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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第一章 辺境

第十話 首都ペタス

「昨夜は、お楽しみでしたね」

 真っ白なカイゼル髭のよく似合う紳士が、口元をクイッと上げてそう言った。宿を後にしようと、ロビーに降りた所、支配人とおぼしきこの男性に話しかけられた。

「え! あ、い、いや……」
「ああ、これは失礼しました。昨夜、廊下を通りかかった際、お部屋の前でお連れのお嬢様が、楽しそうにされておりましたので」

 浴室の騒動の事かと、瞬間的な緊張で唇が油っぽくなるような痺れを感じ、俺は上擦った間抜けな声を出してしまった。ああ、良かった、ティフォが締め出された時のか。

「も、申し訳ありませんでした。騒がしかった……ですよね」
「いえいえ、騒がしい音など何も耳には入りませんでしたよ?」

 わぁ……流石一流の宿は、対応が違うな。嫌味が全く無いのが微笑み方で分かる。この旅の帰りにでも、またここに来たいなぁ。

「ご迷惑でなければ、またこの……」
「ドアの前で必死にぴょんぴょんと跳ねる姿。ふわりと舞う柔らかそうな髪の少女」
「……え?」

 支配人は、口髭の端を整えるように摘みながら、遠き思い出を手繰り寄せるように、目を閉じて顔を上げた。

「細くありながら、たわわな弾力をたたえる、成長期特有の二の腕を振り上げ。そこに垣間見える脇の下の、一切色素沈着の見られない、ややマットな白い肌質」
「あのぅ」

 少しずつ早口になる支配人に、手で制して話しかけたが、耳には届かないようだ。

「善いものでした、あれは善いものでしたッ! 音もなく、全てがスローモーションの世界。あれが『ゾーン』に達する境地でありましょうか。自分で言うのはなんですが、私は少女の脇というものにですね、多大なる感心と趣向がありまして、そこに至高の究極が存在すると理解した一人でして。あの状況がお楽しみ以外のなにものであるのかと私は声を」
「じゃあな」

 きびすを返して足早に去る俺の背に、支配人の朗々たる早口はまだ続いていた。この地方は本当に大丈夫なのだろうか。辺境の変態公爵に比べれば、この脇クソ髭はまだ小物だが、きっかけ次第では何かが花開きそうだ。

 うん、なかった事にしよう

 この街に宿屋はなかったし、この街に泊まった事はなかった事にしよう。実害はなかったんだ……そうしよう。

 ※ ※ ※

「えーと、はい。この地図の通りですね、大丈夫、道からはズレてませんよ? このままでの道のりに、問題はありません♪」

 ソフィアが権能を使って、現在地を地図に照らし合わせて確認している。目的地の首都ペタスまで近いと聞いていたが、途中で道の舗装が途切れ、荒れた細道が複数現れた。
 昨日、町長の家で聞いたように、急な発展があったせいか、所々に整備の混乱が起きているようだ。数年経ってもそのシワ寄せは、回収できていないと言う事が、こうした都市と都市の端境で嫌という程わかった。

 むぎゅっ

「じゃあ、進みましょう♪」

 ソフィアが地図をしまうと、俺の隣に駆け寄って、腕を絡めた。昨夜、彼女から打ち明け話を聞いた。あの時の彼女は神様らしく、どこか験のある雰囲気だったのだが、今朝からは今までとも一転した。

 うーん、今までの彼女には何というか、焦燥感のある、前のめりで危うい雰囲気があった。しかし、今は何というか迷いなくグイグイ来る感じがあると言うか……。

「ちっ、クソ女、ふっきれたか」

 ティフォはそうつぶやくと、反対の手を繋いで来る。いつもの手繋ぎではなくて、指と指を絡めようとするが、俺との身長差で難儀しているようだった。

 バチィッ!

 俺を挟んで二人のにらみ合いが交錯こうさくした。ん、結局やる事は、変わらないのね。正直、男として嬉しくもあるが……今の俺はそれどころじゃない。
 現金が欲しいんだ、切実に!

「いいから、早く行くぞ」
「私はこうして、ゆっくりでもいいですよ?」

 ソフィアの絡める腕に力が入った。俺は後ろを振り返り、立ち止まっていた罪人達の群勢を一瞥いちべつする。

「先を急ぐ。遅れるなよ?」

 ビクリとする反応もこれだけの人数でやると、空気が振動するもんなんだな。ゆっくり? 冗談じゃない! ギルドの換金所が締まったらどうするんだッ! 財布に何もないのは、貨幣経済の世界では、こんなにも不安が募るのだと俺は知った。知識では知っていたけど、『金が人を変える』とはこういう事だったか。

 踏み出す鉄靴、つなぎから重々しい音を立てる暗黒の全身鎧。集り出した悪霊達の嗤笑ししょうを皮切りに、続く群勢の雑踏が響き出す。首都ペタスまでは、後少しだ。

 ※ ※ ※

─── ちょん、ちょん

 ティフォの不可視の尻尾が、俺の肩をつついた。そちらを見ると、ティフォは街の商店と商店の隙間を見ている。その影に、何かがうごめいて消えた。

「捕まえる?」

 顔をそちらへ向けたまま、ティフォが呟いた。特に強そうな魔力も感じなかったし、大した魔物でもないだろう、微かな存在だった。それが街中にいるのは、やや不審ではあるし、ここペタスに近づいた時から、少しずつ魔物の姿を見かけるようにはなっていた。
 でもまあ、治安の乱れたハリード自治領の事だ、どこか杜撰ずさんな所があったとしても不思議じゃない。

「いや、目立つ動きはしたくない」

 俺がそう返すと、ティフォは興味をなくしたのか、また街の景色にキョロキョロとし始めた。今、彼女は角も尻尾も隠したままだ。角はなるべく見せない方がいいだろう。亜人種の魔人族に間違えられてしまうかも知れない。

 勇者の聖魔戦争以降、魔族への迫害は始まり、特に魔人族には激しかったと言う。魔族の中には人型のものも多く、有角の魔人族はそれらと見分けが付きにくい者も多かったためだと言われている。本当の魔族は、紫水晶の角を持つそうだ。魔人族は乳白色から淡褐色の角を持ち、雰囲気や風貌が似ていたという。

 魔族への恐怖から生まれた猜疑心は、魔人だけでなく、多くの亜人種にも向けられた。それらは排斥運動となり、各地で動乱さえ起きた歴史がある。獣人族やエルフ族は戦闘能力が高く、当時はかなり抵抗したそうだ。
 ティフォは魔族でも亜人でもない、単なる異界の神だが、面倒事を避けるため魔族の疑いをかけられないように隠している。ただ、赤い瞳は魔人族に多かったらしく、同じ瞳の色である俺とティフォは、時折変な目で見られる事があった。
 辺境はかなり緩かったようだが、ハリード自治領に入って以来、それは明らかに強まっている。俺は兜で隠せているが、ティフォは眼の色を変えるのは手間が掛かるらしく、そのままだ。外見を大きく変えるのは簡単だが、一部だけとなると、そこへの僅かな集中力を保つ必要があるらしい。その集中の塩梅が面倒くさいのだとか。

 まあ、もう目立ってはいるから、どうでもいいか。荊の冠をいただいた髑髏どくろの兜、禍々しい全身鎧、その全てが漆黒。俺の格好もそうだが、今は後ろに引き連れる人数と風体が問題か。

 街に近づいた段階で、戦争を起こそうとしていると勘違いされ、憲兵に囲まれた時は流石に困った。ソフィアのS級冒険者証と、こう言った事態を危惧した、カルヤード町長の一筆がなければ大事だっただろう。そこに気がついた町長の娘には、感謝しかない。実際、彼女もそう勘違いしたと言っていたのは、ややショックだが。

 俺達は今、憲兵に見張られながら、警察隊と隣接するギルド支部へと向かっていた。

 ※ ※ ※

「えぇ……マジで?」

 ギルドの受付で、俺は動揺していた。髑髏どくろのあごがカタカタと小刻みに音を立てている。受付の若い女性が、青ざめて声を震わせながら、慌てて説明をする。

「こ、高額の……け、懸賞金のお支払いには、ギルド登録が必要です。登録自体は、ここでも出来ますが……。し、しかし、高額の場合はギルドに口座を開設していただかないと、現金の用意が出来ないんです。ただ、口座の開設には最低でも、Dランクである事が条件になりまして……」
「そのランク認定が、今すぐは出来ないと」
「はい。Fランクから始めていただいて、最低でも一週間の実務経験がないと、昇格試験は受けられない決まりなんです。と言うか、駆け出しの冒険者が、高額報酬を得る事なんて、まず有り得ないので……。今回のケースに対応する準備がありません」

 最低でも一週間は一文無し。もし、それが過ぎても、試験に落ちれば……。

「あ、これはハリード支部の決まりですので、ギルドマスターの裁量が認められてる大きい支部なら、すぐにでも昇格試験が出来たりするみたいですよ?」
「え!? それってどこの支部?」

 思わず大きな声を出してしまった。

 受付嬢は『ひっ』と後退るが、流石は冒険者の集まるギルドの受付嬢、すぐに気を取り直して、メガネの位置を直して言った。

「はい、港湾都市バグナスの支部なら出来ると聞いてます」
「いや、そこに行くための旅費が欲しいんだ。それに懸賞金の受け取りは、またここに戻って来なきゃいけないんだろ?」
「あ、それは大丈夫です。報酬の発生は全ギルドで情報共有できますから、どこの街でも受け取れます。ですが……」
「バグナスへの旅費も無ければ、今夜の宿代もない。今すぐお金が欲しいぃ……」
「ですよねー。あっ、でしたら分割で報酬をお支払いすると言うのはどうでしょうか? あれだけの人数の懸賞金は、即金ではお支払い出来ませんが、その内の何人分かを先にお支払いするって言う形なら」
「ほ、ほんと?」
「はいって、その兜どうなってんですか? 口ぱっかり開いてますけど……。あ、そうじゃなくて、一般的な額の懸賞金の支払いでしたら、冒険者登録をしなくても一般参加という事でも出来ますけど、どうします?」
「やったー! 人生初収入だ! やったー!」

 さっきまで思わず口に当ててた手を、思い切り振り上げてバンザイした。籠手こての装飾が引っ掛かって、兜がすぽんと上にティフォのいる方へと飛んでしまったが、知るもんか!

「ありがとうありがとう!!」

 思わず受付嬢の手を両手で握ってしまった。

「え? 若ッ!? あ、そんなお顔だったんですね」
「……えっ、ああッ⁉︎ お、俺つい、思わず! ごめんなさいごめんなさい!」

 慌てて手を離したが、受付嬢は顔を赤らめてポーッと放心状態になっていた。メガネがくもってる。ウブな子だったんだろう、悪い事をしてしまった。
 と、後ろからソフィアが近づいて来た。

─── シュラアァァァ……

「ど、どしたのソフィ、こんな所で抜刀は良くないよッ⁉︎」

 目に見える程の濃密な神気をまとい、ソフィアが受付嬢をにらみ殺しに掛かる。フードが外れ、彼女の髪がゆらゆらと騒めいていた。

「そこのメス猫……アルくんに近づくだけでも斬首ものですが、まさか彼に触れようとは……。極楽浄土に行けるとは、思わないで下さいね」

「ひ、ひぃっ」

 慌ててソフィアの両手首を掴むが、何この娘、超力強い!

「ふふふ、離して下さい、アルくん。あいつを殺せないじゃないですか……」
「ノー! ソフィ、ノーだよ⁉︎ 殺しちゃいけない、ノーだよ⁉︎」

ガタンッ! ズシャー……

 急に背後で大きな音がした。受付嬢が勢いよく立ち上がって、倒れた椅子が床を滑って行った。

「あ、貴女は! 『剣閃の聖女ソフィア』様ではッ!?」

 ソフィアを指差して、受付嬢は口をパクパクしている。

「ええ。人は勝手にそう呼びますね。それがどうかしましたか? 冥土の土産はその答え合わせだけでよろしいのですか?」

 ソフィアがそう言った時、ギルド内にいた職員達が全員起立し、談話していた冒険者達が一斉にこちらに振り向いた。

「すすすす、すみませんでした! す、すすすぐさまお茶をお持ちします! しょしょしょ……少々お待ち下さいッ!」

 そう言って、受付嬢がバックヤードに走るのと入れ替わりに、ギルド職員達が大挙して押し掛けて来た。

「そ、ソフィア様? えええS級の貴女様が、ほほほ本日は、どどどどのようなご用件でッ⁉︎」

 ベテランとおぼしき男性職員が、超低姿勢で揉み手する。

「お金を出しなさい……」
「…………は⁉︎」
「アルくんにお金を渡せと言っているんですよ。聞こえませんでしたか? 聞こえやすいように、耳の穴拡張してしてやりましょうか? その後でさっきのメス猫は、土くれに返します!」
「ノー! ソフィ、ノーだよ! それじゃ、ただの強盗じゃないか! 話そう? ちゃんと話そう? ね?」
「……可愛いですか?」
「な、何が?」
「さっきのメス猫の事ですよ。可愛いと思いましたか? ……私よりも」

 こ、怖いっ! 笑顔が超怖い……!

「か、可愛いとか思ってないよ! 報酬が貰えるって、つい興奮しただけだから。あの人にはなんの罪もないから!」
「……やはり気がすみません。あやめましょう」
「だ、ダメだって! ああ、クソッ! ソフィの方が可愛いから!ソフィしか見てないから!」

 ボンッ!

 ソフィアの顔が音を炸裂音を発して、紅く染まった。

「あぅ、はぅ///」

 よかった、怒りが治ったようだ。いや、俺まで顔真っ赤になってるなこれ、耳が痛いくらい熱い。

「こんなに大勢の前で……とか、恥ずかしいですよぅ」

 すっごいクネクネしてる。刃物持ったままだから、すっごい危ない。

 ゴゴゴゴゴゴ……

 ん? 何だこの灼熱の神気の高まりは!?

「オニイチャ……。そこを、退いて。クソ女が……殺せない」

 俺の髑髏兜を被ったティフォが、殺意の神気を噴き上げて、宙に浮いていた。近くにあった椅子がいくつか、その圧力に耐え切れず、バカンと音を立てて崩壊する。

「ノ、ノーだよ、ティフォ。ノーだ。言葉のあやって分かるかな、そう言うやつだから、ね、ほら」

 その場の何人かが泡を吹いて倒れた。ティフォの殺気が、人の生命力を圧殺していくようだった。

 なんで俺、悪質なジゴロの結末みたいになってんの? ティフォを落ち着かせ、話ができるようになるまで、かなりの時間を要した事は言うまでもない。そしてソフィアのお陰で、このハリードギルドのギルドマスター権限が初めて動いた。

 俺は人生初の収入を、冒険者登録もせずに、まとまった額で手に入れる事ができた。これで、ソフィアの拠点バグナスへの旅も、かなり余裕を持って続けられるだろう。

 ※ ※ ※

「何か気に入ったの、あったか?」

 宿をとった後、食事がてら街をブラブラしていると、ティフォが一軒の店の前で足を止めた。夜道の暗がりにランプの灯りで照らされて、沢山の人形が並んでいるのが窓から見える。橙色の灯りのせいか、ティフォの目が輝いて見え、寄ってみるかと声を掛けると顔いっぱいに笑顔を咲かせて飛び込んだ。
 そうして今、棚の一角に見惚れていたので声を掛けた。

「あれ、あれをとって」
「おお、よしよし、どれだ? ん、これの上のやつ? えーと………………うっ!?」

 指さされた人形を見て、俺は思わず強張った。

「ほ、本当に……これ?」
「うん! それ!」

 ティフォは小さくぴょんぴょん跳ねながら、それを待ち望んでいる。

「……はいよ」

「はぁ~、すっごく、いい!」

 目を細めて彼女が抱くそれは、他はクマのぬいぐるみだとか、お姫様のような可愛い作りの人形が並ぶ中、ひとつ異彩を放っていた。不揃いの長さの手足、ぞんざいに縫われた繋ぎ目、左右大きさの違う暗い色のボタンの目、口は赤く太い麻紐でヤケクソのように波縫いされただけ。生地はキメの細かい麻布のようだが、よく見ると所々に染みがあり、詰まる所、怖い。
 何だろこれ、どうしてこれだけこんな……。しかし、可愛い妹はそれを抱きしめて頬擦りしている。

「それが……いいのか?」
「うん。だって、オニイチャに、にてる」

 え? 俺って、この子からこう見えてんの⁉︎

「て、店主。これ、いくらだ?」
「あん? あー、銀貨と銅貨一枚ずつだな」

 やっぱ売物なのかよ。

「買うよ。所でこれ、一体なんなんだ?」

 代金を支払ってから聞くと、店主は腕を組んで難しい顔をした。

「ん? やっぱり、なんかの間違いとか……」
「いや、その時の事、あんまり憶えてねぇんだ」
「アンタが作ったのかよ!」

 強面の初老の男は、白髪混じりの角刈り頭をガリガリ掻いた。

「あー。昔、カミさんを寝取られてな、しかも逃げられたんだ、そいつとな。俺の無二の親友と、カミさんがだぜ? 親友だった男の嫁さんなんか、俺ん家の庭の木で首括ってな、毎晩夢に出てきたんだよ。恨めしい顔でよ、ただ俺を指差すだけでな。その内、俺が悪い俺が悪いって、自責の念に追い詰められてよ。……精神的にボロボロでな、ある日、気がついたらそれを作って、無茶苦茶に抱きしめてた。
今はそれを見るのが辛くてな。捨てるのも可哀想だから、その内、誰かが買わねぇかってよ。正直、毎日毎日見られてる気がして苦しかったんだよ。もう十年にもなるかな、誰ぁれにも見向きもされず、俺とそいつは見つめ合って来たんだ。ありがとうな、そいつの事、くれぐれも頼む」
「重ってぇよッ! 胸が苦しいよ! 聞かなきゃよかったって、すげぇ後悔してるよ! なんで初対面の人間に、そこまで話しちゃうのかな!」
「あー、だから、オニイチャに似てるのか」
「俺、そんなに重たい⁉︎ ねえ、そんなに悲愴ひそう⁉︎」
「ますたー、これ、大事にする、ね?」
「おお……。お嬢ちゃん、よろしく頼む……ッ!」

 気分は酷く鉛色だが、ティフォはニコニコとしながら人形を抱き締め、弾むように歩いてる。まあ、こんなは初めて見る。これで良かったのだろう。

「よ、良かったな、気に入るのが見つかって」
「うん! 誰かにこういうの、買ってもらうの、はじめて」

 ティフォは立ち止まり、しばらく目を閉じた後、首を少し傾けながら微笑んだ。目の端には、少し涙が滲んでいるように、小さな輝きが見えた。

「うれしい。ずっと、大事にする! ティフォのたからものに、するからね!」

 そう言うと、走り出した。その先にソフィアが手を振っているのが見える。食事の良さそうな店を見つけたようだ。

 そう言えば、俺、誰かにプレゼントを買ったの、初めてだったな。こう言うのも中々悪くないと、走るティフォの後ろ姿を見て、そう思った。

 ※ ※ ※

「ぷはぁ〜ッ! これは美味いな!」

 小魚に香ばしい衣をつけて揚げたアツアツなのを齧り、口内に残る魚のほんのりと甘みのある香味と脂を、よく冷やされた麦酒で洗い流した。ソフィアが見つけたのは、この地方の名物料理で『柳魚のフリット』と言うらしい。この辺りでよく漁れる、柳の葉の形に似た川魚に塩と香辛料を振り、小麦粉と干した木の実の荒い粉を混ぜた衣で揚げてある。そのままでも美味いが、酸味とニンニクの効いたタレにつけて食うと、唸る程美味くなる。

「内臓も抜いてあるから、しつこくなくて幾らでも食えるなコレ!」

 料理もさることながら、魔道具で冷やされた麦酒は、また格別だった。正直、麦酒は苦くて余り好きではなかったが、こうやって冷やすと、こんなに喉の滑りがよくなるとは知らなかった。

「ふふふ、こうして夜の屋台で食べるのも良いですね」

 ソフィアは今まであまり夜の街に食事をしに出た事がなかったらしい。女性一人では、夜の屋台とか料理店に入り辛かったとか。それが今はこうして、三人で食事をしているのが嬉しいらしく、終始にこやかだった。
 ちなみにティフォにプレゼントを与えた事に関しては、人形の外見のお陰か、抜け駆けとは判断されなかったようだ。ティフォはその不気味な『』をおんぶ紐でおんぶしたまま、フリットと麦酒の繰り返しを黙々と続けている。

「おやっさん、さっきと同じ量でおかわり! 後、麦酒も!」
「あいよ! 兄ちゃん達、いい食いっぷりだねぇ、見てるこっちが気持ち良くなるよ! あんたら、この街、初めてだろ?」
「ああ。今日来たんだ。こんな美味いの初めてだよ! 冷たい麦酒もさ、これだけでこの街に来てよかったって思うくらいだ」

 店主と話して、盛り上がりかけた頃、異変が起こった。遠くから人々の悲鳴と、こちらに大勢が駆けてくる騒音が響く。

「なんだ……⁉︎」
「……オニイチャ、魔物のけはい、たくさん」

 ティフォの言葉に、魔力感知へ気を傾けると、確かに微弱ながら魔力の鼓動を感じた。確かに魔物だが、かなり弱い個体が、大量にいる感じがする。

─── ガタンッ! ガラガラッ

 近くの細い路地から、木箱の山が崩れて転がり出て来た。そして、それを避けも跨ぎもせず、ぶつかるに任せて歩く一人の男が現れた。男はそこに佇み、ゆっくりとこちらを向く。冒険者だろうか、皮の軽鎧を着け、腰までの赤茶色のマントを羽織り、片手剣を持つ手をだらりと下げていた。
 口からは薄緑色の液体を細くだらだらと流している。

「……【着葬クラッド】」

 瞬時に俺の体を漆黒の全身鎧が覆うと、近くで硬直していた人々が、一斉に身を縮こめた。白目を剥いていた男の目が、ぐるりと瞳を現し、それが左右別々に蠢いている。

 クンクン……

 鼻を鳴らして、何かに気がついたようにピクリと動き、ゆっくりと剣を肩に担ぐように構えて、走り出した。

「……お、あぁお……う……げっ……ぅ」

 走る振動で漏れた息が、声帯を震わせて、奇妙な音を立てている。

 まだ遠い間合い、だがその距離を一瞬で詰めたソフィアが抜刀し、逆袈裟に斬り上げた。辺りに響くソフィア独特な甲高い風切り音に続けて、男に斜め一直線の切れ込みが走り、数歩進んで立ち止まる。男の体が真っ二つに崩れ落ち、石畳にぶつかる革鎧と片手剣の音が響き渡った。

「これは……手応えが余りにないと思ってみれば!」

 ソフィアは崩れ落ちた男に、尚も構えをとる。

 グジュッ……ピチャ……ジュルル……

 男の肉体には、あるはずの中身が無かった。代わりに詰まっていた、緑色の透明な液体が、ゆっくりと水音を立て持ち上がる。

「魔物……。スライムか?」

 思わずつぶやいた俺に、ソフィアが構えたまま返す。

「ただの魔物ではありませんね。核から契約紋の光が見えます」

 魔物が契約? それって……

「─── ですね」

 張り詰めたソフィアの声が響いた時、雑踏が押し寄せ、屋台の並ぶ通りの両方から、そこらの小さな路地の奥から、それぞれ冒険者風の姿をした軍勢が姿を現した。

「……ひ、ひぃっ」

 どこかの屋台の主人か客だろうか、上擦った声が絞り出されると、バラバラな方向を向いていた軍勢が、一斉にこちらへと振り向く。俺は魔道具のズダ袋から、曲刀を呼び出して、鞘から抜き出した。

 ヒイィィィィ…………ン……

 剣のすすり泣くような鳴りが、路地に反響する。

「動ける者は、俺の後ろに集まって固まれ!」

 その声に戸惑いながらも、逃げ遅れた人々が俺の後ろへと殺到した。

「……【召喚サモン:ラピリスの白壁】!」

 召喚魔術で安全地帯を確保する。白く光る半透明の騎士団が出現して、盾を構えて人々囲い、護るように列を組んだ。その姿に怯える声が、後ろの人らから短く聞こえたが、今は仕方がない。この程度の相手なら、人に指一本触れる事すら出来ないだろう。

 ティフォの不可視の尻尾が、スライムに乗っ取られた動く亡骸を複数同時に串刺しにして持ち上げ、緑の飛沫を舞わせて軍勢へと投げ飛ばす。その強烈な衝撃を皮切りに、無数の亡骸の軍勢は、俺達へと一斉に襲い掛かった。

 初めてのとの戦いが始まる─── 。

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