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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第四章 草原のダラングスグル共和国

第十一話 絆

 エルフは意外と酒に弱い。おもてなしの宴が開かれるも、格式高い雰囲気は、すぐに入り乱れたドンチャン騒ぎへと雪崩込んでいた。マラルメとノゥトハークは、真っ赤な顔で何やら熱く語り合い、スクェアクは術者の卵だと言う女性エルフに囲まれて戸惑っている。

 俺の周りには、興奮しきりの者や、何かしら噛み付いてくる目の座った奴らが殺到していた。皆さんもれなく全員、デキあがっている。
 それでも会話の内容は、魔術に関する事が多く、特に俺を取り囲んでる人々は、主にそればかりだった。

 彼らは本当に魔術談義が好きだ。

 高度な古代エルフ魔術を操る彼らの暮らしは、正に魔術漬けと言うか、生活の至る所に魔術が利用されていた。宴の会場はマラルメの邸宅にある、集会用のホールで、最初に案内された時は、驚くばかりだった。灯りは魔石灯ではなく、魔法陣を用いた光魔術を応用していたし、踏めば浮かび上がる板を階段がわりに使っていたりする。
 水回りの設備なんかも、魔術を利用しているため、インフラを考慮した都市計画を必要としない。むしろ街づくりまで魔術式を応用した、儀式特化の設計がされているらしい。

 ロゥトの集落も、精霊術ありきで設計したら、物凄く便利になるんじゃないだろうか。

 しかし、その分必要とされない技術は伸びないもので、建築工法そのものや、工芸関係の生産技術はそれ程文化レベルが高くは無いようだ。彼らは孤高の個人主義だと聞いていたが、どうも魔術研究に没頭する、研究者肌の性質のような気がしている。

 そんな彼らの目の前で、蘇生魔術を無詠唱でやっちまったら、こーなるわなぁ。気がつけば、俺を他所に無詠唱推進派と、アンチ無詠唱派に分かれて、朝まで討論コースに突き進んでいる。
 ……何とも迷惑な人達だ。

「ふぇぇ? なぁんれすかぁ?」
「……いや、何も言ってないが」

 胡座をかいた俺の左膝を、枕にして寝てたスタルジャが、真っ赤な顔で寝惚けている。彼女は酒を飲み出したら、とんでもないキス魔に変貌して、抑えるのが大変だった。

 実は浴場でのキスが、彼女のファーストキスだったらしく、かなり高揚していたようだ。俺もだけど。ティフォまで触発されて、ハードバキューム式に内臓を吸われかけた時は、花畑が近くに見えた程だった。
 ちなみに、それで満足したスタルジャは俺の左膝を枕に、ティフォは右膝に座って黙々と酒を飲んでいる。もうだいぶ前から足が痺れて、感覚が無くなっているが、スタルジャを刺激すると大変なので動けずにいた。

『アルく〜ん……』

 高い位置からソフィアの弱々しい声が聞こえる。

「……やっぱりここは寂しいですよぅ。……降りていいですか……?」

 彼女は今、やぐらのように組み上げられた『神様席』に座っていた。

「……俺に言われてもなぁ。ソフィがあんな事言うからだろ……?」
「はうぅ……調子こいてましたぁ〜」

 『意思の天秤』が終わった後、マラルメはランドエルフを認めはしたものの、エルフの良くないプライドを発揮してしまった。

  何故ここに、人間と悪魔がいる?

 どうも俺は悪魔だと怯えられていたらしい。結果的に交戦を諦め、例の戦いの儀式で話をつけようとなったのは、ソフィアの狙い通りで好都合ではあった。
 ……が、元々人間を好まない彼らは、ソフィアとティフォの神気や言霊を感じられずにいたため、人間として対応しようとしていた。更に言えば、ソフィアは神をかたった者として、かなり冷たい態度を向けられてしまったのだ。

 その時もノゥトハーク爺とスクェアクが、烈火の如くブチ切れたのだが、それすらも霞んでしまう別次元のガチ切れをしたのがソフィア本人だった。

〜〜〜以下、回想〜〜〜

「何故ここに、人間と悪魔がいる?」

 スタルジャとの戦いで、ランドエルフを認めたマラルメではあったが『黒い髑髏どくろの悪魔』こと俺を始め、神をかたったソフィアと、結界を蹴り壊した破天荒なティフォに対しての不信感はそのままだった。

「ランドエルフの事は良いとしよう。しかし、ここに悪魔と人間がいるのは我慢ならん。特にそこの女、神を騙った罪は見過ごせんぞ! ……この恥知らずが」

 そう言った瞬間、ノゥトハークとスクェアクが、史上最大の殺気を天にブチ上げた。膨大な量の精霊が会場内を飛び回り、地鳴りを起こす程の魔力が膨れ上がる。

「「……気が変わった。やはり滅ぼす」」

 会場内のエルフ達は、急転直下の展開について行けず、二人の殺気に当てられて金縛りにあっている。

「な、何をお前達は─── 」

 マラルメが途中で言葉を失った。凄絶な神気が、彼を地に押し潰したのだ。俺の鎧までもが、キンキンと危険信号を鳴らしている。
 ここに居る者達が、霊的に洗練されたエルフ族で無ければ、即死しててもおかしくはない程の神気の暴圧。

─── 一度ならず、二度も私をまがい物と罵るとは。本来ならば、貴方のような瑣末さまつな者など、捨て置くのですが……

─── どうにもその選民思想は、この地の弊害にしかならないようですね。強く在る道もあると言うのに

─── よろしい。連帯責任として、バランスを取れるぎりぎりまで、間引いて差し上げましょうか

 ソフィアの掲げた手に、神気が集まり、更に膨れ上がって行く。

「クッ、面妖な……ッ! 【破邪法タリスマ落葉クゥエルボ】……‼︎」

 マラルメが床に手を添えて、鍵言を唱えると、魔法陣が強烈な光を発して、ソフィアを包み込んだ。魔法陣を利用した、邪気と魔力を削ぎ落とす魔術が発動される。
 しかし、ソフィアには何ら効果がないどころか、その聖なる魔術は、彼女に力を与えていた。

「……聖なる力を吸収……⁉︎ まさか、そんな……ほ、本当に……⁉︎」

 ダァンッ!

 落雷の如き轟音と共に、魔法陣の施された床が、さいの目状に砕かれて宙を舞う。その上を音もなく歩くソフィアの足元で、砕かれた石材の破片が、甲高カンだかい音を立てて弾け飛ぶ。

─── それ程に強き存在が正しいと思うのなら、自らの思想にならい、弱き者よ消滅なさい……!

「はいストップ。ソフィ……俺がお前を信じてる。それじゃ足りないか……?」

 背後から強く抱きしめて、耳元で囁いた。『はぅん』と声を漏らして、強張っていた体から力が抜けるのが伝わる。

「んもう。そんな事、アルくんに言われたら……私、彼らも救わなきゃ行けなくなるじゃないですかぁ」

 耳まで真っ赤に染めて、潤んだ瞳で俺を振り返って見上げて言った。チョロ……いや、良かった、落ち着いて。

「ん〜、でも、言葉だけじゃ、ちょっと……足りない……です」
「……あ、あとで、二人きりの時に……な」

 ドシャッ

 ノゥトハークとスクェアクが、尻餅を突いて、愕然とした顔でこちらを見ている。マジ切れのソフィアの神気を当てられたんだ、仕方がないだろう。と言うか、最近信仰されたりしたせいか、ソフィアの力が跳ね上がってる気がする。うん、怒らせちゃいけないよ、この女神は。

 ザザザザ……

 会場中から、衣摺きぬずれれのさざめきが押し寄せた。ソフィアから一旦離れると、彼女は指を絡めて手を繋いで来る。

─── 全てのエルフ達がひざまずいていた

 スタルジャまでもが、厳かに跪き、祈りを捧げるように恭順を示している。白く輝く髪の頭が、一斉に向いている様は、宗教絵画の一場面のような美しさがあった。

「畏れ多くも、このマラルメ……貴女様を疑うなど……。この万死に値する……過ちを……どうか、どうか!」
「はい? あ、分かったんなら、もーいーです」

 何てぇ変わり身の速さ! もうマラルメに興味無いらしい。とは言え、彼女はやはり女神と言うべきか、偽物扱いされて怒ってるだけだと思いきや、白髪のエルフの持つ、選民的な思考に思う所があったようだ。それも平等への意識とかでは無く、種族として強く在るかどうかが問題なのが、調律の神らしい所だなぁ。

「さっき『強く在る道もある』って言ったけど、何かあるのか?」
「そうですねぇ。……強いて言うのなら、彼らもランドエルフと同じく、他者の力を得る事でより高みに登れる、とだけ言っておきましょう」

 予言みたいな言葉をサラッと宣う。ダラダラと脂汗を流して、震えていたマラルメはビクっと反応すると、地に頭を擦り付けた。
 正直、気の毒に感じる所もある。

  森に住む本家エルフ族から『ラウペエルフ』とさげすまれ、自らも劣等感を抱いた彼ら。そんな中で突如、魔力の弱い緑髪の者が一族から生まれるようになれば、更に自分達が誇りを持っていたエルフの血から、かけ離れてしまうと怯えただろう。
 自分達が自分達ではない、何か劣る存在に落ちていく事に、集団ヒステリーを起こしていたのだから。

 マラルメの不遜ふそんな態度には、悪意では無く、草原のエルフを守り通す、強く固い意志があったのだと思えば理解もできる。しかし、このままでは、その集団ヒステリーが邪魔をするし、今まで信じて来た事が、自分達の過ちだったと萎縮し兼ねない。

 何か新しい意志が必要だ。それも、一度極端に考えが変わるくらいの、大きな出来事、大きなエネルギーが必要になるだろう。そう、例えばより高位の霊的存在の意志……

「ふふ。また、優しい事を考えちゃってますねアルくん」

 そんな事を考えていたら、ソフィアが微笑んでそう囁いた。俺は鎧を解いて、彼女の目を見つめる。この地の安寧には、彼らの力も必要だと、彼女も分かり切っているのだろう。

「守護神として、本当にそんな貴方と出逢えた事、誇らしく思います」

 神気が再び跳ね上がる。
 しかし、そこにあるのは先程までの、殺気を孕んだものではなく、温かで優しい希望に満ち溢れた光のような神の慈しみ。

─── 神を崇めるのは、神の高さを敬う事ではありません

─── そこに在る、全ての運命を敬う事

─── すなわち、貴方がた自身を敬う事でもあります

─── 白き草原のエルフ達よ、敬いなさい
神の造りし世界に、必要とされ、産み落とされた全ての存在を

─── 自分にそぐわぬ運命は、決して悪ではありません
それらの運命は、貴方がたの進む運命に関わる、大きな要素のひとつなのです

─── 白き草原のエルフ達よ、敬いなさい

─── ランドエルフが精霊と協力して歩み出したように、貴方達も強かに生きて行く運命にあるのですから

 頑なだった白髪のエルフ達にも、この温かな言霊は刻み込まれたようだ。全てを赦されたかのような開放感と、運命に見放されていた訳では無いと言う安心感だろうか、深い安堵と歓喜が溢れ返る。

「…………有難きッ……幸せ!」

 マラルメを始め、そこに居た白髪のエルフ達が涙する。ソフィアはそれを見回した後、口を開いた。

「とは言え、次に私の身内、特にこのアルくんに生意気な口を聞いたら、地上から消滅させますので、そのつもりで」

 それはもう、蜂の巣を突いたような騒ぎで、この宴の準備が始まった。

〜〜〜以上、回想〜〜〜

「……うんしょ……うんしょ……」

 寂しさに我慢し切れなくなったソフィアが、神様席から降りて来た。

「はぁ〜、やっぱり私の席はここですね♪」

 そうため息交じりに言いながら、俺の脚の上にストンと腰を下ろす。

「「ぶにゃん」」

 膝に乗って居たティフォとスタルジャが、ずり落ちて鈍い声を漏らした。

「ソフィ、それ、あたしのひざ」
「ティフォちゃん達は充分堪能してたじゃないですか。私は隔離されてたんですよ?」

 いや俺の膝だしな? 隔離じゃなくて神様席だったしな? 後、俺の脚の感覚、もう無くなっちゃってるし、股関節超痛いんだけどな?
 酔っ払ったエルフ達は『神様降臨、神様降臨』とはしゃいでいる。いや、飽きて降りて来ただけだしな?

「何だよアル様ばっかりモテてさぁ」

 スクェアクがようやく女性陣に解放されたのか、ブチブチ呟きながらやって来た。

「……さっきまでコロニー作ってた奴が何言ってんだか」
「ハァッ? あれはアル様の事を根掘り葉掘り聞かれてたんすよ……」

 いや、こっちが『ハァッ?』だよ、そんな甘い話があるわけねえだろうが!

「あれか? 『悪魔は何食うのか』とか『聖水は効くのか』とかか?」
「ちっがいますよ。『ソフィア様とはどーいう関係ですか』とか『ティフォ様とスタルジャは妾なのか』とかっすよ! 人間の男の落とし方とか聞かれても、分かんねーつうの」

 そう言われて、スクェアクの逃げて来たコロニーを見ると、女性陣はこちらをチラチラ見ながら時折黄色い声を上げていた。

 エルフは基本全員美形だ。ブチブチ呟いて酒を煽ってるスクェアクだって、彫刻みたいな男前だ。そんな美形種族の女性陣に、あんな反応見せられたら、経験値の低い俺は絶対勘違いするに決まっている。ここは危険だ、早く出よう。
 何だか酒の味が分からなくなって来たのは、そんな気まずい雰囲気のせいか、それとも俺に乗ってるソフィアの、尻の柔らかさのせいか……。

 ともあれ、大きな問題もなく、白髪のエルフとランドエルフの友好の宴は、成功の内に終わったのだった。

 ※ ※ ※

 翌日。

 俺達は一旦、ロゥトの集落に帰る事となった。話すべき事は、昨夜までの間に、ノゥトハークとマラルメで詰めたらしいが、双方それをお互いの民と相談して進めて行く方針だそうな。そんな訳で、特に引き留めがある訳でも無く、あっさりとお別れである。

 とは言え、ジグナ河を挟んでお隣って距離なのだから、親交さえあれば付き合いは簡単だ。草原を半日程歩けば、すぐに川沿いの林にぶつかる。

「ソフィ、帰りはどうなるんだ? あの水の橋ってまだあるの?」
「ありますよ♪ あれは私が『もういいや』って思うまで存在しますからね」

 多分どうやってるのか聞いても、チンプンカンプンな高レベルな事なんだろうけど、こう軽く説明されると尊敬しにくい。『へえぇ』と無難に返事をして林を進めば、目の前にジグナ河が広がった。

「─── あれ? 何であんなに人が集まってんだ?」
「出迎え……て感じでは無いようですのう。どうにも」

 俺達の姿を見て、手を振っているが、熱烈な感じでは無い。どうにも元気が無いと言うか、取り敢えずこちらに気が付いている事を、ただ教えているだけと言った様子だった。
 皆で顔を合わせ、何とも言えない空気のまま、水面に残された水の橋を渡って、何の苦もなくロゥトへ帰還を果たした。

「『月夜の風狼家』の者を捕らえています」

 次期族長と名高い、屈強な風貌のレゼフェルが、集落へ続く丘の道を歩きながら、疲れ切った様子でそう言った。

「パガエデの一族が⁉︎ なぜ今頃!」
「……パガエデとスタルジャを取り戻しに来たようです。交易をさせようと考えていたようなのですが……」

 顔を伏せて見せないようにしているが、レゼフェルの顔には、泣き腫らした後のような、水気のない落ち窪んだ影がある。

「何だってこんな時に。馬族はどうしたんだ? 今のロゥトなら、残っている者達でも、いや、あんたひとりででも充分お釣りが来る」
「はい……話合いに徹しようとしましたが、結局交戦となりまして……今は全員捕らえて、拘束しています」

 かつては毒を盛られた上での敗北だったが、元々はランドエルフの方が実力は上だ。でも、今は馬族への過去の出来事から、警戒していたはずだし、戦力は過去とは比べ物にならない。それこそ、赤子の手を捻るような戦いだったはずだが、この憔悴し切った表情は何だ?

「ロゥトに怪我人は……パガエデは? あいつはどうしてる? さぞかし動揺して……」
「─── パガエデは……死にました」

 頭が真っ白になった。たったこの二日不在にしただけで、何故?

「……嘘。レゼフェルさん、いくら何でも冗談キツすぎだってば〜! 言っていい事と悪い事が─── 」

 スタルジャが、慌てて言葉を取り消させようと、前を歩くレゼフェルの背中にそう言う。しかし、彼は立ち止まり、静かに首を振っていた。

「皆さんが河を渡って半日くらいの事でした。突然集落のそばに奴らが現れて……無視すれば不可視のまじないで気付かれなかったはずでしたが……。ヘイロンの奴が、馬族の姿を見るなり頭に血が上っちまったそうで、立ち向かおうと外に出てしまったんです」

 ヘイロンは結婚間近の婚約者と、両親を殺されて孤独になった男だ。不可視のまじないは、外から見つける事は難しいが、中の者が出て来てしまえば、しばらくの間は効力を発揮しない。

「俺とパガエデは水車小屋にいて、水路の相談をしてたんですが、ダルディルの奴が呼びに来て、話を聞いたパガエデは……。馬族の族長の言った事に腹を立てて、殴り掛かっちまって。
あの時、俺が止めてりゃあ、俺が内心『ざまぁねぇ』なんて、下らねぇ事考えてなけりゃあ……」

 そこまでが限界だったようだ。レゼフェルは顔を押さえて泣き崩れてしまった。

 ダッ……

 スタルジャが耐え切れずに、集落に向かって走り出した。

「スタルジャ! くっ、レゼフェル、パガエデは今どこに……どこに眠っている!」
「ダルディルの家……に、あいつ、パガエデの事、息子みたいだからって……。お、俺だってあいつの事ぁ、実の息子みてぇに……う、うおおおッ‼︎」

 エルフの男は人前で泣かない。例え友との死別にあっても、彼らエルフは死すれば自然と一体となり、見守り続けると信じていた。

 ……では、人間のパガエデは死んだらどうなる?

 服の胸元をむしり、地に頭を付けてうずくまる彼の慟哭どうこくは、永遠の別離への叫び。その悲痛な唸り声に、俺の胸が締め付けられる。

「行ってあげて下さいアルくん。ここは私が……」

 ソフィアがそう言って、青ざめた顔に微笑みを作り、レゼフェルの背中に手を当てていた。俺は弾けるように地を蹴って、パガエデのいる所へと駆け出した。

 ※ 

「通してくれ……」

 ダルディルの家の前には、集落の人々が集まっていた。俺に気がつくと、皆、泣き腫らした顔を伏せて、道を開ける。

「おお……アルフォンス様……! 申し訳ありませぬ! 儂が儂が死ねば良かったものを……!」

 年老いた男が、膝をついて白く濁った瞳を震わせていた。病で視力を失いつつも、昔ながらの農法を良く知る彼に、パガエデは良く相談していたし、そんなパガエデを可愛がっていた。
 彼だけじゃない、集落の男達が、教えを破り涙している。

─── 見ろよパガエデ、お前の家族が泣いてるぞ……ここがお前の家になってたんじゃないか

 ダルディルの家の入口で、数本の花を渡された。これを手向たむけろと言うのだろう。家の中を案内され、彼の眠る部屋に入ると、ダルディルと数人の者に囲まれて、息を切らせたスタルジャが立ち尽くしていた。

「 ねぇ、アル様……パガエデはずるいよね。ずっと、私のかたきの家族だったクセにさ、急に私の居場所を作るとか言っちゃって……。今度は私を悲しませようって言うの」

 そう言いながら、大粒の涙が頬をこぼれ落ちていった。彼女の言葉に、呆然と座り込んでいたダルディルも、肩を震わせて顔を伏せた。

 「ただいま、パガエデ……」

 彼の横たわる寝台には、溢れんばかりの花が乗せられている。この数ヶ月の間に、寝る間も惜しんで重ねた彼の努力は、きっと彼の思っていた以上に、必要な存在だと認められていたのだろう。

「……良かったな、パガエデ。これだけ必要とされたから、
─── お前はまだ、現世にいたんだ」

 そう呟くと、天井の片隅に佇んでいた小さな光がふわりと動いた。

─── 【蘇生アネィブ】【属性反転グルスドラー】!

 黒い魔法陣が彼を中心に現れて、ゆっくりと回転すると、青白い光の柱が立ち上がる。邪悪な影が一瞬さした後、黄金色のオーラを纏って、彼のまぶたが薄っすらと開く。

「いよう、パガエデ。お帰り」

 そう声を掛ければ、彼は微笑みながら体を起こして、くすぐったそうに言った。

「ただいまです。あ……後、お帰りなさい主人あるじ様……いや、あー、アルさん?」

 妙に闇に喰われてる時間も短かったし、起き上がった今のパガエデには、生前とほとんど変わりが無かった。元から聖人みたいな奴だったしな。

「……ぱ、パガエデ……?」
「あ……お、お帰りスタルジャ─── 」
「「「ぱ、パガエデえぇぇぇ〜ッ!」」」

 硬直していた、ダルディル率いる職人男衆に抱きつかれ、パガエデの体は再び花の中へと沈み込んだ。

「うふふ、本当に男にモテる子ねぇ」

 ダルディルの奥さんが、目尻の涙を拭いながらそう言うと、男衆が鼻水を飛ばして笑った。ダルディルはその言葉も耳に入らず、髭面の厳しい顔で、パガエデに頬ずりを繰り返していた。

「い、痛い痛い痛いッ! ダル、ひげ痛いッ! それに脂すごいって!」
「ぶひぃ〜んッ! だってよぉ、うえっ! ああそうか、あれから風呂入ってねぇ……ぶひぃ〜んッ!」

 男だらけの寝台に花が散る。そう言うと相当にアレだが、誰しもがパガエデの目覚めに喜び、彼を愛おしく思っているのが痛い程伝わって来た。

「はぁ……本当に人騒がせな人間だよね。でも、ありがとう……アル様。これで私、気兼ね無くこの集落を後にできる。こんなに、みんな人間と仲良くなれるんだもんね」

 この情景は、ランドエルフと別種族である人間との、強い絆が叶えられる証明だ。スタルジャは、俺とこの地を離れる決意をしたが、このロゥトがどう世界に開かれて行くか、不安があったのだろう。

 蘇生の成功だってそうだ。

 もし、俺達の帰りがもう少し遅かったら。
 もし、パガエデの死を惜しむ者が無く、魂が何処かへ飛んで行ってしまっていたら。

 パガエデの再起は、彼らの想いの強さでもある。
 たまたま、俺達がいない時に、たまたま襲撃を受け、連れ去られるだけのはずが殺された。このタイミングで起きた、最悪の事態だったはずが、逆に絆を深めつつ、聖戦士として生まれ変わったパガエデが誕生した。

 グール並みの力と魔力を持った、エルフに愛される人間。

 それはこのダルンが、強力な守護を得たのと同じ事だ。白髪のエルフ達との和睦、人間との親交、それはロゥトの運命を大きく変える流れになる事だろう。

─── ただ、それはそれ。俺なりのやり方で、今回のはキッチリつけさせてもらおう

 ※ ※ ※

 ブラウルが死んでから、族長は少しおかしい。急に他の部族とのいざこざが増えたし、影響力を持つのに躍起になり過ぎて、前が見えていないようだ。
 狩猟よりも、他から奪う事に血眼になっているようにも思える。

 今となっては、ブラウルが正しかったのかも知れないが、族長の言葉は絶対だ。

 親の言葉を誰が否定できる?

 俺はこの『月夜の風狼家』の戦士ゼルジフ。風狼の神と、父親たる族長の子。俺の考えなど、一族のためにはならない。

「おいゼルジフ、新しい情報が入った。パガエデの奴は、ラウペエルフと組んで、交易を始めた。あの親にしてこの子ありか、ずいぶんともうけたらしい。ゼルジフ、アイツを連れ戻せ」

「……親父殿、それは無理だ。アイツの兄弟を殺してる。今更連れ戻すのは、道理が通らない」

 バシンッ!

 怒りに任せて、族長は俺の頬を杖で打った。口の中に血の味が広がる。

「いつからお前は、儂に口を聞ける程えらくなった? お前には儂の考えは分からん、連れ戻せと言ったのだ、お前はただ親の言う通りにしろッ!」

 天蓋てんがいを出ると、風が吹き荒れている。今夜は荒れそうだ……馬を移動させねば。

 ※ 

 ラウペエルフ共の住処は憶えている。だが、そこにあったはずの集落は、丘の上からは見当たらなかった。

「ラウペは怪しげな妖術を使う。探せ、街の話じゃあ、この辺り。五年前と場所は変わっておらんはずじゃ! 探せ!」

 五年前、ラウペ共と交戦する前、俺と族長の息子ゼガルは交渉と称して先に乗り込んでいた。最初から交渉するつもりなどなかったのだ。
 あの当時から、族長は好きに強奪と徴収の出来る、弱い部族の奴隷化拡大を狙っていた。それに真っ向から反対していたのが、ブラウルだった。

 彼は長い将来と、外国勢力の侵入を考え、他部族との調和と外国文化の取入れをうたっていたのだ。族長との考えは、その時点で相反するもので、俺達は彼を『親に逆らう外国かぶれ』だと陰で罵っているしか出来なかった。

 ブラウルは強い、彼の怒りを買えば、一族の崩壊は間違いない。

 あの飢饉の時、族長は強奪する馬族の伝統が正しいものだと、皆の心に刻み付けたかったのだろう。だから、族長は一芝居打った。あの時、狩猟の許可を交渉しに行った俺達が、酷い態度であしらわれ『風狼』の神すら侮辱され、怒りのあまり交戦してスタルジャ母娘を人質にした事になっている。

 ……だが、実際は

 俺達はラウペの集落を確かめ、井戸に毒を放った。妖術を使わせないようにと、矢毒に使うアオバミ草の根から採った毒を渡されていた。俺達は指示の通り、弱そうな者を選んで、気付かれぬようにさらった。
 それがスタルジャとその母だった─── 。

 喋れぬよう痛めつけ、一族の者に『ラウペは弱い』と思わせ、戦意を高揚させる為だ。

 族長の思惑通り、一族の者達はラウペに激昂げきこうし、略奪への流れはブラウルにも止められない勢いとなっていった。そうして、後々にも略奪が出来るよう、ラウペの種族が滅びぬ程度に、若い者と有力者を残して殺し尽くした。

 ……本当は狩猟の許可など、最初から得る気は無かったのだ。

 その後の略奪も、ブラウルの存在を恐れた俺達は、その一度切りで抑え定期的な徴収も出来ずに終わった。スタルジャと言う娘を、ブラウルが保護した事で、その効力はずっと続いていたのだ。

 だが、そのブラウルはもういない。

 パガエデとスタルジャを奪還した後、族長はこのラウペ共をどうするかは分からない。だが、俺はもう、この地に遺恨を作る事が、危機を生むだけにしか思えなかった。

「ゼルジフ、おかしい。場所は絶対にここで合ってる。たったの五年だ、移動したにしても、どうして集落のあった形跡すらない?
……これは親父の言う通り、妖術か─── 」

 ゼガルが言葉を終えるより速く、草原に白い光が閃いて、若いラウペの男が飛び出して来た。途端に何もなかったはずの場所に、集落があの時のままの姿で現れた。

「くっ! 妖術かッ! ゼルジフ、弓だ! 敵襲ーッ! ラウペが出たぞッ!」

 だが、飛び出して来た男は、その後ろにゾロゾロと現れた他のラウペ共に、押さえつけられている。

「離せッ! ソーレイのかたき! 父上母上の仇なんだッ‼︎ 頼む、殺らせてく…… 」

 ひとり大きな男が、何をしたのか、手を掲げただけで騒いでいたラウペが気を失ったようだ。

「ヘイロンを頼む、気持ちは分かるが……馬鹿な事を……!」

 そう言って、それを運ばせると、男は俺達に向かって歩いて来た。

「見た所、お前達は『月夜の風狼家』だな? そこのお前は見覚えがある。一体、何用だ? 返答次第では……」

 途端に男から異様な威圧感が押し寄せた。いや、その男だけじゃない、後ろのラウペ全員が、同じような何かを放っている。

(五年前はこんな感じがあったか? まるで魔物だ……一体こいつらに何が……)

 背後から馬の足音が響き出す。ここに来ていた一族全員が、俺達の元へと駆け寄った。

「ふん、ようやく姿を現したかッ! ラウペ共、パガエデとスタルジャを返してもらおう」

 そう言いながら、族長が馬上から睨みを利かせるが、ラウペ共は眉ひとつ動かさずに睨み返していた。

「……知らないな、そんな奴は。……帰れ」
「ふん、隠しても無駄じゃぞ! ここに居るのは調べがついておる。生意気に交易なんぞしおってからに……。クックック、じゃからここが分かった訳じゃがなぁ」

 族長の眼が、獲物を狙う鋭さに変わった。男は一瞬、戸惑う素振りを見せたが、すぐに顔色を戻して、族長にシラを切った。そうしてしばらく、言い争っている内に、声を荒げ出した族長は、馬を降りて男にツカツカと近寄って行く。
 これだけいる相手の前で、馬を降りるとは、やはり焦り過ぎている。

 今すぐに殺されかねないと言うのに、余程パガエデが惜しいのか、ラウペを舐めているのか……。

「─── 僕だ! パガエデだ!」

 その声を聞いた時、俺は不覚にも彼がいた事に落胆していた。ここに居なければ、族長も諦めたものを……。だが、そこに現れたパガエデの目を見て、俺は急に胸が締め付けられていた。

 あの勉強ばかりの女々しいパガエデが、族長相手に一歩も引かずに、口論に挑んでいる。その朗々とした声には、最早あの弱々しさはない。
 ひとりの男として、己を、スタルジャを、この集落を守ろうとしているのか……!

 パガエデの言葉が、族長の威を削ぎ落としに掛かっていた。ついて来た一族の者達にも、少なからず動揺が走っている。

「交易……保守派の叔父上が何故、そんな事を。父上が進めていた時は一度だって……!」
「黙れ! 伝統をないがしろにする輩はいらんが、金とつてはいくらあってもよい。お前をまた使ってやろうと言うのだ。……こんな泥臭いラウペエルフ共と居て、馬族の男が何とする!」

 親の底が見えるというのは、こんなにも虚しいものなのか……。激昂して族長を殴り倒したパガエデに、俺達は動く事が出来なかった。

 一族の為だけに生きる俺達と、ひとり生きる事を選んだパガエデ。

 アイツはもう、俺達の家が居場所では無い。ひとり居場所を見つけ、ひとり生きる術を手に入れた、ひとりの若き族長なのだ。

 コイツを連れて帰ってはならない。

 この強い存在は、一族にヒビを入れ兼ねない。その父、ブラウルよりも強く、大きく揺さぶり兼ねない!

 ツピュン……

 気がつけば、パガエデの髪を掴み、短刀で喉元をき切っていた。噴き出す血潮、崩れ行く力の均衡。

 羊を潰すのとなにも変わらない、簡単な作業だ。それでもパガエデは族長を殴ろうと、覇気を持とうとしている。そして、その眼が俺を見つめ、喉元に手を当てた。

 不思議そうな顔、そして、それを悟った顔。

 今まで何度も殺しはしている。この顔は、死んでいった奴らと同じ顔だ。

 ドサ……ッ

 パガエデが倒れると、族長はフラフラと立ち上がり、俺の頬を殴った。

「何故、殺したんじゃゼルジフ! ここまでわざわざ儂が来てやったと言うのに、無駄にしおってッ‼︎」

 その直後だった。今までに感じた事の無い衝撃に、俺達は吹き飛ばされ、簡単に意識を手放した。

─── 妖術

 それに気がついたのは、手足を縛られた俺達全員が、薄暗い部屋の中で繋がれている事を知ったその後だった。

 もうどれだけの時間が過ぎたのだろうか。誰一人、喋る者もなく、ただ延々と時を過ごしていただけだった。

(ここで俺は死ぬのだろうか)

 そんな事をポツリと考える。皆もそんな事を思っているのか、目を閉じて俯いたまま、誰も動こうとはしなかった。

 カッ、カッ、カッ、カッ……

 硬い足音が聞こえる。そして、それが部屋に現れた時、ここに居た誰もが息を呑んだ。
 エルフでは無い、人間だ。それも珍しい黒髪、血のように紅い眼に、信じられ難い程の殺気をにじませていた。

「ここから出ろ」

 その静かな声は、瞳と同じく強烈な殺意が感じられた。これは……人の皮を被った魔物だ。それも、ラウペに喚び出された悪魔……。

 息が浅くなる程、俺の体はこの男に怯えている。押し寄せる殺気には、今まで何度か遭遇した、巨大な魔物とも比べ物にならない、別次元の存在であるとハッキリ分かった。

 がちがち、がちがちがちがち……

 その場にいた全員が、相手の存在の異様な圧力に、歯を鳴らして怯えていた。

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