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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第一章 辺境

第一章|第八話 お金が欲しい

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里を出て五か月。
初めての第一村人ウィリーの願いを叶え、
ハンス・アーウィン公爵から、
ナダリア辺境伯の家族を救ったアルフォンス。

守護神であるソフィアと、
新たに守護神となったティフォ。

未だ契約は壊れたままであるものの、
まずは冒険者登録を済ませるために、
ソフィアのホームグラウンド『港町バグナス』を目指す。

「えぇ……マジで?」

 辺境と呼ばれるこの地方の終点。最初の国境こっきょうを前に、俺は街からポツンと離れた、魔石の換金所かんきんじょでそううめいた。

「は、はい、申し訳ございません! と、当方では、ここ、これほどの魔石には、支払えるだけのご用意がないのです。どうかお許しを!」

 国境を越えるのにも金はいる。どうやら『魔石払ませきばらい』はある程度、融通ゆうづうのきく庶民的しょみんてきな取り引きだけの話で、国境の通行料だとか公的なものでは通用しないらしい。国境を前に、あわてて換金しようとしたら、魔晶石ましょうせきは想定していたレートよりもはるかかに高額で、買取を断られた。
 それではと、前から貯めていた里周辺で得た魔石を出しても、魔石商が目をひんいてたよ。石の価値を決める、魔力量を測る魔力計が、危うく壊れるところだったと嫌な顔をされたし……。

 何でも魔力計自体、高額な魔道具らしい。多少、低くしてもいいから、少しのお金と交換してくれと頼んでみたら、そういうことがバレると、営業許可書が取り上げられると断られた。どうもイカサマ商売が横行しないよう、魔力計に仕掛けがあるらしく、協会にバレるんだとか。

 うーん、薬でも売るか? 出所でどころの分からない薬なんか、買ってもらえるのかな。それに薬の多くは、魔石が使われているし、薬の価格はその量で決まることも多い。だが、今持っている薬は全部、買取を断られた魔石と、似たような価値のなもので作った。結局は買い取り不可になるだろう。

 最悪、そこらの通行人に魔石を持たせて、有り金を……。いや、それじゃ、通行人だって換金出来ずに困るだろうし、そりゃあタチの悪いカツアゲだ。高額な魔石でも、ギルドの支部だったら買い取ってもらえるらしいが、辺境のギルドは出張所しゅっちょうじょあつかいでそれも無理だとか。理由は簡単。ギルドでも高額な現金はさすがにあつかわず、銀行の役割をする制度があり、証書で支払われるそうだ。それなら、証書を銀行に持って行けば現金化できる。中々に出来たシステムだが、この地域は未対応。

 そのせいで俺は今、現金が得られない! 最寄りのギルド支部は、国境を越えた先、ハリード自治領じちりょうの首都ペタスにある。その通行料が払えないってのに。あぁ……詰んだ。

「どうしたんですか、アルくん?」

 魔石商の前に広がる草地で、さっきまでティフォと何やら遊んで待っていたソフィアが、ヨロヨロと店を出た俺を心配してやって来た。

「かくかくしかじか」
「なぁんだぁ〜、それなら早く言って下さいよ〜! 私、これでもS級冒険者ですよ?
いっつもソロだから、報酬は独り占めですし。宿だってソロだからボロばっかでしたし。ご飯だってソロでしたから、良い店なんてほとんど入りませんでした。服だってソロだから見せる相手もいませんので、だいたい僧侶服。休日だっていつもソロ。お金があってもいつもソロ。寝ても覚めてもソロ。ビーチに残る足跡あしあとはいつもソロ! あれ? 何でしょう私、目から汗が……」
「何の話だよ」
「お金だけは、腐るほどあります」
「………………」
「アルくんをやしなわせて下さい!」

 ソフィアの目がこっちを見てない。なんか、状況とか色んな意味で、これは良くない気がする。

「じゃ、じゃあさ、俺の魔石買わない?」
「えぇ……養いたぁぃ」

 ものすごいねてる⁉︎

「ほ、ほらコレ! なんか頭が四つもあるレッサーデーモンの魔晶石だよ! 六角柱のバランスが前衛的ぜんえいてきだろ? 欲しいだろ? な? な?」
「うーん、単純な魔力量は置いておいて、オークション掛けたら美術的価値びじゅつてきかち込みで、白金貨二百枚はいくでしょうね。どうします? 私はまぁ、払えますけど?」(※白金貨一枚=約十万円、日本円で二千万円くらい)
「は、白金貨にひゃ……ッ⁉︎ こ、個人間でそのがくのやりとりはどうなんだろう。じゃ、じゃあ、これは?」

 持っていた中でも一番小さい、里周辺で得た魔石を見せてみた。

「うーん、これは元の魔物の種別の付加価値ふかかちをつけないとして、単純な魔力量で言うと……白金貨三十枚ってところですかね」(※日本円で、約三百万円)
「グッ、これもさばくには常識的範囲じょうしきてきはんいを超えるだと⁉︎ 俺のいた場所はどんだけ秘境ひきょうだったってんだ⁉︎ ああ、銀貨とか金貨の話が聞きたい。小銭が欲しい!」(※日本円にして、5千円から5万円の範囲)

 ここからソフィアの拠点バグナス領に入るまでの周辺国は、中央国家に比べて貨幣価値も低いらしい。だから、もし金貨を持っていても、そこらの商店では嫌がられるそうだ。お釣りが大変だからだ。

 魔石収集は冒険者の生計稼ぎの一つらしいが、たいていは一日の稼ぎで宿代になるかならない程度だという。俺が貯めてた魔石は、里の周りには、当たり前にいた魔物から得たものだ。それがこんなに価値の違いがあるとは……。

「仕方がない、武器でも売るか!」
「無駄ですよ? そんな魔鋼まこうがふんだんに使われた、ドワーフ謹製きんせいの武器防具なんて、その辺の人は一生見られない品ですからね?」
「ぬうぅぅ! 魔石はあってもパン一つ買えないなんて!」

 この辺の魔物でも狩るか? いや、たまに魔獣っぽい小さな獣を見かけたくらいで、この辺は全然魔物を見ない。ギルドが出張所として、相談窓口化してるくらいだもんなぁ、冒険者の出番もないくらいなのだろう。経済のあり方が、魔物のいる社会といない社会とでは、だいぶ違うんだろうか。

日雇ひやといでもしてくるか……」
「私、早くギルドに報告しに行かなきゃいけないんです。だから、ここは大人しく養われましょう? 私を頼りましょう? 私だけに寄りかかりましょう? ね? ね?」

 ソフィアが必死過ぎて怖い。
 魔石商の店の前で頭を抱えていると、頭に花のかんむりをのせたティフォが、上機嫌じょうきげんで歩いてきた。

「おお、綺麗だなぁティフォ。作ったのか?」
「これ? ふふふ、ソフィが作ってくれた」

 そう言えばさっき、二人で草原に座ってなんかやってたな。

 里で一緒に過ごした時間のほとんどは、ティフォは触手でしかなかったし。人型になってからも同年代の女の子なんていなかったから、初めて女の子らしい遊びをさせてやれたんだなぁ。と、言うか久しぶりにティフォの口からソフィアの名前を聞いた気がする。お互い『クソ女、タコ娘』ってラフに呼び合ってたし、まあ、仲が良いのは大事だ。

「オニイチャ、どした? 顔色がアレだよ? なんか孕んだ?」
「孕んでないし、孕まないし、孕めない。はぁ……かくかくしかじか」

 ティフォは少し考えてから、俺に数枚の紙を渡してきた。

「なんだコレ、手配書てはいしょ?」
「ん。さっき、そこのおじさん、相撲すもうをとったらくれた」

 ティフォが指差した先にいたのは、国境ゲートの監視員だった。なんか、見るからにボロボロになってるけど、俺が魔石商と話してる間に、一体何をやってたんだろう? 一応、ケガとかさせてたらアレだから、声をかけてみた。

「はっはっはっ、ヤバイね、お連れのお嬢さんヤバイね。強かったよー」
「何があったんですか……その、うちのと」
「いやぁね、さっきそこのヤバイお嬢さんが来てね、『ちょっとそっち行かせろ』って言うもんだからね、ちょっとヤバイなぁって。で、『俺を倒していけ』なんて言ってみたらさ、もうヤバイのなんの」

 ……だから、何をやっているんだよ。

「で、あんまりヤバイもんだから、『ここは通せないけど、コレをやる』って、手配書あげたんだわ。裏紙に使えるし、捕まえたらお小遣こづいにもなるしね、ヤバイだろ?」
「いや、手配書って普通、貼り出して置くもので、手渡したらダメなんじゃ……?」
「ん? いーのいーの。たいていヤバイやつは、このゲートの向こう側、ハリード自治領だから。金になりにくい辺境側には来ないよ。それにすぐ手配書、変わるしね」
「すぐ変わる?」
「ああ、こっちから進んでみたら分かるよ。数分歩けば、ヤバイお尋ね者が、もうヤバイくらい来るんだ。同士討ちも多いから、すーぐ死ぬし、すーぐ次のお尋ね者出て来るから。な、お小遣い稼ぎにはヤバくてアレだろ?」

 あ、ピンと来た。

「あー、ソフィア? ここの通行料だけ、ちょっと貸してくんない? すぐ返すからさ」
「えぇーですかぁ、あなた、いつもそうやってお小遣いせがむんだからぁ。もう、特別ですよ? うふふふ」

 なんらかの脚本きゃくほんが入り出したけど、背に腹はかえられぬ。とりあえず、俺はソフィアに合わせて、悪びれた感じで『へへへ』って通行料を払ってもらい、金額を書面化しておいた。貸しを作っておくのは、なんか後が怖いし。
 通過する時、さっきの人に『あんた、イイ女(都合の)連れてるねぇ』と、ソフィアの発言を真に受けて下卑げびたことを言われたが、面倒なのでここは色々切り捨てて『へへへ』って返しておいた。

「よーし、第一国境、通過ァーッ!」

 まさかこんなに早く詰みかけるとは思わなかった。お金は大事、強くそう心に刻もう。せめてにひもじい思いはさせない、兄としてそんな甲斐性は持とうと、覚悟を決めたのだった。


 ※ ※ ※


─── ヤバイ

 本当だった、ヤバイ。国境からハリード自治領に入って数分、すぐにガラの悪いのが後をつけて来た。

「なァーッ! お兄ちゃんよォォッ! えっれえふたりもはべらして、景気ィーよなァ?」

 相手は六人か、手入れと質の悪いブロードソードだの、釘を無数に打ち込んだ棍棒こんぼうだの。ガセ爺がいたら、武器のすすり泣きが聞こえた事だろう。清々すがすがしいほどのチンピラにからまれた。

「へえぇぇ、おじょうちゃん、かわいぃ花のおかんむりつけてるねぇぇ。ちょっと、おじちゃんとあっちであそぼーかぁ?」

 俺は手早く手配書に目を通す。うん、いるいるお小遣い・・・・

「ほら、いーから、おじちゃんと……な、なんだオイッ、ぐあぁぁ、ゲハッ」

 俺はティフォにちょっかいを掛けてた一人の奥襟おくえりをつかんで、背負い投げ。カカトであご先を蹴り抜いて気絶させた。

「な、なぁ〜んだやろうってのかオラァァァッ! グァッ、カハッ」

 棍棒を振りかぶってきた相手のひざを蹴り落とし、バランスを崩したところに、掌底しょうていであご先を打ち抜いて気絶させる。ジリジリと残りの四人が距離をつめて囲み出したが、他より半歩ほど前にいた男のあご先に掌底を振り下ろし、返す流れでもう一人の首元にバックハンドの手刀を叩き込む。
 逃げ出した二人のうち、手前の男の膝裏ひざうらを踏んで後ろに引きずり倒すと同時に、頚動脈けいどうみゃくに親指を突きこんで失神させた。

「うわぁぁぁっ! く、くるなぁ、うわぁぁぁっ!」

 里の厳しい環境で鍛えられた、俺の足をなめるなよ? 男の2met(1met=1m)ほど後ろに追いついたところで、地面を蹴って男を飛び越えて前に立ち、下から掌底でカチ上げて一回転させる。

「さて、えーとコレで……」

 ガサガサと手配書を広げて、ざっと計算する。

「大銀貨と銀貨1枚ずつ、小銀貨4枚って所だな!」

 俺はスキップしながら、男達を引きずり集めて【魔導催眠ヒュプノー】を掛けた。

「さあ、最初の街まで半日だ! ガンガン行こうぜ!」
「あのーアルくん、最初から【魔導催眠ヒュプノー】で良かったのでは?」
「ん? 少しは痛い目にあわないと、反省しないだろ? でもそうか、次からは精神系の魔術も検討してみるか♪」

 正直に言おう、俺は興奮こうふんしていた。だって初めて自分でお金を稼ぐんだよ? なんかスッゴイ大人っぽいじゃん! 里じゃあ、基本は共同生活だったし、あっても物々交換の延長みたいなもんで、お金のやり取りなかったしね。ふふふ、移動開始から数分で、ソフィアへの借金額に届いたぞ!

 うん、これはヤバイね、ヤバイわ。なんかカブト虫を、とりまくってた時の興奮を思い出したわ!


 ※ ※ ※


 結論から言おう。もう、うんざり・・・・だ。
 この治安の悪さ、どうなのか。一応、自治領じちりょうなんだけどね、自治じちれてないよね?

「列を乱すなコラァッ! 目的地に間に合わなくなんだろーがッ!」

 俺は今、いばらの冠をいただいた髑髏どくろの兜に、色々刺々とげとげしい全身鎧で歩いています。あまりに襲いかかってくる数が多くて、少しでも敬遠させようと、ダークアーマー・メイクアップしてみた次第です。

 ほら、また来た。ああ、卑怯ひきょうですね、前触れなく岩陰から弓ですか。

「─── 【麻痺パライズ】【悪夢ヒュンレフ】」

 大した腕でもないので、わざわざ避けるまでもなく、俺は彼らに向かって魔術を発動。

「ヒッ……ヒイィィィィッ、やめ、やめてくれ! やめ、やめ、うっぎゃああああああああっ」
「あ、あんたはアタイが殺したはず……! く、来るんじゃない! ひっぎっあああああああっ」

 ん、いい。いいハーモニーが岩陰から聞こえてきます。今頃、麻痺まひした上に、過去の悪事あくじちなんだ、精神力ギリギリスレスレの悪夢を見ていることでしょう。大体ですよ? 返討かえりうちにした賞金首で仲間じゃないとはいえ、パッと見どう考えてもこっちは大所帯おおじょたい。なんでそこに襲いかかって来るの? 動いてる物があったら、カツアゲにいく習性でもあんの?

「─── 【魔導催眠ヒュプノー】」

 壊れるか壊れないかの頃合いを見て、俺の催眠下さいみんかではありますが、自主的について来てもらうようにうながします(強制)。もう、しばらくの旅費は稼げてるだろう。こうして捕まえる必要もないんだけど、襲いかかって来るのだから仕方がない。初めてのお仕事作戦は、最早、害虫駆除がいちゅうくじょ様相ようそうていしている。

 先頭を歩く俺。両脇ちょっと後ろにソフィアとティフォ。その後ろを民族大移動の如く、色んな格好の人々が続く。縄で縛るのはあきらめた、縄が全く足りないからだ。何でわざわざ悪夢を見せるかって? 心にやましいことがあるのなら、己に決着をつけて罪をつぐなってもらおう、ただそれだけだ。さすがに女神ふたりも、この状況に引いてるかと思いきや、なんか神様あるあるで盛り上がってる。ヒートアップすると神言しんごんになるのか、耳がキィンとなるばかりで、内容はさっぱりだ。

 途中、何度か休憩を挟んだ。罪人たちに水を配ると、みんな一様に震えながらノドを鳴らし、『ありがてぇ、ありがてぇ』とうつろろな目でうめいていた。なんか酷い奴隷商どれいしょうみたいでアレだが、あまり気にしないでおこうと思う。ハリード自治領最初の街まであと少し、今また新たに現れた野盗を、行列に加える作業に専念した。


 ※ ※ ※


─── 魔族が攻めて来たのかと思いました

 ここはハリード自治領の最南の街、カルヤード。門兵もんぺい血相けっそうを変えて、私のところへ転がり込んで来た時は、死の覚悟もしたくらいです。

 私は町長の娘。そして今、目の前にいるのは、髑髏どくろの兜に、禍々しい漆黒しっこくの全身鎧をまとった、悪魔です。ただそこにいるだけで、地獄のふたが開かれたみたいに、どこまでも黒い魔力があふれかえっています。

 その男(?)の周りには、悪霊が数体、青白い線をきながら飛び交っていました。あれはそこらの冒険者でも、ソロではかなわないという、『彷徨える悪霊ガスト』でしょうか?

 夕陽を背にしたその光景は、あやしくも美しい、さながら血の海で笑う魔王のようでした。今も私の奥歯は、気を抜くとカチカチと震えてしまいそうで、その音すら立てるのが恐ろしくて、必死に噛み締めています。

「これを、買って欲しい」

 そう被りを振った悪魔の後ろには、全てをあきらめきった面持ちの人々が、陰惨いんさんな空気を漂わせて立ち尽くしていました。百人以上……いや、数百人はいたでしょうか? ここは治安の最悪なハリード自治領ですが、さすがに人身売買じんしんばいばいは認めていません。それを町長代理の私に持ちかけるとは、なんと恐ろしい胆力たんりょくの持主なのか。

「あ、あの、人は売り物では……」

 そう言いかけた時、悪魔は懐に手を入れました。ああ、きっとすこぶる物騒ぶっそうなモノを取り出して、私は殺されるのでしょう。もう叫び声も出せませんでした。

「……これを」

 っすらと目を開けると、何やら紙の束。これが噂の悪魔の契約書でしようか、私は曖昧あいまいな内容の契約を持ちかけられて、魂を抜かれてしまうのでしょうか。あれ? これは手配書てはいしょ

 しかし、手配書は貴重な紙です。普通は公的な要所ようしょに張り出されるだけで、個人が持ち歩くものではありません。彼らが来たのは辺境方面からでした。ああ、きっと国境門こっきょうもんを襲い、奪ったのでしょう。

「罪人を捕まえた。手配書と照らし合わせてくれ」
「へっ? てはい、手配書……。あ、おたずね者の賞金のことですかっ⁉︎」

 男は静かにうなずきました。なんだ、悪魔も賞金稼ぎ、するんですね。

「こ、こちらでは……その、警察隊への手配は出来ますが、引き取りは、で、出来ません」
「えっ? お金は⁉︎」

 おや? よく聞けば意外と若い声です。

「す、すみません。こちらでは賞金の支払いはしてません。首都ペタスのギルドであれば……」

 男は両手を髑髏の頭に当てて、口をあんぐりと開けています。目頭の部分にシワが寄って、目が悲しげな三角形になりました。思いの外、この髑髏の兜には表情があるんですね。その後ろには、信じられないくらいに美しい、白金の髪の女性が、花の咲いたような笑顔で男を見ています。魔界の美姫びきという存在でしょうか、あまりの美しさに同性の私でも、思わず見惚みとれてしまいました。

「この街の宿泊代・・・、心配いりませんからね~♪」

 嗚呼、なんて美しい神界の雅楽ががくのような、りんと透き通った声でしょう。

「オニイチャ、おなか、すいた」

 もう一つ、鈴の音のような声が、聞こえました。頭にお花の冠をいただいた、絶世の美少女が、哀しそうに男を見上げています。かどわかされた、どこかのお姫様でしょうか。紅い瞳の美しさに、また私は見惚れていました。

「じゃあ、これを……」
「ッ⁉︎」

 男が差し出したのは、首都の魔石商ませきしょうで看板代わりに展示されているような、最高品質の魔石でした。それも正確ではありませんね、博物館か美術館の特設展示とくせつてんじ級、いや国宝こくほう級かも知れません。

「これをやるから、こいつらの食事と寝床ねどこ、それと俺達三人の宿を用意してくれないか?」

 そうして、悪魔からの取引きが持ちかけられました。


 ※ ※ ※


「さあさ、もう一杯! フハハハッ!」

 今、俺たちはハリード自治領の最初の街カルヤードの町長宅で、晩餐ばんさんのもてなしを受けている。町長にしては妙に若い女性だと思っていたら、あれは娘で、今俺にワインを注いでいるのが町長だった。

 賞金首の面々は、今は街の古い倉庫だの馬小屋だのにまとめて確保されている。魔術での精神拘束せいしんこうそくは、俺が解かない限りは有効だし、まあ逃げもしないだろう。

 娘に魔石で交渉を持ちかけてすぐ、町長が帰って来て、二つ返事で俺の提案が通った。ソフィアはなんかねていたが、俺達の宿泊先として案内された部屋を見てから、ずっと上機嫌だった。

「しかし、すみませんな! 今は丁度、税申告ぜいしんこくの時期で、この街の宿はどこも登庁とうちょうする客で一杯になってしまう。あの部屋しか、空けられませんで申し訳ない!」

 町長が用意した俺達の宿は、街でもかなり上等で、たまたまキャンセルが出たとは言っていたが……。提案を耳にして以来、町長の目はお金の目になっている。恐るべし里の魔石効果だ。きっと、宿に何らかの圧力をかけたに違いない。

「いや、助かった」

 あてがわれた部屋は、魔道具制御まどうぐせいぎょのシャワー付き。この地域では珍しい、貴族も泊まれる上等な部屋らしいが……三人部屋だった。町長の強引な手管てくだに、宿の人が気の毒になるので、今さらチェンジもできない。

「何をおっしゃいますか! あれだけのならず者たちを、一掃いっそうしていただけたわけですからな! 助かったのはこちらの方ですぞ? それを、あんな者たちの寝床と食糧の費用まで支払われるとは、お若いのに中々の人物と感心しておったのですわ」

 町長はすこぶる機嫌がいい。まあ何だ、謝礼に渡した魔石の金額なら、それらを支払っても、お釣りの方がはるかにでかい。町長にとっては急に舞い込んだ、美味しい賄賂わいろみたいなものだろう。

「あの、町長様、不躾ぶしつけで失礼なこととは思いますが、この周囲の治安の悪さは、あまりにも……」

 ソフィアが申し訳なさそうにたすねる。

「うぅん、こちらとしても頭の痛い問題で。数年前までは、これほどに荒れてはおらんかったが」
「何かあったのでしょうか?」
「自治領の名の通り、この辺りを治めるタッセルの王から、自治を認められた土地でしてな。このハリードを束ねる太守たいしゅには、タッセルに任命された者がなるんですが、その新しい太守たいしゅになったのと同時に補助金ほじょきんが出た。それで首都周辺の街も急成長しましてな、その辺りで治安体制が崩れたのか、急に荒れてきたのですよ」
「なるほど。街の代謝のしわ寄せですか。しかし、それにしても」
「まあ、後ろの辺境を除けば、ここが国として栄える一番はしの地域ですからな。流れ者も多いというか、ここが掃き溜めみたいなもの! フハハハッ。お、ちょいと失礼」

 そういいながら、町長はトイレに立った。

「……それだけではないんです」

 さっきまで置物のようにしていた、町長の娘が消え入るような声でいう。

「現太守、クリスティアンが派遣されてから、税金も上がり続けています。食い詰めた人々が、野盗に身をやつしているなんて話も多くて」

 なるほど、当主の代替わりで圧政か。確かに襲いかかって来た野盗は、武器の扱いも集団の連携もない、完全な素人だった。

うわさではタッセルの王が、財政難ざいせいなんでさらに帝国にすり寄る方向に変えたとか。今までの太守は、タッセル国教の神聖ネイ教から選出されていたのですが、今回の当主は他国から派遣はけんされた方だと。……何かが起きようとしていると、耳聡みみざとい者たちはそう密かに話しています」
「帝国? アルザス帝国との繋がりをタッセルが……。最近、どうにも帝国が手を伸ばしてきてますね」

 うーん、なんか怪しい臭いがして来たけど、ひとつ疑問があるぞ?

「なぁ、どうして大陸の南端に近いハリードが、大陸の北端に近い帝国とつながるんだ? 世界のはしと端じゃないか」
「タッセルと帝国は、私の拠点の港町バグナスを中継点とした、陸の貿易路ぼうえきろ『栄光の道』で結ばれているんですよ。勇者の聖魔戦争せいませんそう以降、その陸路と帝国のいた政策が元で、その威光は全世界に及んでいます」
「ああ、座学ではかじったけど、そんなになのか。具体的に政策って?」
「主に宗教を通じた、学問と魔術学の公布ですね、勇者の一行には聖女シルヴィア・ラウロール。エル・ラト教の聖人がいましたから、その威光は絶大です。
また、宗教が反乱や動乱どうらんの原因になる例が多いからと、中央諸国連合の定めた国際法で、世界のあらゆる宗教は定期的に審査を受けています。
……その窓口は帝国。帝国とエル・ラト教は表向き、異なる国と力ですが、ほぼ同義です」

 エル・ラト教は光の神ラミリアを信奉する世界最大の宗教だ。その総本部は中央の地域に、独立した公国を持っているほどにでかい。
 なるほど、帝国が表立ってなんやかんややったら、他の国から顰蹙ひんしゅくを買う。それをやわららげて、フットワークを軽くするためにエル・ラト教がカバーする。いわば別働隊ってことか。その宗教団体と、世界最強の軍事大国アルザス帝国は、表向き別々の国としているが、その実は表裏ひょうり一体なんだな。

「それと同じく勇者一行の戦士ランヴァルドを開祖かいそにした八極流はっきょくりゅうが、帝国の武力と兵法の御流儀ごりゅうぎで、その流派と兵法ひょうほうは、全世界の騎士団や軍隊に波及はきゅうしています。
帝国は元々、人魔海峡じんまかいきょうをへだてた魔大陸とにらみ合う国。人界のたてとして、世界中からその供出金きょうしゅつきんと兵器技術が集まっていますからね。それらの特許権とっきょけんを握って、死の商人みたいな側面も持ちます」

 なにか突出して秀でた力があれば、他もそれに追随ついずいする。世界の戦術が一方向に偏るってことは、逆にそれをどうにかする手立てがあれば、一気に崩される危険性がある。しかし、さらに特許も握ってるとなれば他国が離反するのには、相当な覚悟・・が必要になりそうだ。

「そして、今や世界経済を支えている貿易路『栄光の道』には、その利用料として、帝国からの税がかかっています。まあ、実質、世界経済を影から掌握しているようなものですね」
「はッ? 教育に武力に金……。帝国の一人勝ちじゃないか!」

 直接ではないにしろ、ほとんど全世界の流れを、裏で牛耳ぎゅうじってるようなもんだ。

「だからエル・ラト教の経典きょうてんひとつで、守護神の信仰も変わるっていってたのか」
「はい。私は正直、聖魔戦争自体……。いえ、何でもありません。不敬罪ふけいざい抵触ていしょくしますね」

 そうソフィアがいいかけて、チラリと町長の娘を見た。町長の娘は、硬い表情でつぶやくようにいう。

「……不敬罪。今、それを持ち出すほど、民衆たちに英雄潭えいゆうたんへの宗教的な忠誠心はありませんよ。でも、こんな世界の果てだというのに、この辺りにも少しずつですが、最近エル・ラト教は入ってきています。人々の多くは未だに、勇者伝にある正義の帝国を持てはやしてはいますが、政治にさとい者にはあまり……」

 ガチャ

「おお、失礼失礼、丁度、蔵にいい酒があったのを思い出しましてな! お次はこれをお試しに……」

 町長が戻ると、何ごともなかったようにキナ臭い話は終わった。

 首都ペタスはここから、歩いて半日もかかららない。一抹いちまつの不安はあるものの、特に気にする必要もない。国家間の思惑に俺個人の力など何ということもない。

 所詮はただの旅人なのだから。
 その時は、気楽にそう考えていた───

作者のつぶやき

お金、とても大事。

しかし、人って詰む時は詰むもので、
鮮やかにピタゴラしちゃう時があるものです。

残業して社用車で帰宅する時に、
キーとじ込みやらかして、
会社はすでに施錠済みで誰もいないからスペアキーも無し。

泣く泣く出張鍵屋さん頼んで、
1万いくら払って乗ったら、
バッテリー上がりでエンジンかからず。

とぼとぼと徒歩で帰ったそんな思い出。

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