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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第四章 草原のダラングスグル共和国

第一話 ダラングスグル共和国のバルド族

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義父が守ろうとしたものを確かめるため、
己の運命を確かめるため、
本当の両親に会うため、
アルフォンスはアプセルの里を旅立った。

第一村人の遺言を受け、
ペコの村で辺境伯令嬢誘拐事件を解決し、
守護神であるソフィアと再会。

ハリード自治区で賞金首をかき集めて初収入。
魔公将『ゼラチナスマター』オルタナスを撃破。
その最中にソフィアから加護の【斬る】を会得。
ティフォからは【触手】を会得した。

バグナスでは冒険者登録をし、
『谷底の迷宮』『石像の迷宮』を踏破して迷宮暴走を阻止。
異例のA級冒険者からスタートの快挙を成し遂げる。
そして、初めての人間の友達リックが出来る。

そして、ギルドからの緊急要請を受け、
レーシィステップで魔公将『霧の女王』エスキュラを撃破。

その闘いで多くの謎を抱えつつも、
『浮遊魚』に卵を産み付けられた人々を救う方法を入手、
ギルドでの評価をさらに大きなものとした。

密林国アケルでは、
赤豹族姉妹の誘拐事件を解決。
黒幕であった南部州知事を拘束し、
帝国を国際裁判に引きずり出す流れを作った。

そしてアンデッド騒動に苦悩する獣人族に、
魔道具と魔術印の知識を与えた。

そして魔公将『不死の夜王』の生み出したアンデッドから、
中央部州の首都を奪還。
北部のアケル大樹海奥地で、
『不死の夜王』パルスルを撃破する。

ソフィアとティフォそれぞれに愛の告白を済ませたアルフォンスは、
赤豹族姉妹のエリンとユニとも仮の婚約をし、
再び両親が居るというキュルキセル地方の『ケファンの森』を目指す。

 水龍船がアケル最北部に差し掛かると、南北に真っ直ぐ続いていたガグナグ河が、細く緩やかに、大きく西側へと曲がり始めた。段々と河岸の森が消え、右手は険しい岸壁、左手は砂地と、風景が二分されて行く。岸壁側は密林国アケル、砂地の先には次の通過国『ダラングスグル共和国』

 通称ダランがある。

 もう間もなくその入口となる、アケル最北の川港に到着するだろう。船旅はそこで終点だ。
 父さんの手紙に示された、俺の両親のいると言う場所『キュルキセル地方ケファンの森』、そこを目指すには、必ず通らなければならない国がダランだ。

 ダランからケファンの森へは、二つのルートがある。

 最速ルートと、最短距離ルート。

 最速ルートは遠回りにはなるが、世界最大の貿易陸路『栄光の道』の、整地された馬車道が使えるため、結局は最速となる。最短距離ルートは、通る道を二カ国減らせるが、砂漠と高山地帯の険しい悪路を通るため、時間が掛かってしまう。俺達は最短距離ルートを選んだ。

 悪路や気候の厳しさは、俺達には全く問題ないし、この旅に出る時に頼まれた事があったからだ。

 シモンの妹に、託された手紙を渡す。

 『栄光の道』を通る最速ルートは、シモンの故郷である、メルキア公国を通らない。最短距離ルートなら、ダランとその次の『シリル王国』を越えれば、シモンの実家『メルキア公国』を通過する。もちろん、世界最大の貿易陸路だって通ってみたいから、そちらは帰りの道で使うつもりだ。

 俺の実の両親と会って、俺の出生を知る事は、ソフィア曰く『大きな運命に巻き込まれる』事になるらしい。もし、何か大変な事になったら、その時こそ最短ルートを通れなくなって、メルキアに寄れなくなるかも知れない。だから、俺達は最短ルートを選んだ。

「うおぉいッ! 見えて来たぞッ!」

 熊耳の親方が船室の外で叫んだ。砂地側の岸に、薄っすらと街が見えている。今までの密林を通る河と違い、砂地の続く土地の風景は、遠くまで見渡せた。と、船室から顔を出した俺達に、ペイトンが声を掛けて来た。

あんちゃん、もうちっとで終点だ。わしらは二、三日ここで商談があるから、着いたら一旦お別れだ。おおい! ドギ、こっち来い!」

 そう呼ばれて現れたのは、狼顔の獣人だった。

「おめぇなら適任だな! ちょっくら街で兄ちゃん達を案内しがてら、ダルンの事でも教えてやれや」

 ドギと呼ばれた獣人は、気楽にへいへいと返事を返して、手を差し出して来た。

「あ、ども。背黒狼族のドギっす。……まあ、ダルンの連中はクセがあるっつうか、個性がこんがらがってんで、オレがご案内するすよ。どぞ、よろしく」
「俺はアルフォンスだ。済まないがよろしく頼むよ、何分この国は初めてなんだ」

 ドギは眼を細めて人懐っこく笑った。うはっ、狼はいっぱい見てきたけど、友好的に笑ってくれる狼は初めてだ! いや、彼は狼じゃなくて獣人なんだけど、顔が丸々狼だから、妙に感動してしまった。

「もちろんっすよ! お任せくださいな。会長様に失礼があっちゃあ、オレっちなんざ暖炉前の敷物にされちまいますからね」
「『』ではないん……いや、もういいや。こっちは連れのソフィアとティフォだ」

 もういい加減、彼らに俺がである事を否定し続ける意味がない気がして来た。ドギはソフィアとティフォにも、頭を下げてにっかりと笑った。だが、やっぱりティフォを見た途端に、尻尾が股下からシュパッと丸まって下腹部にくっついた。
 あ、服従しちゃった。心なしか、手首も力なく、内側に曲げている。

「あ、貴女様がッ‼︎ ティ……ティフォ様で、あ、あらせられるろ……でしたか……」
「ん、くるしゅーない。よきにはかれッ」

 なんか二人して、慣れない物言いで、地が出てるし噛んじゃったよ。ドギは微妙な表情で、顔をそらしてる。

「エリンとユニを思い出しちゃいました。あの子達も今頃、もう旅を始めているんでしょうね♪ 困ったりしていなければいいんですけどね」
「えらく張り切ってたもんなぁ。あっちはアケル国内の旅だから、色々助けも入るだろうし、タイロンも一緒だからな。まず大丈夫だろ」

 三人とは予定通り、アケル北部首都の川港でしばしのお別れをして来た。なんか時折、唇に指を当ててたエリンを直視し辛かったし、ユニも頰を赤らめていた。それでも彼女達は、獣人達の地位と戦力向上に、今までになく燃えていた。
 タイロンは相変わらずのポーカーフェイスで分からなかったが、決意の固さは見て取れた。

 うん。大丈夫だろきっと。

 やがて水龍船は、岩を積み上げた、長い桟橋の先に舳先を向けて、そろそろと動きを変えだした。

 ※ ※ ※

「む、ほれ握手握手ッ!」

 顔に垢染みの浮いた褐色の男が、肩と肩がぶつかった瞬間に、険しい顔で早口にそう言う。こちらも手を出せば、ガシッと掴んで二、三回ブンブン上下させて去って行った。

 もうこれで何度目だろうか?

 人、人、人、出店のテントがひしめく市場の路地に、バルド人が溢れ返っている。ガッシリした体型に、褐色の肌、赤茶の縮れ気味な髪。細目が鋭く、油断ない顔の人が多く感じられた。
 衣装は草原を走ったり、馬に乗りやすいように、工夫がされているようだ。丈の長い前合わせの服で、背中側は腰辺りまでスリットが入っていて、馬にまたがり易く出来ている。その下にゆったりしたズボン、ブーツを履いている。紺色の衣装の者が多いが、毒蛇除けに藍染を多用するからだとか、これも草原の知恵だ。皆、背中に小型の弓、腰には麻糸を編んだ投石器と細身の曲刀を提げていた。

 馬に乗りやすく、背の高い草原も進みやすい、機能的な装備だ。

 ここはまだ、アケル国内だが、貿易の街としてバルド人が多く行き交っていた。皆、一様に忙しなく速足で歩き、サクサク交差している。で、ぶつかると今の感じで、ぶっきら棒に握手をして、さっさと別れて行く。
 最初は外国人の俺が珍しくて、握手しに来てたのかと、自意識過剰に恥ずかしがっていた。しかし、ドギの説明で合点がいった。

「ここはバルド人が多いんす。やつらは遊牧民育ちで、自分達の力だけでサクサク生きて来たんですよ。だから、いちいち揉め事にしたりしねぇで、ぶつかった程度なら、握手で即手打ちってのが流儀なんすわ」

 なるほど、小さな里でお互いの関係を重視して育った俺には、カルチャーショックだ。一瞬でも自意識過剰になった自分が恥ずかしい……。

「パッと見、不機嫌そうなのが多いすけど、ありゃあ強い陽射しに耐えて来たせいで、目元が険しいだけなんす。酒が入るとゆるゆるになるっすよ。オレも初めてん時は、みんな怒ってんのかって、居心地悪かったすけどね? 基本は酒と歌と踊りの好きな、気の良い連中なんで、気にしない事っすわ!」
「へえー、国の違いで色々分からない事もあるもんだなぁ」

 言われて見れば、彼らは忙しなくしているものの、立ち止まっている人々は、誰もが大声でペラペラとよく話して盛り上がっている。これだけ人が激しく行き来していても、喧嘩しているのはひとりもいなかった。

「お、握手握手!」

 と、人々を眺めていたら、またひとりぶつかってしまった。

「おお、気にしてねぇよ。あんたも気にすんな」

 そう言って手を握ると、ニカッと笑って去って行った。

「おん? 会長、バルド語話せるすか⁉︎ えっらい流暢りゅうちょうに話すんすね!」
「いや……まぁねぇ」

 バルド語は特殊な言語だ。北は大国シリル、南はマスラ王国の山脈に挟まれ、アケルとは河で隔絶されるダラン。馬族は馬が何よりも大事で、移動は馬が基本なのだ。小さい船は作れても、大量の馬を載せられる、大きな船の造船技術には至らなかった。
 草原が多く、木材が少ないというのも理由のひとつかもしれない。つまり、他国との行き来が少なかった、独自文化の国である。

 だから、言語体系は、かつて何処かの地域から流れて来た時のまま。文字も文法も異なるため、言葉での意思疎通も、学ぶ事も難しい。もちろん俺はさっぱり分からない。

─── ソフィアが奇跡を使ってるだけだ

 これがもし、ソフィアと再会していなければ、もしくは出会うのがダランの先だったら、ここでかなりの苦労をしてたと思う。ありがたいし、運命感じちゃうなぁと、都合のいい方に考える。

「あれ、オレもしかして必要ないんじゃないすか会長……」
「いやいや、言語が使えるってだけで、本当にこの国は初めてなんだ。文化とか必要な事を教えてもらえて、凄く助かるよ」

 ドギの垂れてた耳がぴんと立って、無茶苦茶嬉しそうな顔をする。ふさふさの尻尾が、千切れんばかりに揺れて、パタパタいってる。うあぁ、でてぇ。

「……あ、もしかして、それも魔術で話せるようにしてるんすか⁉︎」
「ま、まあ、そんなようなもんだよ」
「かぁ〜! やっぱスゲェや会長様は! オレなんてバルド語憶えんのにどんだけ苦労した事か……」

 ソフィアのおかげなんだけどな。後でやり方教わっておこう。

「いや、自力で憶えたドギの方が凄いだろ。語学って時間かかるからなぁ」

 苦し紛れにそう言ってみたら、ドギの反応は分かりやすかった。どうにも褒められるのが好きらしい。それとなく耳を下げながら、頭を近づけて来たので、思わず撫でてしまった。怒られるかと思いきや、はふはふ呼吸を荒くして喜んでもらえた。

「えへへへ。んじゃあ、オレ、皆さんの宿と必要品用意調達してきますんで、会長達はそこのパブででも待ってて下さい!」

 そう言って、ドギは弾むように、人混みの中を走っていってしまった。

「アルくん、にやけてますよ?」
「いや、ドギの頭がもふもふで……。て、ソフィもにやけてるじゃん」

 なんかソフィアが俺を見て、嬉しそうににやけてた。

「だって、アルくんが褒められたんですよ? 嬉しいに決まってるじゃないですか♪」
「っても、バルド語に関しては、ソフィアの奇跡のおかげじゃないか。俺が褒められるのは、心苦しい」

 そう返しても、ただニコニコ嬉しそうに、腕に抱きついてくるだけだった。それに触発されたのか、ティフォまで腕に抱きついてくる。
 わらわらと人々が行き交う市場で、初めて見る光景に心が刺激されるのは、旅ならではなんだろう。そんな時にふと浮かぶ『遠くに来ちゃったな』と言う、ほんのりした寂しさも、今は二人の女神のお陰で吹き飛ばされていた。

 ※ ※ ※

「くほぉ〜、これは効きますねぇ〜☆」

 ソフィアがほんのり頰を紅くして、椀に注がれた酒をグイっとあおった。左手には真っ白になるまでかじられた、牛の骨がプラプラ揺れている。

「あー、ソフィアさん、その酒はつよいれふかられ? ゆっくりのまらいと、やば……まあ、いいや! うへへへへ……」

 ドギがテーブルに突っ伏して『伏せ』したみたいになってる。宿を取って、そこに必要品を預けてくれた後、彼は俺達のいるパブに来て、そのまま食事になった。
 とは言え、バルド人相手のこの店は、基本飲み屋で、結局ただの酒盛りに流れ込む。

 バルド人はかなりの酒好きらしく、まだ陽の高いこの時間から、ヘベレケになってる者が多い。ドギを待ってる間、簡単なチーズと薫製肉をつまみに、馬乳酒を呑んで待っていたが、ドギが参加してからは、この国伝統の火酒の試し飲みになっていた。

 最初に飲んでいた馬乳酒は、馬の乳から作った酒で、味は酸っぱい乳、酒精は麦酒より弱いくらい。パブには子供連れもいて、これを小さな子が呑んでいるのを見て驚いた。彼らは幼い頃から、蛋白源と水分補給にこれを飲むそうで、だからみんな酒好きなのだと言う。
 で、今飲んでいる火酒だが、基本はこの馬乳酒を蒸留した透明な酒で、やや乳の匂いがして飲み口は柔らかいが、とにかく強い。

「あー、ティフォが黙々と呑んでるって事は、これ相当強いぞ……? てか、味比べとか言っても、もうどれがどれだか分かりゃしねぇ……」
「ん、オニイチャ、それは赤い馬の絵のかめのやつ。さっきのより澄んでて、やらかい感じ」

 俺達のテーブルには、少しの料理と、酒のかめが所狭しとゴロゴロしていた。確かに彼女の言う通り、さっき飲んだやつは、少し黄ばんでて、薄っすら脂が浮いていた。ちゃんと飲み比べを続けてたのか……。

 顔色は全然変わらないが、ティフォの目は少しトロンとしてる。そう言えば、彼女が酔い潰れてるのを、俺は見たことが無い。ソフィアは結構、酒乱のクセがある。そのソフィアはと言うと、左手に持った牛の骨をフリフリして『あ、柔らかくなった?』とか呟いて笑っている。
 うん、末期が近いな、これは。

「うい、ソフィ、これ飲んどけ……」
「あら、アルくんありがと……グビッ……。
─── ブフォッ! 何れすかこれ、ただの水じゃですか!」

 気づかれたか。と言うか、後半呂律があんまり回ってなかったぞ?

「ちょっと飲み過ぎだよソフィ、一旦でいいから、水飲んで酔いを軽くしとけって」
「─── はぁうぅ……やっぱり、私のアルくんは、やさしぃ〜 ///」

 と、言いながら、また酒の入った椀を煽ってる。

「アルくん……貴方はいっっつも、優しいすけどぉ、ここは譲れんのれす……
神界で溜まった苦悩は、おしゃけだけが、薄めてくれるんれすよぉ……」

「…………なんか知らないけど、大変だったんだなソフィも」

 そう言いながらティフォを見ると、うんうんうなずいている。どの世界の神界も大変って事か。なんか夢ねぇなぁ。

「……うぅん? しんかい……れすか……?
かいちょー、何の話してんすかぁ、オレも仲間に…………うぼぼぁっ」
「うわっ! ドギが吐いたッ⁉︎」
「あはっあはははは♪ 呑むなら吐くな、吐くなら呑むなーれすよぉ?」
「……でも、ドギえらい。ちゃんと、空の甕にはいた。ひがい、ゼロ」

 ドギはかめを抱えて突っ伏したまま、ぱた、ぱた、と弱々しく尻尾を振って、ティフォの声に応えていた。小さく呻くように『案内人根性っすよぉ』と甕にこもらせて呟く。

 一番先に酔い潰れて、案内人も何もあったもんじゃないとは思うが……。結局、その後にすぐソフィアも寝始めてしまい、お開きとなった。飲み口の柔らかい蒸留酒とは、恐ろしいものである。

 二人を宿まで運び、寝台に横になった時には、外は暗くなっていた。ティフォは甕を抱えて、ソファに正座していたので、まだ飲み続けるつもりだろう。いくつかティフォと会話しているうちに、俺も気がついたら、カクンと眠りに落ちていった。

 ※ 

 はた……はたはた……

 ふと、目を覚ますと、真っ暗な部屋の天井に、黒アゲハが飛んでいる。

(夜切か……? 今日はお休みじゃあ……)

 蝶の飛ぶ姿を見ながら、そんな事をぼんやりと考えていた時だった。

 …………シャ…………ン…………

 何か遠くで音楽が聞こえた気がした。そちらに意識を向けたが、よく分からない。聞き取るのを諦めて、天井に意識を戻すと、黒アゲハの姿は消えていた。

(……帰ったのか……夜切……?)

 と、その時、今度は確かに音が聞こえた。さっきまで聞こえていた音楽は、音楽ではなく、一定リズムで振られる錫杖しゃくじょうか、鈴のような物の音だと分かった。
 何かが近づいている気配が、部屋をざわめかせていた。

「……だぁ……れぇ……だ……⁉︎」

 声を出そうとすると、口と舌が上手く回らず、言葉にならない。どうやら身体の自由も、ほとんど奪われているらしい。成長期の頃に何度か金縛りになった事があったが、それに似ている。

 それならばと、力任せに勢いよく足を動かそうと試みるが、何の効果もない。その内に全く動けなくなった。

(これは……金縛りとか、単なる寝ぼけ何かじゃない……ッ‼︎)

 部屋中に、途轍とてつもない圧迫感が生まれた。その直後、さっきまで夜切が羽ばたいていた辺りの天井から、光の球が音もなくすり抜けて現れた。それはゆっくりと俺の真上に移動して、緩やかに上下している。

……エ…………スカ……?……

 琴のように済んだ女性の声が、頭の中に響いた。何かを問われたようだが、よく聞き取れなかった。

……コエ……マス……カ……?

 『き こ え ま す か』と言っているようだ。その問いが何度か繰り返され、声が近づくように、少しずつ聞き取れるようになった。

……私……ハ……※※※※……

……死の……丘……で……

……お待……ち……しています…………

 声が終わった瞬間、強いノイズが頭を揺らし、部屋の圧迫感と共に光の球は消えていた。

「……夢……だったのか……?」

 声が出せた。体も動くようになっている。思わず跳ね起きたが、部屋には何の異常もなく、皆の寝息が聞こえていた。ティフォはソファで寝落ちている。

 体が動かなくなる直前、錫杖のような音が聞こえた時、ソフィアのうなされる声が聞こえた気がしたが、今はスヤスヤと眠っていた。

 何も異常は起きていない。

 まだ少し心臓は高鳴っていたが、横になるとすぐに眠気の波が襲って来たのか、思考が上手くまとまらなくなって行く。手足の力も抜けて行き、しかし力がみなぎる感覚も湧き上がっていて『ソフィアと契約更新した時みたいだ』と感じた時、俺は眠りに落ちて行った。

 ※ ※ ※

「……とまあ、そんな感じで、この国は三つに分かれてるんすわ」

 翌日、ドギは俺達に、ダラン国内の情勢について説明してくれた。かつて大昔のダランは、西側に広がる海に面して、大きな国が独自の文明を築いて、存在していたと言う。その国は何度かの戦争と、気候変動で滅亡し、今は広大な砂漠に呑まれている。
 そこには現在『ムグラ族』が住む。ムグラ族は、かつて獣人と交わって、過酷な環境に生きる力を手にした種族で、今はその地域から一歩も出ずに暮らしている。文明は滅びはしたが、当時からこの地にいたエルフの亜種族『ラウペエルフ』は健在で、姿を隠して草原の何処かに暮らしているらしい。

 極稀に姿を見せるが、人をえらく嫌っているのか、すぐに顔を背けて去って行くそうだ。ちなみに『ラウペ』とは『地を這う』とか『這いずる』と言う意味のエルフ語だ。おそらく森に住むエルフ達から、呼ばれていた蔑称べっしょうだろうと思う。エルフ族は基本的に森に暮らし、森の智慧者である事を誇りにする傾向がある。

 ドギは知らずにその呼び名を使っていたが、多分本人達の前で言ったら、ブチ切れるんじゃないかと思った。そして一番数の多いバルド族だが、文明が滅びた後、土地が落ち着いた頃に何処からか流れて来た遊牧民族だと言う。数百年前までは、それ以外の少数民族もいたが、当時かなりやんちゃだったバルド族に滅ぼされ吸収されて行き、今は存在しない。過去に何度か、ラウペエルフとも抗争を起こしたが、これを討ち亡ぼす事は敵わず、今の状態に至るそうだ。

 バルド族は砂漠以外のほとんどの地域。ラウペエルフは西側の一部草原に。ムグラ族は最西の砂漠地帯に。住む環境の差もあるが、大まかに種族はこの三つに分かれて、この国は存在している。

 『ダラングスグル共和国』は、この三つの勢力が共存していると言う事ではない。バルド族の複数の血縁勢力同士に別れて、それぞれの自治区で成り立っているからだそうだ。これまでは、それぞれの土地問題が課題のバルド自治だったが、最近は一部の自治区に帝国派が現れて何かしら、いがみ合っているとも言う。

「エルフの方は、まあ会う事もないでしょう。オレ達の中では、ただの迷信じゃねぇかって噂になるくらい見ないですし、ムグラも栄光の道から、かなり西にいかねぇと会えませんからね」
「じゃあ、とりあえずバルド族についてだけ知っておけば良いって事か」
「そうすね。バルドの連中は、基本的には昨日見たままっすけど、いくつか注意点はあるっすよ」

 バルド族は家族単位で遊牧していて、親や本家への尊敬が高く、特に神への信仰が強い。

「これを侮辱すると、親族総出で大暴れっす」

 地位の高い者は、賄賂わいろが当たり前。

「基本的に金を喜びません、特に街から離れる程、自給自足なんで鼻で笑われます。賄賂わいろの品は、オレ達が用意してますんで、後で持って行って下さい」

 出された食べ物は、絶対残すな。

「彼らの信条に関わりますんで、キツくても食べ切った方がいいす。下手すると、これだけで友好関係が白紙にされるんすよ……」

 狩猟系馬族は、利害が生まれると、血も涙も無い。

「別に商売とかで関わらなければ、特に問題はありませんが、利のある事には容赦ないす。遊牧系はしませんが、狩猟系は奴隷を使います。もし奴隷を見かけても、この国では合法っすから、何も言わない方が賢明すな」

 風呂が無い。

「乾燥地帯で水場がほとんどないんすわ。んで、乾燥してるからほとんど汗かかないんで、たま〜に体を拭くくらいす。極たま〜に水浴びか、もっと極たま〜にお湯沸かして布で拭きます」
「まあ風呂が無くても、俺達には【浄化グランハ】の魔術があるから、問題は無いけど」
「あ、会長達が風呂に入れないって事の心配じゃないす。つまり彼らの体は……」

 それは市場で、彼らとすれ違った時に、何ぁ〜んとなくは……ね。まあ、そこはそう言うものだと、気にしない方向でいこう。

「普段はいいすけどね。これは気候上まず無い事っすけど、もし万が一雨に振られて、彼らのテントに招かれた時は、覚悟してください」
「……分かった。それはいいとして、賄賂わいろが金じゃダメって、どうすりゃいい?」

 行政が進んでない国内を移動するってのは、思いの外、その地域の権力者に融通をお願いする場面があるもんだ。ギルドもないこの国では、魔石なんて意味ないだろうし、お金が通用しないのは問題だ。

「基本は食べ物なんかの嗜好品、珍しい道具とかも有りっすかねぇ……。でも、やっぱり一番はっすよ!」

 そう言って、ドギは小さな直方体の木箱を取り出した。

「へへへ、これの魅力には、彼らもイチコロっす。一度この快楽を味わったら、効果が切れて来た頃にはもう……へへへ」
「お、おい、変なクスリとか、ヤベェのは願い下げだぞ⁉︎」

 パカッ!

 ドギがニヤリと笑って、箱の蓋を開けた。中を覗き込んで俺は小首を傾げ、ソフィアとティフォは、むふふと笑っていた。

「これが……これがそんなに凄いのか?」
「へへへ。ってみりゃあ分かるっすよぉ」

 なんだかドギが物凄く悪い顔になってるが、俺は今いちピンと来なかった。賄賂の品については、その後、遊牧民の生活様式から説明を受けて、ようやく理解できた。そんな感じでギドからレクチャーを受け、この国の文化について教わっていた。

 今までの国でも、文化の違いはあったが、地続きで交流のある土地なら、それ程大きくは変わらなかった。ペイトンの爺さんが、ドギをつけてまで教えようとしてくれただけあって、この国は中々に文化の隔たりがあるようだ。途中、何となく気になっていた地名を、彼に聞いてみた。

「……なぁ、ドギ。『死の丘』って、聞いた事あるか?」
「んー、聞いた事ないすねぇ。名前からすっと曰く付きっぽいすけど、バルド族は話好きなんで、有名だったらオレも聞いてるはずっすけどね。……調べましょうか?」

 有名な土地でもないのか、それとも昨夜のは本当に夢だったのか。あの時飛び回っていた夜切に聞いても、昨日は俺の寝始めの心が乱れていて、繋がらなかったとボヤいていた。ソフィアとティフォは、何も分からず寝ていたらしいし、あの出来事は突拍子もない夢だったように思えた。
 ……体にみなぎった力は、今もそのままだ。ただ、それも気分の問題だと言っても良いくらい、わずかな違いでしかない気がする。

「いや、多分気のせいだ。調べなくていい。話を遮って悪い、続けてくれ」

 そうして案内役のドギから、二日に渡ってこの国の歩き方を聞いた後、俺達はペイトンのいる『熊耳商会』へ向かった。

─── いよいよ明日から、このダルンを三人で旅する事となる

作者のつぶやき

ダルンのモデルはモンゴルです。もろですけども。
乾燥していて汗をかかない地域、憧れます。

この第四章では度々、モンゴルっぽい雰囲気の設定が出てきますが、正直僕はモンゴルに詳しいわけでも何でも無いので、あくまで雰囲気です。
決して『モンゴルはこうじゃねぇ!』などとお怒りになられませんよう、心よりお願い申し上げます。

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