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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十一章 聖教戦争

第十四話 感情無き女神

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アケル中央部州セルベアード。
『色なき者たち』との闘いを終えたガストンと冒険者たちは、
空から降りてきた老人に目を奪われた。

三百年前の勇者、ハンネス・オルフェダリア。

ガストンの交渉は決裂し、
交戦となるも、
その実力の差は絶望的だった。

アルフォンスへと繋ぐために、
ガストンは命がけで挑むが、
ハンネスの気まぐれで生かされる。

しかしガストンは、
『禁じられた詩』を歌い上げ、
深淵の神アスタラを召喚。

その代償に魂を持っていかれてしまった。

人界に権限しているアスタラは、
単に魔界の奥底に眠る破壊神の、
足元に伸びる影でしか無い。

人界の調律者であり、
魔王の力の一部を持つハンネスは、
これを両断。

そして駆けつけたアルフォンスとの闘いが始まる。

 空が大きく脈を打った。空に充満していた漆黒の闇が、突如として中心に集まり、空に穴が開いたような点が生まれる。
 勇者がその名を呼べば、そこからひょっこりと白い顔が現れて這い出すと、スーッと降りて来た。

「ごめんなさい……ハンネス。【光の洞】が想像以上に壊されていた……の」

 造形は美の女神の如く、歪みひとつ見当たらない、完全なる美しさ。しかし、心を持たぬ者に手掛けられた硝子人形のように、表情は見当たらず。ただそれだけで、心が動かされない。

 ソフィアと同じオルネアの化身リディだ。

 全く同じ顔なのに、どうしてこれ程に心惹かれず、違和感だけを胸に残すのか分からない。そのリディが、見た目と同じく抑揚の無い言葉で勇者に語りかけるが、どうしてだろう『怯え』と『不安』が滲み出ているように思えるのは。

 適合者と完全なる契約を済ませている彼女は、人智を超えた存在であるはずだ。それなのに『感情を持たない』というだだその一点のみで、哀れに思えてしまうのは、俺の思い上がりなのだろうか?
 感情など、時に邪魔にしかならないと、修行時代には思ったものだったのだけれど……。

「まだ直せていないのか……。くそ、これじゃあ移動もままならないじゃないか!」
「ごめんなさいハンネス……。何者かが、意図的に……破壊した形跡を見つけたわ。何とかこの辺りと……中央周辺の……重要拠点とは繋げられた……けど」
「ふん。それじゃあ南部は後回しだ。この地点まで来ればなんとか出来るってお前が言ったから……!
くそっ、何だってこんな ─── !」

 ハンネスの言葉って、どこか母親の善意を当然だと誤学習した子供のような、制御欲求の強い依存があるな……。彼は勇者と呼ばれる事を拒否していたが、もしかしたら選出された段階から、同意し切れていなかったんじゃないかと、ふとそんな事を思ってしまった。

 しかし、彼らは一体何の話をしているんだろう? とか言っていたけど。

 つんつん……

 背中を突かれて振り返ると、そこに悪戯っぽい笑顔を浮かべたソフィアが『聞いて聞いて』って感じで弾んでいた。

「コショコショ……(うふふ〜♪ ハンネスの『光の洞』ブッッッ壊したの、この私、ソフィアちゃんなんですよ〜☆ 褒め倒してください!)」
「……コショ? コショコショ……(ブッ壊……? あいつらも言ってたけど、その『光の洞』って何?)」
「コショコショ……コッショコショッ(あら? 言ってませんでしたっけ。『光の洞』って言うのはぁ〜)」

 簡単に言ってしまえば、オルネアの聖騎士が使える転移魔術のようなものらしい。その能力は俺の使っている転位魔術と比べて、一長一短という感じだ。俺の使う転移魔術は、一度自分の足で歩いた場所で、座標を取得した場所なら何処へでも行ける。だから、行った事の無い場所には行けない。

 対して『光の洞』とは、天界に連なる者なら、誰でも利用出来るワープホール

 行った事の無い場所でも、ホールとなる光の術式さえ置かれていれば、何処へでも行ける。それが世界中の要所要所に置かれている。ピンポイントでの移動は無理でも、それこそ普通では考えられない速度での移動となるだろう。

 ただし、これを扱える者ともなれば、神か適合者くらいなものだそうだ。ハンネスもリディも転移魔術くらい使えそうなものだが……。もしかして長く人界から離れ過ぎて、座標を失ったのか、それとも人界が大きく様変わりしていて転移魔術が使えなかったのかも知れない。

「……コショコショ(過去にハンネスが使った『光の洞』ですよ? もし教団に悪用でもされたら困るじゃ無いですか。ええ、それはもう徹底的にホールの場所入れ替えてやりましたね〜、ギルドの依頼で世界を股にかけながら♪)」
「……コショコショ⁉︎ (あっ! もしかしてペコの村で再会した時、ソフィアが引っ掛かりながら出て来たあの光の穴って……⁉︎)」
「……コッショ〜☆ (正解で〜す♪ あの時も壊しながら移動してました☆ 手順間違えて死にかけましたが、やっぱりアルくんが助けてくれましたし)」

 すごくはしゃいでる。『大成功☆』みたいに、すっごくはしゃいでる。

 あの時、ソフィアが脚パタパタしてたすんごい状態ばかり気になってたから、あの光の穴の事なんて考えもしなかった……。いや、思い出すと刺激が強いし、本人に言い難い事だったしね?

 勇者達に聞かれたら、恨まれそうな辺りが過ぎたからか、ソフィアは普通に話し始めた。

「と、言うわけで、調律者と言っても、移動が大変ならさぞかし辛いでしょうね……ぷくく」
「なるほど。じゃあ、ハンネス達は俺達と闘った後も、ロクに人界を周れてないのか」
「さあ〜、あの後任の言いっぷりだと、周ったんじゃないですか? 同じとこグルグルとか、沼地のど真ん中とか、火山性ガスの噴き出し口とか、軍隊蟻の巣の中とか……ふひひっ☆」

 おっかねぇ、マジで迷惑な上に情け容赦ねえぞこの女神。その罠が功を奏したのか、元々がそうなのか、勇者とリディの辺りは未だに暗雲垂れ込めてる感じだ。

 ソフィアと再会したばかりの頃、意外だったのは彼女が【転移】の魔術を知らなかった事だ。神の奇跡として、似通ったような事は出来るが、座標と結びつけてこちらから移動と言うものではないらしい。

 例えば神殿なんかの、自分を強く意識しているような場所に移動するくらいはできるそうだけど。天界で起こせる奇跡を、この地上の仕組みの中で具現化するには、かなり複雑な術式になるという。だから地上で限って言えば、魔術によっては、神々の奇跡を凌駕する事だってあるというのは目から鱗だった。

 こう言う事を知ると、このマールダーの神々ってのが万能なんじゃなくて、地上の生命と仕事が違う存在でしか無いのかなと少し寂しくも思う。例えば今、依存するハンネスに怒鳴られているリディを見てる時とかも。あのリディとソフィアの表情を見比べると、なんだか可哀想にすら思えて来てしまう。

「じゃあ、三分の二くらいは元通りなんだな? 時間掛かり過ぎじゃないの?」
「ごめんなさい……。また壊されたりしないように、セキュリティ向上させてたから……」
「ハア。言い訳はいいよ。それよりも、僕にもっと加護の力を寄越せ。あいつらを殺す」

 リディがこちらをにらみつけるように見つめる。途端に勇者の存在感が、一段と跳ね上がったように感じられた。

「何だか知らないが、お前らがここに居るってのは偶然か? それともこのアケルと帝国の戦争に、加担してるって事なのか?」

 そう、彼らが何故ここで現れたのか、その理由が分からない。
 もし、帝国と勇者が繋がっているのだとしたら ─── ?

 余裕を取り戻した勇者は、曲刀の握りを確かめながら、口髭を浮かせて微笑んだ。

「帝国? ああ、アルザスの事か。さてね。僕が簡単に話すと思う?」

 ※ 

 剣聖イングヴェイ。
 あの男に封じられた先は、身動きひとつ取れない、暗闇の虚数空間だった ─── 。

 目を開けても闇、耳を澄ましても音ひとつ聞こえぬ世界は、私の魔力と神気が徐々に吸われる呪力が施されていた。精神力を魔力生産に注ぎ込んで、呪術に吸われる魔力量を上回らせ、呪力を破壊する。それは想像以上に効率を上げられず、結局三百年の月日をあそこで過ごす事となってしまった。

 ハンネスには申し訳ない事をしてしまった。人の身でありながら、魔王の力を得てしまった彼は、寿命も人間の枠を大きく逸脱している。

 私は、また彼に負担を強いてしまった。

 暗闇で過ごした三百年、延々と魔力を溜めて行くは、それ程苦痛では無かった。ただ……苦痛だったのは、原因不明の胸部奥の鈍い痛み。胸の奥が圧迫されるような、鈍い苦しみを伴う感覚は、時折魔力生成に傾けた私の精神力を奪っていた。

 不思議な痛み、今までに感じた事のない苦痛。それは回復魔術も効果が無く、奇跡を使ってもなんら効果を見出せなかった。こんなことは初めてだった……。

 どれだけそれに苦しんだ時だっただろう、私はひとつの結論に辿り着いた。この胸の痛みは、肉体的な問題ではなく、精神もしくは“心”と呼ばれるものの痛みなのではないかと。感情を与えられずに生み落とされた私は、その時初めて『心』という、非生産的な存在が己にも微かに備わっていた事に戸惑っていた。

 そして、この心の痛みは何なのか、答えの無い問題に思考を奪われずに済むよう、仮定する事で痛みを和らげる事に思い至る。これは『調律者として、使命を全う出来ずにいる事への苦しみ』なのだと。そう仮定してみれば、苦しみは幾分か和らぎ、同時に私は紛れも無くオルネアの化身なのだと自覚を強めた。

「 お前がヘマをしたせいで、僕はこの魔界に縛り付けられたんだ!」

 ようやく虚数空間を脱出した時、ハンネスは私を責めた。

 至極、当然の事。調律者としての責務を、そして彼の時間を、三百年も放棄させてしまったのだから。人の身で魔王の契約を受けた彼は、死ぬ事も出来ずに、ただ老いていた。責められながらも痛む心は、やはり調律者としての自覚なのだと、そう思った。

 そんな中、私の体に起きていた変化にようやく気がついた。私の頭髪はことごとく抜け落ちて、再び生える事が無くなってしまったのだ。長い虚数空間での、命を削るような魔力変換の影響なのだろうか……?

 三百年ぶりに覗いた鏡に映るその姿に、何故か胸が苦しくなった。それもきっと、使命を全う出来ずにいた己に与えられた罰への、調律者としての苦しみなのだろう。

 ハンネスは私の変化に触れなかった。興味が無いのか、私の受けた罰に触れずにいてくれたのかは分からない。そこを指摘され、更に責められる事が無かったのは、良かったはずだ。いや、そもそも彼はカルラにしか興味がなかっただけかも知れない。

─── だが、何故かそれにすら、私の胸は痛みを訴えていた

 思えば、彼に関する事に生じるこの胸の苦しみは、意識を向けなかっただけで、以前からあったのではないだろうか。私が彼と契約を結んだ時、すでに彼の隣では、その運命を支えていたカルラという少女の存在があった。

 本来、選出した者として、彼を支えるのは私の役目。しかし、支えに入る為の場所は無く、彼らの一歩後ろをついて歩くようにして、私は前に出る事を諦めた。

 カルラ・オストランド。彼女が居なければ、ハンネスは何ひとつ意思の決定をしようとはしなかったのだから。私は彼女の存在を利用し、調律の使命に巻き込む事にした。
 私の使命は間違い無く、アルザス王国への力の偏りを解消する事にあった。その使命に、まさかそのアルザスの手が加えられ、選ばれるはずの無かったハンネスを適合者として選定する事になるとは……。

 使命を果たす為に、越えるべき壁は、私の前に大きくそびえていた。

 倒すべきアルザスに、ハンネスの実家であるオルフェダリア家を人質に取られ、その家と親族関係にあったオストランド家も事実上押さえられてしまっていたのだから。実父とカルラに強く依存していたハンネスを自立させる事が、急務となってしまった。

 魔力といくつかの智慧を授け、カルラを巻き込むのは容易だった。打倒すべきアルザス王の命を受け、取って付けたような名目だけの魔物討伐、盗賊や反乱分子の制圧を繰り返す日々。私との修練を拒むハンネスの訓練には、その強制力は魅力だった。

 そして、『勇者』の名が世界に知れ渡った時、魔王討伐などと言う荒唐無稽こうとうむけいな使命が下された。

 と言うしか無い。魔界の適合者に、人界の適合者が敵うなどと、どうしてそう思えるのか。いや、魔界を潰した時、人界のマナが枯渇する事すら知らないとは……。

 契約が馴染み、適合者として人の枠を超えた力を得たハンネスに、アルザスは酔い痴れていた。己の力が魔界に届くとでも世界にアピールしたかったのだろう。……だが、私はそれすらも利用しようとした。絶望的な闘いに挑み、アルザスの愚かさと非情さを知れば、剣を向ける先も理解するだろうと。

 しかし、魔王フォーネウスは、正に魔界の適合者、魔王だった。人界からの使者としてあざむき、その喉元に剣先を向けたと言うのに、フォーネウス王は私達を叩き潰した後に救い上げた。いや、彼は最初から全てを見抜いていたのでは無いだろうか。

 ハンネスの声に耳を傾け、同情し、その背負わされた運命を労った。人見知りの激しいハンネスが、卑屈でない笑顔を浮かべたのを見た時は、目を疑った。それ以来、ハンネスは少しずつではあるが、自分の足で進み始めた。

 フォーネウスに敗北し、その存在を認められて、彼は初めて己の生き方に向き合っていたように思う。だが、それ以上進む事は無かった。

 ハンネスの利用価値は、アルザスからすればもうとっくにのだ。そして、カルラを失ったハンネスは、この世を恨み、悲観し、慟哭どうこくした。私が足止めを食らい、駆けつけた時には、もう事は動いてしまっていた。

 そして私は封印された。
 あの時、何故彼はエルネアに選ばれ、そして凶行に至ったのかは、未だに多くを語ろうとはしない。

「アルザス王国? あんた何処の田舎モンだい⁉︎ もう三百年前から帝国だぜ、アルザスはさ! 変な事言ってっと、不敬罪で取っ捕まっちまうぜ? ま、今はそれ程、帝国も元気はねえみたいだけどよ」

 人界に訪れて、私は混乱していた。余りにも時間が経ち過ぎていたのだ。

 アルザスはもう無い。世界は平和の道へと、自然に進んでいた。
 では何故、私はまだこの地上に居る?

 魔界に戻り、失われた神気を取り戻す日々の間にも、私はそれが理解出来ずに目標を失っていた。ハンネスは魔王の智慧を得て、偽のオリアルを創り上げ、その裏で魔王の責務を果たしている。私は何故、消えずにここに居るのか?

 神気が戻るのに、それからまた十数年の時を重ねた。でも、私はまだ存在している。

 そんなある日、異変が起きた胸の奥に迫る、言いようのない感覚。温かく、甘酸っぱく、燃え上がるような何かが突如として胸に湧き上がった。一体それが何を表すものなのか、全く分からずに困惑する他はない。

 やがてそれは、またある日に変化を遂げた。胸に込み上げる、そして、何かを探し求めたくなるような。それは十年近く、私の胸の中で度々首をもたげ、時に意欲を大きく削ぐ喪失感をもたらした。そうして、それらを観察しているうちに、胸に湧き上がる謎の痛みや感覚、その正体をようやく最近突き止めた。

 新たな化身の降臨、その加護を受けた、新たな『オルネアの聖騎士』の出現。

 人界の港町で、私達はそれと対峙した。今までの胸の感覚は、もうひとりの私が抱いた、感情というものだったのだとその時に理解した。そして同時に、私に理解出来ぬものが、またひとつ生まれてしまう。

 あの女は何故、己の適合者にあのような顔を向けるのか……?

 信頼とも違う、依存でもない、ただただ契約したその相手を求めるような、まるで私に無い何かをあの女は持っていた。まだ契約して間も無いのだろう、ふたりから強い力は感じられなかった。それなのに、私の『心』には、喪失感にも似た、黒い何かが渦巻く。

 私はあの女より、調律神の化身として、劣っているのではないのか。適合者との距離、その表情……。私はそれをハンネスと築く事は出来なかった。

 そして、老いたハンネスには、もう全盛期の力は残っていない。もし、あのふたりが調律を叶えたら、私はどうなってしまうのだろう……?

 消える? それとも力を失う?
 いや、永遠にこの地上で、出来損ないのコピーとして生きて行く事になるのか……⁉︎

 私はその時決意した。この新たな調律者達は、私の存在と使命をおびやかす。

 滅ぼすのだ。
 あの女と、あの女の選んだ希望を、この私の手で亡き者にするのだと ─── !

 しかし……それも叶わなかった。新たな調律者に付き従う、加担者達の手によって、それも阻まれてしまった。あれから数ヶ月、未だに胸は苦痛を訴えている。

 だが、ひとつだけ得たものがあった。あの日以来、一向に生えようとはして来なかった頭髪が、再び伸び始めたのだ。私にはそれが何故なのかは分からない。

 ただ、こう考えて収める事にした。自分の中で今、調律神の化身としての何かが、確かに進み始めたのだ……と。

 ハンネスが何をしようとしているのかは知っている。私は私の使命に巻き込み、進む道を失わせてしまったハンネスへの責任として、それに協力しようと思う。それが新たな使命だと、天界との繋がりを喪った今、私はそう結論付けたのだ。

 そして今、私の目の前には新しい化身のあの女と、それを惹きつけているであろう、適合者の男の姿があった。

 落ち着いて眺めるのは初めての事、前回はただただ殺そうとしていたのだから。

 あの女から伝わっていた胸の高揚感、そして、その後の絶望を含んだ焦燥感は、こうして見つめてみれば確かにこの男に発したものだったのだと分かる。わずかな胸の高鳴りに、私は戸惑うと共に、やはり殺さねばならないと誓った。

 ※ 

 漆黒の闇が晴れ、星空が臨む。奥行きのない黒一色の空に慣れてしまったせいか、星々と星雲の生み出す紫色がかった夜空のスクリーンは何処までも深く、この世界を囲うかごのようにも思えた。

 漆黒の闇の中から降り立ったリディは、ハンネスとの会話を終え、今は真っ直ぐにアルフォンスを凝視している。

 やっと毛先が寝る長さのベリーショートのプラチナブロンドの髪、完全なるシンメトリーの整った顔に輝くエメラルドグリーンの瞳。髪型以外はソフィアと全く同じ姿形でありながら、温かみを感じさせないその表情に、アルフォンスは何故か悲しさに似た感覚に襲われていた。

 彼はハンネスとのやり取りで脱いで以降、髑髏どくろの兜はしまったままである。リディは初めて目にするアルフォンスの顔に、ジッと視線を向けたままであった。

「アルフォンスが気になるのかリディ。お前の役目は、あの後任者への対処だろ?」
「アルフォンス ─── と、言うのね」

 抑揚の無い声、しかしその視線には、明らかな変化が見られた。凛とした力強さが、無感情な彼女の普段の物言いとに、違いを感じさせる。

「今更だけどソフィ、同じオルネアの化身だけど、彼女への攻撃が君に影響を与えるとか無いよな?」
「え〜? 無いと思いますよ? 少なくとも私は彼女と対面しても、何も感じません。ただただムカついてますけど」

 リディに対して感じるのは不快感。ソフィアはそれを極自然な事として捉えている。自分の愛する者に手を掛けた、憎っくき相手の片割れである事以外に、彼女に思う事はなかったのだ。

 アルフォンスと、そして婚約者連合を除けば、他人には執着を持たない。人への関心の多くは、アルフォンスだけに向けられている。その個性のせいだろう、リディとの感情の繋がりに、気が付く事はなかった。

 まさか自分の感情が、彼女に伝わっているなどと、夢にも思わないだろう。考えが伝わる程では無く、単に感情の振れ幅が大きい時に伝播しているだけではあるが、しかし、それがリディをより追い詰めている事を、彼女は知らない

「そっか……じゃあ、もういいよな。
あのふたりを殺し ─── ⁉︎」

 アルフォンスの表情が固まった。暗闇に浮かんでいるかのように、リディの輝くエメラルドの瞳ふたつ、その視線に表現のしようのない重圧感が生まれている。

 リディは何か特別な事をした訳では無い。この世に転生して来てから、彼女に起きた不遇と、新たに現れた調律者達に見せつけられた、己の劣等感をただただ乗せて見つめていただけ。しかし、それが純粋な負の感情であると、リディ自身は気がついてはいない

 化身とは言え、それは地上では神に等しい存在である。神気を持つ存在が、強く思い描いたものは、それ即ち奇跡や神威と同じ事。それはあらゆる攻撃に耐性のあるアルフォンスには効果が無くとも、には強くマイナスに働き掛けていた。

 ズォア……ッ‼︎

 アルフォンスの体から、急激に禍々しい魔力が膨れ上がり、その周囲を一層暗く染め上げる。紅い瞳を煌々こうこうと輝かせ、顔の輪郭を黒い影が滲むように侵食する。そうして引きずり出されたのは、であった。

「ま、魔王……⁉︎」

 ハンネスがポツリと放ったつぶやきに、リディがピクリと反応する。その瞬間、紫水晶の雄々しい二本の角が、アルフォンスの頭上に出現した。リディは目を見開き、その手に具現化した光の刃を握り締める。

「……アルファード・ディリアス・クヌルギアス。魔王の継承候補者。何故、あなたが人界の適合者に……選ばれているのです?」
「さあ? 俺はただ、初恋の相手から契約書のサインを求められただけさ。実は自分が魔王の血統だって知ったのも、つい最近で困惑してんだよ」

 苦笑するアルフォンスの背後で、ソフィアは『初恋の相手』と言われ、ハンネスやリディを睨みつけていながらも、口元の綻びを隠せてはいなかった。その歓喜が、再びリディの感情を震わせる。

「ならば、この場で……死になさい。人界の適合者は……ハンネスひとり!
─── 【 拒 絶 】ッ‼︎」

 赤黒い霧がリディを中心に渦巻いて、それは一瞬にして街を覆い尽くすと、世界の色を著しく失わせた。かつて、フィヨル港でアルフォンス達を苦しめた彼女の神威。己以外の存在を禁じ、その生命活動を著しく損なわせて、動きを奪う神の奇跡。

「よし、それで良いぞリディ。コイツらはやっぱり生かして置くのは危険だ。
お前はそこの後任の女を……」

 ハンネスが言い終わる直前、その声を搔き消すかのように、少女の声が言霊を被せて響いた。

「ん、そー来るとおもったわい、その手はくわん。
─── 【防除害虫モスキートリペレン拒絶の拒絶・ジャミング】」

 アルフォンス達の体に、同じ呪術印がいくつも現れては吸い込まれ、微弱な青白いオーラが発せられた。

「虫除けの……呪術? 
何をそんなワケの分からない抵抗 ─── ッ⁉︎」

 相変わらず、赤色を帯びた風景に変化は無い。しかし、色がくすんでいたはずのアルフォンス達の姿が、ハッキリと浮かび上がり、そして動いていた。

 フィヨル港で【拒絶】に抗えたのは、ロジオンと獣化したエリン、そして神龍ディアグイン。エリンは獣化によって高めた筋力と湧き上がる破壊衝動で、半ば強引にリディの呪いに勝っただけだが、ディアグインは戦略的に呪いを相殺する事に成功していたのだ。

 意外にもそれは、森を歩く際に風の境界フィナウ・グイの民達が使う、虫除けの呪術を重ねて、リディの呪いの波長を掻き乱していただけの事だった。

 呪術には特定の周波数がある。それはロジオンに掛けられた呪いが、リディの呪いの効きをいちじるしく妨げていた理由も同様。それはディアグインの内に宿る、古きエルフの民の知恵だった。アルフォンス達はあの屈辱の敗戦以降、ディアグインのアドバイスを元に、更に神の呪いや神威に抵抗する手立てを研究して来たのだ。

「な、舐めるなアルフォンスッ‼︎」

 その時、真っ直ぐに飛び込んで来るアルフォンスに、ハンネスは迎撃の一閃を合わせた。しかし、アルフォンスの姿はかすみの如く、揺らいで消える。

「チッ! フェイントか……ッ⁉︎ そこだッ‼︎」

 ハンネスは頭上に迫る気配に、即座に反応して曲刀を振り上げた。

「なにッ! ま、またか……クッ‼︎」

 今度は斜め下から迫る気配に、横薙よこなぎの一閃を合わせる。

 ガッ‼︎

 曲刀を振り切ったハンネスの背後から、アルフォンスの腕が伸びて組み付いた。

「な、何が……どうして……! 殺気を使ったフェイントだとッ⁉︎ クソッ、離せッ‼︎ リディ、コイツを何とかしろっ‼︎」

 渾身の力で振り解こうとするハンネスの体は、完全にアルフォンスの組み付かれて微動だにしない。

 そうしてアルフォンスは叫ぶ。

「ソフィ! 転位魔術を頼むッ‼︎ どこか人気の無い、広い場所へ!」

 ソフィアがニコリと微笑み、アルフォンス直伝の、転位魔術の術式に魔力を注ぐ。それを阻止しようとしたリディは、ソフィアに光の刃で斬り掛かった。

 ジャリリリリ……ッ!

 鱗状の結界がびっしりと並んだ光のカーテンに、リディの刃が受け止められ、その対物理結界の耐久性に目を見張る。

 その直後、リディを残して全員の体が白いシルエットを残して消え去った ───。

作者のつぶやき

感情を持たないはずのリディ。
しかし、胸の痛みを感じ、毛髪は抜け、今もソフィアと繋がった心の機微に動揺している。

もう感情は生まれ始めているのに、自覚をしていない状態でしょうかね。
しかしそれは調律神の化身としてブレーキにはならず、無自覚の内に積み上げた低い自己評価を刺激するだけになってしまう。

これを止めて和解は無さそうです。
あるとすれば、ハンネスが心変わりをするかどうかですが、それももう見込めないでしょう。

彼の人類や天界への憎しみは、本当なのでしょうかね?
どこか反抗期の学生が、一方的に何かを憎しみ蔑むような、偏りを感じたりします。

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