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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第四章 草原のダラングスグル共和国

第九話 意思の天秤

 ドーム状の建物の天井に、ズラリと並んだ天窓から、陽の光が射し込んでいる。しかし、小さなそれらの開口部の光では、会場の中を薄暗くするに留まっていた。建物内でぐるりと取り囲む、ケフィオスのエルフ達の悪意が募る中、床に描かれた魔法陣が淡く光っている。

 会場の隅に置かれた巨大な天秤の皿に、それぞれ白髪のエルフとランドエルフの代表者達が、髪を少し切って乗せた。
 すると天秤と魔法陣が呼応するように、何度か強く光の明滅を起こす。

 『意思の天秤』

 エルフ族に伝わる古来からの採決の儀式。対立する意思を持つ者同士、天秤の呪いを受け、魔力も力も均等にされた状態で、決闘をするらしい。強い者は、弱い者と同等になるまで力を奪われ、戦闘技術に開きがあれば、その記憶にかすみが掛かる。

 意思の強さが、戦いの勝敗を決める、呪いの決闘だ。

 生死は問わず、どちらかが倒れるまで続く。神聖に近いエルフは、嘘をつく事が出来ないため、不正が起こる事もない。そして、天秤の呪いは、どちらかの意思が完全に折れるまで、解ける事は無いと言う。
 どちらがどれだけ圧勝しようが、倒れた方が折れなければ、儀式は終わらない。

「お互い三人ずつ、正々堂々、意思をぶつけ合うとしよう。では、最初の決闘を始める。各々ひとり、前に出せ」

 マラルメがそう言うと、ノゥトハークが前に一歩踏み出る。スクェアクとスタルジャに振り返って、ニヤリと髭を持ち上げて見せた。

「まずは手本を見せんとな。なぁに、若い頃は何度もやったわい、心配するでない」

 そう言いながら、彼は目を閉じて契約精霊の名を呼んだ。

─── 【息吹の精霊プラーウヌ】我と共に在れ

 更に膨れ上がった肉体と闘気、そして魔力は天秤の呪いを受けて、すぐ元に戻される。しかし、冴え渡った感覚はそのままのようで、ノゥトハークは対戦相手を不敵な笑みを浮かべて見下ろした。

「決まったようだな、では始める。ケフィオスのビヨトグレイ! ロゥトのノゥトハーク! 互いの意思を示せッ‼︎」

 マラルメが手を挙げて、闘いの開始を宣言した。

「ノゥトハーク。まさかいきなり貴方が出てくるとはな。相手にとって不足はないと言いたい所だが、いささか歳を取り過ぎだ。安心するがいい、どうせ仲間もそろってそちらに行くのだから」
「能書はよい、掛かって来い小童こわっぱ

 ビヨトグレイの挑発を、ノゥトハークは詰まらない物をみるようなさげすみで返した。顔色を変えたのはビヨトグレイ。弾けるように魔力を解放して、詠唱をしつつ長剣を抜いて飛び出した。

「『風の精霊ソユール』よ、我が声に応えよ。四十七の刃を持て!
─── 【風刃散華フィル・カリフィオ】! 」

 神聖に近い存在のエルフは、その魔力もさる事ながら、魔術制御も人間とは一線を画す。極限まで短縮された、風の上級魔術が、ほんの数秒の詠唱で発動した。

 灰色の竜巻がノゥトハークを一瞬にして覆い尽くし、荒れ狂う風の轟音ごうおんが会場を圧倒する。竜巻の中を黄緑の光の筋が、凄絶な勢いで行き交い、絶え間の無い斬撃音を反響させた。魔力で強化した片腕で長剣を構え、ビヨトグレイは立てた指を竜巻に向けて、追加詠唱をたたみ掛ける。

「─── 集え、集え、荒ぶる風の精霊達の眷属けんぞくよ! 自由を知らぬ木石に、舞い上がる塵の喜びを授けん!」

 閃光が走り、広範囲を蹂躙じゅうりんしていた竜巻が、絞り上げるように細く凝縮し、唸りを上げて加速する。風の刃のきらめきは、人間の動体視力を遥かに超え、竜巻を黄緑色の光の柱と化していた。

とこしえに眠れ、ノゥトハーク‼︎」

 竜巻の最も輝く場所に、ビヨトグレイの長剣が突き立てられる─── 。

 暴風の嵐の中、確かに鈍い音が響き、白髪のエルフ達の表情にあざけりが伴う。風の刃が治り、徐々に竜巻が弱まって、ノゥトハークのシルエットが浮かび上がった。

「ふ、ははは! 勝者、ビヨトグレ……」

 マラルメがビヨトグレイの勝利を宣言しようとした刹那、観衆からどよめきが上がる。

 長剣の切っ先を指で摘み、つまらなそうに佇む、ノゥトハークの姿がそこにあった。

 おびただしい数の精霊が整然と並び、ノゥトハークの周囲に光の格子を描き出している。戦いの前に再構築してやった上半身の服は吹き飛んでいたものの、体には傷ひとつ見当たらない。でも、やっぱり上半身裸だ。

「危うく眠る所じゃったわ。マラルメのお茶目な声で目が醒めたがの。さて、ビヨトグレイと言ったか。心折られる覚悟は出来とるかね?」

 剣先を摘む指を振り払う事を諦め、ビヨトグレイは慌てて距離を取り、魔術への集中を始める。

「─── 『いばらの王ログトゥラ』よ、かそけき鼠の……ムグッ……」

「刃の届かぬ相手に、荊の拘束はなかなか良い手じゃなぁ。長ったらしい詠唱を、決められるだけの実力差があれば、の話じゃが」

 ビヨトグレイの口がノゥトハークの手で塞がれ、骨の軋む音を立てて締め上げられた。目を見開き、必死でノゥトハークの手を掴んで抵抗するが、ビヨトグレイの足は床から離れ、バタバタと空を蹴る。
 戦士のプライドか、肘関節を殴打、膝蹴りで応酬おうしゅうなど試みるも、ノゥトハークは微動だにせず目を細めてビヨトグレイを見つめていた。

「エルフで在りながら言霊にも耳を傾けず、自前の魔力に頼り切るのは、これ程に貧弱なものであったとは。すまんのう。話が通じないからこその儀式じゃて、お前さんが折れるまで、痛い目にあってもらうぞ……?」

 ゴキッ……コキャッ……メリメリ……

 ノゥトハークの手の中で、ビヨトグレイの歯が顎関節ごと根元から砕け、吐き出す事も叶わないまま、シャリシャリと舌に掻き回される音が静まり返った会場に響いた。更に締め上げられる手が、有り得ない深さまでめり込み、ビヨトグレイの顔には不自然なシワが刻まれている。
 目からは涙、鼻からは血混じりの液体が溢れ、滴り落ちるが、ノゥトハークの手が緩む事はなかった。眼球がぐるんと上に回り、意識を手放そうとしたビヨトグレイを、ノゥトハークは地面に叩きつけ、かかとで肩を射抜くように蹴る。

 コキャ……ッ

 肩が外れたのか砕けたのか、鈍い音が響いて、狂ったように悲鳴を上げて転げ回る。

「まだ意思を曲げんか。いや、意思などとうに忘れておるだけかのぅ。どれ、お前さんの相手が何者か、ちぃとばかし思い出させてやるとしようか……」

 ノゥトハークは常時接続した『精霊プラーウヌ』から、膨大な魔力を引き出し、全身を光で包み込む。天秤の呪いは、すぐにその魔力をも搔き消したが、その光が消えた時、会場からは悲鳴にもにた声が上がり騒然となった。

 やや茶色がかった、薄緑色に染まった、艶やかに揺れる木漏れ日のような髪と髭。老化で退色していたはずの毛が、一瞬にしてランドエルフの約束の色を取り戻していた。

「ほれ、お前さんのさげすむ『緑児みどりご』がここにおる。どうした? 儂らと肩を並べるなど、屈辱でしかないのではないのか?」

 そう言って、ビヨトグレイの太腿の辺りを指差す。

 ボグン……ッ

 ただそれだけで、彼の太腿が真ん中から折れ曲り、声にならない声で悲鳴を上げ、転げ回った。

「さえずり鳴いても分からんよ、抗えと言うておる。まだ、痛みが足らんか? 儂との力の差を認めるには、どれだけの痛みが必要かのぅ……」

 ビヨトグレイはすでに戦意を喪ったのか、嗚咽を漏らしながら地面を這って、魔法陣の外に逃げ出そうとしていた。その跡には血に塗れた歯が、点々と続いている。

「残酷じゃと思うか? しかしなぁ、一度歪んだバランスは、正される側に強い意識が無ければ、整える事は出来ん。今は、儂らの力を認めさせるしかないからのう。天秤の呪いのせいじゃて、お前さんのが変わらん事には止められん」

 ゆっくりと言い聞かせるように、なだらかな喋り方ではあるが、ソフィアがけなされた時と同質の殺気が込められている。這い回る体を爪先つまさきで蹴り転がされ、仰向けにされたビヨトグレイはうずくまろうとするが、地面から生えた荊の蔓に縛り付けられた。

「儂の崇敬すうけいするオルネア様は、どこまでも慈悲深く、人々を愛しておられる。しかし、世界の調律とは時に残酷じゃて、一時の人の想いなぞ、踏みつけねばならん時もあろうに。いたわしい。
じゃから、儂の前に立つ歪みくらい、儂が潰してみせんとなぁ。ご恩が返し切れんのよ!」

 ソフィアの顔は白金の髪に隠れて、その表情が伺い知れなかった。でも、ノゥトハークの言葉は、俺の心に深く突き刺さっている。

 いつだったか『神界の苦悩は、お酒でしか薄められない』と言った、彼女の言葉を思い出した。

 近くで良く知っていたつもりだった。しかし、神としての彼女の背負う辛さを、これ程に見つめようと思った事がない、そんな自分にショックを受けた。

「…………ソフィ」
「ハァ、温い、温いですよノゥトハーク……。もうハンバーグにでも、しておしまいなさい……ブツブツ」

 あー、マラルメの暴言から、妙に静かだと思ったら、絶賛ガチギレ中でしたか。

「ん? アルくん、何か言いました? でも、ふふふ。信仰してくれる信者に、ちゃんと信じてもらえるって、なんだか力が湧くものなんですね☆」

 おお、会心の笑みだ。信心パワーって、神様ごと持ち上げる物だったのか。

「ほれ、勝手に寝るでない。お前さんの意思を……おん? そうか、失敗したのう、口が壊れてて喋れんか。どれ、そこだけは治してやろう……」

 俯せに倒れて気絶し掛けた、ビヨトグレイの後髪を掴み、ノゥトハークは言霊を呟く。白い光がビヨトグレイの顔下半分を包み、瞬時に輪郭が戻された。

「……ゲハッ! ぐっ、うぅ…………さ……んだ」
「聞こえんな、人の言葉で喋らんか。……それとも儂をおちょくっておるのか小童こわっぱぁ」

 獲物をなぶり殺す目、そうとしか言いようの無い、強者の持つ無慈悲な視線が、ビヨトグレイを貫いた。

「こ、降参だッ! ぐ……ぅ、お、俺は……お前達の、こ、言葉に、く、屈する……ッ!」
「それじゃあ言わせたみたいだのぅ。お前さんは儂らと歩調を合わせる気があるのかの?」
「あ……ああ、ある! おお、俺は……緑児には逆らわない……」

 深い溜息、詰まらなそうな顔をそのままに、ノゥトハークは問い返す。

「そんな事は聞いておらん、儂らが命を預けるに足りる存在かと聞いておる」
「…………い、命?」
「この闘いは、儂らの力を認め、新たにランドエルフとして協力し合って行く為のものじゃ。お前が降参するしないの話では無い。
……時代が大きく動いておる。お前さんらの生活をどうこうしようと言うのではない。何か起きた時、草原のエルフの存続の為に、協定を結んでおくべきじゃと思うがの」

 彼らの結界は、ティフォの不条理な力で破壊されたが、あれはこのケフィオスへの真理的影響も考えた上での処置だ。やろうと思えば魔術で中和して、強引にこじ開ける事も出来るし、極大魔術で吹き飛ばす事だって出来る。そのどちらも、結界の崩壊は、強い衝撃を内部に起こす。

 つまり、ここの結界を壊せる手立てがある以上、この地にも絶対の安全はない。

「わ、我々を力で従えようという訳では……ないのか……?」
「そんなもん、ハナクソ程も興味ないわい。どうしてこう、上だの下だのこだわるのか……。草原のエルフの未来を考えよ、視野を広く持たんか」

 ビヨトグレイは、目を閉じて何かを考えた後、ボロボロの体を呻きながら起こした。

「…………貴方達を……認めよう……」

 静まり返る中、マラルメが屈辱に震え、魔術杖を握りしめている。

「ほれ、これ以上、戦士に恥をかかせるでない。終わりにせんか」
「─── クッ! 勝者……ノゥトハーク……」

 会場はどよめきに包まれるも、歓声を上げる者はひとりもいなかった。ブーイングが起きるでも無く、魔法陣から去って行く緑髪のエルフを、怯えた目で見ているだけだ。

「……う、嘘だ……ビヨトグレイ様が……あんな簡単に負けるなんて」

 そう、誰かの呟きが聞こえた。エルフ本来の魔力を持つ、彼らの代表者のひとりだ、実際その実力は相当なものだったのだろう。しかし、ランドエルフの精霊術の前には、何ら魔術の力は発揮出来なかった。

「次は……俺が行く」

 静まり返った会場に、再びざわめきが起こる。スクェアクが進み、ノゥトハークとすれ違い様に腕と腕を重ねた。

「つ、次だ……! ケフィオスは、ナウシュ! ロゥトのスクェアク……」

 スクェアクの前へと、異様に手足の長い、長身の男が歩み出る。男の眼は無感情で光が無く、ただジッとスクェアクの顔を眺めていた。

「緑児。私はお前達を認めない、私は認めてはならないんだ……ッ!」

「知らねぇよ、テメェのうわ言なんざ。俺は族長みたいに、優しくねぇからな。試合開始までの、残りわずかな余生だ、もう少しマシな事でも考えてろ」

 地面がさざめき、膨大な数の精霊が渦巻くと、スクェアクの体に吸い込まれて行く。天秤の呪いで、魔力が上がった訳でも、見た目に変化が起きる訳でも無いのに、スクェアクの存在感が圧倒的なものへと変化した。

「─── 始めッ!」

 ドムッ!

 スクェアクが大きく開いた間合いを、一瞬の内に詰め、肘で鳩尾みぞおちを下から跳ね上げるように打ち抜いた。開始早々、ナウシュの体が長い手足を躍らせて、宙に吹き飛ばされる。
 それを更に蹴り上げ、真上に吹き飛ばすと、スクェアクは追い掛けるように飛び上がった。

 天井を足場に跳ね返り、一回転して踵をナウシュの顔面へと打ち下ろす。

 ボグッ……ジュパ……ッ

 上空で赤い大輪の花が咲いたように、ナウシュの頭が弾け、バラバラと肉片が床に跳ね落ちる。数瞬遅れて、力無く丸まった胴体が床に叩きつけられ、数回弾みながら転がった。
 余りに一瞬の出来事に、静まり返っていた会場から、阿鼻叫喚の悲鳴が巻き起こる。

 気絶する者、青ざめてヘタリ込む者、嘔吐する者……。

 スーッとゆっくり降下したスクェアクは、会場全体を睨み回した後、マラルメに向けて腕を上げ、親指を地に向けて上下させた。

「な、こ、こんな……ば、ばかな……」
「おい、そこの雑魚野郎に力を合わせて下げられてたんだぜ? こんな不愉快な戦いはごめんだ、とっとと終わりにしろや! こっちはこのまま、テメェと殺り合ったっていいんだぜ?
─── オルネア様に下らねえ口聞いた事、後悔させてやるからよぉ」

 うん、スクェアクくん、ガンギレしてるね。殺し屋さんより、数万倍猟奇的な眼だと思うなアレ、ちょっと危険な信者さんだなぁ。

「はぁ〜♪ スッキリしましたぁ☆」

 ああ、こっちの女神の方が、もっとヤベェ奴かも知れないね?
 これ、マラルメと戦わせたりしたら、笑いながら死ぬまで腹にフォーク刺し続ける系の殺し方とかしそうだわ。

「あ……でも、流石に死なせちゃったら、試合は終わらないし、後々が面倒そうですね。アルくん、久し振りにお願い出来ますか?」
「あー、へいへい」

 会場にマラルメのくぐもった声で、終了の宣言がされ、白髪のエルフ達の悲壮な声が漏れた。
 俺が魔法陣に入って、ナウシュの亡骸に向かって歩き出すと、今度は会場に怯え切った人々の悲鳴が響き渡る。

「き、貴様はエルフではなかろうッ‼︎ わ、わわ、私は、きき、貴様のような……あ、悪魔とは、戦わ……」

 何を勘違いしたのか、次の対戦者がビビりまくってる。観衆には泣崩れる者や、逃げ出す者まで現れた……うん、パニックだ。俺はそれを手で制し、人差し指を口の前に立てた。

─── 【蘇生アネィブ】【属性反転グルスドラー

 それだけを唱えて、俺は元の場所へと戻った。会場が絶叫に包まれたのは、その直後の事だった。

「そ、蘇生─── ⁉︎ そ、それも……無詠唱だと……ッ⁉︎」

 マラルメが驚愕に打ち震えている。まあ、魔術には絶対の自信を持つエルフ族だ、アーシェ婆直伝の魔術がどんだけ破格のものかは、嫌っつう程分かるだろ。そう言う俺も、旅に出るまで、どんだけのモンか知らなかったけども。

「どうすんだ……。こいつの心が折れるまで、殺し続けてもいいんだぜ?」

 スクェアクが興味無さげに、マラルメをにらみつける。うーん、折角生き返らせてあげたんだけどなこの子、嬉々として殺しそうだな。

「私の負けです、貴方がたの意思を尊重いたします……」

 後光のまぶしいナウシュが、深々と頭を下げて言った。例によって、聖人の出来上がりだ。

主人あるじ様。私は……いえ、私達は緑児を憎んでいる訳ではありません。私達が、そうなる事を恐れているのです……」
「どう言う事だ?」
「緑髪として産まれるだけではなく、そちらのノゥトハーク様のように、突如として緑髪になる事が極稀に起こるのです。ある日、急に魔力が弱まり、非エルフとして追放される……。
それはエルフである事に誇りを持ちながら、自分達は森を捨てた『ラウペエルフ』である事に、少なからず劣等感を持つ私達にとって重き事。
……追放の裁定が下される前に、命を断つ者もいるのです。私の母のように」

 ノゥトハーク爺を、マラルメは一目置いているようだった。それは、ノゥトハーク爺がかつて、白髪のエルフの中でも、地位のある者だったという事だろうか。だとすれば、それだけ緑髪である事は、ナウシュの言うように、決定的な問題とされたのは明白だ。
 霊的に高く、魔術にさといエルフが、崇める神の髪色に近い白髪を失い、魔力が弱まれば神罰のようにも思えたとしても不思議じゃない。

「けっ! エルフである事の誇りと、見た目の違いなんざ、関係ねぇだろうが。魔術が下手だって、土の声は聞ける。魔力が低くたって、生きる事に感謝するくらい出来るってんだよ。それのどこがエルフじゃねぇってんだ!」

 スクェアクの怒りは、すでに人に対してでは無く、そうなってしまった流れに対してへと、変わっているようだ。ソフィアをけなされた怒りもあっただろうが、おそらくその後ろに、自分ではどうしようもない、己の生まれへの理不尽さがあったのではないだろうか。

 その運命を明るく変えたソフィアを貶された時、それは緑児に求められた、卑屈な運命に戻れと言われたようにも感じたかも知れない。まあ、あの感じだと、単に信仰心が強過ぎって線も捨てられないが。

「……はい。私も今はそう思います。主人様の御業みわざで私は一度死に、しがらみを捨て、生きる喜びを得ました。私のしがらみは、白髪である事に、そしてこの里で必要とされる事に、縛られていたのです」

「それは仕方がない事だ。自らを縛るものが、どれだけの思い過ごしかと気づけたのなら、それはもう、その運命を超えた事と同じだ……
─── アルフォンス・ゴールマインの名に於いて命ずる。お前は『生きる』と言う最も大きくも、見失いがちなこの運命を大らかにとらえ、足下の小さな運命の中から、自分を幸せにするものだけを拾い、生きるがいい。お前は自由だ。他人も自由だ。他者を愛し、他者に愛され、お前の幸せに価値を見出して生きて行け」

 これで彼は自分の運命を恐れる事なく、自由に生きられるだろう。もしかしたら、母の死に対しても、自罰的になっていた可能性もある。

─── 私はお前達を認めない、私はんだ

 確かスクェアクと戦う前の、彼の言葉だ。どこか切羽詰まったものを感じてはいたが、あの時の彼にとっては、ランドエルフの存在を認める事は、母親の死を無駄にする事。または、母親の死を止められなかった自分が、謂れのない恐怖心に振り回されただけだと認めてしまう事になると恐れただろう。

 ふと、ケフィオスの民の顔を見回してみる。

 その顔は、単に戦いの恐怖だけではなく、自分の価値観が崩れる事に怯えているようにも思えた。

「つ、次だ! 最後は……」

 マラルメが次に出す予定であった戦士を見るも、その戦士はすでに怖気づいているのが見え見えだった。

「この里で最強の戦士は誰?」

 スタルジャが会場中に響き渡る声で、己の対戦すべき強者を求めた。皆の視線は、自ずとひとりの存在へと集められた。

…………スッ!

 彼女の指が、視線を集めたマラルメへと向けられる。

「貴方の全てをぶつけて来なさいッ! 私達が『緑児』が、新しいエルフだと証明してあげるッ‼︎」

 マラルメの顔から戸惑いが消えた。鋭い眼光は自然の怒りそのものと思える程に、大きく、冷たく、残酷だった。

 ビシュ…………ウウゥ……ン……

 彼の持つ魔術杖が赤熱する。そして、ケフィオス最強の戦士が、魔法陣の中心へと降り立った。

「良かろう、私の全てを賭けて、新たなエルフとやらが如何なるものか、見定めてくれるッ!」

 意思の天秤が悲鳴の如く軋みを上げた。力のボーダーラインが、今までとは比べ物にならない程、遥かに高く定められた。その軋む音は、マラルメとスタルジャの実力が、この天秤にとっても未知の領域にあると叫んでいるようだった

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