本文へ移動

Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第四章 草原のダラングスグル共和国

第八話 草原の白きエルフ

 シノンカ霊王朝。

 現ダルンの国土の西端に、かつて数多の神々と交信し、霊王の名を拝したと言われる王の治めた国があった。その国が滅びたのは、二千年以上も前だと言われているが、定かではない。大きな内乱から続いた幾度もの戦争、そして大規模な気候変動と天変地異に見舞われ、その文明は滅びた。

 しかし、そこに息づいていた草原のエルフと、獣人ムグラ達は未だその生命を紡いでいる。

 ムグラの民はシノンカに留まり、草原のエルフは今から五百年以上前に、東の肥沃な土地へと逃れていった。

 その後、草原のエルフは白髪の一族と、緑髪の一族とに別れた。現在のロゥトの西、ジグナ河を挟んで、エルフ族同士にらみ合うように住処をそれぞれ構えている。

 ※ 

 ジグナ河の西、支流と林に守られた草原に、白髪のエルフの里『ケフィオス』があった。魔術とまじないによって巧みに隠され、古代の秘術で守られたケフィオスは、未だ人に発見すらされていない。

 その里が今、未曾有みぞうの混乱の最中にあった。

 人にすれば、三十半ばといった容姿の族長マラルメは、水晶から壁に投影された風景を前に、頭を抱えて唸っていた。

「族長! 結界の強化が完了しました。……が、民達からは不満の声が上がっています」

「分かっている。どうせ『緑児など恐るるに足りん』とでも言っているのだろう。ここしばらく、やつらの領域から発せられた魔力の正体は、ここに映る二人のか、の仕業であろう。
くそッ! 人はおろか、悪魔の力に頼ろうとは、エルフの鼻摘まみ共の考えそうな事だ」

 マラルメは困惑していた。遠視魔術で見張らせていた術者が、突然恐慌状態に陥り、妙な事を口走ったのだ。

─── 『今からそちらへ行く、最早『緑児みどりご』などとは呼ばせん』……と

 遠視魔術は魔力で光を屈曲させて、遠隔から像を映し出す、古代エルフ族特有の魔術である。術式自体は複雑だが、必要とされるのは、ほんのわずかな魔力でしかない。使用された事に気がつくだけでも、異様に鋭い魔力感覚の持ち主だと言えよう。

 遠視魔術に気づく程の稀有な手練れだとしても、術者を捕捉して操り、話をさせるなど聞いた事がなかった。

「……この悪魔めッ! この禍々しい凶悪な力で、緑児共を手なづけたか!」

 何度見ても凶悪そのもの、遠視魔術を見破り術者を操り、流れる河を歩いて渡らせた。マラルメだけではない、この部屋にいた実力者達も、水晶から投影された光景に驚愕している。

「神聖な結界が、邪悪な者の手で暴かれるとは思えんが……備えるに越した事は無かろう」

 遠視魔術は、時折笑顔で話す緑髪のエルフ達の姿を映している。そこには、完全に心まで悪魔に操られている様子は感じられなかった。

「闘技場を用意しておけ、緑児を交渉の場に引きずり出した方が得策かも知れん。この里を悪魔のいいようにさせてなるものか!」

 古代のエルフ魔術で閉ざされて来た里は、漆黒の髑髏どくろの悪魔に備え、更なる多重結界に堅く守られた。

 ※ ※ ※

「不可視のまじないですじゃ、内側から掛けられておるようですのう。同時に絶対防御結界が、いくつも重ねられておる。これを破るのは、流石に難儀ですわい」

 ノゥトハーク爺が、目に魔力の火を灯して、ケフィオスに掛けられた魔術を見抜いた。向こう側の草原の景色が、微妙に歪んで見える程、多重層の強力な結界が張られているのが分かる。これを破るには、それこそ神の奇跡か、極大威力の魔術が必要になる。

 こちらに女神が二人いる事を、悟らせるべきか否か、現段階では何とも言えない。ここは俺が結界を無力化するか、派手に吹き飛ばすか。

「オニイチヤ、ちょっと退いて。あたしがやる」

 そう言って、旅の町娘の格好をしたティフォが、ジト目をさらにジト〜とさせて歩み出た。ソフィアの言った『クールな顔で』を守っているのだろうけど、やり過ぎて眠そうにしか見えない。

「ん? おまえ、なに見てる・・・。ちょ〜ん」

 結界の前に立った時、ティフォは突然、指をチョキにして何もない空間に突き出した。

─── ……ぎぃやあああ……

 遠くで誰かの叫びが小さく聞こえた。

「あ、ティフォちゃん。覗き魔さんにオイタしちゃいましたね? もう少し、色々見せてビビらせておこうと思ったのに」
「ん、どうせもう目の前。もう、いーよ、さっきから、チラチラうるさかった」

 あ、今のって遠視魔術の術者に目潰しかましたのか。って、あれは光の反射で像を映す魔術だよな、何で目潰し出来てんだよ? その前になんでチラチラ見られてるって分かるんだ?

「あ、ちょっと待てティフォ。強力な結界は魔術で壊すと跳ね返りが来る。
出来れば中和する方向で……」
「オッラアアアアァァァッ‼︎」

 物っ凄い前蹴りが繰り出され、衝撃波に皆んなの顔がブルブル波打ち、スクェアクが耐え切れずに尻餅をつく。仕立てたばかりの、ノゥトハーク爺の服だけが何故か吹き飛んだ。

 地面には拳ひとつ分くらいに、結界が後ろにずれた跡が空き、土が覗いて見えていた。これ、蹴りの衝撃で結界ごと街がズレてんじゃねーかッ⁉︎ 中の建物とかヤバいんじゃ……⁉︎

「お、おいティフォ、自重し……」
「オッラアアアアァァァッ‼︎」

 『何だろうこの既視感』そう思った時、硝子の割れるような音が壮大に響き渡った。結界の破片が崩れ落ちながら、魔力の霧となって、空中に消えて行く。そうして目の前に、白い建物の並ぶ風景が姿を現した。

 そこには白い髪のエルフ達が集まり、呆然とこちらを眺めている。と、誰かが怯えた声を上げた途端に、エルフ達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
 我先にと奥に駆け出し、ある者は転び、ある者は突き飛ばし、見るに耐えぬ情け無い模様が繰り広げられている。

「……あのような幼き子供を、置き去りにしてでも逃げ出すか。数百年も隠れて暮らすとは、これ程に肝を小さくするものか」

 ノゥトハーク爺の、ため息混じりの声が、人の居なくなった里の入口に響いた。

「…………あ、う……ああ……」

 端の方で転んだのだろう、若いエルフの青年が腰を抜かして、這いずりながらこちらを怯えた目で見ていた。その青年に歩み寄り、手を差し伸べる者があった。スタルジャだ。
 しかし、青年は彼女を見るなり、急に侮蔑ぶべつの色を目に宿し、吐き捨てるように言った。

「クッ、薄汚い緑児みどりごめ……!」
「そう言う貴方は何? 地を這いずる程に怯えて、貴方の高潔なはずの種族は、仲間も子供も見捨てて逃げたじゃない。草原のエルフでしょ? 立ち向かおうともしないで、恥ずかしくないの? 」

 差し伸べた手を戻し、スタルジャはそう吐き捨てると、こちらに戻って来た。怒りとも悲しみともつかない、微妙な表情が彼女の目元に影を下ろしている。

「……無理もないよスタルジャ。彼らはずっとここに隠れて生きて来たんだ。思い込みで発する言葉なんて、君が真に受ける価値のあるもんじゃない、気にするな」

 そう言うと、彼女は目元を紅くして、弱々しいながらも微笑んで、ふわりと抱きついて来た。

「うん、ありがと。でも、大丈夫だよアル様。言葉で傷ついたんじゃないの、こんなに弱い人達に、私達がさげすまれていたんだって事が、虚しくて哀しかったの」
「なら、なおさらだな。今日から自分を恥じる事になるんだよ、彼らは。他者を蔑むのは簡単だけど、一度自分を蔑んだ者は、重い物を背負う事になる。それこそ、生き方が変わるくらいの、運命の転換が必要になるだろうし。彼らのこれからの方が、もっと辛いかもな」

 そう言うと、ランドエルフの三人がうなずいた。今まで蔑まれていた自分達が、運命に寄り添って生まれて来た新しい種族だった訳だ。そして、それを排斥していた白髪のエルフの方が、草原のエルフとして進んでいなかったのだから。その事実が、今の情け無い逃走劇ではっきりと分かってしまった。

 誰一人立ち向かおうともしない彼らには、種族を想う強さも、絆のある思い遣りも育っていないようだった。

「な、何用か! 緑のエルフ達よ!」

 奥から白いローブを着たエルフが、数人引き連れてやって来た。『緑のエルフ達よ』と言いながら、視線はずっと俺の方に向けられていて、明らかに怯えているようだ。

「ここは我々、草原のエルフの領域。其方そなたたちが足を踏み入れてよい場所ではないのだ!それもこのような、怪しげな別種族を引き連れて来るなど……
曲がりなりにも孤高たるエルフの気概は─── 」
「そちらの建前口上はいらぬ。我等はここに、草原のエルフの未来について、対話しに来たのじゃ。
……久しいのうマラルメよ。」
「あ、貴方は……ノゥトハーク! まだ健在で……いや、失礼。一体、なんの御用向きか」

 マラルメの威嚇の色が、やや弱まったようだ。
 ノゥトハーク爺は千五百歳を超えている。ランドエルフが排斥されてから、五百年程度だし、これまでも何度か二つの種族は対面して来たと言う。何らかの関係が、二人にあったのだろうか。

「アフマルは、どうしておる?」
「叔父上は……草原に還られた。今は私がケフィオスの長。御用あらば私が伺おう」

 マラルメの目に虚勢が宿った。里の代表である威厳を、彼はどうしても示さなければならないのだろう。

「─── 私達『緑髪のエルフ』が、貴方達『白髪のエルフ』と変わらぬ、神聖に近い存在、エルフである事を証明しに来たのよ」

 スタルジャがおくする事なく前に出て、マラルメ達の前に立った。

「エルフである証明……? ふん、その貧弱な魔力で何を言うかッ!」

 マラルメと幹部らしき三人が、内に秘めた魔力を解放した。人間族とは比べ物にならない、魔力の圧力が発せられ、空間にゆらゆらと歪みが起きる。

 スタルジャの言うように、エルフとは人族の中で最も、神聖な存在。人目に触れる事は稀だが、冒険者にはこんな言葉がある。

─── エルフを殺るなら、魔力を解放する前に仕留めろ

 神聖に近い彼らは、無益な殺生を好まない。しかし、本気で戦いに追いやった場合、彼らの魔術には、人間の魔術など歯牙にも掛からないからだ。
 すでにケフィオスのエルフ達は、魔力を解放してしまった。その魔力量は、ランドエルフ達の持つ魔力量を遥かに凌ぐ、別次元のものだった。しかし、スタルジャはその圧倒的な魔力を前に、頰を上気させてニコリと微笑んだ。

  ……ヒィィィ……ィィ……ン……

 彼女の体を、眩い光が包み、絶大な魔力が大地を通して突き上げた。甲高カンだかい音を立て、その魔力は延々と高まり続け、周囲数棟の建物の外壁に、大きなヒビを走らせる。

「その程度、森のエルフには及ばない。自然と共に生きる、私達『緑髪のエルフ』の前にも、最早なんら脅威ではないのよ」

 彼ら白髪のエルフが居座っただけあって、この土地は自然の力が豊かなのだろう。彼女の周りには、この地に宿る数多の精霊達が集い、光の球となって回転を始めた。

 精霊との常時接続。

 今、彼女は精霊そのものの力を持ち、さらにその力を練り上げて纏った、守護神ともなり得る精霊族と同等の力を得ている。

「…………な、こ、これはッ‼︎⁉︎」

 マラルメの顔が絶望の色に染まる。取り巻きの手練れ達も、魔力への集中を欠き、その緑児の娘に目を奪われていた。

「さて、挨拶はこれくらいで良いじゃろう。どうじゃ? この分じゃと、この娘だけでなく、ロゥトの者全てが、お前さん方を超えておる。
……もう間も無く、同じ緑髪のエルフの集落が、あと四つ、全てそうなる予定じゃが?」

 ノゥトハーク爺の言葉に、マラルメ達は目を見開いて、ただ固まるだけだった。

「儂らは草原に選ばれた、次代のエルフ。お前さんらと同じ、白い髪じゃった儂が、何故あの時、突然にして緑の髪になったのか。あの時は分からんかったが、今なら分かる。
儂らは草原に生きる、精霊の民として選ばれ、儂は彼らが育つまで見守る役目を与えられたのじゃと」

 そう言ってソフィアの方を見る、彼女はそれに微笑んで頷き、ノゥトハークを肯定した。

「ここにはのう、それを証明し、宣言をしに来たんじゃよ。我ら緑のエルフは『ランドエルフ』として、新たに自然と共に生きる種族として名乗る事をの。そして、ケフィオスの白きエルフと、協定を結ぶ為にここへ来たッ!」

 ノゥトハーク爺の言霊を孕む強い言葉が、マラルメ達を正気に返した。
 ……が、永きに渡る彼らの常識は、そう易々と翻るものではないらしい。

「─── 何が『ランドエルフ』かッ‼︎」

 怒りに震え、マラルメはキッとノゥトハークを睨んだ。

「それに『』だとッ⁉︎ ノゥトハーク! 貴様は歳を取り過ぎたのだ! 神の御意思を語るとは、思い上がりにも程がある!」

 マラルメの怒声と共に魔力が膨れ上がり、空気までもが震え出す。

─── 神ならここにおりますよ

 ソフィアが神気を解放し、凛と透き通った声を発すると、それは強力な言霊となってその場の全員の心に刻み込まれる。

─── 私は【調律の神オルネア】ここにいるランドエルフ達を祝福し、神勅しんちょくを与えました

─── この者達は、土を愛し、雨を喜び、風の恩恵を受け、光の慈しみを持って、植物と共に生きる自然と調和せし者

─── その力は自然と精霊とに、マナの力を共有し、協力して生きる『大地のエルフ』なのだと

 神気の込められた言霊が、更に精霊達を呼び集め、ランドエルフの三人が強い光に包まれる。それは歓喜に満ち溢れた、大地の讃歌の如く、清浄な風を引き込んでいた。

「ふざけるなッ! 何が神かッ! そこの女、神の名をかたるとは、何と烏滸おこがましく不遜ッ」

 ピシィ……ィィ……ンッ

 マラルメの言葉に、ランドエルフ三人から、刃の如き殺意の込められた、壮烈な魔力が噴き出した。

「この言霊も聞き取れないなんて、何て霊的に鈍い人達なのかしら……」

 スタルジャが憐れなものを見るように、冷ややかな口調で呟いた。その横には怒気の塊となった、スクェアクとノゥトハークの、全てを切り刻むような殺気が渦巻いている。

「……お前、オルネア様に何を言った?」

 スクェアクが髪を揺らして浮き上がると、精霊の球が無数に現れて、彼の周囲を高速で周り始める。上空には暴風が吹き荒れ、暗雲が立ち込めていた。

(うわぁ、三人共めっちゃくちゃキレてんなぁ……天候まで同調してんじゃねぇか)

………… ねえオニイチャ、こいつら滅ぼしていーい?…………

………… 俺もキレてっけど、自重しとけ! これは三人が未来を勝ち取る、外交みたいなもんだ…………

 すかさずティフォから不穏な念話が来て、余計に冷静になれた。よく見ると必死で神気こそ抑えてるけど、ティフォの触手が、膨大な数に増えて踊ってる。不可視だから良いけど、実体化してたら日光届かないレベルだよ。

「……落ち着け。ここに何しに来たのか思い出せ」

 俺の声に、その場にいたエルフ全員が、ビクリと体を震わせた。あれ? ソフィアを貶されて、俺も気が立ってたからなぁ。鎧から、周囲全てを刺し殺しそうな程、鋭い殺気が出てていた。

「フフ……この老骨まで我を忘れておったとは、情け無い姿をお見せしてしまいましたな。しかし、アルフォンス様には適いませぬな、全く底が見えぬとは、肌の粟立つ思いじゃて」

 そう言ってノゥトハークが笑うと、スタルジャとスクェアクも、何とか我に返ったようだ。ノゥトハークは笑いながらも、未だ鋭い眼光そのままに、マラルメの目を見据えた。

「……話が通じんようじゃな。ここはひとつ、我々エルフの古き伝統に乗っ取って、強き意思を見せ合おうではないか。儂らは『ランドエルフ』として認められ、この地のエルフと協定を結ぶ事。お前さんらはそれを真っ向否定する事。どちらの意思が硬いか……『意思の天秤』を申し込む」

「よ、よかろう。そちらは誰を出すつもりだ? そこの部外者達は認めんぞ」

「ふん、最初からこの方々を、避けるつもりであったろうに。まあよい、こちらからは儂とスクェアク、そしてスタルジャの三人を代表とする」

 その言葉にマラルメは、わずかに不穏な笑みを浮かべ、すぐにそれを隠した。予想されていた通り、対話での解決はならなかった。さて、残るは力で意見を勝ち取るしかないが、エルフの流儀に乗っ取って行われるらしい。
 会場に案内されて歩く最中、段々とケフィオスの人々が集まりだし、気がつけば観衆に囲まれる形となっていた。

 会場に入れば、完全なアウェーで口々に罵倒される状態だ。しかし、それを気に留める者は、ロゥト側には誰ひとりとしていない。完全に戦いへと集中し切っているようだ。

 いよいよ、ランドエルフの意思が、白髪のエルフ達へと、直接ぶつけられる時がやって来た。

 ※ ※ ※

 その時、僕はレゼフェルと水車小屋で図面を広げて、水路計画を話し合っていた。

「しっかし、人間ってのは恐ろしいもんだな。こうやって図面を見りゃ分かる。俺達よりずっと寿命が短いってのに、よくもまあこれだけの知恵を練り込める」
「うーん、僕ら馬族もここまではしないよ。これはアルさんが教えてくれた、外国の街によくある機構らしいけど。寿命が短いのがミソかも知れないよ? 
出来る事が限られてくるから、必死に知恵を絞るんだし、後を継ぐ人に分かりやすくしないと、自分の意思が残せないから」

 そう言うとレゼフェルはうーんと唸って、また図面に夢中になった。

「おおいッ! 大変だッ‼︎」

 ダルディルの声が外から聞こえた。表を見てみれば、珍しくかなり必死な様子で、丘を駆け下りてくる。

「何だ何だ一体、そんなに慌ててるなんてお前らしくもない」
「ハァッ、ハァッ! ……お、落ち着いてなんかいられるかッ! 来たんだよ、奴らがまた来たんだッ!」

 水車小屋の前で出迎えた僕らに、ダルディルは息を切らせて、必死に言葉を紡ごうとしている。本当に珍しいな、普段はおちゃらけてるけど、芯は何処か落ち着いてる人のはずなのに。

「だぁから、奴らって誰の事だ? 白髪のエルフでも攻めて来たってぇのか?」
「ハァッ、ハァッ……そ、そんなんじゃねぇ! 馬族だ! 『月夜の風狼家』の奴らが、仲間を引き連れて来やがったんだ!」

─── 瞬間、レゼフェルに殺気が走るのを感じた

 彼は過去の交戦で、娘を殺されている。僕は胸がどきりと強く打って、全身に冷たい血が流れる錯覚を受けた。レゼフェルやロゥトの皆に対する想いもあるけど、それ以前に僕のつけなければならない、もうひとつのけじめが、唐突にやって来た。
 僕が一族を捨てたのは、あくまで僕の一方的な決意でしかない。

「……僕の……一族が?」

「そうだ。お前とスタルジャを出せと言ってる。今は手練れの何人かで対応してるが、奴らはかなり焦れてるみてぇだ。いつ暴れ出すか、分かったもんじゃねぇ!」

 僕の命を狙った時、差し向けられた戦士達は、ソフィア様に気絶させられて無傷だったはずだ。葬い合戦ではないとすれば……狙いはただひとつ、僕とスタルジャの命だけだ。

「あっ、おい待て! お前が行ったら……おいッ! パガエデッ!」

 後ろでダルディルの叫び声が聞こえた。僕は気がつけば一心不乱に、集落へと駆けていた。

 僕の家族は奪わせない!

 今はランドエルフ達が、簡単に殺されるとは思えない。でも、叔父上達のやり口も知っている。彼らは短絡的だけど、やる時は容赦をしない性質だ。

 丘の上まで一気に駆け上り、集落の方を見ると、入口に人垣が出来ているのが見えた。双方殺気立っているのが、一目で分かってしまった。ロゥトの皆んなにとっては仇、月夜の風狼家にとっては、取るに足らない敗者の小さな集落の亜人達なんだ。でも今の実力差は、比べ物にならないくらい、ロゥトの方が上。
 それを現すように、声を荒げているのは人間側だ。

「僕だ! パガエデだ!」

 そう叫ぶと、皆んなは道を開けてくれた。

「パガエデッ! やっと見つけたぞ!」

 叔父上の目は獲物を見つけた蛇のような、冷たくゾッとする殺意があった。

「何をしに来たんですか! 僕らはもう、一族には必要がないはずだ!」

 革新派の父上が去った今、彼らにとって僕は邪魔でしかない。馬族として生きるにも、この集落と土地は魅力は無いはずだ。

「何を言ってるんだパガエデ。お前とスタルジャは儂ら一族の物だ。自分の物を取り返しに来て何が悪い? お前はこれから我家に戻り、交易で役に立ってもらう」

 今更来た理由が分かった。この間の交易が噂に流れたんだ……。

 エルフとの交易が話題にならない訳が無い。その代表として前に出たのが、バルド族の男だと知られれば、彼らの耳にも確実に届くだろう。その可能性は考えはしたけど、まさか僕とスタルジャを奪いに来るとまでは思わなかった。
 スタルジャまで狙うのは、交易の時に箔をつける為くらいに考えているんだろう。

「交易……保守派の叔父上が何故、そんな事を。父上が進めていた時は一度だって……!」
「黙れ! 伝統をないがしろにする輩はいらんが、金と伝はいくらあってもよい。お前をまた使ってやろうと言うのだ。こんな泥臭いラウペエルフ共と居て、馬族の男が何とする!」

 何だ、コイツは何を言ってるんだ⁉︎ 僕とスタルジャを物扱いして、父上を愚弄ぐろうし、結局は父上の考えの美味い所だけ欲しいと、臆面おくめんも無く口走った!

 頭に血がのぼる。

 自分でも何をしているのか分からなくなるなんて、初めての事だった。

─── 気がつけば叔父を殴り飛ばし、馬乗りになっていた

 ロゥトの皆んなの慌てる声と、元身内の男達の罵声が遠くに聞こえる。何度目かの拳を、叔父の顔面に叩き込んだ時、僕の喉元を焼けるような熱い何かが走った。
 生温かい湯が服を濡らす不快感。その飛沫が目に入って、叔父の顔の位置が見えにくい。

 何だこの湯は、邪魔だ……!

 そう心の中で叫んだ時、僕の体から突然、力が抜け落ちた。

「……かひゅ……ぐ……かはっ……!」

 喉元が焼けるように熱い。気がつけば元身内の一人が、僕の髪を掴んで、煙たそうな顔をして見下ろしていた。

 何でコイツは血だらけなんだ……?

 その手にはナイフが握られていた。熱を持った自分の首に手を当てる。

 自分の指が、喉の中を探る感触がある。手の平に当たった血飛沫が、跳ね返って顔を濡らす。
 『ごめんね』誰に対しての言葉なのか、僕の口はそう言おうとしたけど、喉はもう声を作ってはくれなかった。
 皆んなの叫び声が、水の中から聞いてるみたいに、反響してくぐもっている。

 もうスタルジャに会えないのか。

 世界が暗くなった時、僕はただぼんやりと、それを悲しく思った─── 。

【続きは下の『次へ』】

\ ▼どちらかをクリックで応援お願いします!▼ /

このまま読む

同章の他話

関連資料リンク

コメントをどうぞ

コメントは承認制です。当方で承認されるまでは記事内に掲載されません。

過剰な煽り・加害性等が認められる場合や著しい事実誤認等が含まれている場合は承認しません。

承認後でも、問題があると判断した場合はこちらの判断により削除する可能性がございます。

※メールアドレスが公開されることはありません。