Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十二章 再起
第十二章【幕間XIII】呪われし武器・詳細と由来
「お願い〜先生〜♡ 初めてを……ね、いいでしょ〜?」
呪いの杖ケーリュアガルデが、白い前髪で目元を覆った顔を近づけ、頬を紅潮させながら、八重歯をのぞかせて悪戯っぽくおねだりをする。
「う、うーん……」
俺は彼女のおねだりを断り切れずに、曖昧な返事しか出来ず、自分の男気の無さに焦りも感じていた。
アケルの戦争が終わり、バグナスギルドも再始動を切った。だが帝国派タッセルの国際的な信用低迷は、周辺国に少なからず影響を与えている。そのせいか、再びハリード自治領で野盗問題が勃発してしまったらしい。
以前、俺が賞金首を根こそぎとっ捕まえた時は、太守に化けてた魔公将オルタナスの狙いで、荒くれ者達が集められていた。彼らは精神に何かしらの暗示を与えられていたのか、小物ばかりで徒党を組む事も無く、それ程大きな脅威では無かった。
だが、今回はタッセル周辺の情勢不安を突いた、有名盗賊団がいくつか合わさって、大規模な集結をしているという。傭兵崩れや元冒険者、更には元軍人で構成された野盗に、ギルドは頭を悩ませ始めていた。
そこで俺が野盗団討伐を名乗り出た。
荒れた情勢は、荒れた者達を集めてしまう。それらが根付いてしまう前に、それらと対抗できる力が国にあると示すためにも、さっさと終わらせてしまった方がいい。その決行を明日に控え、武具の手入れをしていたら、杖ケーリュアガルデが迫って来た流れだ。
彼女が求めているものは、言うまでもない。
「私ぃ〜まだ〜、先生に抱かれてないんですよ〜?」
「だから……お前のはヤバ過ぎなんだって。あんなの俺だって立ってられるか……」
「やだぁ〜。……抱いて〜?」
そう言って抱き着いて俺を見上げる彼女の体が、薄い貫頭衣を通して押し付けられる。
彼女はスレンダーだ。それなのにどうしてこうも女性の体とは、柔らかくしなやかに、男心をくすぐるのか! いやいや、そう言う事じゃない! こんな大事な話の途中に、助平心をむくむくさせるとか、誠実じゃないだろ!
「分かった、分かったよ。俺も男だ、最近は『領域』でお前のコントロールも出来るようになったしな。明日のメイン武器はお前に頼むよ、ケーリュアガルデ」
「わぁぁ〜☆ うれしい〜! 先生だいすき〜♡」
こいつの力、危な過ぎて現実では一度も使って無かったんだよなぁ。でも、間合い全てを支配する『領域』に目覚めてから、夢の世界では彼女を使いこなせるようになってはいる。
彼女はその能力もさることながら、杖としての長さ、強度、石突きの鋭さに、持ち手のバランス……。全てが理想的な逸品だ。いつか使ってやりたいとは思ってた。仲間外れは、かわいそうじゃねえか。そんな事を考えていたら、椅子に座っていた俺の膝に跨って、唇を重ねられてしまった。
「 ─── む……ちゅ……っ、んは……っ♡」
「……ぷはっ、お、おい……いきなりは……」
離れた顔、その唇は頬と同じく紅潮して、艶やかに濡れている。痩せていて、粗末な貫頭衣に裸足、拘束を引きちぎって来たかのように、手足に縛りけられたままの荒縄。そんな弱々しそうな見た目の彼女の、酷く煽情的で情熱的な舌使いは、頭の中を痺れさせる蠱惑的な刺激に満ち満ちていた。
「たかぶってしまいました〜♡ うふふ……おやすみなさい〜主様ぁ〜」
そう言い残して、フッと姿を消す。ほぼ肉体と同等に実体化された質量が消えて、残された彼女の体温が冷めて行くのを、情け無くも惜しいと感じてしまった。
「杖だ。あれは杖なんだ。杖なんだぞアルフォンス……。杖なんだってば」
そう自分に言い聞かせながら、明日の準備に勤しんで事無きを得る。
※
「……こんだけ頭数そろえて、広範囲で暴れてりゃあ、直ぐには軍も冒険者も動かせねえ。短期で一気に稼ぐ時だがよ? 潮時ってのを見誤っちまうと、動くに動けねえのも団体の弱えとこよ。引き時ってやつが肝心だ」
ハリード自治領とタッセルの一部で名を馳せる野盗団『砂蛇』の頭目ダンヒルが、葉巻を燻らせてそう言った。
八千もの部下を束ねる彼は、この野盗団集結の提案者でもある。焚火の灯りに浮かび上がる、武骨ながら穏やかな顔に、地の底から響くような低い声。そこには、これだけの一団を築き上げたカリスマ性が滲み出ていた。
「ま、そうだな。オレらは後三つも大働きしたら、寝ぐらに帰らせてもらう。後腐れはナシだ、今後は連絡を取る事もないだろう」
そう答えるのはハリード自治領の北側に位置する、山岳地帯ブエラにその名を轟かせる、傭兵集団『マーテルの槌』の首領カルヴァン。
傭兵集団でありながら、闇の仕事を多く請負い、時に強奪の徒ともなる荒くれ者。そう言って口に当てたスキットルには、中央諸国のとある国軍の紋章が、無造作に削り取られた名残があった。
「くひひひっ、今ぶっ殺しあってねえのが、そんだけで奇跡っしょw 金だよ金、連絡なんざいらねっての。金が絡みゃあ、いつだって来てやんぜ? 次はあっしらに喰われっかもしんねーから、せいぜい今をエンジョイするっしょお互い」
そう言って下品な笑い声を上げたのは、タッセル北東部からブエラの一部までを縄張りとする、新興勢力の野盗『土蜘蛛一家』のリーダー『引き裂き』ブルック。その煽るような言葉に、カルヴァンはピクリと眉を動かし、氷のように冷め切った眼で睨みつけた。
「なら、今ここでテメェらをぶっ潰してもいいんだぜ? タッセルの野良犬どもなんざ、糞の役にも立たねえと、前々から目障りだったんでな」
「ハッ! 上等だぁねぇ、そろそろ山暮らしの田舎娘が喰いてえって思ってたし? 鉄臭えゴロツキ傭兵が減った方が、風通しもよくなるってモンっしょw」
焚火の灯りを目の端に輝かせて、ふたりが一触即発の殺気を巻き上げる。
「やめねぇかテメェら。こんな所でいがみあってるようじゃあ、タッセルの呆け王家と変わんねえだろうが。ほんの少しの我慢くれぇ出来ねえのか? お互い上手い事、利用すりゃあいいんだ」
そう言って『ハッハァ』と笑いながらも、葉巻の煙をスパスパとふかして、不機嫌な様子をダンヒルは見せる。ブルックは舌打ちをひとつ、噛んでいた硬平豆を焚火に吐き捨て、つまらなそうにダンヒルへと振り返る。
「ってか、ダンヒルの旦那もよぉ、賢そーなこと言っといて、さっきから何やってんの?
てめぇの腹にナイフざくざく刺して、何が楽しいってんだ……?」
「ああ? 俺みてぇな悪党なんざ、とっとと死んじまった方が、肥しくれえには役に立つってもんだろ。それとも何か、そんな事したって、俺程度じゃあ世界にはなぁんも影響なんかねえってか?
そういうテメェだって、何で首に縄巻いて捻ってんだ? ぐ……っ、へ、へへ……」
「……な、縄……? ぐっ、耄碌してんじゃ……ねぇの? これは……へその緒だ……ぐげっ、ろ? 母ちゃん……に……会って……謝るん……ぐぶっ」
ブルックはそれを最後に言葉を失い、グルンと眼球を裏返して白眼を剥くも、腕はギリギリと縄を捻り続ける。首から上が膨らみ、真紫になった顔からは、膨れ上がった舌がだらし無く突き出されていた。
その様子を見て、カルヴァンは『だらしのねえ野郎だ』と吐き捨てながら、岩に頭を打ち付け続けている。既に額と目の周りの骨は、原型を留めて居ない。顔の形が斜めに大きく歪み、バックリと割れた額から、鮮血と共に乳白色の組織と、澄んだ液体を溢れさせていた。
「…………ほん……とに、テメェ……らは、バカ……だよ……な……ぁ……」
激しく脚を痙攣させながら、己の首を絞め続けたブルックが、熟れ落ちたイチジクのような色に染まって事切れる。
カルヴァンは小気味のいい音をひとつ立てた後は、ぐちゃぐちゃと泥を歩くような音を響かせていたが、最後に大きく脚を痙攣らせて動かなくなってしまった。
そんなふたりの最期をダンヒルは笑い、真っ白になった顔に、どこか満足気な微笑みを浮かべている。既にナイフの手応えなど感じられなくなっていても、彼の手は自らの腹部や膝に、無感情に突き立て続けていた。だが最期に大きな息をひとつ吐いて、静まり返る。
周辺にはもう、焚火の音だけが響いているだけだ。その狂気と猟奇の光景とは真逆の、炎と星空の美しい世界が、もう動く事のない者達の無常を浮彫りにする。
そこにガサっと小さな音がして、アルフォンスが姿を現した。
「えっと、これで最低限の力だったんだよ……な?」
何処にでもあるような杖。しかし、一度でも目にすれば、つい手に取りたくなる不思議な魅力のある杖に、彼は話しかけた。彼は決して変な寂しがり屋さんという訳ではない。
この惨状を生み出したのが ───
「えへへ〜、優しくしておいたよ先生ぇ〜♪ 塩ひとつまみってくらい〜、優しいでしょ〜? デキル子でしょ〜私ぃ〜」
「ひとつまみでコレかよ……。どんな猛毒だお前は」
「毒じゃないよ〜♪ 良心に訴えかけただけ〜うふふ♡」
アルフォンスは「む~ん」と唸ると、小鼻の脇を人差し指の腹でこしこしと擦りながら、詰まった言葉をどうしようか悩んだ。『そういう事じゃねえ』と言った所で、何が変わるわけでもないと飲み込む。
「しかし、これで頭は一気に刈り取れたか。後はあの手下の群勢をどう減ら ─── 」
ぎぃやあああああああ……
林の向こうから、地鳴りのように断末魔が響き渡る。
「 あっ! おまっ、勝手に⁉︎」
「あはははっ☆ あははははっ☆ みぃんな苦痛と向き合えばラクになるよ〜」
恍惚の表情で、空から降りてくる絶叫と呻きを浴びるように、ケーリュアガルデは腕を広げてくるくると回っていた。
「ああ……やっぱダメだぁ、こいつはヤバ過ぎだぁぁ……」
かつて戦場に流れた噂がある。『どんなに危機的状況にあっても、戦場で斧と杖だけは拾うな。それは悪魔の置き土産かも知れぬ』。
斧に触れた者は、己を省みずに殺戮と破壊を求め、力尽き果てて死ぬ。
杖に触れた者は、音の届く全ての者達を、死への誘惑に引きずり込む。
アルフォンスの持つ武器達は、まあ……全てにこんな由来のあるものばかりでる。見るに耐えぬ野盗団の最期は、語るに値しない。
今回は予定を変更して、彼女達七つの武器の由来について語るとしよう ───。
※ ※ ※
【魔槍フォスミレブロ】
製作年不詳、作者不明。文献に最初に現れたのは、遙か北方のとある巨大な遺跡、その発見に関する書物である。
伝承すら残されていない、風化した大国。王宮とも神殿ともつかぬ、水晶と溶けぬ氷で造られた建造物、その最奥の広間。その床にうずたかく積み上げられた、膨大な数の人骨の山の上に、それは突き立てられていた。
触れた者は皆、戦慄する程の悪魔の美声を聞き、魂を供物とせんと殺戮に溺れた。
突き、切り裂き、叩き割る。全ての理に適ったこの槍は、生き血を啜り、魂を咀嚼すると、悪魔の爪を喚ぶ。発見した者達は、総じて新たな骸としてその遺跡に眠り、永らく表に出る事はなかった。
しかし、ある時、神の鍛えし鎖を持って、それを世に引き摺り出す者が現れた。その人物は後に北方の王となるが、非業の死を遂げ、歴史上から消えてしまう。
永き刻の中で、この魔槍は度々姿を現しては死を量産し、再び何処かへと行方をくらませて来たのである。持った者は狂気と歓喜に打ち震え、こう口にしたと言う……。
─── 力によりて解放せん
何を解放するものか、それに魅入られた者にしか分からないであろう。その言葉はそのまま、いつしかこの槍の呼び名となった。
魔槍フォスミレブロ。
悪魔の爪を喚ぶ、黒き美槍である ─── 。
※
ククリの双剣【明鴉・宵鴉】
製作年五千三百三十〜六十年前、作者ジャファル・マフラムとナギム・マフラム。
現タッセル王国領にかつて存在した、アナアハブル王朝の鍛冶師ジャファルが、王の怒りに触れ、家族を眼前でその炉に投げ込まれた。
王はそのジャファルに儀礼用の美しい剣の製作を命じたが、彼はその最愛の家族を焼き尽くされた炉にて、二振りのククリ刀を打つ。
ククリ刀とはその中心辺りから、刃側に向けて『く』の字に曲がった剣である。刀身は肉厚で短く、鋭さで切ると言うよりも、叩き割るように使われるもの。美しい剣では無く、ククリ刀を献上した事に腹を立てた王は、献上されたククリ刀とジャファル自身ごと、また同じ炉に放り込んだ。
ジャファルの家族の内、修行に出ていたためにひとり生き残った息子ナギムは、その報せに慌てて帰郷するもすでに時遅し。
悲しみと憎しみの余り彼は狂気に呑まれたのか、炉の中で何故か焼け残ったククリ刀を鍛え直し、三十年の歳月をかけて再び双剣を完成させた。マフラム家の悲劇が溶かし込まれた双剣は、同じ素材から作られたはずが、白と黒のそれぞれ対を成す色を発っする。
その余りにも美しいククリ刀を、ナギムは王家に献上した後、行方知れずとなる。
後にこの双剣は、アナアハブル王朝の終焉となる反乱に使用され、王の隠れていた逃走路の隠し扉を破壊し、盾を難無く叩き割ったと言われる。ククリ刀ならではの、鉈とナイフの特性を持った肉厚の刃だからこそ、これは成し遂げられたのだろう。
ジャファルの復讐は、剣では無くククリを献上して処刑された、あの時から始まっていたのだと人々は恐れる。
だが、双剣の呪いはこの後も止まる事は無かった。権力者が滅ぼされる時、この双剣は何処からか現れては、国を崩す最後の一手を担っていたのだ。吸った血の量は計り知れず。その度に呪いは強大になり、目にするだけで人々は『強者の首を狩る』衝動に突き上げられた。
いつしかククリ刀の翼のような形状と、世に終わりをもたらす事から、朝をついばむ『明鴉』。夜をついばむ『宵鴉』と呼ばれるようになった。この双剣を手にする者は、翼を得たように駆け巡り、時代に幕を下ろすと言われている。
※
【夢想弓セルフィエス】
製作年、作者共に不明。マールダー北端に広がる西氷海、その西部にある断崖絶壁の秘境、翼人の国に古くから封印されていたと言われている。しかし、その翼人族の中でも、言葉を持たぬ『ハーピィ族』に守られていたため、その弓がなんであるかは何も伝えられてはいない。
ハーピィ族は、同名の魔物ハーピィとよく似ているが、人族である。言語の代わりに鳥の鳴き声のような音を発し、その音の変化でいくつかのコミュニケーションを取るが、語り継ぐ程の発達はしていなかったのだ。
今より千二百年程前、氷海に有翼、山羊頭の亜人種『ゴート族』が台頭する。魔術に長け、戦闘にすぐれたゴート族は、瞬く間に周辺の種族に攻め入り、勢力を広げていた。翼人だけでなく、その侵攻は様々な亜人種と、人間族にまで及ぶ。
人間族はこれに対抗する為、北方聖王国の英雄ファウナスと、一騎当千の戦士達を討伐隊として派遣。
ファウナスは平地での戦に勝利し、ゴート族の本拠地となった翼人の国まで押し込む事に成功。しかし、複雑に入り組んだ、断崖絶壁の西氷海は、空を飛べぬ人間族には鬼門である。その間に支配されていたハーピィ族を解放するも、空を滑空するゴート族に地の利を奪われ苦戦を強いられた。
ゴート族は平地での人間族と亜人種族の連合の数に舌を巻き、この地で戦うように誘い込んでいたのである。
戦況は瞬く間にゴート族の勝利へと傾きかけた。
ファウナスと戦士達は、ゴート族に追い詰められ、いよいよというその時に、ハーピィ族の里に封印されていた弓を見つけ、それを手に取る。この世の物とは思えぬ美しき弓は、恐るべき魔力を放ち、空を埋め尽くしたゴート族を、一撃の下に全て貫いたという。
その魔力の矢は、攻め入るゴート族の戦士だけでは無く、彼らの寝ぐらに残る全てのゴート族を根こそぎ殲滅せしめた。しかし、ファウナスは全ての生命力を使い果たし、還らぬ人となる。
異様な魔力を放つその弓を、疲弊したハーピィ族に封印する事叶わず、戦士達はそれをファウナスの遺品として国へと持ち帰られた。
だが解放された弓の放つ魔力は、時を追うごとに強力になり、人々を狂わせた。
それを奪い合い、いくつもの戦乱と殺戮が行われ、いつしかその闇を吸い上げた弓は自我を持つ。美しくただただ強力であった純粋なる武器は、射止める魂を呼び寄せ、持つ者には死をも忘れる陶酔を与える悪夢の存在となる。
リムに彫られた文字は、神の言葉を形にした、原初の文字『神代文字』で綴られているが、それらの言葉や文法は余りにも現代のものと異なりほとんどを解読出来ていない。ただ、一部分に『神・終わり・歌う』とだけは、確かに綴られている事が判明している。
神々の闘いで創られ、それが堕ちて来たのでは無いかと、かつてその文字の解読を試みた者達は論じた。やがて、その綴られている神代文字から『セルフィエス』と名付けられるも、その弓の行方は途絶えてしまい、それ以上の情報は残されていない。
セルフィエス本人にも、誕生の記憶は残されてはおらず『自分は何処かの女神だった気がする』と、朧げな言葉を口にするが真実は謎のままである。
※
【称賛のバリアントダガー】
製作年およそ八百年程前、作者アルマリー・クセフォン。
作者のアルマリーは、かつて中央にあったサボエ王国の兵器・拷問具開発者である。絶命させずに無力化、人体の極限まで苦痛を引き出す研究に人生を懸け、また魅了された人物であった。
呪術の第一人者でもあった彼女は、拷問にその応用を追い求め『心無き蟲の純粋なる怨念』を引き出し、対象に宿らせる事に成功したと言う。
純粋に負へと傾いたエネルギーを、呪力生産の核とする技術は、あまりにも複雑な理論で構成され、彼女以外に再現出来た者は存在していない。更にその呪いによって生み出される新たな怨念を、蓄積させる物質を錬成し、彼女の理想は完全に達成された。
その狂気とも言える、忌むべき研究の集大成となって生まれたのが、バリアントダガーである。
『この道がどこへ続くのかなど、考えた事は無かった。人の感情の生み出すエネルギーとは、神の与えた美しい奇跡のひとつなのだと私は惹きつけられ、それを解き明かす事が使命だったのだから。
正負どちらであろうとも、その偏りが究極に至った時、生命の根源を理解できるはず。
そして、私はひとつの到達点に辿り着いた。おお、生命とはなんと美しいものなのか!』
最初の犠牲者となったのは、彼女本人である。その手記にはバリアントダガーの与えるであろう『究極の苦痛と恐怖』への誘惑に、心奪われた日々の想いが綴られていた。
最期から数日の手記は、判読出来ぬ程に荒れているが、その筆跡はまるで歓喜の歌を線で表したようだとも言われる。彼女はその誘惑に負け、バリアントダガーの呪力の供物となったのだ。
『称賛』の由来やその後の扱われ方は、アルフォンスが語った通りであるが(参照:第三章第二話『誘拐事件』)、このダガーに秘められた呪力は、未だに成長を続けながら、更なる狂気を生む為に苦痛を与える新たな拷問を模索している。
アルマリーの魂は、このダガーの中に今も生き続けているのかも知れない。
※
【魔斧ケーリュニヴル・魔杖ケーリュアガルデ】
製作年不明、作者不明。戦場に置かれた、取り立てて特徴を持たない無骨な斧。または杖術として扱い易そうで、術式操作にも手頃に見える杖。
斧は持ったが最後、破壊衝動に支配され、限界を超えた力を引き出され、己の筋力で爆ぜるまで闘い続けさせられる。そんな快楽に飲み込まれてゆく。
杖は持ったが最後、その音が届く範囲全ての者達を、抗い難い死への欲求に引き摺り込む。そんな快楽に溺れてゆく。
どちらも先にあるのは破滅ながら、そのどちらも歓喜の内に生を食い尽くされる。性質の異なるこのふたつに秘められた波動は、何処か似通った波長を持つ事から、同じ者に創造されたものだと思われる。
世界中の戦場で目撃例が残され、その伝承は遥か昔に滅びた遺跡の中からも見つかっている。太古の昔から、人々の心の奥底にあるそれぞれの欲望を、引き摺り出して来たのだろう。
最後にその存在が確認されたのは、二百年も前の事となるが、未だに戦場で闘う者達の中にはこの言葉を信じる者も少なくない。
『どんなに危機的状況にあっても、戦場で斧と杖だけは拾うな。それは悪魔の置き土産かも知れぬ』
どちらにも共通するのは『解放』と『快楽』である。これを創りしは神か、悪魔か。
※
【宵闇露切如音無ノ太刀 胡蝶】
製作年、約二千六百年前、作者胡蝶(本名は不明)。
夜闇の露を切るかのように容易く、あらゆる物を斬ると言われた名刀。しかし、胡蝶の作はことごとく妖刀と化すと言われ、権力者からは忌み嫌われた。持つ者の生命力を吸い、代わりに絶大な力を与えると言われる、強大な力を持った妖刀である。
その妖力は凄まじく、使用者達は力に溺れ、斬る事そのものに魅入られて来た。
数多の死を積み上げ、主人を転々と変えながら、その刃は鋭さを増していた。しかし、勇者ハンネス・オルフェダリアとの戦いの際、現主人であるアルフォンスの身代わりとなり、刃の中程から折れる重篤な破損に見舞われた。
修復は不可能と思われたが、鍛師の神シュウギの手により、アルフォンスの莫大な生命力と魔力を込められ、元よりも遥かに強力な神器として息を吹き込まれた。
─── 【黎明天 夜切正宗】
現在の新たな銘にはそう彫り込まれている。
※ ※ ※
人は弱く儚い。
力への憧れ、強さへの観念は、魂に刻まれた本能に等しいものである。
命を代償にされる。
時に人はそれを理解した上で、それでも手を伸ばして、本能に従う生き物なのだ。しかし、武器は武器、道具である。道具とは使う為の用途があって、初めてその価値を発揮するものだ。
時にそれは相反する目的の下に晒される事もある。生を繋ぐ食に用いられる包丁が、人を殺せるように。営みとして獣を狩る弓が、人の命をも狩るように。道具が如何な道具であるかは、使い手の意思と覚悟そのものである。
殺めるにも、その意義には多くの意味合いがある。
武器は主人あっての存在である。如何に強大な力を持っていても、主人が無ければ朽ちてゆく運命にあるのだ。弱く儚い存在とは、彼女達七種の武器にも言える事なのかも知れない。
ここまで読んだ
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