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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第四章 草原のダラングスグル共和国

第三話 草原のエルフ

 地面に残された蹄跡の歩幅が変わり、血痕がそこから途切れていた。ティフォの触手も、馬が向かったであろう位置を指して、ピクピクと早目に先を動かしている。

「……ここから馬に乗って、集落に向かったってのか? あの傷で?」
「ん、まちがいない」

 魔族に襲われた生き残りの内、背後から爪で貫かれたはずの、兄の方が見当たらない。急所を外れていたとしても、治癒魔術でも使わなければ、そう長くはもたない深手のはずだ。

「あ、兄上の事だから……。一族を連れて弔い合戦をするつもりかも知れません」

 俺とティフォの後ろから、おずおずと馬族の少年が声を出した。うーん、彼はあの時、俺に掴みかかろうとするくらいの、酷い興奮状態だったからなぁ。

「途中で倒れてたら事だ、お前達の集落まで案内してくれないか? 俺達の事が誤って伝わるのも嫌だし、お前達の父親の最期を話す必要もあるだろうし」
「……やめた方が……いい。父上は改革派で外国人に理解があるけど、元々族長達は反対派なんです。兄上も父上の手前、受け入れているように見せてたけど、本当はその……外国人が嫌いで……」

 末息子、パガエデは言いにくそうにうつむいて、語尾を濁した。ここの国も、世界流通の波で揺れてるって事なのかな?

「スタルジャだって、本当は殺されるはずだったんです……。でも父上がかばって、うちの奴隷にするって言ったから、族長達はずっと嫌な顔してたけど……」

 スタルジャと名を呼ばれた奴隷は、あの時、ソフィアに視線を送っていたが、今はずっと顔を伏せたままだった。

「それじゃあ、この子はもう集落には帰れないって事にならないか?」

 パガエデはビクッと身を強張らせ、スタルジャの方を振り返った。スタルジャの目元は影になって見えないが、どこか口元に、微かな笑みが滲んでいるように見えた。

「お前はどうするんだ? 今ならお前のいた場所に帰れる。このどさくさだ、逃げたって誰も責められはしないだろ?」

 そう問うと、スタルジャは顔を背けて、答えようとしない。

「あの……! き、気を悪くしないでやって下さい。スタルジャは誰にだって、こうなんです。僕にだって一度も……」

 パガエデはそう言うと、目元を真っ赤にして、気まずそうに口を歪めた。ん? なんか引っ掛かる表情だが、今はそれより聞いて置きたい事があった。

「スタルジャ……と言うそうだな、俺はアルフォンスだ。まあ、お前の進退について、俺は何も出来ないし、口を挟むつもりはない。そこは男として自分で決めればいい。ただ、ひとつだけ教えてくれないか……さっきの事だ。
─── 何故、彼女の事を見つめていた?」

 そう言ってソフィアを指差すと、スタルジャはワナワナと震え出した。伏せた顔がみるみる紅くなって行く。意味深な表情だったし、今パガエデが『誰にでもこうだ』って言ってたから、なんかあんのかと思ったが……。あれ? もしかしてただ見惚れてただけなの?

「あ、済まない。お前も男の子ってだけだったか、今の質問は忘れて─── 」
「………………じゃない……」

 彼は更に震えを大きく、顔を真っ赤にして、何かをつぶやいた。パガエデが何故かえらくオロオロしている。

「……? すまん、よく聞こえなかった。失礼な事を聞いて悪かった。
で、パガエデ、お前はこれから─── 」
「男じゃ、ない!」
「…………へ?」

 真っ赤な顔を上げて、急に大声を出した。

「…………男じゃない……? え? 君は女の子だったのか……⁉︎」

 バサッ!

 草の上に布の塊が叩きつけられた。スタルジャの頭に巻かれていたものだった。

「こんな格好で悪かったなッ! 私はこれでもオンナだ!」

 突然出された大声に、パガエデまで『しゃべった!?』みたいな感じで、スタルジャの横顔を二度見していた。ホントに話しをして貰えてなかったんだな。

 って、驚くべきはそこじゃない!

 薄緑色のショートヘア、褐色の瞳、長い睫毛に白い肌。そして、長い両耳。

 長い・・両耳ッ⁉︎ 思わず兜を脱いで、裸眼でスタルジャの顔を見て、思った事を声に出してしまった。

「は? へ⁉︎ ラウペエルフッ⁉︎ ……あっ、しまった……」

 バチ〜ンッ!

って言うな! このクソ人間ッ!」

 うわぁ……ドギに注意しておきながら、俺が自分で口滑らしちゃったよ……。
 『ラウペ』はエルフ語で『地に這う』の意味……蔑称べっしょうだ。眼に涙を溜めて、顔を真っ赤にしたスタルジャは、俺の事を物凄い睨んでた。
 失言こいちゃったなり。

「い、いかんッ! ノーッ! ソフィ、ティフォ! ノーよッ! 話せばわかる!」

 二人の女神の殺気全力の神気が、大気を震わせて、バルド族の少年とエルフが泡を吹いて気絶した。  
 失神させちゃったなり……。

 ※ ※ ※

「すまなかったーッ‼︎」

 草原に大声が響いた。おどろおどろしい鎧をいつの間か脱いで、屈強な大男が土下座してる。

「ハァ……。人間となんか話す事なんかな
─── びくっ」

 ロープで簀巻すまきにされた、この男の連れの女二人が、またあの『怖い空気』を巻き上げてる。

 何、あの二人……破壊神か何かなの? 二人とも多分人間じゃない、精霊? いや、多分もっと怖い人達だ。紅い髪の女は、魔族の戦士をおもちゃみたいに殺してたし。白金の髪の方は……いや、きっと勘違いだ。
 そうだったら、人間なんかと一緒にいるわけないもの。

 それに───

「だから、ノーよ? ソフィもティフォもノーなの。優しくね、俺が悪かったんだから、今は話ややこしくしないで、ね?」
「……ハァ、このささくれ立った心を癒せる方法は、ひとつしかないんですけどねぇ。あの小娘を、八つ裂きにする以外の、優しい方法は……」

 え? 今、なんかスゴイこわいこと言った⁉︎ 男の方は、顔を真っ赤にしてオロオロしてる。

「え⁉︎ こ、ここで……⁉︎」
「オニイチャ、早く、あとがつかえてる。うぅ、じびょーの触手がぁッ!」
「持病なのかよ! え、俺のこれも感染させたって事になるよ⁉︎」
「「はーやーくーッ!」」

 はぁ、何やってんだか、やっぱり人間なんてうるさくて愚かで……

 ちゅ……っ ちゅ……

 え? 何してんの⁉︎ うそ、や、えぇ⁉︎ き、キス……?
 は、ふわ、はわわわわぁ〜ッ ///

「……ちょっと話すだけだから、ね?」
「「はーい♪」」

 わ、こ、こっち来た! く、唇が潤ってるぅ〜ッ⁉

︎「申し訳ない。これであの二人も君にを向ける事は、しばらくはないだろう。改めて、酷い事を言ってしまった、許して欲しい。この通りだ‼︎」

 『殺意』て、やっぱ殺す気だったの⁉

︎「も、もういい! いいから頭を上げて、あの二人に殺される……!」

 今は確かに『怖い空気』は出してないけど、今度は何故か二人の周りの草が、散り散りになって消えてってる。簀巻きにされてるのに、何をどうやってるの⁉︎ 貼り付けたような笑顔が、余計に怖い!

 と、その時、懐かしい音の旋律が、私の耳に透き通るように届いた。

『……実は『ラウペ』の意味を、存じておったでござる。それがしはハイエルフの義父の手にて育てられ候。エルフの言語も、習得してちょうだい仕って候……』

─── ふぇッ⁉︎ エルフの言葉を喋った!?

『……あ、あなたのエルフ語は、なんだか物凄く古臭いけど、確かに文法も発音も、ネイティブなエルフ語だわ……』
『何と! それがしの言葉は、古臭いでござ候か! セラ婆殿……お歳を召しておられた故に。其方らダルンに住まう、エルフ族の呼び名が分からず、耳にしていた名を呼んでしまった事、平にご容赦願い仕る』
「ご、ごめん! 貴方のエルフ語、頭痛くなりそう。人間語でいいから。貴方に悪意が無かった事もよく分かったし」

 なんかションボリしてる、ちょっと可愛いかもこの人間。それに言葉遣いは変だけど、久しぶりのエルフ語の会話、ちょっと嬉しかった。

 エルフ語は魔術に近い、言霊そのもの。人の身で扱うなんて、相当な努力をしたはず。

 この人の言霊は、澄み切っていた。

 悪い心の持主じゃ、あんな響きは出せない。もしかしたら、私の言霊の方が曇っていたかも知れないって、恥ずかしくなってしまった。

「あ、ありがとう。本当に申し訳なかった、とっさの事で驚いてしまって、配慮が無かった。
……そんなに俺のエルフ語って、変?」
「くすくす。なんだか幼い頃に見た演劇の、大昔の任侠エルフっぽかった。どんな方だったの? 貴方のお義父とうさん」
「あー、義父とうさんは剣士でね、俺が七つの頃に死んだんだ。言葉を教えてくれたのは、精霊族のお婆さんでね、歳はその……俺のエルフ語から察して欲しいと言うか……」
「あ、貴方、精霊族と知り合いなの⁉︎」
「たまたまだよ」

 道理で魔術のレベルが頭おかしいと思った。【針雷ニード・スンデル】なんて、単体を痺れさせるだけの、初歩の雷撃魔術なのにアレだもん。それに無詠唱だったし、魔力の制御も一瞬で、訳が分からなかった。

「うん、精霊族に教わったんなら、貴方の発音の古臭さが分かるわ。あの人達、生きてる桁が違うもの。だからこそ、貴方の言葉遣いで、それが嘘じゃないって分かったわよ」
「ありがとう。所で君はこれからどうする? 通り掛かった縁だ、助けられる事があるなら、協力はするが……」

 離れた所で、パガエデがビクっとした。彼はいつもそうだ、臆病で弱虫なクセに、私の事にいちいち首を突っ込んで来る。苦手なのよね……だって、臭いんだもん……。
 あの集落の人間達も、街にいた人間達もそう、お風呂にも入らないからちょっと。私達エルフは五感が鋭いから、嗅覚だって人間とは違う。もう奴隷にされてもう何年も経ったけど、未だに慣れない。
 この三人は違うみたいだし、他の国から来たって言ってたけど、もしかして人間全部が臭いって訳じゃないのかな?

「……大丈夫か? そうだよな、いきなりこんな事になったんだもんな。困らせたのなら謝る」
「あ、ううん、違うの。臭いの事で考え込んじゃっただけ、これからの事は何も考えてなかったの」

 この人、アルフォンスって言ったっけ? さっきからちゃんと謝ってくれてるけど、どんな人なんだろう。人間ってみんな謝らない奴ばかりだと思ってたんだけどな……。
 私の事を本当に心配してくれてるみたいだし、いい人なのかな、精霊族とも知り合いなんだもんね。

「もし、本当の家に帰りたいのなら、早く決めた方がいいかも知れない。もし、あの馬族の長男が、弔いに仲間を連れて来たら、君はまた強制的に連れ戻される可能性もあるんじゃないか?」
「ッ! そ、そうね。私は人質って言うか、生贄みたいなものだったから……。
ブラウルが死んでしまった以上、彼らは私を慰み者にするか、すぐに殺すでしょうね」
「そ、そんな事、ぼ、ぼくがさせない!」

 パガエデが急に大声を上げて、近づいて来たた。やっぱり盗み聞きしてたんじゃない、それを恥もしないでズケズケと。どうして人間達って、こうデリカシーが無いのかしら!

「ぼ、ぼくが君を守る!」
「…………弱虫の貴方に、何が出来るって言うの、あっちに行って!」

 うぅ、臭い……。

「そ、そんな……。確かに今までぼくは弱虫だったかも知れないけど……
ぼっ、ぼくは! き、きき、君のことが」
「そこまでだ、もう遅い……『月夜の風狼家』のお出ましだ。それも、どうやら話す気はないようだ」

 シュルル……ストトトトト……ッ!

「ゆ、弓を使った⁉︎ いきなり⁉︎ て、敵扱いじゃないかッ! おおい! ぼくだ、パガエデがここにいるぞ! 矢を放つな!」

 あれは集落の戦士達だ、パガエデが叫んだのが聞こえたのか、馬上で何やら指示を出し合ってる。そしてすぐに向き直り、こちらを見ると、大きく膨らむように分かれて早駆けを始めた。
 青空の下に、刃の反射が一斉にきらめいた。

「……抜いたな。二人は下がってろ」

 アルフォンスが剣を抜いた。魔剣なのかしら、物凄く禍々しい不気味な風を纏ってる……。

 でも、魔剣が持主に愛おしそうに微笑んでるような気がする。

 この人は、一体何者なんだろう?自分の命の危機が迫っていると言うのに、私は彼の大きな背中に、興味を惹かれて仕方がなかった。

 ※ 

「チッ! 風の機嫌が悪ぃ、矢が当たらねぇ!」
「なぁ、オイ。パガエデが止めろって騒いでるぞ? 本当にやるのか……?」
「当たり前だ。ブラウル亡き今、もう俺達の伝統を侮辱するものはいない。パガエデには悪いが、兄と同じ所に行ってもらおう」
「……まあ、すでにひとり殺っちまったんだ、後には退けねぇか!」

 流石は草原、遮蔽物しゃへいぶつのない場所は、俺の【地獄耳デビルイヤー】がよーく仕事するなぁ。長男はすでに殺されていたか。
 『利害が絡むと血も涙もない』だったっけか、ドギのバルド族講習、すげぇ役に立ってんじゃねぇか!

 ブラウル亡き今、改革派を根絶やしにするつもりって事ね。なら、火の粉は払うまでだ。

─── 【斬る】‼︎

 彼らの握る薄く幅広でしなりのいい柳葉刀りゅうようとうの刃が、草原の空に砕け散った。同時に、いきなりあぶみを失った数名が、派手に落馬する。落馬を堪えた者達も、武器と鐙を失って勢いを急激に失い、馬のコントロールを乱した。

 ここで一気に決めるか。そう思って、夜想弓セルフィエスを喚び出そうと手を用意した時だった。

─── 【 息 あ る 事 の 幸 福 を 知 れ 】

 どこまでも透き通った、凛とした声が世界に響いた。突如、迫り来る馬族達が、胸や喉元をむしりながら、馬上から崩れ落ちた。

「あれ……殺しちゃったの!?」
「いいえ、血の中の成分を少し奪っただけですよ。急激に脳が窒息して、失神しただけですから、心配はいりません♪」

 今の『神の呪い』だよな? ティフォの成長もヤバイけど、ソフィアの奇跡も大概だ。
 パガエデが混乱して、上ずった声を出してるけど、それは親類が襲って来た事に対してなのか、ソフィアの起こした目の前の事態に対してなのか。

「……やっぱり、私は殺される事に……なっちゃったみたいね?」
「そうだなぁ、目撃者も残さない勢いだったし、そのつもりだったろうな。もうすでにひとり殺してるみたいだしな」
「え? 貴方にもさっきの会話が聞こえてたの⁉︎ ……貴方たち、本当に人間? さっきの技も何? 魔力が凄く動いたけど、今のは魔術じゃなかった……」

 スタルジャが不審げな顔をしている。流石はエルフか、魔力の動きには敏感なようだ。その横でパガエデが、膝をついてブツブツと何かを呟いている。

「まあ、魔術みたいなものだ。俺達も冒険者の端くれだからな、戦闘の技術は独自に磨いてる。それよりも、今は今後の事だ、これでパガエデも居場所を失った訳だが……?」
「……ぼくは……誇り高き戦士、ブラウルの息子……ぼくは……誇り高き戦士、ブラウルの……」

 あぁ、壊れちゃったか。純朴そうな少年だもんな、身内に親兄弟が殺されて、自分も狙われてるとなれば……そりゃあ無理もない。

「取り敢えず、ここから移動して、パガエデを受け入れてくれそうな集落を探しに行くか。スタルジャ、君は自分の所には戻れそうか?」

 何て微妙な顔をするのか。見た目には、ティフォとソフィアの中間くらいの、あどけなさの残るエルフは、眉を困ったように寄せて頼りなく微笑んでいた。
 直ぐに帰りたいと言い出さない時点で気がつくべきだったか。

「どちらにしろ、ここを離れた方がいいだろう。パガエデの馬族とは関わりのなさそうな集落があればいいが……。取り敢えずは、このまま北上して街を目指す方がいいだろ」

 そう言うと、パガエデは少し驚いたような顔をしてうなずいた。スタルジャも小さく頷く。

「今後の事も、ゆっくりでいい、話しながら歩くんだ。重たい気分の時は、少しでも話した方がいいし、歩きながらの方が声が出るもんだ」

 パガエデの背中に手を当てる。細く見えて、筋肉はしっかりしていた。
 二人に少しでも気持ちを軽くして欲しくて、【浄化グランハ】の魔術を掛け、汚れを落として清める。

 今までスタルジャの耳を隠していた、打ち捨てられたボロ布を、ソフィアは忍びなく思ったのかスペアの僧服を彼女に着せていた。身長はソフィアと同じくらい、最初に男だと間違えたくらいだしな。

 僧服に袖を通した彼女は、すらっとしたなかなかの美人さんだった。幾分か気持ちが晴れたのだろうか、スタルジャはやや顔に明るさを取り戻し、ソフィアに礼をしている。そこでもやはり、畏怖と歓喜の混じったような、不思議な表情でソフィアを見ていた。

 彼女はソフィアに、何を思っているのだろうか。

 ちなみに色々と起こり過ぎて忘れかけていたが、突然襲ってきた魔族は何だったのかと、対峙していたティフォに聞いてみたが『ん、小物。ろぼーの石』と興味なさそうに言っていた。
 少なくともヒルコを操っていた辺り、魔族なのは確定なんだけど、何にも分からないうちに死んでしまったからサッパリ分からなかった。

 ※ ※ ※

 ぼくが初めてラウペエルフを見たのは、八つの頃だった。

 酷く日照りの続いた年で、鳥も獣も獲れなくなったぼく達の一族は、西側のまだ獲物の多い地域に移動していた。ようやく馬を充てがわれたばかりのぼくは、皆におだてられながら、必死に家族の後をついて行くのがやっとだった。

 狩りをしながら移動して行くぼくらにとって、獲物を狩る事は、直接命に繋がる。

 あの時、とてもひもじい思いをしたし、大人達が皆、辛そうな顔をしていたのを、今でもはっきりと覚えてる。何日進んだのか、ある時から急に獣が多く見られるようになって、毎晩のように宴をしては、西へ西へと進んで行った。

 そんなある日、ぼく達は遠くに、風変わりな集落を見つけた。

 牛、馬、山羊、羊……家畜がほとんど見当たらないその集落には、牧草とは違う植物がたくさん育てられているのが見えた。それが畑と言うものだと、ぼくはその時、初めて知った。
 馬族と遊牧民以外の、農耕民族を見たのは初めてだったんだ。

「─── ありゃあ、エルフ・・・か! 初めて見たぞ。そうか、あいつらは狩りをしないからな、だからこんなに獣が多いのか、この辺は」
「どうする? 思い切ってやっちまうか。大した数じゃねぇし、見れば男達もほとんどいねぇ」

 獲物の数が足りていれば、遊牧民達と交易もするけど、足りなくなれば力で奪う。野蛮な事だと父上は言っていたけど、ずっと馬族はそうして生きて来たと、族長達は当たり前の事だと言っていた。

「この辺はまだエルフの勢力圏の入口だ、あそこの集落は小さくても、その後ろは分からん。余計な騒ぎは起こすな、戦になったらどうするつもりだ!」

 父上がそう言うと、みんな黙ってしまった。誰もが父上を尊敬しているのだと、その頃のぼくは誇らしく思っていたりした。結局、問題を起こさないようにと、族長の息子達が狩りの許可を取りに行って、その間、ぼく達はそこから少し離れた場所で狩りをする事になった。

 交渉に行った人達が帰って来たのは、日が暮れた頃の事。

 大人達が声を荒げて話し合っているのが、とても怖くて、テントの中に縮こまっていたけど、よく聞こえてしまったし、その内容は忘れもしない……。

「狩りの許可どころじゃねぇ! アイツら、俺達をまともに見ようともしねぇで、顔を背けたまま『帰れ』の一点張りだったんだ!」
「……だからってお前!」
「それだけじゃねぇ! 獣を食う俺達は、獣以下だとか抜かしやがって、挙げ句の果てには俺達の神『風狼』を、存在しもしない寝言だと言いやがった!」
「「何だとッ‼︎‼︎」」

 戦士達が一気に殺気立つのが、テントの中からでもヒシヒシと感じられた。あれでは父上も止められないかも知れないし、もしかしたら、父上までひどい事をされるかも!
 そう思ってテントを飛び出したぼくは、みんなの集まる所に行って、その光景を目にした。

 ……ひっ!

「パガエデ……テントに戻っていろ。ここは大人の大事な話の場だ」

 いつも優しい父上の声が、凄く怖く聞こえた。ぼくは立ちすくんで足が動かなかった。

─── 男衆の服は血だらけで、手には束ねられた生首がいくつもぶら下がってた

 それだけじゃない、顔をボコボコに腫らせたエルフの母娘が、縛られて転がされていた。何人かがまだ、その二人を蹴っている。

「……あ……う、ち、父上……?」
「テントに戻れッ‼︎」

 父上の怒鳴り声で、ぼくは弾けたように踵を返して、自分の寝所へと逃げ戻る。

「パガエデ……『』なんて大層な名前が泣いてる。情け無い」
「弟の悪口は止せ、あれは知恵がある。勇気は後から育つものだ」

 兄上と父上の声が、ぼくの胸を酷く傷つけたのを覚えてる。

 その後、蹴られていた母親の方は死に、その娘を人質に、再交渉に向かったらしい。でも、あの小さな集落は、エルフ族のはぐれ者だったみたいで、エルフ族との交渉は上手く行かずに、結局交戦になってしまった。

 エルフ達の使う毒矢と魔術に、ぼくらの一族も何人か死んでしまったけど、最後は勝利を収めた。

 その時は幼心に怖かったけど、誇らしさも膨れ上がって、はしゃいだのを覚えてる。ぼくらはその地で一年過ごし、やがて今の集落の地域へと帰った。人質の女の子は、何故かそのままうちの奴隷となって、一緒に暮らす事になる。

 スタルジャ。白く美しいエルフの娘。

 ぼくが彼女に恋心を抱くのに、そう時間はかからなかった。スタルジャは誰とも顔すら合わせないし、ほとんど口を利かない。
 だけど、時折月夜に隠れて歌う、彼女の歌声に心奪われてか、ずっと彼女を目で追い続けていた。男らしく、彼女を求める事が出来なかったのは、彼女が外国人と同じ余所者扱いだった事もある。そして彼女の家族を殺したのは僕たちだ。

 でも、本当の理由は、兄上とスタルジャの言い争いを耳にしたから。

「目障りなんだよ、ラウペ! 余所者が同じ屋根の下にいるのは反吐が出るぜ! 狩りも出来ない臆病者が、誇り高き俺達『月夜の風狼家』に養われるなんて、恥ずかしくないのか⁉︎」

 とある夜、眠れなくて散歩していたぼくの耳に、長兄の声が飛び込んだ。集落から少し離れた場所で、スタルジャと兄上の姿を見つけた。

「本当はあの時、お前はとっととくたばってたんだよ! お荷物は臆病者の国に帰ったらどうだッ!」

 父上の手前、みんなやらないけど、兄上達や集落のみんなは、時々隠れて彼女に言い掛かりをつけていたのは知ってた。そして、彼女はいつも何も言い返さずに、ただジッと顔を背けて耐えている。
 しかし、その時は違った……

「臆病者? 井戸に毒を流して、野盗紛いの真似をするのが誇りなの?」

 ずっと疑問だったんだ。どうしてぼくらの一族が、エルフなんかに勝てたのか。ぼくらの何倍もの寿命で、弓と魔術を鍛えた彼らに、どうやって勝てたと言うのか。あの時、交渉に行った人達が帰って来たのは、日が暮れた頃。エルフ達の夕食の準備前に毒を井戸に仕込んで、効いた頃に襲撃したのだと始めて理解した。

「う、お、お前……ッ!!」

 兄が後退り、尻餅をついた。スタルジャの体から、薄緑色のオーラが渦巻いて、同じ色の髪をターバンごと空に舞い上げている。

 魔術だ……!

 兄上が殺されるかも知れないと言うのに、ぼくはその場で硬直してしまった。

「ま、魔術か! なんでお前が使えるんだ! シャーマンの入墨で、魔術は使えなくしたんだろ⁉︎」
「…………そんなの、貴方の父親の妄言よ」
「ひっ! よ、よせ! そんな事をしたら、お前を一族みんなで……」
「ちょっと脅かしただけよ。……臆病者ね」

 きびすを返して、ぼくの方を見ながら、彼女はそう呟いた。少し欠けた月を背に、薄緑色に煌めく瞳は、ゾッとする程に美しかった。

 あれから数年間、隠れて彼女に言い掛かりをつけていた連中は、急に大人しくなった。奴隷とは言え、普通に家の手伝いをして暮らす彼女は、穏やかに過ごしていたように思う。

─── 臆病者

 しかし、彼女の言葉は、ずっとぼくの心の底にくすぶり続けていた。そして、父上が彼女を守り続けていたのは、父上なりの罪滅ぼしだったのかも知れない。

 ※ ※ ※

「んじゃあ、行くとするか。ソフィ、この近くの街は見つけられそうか?」
「待って! ぼくは父上の意思を継ぐ! このままエルフ族の元へ、ぼくが彼女を返しに行くんだ!」

 なんか鼻息荒く、黙り続けていると思ったら、パガエデが急に気合の入った宣言をした。

「貴方には関係ない。それに私は帰ったって、居場所がないのよ……」
「だからだ! 君が元々エルフ族でどうだったのかは知らない。でも、君達に酷い事をして、君を人質にしたのは、ぼくの身内だ。しかも、また身内の愚策で、君の居場所を奪おうとしてる!」

 ブチッ!

 パガエデがうなじに一本、長く伸ばしていた三つ編みを、ナイフで切り落とした。あれ、確かこう言うのって、その部族の男の証とか、そんなんじゃないのか?

「なら、ぼくは『月夜の風狼家』を抜ける。ひとりの男として、今度はぼくが君の居場所を作る!」
「殺されるわよ? エルフ族は誇り無き卑怯者を嫌うし、仲間への恨みは忘れない」
「構わないッ!」

 うーん、弱々しい奴かと思ってたら、男気あるんだなぁ。こう言う実直な感じって、ポイント高いんじゃないの? そう思ってスタルジャを見たら、鼻を背けて震えてる。

 あちゃぁ、【浄化グランハ】じゃ臭い取り切れなかったか。ソフィアとティフォはと言うと、話が長くなりそうだと察して、手遊びを始めていた。

 正直、俺もあっちに混ざりたい。あの手遊び、何回やっても覚えられないから、苦手なんだけどね。
 と、スタルジャが顔を背けたまま、顔を真っ赤にして震えてる。もしかして、脈あったか⁉︎

「…………………………って……」
「え? なんだい、スタルジャ。ぼくに何でも言ってくれ! ぼくにはその義務がある!」

 パガエデが情熱的な表情で、彼女に迫る。よ~し、押せ、押せ押せパガエデ!

「お風呂に入ってって、言ってんのッ‼︎ あんたが臭くて、話が頭に入ってこないのよ!
─── うぷっ」

 えぇ……えずいた! 切なげに歌うような表情を、今もろに見ちまった!

 この時、ようやく分かった。

 ドギの説明で、バルド族が風呂に入らないって事と、この地のエルフが、人に対して顔を背けて距離を取ろうとするばかりだって事。んで、確かエルフは五感が鋭い。中でも耳と鼻は人間の数万倍も優れてるって、教わった事がある。
 そんな点と点が繋がって、線になった時、パガエデの気合の抜け切った、悲しげな呻きが木霊した。

「えぇ……。ぼく、臭い……?」
「「はいっ☆」」

 偶然のいたずらか、女神二人の手遊びのキメポーズと合わせて、元気な声を出すタイミングがバッチリと一致した。スタルジャと同時に、三人の女性に烙印を押された形になり、パガエデは膝をついていた。

 ダラン最初の旅が、魔族襲来、馬族襲来、お風呂造りになるとは、誰が予想しただろうか? ともあれ、ただ通り過ぎるはずが、数奇な出会いによって、ダラン西側のエルフ族の領域に足を運ぶ事になりそうだ。

 エルフか、父さんと近親と言えば近親種族だしなぁ、長寿命のはずだから、この国の事にも詳しいだろう。

 『死の丘』について、分かるかも知れない。あれがただの夢だったとは、未だに諦め切れない何かがあるんだよなぁ……。

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