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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第四章 草原のダラングスグル共和国

第七話 パガエデ

 秋の冷たい夜風に、カップの湯気がフッと流されて、白線を空にく。
 ロゥトの集落は、初めての人間との交易に、思った以上の成果を収めた。夕方戻って来た商隊の荷車を見て、ランドエルフ達は歓声を上げ、豊かな身入りに感謝を捧げて宴を開いた。

「何だ何だパガエデ、お前が功労者なんだ、もっと呑め!」

 そう言って、よく日に焼けた中年エルフのレゼフェルが、僕のカップに素焼きのとっくりを傾けた。

「作物の出来が良かったからですよ。僕なんてただ話をしてただけです」
「何言ってんだ、お前がいたから交換品の価値も分かったし、上等な布地も農具も手に入った。保存食もたんまりだ。今年の冬は凍えずに済む、少しは誇りを持て」

 そう言ってレゼフェルは、口髭をふくふくと持ち上げて微笑んでくれた。時期族長と言われてる彼は、作付けの一切の責任を持ち、草原の暮らしに長けた男だ。

 そして過去、僕の一族との抗争で、娘をひとり殺された……。

 ノゥトハーク爺は、僕に罪は無いと言ってくれたけど、皆の本心はそんなに上手くは行かないだろうと思ってた。でも、彼は僕を息子のように気にかけてくれている。彼だけじゃ無い、ロゥトの皆んなが、僕を優しく迎えてくれた

「……僕にはロゥトに大きな恩があるから。こんな事くらい、いくらだって頑張りますよ」
「へ、まーだそんな事言ってんのか、もうお前はここの家族なんだよ。その堅苦しい話し方もいい加減止めろ。ここに暮らすって決めたんだろ? なら、なおさらだ」

 レゼフェルは人懐っこく笑って、カップをあおった。

─── そう、僕はここに暮らす事に決めたんだ

 スタルジャの居場所を見つけてから、僕は自分の身の振り方を考えようと思っていたけど、彼女はもう、居場所を見つけたらしい。丸太に腰を掛けるアルフォンスさんの隣に、寄り添うようにスタルジャが座り、彼の顔を見上げては心から嬉しそうに笑ってる。

「お、何だこんな所で野郎二人しっぽりしやがって、変な噂が立っちまうぞ? ぶはははは!」

 レゼフェルの幼馴染、ダルディルが茶化しながら近くに腰かけた。彼は大工仕事を取り仕切る、職人気質な男だけど、仕事外では冗談と女の話ばっかりのお調子者だ。

「なぁパガエデ、お前ここに住むって決めたんだってな! んじゃあ、取り急ぎ嫁さんだな」
「またそれ? もういいよダル。僕は僕のペースでやってくから」

 ダルディルは何かと僕に嫁をとらせようとしてくる。特に酒が入るとそればっかりだ。

「何言ってんだ! 男には女があって、初めて至高の生き方を学べるってもんなんだ。いいか、いい女を捕まえるには、優しさだ。それとな、胃袋を掴め! 後は時折、優しい声と花でも贈ってやりゃあいい」

 優しさ、胃袋、花ねぇ。あれ、花じゃなくて作物だけど、アルフォンスさん、全部それスタルジャにしてなかったっけ?
 いや、あの人の場合は、そんなもんじゃないんだろうな。一緒にここまで旅してた間も、僕は彼に憧れを抱いたくらい強くて優しかったし。

「そう言やぁ、族長もお前に料理仕込んでるって言ってたな! ぶははは! この集落から逃がさねぇつもりだそれは。女が出来りゃあ、男は動けねぇからなぁ」

 そうだったのか、場所によってモテる要素は違うと言うけど、僕のいた所とは大分違うな。馬族では基本、腕っ節が強いとか、狩りが上手いとか、詩を詠うのが上手い男がモテる。兄上達はモテてたけど、勉強ばかりしてる僕は、変な目で見られていたっけ。
 料理が出来るっても、やっぱり肉も食べたいし、食生活が合うのだろうか。今の所、野菜と川魚でも辛くは無いけど。

 ただ、ムキムキになったノゥトハーク爺が、着れるもの無いからって、裸エプロンを見せつけられるのはキツイ。料理より着るもの作ればいいのに。最近、夢に出て来るし……。

「ん、また小難しい事を考えてやがんな? ほれ、呑め呑めッ!」

 そう言ってダルディルが酒を注いでくれた。エルフの作る酒は、ハーブの効いた酒が多い、最初は馬乳酒が恋しくなったけど、もう慣れた。酒精は強くないけど、こういう優しい酔い方もいいもんだと知った。

「小難しい事じゃないよ、ノゥトハーク爺の裸にエプロ……」
「「小難しいッ! 聞きたくねぇッ!」」

 いつもこうだ。何でも相談しろとか言っておいてさ。そんなこんなでかなり飲まされた僕は、トイレついでに集落の横の丘に登って、少し休む事にした。

(うーん、ハーブのお酒は優しいけど、トイレが近くなるんだよなぁ)

 そんな事を頭の中でぶちぶちとこぼしながら、裸足で草をサクサク踏んで丘を登る。寒い時期に備えて、密度を上げた草の感触が、ひんやりと気持ちがいい。

 僕は時折、この夜の丘に登る。

 頭の中がごちゃごちゃしてきた時、ここから見下ろすロゥトの風景は、まだ自分に馴染みのない外国のような感覚がある。ここにいるのが自分のようで、自分じゃないような浮遊感が、考えを解してくれるから。上に広がる星空は、前と他に何の変わりもない、そこがまた非現実的な気持ちにさせる。

 丘の途中で、集落を振り返って見下ろすと、所々に篝火かがりびの灯りが目に入った。まだ、あそこには、交易の成功を喜びを分かち合う、ランドエルフ達の楽しげな声があるのだろう。こうして離れてみると、自分がその一員から抜け出たような、ほのかな孤独感が募る。

「……僕は上手くやって行けるのかな」

 そうつぶやいて、丘の頂上まで登った。今は何となく、星だけを見たい気持ちになっていたから。

「ん? パガエデ……か?」

 そこには先客がいて、僕の姿に気がつくと、仰向けで寝ていた大きな体をムクリと起こした。

「あれ? アルさん、こんな所で何してるんですか? アルさんがいないと、みんな盛り上がらないですよ」
「何言ってんだよ。今日の主役はパガエデだろ。お前こそ抜けていいのかよ。レゼフェルとダルディルが寂しがるんじゃねぇか?」

 そう言って笑っている。

「オッサンふたりから、延々と結婚の話を聞かされてみてよ。静かな星が恋しくなりますって」
「あー、パガエデもか。俺も族長に延々聞かされてたわ。今回の交易で得た布地で、エプロン作ってやるってしつこいんだよ……」
「「儂がランドエルフ料理を教えてやる」」

 耳にタコが出来た台詞を口に出したら、彼と完璧に一致してしまった。

「「ぷっ! あはははははっ!」」

 彼は笑いながら僕に手招きして、火酒の瓶を振って見せる。僕がうなずくと、ズダ袋からグラスとジャーキーを出してくれた。

「わー、肉だ♪ それにこの火酒は……」
「アケルから、ダルンに入った最初の街でさ、この酒が気に入って皆んなで潰れるまで飲んだんだよ。二日酔いが酷くて、しばらくはいいやと思ってたんだけどな。やっぱりダルンの星の下で呑むのは馬乳の匂いのするこれだろ」

 色は澄んでいるのに、何処か乳臭くて、脂を微かに感じる味。口当たりが良いのに、強い酒精が喉を押し広げて行く。

「く〜ッ! ははは、うん、これです。これですよやっぱり!」

 そう言うと、彼は嬉しそうに笑って、注ぎ直してくれた。商談の事を話すと、彼も興味深げに色々と聞いてきて、人間の商人にオドオドしてたスクェアク達の話をしたらゲラゲラ笑っていた。

「ああ、そうだ。アルさん、僕、この集落に留まる事にしました」

 彼はいつも忙しくて、なかなか切り出す隙が無かったから、ようやく話す事が出来た。

「うん、スタルジャや皆んなからも聞いてる。良かったじゃないか、きっと上手く行く」

 彼が言うと、本当に上手くいってしまう気がするから不思議だ。そう思って彼の顔をみると、彼はまるでそうなる事を信じ切っているような、温かな表情をしていた。

 そうか、彼の言葉にやる気が出るのは、彼が出来ると、信じてくれているからなんだ!

 僕は深く頷いて、彼に酒を注ぎ返した。それをクイっと一口飲んで、少しバツの悪そうな顔を見せた。

「……スタルジャを連れて行く」

 僕の気持ちなんて、やっぱり彼にもバレバレだったんだよね。彼女とは、僕の勝手な片想いだったんだから、気にしないでいいのに……。
 いや、ここはちゃんと僕の気持ちも言っておこう。彼はいつもちゃんと自分の気持ちを口にしていたんだ、見習っておきたい。

「─── 初恋は実らない方が良い」
「………………!」
「ほら、そんな言い伝えがあるじゃないですか。あやふやな運命の時に、将来を左右するような心の決定をすると、いい事が起きなくなるってやつ」

 ああ、彼の国にもあるんだ、この言い伝え。驚いた顔をしてるし。

「スタルジャの運命は、きっと凄く大きい。僕は精霊が見えないし、エルフみたいな勘がないから分からないけど……それでも分かる。彼女の運命を支えられるのは、もっと大きな運命を背負った人か、彼女が運命を手放す程の何かが起きた時に助けられる人です。
それは、アルさん。貴方ですよ」

「パガエデ……」

 何故か彼の方が泣きそうな顔をしている。へへ、初めて上に立てたのかな、勝負には完ッ全に負けているけど。

「僕も男ですから、そりゃあ大きな何かを抱えられるように生きてみたいですよ? でも、僕に抱えられるのは、父上譲りの考え方を元に、近くの人の幸せを考える事くらいですから。だから僕は、僕を受け入れてくれたロゥトを助けたい」

 そう、僕にはもう、スタルジャの隣を歩ける覚悟は持っていられない。きっと白髪のエルフの所について行ったって、何も出来ないだろう。
 おそらくそこで必要になるのは……

─── 要求を押し通す力、武力による示威しい

「白髪のエルフと緑髪のエルフが別れてから、永い時間が経ってしまっています。白髪のエルフは、緑髪のエルフを下に見るのが、最早、常識になっているはずです。
……それをひっくり返すのは、もう話術では不可能です。一度目を背けた者に、穏やかな注視を求めるのは、難しいでしょう。下手に契機を逃せば、戦争に成りかねない。
ランドエルフの力を一目で分からせて、一気に交渉に持ち込むには、強い力が必要になります」

 戦争はただの暴力じゃない、交渉では埋められない事態に陥った時、示威活動をしても抑えられなければ殴り合いになる。綺麗事なんか、生きて行く上で何の役にも立たないんだ。

 でも、もちろん避けられるのなら、それに越した事はない。話し合いでの交渉に持って行くにも、現状は力を示さなければ不可能。
 なら、交戦になる前に、力を見せつけて交渉の場に引っ張り出すしかない。

「その場に弱い者の存在は、邪魔になるだけです。臨むなら、ランドエルフ全体の力を見せつけられるだけの、強いメンバーで短期の内に舞台を作る方がいい」
「俺も色々考えたけど、やっぱりそれしかないんだよな。出来れば穏便に事が進むのが理想だが、そうも言っていられない。流石だよパガエデ。ありがとう、ようやく決心がついた」

 そう言って、彼は手を差し出して来た。
 僕もその手を求めて握手を……

「痛……ッ」
「お、ど、どうしたパガエデ⁉︎」

 忘れてた。僕の手の平は今、慣れない農具とか、大工道具でマメが潰れまくってた。

「これは……回復魔術、掛けてやろうか?」

 自分の事のように痛そうな顔をする、そんな彼に僕は首を振った。

「これで、いいんだよ。こういう痛みが、ロゥトに根付いてるって、実感させてくれるんだから」
「そっか……。これからは寒くなる、一応これを渡しておくよ。使ってもらえたら嬉しい」

 そう言って、彼は小さな小瓶をくれた。

「俺の作った軟膏だよ。回復薬みたいに一瞬で傷を治す事は無いけど、乾燥と悪化は防げる。傷とかひび割れに使うといい」
「…………ありがとう、大事に使うよ。スタルジャをどうか頼む、彼女を幸せにしてやって欲しい」

 ああ、ダメな奴だな僕は……。男として、心にケジメをつけたつもりだったのに、やっぱり涙が出て来てしまった。

「ああ、約束する」

 彼の声は、酒の浮遊感も、景色へのぼんやりとした非現実感も超えて、真っ直ぐに響いた。そうか、これは失恋の涙じゃない。この人の優しさへと、この人について行けない事への寂しさだ。

 星空は僕がずっと前から知ってる何も変わらない景色だけど、その下にいる僕らはどんどん変わって行くんだと理解した。僕は僕に出来る精一杯の事で、大切な人達を守って行こう。

 それが僕の背負える精一杯の運命なんだ。

 ※ ※ ※

 水車小屋の周りに設置されたデッキの上に、六人で並び、対岸の林の先を見つめていた。

 白髪のエルフの領域『ケフィオス』は、この河の先にあると言うが、何故かソフィアは舟の用意をさせなかった。後ろには集落の人々が集まり、見送ろうと押し掛けている。

「で、ソフィア様、舟も要らんと仰いましたが、一体儂らはどのようにして、河の先に?」
「ふふふ、皆さんが精霊との結び付きに、目覚めた辺りからですかね。生意気にも対岸から、遠視の魔術を使ってる方がいましてね。覗きは犯罪ですから、お返しになーんて事のない『魔術練習中』の幻覚を見せていたのですけど……。皆さんの精霊術で膨らんだ魔力が、気になって仕方がないみたいですよ?」
「「「─── ッ⁉︎」」」

 それを耳にした全員がどよめいた。さらっと凄い事実を……んで、さらっと高度な仕返しを……。

「たった今その幻覚も解きましたから、いきなり私達が勢揃いでここにいる映像を見せられて、アワ食ってると思うんです♪ どうせ、ビビらせなきゃいけないんですから、ちょっと普通じゃ出来ないやり方でいきましょう」

─── 【 道 よ 在 れ 】

 突然、耳鳴りがする程の神気の高まりと、ソフィアの澄み切った言霊が響く。その刹那、川面を真っ直ぐに光が走り、対岸にぶつかると、強烈な光を放って消えた。

「え! へ⁉︎ す、水面が……?」

 スクェアクが驚愕に我を失いかけたのを、ソフィアが手を開いて制止した。

「ほらほら、顔だけは平静を保ちましょうよ。こんな事が当たり前だって、覗き魔さん達に知らしめるんですから♪」

 向こう岸まで真っ直ぐに、川底まで見通せるほど透き通った、水面の帯が出来上がっている。その両脇はいつも通り、河の流れに光が乱反射して、底が見えないただの川面だった。まるで水面に透明な膜を一本、ぴんと張ったようにその部分だけ波が止まっている。その下を、チラチラと小魚が通る姿や、水草のそよぐ姿が観察できた。

「水の表面を少しいじりました。この透き通った所は、鉄より硬くなってますよ。さあ、阻む物はありません、真っ直ぐに歩いていきましょう。あ、くれぐれも慌てず騒がず、クールな顔でお願いしますね♪」

 そう言って彼女が一歩踏み出すと、石畳を踏むような硬い音がして、彼女を川面に立たせた。そのまま、当たり前のように、歩いて河を進んで行く。
 俺が続こうとした時、ソフィアが振り返り、悪戯っぽい顔で囁いた。

「あ、そうそう。アルくんはなるべく後ろに離れて、偉そうに進んで来て下さい。何だったら、悪霊を一家総出ではべらすくらい、よこしまな感じでお願いしまーす☆」

 これはまた、エゲツない事を考えてる感じだな。
 今、俺は髑髏どくろの全身鎧を着けている。この集落に来て、初めて【着葬クラッド】したが、子供達が怯えて大変だった。

 まぁ、作戦だしな。抑えなくていいなら、それはそれで楽だ、ちょっと冒険して思い切り邪に行ってみよう。

 ……ゴ ゴ ゴ ゴ ゴゴ ゴ ゴ ゴ……

 久し振りに装備の呪い全開放してみたけど、これ余計酷くなってねぇか? 何か地響きみたいの鳴ってるし、肩口とかにまぶたと口が縫われた、干し首みたいなの浮かび上がってるし。
 ……こんな所にこんな蛇、絡んでたっけ?

 うっ、後ろで皆んなが、後退りした気配がしたぞ⁉︎

 恐る恐る振り向くと、向こうが見えないくらい集まった悪霊が、俺の後ろにたなびいて、ちょっとモダンなマントみたいになってた。やり過ぎたかな……前を歩く族長とスクェアクまで、ちょっと縮こまってる気がする。『振り返っちゃ駄目だ』って、スクェアクの念仏みたいに唱える声が、何度も繰り返されてる。

 もういいや(悪霊・呪いの類の)皆んな、伸び伸びやりなさい。

 ズズ……ズズズ……ズ……ッ

 魔力を少しだけ悪霊達にくれてやったら、俺の周りだけ、夜みたいになってしまった。その闇の中で、鎧がぼんやりと青白く光ってる。

 ソフィア、ティフォ、スタルジャ。そして、集落からは族長のノゥトハーク爺、スクェアクの実力者二人が、河を歩き白髪のエルフの領域を目指す。その後ろを『夜の悪神』みたいな俺が、出来る限り悠然と歩く。

…………ふふふ。覗き魔さん達、慌てふためいているみたいです♪…………

 ソフィアの悪〜い感じの声で、念話が届く。こちらの様子は、確かに相手へと届いているようだ。こうして永きに渡り『緑児みどりご』とさげすまれた、彼らの反意が、今まさに突きつけられた。

 後にロゥトの入口に立つ、二本の石柱に『調律の神オルネア』と『どう見ても邪神アルフォンス』が、向かい合うように彫られるが、それはまた別の話

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