Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十二章 再起
第十二章|第十二話 生と死の概念
あらすじを見る
シュウギとの真剣勝負に勝利したアルフォンス。
彼の到達した域は、
シュウギの想定していたものを、
遥かに超えた高みにいた。
夜切の望みと願い。
そして躊躇。
それらがアルフォンスと同じだったと知り、
人剣共に深く強い絆で結ばれていたと分かった。
シュウギはその光景に満足し、
夜切の復活を請負う。
「以前と全く同じとは、いかない。それでも……良いで御座るか?」
シュウギの言葉に、ふたりの夜切が頷く。
『『主様と共に歩めるのならば……。もう我に憂いは無い。もう一度、主様に仕えたい』』
夜切の返答に彼は微笑み、俺の方をチラリと見た。
「アルフォンス殿も、それでよろしいか?」
「ああ、何がどうあろうと夜切は夜切だ。もう一度、こいつに歩ける力を……頼むよシュウギ」
居酒屋の片隅で、シュウギはバサリと袖をまくって、手の平を上にして大きく腕を開く。
「 ─── この仕事、お引き受け致そう」
彼の両手から魔力が立ち昇ると、辺りを黒い渦が壁を作り、世界が闇に包まれる。店内の喧騒や気配が消え、転移魔術の時のような浮遊感が訪れた。
辺りからは、炎が揺らめき、噴き上げるような、様々な騒音が立ち込める。それらの紅い炎の光が、視界に点々と映り始めると、真っ暗だった空間がその風景を露わにした。
篝火に四方を囲まれた鍛冶場。
シュウギが夜切に手を伸ばすと、ふたりの夜切は消えてしまった。シュウギは柄や鍔を外して刀身だけにすると、炉の近くに立つ。直後に炉は急激に燃え盛り、青白い火柱を上げた。
「一度、アルフォンス殿の中に、胡蝶の魂を移すで御座る。繊細な作業故、慎重に確実が肝要。その姿をハッキリと思い描いていて欲しいので御座る」
「分かった」
「然らば……」
ぽい、ぽいっ!
繊細なんだと構えた瞬間、シュウギは結構ぞんざいな感じで、夜切の刀身を炉に放り込んだ。
「え……? 繊細なんでしょ⁉︎」
「うん? そうで御座るよ〜、ほれ、お主はしっかりイメージするで御座る」
なんか納得いかねえけど、鞘から抜いた時の夜切を思い描く。手にずっしりと来る重量感、馴染みに馴染んだ重心と、刃を近くで見た時の目の覚めるような磨き抜かれた鏡面の肌。
青白く輝いて霧を呼ぶ、あの凶暴なまでの美。そこに重ねて、暗い青が混じった艶やかな長い黒髪の、儚く美しい夜切の姿。
ボゥ……ッ
完璧に心の中に彼女を描き切った時、炉の炎が一段と強く噴き上げて、青い光が篝火の赤い光を押し返した。炉からはキラキラと輝く光の粒子が舞い上げられて、その中心に子供の頭大の光が浮き上がる。それはゆっくりとこちらに近づくと、俺の中へと入り込んだ 。
仄かに柑橘系の匂いの混じった、誰かの匂いが脳裏に浮かぶ。
これは夜切の感覚が、俺に重なっているのだろうか?
きっと今のは、彼女の感じている『俺の匂い』なのだろう。
温かい中にも何処か鋼の刃の冷たさと、こよりのように鋭い感覚を覚えた。今確かに、夜切と俺はひとつになっている。夜切の魂と同化すると、炉の上に舞い上がっていた光の粒子が俺の周囲に集まった。
「ふむ。流石は信頼で深く結ばれただけの事はある。最初の工程は成功で御座る」
「これが……夜切の魂なんだな……」
「ふふふ、刀は魂そのもの。本来ならばそれは人の魂の延長にしかなれぬが、ここまで心を持った刀は、最早独立した魂で御座るよ。だからこそ、妖刀になってしまう程に、人の心を寄せてしまったので御座ろう」
夜切は眠っているかのように、俺の中でただ静かに存在している。
「魂の移動は成功。次は刀そのものの再構成で御座る」
そう言ってシュウギは手に鋼の塊を生み出し、炉で熱し始めた。炉は先程の青い炎から、煌々と赤く輝く炎に変化している。
そこで熱した鋼を金床に置き、槌を振り上げると、瞬く間に細長く均一な直方体に整えた。時折水や泥、藁灰につけ、何度も折り返して鍛えてゆく内に、みるみる鋼の目方が減ってゆく。
不純物を火花と共に散らしてゆく度に、槌の音が澄み渡ったものに変化する。全く無駄が無く、洗練された手際に思わず目を奪われてしまった。
「さて、ここからはアルフォンス殿に、向こう槌を持ってもらうで御座る。思い浮かべた姿を、この鋼に重ねながら、そう『成れ』と念じるように」
シュウギの言葉と共に、俺の目の前に長柄の大槌が現れた。それを掴んでみれば、まるで長年使って来た道具であるかのように馴染む。槌自体が何かを伝えて来ているような気さえして、気がつけばシュウギと向かい合い、夜切の新たな体となるその鋼へと振り下ろしていた。
キィィ……ンッ!
飛び散る火花、それと同時に俺の周囲を飛んでいた光の粒子が、飴色の鋼に少しだけ吸い寄せられる。途端に体からガクンと生命力を持っていかれてしまった。
「そのまとわりつく光は、胡蝶を構成していた精霊の素子。アルフォンス殿が打つ度に、この鋼に叩き込まれて、以前の姿を再現するで御座る。ただ、その代償に、大きく生命力と魔力が奪われる故、気を引き締めねば取り殺されるで御座る。しかと心されよ」
鋼の鍛錬と精霊の錬成。命を吹き込み、純粋で複雑な魂を宿す。
鋼は生き物だ。
ひとつとして同じ物は作れない。
それに抗い、夜切をこの世に再現する無謀は、彼女を構成していた精霊素子の力を借りて成されるのだろう。なまじ鋼を知っているだけに、その奇跡に求められる代償の大きさも、考えるより先に理解してしまった。
「分かった。続けてくれ ─── 」
打つ、打つ、打つ。シュウギはその都度、火箸を絶妙な角度に調整して、見る間に鋼は真っ直ぐ均一に延びてゆく。それと同時に、俺の体からは膨大な魔力と生命力が吸い出されていった。
打つ度に代償の要求量が増して、体が鉛のように重くなる。視界からは色が消え、端を黒いモヤが覆う。妖刀にまでなる程に、美しく偉大な刀には、一体どれ程の代償が求められるのか。
「……そろそろ鍛錬も大詰で御座る。最後の一振りに全てを込めて参られよ!」
滝のような汗、奪われ続けた力は、横隔膜すら疲弊させて呼吸が重い。だが、夜切に俺の全てを渡すつもりで、その一振りに命を懸ける。
キィン───ッ!
残りわずかだった精霊素子の光と、俺の中に居た夜切の魂が、槌を通して鋼へと打ち込まれた。直後、視界がボヤけ、最大級の吸上げを感じながら俺は膝をつく。
「完璧で御座る……! 後は拙者に任せるで御座る、休んでおられよ」
へたり込んだ俺の目の前で、鋼はグングン延ばされ、切先の整形から刀の反りが生まれ、一気に完成へと進む。俺はただ呆然とその神業を見つめながら、新たな夜切となるその刃に、ズンズンと膨れ上がる気配を感じていた。
「……美しい……な……」
一体、刀と言う存在が生まれるまでに、どれだけの職人がこの工程に関わり、その秘術を編み出して来たのだろう。それらには複雑で無駄が無く、しかし、神に祈りを捧げる儀式のように、全てが当然で必要な所作に思えた。
鍛師達の積み上げて来た、膨大な月日を、走馬灯のように見せられているぼんやりとした頭の中で、ただただ、その光景に感動させられていた ─── 。
「…………銘を切るで御座る。これはもう胡蝶では御座らん、アルフォンス殿の作とするが良かろう」
銘切は刀身の柄に隠れる部分に彫る、製造者とか年月日なんかの由来に関する情報の事だ。まいった、何も考えて無かったし、夜切達の国で使われる西方の『ヨシワ文字』はよく分かってない。
「アルフォンス殿の名の由来を聞いても?」
「ん、ああ、古代エルフ語だよ。『高貴』を意味する『アーデル』と、『闘い』を意味する『ファレト』を合わせたもの。それを魔人語の『準備が整った者』を意味する『アルファデランサ』に掛けて、人界風の名前に近づけて『アルフォンス』にしたんだそうだ」
この名前は義父さんからもらった名だ。本名はアルファードだけど、それはいつか魔王になれた時の名前だと、記憶の戻った今でもそう思ってる。今、この運命に抗ってる俺は、ソフィアと契約を交わした『アルフォンス』だ。
「ふむ……なる程、夜切という名と通ずるものがあるで御座るな。長い夜を終わらせて、闘いの朝に望む者に相応しい名で御座る」
シュウギはしばし考えて『なれば』と顔を上げた。
「拙者らの国では、明方の訪れと、古き時代から新時代への幕開けを重ね『黎明』と呼ぶで御座る。それに空と世を表す『天』。
─── 黎明天は如何で御座ろうか」
「……れいめい……てん……。凄く良いなそれ!」
「それと、この魂に望む事は何で御座るか」
夜切に望む事。俺と共に居て欲しい気持ちもあれば、彼女自身が望まれた刀として、正しく愛される存在になって欲しい。
「夜を切り裂き、人々に新しい朝を。正しさを考えさせる、その始まりになる事を望む」
「正しきの始まり、その元で御座るか……」
シュウギはそれらをまとめた提案をくれた。俺にはそれが夜切そのものだと思えた。
カッカカッ、キンッ!
そうしてそれはヨシワ文字で彫り込まれ、元々の柄や鍔が寸分違わずに装着される。シュウギが最後に、指先に青白い炎を灯して、刀身をすうっと撫でると、研ぎ澄まされた刃が生み出された。
その美しさ、前以上。
しかし、これは夜切だと一目で分かる。
シュウギはそれを元の鞘に入れるが、厚み、反りが完璧に再現された刀身は、別の素材で作られた刃であるにも関わらず、一切の狂いなく滑るようにかっちりと納められた。
「完成で御座る……納められよ」
受け取る手が震えた。手に取ってみれば、重量感、バランスは鞘に納まった状態でも、以前と同じ夜切なのだと分かる。
カチッ スゥッ
鞘から刀身を引き抜くと、刃先が振動して、澄んだ鳴き声を上げた。
「間違い無い、これは夜切。─── 【黎明天 夜切正宗】これがお前の新たな銘、新しい朝だ……」
思わずそう呟いていた。直後、夜切の中心から強烈な鼓動が発せられ、波動が広がる。
「た、確かに前と全く同じ刀なんかじゃない……。これは……とんでもない力を秘めてる……!」
炉の光に目の端の涙を輝かせ、シュウギは頷く。
「おかえり、夜切 ─── 」
そう言った途端、刃と同じ波動の存在が目の前に現れて、人の姿を成した。一糸纏わぬ細身で鋭いプロポーションながら、美しく優しい曲線の姿に、思わず声を失う。
『 ─── 主様ッ!』
飛び込んで来た夜切を抱き締める。温かく柔らかな肌は、人そのものだった。
「これからも一緒に頼むよ、夜切」
『うあぁぁ……主様! 主様ぁ……!』
泣きじゃくる彼女の涙が、俺のシャツに落ちて、確かな体温を伝えている。しばらくそうして、彼女を抱き締めて、その後頭部を撫でていた。
「これにて、拙者の仕事は仕舞。アルフォンス殿の言う通り、もう以前の胡蝶では御座らん。お主の魂と交じり合い、より人に近づいているで御座るよ」
「ありがとう……。ありがとうシュウギ……! 言葉も……無い……ッ!」
夜切からは、言霊で繋いだ時と同じく、俺の中に力が流れ込んでくる。常時繋がり合いながら、お互いを高めているのがよく分かった。それにこの実体化した夜切、妖精よりも人に近い、肉体を持った存在になっている。
『これで……これで……やっと……』
「ああ、またお前と闘 ─── 」
『我らの祝言が挙げられるな、主様よ!』
「…………あ? ンッ⁉︎」
ガッチリと首の後ろで腕を組まれて、彼女の唇が重ねられた。体温、吐息、滑らかに重ねられる舌。これ、人間だろどう考えても!
『 ─── ぷはっ、住まいには畑つきの庭があると良い♪ それと、それと……えへぇ、子は六人は欲しいものじゃなっ♡ 賑やかな家庭に憧れておったのだ我は!』
「待て、待て待て待て、待て! 話が……」
『あんなに情熱的に〝お前じゃなきゃ嫌だ〟などと求められて、我の女の部分が幸せになってしまったではないか……。ああ、もう待てん、今すぐここでナウじゃ♡』
「アッ! ちょっ、ナニすんだお前ッ⁉︎ あ、あれはそう言う話じゃねえだろ⁉︎」
蘇った夜切の力の強い事強い事。戸惑って頭を押し返そうとした所を、足で大外から刈られて、冷たい土間に押し倒される。半裸にされてジタバタするのを、シュウギはふふふと笑いながら、炉の火を落として呟いた。
「帰ってからにして欲しいで御座るよ……ペッ」
その通りだと思う、いやそうじゃない。
こうして夜切は再び俺の元に戻って来た。以前とは比べ物にならない程の力を得て。
※ ※ ※
シュウギの仕事は完璧を超えて奇跡だ。単純に刀としてより洗練され、わずかに変化をつけられたバランスが、今まで以上に振りの精度を向上させている。刃を当てる角度、滑りが思いのままだ。そして何より、夜切の魂と一時的に同居したせいか、刃を通して伝わってくる情報量が大幅にアップしていた。
夢の世界で試し斬りを兼ねた修練をしてみたが、以前より奇跡を引き起こしやすく、魔術付与すら感覚的に行えてしまう。俺の魂と近づいたせいか、ソフィアの奇跡を、刃のみで斬り払う事さえ出来た。
夜切は完全に俺の嫁になり切ろうとして、起き抜けに『ミソシル』とか言うスープを振る舞ってくれたりしている。
武器達のいきり立ちようは凄かった。
夜な夜なバトルが繰り広げられ、呪いが余計に酷くなってしまったが、夜切の試し斬りが思いの外早く終わったので、他の武器達も試してみる事にした。シュウギの課題で開眼した『領域』の確認の為だ。
何かしら修練を積んでいると起こる事だけど、急に技量が躍進して、それまで必要だった注意とか感覚が、無意識で出来るようになる時がある。『うはっ! 俺今、超できてんじゃん』な万能感。
結果、全ての武器の間合いでも、自分の『領域』に置き換えられるようになった。
繋がりの強くなった武器達は、夜切を許して共謀。最近何かしら婚姻届が置かれていたりするから、いい加減教会にでも連れてって、こいつらをお祓いしてもらっちゃおうかなと悩んでる。
ソフィアとの契約も戻り、夜切も治り、だいぶ心は前に進み始めていた。
※
夜切の復活から四日、俺達は改めてバグナスギルドに訪れる事にした。事後処理で通信は密にはしていたが、顔を出すのはこれが初めてだ。ガストンの死から ─── 。
ツェツァルサガトの南諸国連合立ち上げに躍起になっていたりした事もある。なにより、俺自身が彼の死を受け入れられて居なかったのが大きい。
『あーっ、ぱぱキタァ☆ こっちだよーっ♪』
あれは第何コマドーラだったか、リックを通してアポは取ったものの『騒ぎになるから裏口から』って、案内係りとして、彼女を待たせてくれていた。ソフィアもスタルジャも、今や南諸国連合界隈では英雄になってしまい、目立つから連れて来ていない。裏口から入り、二階の応接室へと通された。
ここはバグナスに来たばかりの頃、俺の功績を不正だと疑った、マッコイ監査部長と面談した部屋だ。壁には、あの時俺の殺気で割れたヒビが残ってる。つい昨日の事のようであり、また凄く懐かしい気もしてしまう。
「お待たせしました! お久しぶりですアルフォンスさん♪」
明るい声と共に、受付嬢アネッサが部屋にやって来た。
「よ、アネッサ。……今はもう受付嬢じゃないんだっけ?」
「はい! 今は秘書官の資格取るために、内勤に異動して勉強中なんですよ☆」
「ああ、リックから話は聞いてるよ。凄く頑張ってるって」
ガストンの訃報が伝えられた時、彼女は気を失って倒れてしまったとも聞いている。思い詰めた様子があったらと心配していたが、思いの外に元気そうで、以前より目に覇気すらあるように見えた。
「新しい支部長もそろそろ確定しそうですから、もっと忙しくなりそうですけどね♪」
「中央から来るんだったか、後任の支部長さんは」
「ええ、もう何度かここに入られましたけど、デキる人で安心してますよー♪
もう、二ヶ月になりますからね。私たちも歩き出さないと」
そう言って彼女は部屋の片隅に置かれた椅子を眺めた。あれはガストンが使っていたのだろうか、サイドテーブルの上には、羽ペンだけが置かれている。
「…………辛くは、ないか?」
聞くべきでは無いのかも知れない。でも、思わずその言葉が出てしまった。
俺にとってもバグナスギルドは特別な場所だし、憂いを晴らしたかったのかも知れない。特にガストンとは上司との関係以上にあったアネッサが、気負い過ぎてやしないかと心配だった。それだけ、彼の存在は大きかったのだから。
「あの人が居なくたって、ギルドは回るんですよ」
「……え?」
その声には、思い詰めた様子は無かった。むしろあっさりしていて、冷たくも聴こえてしまう程だ。
「あの人が居なくたって、街や地域のことを考える人たちが集まって、自然と支える。国では出来ないことを、自主的にやっていけるギルドじゃないと」
「…………」
アネッサはそこまで言って頷くと、ニコリと笑って真っ直ぐに俺を見た。
「 ─── あの人が望んだギルドって、そういうとこじゃないですか♪」
彼女に重なって、ガストンの姿が見えた気がした。
そうか、あんたはここにまだ生きてたんだな……。人の死は肉体の死なんかじゃない。その存在が、その意思が忘れ去られた時がそうなんだろう。
ガストンはまだ、ここに存在した。彼女には正確にその意思が継がれ、もう動き出しているんだ。
「ああ! そうだよな……!」
「はいっ♪ ってことでお仕事の話しちゃいましょうか、アルフォンスさん」
※
「そうでしたか……。ふふ、ギルドマスターすごいですね。人を変える力は誰にでもありますけど、多くの人に意思を残すのは、並大抵のことじゃありませんから」
「ああ。なんか皆んな真っ直ぐに進んでてさ、俺が何かしなきゃなんて、思う必要が無かったよ。南のギルドは今よりもっと大きくなるだろうな」
少し寂し気に、でも嬉しそうにソフィアが微笑んで、墓標を見つめている。港町ポートメリアの丘の上の教会に、ガストンの墓は作られていた。遺体は何ひとつ残らなかったから、代わりに彼の折れてしまった愛剣が埋葬されているそうだ。
「ガストンさんの魂は……アスタラが持ってるのかな……?」
「……分からない。でもハンネスの言葉が本当なら、アスタラこそが『クヌルギアの証』を持つ破壊神だ。仇はそこで討つ」
『深淵の神アスタラ』はクヌルギアの最奥にいる『破壊神』だと勇者はそう言っていた。何故、クヌルギアの主を召喚する呪術など、人界に存在しているのだろうか?
あれからガストンやダイクが唱えたであろう、『深淵の詩』と呼ばれる詩を調べてみたが、術式らしきものは見当たらなかった。魂を懸ける心境が鍵となるのか、その辺りは試しようがない。
それにクヌルギアの主が、あの程度の力のはずも無く、それを人の魔力で召喚など出来るはずが無い。
「召喚の儀式ですら無いのかも知れない。ただ、俺が魔王を目指せば、必ずアスタラには辿り着くんだ」
「「…………」」
魔王になる資格は三つ。
ひとつは『クヌルギアの鍵』
ひとつは『クヌルギアの証』
そして、残るひとつは魔界の調律神エルネアとの契約だが、これはエルネアがどうなったのか分からない以上はどうしようもない。アスタラを倒して『クヌルギアの証』を得る為には、姉さんに会って鍵の半分をもらわなきゃならない。今出来る事は、出来る内に進めておくに限る。
「もう一度、魔界に戻る。今勇者は魔界からは離れているはずだ。聖剣ケイエゥルクスを探す為に。魔王城に行くなら今しかないだろう」
「次は、負けません。もう、憂いはなにもありませんから。アルくんを支えるために、私は世界の調律を望みます」
「私も。次は絶対にみんなを守るから……!」
ソフィアは女神としての覚悟を決めた。スタルジャは神格を得て、神と比肩する力を手にしている。俺はアルファードとの統一を叶え、より契約は強く結ばれた。
「俺も腹は決めた。魔王になる。それはソフィアとの契約を全うして、勇者になるためだ。ふたりとも力を貸してくれ。それが俺の守るべきものを守る為に、どうしても必要だ」
ふたりが俺の両側に寄り添い、確かな返事をして手を握った。
人界ではアケルの『聖教戦争』をきっかけに、帝国派と反帝国派に分かれて、キナ臭い状況が進んでいる。世界がどう動いていくのかなんて、俺には分からないが、その裏に潜む何かと闘う事はできる。
今は人々を信じよう。
俺ひとりで何が変えられるわけでもない。でも俺が進めば、いや、進まなければ、それこそ終わりになってしまう。南はもう、自分達の力で歩き始めたのだから。
※ ※ ※
─── 中央諸国、そのとある小国にて
夕方から降り始めた霧雨が、日中温められた地面を濡らして霧を呼んだ。灯台の灯りが時折辺りを撫でる以外は、すでに街は寝静まっている。時折打ち寄せる大きな波の音だけが、煉瓦造の倉庫街に木霊していた。
カツーン、カツーン、カツーン……
濡れた石畳を歩く音が、重なるようにふたつ。そのふたりは一歩半から二歩分は開けた距離で、夜の港街をひっそりと進んでいた。霧が一段と濃く立ち込める。
と、ふたりは足を止め、通り過ぎ掛けた、倉庫と倉庫の間の闇に振り向く。
「……なんの御用でしょうか?」
墨色のフードから、凛と澄み切った声で、その闇に問い掛けると、カツカツと小さな足音がふたりに向かって進んでゆく。まるで霧を引き連れているかのような、カールした美しい銀髪に、深い青の瞳と、高貴な青色のドレスの少女が姿を現した。
「適合者ハンネス……。そして調律神オルネアの化身……だな?」
「うん、そうだけど君は誰かな?」
少女はドレスの裾を摘み、華麗な所作で礼を取った。
「メルキア公国、ツェペアトロフ家が長女。プリシラ・ブラド・アンティラ・ツェペアトロフ」
「メルキアの……ヴァンパイアが何の用でしょうか……」
プリシラは小さな書簡を手にすると、スーッとハンネスの元へと魔力で飛ばした。
「一体何なんだい、君は?」
ハンネスは目の前の書簡に目を留めもせず、プリシラを訝しそうに眺める。その視線にプリシラはニィッと口角を上げて微笑んで答えた。
「ジョルジュの使者。そなたが探し求めているものの行方を知る者 ─── 」
その名を聞き、ハンネスはわずかに微笑み返して、書簡を手に取る。しばしその書面に目を通し、満面の笑みとなった。
「ずいぶんと懐かしい名前だよ。彼は元気……いや、彼は人間だったものね、もうとっくに死んでるかぁ」
「ふん。人間の死が肉体の終わりだと言うなら、死んでおる。だが、この日の為に残された意思は、まだ生きていたようだな……フフ」
やや殺気を孕んだ眼で眺めていたリディは、ハンネスから渡された書面に眼を通し、くすりと笑った。
「……なる程、ジョルジュ。あれは食えない人間だとは思っていましたが……。そう言う事でしたか」
「だが、この書簡の内容の通りだとすると、取り返すのは相当に苦労しそうだ。剣聖め、どこまでも僕の邪魔をする」
ハンネスの溜息に、リディはにこやかに答えた。
「一度、魔界に戻りましょう……。力を少しでも高める必要があります」
「あー、そうか。今ならもう、殺しちゃってもいいんだよね」
ふたりの会話に、既に興味を失ったのか、プリシラはふたりに背を向けて、倉庫の隙間の闇へと戻ろうとする。
「ああ、お待ち下さい……。一応、お聞きしておきますが……この書簡は、あなた以外に読んだ者は……?」
「……いや、私だけだ。もう良かろう? 私はお兄様とダリア姉様の恨みが晴らせられればそれで良いのだ。語る事はもう無い」
リディは唇に指を当て、小首を傾げるようにして、嫌にのんびりと返す。
「なら……慎重に越した事は無い……ですねぇ……」
リディの手がプリシラの口元を、押さえるように鷲掴みする。
黒い霧に覆われて行く中、プリシラの青い瞳が恐怖に揺れた ───
ここまで読んだ
このページを保存して、トップページから続きを開けるようにします。
Mail Magazine
新着通知をメールで受け取る
続きの公開や新着話のお知らせをメールで受け取れます。次の更新を見逃したくない方におすすめです。