鹿めッ‼︎」
真なる契約を完成させていた勇者は、その加護を解放して黄金色のオーラを放出し、一気にアルフォンスを押し返しに掛かる。しかし、グンと押し上げんと、勇者が爆発的な力を発揮した瞬間、アルフォンスの妖刀は白いシルエットを残して消えた!
「……なにッ⁉︎」
唐突に解放された押し上げる力は、目を見開いた勇者の体を、なす術もなく上へと突き上げさせる。逆に今まで押し下げんとしていたアルフォンスの力は、その体を勢い良く下へと潜り込ませた。その瞬間、アルフォンスの両手に白いシルエットが浮かび、ククリの双剣『明鴉・宵鴉』が姿を現した。
「……シイッ‼︎」
細く、勢い良く息を吐き出す音と共に、ふた振りの刃は毒蜘蛛の牙の如く、勇者の脇腹へと左右から迫った。勇者は刃を受ける事も、後方に飛び退る事も諦め、むしろアルフォンスの顔面へと膝を繰り出して飛び上がる。その膝を、わずかに顔をずらして避けたアルフォンスのあご先に、勇者のもう片方の脚が蹴り上げに来た。
最初の膝蹴りは、反対足での蹴り上げへの伏線。
さしものアルフォンスも、その絶妙ななタイミングのズレと、正確な蹴り上げの速度に反応出来ない。代わりに黒髑髏の兜の中で、その言葉を呟いていた。
「 ─── 【火炎竜】」
青白い閃光が強烈な発破音と共に真下から突き上げ、暗黒の火柱が勇者を捕らえると、その衝撃にアルフォンスの体は弾けたように後方へと吹き飛ばされる。強力な中級魔術であっても、勇者を仕留める事は出来まい、アルフォンスはそれを勇者の間合いから逃れるために使ったのだ。
黒い炎の竜巻は数秒間、周囲の瓦礫を吸い上げて焼き尽くしながら高速で回転すると、やがて壮絶な熱気を残して消え去った。
「今のは……魔道具じゃ無いよね。……もしかして、無詠唱魔術かい?」
火柱の消えたその向こう側に、勇者は体から薄い煙を昇らせながら、興味深そうな顔で立っていた。狙った蹴り上げを諦め、その勢いを後方宙返りへと切り替えて、彼は【火炎竜】の中心から更に後方へと飛んで、火炎魔術の殺傷範囲から逃れている。
だが、直撃は免れても、その熱波を防ぐ事は叶わず、焼けた頰の皮膚は今まさに再生中であった。
「君は魔術師だったのかい? いくらオルネアの聖騎士として加護を得たって、魔術の知識は別だからね。それに無詠唱で一瞬の内に、あれ程の魔術を発動させるなんて、まさか魔物じゃないよね。それともまさか、君は……いや、そんなはずは無いか」
勇者はあご鬚をしきりに触り、愉快そうに目を細めると、その目に魔力を集めた。
「……え? あれ⁉︎ き、君はオルネアと契約した適合者なんだよね? なんだいこれ……触手? ヘタレ聖女……??」
「「それ以上言ったら、殺す」」
アルフォンスとソフィアの声が被さる。勇者はそれを見て目をパチクリした後、肩を震わせて笑いを堪えた。
「いや、ごめんね。覗き見みたいなマネをして、良くないよね。しかし、驚いた。君達は確かに調律神オルネアと、適合者の契約関係にあるのに、完全に締結されて居なかったんだね。いや、そんな事が起こり得るのかな……?」
ああでもない、こうでもないと、勇者は物思いに耽っていた。その隙だらけとも言える状態だと言うのに、アルフォンス達は襲い掛かろうとはしない。戦闘中に呑気に考え事にうつつを抜かしていながら、その実、勇者からは段々と膨らんでいく何らかの圧力が感じられていたのだ。
「そんな状態なのに、さっき僕との力比べで押し勝ってたよね? それに『光の加護』ってのが見えたんだけど、これは光の神ラミリアの加護だよね。なるほど、ガストン君が待ってたのは『破壊神』じゃなくて、君の事だったんだ」
ガストンの名を聞いて、アルフォンスはピクリと動いた。だがガストンが『待っていた』という言葉に、彼は胸が痛み、感情的に動く事が出来ないでいる。アルフォンスはそこから目をそらすように、もうひとつ気になった事に気持ちを向けた。
「……破壊神? さっき現れたのは『深淵の神アスタラ』だ」
「うん? あれが何なのか分かってるのかい? あれはクヌルギア……魔界の地下深くにいる、魔王となるための力を与える太古の神『破壊神』だよ。
人界でまさか会えるとは思わなかったけど、さっきのは本体にある、ただの足元の影が喚び出されてただけみたいだね。人界では『深淵の神』って呼ばれてたのかぁ、知らなかったなぁ」
アルフォンスはその言葉に驚きつつも、それを聞き返せずにいた。本来なら、人界で育った者であれば、魔王になる条件の事など知るはずもないだろう。まだ勇者はアルフォンスが魔王の継承候補者だとは知らないのだ。
今、余計な事を口走って正体を知られれば、こちらの知らぬ何らかの手を使い出さないとも限らない。その心にどれだけの狂気を秘めているのかを知っているだけに、今ここで穏やかに喋っている勇者が、どう動き出すのかも判断がつかないのだ。
「どういうワケかは分からないけれど、君は契約こそ上手く運べていない。それでも、神々に愛されている事だけは確かだね。大変だったろうに……」
そう言って、勇者は哀し気な表情でアルフォンスを見つめる。
「神は人に身勝手に運命を押し付ける。それは生命が必死に生きて磨いた魂の光を、より多く集めるために過ぎない。そんな事のために、僕らは生み落とされ、死ぬまで苦しみ抜く」
「「「…………」」」
誰も何も答えられなかった。化身とは言え、真の神の一柱であるソフィアですら、その言葉に反論が出来なかった。
勇者をどこまでも憎み切れないのは、彼自身が身の丈を超えた運命を背負わされ、その理不尽に慟哭しているからだと知っている。そして、その彼を前に、神が人に運命を背負わせる正当性を語れる程、ソフィアはこの世の神の化身である事に覚悟は持っていない。
もし、過酷な運命が、アルフォンスを彼女から奪うのなら、彼女だって勇者のようになり兼ねないと自覚している。
「それだけ神々に愛されて、しかも契約が正常に動いてすら居ないのに、さっき君は僕を追い詰めかけた。それは賞賛に値するよ、君は本当にすごいね、アルフォンス君だったかな?」
「……アルフォンス・ゴールマインだ。思えば同じ適合者なのに、名乗り合いすらしていなかったな」
「ふふふ。そうだったね、前回はリディの【拒絶】で何も出来ない内に、君達を殺そうとしていたからね。これだけの強者だと知っていれば、ちゃんと筋も通したのだけれど、済まなかったね。
改めまして、僕はハンネス・オルフェダリア。三百年前に選出された適合者だよ」
ユニが何かを迷ったような表情で、姉の顔をチラっと見上げた。エリンはそれに気がついても答えず、ただジッと勇者を眺めている。『話せば何とかなるのかも知れない』と、ここに居る誰の心も、そう揺れかけていた。
「ハンネス……俺達は ─── 」
「君とはお友達になれそうだね……。でもね、君は強い、強過ぎるんだよアルフォンス君。 契約無しでその力は異常だ。やはりこの場で潰した方が、僕の悲願の為には安全だね」
刹那、強烈な音と共に、妖刀と魔剣が青と赤の光を飛び散らせてぶつかり合った。斬撃同士が炸裂して、勇者の頰に無数の傷を走らせ、白髪と白髭を散らす。
アルフォンスの漆黒の鎧には、細かな傷が幾つも走り、双方共に一瞬で再生されて行く。
細身の老人の刃を、真っ向から受け止める漆黒の髑髏の巨躯、上背も重量も遥かにアルフォンスが上でありながら、その力は完全に拮抗していた。
「……その中途半端な加護でこれだ。何故、その契約状態で僕の剣が止められる? それにその禍々しい魔力、一体君は何者なんだい……?」
「へっ、ちょっと過酷な田舎に暮らしてた、ただの青年だよ。背負った運命が少々ややこしくてね。でも、あんたみたいに打ちひしがれる程、天に期待してねえってだけさハンネス」
仕込み杖を抜いたソフィアは、拮抗するふたりの動きに狙いが定められず、手をこまねいていた。だが、己の選んだ運命の適合者の言葉に、グッと目元にシワを寄せて堪え、無理矢理笑みを作り出す。
ソフィアは祈った。
自分が背負わせた運命を、文句ひとつ言わずに、ただ近くにいる女性として自分を守ろうとするかのように進むアルフォンスへ。女神が全ての人類に向けるはずであった、その深い愛を、その禍々しくも愛しい背中へと一心に向けて。
そんなソフィアの想いを知ってか、ティフォも同じようにアルフォンスへ、その強い想いを祝福に変えて祈る。エリンが、ユニが、同じく想いを込めて、アルフォンスの肉体に強化魔術と補助魔術を重ねがけして行く。
完全なる契約を得ている勇者は、彼女達の想像を遥かに超えて、強大であった。最早、重力も慣性も、人体の強度すらも無視したその動きは、踏み込みや方向転換の一瞬だけでしかその姿が確認出来ない。
炎槌ガイセリックの鍛えし、ドワーフ族の最高傑作とも言える特殊魔鋼の鎧には、通常の武器程度では刃を立てる事が叶わぬどころか、その攻撃が反射されるのみ。その神器とも呼べる漆黒の鎧に、見る間に傷が増えてゆく。これが通常の鎧であれば、とっくに手足の一ニ本は切り飛ばされていたかも知れない。
だが、その高速の世界で、目を見開いていたのは勇者である。
己よりも劣るはずのアルフォンスがその速度に食らいつき、致命傷につながらぬギリギリを見極めて、確実に勇者への攻撃精度を上げていたのだ。その反応速度もさる事ながら、一を知れば二で返すような、アルフォンスの戦況把握と剣の技量は、勇者の速度に完全に追いつけずとも、先読みで対応し始めていた。
……ヒュザッ! ドガッ!
勇者の体が吹き飛ばされ、地面に踏ん張る足跡が、瓦礫と粉塵の上に引きずられて描かれた。切れた白髪が宙を舞い、差し込んできた月明かりに輝いている。
勇者の薄墨色の服の脇腹が、パクリと開かれて血が滲んだ。
夜切で斬り結んでいた肉薄の応酬の最中、再びアルフォンスの手の中で、瞬時に持ち変えられた槍で下から斬り上げられた。勇者はギリギリで踏み止まり浅い傷に抑えたが、その直後に槍がシルエットを残して消え去る。
いつの間にか懐に迫っていたアルフォンスは、両手の手刀で曲刀を折りに掛かった。
勇者はアルフォンスの肩を踏みつけるように蹴り、後方へ飛んで距離を取って難を逃れた。その刹那の老獪なやり取りが、この神速の殺陣の間に息をつく暇なく展開されていた。
勇者にダメージは無い、脇の傷は既に再生を終えているが、動かない……。
いや、格下のはずのアルフォンスに、恐怖を植え付けられ、動けないのだ。
(何故だ⁉︎ この出来損ないは、僕の与えられている加護より、遥かに恩恵を得られていないはずだ! それなのにどうして殺せない? いや、どうして勝てないッ⁉︎)
勇者の目に明らかな動揺が走る。落ち着き払い、最大殺傷力にのみ目を向け、確信に従って剣を振っていた心に、迷いが生まれたのである。
(こいつ、苦しい局面から勝った事が無いんだな……)
アルフォンスは勇者と死線を交え、そう結論付けた。最初から与えられた完全なる加護、その絶大な力を信じ、闘いに苦労を積んでいない。確信に従って動いた行動が、破れた時程に人は動揺する。その動揺を抑え、立て直す力は、己に培った方策が、どれほど用意されているかに懸かっているものだ。
ラプセルの里での、あの十年が無ければ、あの住人達が居なければ、ここには立って居ない。
ソフィアが居なければ、ティフォが居なければ、スタルジャが、エリンが、ユニが、ローゼンが居なければ今は無かった。
そして、夜切たち呪われし武器達との闘いが、アルフォンスに神の加護と同等な、戦闘に必要な感覚を積み上げてくれた。
アルフォンスは祈っていた。己を大きく育ててくれた、多くの者達への感謝を。出逢いの運命の、その巧妙かつ大胆なこの世の仕組みを。
「 勇者ハンネス。俺はどこまで行っても、どうしてだかあんたを憎み切れない。あんたの伝説に憧れて、剣を握った日があったし、あんたの過去を聞いて胸も痛んだ」
「ふん……僕を勇者とは呼ぶなと言ったはずだぞアルフォンス・ゴールマイン」
黒髑髏の兜の下で、アルフォンスは思わず微笑んでいた。
「済まない。だが俺にとっては、やっぱりあんたは勇者なんだよ。あんたの過去がそれを嫌なものにしているのは分かる。だが、魔公将相手に闘ったのは事実だ、真実はどうあれ、闘った者に敬意を払うのが男だろ?それに、今名前を呼んでくれた」
「…………」
「心の底から光栄に思うよ ─── 」
兜を取り、アルフォンスは勇者に小さく頭を下げた。闘いの最中に礼を取るなど、命を捨てるようなものであるが、勇者は動かなかった。そして、幾ばくかの時間、そうして頭を下げた後、再び勇者に向き直る。
「だけど、俺は俺の運命を勝ち取るために、立ち塞がる者は誰であろうと……討つ」
アルフォンスの紅い瞳が妖しい光を灯した。この空の上を覆う漆黒よりも暗く、そして強大な気配が、彼の奥底からやって来る。
「アルフォンス。君は一体……誰なんだ?」
勇者の目に怯えの色が混じる。彼は今さっきまで話していた者の中から、生物として遥か上位の存在に対峙したような、言い様のない畏れを抱いていた。
「俺かい? ヘタレ聖女の騎士さ ─── 」
ニイッと嗤ったその顔が影に覆われて、ただふたつの紅い目の輝きだけが、勇者の目を凝視していた。
※ ※ ※
自分が初めて『勇者』だと言われた時は、正直何を言っているのか分からなかった。最初はね、そりゃあ自分が特別な存在かも知れないと、お父様から言われた時は心踊ったもんだよ。
うちは貴族は貴族でも、家禄も少ない地方の食い詰め男爵家。そこの三男坊ともなれば、後は家名に泥を付けないように生きて行くだけの、夢も希望もない人生が待っているだけだったんだ。
何が何だか分からないうちに、王国首都のグレアレス宮殿に連れて行かれて、閉じ込められた。
そこに居たのがリディだった ─── 。
だいたい『勇者』って何だろうかと、見ず知らずの無口で無愛想な少女の居る座敷牢での数日間で、僕はその疑問を考え続けてたよ。単なる『勇気ある者』の事だよね? なんでそれが僕なの?
領地でも尊敬を集められない名前だけ貴族の僕は、運動でも勉強でも中の下で、むしろ人と関わりたいなんて思った事がなかったんだ。ほら、一番遠いじゃないか。
結局僕はあの日、リディに適合者として選ばれてしまい、マルコ国王陛下からは『勇者』として世界に公表された。初めて耳にする伝説と共に ─── 。
後になって、適合者の使命だとか、世界の調律の話を聞いても全くやる気は出なかったし、アルザス王国とエル・ラト教のやる事は嘘っぱちだらけなんだと絶望もしたんだ。最初に華やいだ僕のときめきは何だったんだろうかと、何度も思ったさ。
アルフォンスには、あの時の僕が息づいている気がして不快だ。そしてあのリディの後任者。
リディとはまるで違う、アルフォンスの事を信頼して、期待と心配と希望を向けて、適合者と支え合っているみたいな表情。ああなるのが、本当の『オルネアの聖騎士』だって言うの?
何なんだよ、やっぱり僕は適合者としても落ちこぼれだってのかい……。
三百年も生きて、こんな所でも僕は劣等感を煽られるとは思わなかったよ。カルラさえ居れば、僕はそれだけで良かったのに。今頃とっくに死ねていたはずなのに。それが今、自分の後任と闘う事になるなんてね。
アルフォンスは強い。肉体が老いてしまった僕では、適いそうもない。いいや、老いとかじゃあない。この男はきっと、生まれながらにして強いずるい人達なんだろう。
生まれた時から強い心を持って、運動も勉強も人並み以上に出来て、人との関係も難なく楽しく構築するような。村にも王都にもよく居たよ、上手く話せて上手く付き合えて、どこでも上手くやっていけるヤツら。きっと、大事にしてくれる人達がいっぱい居るんだろうね……。
なら……勝てなくても、せめてここで僕と同じ想いをこの男に……っ‼︎
オルネアはダメだ、下手に死なれたら、また新たに化身が送られてくるかも知れない。
狙うなら、一番弱そうな ─── !
「ユニッ‼︎ 危ないッ‼︎」
この距離、この角度なら確実に仕留められる! そう確信した瞬間だった。
ズガッ! ズガガガガガガッ‼︎
何だこれ……ッ⁉︎ 槍? いや、これは……触手か⁉︎
無数の赤黒い触手が、僕の結界を突き破って、先に開いた口で食らいついていた。触手自体は大した強度はない、剣で簡単に斬り落とせるけど、問題はこの数とアルフォンスから生えてるって事だ
さっき『真実の眼』で覗き見た、彼の加護にあったやつか!
一体、何と契約をしたんだ彼は⁉︎
だが、今ので彼が『適合者らしい適合者』だと、ハッキリと分かったよ。
それなら闘い方はまだある ─── ッ‼︎
「アハハハ、そんなに守りたいものが多いのも、神々に愛される証拠だねッ!
─── 【落星剣】……‼︎」
大気中のマナを急速に凝縮して魔力変換、そこに光の爆発力を与え、空から降らせる奇跡。星々のひとつひとつは、僕の斬撃を模した物理的な攻撃。つまり結界を物理で突き通し、広範囲を焼き尽くす、防衛不能の神威。
国王に命令されて使い、ひとつの国を滅ぼした、オルネアの聖騎士だけが持つ広範囲殲滅神威だよ!
「 …………な、何のつもりだハンネスッ⁉︎」
街の遥か上空から、光の筋を真っ直ぐに曳いた星が降り注ぐ。ひとつひとつの威力は大したもんじゃない。精々が中級炎魔術の【爆炎榴散】程度、ひとつで家屋二軒位は壊せるくらいかな?
彼らなら当たりもしないだろうね。でもまあ、この街は燃えやすそうな家多いし、壊滅しちゃうかも知れないね。生き残りごと焼き尽くしてさ!
で、ほら、必死に結界で街を守ろうなんて、僕から気を抜いてる♪
「……ほら、守りたくてしょうがないんだ君はッ‼︎」
「ぐッ! ああ……ッ! てめえハンネスッ‼︎」
「……チッ、隙を突いてこの程度とは。何なんだいその鎧は、嫌になるよホント」
渾身の突きは、確かに黒い鎧を貫通して肉に届いた手応えがあった。でも、致命傷となる深さに届く前に、鎧が曲刀を締め付けて、彼を守っている。
「アル様ッ! あたしとの約束はどうしたの! あなたの命が最優先だと言ったわ!」
ふん、あの獣人はアルフォンスの弱さを知ってるみたいだな。よくもまあ、身内に弱みを握られて、平常心でいられるよこの男は。
「街の心配はいらない! アル様、スタも言ってたでしょ、あなたの後ろは私たちが守る! 闘ってッ‼︎」
「すまないエリン! 目、覚めた‼︎」
あら、本当に殺気が戻って来てしまったか。なんて純粋なんだろうね彼は。だが、街の崩壊を目にしたらどうかなこの適合者の鑑みたいな男は流石に平常心が揺らぐだろう。
さっきは彼、結界で何とかしようなんてしてたけど、あの奇跡は物理的なものだ。街ひとつを物理的に守れる結界なんて、今の彼にそんな隙は作れまい。
勝機は【落星剣】が直撃を始めてから終わるまでの二〜三分ってとこかな……。
そこに僕の全てを懸けて一気に ───
「「 ─── 【魚鱗型積層防御結界:従動解放】大っきいやつ‼︎」」
「…………?」
街が巨大な青白いカーテンに包み込まれた。上空全体から、さざ波みたいにざわざわと擦れ合うような音がして、カーテンは消え去る。
直後、全ての星々がカーテンに受け止められ、その場で爆発を始めた。
「……はあッ⁉︎ なぜ対物理結界で、あの量の斬撃に耐え切れるんだ⁉︎」
「な? 天才ってのは、ああいう発想が出来るヤツの事なんだろうな……羨ましいもんだよ。
─── 【斬る】ッ‼︎」
真後ろから笑いを含んだようなアルフォンスの声がした。その直後、神気の動く気配がして、適合者の初歩中の初歩の奇跡が襲い掛かる。
初歩の初歩。だが、この膨大な斬撃の数は何だッ⁉︎ 一発一発が、彼の渾身の振り抜きと威力が変わらない。いや、むしろ重く速くなってないか? 後方に飛び退きながら、こちらも斬撃で相殺しに掛かるが、膨大な数と、正確に追撃してくる刃の数で忙しい!
「…………ッ⁉︎」
カカカカカカカカカカカッ‼︎
更に横からオルネアが神威を放って来た。クッ、アルフォンスから離れ過ぎたか!
上から迫る、アルフォンスの膨大な斬撃の神威に、こちらは斬撃の乱舞を放ち、オルネアの神威には最大限の神気を込めた光の盾で対応する。これなら完全に防ぎ切れる。そう思った次の瞬間、再び僕は無数の赤黒い触手の群れに襲われ、今度は体の自由を奪われた。
「クッ! また禍々しい加護を……! それでも君は適合者……」
「ん、ざんねん。オニイチャの触手じゃ、ないよ? それは、あたしの。つまりぜつぼう」
こ、こいつも神だったのか⁉︎ なんかひとり幼い少女を連れていて、彼の趣味を疑っていた所だったが……この気配、近くに感じてやっと分かった。
「き、君も神なのか……! って、触手の加護は君のだったの⁉︎」
思わず素っ頓狂な事を口走ってしまった。直後、僕の最大強化した体を、捻り潰すかのような力で、触手が締め上げられた。絶望? 正にそうだね、触手を通して伝わってくるよ。これはただの神なんかじゃない、今は力を消耗しているってだけで、この世界じゃないどこか遠くの、絶望の邪神か何かだ 。
「ぐ……うぐああああッ‼︎ いつまでやってんだ! リディ、助けろよッ‼︎」
─────────ドクンッ!
空の漆黒が大きく鼓動を打つ。辺りを押し潰すような神気がのし掛かり、触手の少女に出来た隙を突いて、斬撃を降らせて拘束から逃れた。
「…………ごめんなさい……ハンネス。【光の洞】が想像以上に壊されてた……の」
抑揚の無い声、感情の無い声。そしてあの後任の女とは違う、一切、期待の無い視線。
僕の契約主が空から降りて来た ───