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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第四章 草原のダラングスグル共和国

第十二話 略奪のけじめ

 なだらかな草原の丘に太陽が沈み掛け、紫色に染まる空の下、紅い陽の光が断末魔のように大地にこびりつく。

 男の体にも、その血潮の如き朱は射し込み、黒髪とラフに着こなした黒いシャツを、ぬらぬらと染め上げる。長身に、鍛え上げられたシルエットは、黄金色に輝く草原に、大きく強いコントラストを作り出す。それは宗教絵画の一枚のように、荘厳な情景を映し出し、人々の目に焼き付けられている。
 だが、その紅い瞳は、夕焼けの紅を集めたように鋭く赫灼かくしゃくと殺意に燃えていた。

 アルフォンス・ゴールマイン。剣聖の義父と四人の守護神の寵愛ちょうあいを受け、調律の神オルネアと、異界の神ティフォに選ばれた男。

 相対するのは一度はロゥトに略奪の限りを尽くし、大きな犠牲を払わせながら、再びこの地に現れ、友を奪おうとした馬族。彼は今、その略奪者たる十六名の男達に立ちはだかり、その死神の如き凝視は、魂の自由すらも意のままにしているようだった。

「お前ら馬族には、力ある者、一族の存在を左右する者を、長者とする習慣があると聞く。本当か?」

 何千、何万年と生きて来たかのような、重厚な存在感を持つアルフォンスから、よく通る声がその声量以上に大きく草原を走った。

「何だ、答えられないのか。ならば一方的に知性も意義もない蛮族として、鏖殺おうさつするのみだな。『月夜の風狼家』など、大袈裟・・・な名を背負う割に、誇りすら持たないとは滑稽こっけいなものだ」
「─── き、貴様ッ! 儂らを愚弄ぐろうしおって! ……こ、このッ! 儂らは馬族、誇り高き『月夜の風狼家』! 貴様のようなッ……貴様のような余所者が、何をたわけた事をッ」

 老いた族長が興奮の余りに我を失い、喉元を押さえ苦しげに怒鳴る。拘束されて、声を発していなかった所に、急騰して荒げればそうもなるだろう。

「……ほう。やはり馬族か、ならば俺の身内に手を出した罪は、お前ら十六人と、帰りを待つお前ら一族全員の命であがなうとするか」
「「「─── ッ‼︎」」」

 男達に衝撃が走り、ランドエルフ達からは、感嘆かんたんの息が漏れた。

「……ふ、ふん。好きにすれば良い……! 我らの誇りの前に、命を惜しむ者などおらんわッ!」
「誇り……? その割には先程からお前らの奥歯は、情けなく震え続けているようだが? お前の言う誇りとは、虚勢を通すものなのだとしたら、その通りなんだろうな」

 連行される以前、アルフォンスが彼らの前に姿を現した時から、彼らの奥歯はがちがちと虚しく鳴り続けていた。その事実にようやく気がついたかのように、男達は羞恥と恐怖に凍りついた。

「お前らなど、手指を使う事もなく、一瞬で肉片にする事も容易いが……それでは俺の身内の、多くの者の気は晴れんだろう」

 奥歯を打つ、戦慄せんりつの音が一段と大きく響き出す。

『この男、何ひとつ虚喝きょかつを吐いてなどいない! 欠伸あくびをするように、自分達を捻り潰すのは造作も無いはずだ』男達の誰もが、そこに捲き上る強大な殺意と威圧感に、疑いも無くそう信じた。

「ひとつ、チャンスをくれてやろう」

 アルフォンスがそう言って、背後に向かって手招きをすると、集落に繋がれていた彼らの馬が列を組んで歩いて来た。まるで自分の下僕の如く、手首の一振りで繊細な馬を、主人の如く掌握しょうあくするなど考えられない。馬を良く知る男達は、それだけでも驚愕きょうがくしたが、更にその馬の背を目にして呆然としていた。

「お前らの武器だ。それに馬が無ければ本当の力も出せんだろう。どうだ? ここまでお膳立てしてやったんだ、最期ぐらい誇りを見せてみろ」

 その言葉が男達の怯えを吹き飛ばし、怒りとプライドに突き動かされた。

「俺は丸腰だ、魔術も魔力も使わない。もし、俺を倒せれば、今後はお前達の好きにするがいい。だが、倒す事が出来なければ、俺はお前達の一族を奪う」

 アルフォンスは言葉通り、素手の両手の平を広げて見せ、嘲笑あざわらうように口元を歪めた。

「そこにいる老いさらばえた族長を排除し、お前達は、俺の所有物として生き死にを弄ばれるんだ。 誇りがあると言うのなら、簡単に死を口にするような弱者の妄言など吐かずに、戦って散れ」
「「「ウオオオオォォォッ‼︎」」」

 開戦の狼煙のろし、男達の雄叫びが、薄暗い草原をつんざいた。

 直後、短弓の連射がアルフォンスを襲う。その矢の群れを追うように、槍を構えた数騎が駆ける。

「─── シイィィッ!」

 歯を噛み締め息吹をひとつ、強弓の瞬矢しゅんやの如く駆け、アルフォンスは矢の到達点をすり抜けた。馬上からの槍を難なくかわし、その柄を掴むと、男を引き摺り下ろして掴み持ち上げる。宙でジタバタと暴れる男を、背後に迫る二騎を狙い、猛烈な勢いで放り投げた。

「「「─── ッ⁉︎」」」

 肉と肉のぶつかり合いとは思えぬ、強烈な破裂音を上げ、血煙が弾けた。男の体が三つ、わら束でも投げたかのように、宙を無様に舞う。
 その音に驚いて、近くの馬が暴れ、二人が落馬。その内の一人は、馬の足下に背中から落ち、自らの愛馬に踏み潰された。脚が明後日の方を向き、悲鳴を上げながら這いずって馬から逃げるが、更に背中を踏まれて沈黙した。

 落馬したもう一人は、回転して受身を取り、素早く体勢を整えると、小刀を抜きアルフォンスへと駆ける。体勢を低く、歩幅を細かく間合いを詰めて、脚を目掛けて切り込む。

 アルフォンスは地を蹴って小さく回り込み、ジャブを打つようにスナップを利かせた裏拳で、男の鼻っ柱を打ち砕いた 。

 パァン……ッ!!

 小気味良い破裂音がして、男の顔は異様な形に歪み、グルンと一回転して地面に叩きつけられる。たった数秒の間に、騎乗の戦士五騎を、素手で地に沈めていた。

「……ば、バケモンだ! 魔力も使わねぇで、何であんなに速い……ッ⁉︎」

 見守っている仲間のランドエルフ達からも、その鬼神の如き闘いぶりに、驚嘆する声が漏れていた。

 アルフォンスの動きには一分の隙も無い。鷹揚おうような構えに見えてその実、相手は操られるように彼の攻撃しやすい場所に流されているようにも見えた。その巧みな戦術も確かではあるが、インパクトに移る瞬間の動きは、予備動作すら無く雷光の如き速度で放たれている。

 目で追えぬ者には、ただ彼の周りで突然相手が吹き飛び、地に倒されているようにしか見えないだろう。

 シュルルルルル……

 再び矢が放たれるも、すでに次の獲物に駆け出していた彼には届かず、虚しく地に突き刺さるのみ。黒い影が猛烈に迫るのを見て、慌てて馬上の男は剣を振るうが、飛び上がったアルフォンスに腕を取られた。

 グキャッ

 手首を引かれ、肩を押さえられた男は、そのまま馬上から引き落とされ、肩から地面に叩きつけられる。肩関節の砕ける音が、鈍く地面から響き渡った。

「……話にならんな、馬族ってのはプライドだけか? どうした、こんな程度でよくも強奪が習わしだとか、言えたもんだ。毎度、毒でも仕込んで回っているのか? ずいぶんと臆病な事だな」

 その言葉に、ひとりの男が馬を降り、アルフォンスに近づくと右手に手斧、左手に小剣を構えて立ちはだかった。

「─── 俺の名はゼルジフ、これ以上、俺達一族を虚仮こけにする事は許さんッ!」
「その一族とやらのやり方が、間違っているとは思わないのか」
「……クッ! お前に何が分かる! 親の言う事が全て、一族の繁栄を祈る事こそが俺達の流儀だ! やり方に正しいも間違いもないッ‼︎」

 ゼルジフが修羅の如く襲い掛かった。重量のある手斧を振り、生じる隙を左手の小剣で補う、彼独自の戦い方である。

「だとしたら、お前の親の間違いは誰がいさめる? 馬鹿な親が崖から落ちろと言えば、皆んな仲良く転落死でもするのか」
「……う、うるさいッ!」

 動揺したゼルジフの手斧の動きに、僅かなブレが起きた。その瞬間をアルフォンスが見逃すはずも無く、手斧を握る手首を引っ掛けるように掴み、振り抜く進路を操作する。
 鈍い音を立て、手斧の刃がゼルジフの内腿に食い込んだ。呻き声を食いしばり、なおも小剣で突こうと踏み込んだゼルジフの膝裏を、アルフォンスの足刀が蹴り落とす。

 ボキャ……ッ

 膝関節が砕け、脛骨の付け根がくの字に折れ曲がる。流石に声を漏らしたゼルジフに、一瞥いちべつもくれる事なく、アルフォンスは石ころを蹴飛ばすように、足下に倒れたその頭を蹴り上げた。

「自分の口で語る事すら出来ないのか」

 一番の実力者であったゼルジフが、歯牙しがにも掛からず、明らかに全員の士気が急落した。それに対してもアルフォンスは、分かり切っていたかのように、無表情で次の獲物を探していた。

「う、うおおぉぉッ! くそッ、殺ってやる!」

 長く幅広な曲刀を振り上げ、恐怖に突き動かされた男が、馬を全速力でアルフォンスに向け走らせる。やや少し前で馬を転回させ、その勢いを乗せて振り下ろすようにいだ。しかし、すでにアルフォンスの体は、馬の反対側に回り込んでいた。
 流れるような動作で、馬体前足の付け根やや後ろに手の平を添え、腰に力を溜める。

「……悪いな、少し寝ていろ」

 と、馬の血走った目をちらりと見て呟くと、添えた手の平を少しだけ浮かせ、全身の力を込めて馬の心臓部目掛けてコンパクトに拳を放つ。その衝撃波が、馬の体を伝って体外まで放出されると、辺りの草を円形に押し倒した。
 鼓動を一時的に阻害された馬は、脳貧血を起こし、ぐらりと倒れ込む。

 馬体の陰にアルフォンスを見失っていた男は、何が起きたのか分からぬままに、馬ごと地面に打ち付けられて昏倒した。

「あ、あの! ソフィア様……。どうすれば、彼のように強くなれますか……?」

 離れて見守っていたスタルジャが、隣に立つソフィアに、そう問い掛ける。その姿は小さく震えているようにも見えた。

「怖くなっちゃいました? 彼と共に歩くのが」

 ソフィアが優しく微笑みながらも、何処か寂しげに問い返すと、スタルジャはアルフォンスの戦いから目をそらさずに答えた。

「いいえ。どれだけの研鑽けんさんを積めば、彼の背中を守れるのか、覚悟が欲しいんです」
「ふふ。……本当にアルくんの周りには、いい子が集まりますね♪ スタちゃん、それなら私が稽古つけてあげましょうか♪」
「…………はいッ!」

 スタルジャが拳を強く握り締めるのを見て、ソフィアが嬉しそうに頷く。

「大丈夫。……貴女は……いいえ、私達はもっと強くなれますから、がんばりましょうね」

 二人はアルフォンスの背中を見つめる。後に世界に名を轟かす師弟関係が、この時生まれた事を、そこにいる誰も気がついてはいなかった。

 今、目の前で起きている戦いが、余りにも常識から外れていたのだから。

 アルフォンスの攻撃は、段々と激しさを増していた。馬族の戦い方を理解して来た事もある、だがそれ以上に、彼らの恐怖心の限界が読めて来た事が大きい。

 最初から、彼らに全力を出し尽くさせるつもりだった。

 それには恐怖心が邪魔になり、力を出し切れずに無闇な戦いとなってしまう。ひとりひとり、殺意を持って掛かって来るタイミングと挑発を重ね、確実に粉砕していた。ただ殺す以上の効果を生む為に、完全なる敗北を彼らに刻み込むと決めていたのだ。

「……くそッ! くっそおおぉぉッ‼︎」

 ひとりが懐から何かを取り出し、両手でそれぞれ空に投げつけた。薄暗い草原に空を切る音が、大きく弧を描いて、アルフォンスへと迫った。

 キラリと反射して、宙に真円が光る。

 鋭く研ぎ澄まされた薄い円盤が、シュルシュルと唸りを上げて、アルフォンスの首に迫る。それから一瞬遅れて、今度は大きく回り込んだもうひとつの円盤が、背後からも襲いかかった。

「へぇ、チャクラムか。面白いもん持ってんな、実戦で見るのは初めてだ」

 そう言って薄っすらと笑みを浮かべると、アルフォンスはかすめ取ったチャクラムを、指で激しく回転させて行く。と、死角の茂みから飛び出した短槍を、完璧なタイミングで蹴り上げて、相手の腕から弾き飛ばした。

 遠く離れた場所に、短槍が回転しながら、枯草を揺らす音が響く。

「こ、この暗がりで、避けただと……⁉︎」

 正面からの攻撃を諦め、時間差で襲い掛かるチャクラムを、目眩めくらましに利用したのだろう。槍も失った男は、腰の剣を抜きながら、距離を取って構えた。
 すっかり暗くなった草原に、二つの紅い瞳が、仄かに輝きを上げ、男を見下ろす。

 男はその瞳に魅入られ、動く事が出来ない。

 アルフォンスの指で、回転を加速し続ける二枚のチャクラムは、やがて蜂の羽音のような異様な音を立て始めた。その音に怯えたのか、男が剣を腰溜めに構え、一気に飛び込む。

 ガサッ

 更にアルフォンスの死角から、もうひとりが短槍を握り飛び出した。

 ヒュボッ!

 迫っていた二人は、それぞれ頭にチャクラムを半分程食い込ませ、その勢いのまま倒れ込んだ。

「あーあ、死んじまったなこれは……」

 そう言って、射し込んできた月明かりの下、アルフォンスは紅く光る目を歪めて、ただただ震える残りの三人を凝視した。

「どうした。一斉に掛かれば、一太刀くらい浴びせられるかも知れんだろ?」

 そう言って数歩近づいた時、その内のひとりが馬を降りて、アルフォンスの前に平伏した。
 月夜の風狼家、その族長だった。

「……あんたには、何をしようが敵わん。儂ひとりの首を差し出す……。どうか、どうか一族の者達は見逃してくれんだろうか……」
「今まで散々殺し、奪って来た者の汚れた首など、興味がないな。それに、これだけの数の配下を無駄死にさせるような老いぼれに、一体何の価値がある?」

 降伏はいつでも出来た。それが今この時にするのは、余程に愚かなのか、ただの命乞いか。それを確かめるかのように、アルフォンスは挑発する。

「……そ、それは何も言えん……。言えんが……。初めて分かったんじゃ……奪われる側の心が、初めて分かった……」
「─── ほう」
「今まで儂は馬族として、時には強奪をし、殺しもして来た。だが、皆殺しはしておらん。その民を根こそぎ奪う事だけは……しておらん!」
「その流儀を俺に押し付けるのか? 奪われた側は、その流儀に納得するとでも思っているのか? 他人から必要な分だけ奪い、殺す。自分達が生きる為だと言いたいのだろうが、奪われた側も人だ、家畜じゃあない。一生残る傷を負い、一生残る怒りを煮やす」

 族長は呻きながら、頭を地に擦り付けた。

「残りの二人はどうだ? この先、奪われる側に、お前達の流儀が通用すると思うか?」

 怯え切った様子ではあったが、二人は首を振り、項垂れて黙り込んだ。

「親の言う事は絶対だったか? お前の子らは、お前の語る流儀に反意があるようだな。殺すのか、パガエデとその兄のように」
「儂にはもう、一族の親たる族長の資格はない。間違いも儂なりにじゃが、認めておる。じゃから、どうか一族の者達だけは……」

 伝統、常識、そこに長く属して、地位が高くなれば、やがては凝り固まる。この老人もそのひとりと言えば、そのひとりだ。

「……パガエデを何故殺した」
「こ、殺す気は無かった! あれは儂を思ったひとりが、先走ってしまった事だ……。功名心にはやった、儂の招いた結果じゃと、今は申し訳なく思っている」
「謝るなら本人に謝れ。おい、パガエデ! 爺さんが謝るとよ」

 振り返ってそう叫ぶと、ひとりの男がエルフ達の中から現れ、族長の前に立った。

「─── なっ! パガエデッ! お前、何故生きて……⁉︎」
「死んだよ、一度はね。でも、生き返った。僕はもうロゥトのパガエデとして生まれ変わったんだ。あんたの一族には、もうなんの繋がりもないし、関わりたくも無い。この僕の集落には二度と近づいて欲しくない」

 月明かりに照らされ、まるで本人も光を纏っているかのように、闇に白く浮かび上がって見えていた。

「…………分かった。済まなかった、パガエデ……許せとは言わん。儂が間違っておった……」

 そう言って、族長はパガエデにも頭を地に付けて謝罪した。

「主人さ……アルさん、少しずつバルド族は変わって来ていますが、中には風習に乗っ取って生きる部族も多くあります。特に馬族は重厚な縦社会だ、この一族以外も、未だ同じような事をしてますよ。全てを変えるのは、無理でしょう」

「ん? ああ、考えならあるさ。出来るかどうかだけどな。
─── おい、お前ら一族、まだ生き延びたいか?」

 急な質問に、族長含め残った三人は惚けてアルフォンスを見返していた。

「馬族の風習を捨ててでも、生きる覚悟はあるかと聞いてる。あー、面倒臭いのは嫌いなんだ、すぐに答えなければ、ひとまず族長を殺す」
「「「ひっ」」」
「あ、ある! 俺達だって……疑問に思う所はあったんだ……でも、一族に生まれたから……」

 ひとりの若者がそう言うと、隣にいたそれより年上であろう男も頷く。

「嫌な後悔はもうしたくない。馬族の生き方だって捨ててもいい……生きたい……です」

 その言葉に族長は深く目を閉じ、唇を噛み締めていた。

「お前達に殺された者の中には、今のお前と同じ気持ちがあった事をよく省みろ……。どうだ、子の本心を聞いて、過ちを償っていく生き方をする気はあるか?」

 そう族長に問うと、彼は静かに深く頷き、口を開いた。

「……はい。儂は一族の教えを捨て、残りの命、過ちを償うために……費やしたく思い……ます」

 パガエデと顔を見合わせ、苦笑する。アルフォンスは離れて見守る人垣を振り返り、手を挙げて叫んだ。

「おお〜い、ティフォ! ちょっと頼まれてくれる〜?」
「あいな、オニイチャ」
「うおッ! いつの間にそこに……」

 馬族が束になっても、誰も取れなかったアルフォンスの完全な死角から、ティフォがひょいと現れた。

「ちょっと耳貸して。……ごにょごにょ……が……ごにょごにょ…………ごにょごにょ……」
「うん、できるよ?」
「本当に? やっぱスゲエなティフォは!」

 そう言ってティフォの両手を掴むと、ジト目を少しだけこじ開けて嬉しそうにしている。

「ん。あ、オニイチャ耳貸して」
「……え、そ、そんな……。あ、後でな……オフゥっ」

 突然、アルフォンスが珍妙な声を上げ、耳を押さえて紅潮している。が、男達の不思議そうな視線に、バツが悪そうに姿勢を正した。

「……と、言うわけで、今からお前らには、キツ目の呪いを掛ける事にしたわ」
「「「ひっ」」」
「大丈夫大丈夫。逆らわなきゃいいんだよ。んじゃ、他のも起こすか ─── 【癒光ラヒゥ】」

 アルフォンスが魔術名を呟くと、草原の至る所で青白い光が立ち上がり、倒れていた馬族の者達が恐る恐る立ち上がった。

「傷は治した。だが、命を落とした者達はそのままだ。全てを救う訳にはいかないからな……代償の頭金だと思え。おい、お前らもこっちへ来いッ!」

 触れもせず、詠唱魔術を行うでもなく、一瞬で虫の息だった者達が体を起こせる程に回復したのだ。そこにいた馬族とエルフの誰もが、毒気を抜かれたように唖然としていた。

 生き残ったのは七名。即死した者、戦いの間に絶命した者以外は、最早擦り傷ひとつ無い。

「これで生存者は全部だな。お前らは、俺に負けた。その命はもう、俺の手の中にある。今後は、俺の下僕として生きる事になるが、文句ある奴は二秒以内に手を挙げろ。即殺す」

 即断即決を迫られ、馬族の面々は無言でアルフォンスを肯定した。

「これから挙げる項目は、お前達の律だ。受け入れるのなら即返事をしろ!」
「「「ハッ!」」」
「まず、略奪だの殺しだの、他者から奪う行為は完全に過去の悪習だったと認めろ!」
「「「ハッ!」」」
「お前らは間違っていた。でも、それは他の馬族に強要すべき事じゃ無いし、間違えを罰していい事にはならない!」
「「「ハッ!」」」
「自分達の過ちから学んだ事を、広めて行け。しかし、強要は許さん!」
「「「ハッ!」」」
「狩猟だけで暮らせなくなると考え、他部族との調和、生活の術を全力で探せ!」
「「「ハッ!」」」

「─── 以上、全て受け入れると誓うか?」
「「「ハッ! 族長の仰せのままにッ!」」」

(……ん? 族長? ……俺が?)

 アルフォンスは最後の最後にモヤッとした表情を浮かべながら、手先に魔力を集めた。

「今からお前らには、約束を守るための呪いを掛ける。破った者、俺に反意を持った者は、背骨から腐れて死ね」

 男達に緊張が走る。しかし、誰もがアルフォンスの言葉に、すでに覚悟を決めていた。

─── 【淵底の隠者よ、調印せよ】

 その一言で、辺りに湿気た冷たい空気が漂い出し、地を照らす月の明かりが、影に呑み込まれて行った。完全なる暗黒と化した地面は、まるで地獄の底の沼にでも迷い込んだかのように、辺りの生命力を覆い隠していた。その異様な世界は、逃げ場のない、足の自由すら奪われたような絶望感を男達に与えた。

─── 【下僕に約束の環、契るは沼の掟】

 地の底から艶ひとつ無い、木炭粉の塊のような漆黒の小さな蛙が無数に現れ、男達の脚を這い上がって行く。男達は怯えていたが、直ぐに目の光を失い、成されるがままにしていた。蛙はへその辺りまで登ると、男達の腹へと溶け込んで行く。

「そんじゃあ、頼むティフォ」
「あい」

─── 【 こ の 一 族 に 呪 い 在 れ 】

 ティフォによる『神の呪い』が結ばれた。男達に入り込んだ蛙と同じものが、暗黒の沼から無数に浮かび上がり、青白い光の糸に引かれて空に消えて行った。

「はい、さん。これでお前らは、世にもおぞましい呪い持ちだ。もちろん、お前達だけでなく、一族郎党全てに掛かってるし、今後生まれてくる命にも結ばれる事となる。実に残念な話だな。
因みに解く方法はない異界の神の呪いを使って、この世界の法則に書き込んである。俺が死のうが、どんな神に祈ろうが、無駄だ」
「あ、あの族長……ちなみにその、呪いはどんな罰が……?」
「あん? 族長だぁ? まあいい、そこのお前、ゼルジフとか言ったな、お前が族長だ。他の奴から名前聞いてねぇし、いいだろ? 俺は『』って事で」

 余りにさっくりと族長を任命され、ゼルジフはもとより、全員が目を丸くしている。

「……ああ、呪いのペナルティだったな。お前らの背骨のひとつは、今は冥府の深淵の底に住んでいた、霊的にけがれまくった蛙が巣食ってる。そいつらは、俺と結んだ契約内容と違う事をお前らがすれば、嬉々としてお前らを食う訳だが……。
まずは背骨のひとつを腐らせて、体の自由を奪う。そうした後は、口と鼻を内側から腐らせてだな、その腐臭と味を常時堪能させて宿主を精神的に追い詰める。次に眼球と脳を少しずつやっちまう訳だが、意識を失っても、脳内で嫌な夢を見せ続けて、湧き出るお前らの苦痛を食らって長生きするんだわ。
─── まだまだあるけど、聞きたいか?」

 何人かが嘔吐した。呪いの内容を質問した男は、それを聞いた事を激しく後悔しているようだった。

「まあ、そんな所だ。俺に誓った事を違えなければ、特に変わりなく生活は出来る。約束破ろうとしてみ? 軽く警告で背中が痛み出すだろうぜ。そこで考え直しゃいいんだ。問題ねぇだろ?」

 そう言ってニィっと笑うアルフォンスの姿に、その場にいた馬族とエルフ双方が戦慄せんりつしていた。

 話が終わったと見て、ティフォがアルフォンスに駆け寄り抱きついた。それを横抱きにして、パガエデと何事か冗談を言い合っては、馬鹿笑いして去って行く。
 馬族の男達はようやく我に返り、仲間の遺体を馬に乗せ、無言のままにロゥトの地を後にした。

 ※ ※ ※

 馬族との戦いから数日、ロゥトとケフィオスの会談も進み、大分協定の内容が決まって来た頃の事だった。ティフォと朝の修練を終えようかという所で、河の方からソフィアとスタルジャが戻って来た。

「おはよう、そっちも終わりか?」 
「はい、やっぱりスタちゃんは凄いですね♪ どんどん強くなってますよ〜☆」

 そう言ってソフィアは弾むように喜んでいるが、当のスタルジャはボロボロになっていて、ボーっと死んだような目で口元だけ笑みを浮かべただけだった。

 こりゃあハッスルしおったな?

 最近、二人はかなりハードに修練を積んでいるようだった。陽のある内は現実で、夜は俺の夢の世界に入って、夜切は元より『呪われし武器連合』達と超絶な修行を繰り返しているらしい。俺もかつては里で毎日のように死にまくる程の修練をしていたが、夢の世界では死にはしないものの、一切の手加減の無い死線だらけの修練が可能になる。

 スタルジャ本人は、ボーっとしている事が多くなったが、明らかに精霊の扱いに変化が起きているようだ。まるで自分の神経の延長線みたいに、周囲の精霊と繋がり、膨大な情報を取り込んでいる。

 彼女の今の放心は、俺の契約更新時に起きた、にも似ているようだ。

 スクェアク曰く、今のスタルジャには一切攻撃性が見られないものの、絶対に手合わせしたくないとの事。……うん、分かる気がする。
これ、今でも相当ヤバいけど、仕上がったらどうなるのか。

「あ、そう言えば今朝、ノゥトハークとスクくんが『相談がある』って言ってましたよ?」
「ん? 俺に?」
「アルくんと私とティフォちゃんの三人にって言ってました」

 そう言えば、あの二人、最近なんか思い詰めてる感じだったな。

「……じゃあ、朝飯食ったら、話を聞いてみるか」

 そう言って、俺達はスタルジャの実家へと戻る事にした。

 ※ 

「あのう〜儂らぁ……。最近、夢見が悪くてぇ……」

 ノゥトハーク爺が、妙に上半身をくねくねさせて、口火を切った。隣のスクェアクもうなずいているが、見れば二人とも目の下に炭でも塗ったかのような、くっきりしたクマが出来ていた。

「……夢? 二人共同じなのか」
「「……はい……」」

 消え入りそうな声で、二人は俯いて返事をした。

「どんな夢なんだ? 呪いか何かなのか」
「それがぁ〜儂らぁ〜、ラミリア様からぁ〜オルネア様にぃ〜鞍替くらがえしたじゃないですかぁ」
「……いいから普通に話せよ。語尾を遊ばせんなって」

 言いづらい事この上ないって感じなのは分かるが、ムッキムキの老人が、しなしなしている様を見るのは拷問に近い。

「ウォホンッ! ……集落の入口に、オルネア様の像を彫った辺りからですかのぅ、毎晩ラミリア様が夢枕に立たれましてのぅ」
「……光の神が⁉︎」

 ソフィアに心救われたランドエルフ達は、元々ラミリアを崇めていたが、ソフィアの本体である調律の神オルネアにもその信仰を持つようになっていた。特にこの二人は、ガチでソフィアに入れ上げて、完全に鞍替えした急進派だ。
 確かにラミリアからすれば、裏切り者と言うか、浮気が本気になった訳だが……。

「……儂らに挨拶あいさつせぇと仰られてのぅ。でも、相手は最高神に近い神様じゃて、恐ろしゅうて恐ろしゅうて……。出来ればぁ〜そのぅ……ソフィア様にも来て欲しいの〜ぅってぇ……」
「いやいや、そんな器小さくないだろ、仮にも主神マールダーが最初に生んだ、善性の神だぜ?」

 隣でソフィアが深い溜息をついていた。
 ほらね、上司が見くびられて不快になってるじゃないさ、やっぱり二人の思い違い……

「あのクソ上司……げふん、ラミリア様ならあり得ますねぇ」
「だろ? ……って、へ? えぇ……?」
「分かりました。私の可愛い信者のお悩みですし、私が原因みたいなものですからね。話をつけたろうじゃないですか」

 何か神聖な物へのイメージが崩れてくなぁ。

「でもぉ……ちょっち遠いって言うかぁ……」
「にゃろう、出張れってんですね? 何処に顔出せってんですかやっこさんは」

 ソフィアの口調がその道の人みたいになってるし。ノゥトハーク爺とスクェアクの顔が、ずんずん申し訳無さそうになってる。

「「……ボソっ(シノンカ遺跡)」」
「は? よく聞こえませんでした。男の子でしょう? しっかり言いなさい!」
「「……シノぉ、げふん! カ遺跡……です」」

 二人は言いづらそうに、咳で濁しながら指定場所を口にする。途中で切れてたけど、察するに『シノンカ遺跡』って事か、西端にあったっていう亡国の。

「……だからちゃんと言いなさい……」
「し、シノぉ……カ遺跡ですじゃ」

─── ッ‼︎⁉︎

「えっと、シノンカ遺跡って言いたいんですね? 道は分かるんですか? どれぐらい掛かるのでしょう」
「……道はだいたい分かってますじゃ。ただ、何分大昔の地理じゃて、今もその通りかどうか……。全ては砂漠の底なんですわい。それにぃ……遥かぁ西に……600kmetッ!
─── やっぱり無理ですじゃろ?」(1kmet=1km 600km)
「……はぁ、砂漠の底だろうが、遠くだろうが、私に問題はありませんよ。アルくん……いいですよね? って、あれ? どうしましたアルくん」
「……シノンカ…………シノォ……カ……」

 んん? この響きと聞き取り難いこの状況は、前に何処かで……⁉︎

「……シノォカ…………しのおか・・・・
ああッ!! ─── 『死の丘』かッ⁉︎」

 ダランに入った初日の夜、俺の夢に現れた謎の光。あの聞き取り辛い声の意味が今分かった。

「あれは『死の丘』だったんじゃない! 『シノンカでお待ちしております』だったんだ‼︎」

 その瞬間、頭の中に甲高い錫杖しゃくじょうの音が強く響いた。それはまるで、正解を知らせる音と共に、焦れた怒りがこもってるようにも感じられた。

「あ、アルくん? どうしたんですか?」

 衝撃で放心している俺を、ソフィアが心配そうに覗き込む。

 ガッ

 思わずソフィアの両肩を強く掴んでいた。

「……ひゃん。ダメですよう、皆んな見てるじゃないですかぁ……」

 何を勘違いしたのか、ソフィアは顔を真っ赤に染めて、恥じらっている。俺はソフィアの肩を掴んだまま、裏切り信者二人組に向き直った。

 行こう、シノンカに。俺にも呼び出し掛かってたわ……。

 二人は首を傾げつつも、ホッと安堵の息を漏らしていた。

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